同冠峡 韓愈<46> Ⅱ韓退之(韓愈)詩328 紀頌之の漢詩ブログ 1063


同冠峡
南方二月半、春物亦己少。
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
維舟山水間、晨坐聴百鳥。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる
宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
水瓶にいっぱいにためた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
行矣且無然、蓋棺事乃了。

行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。


同冠峡
南方 二月の半、春物【しゅんぶつ】亦 己に少【まれ】なり。
舟を山水の間に維【つな】ぎ、晨【あした】に坐して百鳥を聴く。
宿雲【しゅくうん】尚お姿を含み、朝日 忽ち暁に升る。
羇旅【きりょ】和嶋【わめい】に感じ、囚拘【しゅうこう】 軽矯【けいきょう】を念ふ。
潺湲【せんかん】として涙久しく迸【ほとばし】り、詰曲【きつきょく】して 思ひ増【ますま】す繞【めぐ】る。
行【ゆ】け 且く然【しか】すること無けむ、棺【かん】を蓋【おお】ひて 事 乃【すなわ】ち了【あきらか】ならむ。


現代語訳と訳註
(本文)
同冠峡
南方二月半、春物亦己少。
維舟山水間、晨坐聴百鳥。
宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
行矣且無然、蓋棺事乃了。


(下し文) 同冠峡
南方 二月の半、春物【しゅんぶつ】亦 己に少【まれ】なり。
舟を山水の間に維【つな】ぎ、晨【あした】に坐して百鳥を聴く。
宿雲【しゅくうん】尚お姿を含み、朝日 忽ち暁に升る。
羇旅【きりょ】和嶋【わめい】に感じ、囚拘【しゅうこう】 軽矯【けいきょう】を念ふ。
潺湲【せんかん】として涙久しく迸【ほとばし】り、詰曲【きつきょく】して 思ひ増【ますま】す繞【めぐ】る。
行【ゆ】け 且く然【しか】すること無けむ、棺【かん】を蓋【おお】ひて 事 乃【すなわ】ち了【あきらか】ならむ。


(現代語訳)
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
水瓶にいっぱいにためた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。


(訳注) 同冠峡
同冠峡 底本巻二。左透されて陽山に赴く途中の作。同冠峡は今の広州府陽山県の西北七十里、連州との境にある峡谷。


南方二月半、春物亦己少。
南方の広州府陽山県、二月の半ばになる、しかし、ここでの春の景物がまたとても稀なものである。
*韓愈が陽山に着いたのは804貞元二十年の2月であったから、その時の作品である。この韓愈の左遷と謝霊運の温州の左遷の旅は同じ雰囲気である。韓愈は謝霊運を意識して歌う。

など

維舟山水間、晨坐聴百鳥。
五嶺山脈を越えてきて陽山に入ったといってもまだ山峡のさなかであり、そこに舟をつないだのだ。朝が来て坐してボーっとしていると百鳥の声が聴こえてくる。



宿雲尚含姿、朝日忽斤暁。
そして、夜来の雲はなお都での友人たちのおもかげがなごり寂しい気持ちにさせる、朝日はたちまち暁の空に昇りはじめる。
宿雲尚含姿 夜来の雲がなお夜のなごりをとどめている。「濫檻浮宿雲」(濫檻として宿雲浮ぶ)という秀句がある。おもかげとでもいうのが姿の意味だが、夢想がそこに投影されているのである。心残りなことをいうのである。ここで韓愈にとっては冤罪をいう。


羇旅感和鳴、囚拘念軽矯。
流刑で辺鄙な地への旅の孤独感は寂しく鳴く鳥たちと唱和しているかのように感じられる。そして流刑の囚われの身は鳥が軽やかに飛翔するのを羨ましく思うのである。
羇旅 羇は孤独の身を他郷に寄せるという意味である。孤独感は孤独でないものに対置されるときいっそう深められる。○感和鳴和鳴は鳥の唱和してなきかわす声である。○囚拘 囚は閉ざされた部屋の中に人間がおしこめられ拘束されている状態をあらわす文字だ。韓愈が半拘束され独房にとらわれ、この旅が不自由なものであることを示す。○念樫矯 とらわれの感情は自由に軽やかに飛翔するものに対置されるとき、かぎりなく強められる。


潺湲涙久迸、詰曲思増繞。
水瓶にいっぱいに溜めた水がしたたり落ちるように涙がとめどなく迸り、この渓谷が山間をうねうね曲がりくねるように私への罪について屈曲する疑問はさまざまな思いをよびおこすのである。
潺湲 湛漆付け水の流れるさまをあらわすことば。ここでは、谷川の水の流れる音に感情移入しておのれの涙の迸り流れる昔としてとらえているのだ。○涙久迸 涙とめどなく迸り流れ落ちる。
詩曲 試曲は曲がりくねるさま。渓谷が山間をうねうね曲がりくねるさま○思増轟 曲がりくねるさまが、おのれにまといつくさまざまな思いとしてとらえられている。改革派と称す王伾、王叔文一派の陰謀により、重臣たちが貶められ、韓愈は巻き添えを食って左遷された。左遷される2か月前に観察使に抜擢されたことが陰謀の始まりと考えていた。改革派には柳宗元、劉禹錫がいたが韓愈の友人で信頼していた。


行矣且無然、蓋棺事乃了。
行くしかない! 過ぎたことは戻りはしないから余計な思いはしてはいけない、この冤罪は自分が死んで棺に蓋をされるときには何もかもはっきりしているのだ。
行夫且無然 いままでにのべてきたいろいろの思いをうちきって、行け、とみずからに命じているのだ。
蓋棺事乃了 自分が死ぬ頃までには、改革派と称する者たちの陰謀は明らかにされるだろう。