河之水二首寄子侄老成 <43>Ⅱ韓退之(韓愈)詩318 紀頌之の漢詩ブログ 1033

河之水二首寄子侄老成

河之水,去悠悠。
河の水二首このように思う甥の老成に寄せる。
我不如,水東流。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東流しているように君のところへ行くことをしていない情ない身の上だ。
我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせている甥がいるのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が詰まる思いだ。
日複日,夜複夜。
夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。
三年不見汝,使我鬢發未老而先化。
本当に三年も君と会っていないと、目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった。
  

河之水,悠悠去。
我不如,水東注。
我有孤侄在海浦,三年不見兮使我心苦。
采蕨於山,緡魚於淵。
我徂京師,不遠其還。


(河の水 二首 子姪老成に寄す)1
河の水、去って悠悠【ゆうゆう】。
我は 如【し】かず、水の東流するに。
我に孤侄【こてん】有り、海陬【かいすう】に在り、三年 見ず、我をして忧【うれえ】を生ぜしむ
日 復 日、夜 復 夜。
三年 汝を見ず、我が鬢髪【びんはつ】をして未だ老いざるに而【しか】も先づ化【か】せしむ。

2.
河の水、悠悠と去る。
我は如かず、水の東注するに。
我に孤姪有り 海浦に在り、三年 見ず我をして心苦ましむ。
蕨を山に采り、魚を淵に緡す。
我 京師に徂くも、遠からず其れ還らむ

現代語訳と訳註
(本文) 1

河之水,去悠悠。
我不如,水東流。
我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
日複日,夜複夜。
三年不見汝,使我鬢發未老而先化。


(下し文) (河の水 二首 子姪老成に寄す)1
河の水、去って悠悠【ゆうゆう】。
我は 如【し】かず、水の東流するに。
我に孤侄【こてん】有り、海陬【かいすう】に在り、三年 見ず、我をして忧【うれえ】を生ぜしむ
日 復 日、夜 復 夜。
三年 汝を見ず、我が鬢髪【びんはつ】をして未だ老いざるに而【しか】も先づ化【か】せしむ。


(現代語訳)
河の水二首このように思う甥の老成に寄せる。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東流しているように君のところへ行くことをしていない情ない身の上だ。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせている甥がいるのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が詰まる思いだ。
夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。
本当に三年も君と会っていないと、目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった。


(訳注)
河之水二首寄子侄老成

河の水二首このように思う甥の老成に寄せる。
河之水二首 底本巻三。この題も『詩経』にならったもの。二首が、少しばかりの語をのぞいて、互いにほとんど同じであるところも『詩経』をまねたものである。○子侄 侄は甥のこと。子の字は以前韓愈が一緒に住んでいたことを意味し、このように思う(十二郎を祭る文)とするもの。あるいは、誤って加わった文字だとする説があるが従えない。○老成 韓愈の次兄韓介の子で、長兄韓会の養子となり、十二郎とよばれた韓老成である。韓老成四歳、韓愈14歳の時、兄韓会が左遷先(韶州・現広東省曲江県)で死去、兄嫁と甥の老成と共に戦乱の中、死物狂いで、洛陽まで帰った。その後兄嫁も死に、老成と二人、死んだ兄の荘園で暮らす経験を持つもの。十九歳、老成9歳になって、韓愈は受験で出る。この時「しばらく別れるが必ず一緒に棲む」と約束して出発する。何回か再会し、汴州の乱がおこるまで1年一緒に暮らすが、その後、老成と死に別れする。その詩に対しての詩が『祭十二郎文(十二郎を祭る文)』である。


河之水,去悠悠。
黄河の水、はるかかなたに流れ去っていく。


我不如,水東流。
わたしは黄河の流れがあたりまえのこととして東流しているように君のところへ行くことをしていない情ない身の上だ。
我不如水東流 東海のほとりに住むおまえに会いにもゆけないわたしは、東の方に流れてゆく川水にも及ばない情ない身の上だ。


我有孤侄在海陬,三年不見兮使我生憂。
そして、私には君という宣城上元の荘園に孤独にさせている甥がいるのだ、もう三年逢っていない、だから心配で仕方がない気持ちがいつも胸が詰まる思いだ。
孤姪 親のない甥。○海陬【かいすう】 海(みずうみ)のほとり。このとき老成は、宣城上元の荘園にいた。・宜城酒:裏陽が名酒の産地であつた。襄州宜城(現在湖北宜城県)・雲夢:古代中国で湖北省の武漢一帯にあったとされる大湿地。のち、長江と漢水が沖積して平原となった。武漢付近に散在する湖沼はその跡。宜城は海岸のまちではないが大湿地帯で、湖が散在していること。漢水により、荘園が水没した経験からこの表現になったのではないか。


日複日,夜複夜。
夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。
日夜日夜復 夜一日すぎて、また一日がやって來る、一夜あけて、また一夜が来る。おとついも会えず、きのうも食えず、またきょうも会えなかった。そんな嘆きが、このくりかえされる語と句とから、読む者の胸に、自然に、痛切に、響いてくる。古い詩によく使われた句だ。


三年不見汝,使我鬢發未老而先化。
本当に三年も君と会っていないと、目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった。
未老而先化 韓愈は「十二郎を祭る文」の中で「吾、年いまだ四十ならざるに、しかも視は茫茫として、髪は蒼蒼たりしといっている。目はぼうっとかすみ、髪はすっかり白くなってしまった、というのである。又別に、『落歯』「去年落一牙、今年落一齒。俄然落六七、落勢殊未已。」(昨年、一牙【いちが】を落ち、今年、一歯【いっし】を落つ。俄然【がぜん】として六七を落ち、落つる勢い殊に未だ己【や】まず。)に、三十代で歯槽膿漏で苦しんだ。その白髪の、なんと悲痛にひびいてくる。