中唐詩-293 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #12 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#12

<詩の背景>
王伾・王叔文を指導者とする革新派が順宗を擁して権力を握ろうとしており、反対派は排除しょうとしていたのであるが、韓愈はその反対派であり、監察御史として韓愈の同僚であった柳宗元・劉禹錫は恵の親友であったが、彼らは革新派に属していたという事実である。そこで韓愈が漏らした発言を柳宗元・劉禹錫がほかに伝えてしまい、それが流罪の原因となったのではないかというのが通説となっている。親友だった二人を一時的に韓愈は疑っていたのである。上奏文のなかではっきりと李実を弾劾したわけではない。

宮中で消費するさまざまの品物を調達することを「宮市」といい、在官が担当し、予算に従った調達費を持って買いに行き、宮中御用の名のもとにとりあげる、ただ同然の値段で物資を買い上げ、予算との差額は自分のふところに入れる。白居易(楽天)の『売炭翁』には、苦労して焼いた炭を、宮市の使者に安く買い上げられてしまう炭焼きの老人が描かれている。したがって宮市は、万民の怨嗟の的であった。順宗がまだ皇太子で、元気だったころのことであるが、側近との雑談のおりに、宮市の廃止を進言しようと思うと言った。みな賛成したが、王叔文ひとりが反対した。朝廷内は、一応、王叔文の一派により沈下させられた。

韓愈が監察御史として宮市を廃止せよという意見書を提出した。これは皇太子一派とは無関係であったが、皇太子としては、伏せておいたはずの案件が明るみへ出てしまったと思ったのも無理はない。韓愈はこのために、皇太子派によって罪に落とされ、流されたのだ。

#12
協心輔齊聖,政理同毛輶。
三人は心をあわせて聖天子を補佐しており、善い政治は毛のように軽々と徳が行きわたっている。
《小雅》詠鳴鹿,食蘋貴呦呦。
『詩経』の「小雅」では鳴きかわす鹿をうたい、野の草を食べておだやかな鳴声をあげるのを尊んでいる
遺風邈不嗣,豈憶嘗同稠。
小雅鹿嗚の遺風を遠い昔のこととして継承できないようでは、以前に同じ蒲団にくるまって寝たよしみをおぼえていないのだろうか。
失誌早衰換,前期擬蜉蝣。
私は理想を遂げることに失敗してとっくに老衰しており、これからの人生はかげろうのようにはかないものになぞられるということだ。
自從齒牙缺,始慕舌為柔。
歯がぬけ落ちてからというものは、はじめて舌のような柔らかな生き方が好ましいものである。
因疾鼻又塞,漸能等薰蕕。

病気のために鼻もつまって、だんだんと香りのよい草も悪い草も平等に見る境地に立てるようになった。

#12
心を協【あわ】せて齊聖【せいせい】を輔け,政理 毛輶【もうゆう】に同じ。
《小雅》鳴鹿【めいろく】を詠じ,蘋【ひょう】を食いて呦呦【ゆうゆう】たるを貴ぶ。
遺風 邈【ばく】嗣【つ】ぐ,豈嘗つて稠【ちゅう】同じゅうせしを憶【おも】わんや。
誌【こころざし】を失って早く衰換【すいかん】せり,前期は蜉蝣【ふゆう】に擬す。
齒牙【しが】の缺【か】けて自從【よ】り,始めて舌の柔と為すを慕う。
疾に因って鼻又塞【ふさ】がり,漸【ようや】く能く薰蕕【くんゆう】を等しくする。


現代語訳と訳註
(本文)
#12
協心輔齊聖,政理同毛輶。
小雅詠鳴鹿,食蘋貴呦呦。
遺風邈不嗣,豈憶嘗同稠。
失誌早衰換,前期擬蜉蝣。
自從齒牙缺,始慕舌為柔。
因疾鼻又塞,漸能等薰蕕。


(下し文)
心を協【あわ】せて齊聖【せいせい】を輔け,政理 毛輶【もうゆう】に同じ。
《小雅》鳴鹿【めいろく】を詠じ,蘋【ひょう】を食いて呦呦【ゆうゆう】たるを貴ぶ。
遺風 邈【ばく】嗣【つ】ぐ,豈嘗つて稠【ちゅう】同じゅうせしを憶【おも】わんや。
誌【こころざし】を失って早く衰換【すいかん】せり,前期は蜉蝣【ふゆう】に擬す。
齒牙【しが】の缺【か】けて自從【よ】り,始めて舌の柔と為すを慕う。
疾に因って鼻又塞【ふさ】がり,漸【ようや】く能く薰蕕【くんゆう】を等しくする。


(現代語訳)
三人は心をあわせて聖天子を補佐しており、善い政治は毛のように軽々と徳が行きわたっている。
『詩経』の「小雅」では鳴きかわす鹿をうたい、野の草を食べておだやかな鳴声をあげるのを尊んでいる
小雅鹿嗚の遺風を遠い昔のこととして継承できないようでは、以前に同じ蒲団にくるまって寝たよしみをおぼえていないのだろうか。
私は理想を遂げることに失敗してとっくに老衰しており、これからの人生はかげろうのようにはかないものになぞられるということだ。
歯がぬけ落ちてからというものは、はじめて舌のような柔らかな生き方が好ましいものである。

病気のために鼻もつまって、だんだんと香りのよい草も悪い草も平等に見る境地に立てるようになった。

(訳注)
協心輔齊聖,政理同毛輶。
三人は心をあわせて聖天子を補佐しており、善い政治は毛のように軽々と徳が行きわたっている。
斉聖『書経』の周書同命に「昔在、文武は聡明斉聖にして」の語がある。文王・武王のようにすぐれた天于の意。・政理 政治。(唐では高宗の諱號の「治」を避け、「理」と書く)○同毛輶『詩経』大雅、蕩の蒸民に「徳の軽きは毛の如くなれども、民のよく挙ぐることすくなし」とある。


小雅詠鳴鹿,食蘋貴呦呦。
『詩経』の「小雅」では鳴きかわす鹿をうたい、野の草を食べておだやかな鳴声をあげるのを尊んでいる
小雅詠鳴鹿 『詩経』小雅鹿嗚に「拗として鹿は鳴き野の芋を食ふ。我に嘉き賓あり。認を鼓し笙を吹く」の語がみえる。野の獣も人をおそれず四方の国々からも嘉賓か来集して楽しく宴遊する平和な時代をたたえる詩。(『詩経』小雅の「鹿鳴」の詩。亥と仲よく過ごすことの象徴とされる)。


遺風邈不嗣,豈憶嘗同稠。
小雅鹿嗚の遺風を遠い昔のこととして継承できないようでは、以前に同じ蒲団にくるまって寝たよしみをおぼえていないのだろうか。
遺風滅不嗣 鹿鳴をうたった時代ははるかな昔のことだから、その時代の風俗が今日にのこされうけつがれることは、ないのではないか。○嘗同稠 かつて夜着を共にした仲。親瓦というほどの意。


失誌早衰換,前期擬蜉蝣。
私は理想を遂げることに失敗してとっくに老衰しており、これからの人生はかげろうのようにはかないものになぞられるということだ。
蜉蝣 かげろう.朝生まれて夕べに死ぬいのちの短い虫の代表的なものとされている。


自從齒牙缺,始慕舌為柔。
歯がぬけ落ちてからというものは、はじめて舌のような柔らかな生き方が好ましいものである。
始慕舌為柔 常樅が口をひらいて老子に示して「舌はのこってるかね」老子「のこっています」常樅「やわらかいからじゃないか。歯はないだろう」「ありません」「強いからじゃないか」それから常樅がいった。「世の中のことはみなこの通り」こんな話が『説苑』にみえる。気の強い生き方よりも、もの柔かな生き方のよいことがはじめてわかったという意味。


因疾鼻又塞,漸能等薰蕕。
病気のために鼻もつまって、だんだんと香りのよい草も悪い草も平等に見る境地に立てるようになった。
薰蕕 においのいい草とわるい草。