祝融峰 韓退之(韓愈)詩<54>Ⅱ中唐詩350 紀頌之の漢詩ブログ1129


この詩は805年夏、陽山の県令を解かれ、陽山を出発し、郴州で次の赴任地の命を待った8月江陵府法曹参軍事の命を受け江陵へ向か際、五嶽の衡山にたちよったものである。韓愈は、王涯たち「三学士」に運動してもらって都へ召還されようとしたのだが、三人がはたして口をきいてくれたのか、きいてはくれたが効果がなかったのか、確実なことはわからないが、とにかく韓愈たちは都へ呼びもどしてはもらえなかった。


祝融峰
禅の玄関である祝融峰
曾到祝融峰頂上, 歩隨明月宿禅関。
先日、衡山の一絶で峰は群山を繞らし,その中心の独尊の位置にある祝融峰の高きところに登った。歩くに任せて進むと下界の月は盡きてもここはまだ清光低からずという明月を見るそして、「玄妙なる関所、真理への関門」であるこの寺に宿をした。
夜深一陣打窓雨, 臥聴風雷在半山。
夜が更けてきて、風雨がひとしきり激しく吹き降りし、雨は窓をはげしくたたいた、横になったままで山の中腹のところにあって風穴雷池・陰風怒号を聞いたのだ。

祝融峰
曾て祝融峰の頂上に到り, 歩隨して明月し、禅関に宿す。
夜深して一陣 雨に窓を打つ, 臥して聴く風雷 半山に在り。



現代語訳と訳註
(本文)
祝融峰
曾到祝融峰頂上, 歩隨明月宿禅関。
夜深一陣打窓雨, 臥聴風雷在半山。


(下し文)
祝融峰
曾て祝融峰の頂上に到り, 歩隨して明月し、禅関に宿す。
夜深して一陣 雨に窓を打つ, 臥して聴く風雷 半山に在り。


(現代語訳)
禅の玄関である祝融峰
先日、衡山の一絶で峰は群山を繞らし,その中心の独尊の位置にある祝融峰の高きところに登った。歩くに任せて進むと下界の月は盡きてもここはまだ清光低からずという明月を見るそして、「玄妙なる関所、真理への関門」であるこの寺に宿をした。
夜が更けてきて、風雨がひとしきり激しく吹き降りし、雨は窓をはげしくたたいた、横になったままで山の中腹のところにあって風穴雷池・陰風怒号を聞いたのだ。

(訳注)
祝融峰
禅の玄関である祝融峰
祝融峰 海拔1290米で,衡山の最高峰であり,古代帝王三皇の一の祝融が曾てここに栖息奏楽し,死後もこの地に葬ったので,この名があると伝わる。祝融峰の高きことは衡山の一絶である。峰は群山を繞らし,その中心の“独尊”の位置にある。
風穴雷池・甘泉と涌流・洞穴
山高く風強きがゆえに,“草木は堅痩”で,蒼松は低矮である。峰頂には祝融殿があり,その旁には望月台や,風穴雷池がある。風穴は“雨の降らんとするや陰風怒号する(毎雨將作,陰風怒号,自其穴而発)”。雷池は古人の禱雨の場所であり,旁には甘泉が涌流する。峰下には羅漢洞、舍身崖、会仙橋などの景観点がある。
<頂上>峰頂の気象は変化に富み,“煙靄未だ盡きず澄徹”なる時,“四望すれば渺然として極るところを知らず”,“大海の只中にいる”が如くである。
<月>月明く星稀なる夜には,月西に沈み“下界の月は盡きても ,ここはまだ清光低からず(人間朗魄巳皆盡 ,此地清光猶未低)”(孫應鰲)の趣きがある。
<日>日の出に至っては,尚更に多くの登山者の感動するところである。古くから,多くの文人雅士が雲集し詩篇を残している。



曾到祝融峰頂上, 歩隨明月宿禅関。
先日、衡山の一絶で峰は群山を繞らし,その中心の独尊の位置にある祝融峰の高きところに登った。歩くに任せて進むと下界の月は盡きてもここはまだ清光低からずという明月を見るそして、「玄妙なる関所、真理への関門」であるこの寺に宿をした。
明月 月明く星稀なる夜には,月西に沈み“下界の月は盡きても ,ここはまだ清光低からず(人間朗魄巳皆盡 ,此地清光猶未低)”(孫應鰲:1584年沒明代の学者)の趣きがある。・禅関 関は禅語で玄関の関 「禅関」とは「玄妙なる関所、真理への関門」という意味である。


夜深一陣打窓雨, 臥聴風雷在半山。
夜が更けてきて、風雨がひとしきり激しく吹き降りし、雨は窓をはげしくたたいた、横になったままで山の中腹のところにあって風穴雷池・陰風怒号を聞いたのだ。
一陣 風や雨がひとしきり激しく吹いたり降ったりすること。山高く風強きがゆえに,“草木は堅痩”で,蒼松は低矮である。峰頂には祝融殿があり,その旁には望月台や,風穴雷池がある。風穴は“雨の降らんとするや陰風怒号する(毎雨將作,陰風怒号,自其穴而発)”。雷池は古人の禱雨の場所であり,旁には甘泉が涌流する。峰下には羅漢洞、舍身崖、会仙橋などの景観点がある。




衡山は,また岣嶁山あるいは虎山とも呼ばれ,その俊秀をもって天下に聞こえ,“五岳の独秀”との誉れが高い。その位置は湖南省衡山県の西である。旧志では現在の岳麓山や石鼓山をも衡山に含めており,“回雁(峰)を首とし,岳麓を足”として,“周回八百里”と謂う。東南に湘江を俯瞰し,江上に舟を泛べてここを過れば,“帆は湘水に隨って転じ, 処処に衡山を見”,湘水は山下を巡り,五折して北へ去る。魏源は《衡岳吟》の中で五岳の雄姿を比較してこのように描写した:“恒山は行くが如く,岱山は坐るが如く,華山は立つが如く,嵩山は臥すが如く,ただ南岳は独り朱雀の飛ぶが如く垂雲大なり”。南岳の山形は朱雀の如く,山間を繞る煙雲は飄動して止まらず,72峰は真に太空を翱翔する神鳥のようである。