中唐詩-281 八月十五夜贈張功曹 #3 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-34-#3


八月十五夜贈張功曹(八月十五夜張功曹に贈る)

 
纖雲四卷天無河,清風吹空月舒波。
沙平水息聲影絕,一杯相屬君當歌。
君歌聲酸辭且苦,不能聽終淚如雨。
洞庭連天九疑高,蛟龍出沒猩鼯號。
十生九死到官所,幽居默默如藏逃。―1

下牀畏蛇食畏藥,海氣濕蟄熏腥臊。
昨者州前捶大鼓,嗣皇繼聖登夔皋。
赦書一日行萬里,罪從大辟皆除死。
遷者追回流者還,滌瑕盪垢清朝班。
州家申名使家抑,坎軻隻得移荆蠻。―2

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
わたしが任命された判司(各参軍の総称)は低い官職で一々言ってはいられぬくらい。庭先で埃まみれになって杖で打たれるお仕置きを免れることはできない。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
同年代の仲間は多く出世街道を歩んでいるが、天へと昇る道は険しくて、あとを追って進むこともむずかしい。
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
君の歌はひとまずやめにして、私の歌を聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とは種類が違っている。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3

一年に円い月は何度もあるが、今宵こそ月光が豊かなのだ。人の一生は天命によって動くもの、ほかのものによって勤くのではない。酒がここにあるのに飲まなかったら、この明月をどうしようか。
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(八月十五夜張功曹に贈る)#1
繊雲【せんうん】四【よ】もに巻いて天に河【か】無く、清風空を吹いて月は波を舒【の】ぶ。
沙は平らに水息【や】んで声影絶え、一盃【いっぱい】相属【しょく】す君当【まさ】に歌うべし。
君が歌は声酸【いた】み辞も且つ苦しく、終わるまで聴く能【あた】わずして涙雨の如し。
洞庭は天に連なり九疑【きゅうぎ】は高く、蛟竜【こうりゅう】出没して猩鼯【せいご】号【さけ】ぶ。
十生【じつせい】九死【きゅうし】 官所に到り、幽居黙黙として蔵逃せるが如し。
#2
牀【しょう】を下れば蛇を畏れ食には薬を畏れ、海気濕蟄【しつちつ】して腥臊【せいそう】熏【くん】ず。
昨者【さきごろ】州前【しゅうぜん】に大鼓を槌【う】ち、嗣皇【しこう】聖を継ぎて菱皐【きこう】を登【あ】ぐ。
赦書一日に万里を行き、罪の大辟【たへき】に従うは皆死を除かる。
遷者は追回し流者は還【かえ】し、瑕【きず】を滌【あら】い垢【あか】を蕩【そそ】いで朝【ちょう】 班【はん】を清む。
州家は名を申【の】べしも使家は抑え、坎軻【かんか】隻【ひとつ】荊蛮【けいばん】に移るを得しのみ。
#3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん

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現代語訳と訳註
(本文)

判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3

(下し文) #3
判司は卑官にして説【い】うに湛えず、未だ塵埃【じんあい】の間に捶楚【すいそ】せらるるを免れず。
同時の輩流 多く道に上るも、天路は幽険にして追攀【ついはん】し難し。
君が歌を且【しばら】く休【や】めて我が歌を聴け、我が歌は今君と科を殊【こと】にす。
一年の明月 今宵【こよい】多し、人生命【めい】に由る 他に由るに非ず、酒有れども飲まずんば明を奈何【いかん】せん


(現代語訳)
わたしが任命された判司(各参軍の総称)は低い官職で一々言ってはいられぬくらい。庭先で埃まみれになって杖で打たれるお仕置きを免れることはできない。
同年代の仲間は多く出世街道を歩んでいるが、天へと昇る道は険しくて、あとを追って進むこともむずかしい。
君の歌はひとまずやめにして、私の歌を聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とは種類が違っている。
一年に円い月は何度もあるが、今宵こそ月光が豊かなのだ。人の一生は天命によって動くもの、ほかのものによって勤くのではない。酒がここにあるのに飲まなかったら、この明月をどうしようか。


(訳注)#3
判司卑官不堪說,未免捶楚塵埃間。
わたしが任命された判司(各参軍の総称)は低い官職で一々言ってはいられぬくらい。庭先で埃まみれになって杖で打たれるお仕置きを免れることはできない。
不堪說 一々言ってはいられないほどのもの。○捶楚 杖で打たれるお仕置きをうける。○塵埃間 庭先で埃まみれになる。


同時輩流多上道,天路幽險難追攀。』
同年代の仲間は多く出世街道を歩んでいるが、天へと昇る道は険しくて、あとを追って進むこともむずかしい。
○天路 天子の政。天子の作る法則。はるか遠い天上のみち。ここでは、中央朝廷に迎えられることをいう。○幽險 一人ぼっちで誰もいない、書して峻道。○難追攀 あとを追って進むこともむずかしい。


君歌且休聽我歌,我歌今與君殊科。
君の歌はひとまずやめにして、私の歌を聴きたまえ。私の歌はいま、君の歌とは種類が違っている。
殊科 科を異にする。科が優れていること。


一年明月今宵多,人生由命非由他。有酒不飲奈明何。』―3
一年に円い月は何度もあるが、今宵こそ月光が豊かなのだ。人の一生は天命によって動くもの、ほかのものによって勤くのではない。酒がここにあるのに飲まなかったら、この明月をどうしようか。



 「張功曹」とは、前に見えた張署である。功曹は官名で、正式には功曹参軍事という。人事を担当する職で、愈が任ぜられた法曹参軍とは同格であり、府庁の最末端に属する官僚である。

韓愈をも含めた同一事件の流罪人について一律の命をくだしている。州の刺史は都に召還されるべき人のリストのなかに間違いなく入れてくれた。しかし、韓愈たちには都へ召喚されるものではなかった

州の刺史の上申を握りつぶしたのは、当時の湖南観察使であった。楊憑は柳宗元の妻の父であり、韓愈たちが柳宗元の一派に、すなわち王伾・王叔文の一党に、敵対するものである以上、その召還を妨害したのだ。韓愈の置かれている立場は、守旧派であり、急進改革の王伾・王叔文の一党が、実権を握っている間は、上申書が中央に届いていても取り上げられるわけはないのである。官僚の陰湿さは科挙試験の前から、党派を明確にしておかないと出世はないのである。韓愈は守旧派ではないが、急進派からはそう見られていたのだろう。
この詩の中で、愚痴を述べた韓愈であったが、その点をさらに明確に述べた詩がある。次に掲載する『赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺二十六員外翰林三学士』である。


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