中唐詩-303 岳陽樓別竇司直 #9 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ986 韓愈特集-36-#9


#9
生還真可喜,尅己自懲創。
そこから生きて帰れたのはほんとうに喜ばしいことだが、反省してみて自分の心がけを入れ替えることにした。
庶從今日後,粗識得與喪。
どうか今日から後は、いくらかプラスとマイナスとを見分けるようにしたい。
事多改前好,趣有獲新尚。
人間はあるきっかけがあった時万事について、これまでの好みを改めてみることである、そうすれば趣きというものがあり、新しい行く手が開けるものだ。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
これからは『荘子』にあるように、地道に十畝ぐらいの畑を耕し、万乗の君に仕える宰相の位はだけを求めていくことはしないことにしよう。
細君知蠶織,稚子已能餉。
家内は養蚕と機織りとを知っているし、幼い子どもも畑まで食事を運んで来られるまでには成長している。
行當掛其冠,生死君一訪。

そのうちに私は辞職して引きこもるつもりだから、私が生きているか死んだかを見に、一度訪ねて来てくれたまえ。
#9
生還せるは真に喜ぶ可し、己れに剋【か】ちて自ら懲創【ちょうそう】す。
庶【こいねが】わくは今日従り後、粗【ほ】ぼ得と喪とを識らん。
事多く前好を改め、趣【すなわ】ち新尚【しんしょう】を獲【う】る有り。
誓って十畝【じっぽ】の田を耕し、万乗の相を取らじ。
細君は蚕織【さんしょく】を知り、稚子【ちし】は已【すで】に能く餉【しょう】す。
行々当【まさ】に其の冠を掛くべし、生死 君一たび訪【と】え。

mugi880


現代語訳と訳註
(本文)#9

生還真可喜,尅己自懲創。
庶從今日後,粗識得與喪。
事多改前好,趣有獲新尚。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
細君知蠶織,稚子已能餉。
行當掛其冠,生死君一訪。

(下し文)
生還せるは真に喜ぶ可し、己れに剋【か】ちて自ら懲創【ちょうそう】す。
庶【こいねが】わくは今日従り後、粗【ほ】ぼ得と喪とを識らん。
事多く前好を改め、趣【すなわ】ち新尚【しんしょう】を獲【う】る有り。
誓って十畝【じっぽ】の田を耕し、万乗の相を取らじ。
細君は蚕織【さんしょく】を知り、稚子【ちし】は已【すで】に能く餉【しょう】す。
行々当【まさ】に其の冠を掛くべし、生死 君一たび訪【と】え。


(現代語訳)
そこから生きて帰れたのはほんとうに喜ばしいことだが、反省してみて自分の心がけを入れ替えることにした。
人間は有るきっかけがあった時万事について、これまでの好みを改めてみることである、そうすれば趣きというものがあり、新しい行く手が開けるものだ。
これからは『荘子』にあるように、地道に十畝ぐらいの畑を耕し、万乗の君に仕える宰相の位はだけを求めていくことはしないことにしよう。
家内は養蚕と機織りとを知っているし、幼い子どもも畑まで食事を運んで来られるまでには成長している。
そのうちに私は辞職して引きこもるつもりだから、私が生きているか死んだかを見に、一度訪ねて来てくれたまえ。

韓愈の地図01

(訳注) #9
生還真可喜,尅己自懲創。

そこから生きて帰れたのはほんとうに喜ばしいことだが、反省してみて自分の心がけを入れ替えることにした。
尅己 己を克服する。○自懲創 自分に懲罰をし作り変えることから、心を入れ替える。


庶從今日後,粗識得與喪。
どうか今日から後は、いくらかプラスとマイナスとを見分けるようにしたい。
粗識 あらい認識。○得與喪 得るものか、損失を招くものかということ。


事多改前好,趣有獲新尚。
人間は有るきっかけがあった時万事について、これまでの好みを改めてみることである、そうすれば趣きというものがあり、新しい行く手が開けるものだ。


誓耕十畝田,不取萬乘相。
これからは『荘子』にあるように、地道に十畝ぐらいの畑を耕し、万乗の君に仕える宰相の位はだけを求めていくことはしないことにしよう。
十畝田 これ以降の6句は『莊子‧讓王』に基づいている。末尾に参考として掲載。


細君知蠶織,稚子已能餉。
家内は養蚕と機織りとを知っているし、幼い子どもも畑まで食事を運んで来られるまでには成長している。
蠶織 養蚕と機織り。○稚子 幼い子ども○能餉 畑まで食事を運んで来られる。


行當掛其冠,生死君一訪。
そのうちに私は辞職して引きこもるつもりだから、私が生きているか死んだかを見に、一度訪ねて来てくれたまえ。
掛其冠 辞職して引きこもること。



 「岳陽楼」は湖南省岳陽の町の西南にある楼。ここからは洞庭湖の見晴らしがよく、名勝として知られており、昔から多くの文人墨客がこの楼に登って、作品を残している。
孟浩然が「波は揺がす岳陽城」と歌った
望洞庭湖贈張丞相 孟浩然
八月湖水平,涵虚混太淸。
氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
欲濟無舟楫,端居恥聖明。
坐觀垂釣者,徒有羨魚情。



杜甫が「昔聞く洞庭の水、今登る岳陽楼」ではじまる詩を残した。

登岳陽樓 唐 杜甫
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。
呉楚東南坼,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。
戎馬關山北,憑軒涕泗流。


泊岳陽城下   杜甫
江国踰千里、山城近百層。
岸風翻夕浪、舟雪灑寒灯。
留滞才難尽、艱危気益増。
図南未可料、変化有鯤鵬。


参考
韓愈の#9の最後の6句である。
誓耕十畝田,不取萬乘相。
細君知蠶織,稚子已能餉。
行當掛其冠,生死君一訪。
『莊子‧讓王』に基づいている。原文と現代訳詩文を参考にされたい。

孔子謂顏回曰:「回,來! 家貧居卑,胡不仕乎? 」

顏回對曰 : 「不願仕。 回有郭外之田五十畝,足以給干粥﹔ 郭內之田十畝, 足以為絲麻﹔ 鼓琴足 以自娛﹔ 所學夫子之道者足以自樂也。 回不願仕.」

孔子愀然變容,曰:「善哉回之意!丘聞之:『知足者,不以利自累也﹔審自得者,失之而不懼﹔行修於內者,無位而不怍。』丘誦之久矣,今於回而後見之,是丘之得也。」


孔子が顔回に向っていった「回よ、近くよれ。家が貧しく、地位も低いのにどうして仕官しないのか」。

顔回は答えた「仕官したくないのです。私は城外に五十畝の畑を持ち、それでかゆをすすって生きていくだけの事はできますし、城内には十畝の畑があって、それで絹糸や麻糸を作っていくだけのことは出来ます。琴を弾いて自分で楽しむことも出来ますし、先生から教えていただいた事も、充分楽しませてくれます。私は仕官したくないのです」。

孔子はつつしみ深く居ずまいを正して口を開いた「回の心がけは見事だね。わしの聞くところでは、満足することを知るものは、外界の利益に惹かれて自分の心を煩わせるようなことが無く、悠々自適の境地をわきまえた者は、何かを失ってもびくともせず、内面の修行が行き届いた者は地位が無くとも恥じる事がないという。わしはこの言葉を長い間口ずさんでいたが、今回によって初めてその実例を見たよ。これはわしにとって収穫だね」。