送無本師歸范陽 韓退之(韓愈)詩<50-#1>Ⅱ中唐詩340 紀頌之の漢詩ブログ1099
811年、元和6 年.

韓愈は唐代きっての排仏論者だが、かれの仏教排撃の論鋒のはげしさは、じつは、当時の儒教の類勢と反比例し、仏教教団の隆勢と正比例していたのだ、と考えても、さして不当はあるまい。僧の中には教団勢力政治勢力に癒着、権力を笠に着る鼻もちならぬ連中が世に横行したのであった。

宗教教団もまた人間の社会である。韓愈が晩年潮州で出くわした、大顛のようにほんとうにすぐれた僧は、「禅」という修行し、人目につかないところで、悟りを得ることに努力をかさねるものである。韓愈がつねに目にしたような僧は、官吏社会に出入し、上位のものは官僚と癒着し、買い物は、兵役都税を逃れる田茂の喪が多かった。俗物以上の俗物が多かったのである。韓愈の仏教ぎらいは、俗僧たちから得た印象の堆積によるもので、大いに与っていたのであろう。

 なお、詩中この僧の「頭にもとどりさせたい」といっているが、かれは会う僧にはみな腐りきった仏教の名をかりた集団からの還俗をすすめたらしい。弟午の買島はもと無本という僧だった。かれの言葉に従って還俗し、進士の試験をうけたが、何度も失敗し、やっと官界に入っても不遇で、貧窮のうちに死んだ。次に、参考までに、韓愈が無本と称したころの賈島におくった詩「無本師の茫陽に帰るを送る」811年、元和6 年.の作品である。

送無本師歸范陽(賈島初為浮屠,名無本)
無本僧師が范陽に帰るを送る。(賈島は初め僧侶であった、戒名を無本と称した。)
無本於為文,身大不及膽。
無本僧師は詩文を作るにおいて、身の丈に応じたものをつくる、勇気や度胸の生じる範囲のものに及んではいない。
吾嘗示之難,勇往無不敢。
私もいつものこととしてこの範囲を超えることは難しいことを示しているし、勇気や度胸で行くことは、あえてすることはないと思っている。
蛟龍弄角牙,造次欲手攬。
蛟龍というものは角や牙を持っていて奮っているものだ。ほんのわずかの時間でほしいものを手に入れてしまうのである。
眾鬼囚大幽,下覷襲玄窞。
そして大勢の鬼たちは広くて静かなところで囚われ、下を見ると暗い穴の中で襲われている。
天陽熙四海,注視首不頷。」

天を仰ぐと太陽が世界中を照らしている。注意してみてみると首をうなだれてはいないのだ。
#2
鯨鵬相摩窣,兩舉快一啖。夫豈能必然,固已謝黯黮。
狂詞肆滂葩,低昂見舒慘。奸窮怪變得,往往造平澹。
蜂蟬碎錦纈,綠池披菡萏。」
#3
芝英擢荒榛,孤翮起連菼。家住幽都遠,未識氣先感。
來尋吾何能,無殊嗜昌歜。始見洛陽春,桃枝綴紅糝。
遂來長安里,時卦轉習坎。」
#4
老懶無鬥心,久不事鉛槧。欲以金帛酬,舉室常顑頷。
念當委我去,雪霜刻以憯。獰飆攪空衢,天地與頓撼。
勉率吐歌詩,慰女別後覽。」


(無本師 范陽に歸るを送る〈賈島 初め浮屠と為す,名は無本〉)#1
無本 文を爲【つく】るに於て、身の大いさ 胆に及ばず。
吾 嘗【つね】に之に難きを示すに、勇往 敢てせざる無し。
蛟龍【こうりゅう】角牙【かくし】を弄し、造次に手づから攬【と】らむと欲す。
衆鬼 大幽に因【とら】はるるに、下覷【かき】して 玄窞【げんたん】ぞ襲ふ。
天陽 四海に煕るに、注視して 首頷【た】れず。

#2
鯨と鵬と相摩窣【まそつ】するに、両挙して 快かに一啖【いつたん】す。
夫れ豈能く必ずしも然らむや、固【まこと】に已に黯黮【あんたん】を謝す。
狂詞肆【ほしいまま】にして滂葩【ぼうは】たり、低昂【ていこう】 舒惨【じょさん】を見る。
姦窮まり 怪変じ得て、往往 平淡に 造【いた】る。
蜂蝉【ほうせん】 錦纈【きんけつ】を碎き、緑池菡萏【かんたん】を披く。
#3
芝英 荒榛【こうしん】より擢【ぬき】んで
孤翮【こかく】連菼【れんたん】より起る
家は幽都の遠きに住し、未だ識らざれども 気先【ま】づ感ず。
来り尋ぬ 吾何をか能くせむ、昌歜【しょうかん】を嗜【たしな】に殊なること無し。
始めて見る格陽の春、桃枝 紅惨【こうさん】を綴る。
遂に長安の里に来り、時卦【じたつ】習坎【しゅうかん】に転ず。
#4
老懶【ろうらん】 闘心無く、久しく鉛槧【えんぜん】を事とせず。
金帛を以て酬いむと欲すれども、挙室 常に顑頷【かんがん】たり。
念ふに当に我を委【す】てて去【ゆ】くべし、霜雪 刻にして以て憯【てん】たり。
獰飆【どうひょう】 空衢【くうく】を攬【みだ】し、天地 与に 頓撼。
勉め率いて歌詩を吐き、女【なんじ】が別後の覧を尉【なぐさ】めむ


現代語訳と訳註
(本文)
送無本師歸范陽(賈島初為浮屠,名無本)#1
無本於為文,身大不及膽。
吾嘗示之難,勇往無不敢。
蛟龍弄角牙,造次欲手攬。
眾鬼囚大幽,下覷襲玄窞。
天陽熙四海,注視首不頷。」


(下し文) (無本師 范陽に歸るを送る〈賈島 初め浮屠と為す,名は無本〉)#1
無本 文を爲【つく】るに於て、身の大いさ 胆に及ばず。
吾 嘗【つね】に之に難きを示すに、勇往 敢てせざる無し。
蛟龍 角牙を弄し、造次に手づから攬【と】らむと欲す。
衆鬼 大幽に因【とら】はるるに、下覷【かき】して 玄窞【げんたん】ぞ襲ふ。
天陽 四海に煕るに、注視して 首頷【た】れず。


(現代語訳) #1
無本僧師が范陽にぁえるを送る。(賈島は初め僧侶であった、戒名を無本と称した。)
無本僧師は詩文を作るにおいて、身の丈に応じたものをつくる、勇気や度胸の生じる範囲のものに及んではいない。
私もいつものこととしてこの範囲を超えることは難しいことを示しているし、勇気や度胸で行くことは、あえてすることはないと思っている。
蛟龍というものは角や牙を持っていて奮っているものだ。ほんのわずかの時間でほしいものを手に入れてしまうのである。
そして大勢の鬼たちは広くて静かなところで囚われ、下を見ると暗い穴の中で襲われている。
天を仰ぐと太陽が世界中を照らしている。注意してみてみると首をうなだれてはいないのだ。


(訳注) #1
送無本師歸范陽
(賈島初為浮屠,名無本)
無本僧師が范陽に帰るを送る。(賈島は初め僧侶であった、戒名を無本と称した。)
賈島【か とう】779―843年(中和4年)は中国唐代の詩人。字は浪仙、または閬仙。范陽(北京市)の人。はじめ進士の試験に失敗して、僧となり法号を無本と称した。後に洛陽に出て文を韓愈に学び、その才学を認められ還俗して進士に挙げられた。835年に長江県(四川省)の主簿となり、841年に普州司倉参事となり司戸に赴任するところ、命を受けないうちに牛肉を食べすぎて没したという。享年65。この詩は賈島33歳、韓愈44歳の時 ・浮屠の用語解説 - 1 《(梵)buddhaの音写》仏陀(ぶっだ)。ほとけ。 2 《(梵)buddha-stpaから》仏塔。 3 仏寺。 4 僧侶。


無本於為文,身大不及膽。
無本 文を爲【つく】るに於て、身の大いさ 胆に及ばず。
無本僧師は詩文を作るにおいて、身の丈に応じたものをつくる、勇気や度胸の生じる範囲のものに及んではいない。
 1 肝臓。きも。2 からだの中で、勇気や度胸の生じるもとと思われているところ。きもったま。


吾嘗示之難,勇往無不敢。
吾 嘗【つね】に之に難きを示すに、勇往 敢てせざる無し。
私もいつものこととしてこの範囲を超えることは難しいことを示しているし、勇気や度胸で行くことは、あえてすることはないと思っている。
勇往は勇んで行くこと。「邁進」は勇敢に突き進んで行くこと。元気よく前進すること。


蛟龍弄角牙,造次欲手攬。
蛟龍【こうりゅう】角牙【かくし】を弄し、造次【ぞうし】に手づから攬【と】らむと欲す。
蛟龍というものは角や牙を持っていて奮っているものだ。ほんのわずかの時間でほしいものを手に入れてしまうのである。
蛟龍【こうりゅう】蛟(コウ; jiāo)は、中国の竜の一種、あるいは、姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)だとされる。・造次【そうし】とっさの場合。ごく短い時間。事がにわかで、急ぎあわてる場合。ほんのわずかの時間。


眾鬼囚大幽,下覷襲玄窞。
衆鬼 大幽に因【とら】はるるに、下覷【かき】して 玄窞【げんたん】ぞ襲ふ。
そして大勢の鬼たちは広くて静かなところで囚われ、下を見ると暗い穴の中で襲われている。
 うかがう、 みる。玄窞 あな。(1)黒い色。黒。 (2)天。 「黄に満ち―に満てり/三教指帰」 (3)老荘思想の根本概念。万物の根源としての道。 (4)奥深くて微妙なこと。深遠な道理。


天陽熙四海,注視首不頷。」
天陽 四海に煕るに、注視して 首頷【た】れず。
天を仰ぐと太陽が世界中を照らしている。注意してみてみると首をうなだれてはいないのだ。