中唐詩-295 岳陽樓別竇司直 #1 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#1


 彬州から江陵へと赴任する道は、現在の湖南省をほぼ縦断して行く。ここを北に向かって湘水(湘江)が流れているが、愈の一行はその流れを舟で下ろうとはせず、川ぞいの街道を行く陸路をとったらしい。そして湘水が洞庭湖に流れこむところ、湖の南端から舟に乗り、これからは水路をとって、湖水を越え、長江を渡って、江陵へ行くつもりだったようである。
 王涯たち「三学士」に運動してもらって都へ召還されようとしたのだが、三人がはたして口をきいてくれたのか、きいてはくれたが効果がなかったのか、確実なことはわからないが、とにかく韓愈たちは都へ呼びもどしてはもらえなかった。呼びもどしてもらえぬ以上、江陵へ赴任するほかはない。彼らはここから江陵への道をとらざるを得なかったのである。
             
岳陽樓別竇司直(岳陽楼にて賓司直と別る)
#1
洞庭九州間,厥大誰與讓。
南匯羣崖水,北注何奔放。
瀦爲七百里,吞納各殊狀。
自古澄不清,環混無歸向。
炎風日搜攪,幽怪多冗長。
#2
軒然大波起,宇宙隘而妨。
巍峩拔嵩華,騰踔較健壯。
聲音一何宏,轟輵車萬兩。
猶疑帝軒轅,張樂就空曠。
蛟螭露筍簴,縞練吹組帳。
#3
鬼神非人世,節奏頗跌踼。
陽施見誇麗,陰閉感悽愴。
朝過宜春口,極北缺隄障。
夜纜巴陵洲,叢芮纔可傍。
星河盡涵泳,俯仰迷下上。
#4
餘瀾怒不已,喧聒鳴甕盎。
明登岳陽樓,輝煥朝日亮。
飛廉戢其威,清晏息纖纊。
泓澄湛凝綠,物影巧相況。
江豚時出戲,驚波忽蕩瀁。
#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。
前臨指近岸,側坐眇難望。
滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
主人孩童舊,握手乍忻悵。
憐我竄逐歸,相見得無恙。
#6
開筵交履舃,爛漫倒家釀。
杯行無留停,高柱送清唱。
中盤進橙栗,投擲傾脯醬。
歡窮悲心生,婉孌不能忘。
念昔始讀書,志欲干霸王。

#7
屠龍破千金,爲藝亦云亢。
愛才不擇行,觸事得讒謗。
前年出官由,此禍最無妄。
公卿採虛名,擢拜識天仗。
姦猜畏彈射,斥逐恣欺誑。
#8
新恩移府庭,逼側廁諸將。
于嗟苦駑緩,但懼失宜當。
追思南渡時,魚腹甘所葬。
嚴程迫風帆,劈箭入高浪。
顛沈在須臾,忠鯁誰復諒。
#9
生還真可喜,尅己自懲創。
庶從今日後,粗識得與喪。
事多改前好,趣有獲新尚。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
細君知蠶織,稚子已能餉。
行當掛其冠,生死君一訪。


岳陽樓別竇司直
#1
洞庭九州間,厥大誰與讓。
南匯羣崖水,北注何奔放。
瀦爲七百里,吞納各殊狀。
自古澄不清,環混無歸向。
炎風日搜攪,幽怪多冗長。

(岳陽楼にて竇司直と別る)#1
洞庭 九州の間、厥【そ】の大 誰にか譲らん。
南に群崖【ぐんがい】の水を匯【あつ】め、北に注ぐこと何ぞ奔放なる。
瀦【たた】えて七百里と為り、呑納【どんのう】各々状を殊【こと】にす。
古え自り澄ませども清【す】まず、環混として帰向無し。
炎風 日に捜攬【そうかく】し、幽怪 冗長多し。


#2
軒然大波起,宇宙隘而妨。
巍峩拔嵩華,騰踔較健壯。
聲音一何宏,轟輵車萬兩。
猶疑帝軒轅,張樂就空曠。
蛟螭露筍簴,縞練吹組帳。

#2
軒然として大波起こり、宇宙 隘まりて妨【さまた】ぐ。
巍峩として嵩・華を抜き、騰踔【とうたく】して健壮を較ぶ。
声音 一に何ぞ宏【おお】いなる、轟輵【ごうかつ】として車万両。
猶 疑う帝軒轅【けんえん】の、楽【がく】を張りて空曠【くうこう】に就くかと。
蛟螭【こうち】 筍簴【じゅんきょ】を露わし、縞練【こうれん】 組帳【そちょう】を吹く。


#3
鬼神非人世,節奏頗跌踼。
陽施見誇麗,陰閉感悽愴。
朝過宜春口,極北缺隄障。
夜纜巴陵洲,叢芮纔可傍。
星河盡涵泳,俯仰迷下上。

#3
鬼神 人世に非ず、節奏 頗【すこぶ】る跌踼【てっとう】。
陽施して誇麗を見【あら】わし、陰閉して悽愴【せいそう】に感ず。
朝【あした】に宜春【ぎしゅん】の口を過ぐれば、極北 堤障【ていしょう】を欠く。
夜 巴陵の洲に纜【つな】げば、叢芮 纔かに傍【そ】う可し。
星河 尽く涵泳し、俯仰【ふぎょう】下上【かじょう】に迷う。

#4
餘瀾怒不已,喧聒鳴甕盎。
明登岳陽樓,輝煥朝日亮。
飛廉戢其威,清晏息纖纊。
泓澄湛凝綠,物影巧相況。
江豚時出戲,驚波忽蕩瀁。

#4
余瀾【よらん】怒りて已【や】まず、喧聒【けんかつ】として甕盎【おうおう】を鳴らす。
明けて岳陽楼に登れば、輝煥として朝日【ちょうじつ】亮【あき】らかなり。
飛廉 其の威を戢【おさ】め、清晏にして纖纊【せんこう】息【や】む。
泓澄【こうちょう】として凝緑【ぎりょく】を湛【たた】え、物影 巧みに相況【たと】う。
江豚【こうとん】時に出で戯れ、驚波 忽ち蕩瀁【とうよう】す。


#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。
前臨指近岸,側坐眇難望。
滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
主人孩童舊,握手乍忻悵。
憐我竄逐歸,相見得無恙。

#5
時に冬の孟【はじ】めに当たり、隙竅【げききょう】寒漲【かんちょう】を縮む。
前臨して近岸を指し、側坐するも眇として望み難し。
滌濯【できたく】して神魂醒め、幽懐 舒【の】べ以て暢【の】ぶ。
主人は孩童【がいどう】の旧、手を握って乍【たちま】ち忻悵【きんちょう】す。
憐れむ 我が竄逐【ざんちく】せられて帰り、相見て恙【つつが】無きを得しことを。


#6
開筵交履舃,爛漫倒家釀。
杯行無留停,高柱送清唱。
中盤進橙栗,投擲傾脯醬。
歡窮悲心生,婉孌不能忘。
念昔始讀書,志欲干霸王。

筵を開きて履舃【りせき】を交え、爛漫【らんまん】として家醸【かじょう】を倒す。
盃行【はいめぐ】りて留停する無く、高柱 清唱を送る。
中盤 橙栗【とうりつ】を進め、投擲【とうてき】脯醬【ほしょう】を傾く。
歓 窮まって 悲心生じ、婉孌【えんらん】として忘るる能わず。
念う昔 始めて読書せしとき、志 覇王に干【もと】めんと欲す。


#7
屠龍破千金,爲藝亦云亢。
愛才不擇行,觸事得讒謗。
前年出官由,此禍最無妄。
公卿採虛名,擢拜識天仗。
姦猜畏彈射,斥逐恣欺誑。

竜を屠【ほふ】らんとして千金を破り、芸を為すこと亦 云【ここ】に亢【たか】し。
才を愛して行ないを択【えら】ばず、事に触れて讒謗【ざんぼう】を得たり。
前年 官を出でし由【よし】、此の禍【わざわい】最も無妄【むもう】なり。
公卿に虚名を採り、擢拝【てきはい】して天仗【てんじょう】を識る。
姦猜【かんさい】弾射【だんせき】を畏れ、斥逐【せきちく】欺誑【ぎきょう】を恣【ほしい】ままにす。


#8
新恩移府庭,逼側廁諸將。
于嗟苦駑緩,但懼失宜當。
追思南渡時,魚腹甘所葬。
嚴程迫風帆,劈箭入高浪。
顛沈在須臾,忠鯁誰復諒。

新恩 府庭に移り、逼側【ひょくそく】として諸将に廁【まじ】わる。
于嗟【ああ】驚緩【どかん】を苦しみ、但だ宜当【ぎとう】を失わんことを懼【おそ】る。
追思す 南渡の時、魚腹 葬る所に甘んず。
厳程 風帆に迫り、劈箭 高浪に入る。
顛沈せんこと須臾【しゅゆ】に在り、忠鯁【ちゅうこう】 誰か復諒【りょう】とせん。


#9
生還真可喜,尅己自懲創。
庶從今日後,粗識得與喪。
事多改前好,趣有獲新尚。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
細君知蠶織,稚子已能餉。
行當掛其冠,生死君一訪。

生還せるは真に喜ぶ可し、己れに剋【か】ちて自ら懲創【ちょうそう】す。
庶【こいねが】わくは今日従り後、粗【ほ】ぼ得と喪とを識らん。
事多く前好を改め、趣【すなわ】ち新尚【しんしょう】を獲【う】る有り。
誓って十畝【じっぽ】の田を耕し、万乗の相を取らじ。
細君は蚕織【さんしょく】を知り、稚子【ちし】は已【すで】に能く餉【しょう】す。
行々当【まさ】に其の冠を掛くべし、生死 君一たび訪【と】え。


岳陽樓別竇司直
岳陽樓で友人の竇限司直と別れの宴をした。
#1
洞庭九州間,厥大誰與讓。
洞庭湖は九州に分けられたこの世界のなかで、大きさは他のどこの何にものに劣らないものだ。
南匯羣崖水,北注何奔放。
その南側で群がるように集まり、他と和合しない水の流れ下る、それらの川が北へと流れこむ勢いのなんとすさまじいことだろうか。
瀦爲七百里,吞納各殊狀。
かくて水は集まって七百里の広さの湖となり、川水を飲みこむのだが、それぞれに姿が異なる。
自古澄不清,環混無歸向。
この湖水は昔からいくら澄ませても澄まないし、混沌として帰着する所もわからない。
炎風日搜攪,幽怪多冗長。
東北の風は日ごとに湖のおもてを騒がせ、底に住む怪物には長々しいものが多い。


(岳陽楼にて竇司直と別る)#1
洞庭 九州の間、厥【そ】の大 誰にか譲らん。
南に群崖【ぐんがい】の水を匯【あつ】め、北に注ぐこと何ぞ奔放なる。
瀦【たた】えて七百里と為り、呑納【どんのう】各々状を殊【こと】にす。
古え自り澄ませども清【す】まず、環混として帰向無し。
炎風 日に捜攬【そうかく】し、幽怪 冗長多し。



現代語訳と訳註
(本文) #1

洞庭九州間,厥大誰與讓。
南匯羣崖水,北注何奔放。
瀦爲七百里,吞納各殊狀。
自古澄不清,環混無歸向。
炎風日搜攪,幽怪多冗長。


(下し文) #1
洞庭 九州の間、厥【そ】の大 誰にか譲らん。
南に群崖【ぐんがい】の水を匯【あつ】め、北に注ぐこと何ぞ奔放なる。
瀦【たた】えて七百里と為り、呑納【どんのう】各々状を殊【こと】にす。
古え自り澄ませども清【す】まず、環混として帰向無し。
炎風 日に捜攬【そうかく】し、幽怪 冗長多し。


(現代語訳)
岳陽樓で友人の竇限司直と別れの宴をした。
洞庭湖は九州に分けられたこの世界のなかで、大きさは他のどこの何にものに劣らないものだ。
その南側で群がるように集まり、他と和合しない水の流れ下る、それらの川が北へと流れこむ勢いのなんとすさまじいことだろうか。
かくて水は集まって七百里の広さの湖となり、川水を飲みこむのだが、それぞれに姿が異なる。
この湖水は昔からいくら澄ませても澄まないし、混沌として帰着する所もわからない。
東北の風は日ごとに湖のおもてを騒がせ、底に住む怪物には長々しいものが多い。


 (訳注)
岳陽樓別竇司直

岳陽樓で友人の竇限司直と別れの宴をした。
岳陽樓 湖南省岳陽の町の西南にある楼。ここからは洞庭湖の見晴らしがよく、名勝として知られており、昔から多くの文人墨客がこの楼に登って、作品を残している。愈の時代より前で言えば、初唐の孟浩然が「波は揺がす岳陽城」と歌った

望洞庭湖贈張丞相
八月湖水平,涵虚混太淸。
氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
欲濟無舟楫,端居恥聖明。
坐觀垂釣者,徒有羨魚情。

洞庭湖を望み 張丞相に贈る     
八月 湖水 平らかに,虚【きょ】を涵【ひた】して  太淸【たいせい】に混ず。
氣は蒸【む】す 雲夢【うんぼう】澤【たく】,波は撼【ゆる】がす 岳陽【がくよう】城。
濟【わた】らんと欲するに 舟楫【しゅうしふ】無く,端居して 聖明【せいめい】に恥づ。
坐して 釣を垂る者を 觀【み】るに,徒【いたづら】に 魚【うお】を羨【うらや】むの情 有り。

盛唐詩 望洞庭湖贈張丞相 孟浩然<36> Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350 -343
望洞庭湖贈張丞相
八月湖水平,涵虚混太淸。
氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
欲濟無舟楫,端居恥聖明。
坐觀垂釣者,徒有羨魚情。
盛唐の杜甫が「昔聞く洞庭の水、今登る岳陽楼」ではじまる詩を残したことが、ことに有名である。

泊岳陽城下   杜甫
江国踰千里、山城近百層。
岸風翻夕浪、舟雪灑寒灯。
留滞才難尽、艱危気益増。
図南未可料、変化有鯤鵬。
岳陽城下に泊す
江国踰(こ)ゆること千里、山城百層に近し。岸風夕浪(せきろう)を翻(ひるがえ)し、舟雪(しゅうせつ)  寒灯(かんとう)に灑(そそ)ぐ。留滞才尽き難く、艱危益々増す。図南未だ料(はか)る可からず、変化鯤鵬(こんほう)有り。

登岳陽樓 唐 杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。
呉楚東南坼,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。
戎馬關山北,憑軒涕泗流。
岳陽樓に 登る
昔 聞く洞庭の水,今上る岳陽樓。呉楚東南に坼(さ)け,乾坤日夜浮かぶ。親朋一字無く,老病孤舟有り。戎馬(じゅうば) 關山の北,軒に憑(よ)りて涕泗(ていし)流る。

○竇司直 「賓司直」は賓限という人。やはり詩人であるが、このときは韓皐という人の幕府に入り、岳州(州庁は岳陽にあった)刺史の事務取扱となっていた。司直は官名で、大理司直の略。検察事務を扱う職だが、節度使の幕下に勤務する場合は朝廷の官職の一つを肩書として授けられるのが常であり、実際の職務としては、節度使からもらった岳州剌史事務取扱のほうが優先するわけである。舟で洞庭湖を渡り、江陵へと赴こうとしていた愈を、詩中に言うように、岳陽にいた竇庠が宴席を設け、招いてくれた。前から知りあいの仲で、久しぶりに顔を合わせたのである。そこで心ゆくまで飲み、別れにあたって、この詩を贈ったのであった。


 
#1
洞庭九州間,厥大誰與讓。

洞庭湖は九州に分けられたこの世界のなかで、大きさは他のどこの何にものに劣らないものだ。
洞庭 長江から大量の水が流れ込み、湖の面積が広がる。洞庭湖に流入する河川は、湖南省四大河川といわれる湘江・資江・沅江(げんこう)・澧水(れいすい)で、瀟水(しょうすい)も湘江と永州市(長沙市の近郊)で合流している。海を航行できる程の規模の船でも、長江から洞庭湖・湘江と経由して長沙にたどり着くことができる。○九州 天下ということ。戦国諸子の一人、陰陽家の代表者である鄒衍の言葉「九州の外に更に九州有り。」(「史記」の孟子筍卿列伝に見える)を引いている。陰陽家の考えでは、文明世界は赤県神州つまり中国を中心とした九つの州に分たれ、それを海がとりまいている。その外側にまた九つの州があり、更にその外部を大嵐海(大海)がとりまいているとされる。○厥大 その。それ。その大きさは。○誰與讓 誰に譲るということはない。


南匯羣崖水,北注何奔放。
その南側で群がるように集まり、他と和合しない水の流れ下る、それらの川が北へと流れこむ勢いのなんとすさまじいことだろうか
 水が廻り集まる。○羣崖水 群がるように集まり、他と和合しない水の流れ。○北注 北に向かって注ぎ込む。○何奔放 流れる勢いのなんとすさまじいことか。


瀦爲七百里,吞納各殊狀。
かくて水は集まって七百里の広さの湖となり、川水を飲みこむのだが、それぞれに姿が異なる。
 みずたまり。ぬま。たまる。○七百里 403km、1里は576m○吞納 川水を飲みこむ。○各殊狀 それぞれに姿が異なる。


自古澄不清,環混無歸向。
この湖水は昔からいくら澄ませても澄まないし、混沌として帰着する所もわからない。
澄不清 澄ませても澄まない○環混 めぐってまざる。○無歸向 帰着する所もわからない。


炎風日搜攪,幽怪多冗長。
東北の風は日ごとに湖のおもてを騒がせ、底に住む怪物には長々しいものが多い。
炎風 東北の風。八風の一つ。融風。熱風。○日搜攪 日ごとに湖のおもてを騒がせ○幽怪 底に住む怪物○多冗長 長々しいものが多い。