中唐詩-294 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #13 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#13

#13
深思罷官去,畢命依松楸。
しみじみ思うのは役人を辞職して去るということだ、松やヒサギの生い茂る田園生活をして一生を終えたいとおもうのだ。
空懷焉能果,但見歲已遒。
だが、それはむなしく心に抱くばかりで、いつになったら実現できるのか果たせそうにない希望なのだ、ただ歳月の経過は見る見るうちに私の一生の持ち時間が残り少なくなってくるのを痛感するばかりなのだ。
殷湯閔禽獸,解網祝蛛蝥。
むかし殷の湯王は鳥獣を憐れんで、四面に張った網の三面を慈愛を以て取りはらい、蜘蛛の網のまじないをとなえたという故事のように私もそのように自由な身、希望ある職につかせてほしいいのだ。
雷煥掘寶劍,冤氛銷鬥牛。
晋の雷煥は無実の者を救うのに、宝剣を掘りあてることにより、その上に立ちこめた「北斗星と牽牛星」の間にある恨みの気を消えさせたという故事のように自分の才能を発揮できる、朝廷へ呼びもどしていただきたい。
茲道誠可尚,誰能借前籌。
これらの人々の態度はたしかに尊ぶべきものだが、漢の張良が目の前の箸を使って計略を立てたように、国家の大計を立てるようなとき、私をその中に登用することは、誰ができよう(君たち、三君のほかにはないのだ)。
殷勤謝吾友,明月非暗投。

ぶしつけに友人たちに申しあげるけれども、昔から明月の珠は貴重なものながら、それを暗闇で人に投げつければ、誰でも驚くというもの、私は三君に対して明月の珠を暗闇のなかで投げつけるわけではないことを理解してくれると思っている。

#13
深く思う官を罷【や】めて去り,命を畢【お】えて松楸【しょうしゅう】に依【よ】らんことを。
空懷 焉【いず】くんぞ能く果たさんと,但だ見る歲の已【すで】に遒【せま】るを。
殷湯【いんとう】禽獸【きんじゅう】を閔【あわ】れんで,網を解きて蛛蝥【しゅぼう】を祝す。
雷煥【らいかん】寶劍を掘って,冤氛【えんぷん】鬥牛【とぎゅう】に銷【さ】ゆ。
茲の道 誠に尚【とうと】ぶ可し,誰か能く前籌【ぜんちゅう】を借らん。
殷勤【いんぎん】に吾が友に謝す,明月 暗投するに非ず。

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現代語訳と訳註
(本文)
#13
深思罷官去,畢命依松楸。
空懷焉能果,但見歲已遒。
殷湯閔禽獸,解網祝蛛蝥。
雷煥掘寶劍,冤氛銷鬥牛。
茲道誠可尚,誰能借前籌。
殷勤謝吾友,明月非暗投。

(下し文)#13
深く思う官を罷【や】めて去り,命を畢【お】えて松楸【しょうしゅう】に依【よ】らんことを。
空懷 焉【いず】くんぞ能く果たさんと,但だ見る歲の已【すで】に遒【せま】るを。
殷湯【いんとう】禽獸【きんじゅう】を閔【あわ】れんで,網を解きて蛛蝥【しゅぼう】を祝す。
雷煥【らいかん】寶劍を掘って,冤氛【えんぷん】鬥牛【とぎゅう】に銷【さ】ゆ。
茲の道 誠に尚【とうと】ぶ可し,誰か能く前籌【ぜんちゅう】を借らん。
殷勤【いんぎん】に吾が友に謝す,明月 暗投するに非ず。


(現代語訳)
しみじみ思うのは役人を辞職して去るということだ、松やヒサギの生い茂る田園生活をして一生を終えたいとおもうのだ。
だが、それはむなしく心に抱くばかりで、いつになったら実現できるのか果たせそうにない希望なのだ、ただ歳月の経過は見る見るうちに私の一生の持ち時間が残り少なくなってくるのを痛感するばかりなのだ。
むかし殷の湯王は鳥獣を憐れんで、四面に張った網の三面を慈愛を以て取りはらい、蜘蛛の網のまじないをとなえたという故事のように私もそのように自由な身、希望ある職につかせてほしいいのだ。
晋の雷煥は無実の者を救うのに、宝剣を掘りあてることにより、その上に立ちこめた「北斗星と牽牛星」の間にある恨みの気を消えさせたという故事のように自分の才能を発揮できる、朝廷へ呼びもどしていただきたい。
これらの人々の態度はたしかに尊ぶべきものだが、漢の張良が目の前の箸を使って計略を立てたように、国家の大計を立てるようなとき、私をその中に登用することは、誰ができよう(君たち、三君のほかにはないのだ)。
ぶしつけに友人たちに申しあげるけれども、昔から明月の珠は貴重なものながら、それを暗闇で人に投げつければ、誰でも驚くというもの、私は三君に対して明月の珠を暗闇のなかで投げつけるわけではないことを理解してくれると思っている。

韓愈の地図01

(訳注)
深思罷官去,畢命依松楸。
しみじみ思うのは役人を辞職して去るということだ、松やヒサギの生い茂る田園生活をして一生を終えたいとおもうのだ。
松楸 マツとヒサギ。墓場にうえる木。墳墓そのものをさす。一生を終えること。


空懷焉能果,但見歲已遒。
だが、それはむなしく心に抱くばかりで、いつになったら実現できるのか果たせそうにない希望なのだ、ただ歳月の経過は見る見るうちに私の一生の持ち時間が残り少なくなってくるのを痛感するばかりなのだ。


殷湯閔禽獸,解網祝蛛蝥。
むかし殷の湯王は鳥獣を憐れんで、四面に張った網の三面を慈愛を以て取りはらい、蜘蛛の網のまじないをとなえたという故事のように私もそのように自由な身、希望ある職につかせてほしいいのだ。
殷湯閔禽獣 殷の湯王が巡視したとぎ、四面に網を張って「天より落つるものよ、地よりはい出るものよ。四方より未たるものよ、みなわが網にかかれ」と呪文をとなえる男を見た。「ああ、これでは一切の生物が死にたえてしまうではないか」湯王はこう思って、網の三面を切り開き、あらためて呪文をとなえた。「右にゆきたいものは右にゆけ。左にゆきたいものは左にゆけ。空高くのぼりたいものはのぼれ、地にもぐりたいものはもぐれ。蜘昧のように、稲食い虫のように、むさぼるな」こんな話が『呂氏春秋』に見える。禽獣にまでおよんだ湯王の仁慈を今上陛下に期待することは、いけないことだろうか。わたしにもそのおめぐみの一端が与えられないだろうか、というもの。


雷煥掘寶劍,冤氛銷鬥牛。
晋の雷煥は無実の者を救うのに、宝剣を掘りあてることにより、その上に立ちこめた「北斗星と牽牛星」の間にある恨みの気を消えさせたという故事のように自分の才能を発揮できる、朝廷へ呼びもどしていただきたい。
雷煥堀宝剣 晋の代に、北斗星と牽牛星術の大家として知られる張草が観測して、無実の罪で苦しむもののうらみが凝ってこの気となったものであろうと判断し、雷煥という人を豊城の県令に任命し捜索させた。雷煥は赴任するとすぐ獄舎の土を掘らせた。深さ四尺あまりのところから石のはこが出てきた。中に二振の剣があって、それぞれに、「竜泉」「太阿」と名が刻んであった。剣を掘り出した日から、さきの妖気は見えなくなった。「晋書」に見える故事である。わたしのために雷煥のような労を惜しまぬ人はいないか、というのだ。


茲道誠可尚,誰能借前籌。
これらの人々の態度はたしかに尊ぶべきものだが、漢の張良が目の前の箸を使って計略を立てたように、国家の大計を立てるようなとき、私をその中に登用することは、誰ができよう(君たち、三君のほかにはないのだ)。
前鱒 張良が漢の高祖にはかりごとを進める時「ちょっとこいつをお借りしますよ」といって、高祖の前の膳から箸をとって図をさし示したがら説いたという。『史記』留侯世家に見える話だが、そのように、きみたちが心おきなく相談できる相手としてわたしが最適ではないか、とほのめかしているのだ。


殷勤謝吾友,明月非暗投。
ぶしつけに友人たちに申しあげるけれども、昔から明月の珠は貴重なものながら、それを暗闇で人に投げつければ、誰でも驚くというもの、私は三君に対して明月の珠を暗闇のなかで投げつけるわけではないことを理解してくれると思っている。
明月 漢代に3陽が梁の孝王にたてまつった手紙に「明月珠や夜光璧のような宝玉でも、閤夜にふいに道ばたでさし出されたら、人びとは剣をにぎって顔を見合わせてあやしまないものはない。なぜなら、わけもなしに前にあらわれたからである」という語がある。この故事をとって、だがわたしのおくるこの詩は、きみたちにとっては暗中に投ぜられた明月珠ではないはずだが、友よ、わたしの申す意味が、きみたちに受け取ってもらえるものと期待していいよね、というほどの意。


この韓愈の自分の売り込みのしかたは、中国人の基本である。とくに、詩人は頭を下げることはしない。自分の持っている良さはここにある、これに気付かないのはあなたに仁徳がないからだ。故事には、無名のものを登用して国を立派にした天子がいた。今の天子、それに仕える近臣の人たちは当然そうしたことを理解している人である。
 奥ゆかしく、潔くしていたのでは生きていけないのかもしれない。韓愈の時代も、古代も、そして現代もそうなのだ。


朝廷はこの時、韓愈を流罪にした王伾・王叔文など革新派が失脚していた。同時に進士にきゅうだいした王二十補闕、李十一拾遺、李二十六員外の翰林三學士たちに対し、自分を都へ呼びもどしてくれるようにと、韓愈は訴えた。彼を江陵府の法曹参軍に任じたのは、順宗の名で出された辞令であり、宰相を粛清し、事態が変わった以上、事例の変更を期待したものであるが、江陵へは行きしかなかったのである。つぎは、洞庭湖の岳陽樓に立ち寄るのである。