縣齊讀書 韓退之(韓愈)詩<48> Ⅱ中唐詩330 紀頌之の漢詩ブログ 1069
縣齋讀書(在陽山作)(韓愈 唐詩)
804年貞元二十年]



縣齋讀書 
陽山県の書斎で書を読む。
出宰山水縣,讀書松桂林。
左遷され陽山県の知事になったが山水ゆたかなところである、時には県令として高台の松桂の林で読書することもある。
蕭條捐末事,邂逅得初心。
都を離れものさびしい思いが募る時には些事うちすててひっそりすごすのである。するとここでめぐりあう人は初めから気が合う人なのである。
哀狖醒俗耳,清泉潔塵襟。
尾長猿の哀しい鳴き声は俗事を聞くことでけがれた耳を高潔の士許由のように耳を洗うまでのことではないが醒まさせてくれるのだ、穢れのない清らかな泉は世俗のことにわずらわされる心を潔めてくれる。
詩成有共賦,酒熟無孤斟。』
わたしは酒をつくるのではなく詩を成ってここで新しくできた友と唱和するのであり、陶淵明のように酒を造り熟してさびしく独酌することはないのである。
#2
青竹時默釣,白雲日幽尋。
南方本多毒,北客恒懼侵。
謫譴甘自守,滯留愧難任。
投章類縞帶,伫答逾兼金。』

出でて 山水の県に宰となり、書を松桂【しょうけい】の林に読む。
蕭條【しょうじょう】として末事【まつじ】を捐【す】て、邂逅【かいこう】 初心【しょしん】を得たり。
哀狖【あいゆう】 俗耳【ぞくじ】を醒【さ】まし、清泉【せいせん】 塵襟【じんきん】を潔くす。
詩成りて共に賦すること有り、酒熟して孤【ひと】り斟【く】むこと無し。』
青竹【せいちく】もて時に默【もく】して釣り、白雲 日【ひび】に幽尋【ゆうじん】す。
南方 本【もともと】 毒多し、北客【ほくきゃく】 恒【つね】に侵されむことを懼【おそ】る。
謫譴【たくけん】 自ら守るに甘んじ、滞留【たいりゅう】 任【た】へ難きを愧【は】づ。
章を投ずるは縞帯【こうたい】に類す、答を伫【ま】つこと兼金【けんきん】に逾【こ】えたり』

iwamizu01


現代語訳と訳註
(本文)
#1
縣齋讀書 
出宰山水縣,讀書松桂林。
蕭條捐末事,邂逅得初心。
哀狖醒俗耳,清泉潔塵襟。
詩成有共賦,酒熟無孤斟。』


(下し文) #1
出でて 山水の県に宰となり、書を松桂【しょうけい】の林に読む。
蕭條【しょうじょう】として末事【まつじ】を捐【す】て、邂逅【かいこう】 初心【しょしん】を得たり。
哀狖【あいゆう】 俗耳【ぞくじ】を醒【さ】まし、清泉【せいせん】 塵襟【じんきん】を潔くす。
詩成りて共に賦すること有り、酒熟して孤【ひと】り斟【く】むこと無し。』


(現代語訳)
陽山県の書斎で書を読む。
左遷され陽山県の知事になったが山水ゆたかなところである、時には県令として高台の松桂の林で読書することもある。
都を離れものさびしい思いが募る時には些事うちすててひっそりすごすのである。するとここでめぐりあう人は初めから気が合う人なのである。
尾長猿の哀しい鳴き声は俗事を聞くことでけがれた耳を高潔の士許由のように耳を洗うまでのことではないが醒まさせてくれるのだ、穢れのない清らかな泉は世俗のことにわずらわされる心を潔めてくれる。
わたしは酒をつくるのではなく詩を成ってここで新しくできた友と唱和するのであり、陶淵明のように酒を造り熟してさびしく独酌することはないのである。


(訳注)
陽山県の書斎で書を読む
県斎読書 底本巻四。804年貞元二十年陽山での作。
韓愈に『縣齋有懷』(陽山縣齋作805年貞元二十一年)がある。


出宰山水縣,讀書松桂林。
左遷され陽山県の知事になったが山水ゆたかなところである、時には県令として高台の松桂の林で読書することもある。
 長安の中央官庁から地方に転出する。・ 為政者。ここでは県令となること。○山水県 山水に富んだ県。自分が県令であることと半官半隠であることをあらわしている。○松桂林 松とモクセイの混生した林。陽山県の北二里に賢令山(牧民山)があって、その上に読書台があり、それがこの詩にいう読書松桂林のあとだとされる。


蕭條捐末事,邂逅得初心。
都を離れものさびしい思いが募る時には些事うちすててひっそりすごすのである。するとここでめぐりあう人は初めから気が合う人なのである。
蕭條 ものさびしいさま。○邂逅 めぐりあい。○得初心 初対面のときから気が合う。


哀狖醒俗耳,清泉潔塵襟。
尾長猿の哀しい鳴き声は俗事を聞くことでけがれた耳を高潔の士許由のように耳を洗うまでのことではないが醒まさせてくれるのだ、穢れのない清らかな泉は世俗のことにわずらわされる心を潔めてくれる。
哀狖 かなしく鳴く尾長猿の声。○俗耳 俗事を聞くことによりけがれた耳。○有耳莫洗潁川水 、堯の時代の許由という高潔の士は、堯から天子の位をゆずろうと相談をもちかけられたとき、それを受けつけなかったばかりか、穎水の北にゆき隠居した。堯が又、かれを招いて九州の長(当時全国を九つの州に分けていた)にしようとした時、かれはこういう話をきくと耳が汚れると言って、すぐさま穎水の川の水で耳を洗った。○首陽蕨 伯夷、叔齊のかくれた首陽山のわらび。彼等は、祖国殷を征服した周の国の禄を食むのを拒み、この山に隠れワラビを食べて暮らし、ついに餓死した。陶淵明「擬古九首其八」○塵襟 世俗のくだらないことどもを塵という。襟はえりのあるところ、すなわち胸、すなわち心。つまり世俗のことにわずらわされる心である。


詩成有共賦,酒熟無孤斟。』
わたしは酒をつくるのではなく詩を成ってここで新しくできた友と唱和するのであり、陶淵明のように酒を造り熟してさびしく独酌することはないのである。
孤酎 独酌する。陶淵明の詩に、「舂秫作美酒、酒熟吾自斟」(秫(じゅつ)を舂(つ)きて美酒を作り、酒熟すれば吾れ自ら斟(く)む。)“もち粟をついて美酒を作り、酒が熟すれば自分で酌んで飲む。”の句がある。韓愈は明らかに陶の句をふまえているが、儒者として濁りのない酒、聖人の酒「清酒」を飲むというのだ。韓愈は陶淵明の思想は評価していない。


(参考) 韓愈は語句について、下に示す「陶淵明の詩」に基づいて作詩している。
和郭主簿 其一 陶淵明
藹藹堂前林、中夏貯淸陰。
凱風因時來、回飆開我襟。
息交遊閑業、臥起弄書琴。
園蔬有餘滋、舊穀猶儲今。
營已良有極、過足非所欽。
舂秫作美酒、酒熟吾自斟。
弱子戲我側、學語未成音。
此事眞復樂、聊用忘華簪。
遙遙望白雲、懷古一何深。  


藹藹たり堂前の林、中夏に清陰を貯う。
凱風 時に因りて来たり、回飆(かいひょう) 我が襟を開く。
交りを息(や)めて閑業に遊び、臥起に書琴を弄ぶ。
園蔬は余滋有り、旧穀は猶お今に儲(たくわ)う。
已(おのれ)を営むは良(まこと)に極(さだめ)有り、足るに過ぐるは欽(ねが)う所に非ず。
秫(じゅつ)を舂(つ)きて美酒を作り、酒熟すれば吾れ自ら斟(く)む。
弱子(じゃくし)我が側らに戲むれ、語を學(ま)ねて未だ音を成さず。
此の事眞に復た樂し、聊か用って華(か)簪(しん)を忘る。
遙遙たる白雲を望む、古(いにしえ)を懐(おも)うこと一(いつ)に何ぞ深き。

(座敷の前の林はこんもりと茂り、夏のさなかにはさわやかな木陰をたくわえている。折から南風が吹くようになり、小さく渦巻いてわたしの襟元を吹きひらく。世間との付き合いをやめたわたしのいまの関心は芸に遊ぶことにあって、日がな一日、書物や琴をもてあそんでいる。畑の野菜はすくすくと育っているし、穀物も去年の分がまだたくわえてある。暮らしを立てるには一定の限度があり、必要以上に求めるのは不本意なことである。もち粟をついて美酒を作り、酒が熟すれば自分で酌んで飲む。幼い子供が傍で戯れている。まだ言葉を覚えだしたばかりで片言しか話すことは出来ない。こうした生活は本当に楽しく、束の間、華やかな政治の世界を忘れることが出来る。遠くを流れる白い雲を眺めながら、古き良き時代を想うことはなんとも趣き深いことだ。)