岣嶁山 韓退之(韓愈)詩<52>Ⅱ中唐詩348 紀頌之の漢詩ブログ1123

岣嶁山
岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。
岣嶁山の鋭く尖った頂に古代の聖王禹の碑がある、文字は青色で、石は赤く、形は奇抜なものなのだ。
蝌蚪拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拿虎螭。
それはおたまじゃくしが身をかがめ、らっきょうが 逆さにぶら下がったようなかたちであり、鸞が飛び 、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるという。
事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之,我來咨嗟涕漣洏。
事実は厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、 だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだ。それは、道敦の修行者がなんとかひとり上ることできて偶然これを発見したそうだ。我々もここにやって来たがなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらないのだ。
千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。

干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているだけなのだ。


岣嶁山【こうろうさん】 尖【せん】の神禹の碑、字 青く 石 赤く 形慕【けいも】 奇に。
蝌蚪【かと】 身を拳【かが】め 薤【かい】 倒【さかさま】に披【ひら】き、鸞【らん】 飄【ただよ】ひ 鳳 泊って 虎と螭【みずち】とを拿【つか】む。
事 嚴【げん】に 跡 秘【ひ】にして 鬼【き】も窺【うあたが】ふ莫し、道人【どうじん】 獨り上って 偶【たまた】ま之を見き と、我 來って咨嗟【しさ】し 涕【なみだ】 漣洏【れんじ】たり。
干搜【せんそう】萬索【ばんさく】するも 何れの處にか有り、森森【しんしん】たる緑樹【りょくじゅ】に 猿猱【えんどう】の悲めるのみ。


現代語訳と訳註
(本文)
岣嶁山
岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。
蝌蚪拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拿虎螭。
事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之,我來咨嗟涕漣洏。
千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。

(下し文)岣嶁山
岣嶁山【こうろうさん】 尖【せん】の神禹の碑、字 青く 石 赤く 形慕【けいも】 奇に。
蝌蚪【かと】 身を拳【かが】め 薤【かい】 倒【さかさま】に披【ひら】き、鸞【らん】 飄【ただよ】ひ 鳳 泊って 虎と螭【みずち】とを拿【つか】む。
事 嚴【げん】に 跡 秘【ひ】にして 鬼【き】も窺【うあたが】ふ莫し、道人【どうじん】 獨り上って 偶【たまた】ま之を見き と、我 來って咨嗟【しさ】し 涕【なみだ】 漣洏【れんじ】たり。
干搜【せんそう】萬索【ばんさく】するも 何れの處にか有り、森森【しんしん】たる緑樹【りょくじゅ】に 猿猱【えんどう】の悲めるのみ。



(現代語訳)
岣嶁山の鋭く尖った頂に古代の聖王禹の碑がある、文字は青色で、石は赤く、形は奇抜なものなのだ。
それはおたまじゃくしが身をかがめ、らっきょうが 逆さにぶら下がったようなかたちであり、鸞が飛び 、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるという。
事実は厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、 だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだ。それは、道敦の修行者がなんとかひとり上ることできて偶然これを発見したそうだ。我々もここにやって来たがなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらないのだ。
干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているだけなのだ。


(訳注)岣嶁山
岣嶁山尖神禹碑,字青石赤形模奇。

岣嶁山の鋭く尖った頂に古代の聖王禹の碑がある、文字は青色で、石は赤く、形は奇抜なものなのだ。
岣嶁山 底木巻三。中国,湖南省の中東部,衡山県の西15kmにある山。その南・東・北の3面を湘江がめぐって流れる。隋の文帝(在位581‐604)以後,南岳として尊ばれ五岳の一つとなった。岣嶁山(こうろうざん)とも呼ばれる。周囲約400kmで,花コウ岩より成る断層山脈で,山容は雄大。72峰あり祝融(1290m),天柱,芙蓉,紫蓋,石廩(せきりん)の5峰が有名。山中に南台寺,祝聖寺などの大寺院があり礼拝者が絶えず,天台・禅の名僧が駐錫したという。岣嶁山は衡山の峯の別名で岣も嶁も山の頂という意味だから、これが衡山の主峯だとする説もある。又、別名に虎山ともいう。古代の聖王禹の廟が安置してある。禹が治水事業を完成したとき山壁に功績を刻みつけたという伝説がある。岬嗜碑と名づけ中国最古の碑とされる。


蝌蚪拳身薤倒披,鸞飄鳳泊拿虎螭。
それはおたまじゃくしが身をかがめ、らっきょうが 逆さにぶら下がったようなかたちであり、鸞が飛び 、鳳がそれの泊まって、虎と螭がつかみ合うように見えるという。
蝌蚪 おたまじゃくし。古代の文字に科斗を組み合わせたような形のものがあった。碑の文字のことをいっている。
薤倒披 これも碑の文字の形容。ラッキョウをさかさにひろげたような。・鸞飄鳳泊拿虎螭 碑面全体のようすを形容しているのである。


事嚴跡秘鬼莫窺,道人獨上偶見之,我來咨嗟涕漣洏。
事実は厳粛なものであり、形跡は秘密なものである、 だから鬼神にさえも窺知を許さないというものなのだ。それは、道敦の修行者がなんとかひとり上ることできて偶然これを発見したそうだ。我々もここにやって来たがなげいてしまい、涙がしとどに流れて止まらないのだ。
道人 神仙の道をえたひと、道敦の修行者。仏教の僧、修験者をさしていうこともある。・咨嗟 なげく。・漣洏 涙のしとどに流れるさま。

 
千搜萬索何處有,森森綠樹猿猱悲。
干遍探し、万遍も探索したのだが、いったい何処にあるというのか、ただそこでは、森森とした静かな緑樹の林に猿と猱共が、悲しく泣いているだけなのだ。
猿猱 猿と猱サル ・神禹碑は道教の徒がつくったような伝説におおわれ、しかも道教の徒以外に見たというものがいない。韓愈はその伝説がいつわりであることをあばくため、この山に上った。案の定、碑などはなかったということでこの詩は生まれた。又この衡山を舞台にした詩が以下のものである。