謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓 韓退之(韓愈)詩<51-#2>Ⅱ中唐詩345 紀頌之の漢詩ブログ1114


この詩は805年夏、陽山の県令を解かれ、陽山を出発し、郴州で次の赴任地の命を待った8月江陵府法曹参軍事の命を受け江陵へ向か際、五嶽の衡山にたちよったものである。韓愈は、王涯たち「三学士」に運動してもらって都へ召還されようとしたのだが、三人がはたして口をきいてくれたのか、きいてはくれたが効果がなかったのか、確実なことはわからないが、とにかく韓愈たちは都へ呼びもどしてはもらえなかった。呼びもどしてもらえぬ以上、江陵幕府へ赴任するほかはない。


謁衡獄廟遂宿岳寺題門樓
衡嶽廟に拝謁してとうとう衡山にある仏寺の宿坊に宿し、その楼門に題す詩
五嶽祭秩皆三公,四方環鎮嵩當中。
五嶽は祭典序列はみな三公待遇である。天下四方に位置し、嵩山を中心にして天下鎮守するのである。
火維地荒足妖怪,天假神柄專其雄。
赤道に位置するといわれてきたこの地は荒廃し、妖怪どもがあまた棲息した、そして天は衡山に神の権能を賦与し、それらを雄伏させようとされたのだ。
噴雲洩霧藏半腹,雖有絕頂誰能窮。
雲を吹き出し、霧をもらしていて、中腹以上にいくとかくれている。頂上はもとより存在しているといっても、誰が見きわめえたというのか。
我來正逢秋雨節,陰氣晦昧無清風。

私はここへ来て正に秋雨の季節に逢ってしまった。秋雨の陰湿の気、ぶきみに暗いし、ここではすがすがしい風は吹かないのである。

#2
潛心默禱若有應,豈非正直能感通。
そうして、心を静かに潜めるようにして黙祷したら、それに応えてくれたように思われるのだ。それで正直であることが出来ない様でどうしてよく神仏に祈り、悟ことができようか。
須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。
しばらくすると 静かに暗い陰気の雲は掃われて 連峰の山々が姿を現わしている。見あげれば 高く抜きん出て立ち青空をささえていた。
紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。
衡山七十二峯の紫蓋は連なって延び 天をささえる天柱と接しており、石稟は飛騰し、祝融は淮積岩をあらわにし、衡山四絶景を構成する。
森然魄動下馬拜,松柏一徑趨靈宮。

山は森然として神霊な動きをしており、わたしは馬を下りて拝礼するのである。松柏の間を行く一筋の小径には霊宮にはしり通じている。

#3
粉牆丹柱動光彩,鬼物圖畫填青紅。
升階傴僂薦脯酒,欲以菲薄明其衷。
廟令老人識神意,睢盱偵伺能鞠躬。
手持杯珓導我擲,云此最吉餘難同。
#4
竄逐蠻荒幸不死,衣食才足甘長終。
侯王將相望久絕,神縱欲福難為功。
夜投佛寺上高閣,星月掩映雲朣朧。
猿鳴鐘動不知曙,杲杲寒日生於東。

(衡嶽【こうがく】廟に謁し、遂に嶽寺に宿り、門樓【もんろう】に題す。)
五嶽の祭秩【さいちつ】皆 三公【さんこう】、四方に環【めぐ】り鎮【ちん】して 嵩【すう】は中に當る。
火維【かい】地荒れて 妖怪【ようかい】足【おお】く、天 神柄【しんぺい】を瑕【か】して 其の雄を専にす。
雲を噴き 霧を泄【もら】して 半腹を蔵【ぞう】す、絶頂有りと雖も 誰か能く窮めむ。
我来って 正に 秋雨の節に逢ふ、陰気【いんき】晦昧【かいまい】として 清風無し。
#2
心を潜めて默禱【もくとう】すれば 応【こたえ】有るが若し、豈に 正直なるに非ずんば 能く感通【かんつう】せむや。
須臾【しばらく】して 靜かに掃って 衆峯【しゅうほう】出づ、仰いで見るに 突冗【とつごつ】として 青空を撐【ささ】ヘ。
紫蓋【しがい】連り延びて 天柱に接し、石廩【せきりん】騰擲【とうてき】し 祝融【しゅくゆう】堆し。
森然【しんぜん】として魄【はく】動き 馬を下って拝す、松柏の一徑【いっけい】霊宮【れいきゅう】に趨【おもむ】く。
#3
粉牆【ふんしょう】丹柱【たんちゅう】光彩【こうさい】を勤し、鬼物【きぶつ】の圖畫【とが】青紅【せいこう】を填【うづ】む。
階に升【のぼ】って傴僂【うろう】し 脯酒【ほしゅ】を薦む、菲薄【ひはく】を以て 其の衷を明にせんと欲す。
廟令【びょうれい】の老人 神意【しんい】を識る と、睢盱【いく】偵伺【ていし】して 能く鞠躬【きくきゅう】す。
手に盃珓【はいこう】を持して 我をして擲【なげう】たしむ、云ふ 此れ最も吉にして餘【よ】は同じうし難し と。
#4
蠻荒【ばんこう】に竄逐【ざんちく】せられ 幸に死せざるも、衣食【いしょく】緩【わずか】に足りて長【とこしえ】に 終らんことに甘んず。
侯王【こうおう】將相【しょうそう】たらんとする望は 久しく絶ちたり、神 縦【たと】い福【さいわい】せんと欲すとも 功を錫し難し。
夜 佛寺【ぶつじ】に投じて 高閣に上る、星月 掩映【えんえい】して 雲 朣朧【とうろう】たり。
猿鳴き 鐘動いて 曙を知らず、杲杲【こうこう】たる寒日【かんじつ】東に生ず。


現代語訳と訳註
(本文) #2

潛心默禱若有應,豈非正直能感通。
須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。
紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。
森然魄動下馬拜,松柏一徑趨靈宮。


(下し文) #2
心を潜めて默禱【もくとう】すれば 応【こたえ】有るが若し、豈に 正直なるに非ずんば 能く感通【かんつう】せむや。
須臾【しゅゆ】にして 靜かに掃って 衆峯【しゅうほう】出づ、仰いで見るに 突冗【とつごつ】として 青空を撐【ささ】ヘ。
紫蓋【しがい】連り延びて 天柱に接し、石廩【せきりん】騰擲【とうてき】し 祝融【しゅくゆう】淮し。
森然【しんぜん】として魄【はく】動き 馬を下って拝す、松柏の一徑【いっけい】霊宮【れいきゅう】に趨【おもむ】く。


(現代語訳)
そうして、心を静かに潜めるようにして黙祷したら、それに応えてくれたように思われるのだ。それで正直であることが出来ない様でどうしてよく神仏に祈り、悟ことができようか。
しばらくすると 静かに暗い陰気の雲は掃われて 連峰の山々が姿を現わしている。見あげれば 高く抜きん出て立ち青空をささえていた。
衡山七十二峯の紫蓋は連なって延び 天をささえる天柱と接しており、石稟は飛騰し、祝融は淮積岩をあらわにし、衡山四絶景を構成する。
山は森然として神霊な動きをしており、わたしは馬を下りて拝礼するのである。松柏の間を行く一筋の小径には霊宮にはしり通じている。


(訳注)#2
潛心默禱若有應,豈非正直能感通。

心を潜めて默禱【もくとう】すれば 応【こたえ】有るが若し、嶽に 正直なるに非ずんば 能く感通【かんつう】せむや。
そうして、心を静かに潜めるようにして黙祷したら、それに応えてくれたように思われるのだ。それで正直であることが出来ない様でどうしてよく神仏に祈り、悟ことができようか。
能感通 其の理の極まる処能く感通知識し来りて、初めて事物に応接するし、禱ぎ・神仏に祈り、悟ことができようか。


須臾靜掃眾峰出,仰見突兀撐青空。
須臾【しばらく】して 靜かに掃って 衆峯【しゅうほう】出づ、仰いで見るに 突冗【とつごつ】として 青空を撐【ささ】ヘ。
しばらくすると 静かに暗い陰気の雲は掃われて 連峰の山々が姿を現わしている。見あげれば 高く抜きん出て立ち青空をささえていた。
須臾 しばらくの時間。1000兆分の1であることを示す漢字文化圏における数の単位である。逡巡の1/10、瞬息の10倍に当たる。・静掃 しずかに、くらい陰気を掃いのぞいて。・眾峰 峰が多いこと。連峰の山々。・突尤 高くぬきんでてたつさま。


紫蓋連延接天柱,石廩騰擲堆祝融。
紫蓋【しがい】連り延びて 天柱に接し、石廩【せきりん】騰擲【とうてき】し 祝融【しゅくゆう】堆し。
衡山七十二峯の紫蓋は連なって延び 天をささえる天柱と接しており、石稟は飛騰し、祝融は淮積岩をあらわにし、衡山四絶景を構成する。
紫蓋 衡山七十二峯の一つで、祝融、天柱、芙蓉、紫蓋、石稟の五峯が最も有名である。祝融峰が衡山において最高峰であり,海拔1290米。五嶽(陰陽五行説に基づき、木行=、火行=、土行=、金行=西、水行= の各方位に位置する、5つの山が聖山とされる。衡山は南嶽)の南嶽に四絶景がある:祝融峰は高さ,方廣寺は谷が深いこと,藏經殿は秀美であり,水簾洞は奇怪な洞窟。 衡山を登るには必ず祝融を登るとされる。芙蓉、石厦、天柱、祝融とともにその最も高い峯をいう。


森然魄動下馬拜,松柏一徑趨靈宮。
森然【しんぜん】として魄【はく】動き 馬を下って拝す、松柏の一徑【いっけい】霊宮【れいきゅう】に趨【おもむ】く。
山は森然として神霊な動きをしており、わたしは馬を下りて拝礼するのである。松柏の間を行く一筋の小径には霊宮にはしり通じている。
森然 シンとして。・魄 ここでは神霊をさす。