中唐詩-299 岳陽樓別竇司直 #5 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-36-#5

#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。
ちょうど時節は冬の初めの陰暦十月になってきた、風も冷たく、か細い音をたてて吹きぬけ、水かさも落ちてきた。
前臨指近岸,側坐眇難望。
身をまえに進み出て近くの岸を指さすのだが、船奥に座ったまま首を伸ばしたのでは、向こう岸ははるばるとして望みにくいというものだ。
滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
この風景に洗われてわたくしの魂は夢から醒めてきた、ただ一人思い悩む胸のつかえも晴れるのであろう。
主人孩童舊,握手乍忻悵。
主人の竇庠公は子どものころからの昔なじみである、私の手を握りしめ、悲喜こもごもの様子を示すのである。
憐我竄逐歸,相見得無恙。

私が流罪にあって帰りみちであることにあわれをおもってくれた、そしてここで互いに合い心配ないことを確認しえたのである。

#5
時に冬の孟【はじ】めに当たり、隙竅【げききょう】寒漲【かんちょう】を縮む。
前臨して近岸を指し、側坐するも眇として望み難し。
滌濯【できたく】して神魂醒め、幽懐 舒【の】べ以て暢【の】ぶ。
主人は孩童【がいどう】の旧、手を握って乍【たちま】ち忻悵【きんちょう】す。
憐れむ 我が竄逐【ざんちく】せられて帰り、相見て恙【つつが】無きを得しことを。

岳陽樓003


現代語訳と訳註
(本文)
#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。
前臨指近岸,側坐眇難望。
滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
主人孩童舊,握手乍忻悵。
憐我竄逐歸,相見得無恙。

(下し文) #5
時に冬の孟【はじ】めに当たり、隙竅【げききょう】寒漲【かんちょう】を縮む。
前臨して近岸を指し、側坐するも眇として望み難し。
滌濯【できたく】して神魂醒め、幽懐 舒【の】べ以て暢【の】ぶ。
主人は孩童【がいどう】の旧、手を握って乍【たちま】ち忻悵【きんちょう】す。
憐れむ 我が竄逐【ざんちく】せられて帰り、相見て恙【つつが】無きを得しことを。


(現代語訳)
ちょうど時節は冬の初めの陰暦十月になってきた、風も冷たく、か細い音をたてて吹きぬけ、水かさも落ちてきた。
身をまえに進み出て近くの岸を指さすのだが、船奥に座ったまま首を伸ばしたのでは、向こう岸ははるばるとして望みにくいというものだ。
この風景に洗われてわたくしの魂は夢から醒めてきた、ただ一人思い悩む胸のつかえも晴れるのであろう。
主人の竇庠公は子どものころからの昔なじみである、私の手を握りしめ、悲喜こもごもの様子を示すのである。
私が流罪にあって帰りみちであることにあわれをおもってくれた、そしてここで互いに合い心配ないことを確認しえたのである。


(訳注)#5
時當冬之孟,隙竅縮寒漲。

ちょうど時節は冬の初めの陰暦十月になってきた、風も冷たく、か細い音をたてて吹きぬけ、水かさも落ちてきた。
隙竅 冷たい風が細く吹き。○縮寒漲 水かさも落ちていること。


前臨指近岸,側坐眇難望。
身をまえに進み出て近くの岸を指さすのだが、船奥に座ったまま首を伸ばしたのでは、向こう岸ははるばるとして望みにくいというものだ。
側坐 座ったまま首を伸ばした○眇難望 向こう岸ははるばるとして望みにくい。


滌濯神魂醒,幽懷舒以暢。
この風景に洗われてわたくしの魂は夢から醒めてきた、ただ一人思い悩む胸のつかえも晴れるのであろう。
滌濯 この風景に洗われている。○神魂醒 魂は夢から醒める。○幽懷 ただ一人思い悩む。○舒以暢 物思いも晴れる。


主人孩童舊,握手乍忻悵。
主人の竇庠公は子どものころからの昔なじみである、私の手を握りしめ、悲喜こもごもの様子を示すのである。
○主 竇司直は竇庠という人。やはり詩人であるが、このときは韓皐という人の幕府に入り、岳州(州庁は岳陽にあった)刺史の事務取扱となっていた。司直は官名で、大理司直の略。検察事務を扱う職だが、節度使の幕下に勤務する場合は朝廷の官職の一つを肩書として授けられるのが常であり、実際の職務としては、節度使からもらった岳州剌史事務取扱のほうが優先するわけである。舟で洞庭湖を渡り、江陵へと赴こうとしていた愈を、詩中に言うように、岳陽にいた竇庠が宴席を設け、招いてくれた。前から知りあいの仲で、久しぶりに顔を合わせたのである。そこで心ゆくまで飲み、別れにあたって、この詩を贈ったのであった。○乍忻悵 悲喜こもごもの様子を示す。


憐我竄逐歸,相見得無恙。
私が流罪にあって帰りみちであることにあわれをおもってくれた、そしてここで互いに合い心配ないことを確認しえたのである。
竄逐歸 流罪にあって帰りみち。○得無恙 心配ないことを確認し得た。