中唐詩-282 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#1


赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士#1
孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
汗漫不省識,怳如乘桴浮。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
或自疑上疏,上疏豈其由?
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
是年京師旱,田畝少所收。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
上憐民無食,征賦半已休。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。

#1 
孤臣 昔 放逐せられ,血泣【けつきゅう】愆尤【けんゆう】を追う。
汗漫【かんまん】として省識【せいしき】せず,怳【こう】として桴【いかだ】乘って浮ぶが如し。
或いは自ら疑う 上疏【じょうそ】かと,上疏は豈其の由ならんや?
是の年京師【けいし】旱【ひでり】して,田畝【でんは】收むる所少【まれ】なり。
上【しょう】民の食無きを憐れみて,征賦【せいふ】半ばは已【すで】に休【や】めらる。


現代語訳と訳註
(本文)
#1
孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
汗漫不省識,怳如乘桴浮。
或自疑上疏,上疏豈其由?
是年京師旱,田畝少所收。
上憐民無食,征賦半已休。


(下し文) #1 
孤臣 昔 放逐せられ,血泣【けつきゅう】愆尤【けんゆう】を追う。
汗漫【かんまん】として省識【せいしき】せず,怳【こう】として桴【いかだ】乘って浮ぶが如し。
或いは自ら疑う 上疏【じょうそ】かと,上疏は豈其の由ならんや?
是の年京師【けいし】旱【ひでり】して,田畝【でんは】收むる所少【まれ】なり。
上【しょう】民の食無きを憐れみて,征賦【せいふ】半ばは已【すで】に休【や】めらる。


(現代語訳)
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。


(訳注) #1
赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士
○贈った相手の王二十補闕はかれと同年の進士の王涯、李十一拾遣は李建、率二十六員外は率程べいずれもかつての同僚であり、この詩のつくられたときには、翰林学士として天于の側近にあったので、韓愈はこの詩を贈ることによって、韓愈自身の長安帰還を三人にとりなしてもらおうと思ったのである。二十、十一、二十六は排行。


孤臣昔放逐,血泣追愆尤。
君たちと離れて孤独な臣下である私は、以前に都から追われて、血の涙を流しながら自分の犯した罪の深さを追究している。
孤臣 徳高く智慧さとく、学術知識ある人も、つねに災禍に見録われるものだ。その楊合にも、孤臣すなわち君から追放され遠くさまよう孤独の臣や、親に見捨てられた子どものように、不如意の境遇に身をおくものは、心をきびしく保ち、外部の危険に備える習慣がついて不慮の災禍を切りぬけ、ものの道理に通じ、人として高い立場に到達する。そういうことばが『孟子』尽心上にみえる。そこから韓愈自身の孤独であっても天子に忠精神を持った臣下であるとして孤臣という。○放逐 戦国時代、魏の武侯が竜門の西河に遊び、その一帯の山河が天然の要害となっていることを感歎した。家臣の一人が「お上のおっしゃる通りです。晋の国が強いといわれるのもこの地のおかげです。この要害を手に入れられれば、天下も統一できましょう」聞いていた戦街顧問の呉起かいう。「お上のお言葉こそ国を危うくするものと案ぜられるのに、きみがまたお追従では危険を倍加させることになる」武侯はカッとなって「何を根拠にいうのか」呉起「山や河は、いざという時のたよりにはなりません。天下統一の大業が、こんなものでなしとげられるものではない。むかし三苗が彭蟸湖・洞庭湖・汶山・衡山にかこまれた地に住み、この要害をたのんで国政をゆるがせにしたので、禹がこれを放逐したのです」こんな話が『戦国策』に見える。禹に追われた三苗の場合にこそふさわしい「放遂」という運命が、なぜわたしの上にやって来たのか、という疑間がこの詩の発端となっている。○血泣 血の戻を流して泣く。周の時代に卞和という人が璞垠を手に入れ楚の厲王に献じた。王室付の宝石師が「ただの石です」と鑑定をしたため詐欧師として左の足を削られた。厲王がなくなって武王が位についた。宇和はまた献じた。同じく右足を削られた。やがて文王が位についた。宇和は玉を抱いて三日三晩泣き、涙が尽きて血が流れた。王が「世の中には足を削られたぐらいのものは少なくないのにお前はなぜそう位くのか」牢和「足を削られたのが悲しいのではありません、りっぱな玉をただの石といいくるめ、正しい人を詐欺師とする世の中が悲しいのです」王が玉を磨かせると、はたして稀有の名玉であった。○愆尤 とがめ。


汗漫不省識,怳如乘桴浮。
でも、どこに罪があったのか、さっぱりわけがわからず、俘に乗って海に浮かんだような茫然とした心地なのだ。
汗漫 あやふや。○不省識 かえりみてこれと納得できる心のがない。○ ぼんやりする。○乘桴浮 『論語』公冶長に「道行われずんば、桴に乗じて海に浮ばむ」の語が見える。


或自疑上疏,上疏豈其由?
ことによると京兆の飢饉を論じて李実の租税徴収を上疏のせいではないかと自分で疑ってみるのだが、上疏が理由だとはどうしても考えられない。
上疏 天子に意見をたてまつること。


是年京師旱,田畝少所收。
この年、都の周辺の地方は目照りで、田畑からはほとんど収穫がなかった。
是年京師早 貞元十九年、長安付近では正月から七月まで雨が降らず、秋に入るとすぐ早霜がおりて、長産物は甚だしい不作だった。


上憐民無食,征賦半已休。
天子は人民の食糧がないのを憐れみたまわれた、租税や賦役の半分は免除するとの命令を出されたのだ。
征賦 租税。

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