陪杜侍御遊湘西兩寺獨宿有題一首,因獻楊常侍(1) 韓退之(韓愈)詩<55-#1>Ⅱ中唐詩351 紀頌之の漢詩ブログ1132

805年 貞元二十一年、順宗の即位で、韓愈は大赦にあい、夏の終わりごろ陽山をたち、友人の張署がいる郴州にゆき、新任の命令を待った。ふたりは、もう一人の友李方叔とともに、同じとき監察御史から左遷され、ともに南方僻地の県令となっていた。このたびの異動では、韓愈と張署のふたりが、共に、江陵府の法曹参軍事となった。正式の任命書をうけとると、韓愈は任地に向かい、途中、衡山に立ち寄り『謁衡獄廟遂宿獄寺題門樓』「衡嶽廟に閲し、遂に嶽寺に宿り、門樓に題す」、『岣嶁山』「岣嶁の山」、『別盈上人』「盈上人に別る」、『祝融峰』「祝融の峰」などの詩をつくった。

さらに北上して、潭州、いまの湖南省長沙市に入り、その地方の長官である湖南観察使の楊憑をたずね、その部下の侍御史の社某の案内で湘西寺に遊び『陪杜侍御遊湘西兩寺獨宿有題一首』「杜侍御に陪して湘西両寺に游び独宿し、一首題あり、因って楊常侍に献ず」をつくったのがこの詩である。

805年 この年は、中央では、順宗が即位し、王叔文党が政権をにぎり、まもなく皇太子が摂政となり、王叔文が追放され、順宗が譲位し、皇太子が即位し、永貞と改元した実に慌ただしい年で朝廷内の大混乱の杜詩であったとされる。その永貞元年も、韓愈が江陵に到着してまもなくおわる。新しい年をむかえ、新帝憲宗は、元号を「元和」と改めた。

岳陽樓003

陪杜侍御遊湘西兩寺獨宿有題一首,因獻楊常侍
地方の長官である湖南観察使の楊憑をたずね、その部下の侍御史の社某の案内で湘西寺に遊び独り宿して一首を作った。これに因んで揚憑常侍に献上する。
長沙千里平,勝地猶在險。
長沙は「一望千里の大平原」であるが、その景勝の地はやはり険岨に存在するのである。
況當江闊處,鬥起勢匪漸。
ましてや湘江は大きく広がり、下流では洞庭湖に濯ぐあたりは一望千里になる所である。上流の景勝地では両岸にぬっと門のようがけがに立つ、急流があり、段々急になる形状ではない。
深林高玲瓏,青山上琬琰。
緑深い林がありその間に玉のように光りかがやく水の滝があざやかに高いところにある。その木々の絨毯上には青くかすんだ山が、美女が横たわっているようにうねっている。
路窮臺殿辟,佛事煥且儼。
路登って窮まったところにふいに楼台や仏殿がひらけている。その仏殿のかざりや設備は荘厳のきらめきと美しいのである。
剖竹走泉源,開廊架崖广。
竹を剖いた懸樋は泉の水を走らせている。廊下が開けて崖のところまでつきでたように屋形にかかっている。
#2
是時秋之殘,暑氣尚未斂。羣行忘後先,朋息棄拘檢。
客堂喜空涼,華榻有清簟。澗蔬煮蒿芹,水果剝菱芡。
伊餘夙所慕,陪賞亦雲忝。
#3
幸逢車馬歸,獨宿門不掩。山樓黑無月,漁火燦星點。
夜風一何喧,杉檜屢磨颭。猶疑在波濤,怵惕夢成魘。
靜思屈原沈,遠憶賈誼貶。
#4
椒蘭爭妒忌,絳灌共讒諂。誰令悲生腸,坐使淚盈臉。
翻飛乏羽翼,指摘困瑕玷。珥貂藩維重,政化類分陝。
禮賢道何優,奉己事苦儉。
#5
大廈棟方隆,巨川楫行剡。經營誠少暇,遊宴固已歉。
旅程愧淹留,徂歲嗟荏苒。平生每多感,柔翰遇頻染。
輾轉嶺猿鳴,曙燈青睒睒。





現代語訳と訳註
(本文)
長沙千里平,勝地猶在險。況當江闊處,鬥起勢匪漸。
深林高玲瓏,青山上琬琰。路窮臺殿辟,佛事煥且儼。
剖竹走泉源,開廊架崖广。

(下し文)#1
(杜侍御に陪して湘西両寺に遊び独り宿って一首題あり。因って楊常侍に献ず。)
長沙 千里 平かなれど、勝地【しょうち】は猶は険に在り。
況んや 江の闊【ひろ】き処に当たって、鬥起【とき】すること勢の漸【ぜん】に匪【あら】ざるをや。
深林 高くして 玲瓏【れいろう】たり、青山 上に 琬琰【えんえん】たり。
路 窮まって 台殿【だいでん】聞け、仏事【ぶつじ】 煥【かん】として且つ儼【げん】なり。
竹を剖【さ】いて泉源【せんげん】を走らせ、廊を開いて崖广【がいげん】に架く。


(現代語訳)
地方の長官である湖南観察使の楊憑をたずね、その部下の侍御史の社某の案内で湘西寺に遊び独り宿して一首を作った。これに因んで揚憑常侍に献上する。
長沙は「一望千里の大平原」であるが、その景勝の地はやはり険岨に存在するのである。
ましてや湘江は大きく広がり、下流では洞庭湖に濯ぐあたりは一望千里になる所である。上流の景勝地では両岸にぬっと門のようがけがに立つ、急流があり、段々急になる形状ではない。
緑深い林がありその間に玉のように光りかがやく水の滝があざやかに高いところにある。その木々の絨毯上には青くかすんだ山が、美女が横たわっているようにうねっている。
路登って窮まったところにふいに楼台や仏殿がひらけている。その仏殿のかざりや設備は荘厳のきらめきと美しいのである。
竹を剖いた懸樋は泉の水を走らせている。廊下が開けて崖のところまでつきでたように屋形にかかっている。


(訳注)
・陪杜侍御瀞湘丙両寺独宿有越因献物常侍 
楊常侍は揚憑で官は左散騎常侍、湖南江西観察任であった。


長沙千里平,勝地猶在險。
長沙は「一望千里の大平原・湿原」であるが、その景勝の地はやはり険岨に存在するのである。
・長沙 湖南省の中心。長沙の名は早くも『逸周書』に見え、春秋戦国時代には楚国に属し、成王のとき黔中郡が置かれたことに始まる。秦代に秦36郡のひとつとして長沙郡が設置されている。漢代初には呉芮を封じて臨湘県を都とする長沙王国が設置され、5代46年間続いた。長沙王国の相である軑侯利蒼一族の墓所として有名な馬王堆漢墓を今に伝える。隋唐代から清末にかけて潭州の中心として発展。・平 「一望千里の大平原・湿原」当時、雨季には、洞庭湖の面積が10倍になるという。


況當江闊處,鬥起勢匪漸。
ましてや湘江は大きく広がり、下流では洞庭湖に濯ぐあたりは一望千里になる所である。上流の景勝地では両岸にぬっと門のようがけがに立つ、急流があり、段々急になる形状ではない。
・江 湘江、湘水(しょうすい)は、湖南省最大の川で、洞庭湖に注ぐ長江右岸の支流である。長さは856km。・斗起 角だって鋭く突き起こる。
・勢匪漸 だんだん高まる状勢ではない。段々急になる形状ではない。


深林高玲瓏,青山上琬琰。
緑深い林がありその間に玉のように光りかがやく水の滝があざやかに高いところにある。その木々の絨毯上には青くかすんだ山が、美女が横たわっているようにうねっている。
・玲瓏 玉のように光りかがやくさま。木々の間に他気が珠と輝く水を吐き出す。この文字にはすきとおる感覚があるので滝を宝飾と見立てる。
・上琬琰 琬琰は女性の美しい肢体をあらわす語である。緑の木々が絨毯や寝床をあらわしその上に薄着根を羽織ったような青くかすんだ山が美女が横たわっているようにあるという景色である。【前漢•司馬相如傳】鼂采琬琰。 【註】琬琰,美玉名。又人名。」楚辭.屈原.遠遊:「吸飛泉之微液兮,懷琬琰之華英。」


路窮臺殿辟,佛事煥且儼。
路登って窮まったところにふいに楼台や仏殿がひらけている。その仏殿のかざりや設備は荘厳のきらめきと美しいのである。
・仏事 仏殿のかざりや設備。・煥且儼 てりかがやき、美しい。


剖竹走泉源,開廊架崖广。
竹を剖いた懸樋は泉の水を走らせている。廊下が開けて崖のところまでつきでたように屋形にかかっている。
・開廊架崖广 廻廊が開け延び、その先に崖に突き出たような家がある、というほどの意味である。山岳仏教の寺院、道教の寺観はほとんどそうである。雪舟の山水画に出てくる仏寺の姿に、この句を思わせるようなのがある。广は一方ががけのところに造られた家。



陪杜侍御遊湘西兩寺獨宿有題一首,因獻楊常侍(杜侍御に陪して湘西両寺に遊び独り宿って一首題あり。因って楊常侍に献ず。)
#1 
長沙千里平,勝地猶在險。

況當江闊處,鬥起勢匪漸。

深林高玲瓏,青山上琬琰。

路窮臺殿辟,佛事煥且儼。

剖竹走泉源,開廊架崖广。
長沙 千里 平かなれど、勝地【しょうち】は猶は険に在り。
況んや 江の闊【ひろ】き処に当たって、鬥起【とき】すること勢の漸【ぜん】に匪【あら】ざるをや。
深林 高くして 玲瓏【れいろう】たり、青山 上に 琬琰【えんえん】たり。
路 窮まって 台殿【だいでん】聞け、仏事【ぶつじ】 煥【かん】として且つ儼【げん】なり。
竹を剖【さ】いて泉源【せんげん】を走らせ、廊を開いて崖广【がいげん】に架く。
#2 
是時秋之殘,暑氣尚未斂。

群行忘後先,朋息棄拘檢。

客堂喜空涼,華榻有清簟。

澗蔬煮蒿芹,水果剝菱芡。

伊餘夙所慕,陪賞亦雲忝。
是の時 秋の残【おわり】なるも、暑気【しょき】尚 未だ斂【おさ】まらず。
羣行【ぐんこう】して後先【こうせん】を忘れ、朋に息【いこ】ふに拘檢【こうけん】を棄つ。
客堂【かくどう】に空涼【くうりょう】を喜び、華榻【かとう】に清簟【せいてん】有り。
澗疏【かんそ】嵩芹【こうきん】を煮、水果【すいか】菱芡【りょうけん】を剥【さ】く。
伊【こ】れ余【わ】が夙【つと】に慕ふ所、陪賞【ばいしょう】亦た云【ここ】に忝【かたじけ】なし。
#3 
幸逢車馬歸,獨宿門不掩。

山樓黑無月,漁火燦星點。

夜風一何喧,杉檜屢磨颭。

猶疑在波濤,怵惕夢成魘。

靜思屈原沈,遠憶賈誼貶。
幸に軍馬の帰るに逢ひ、濁り宿って 門 掩【おお】はず
山楼【さんろう】 黒くして 月無く、漁火【ぎょか】 燦【さん】として 星のごとく點ず。
夜風 一に何ぞ喧【かまびす】しき、杉檜【さんかい】 屡【しばし】ば磨颭【ません】す。
猶は疑ふらくは波涛【はとう】に在るがごとく、怵惕【じゅつてき】して 夢 魘【えん】を成す。
静に屈原の沈みしを思い、遠く賈誼【かぎ】の貶【へん】せられしを憶ふ。
#4 
椒蘭爭妒忌,絳灌共讒諂。

誰令悲生腸,坐使淚盈臉。

翻飛乏羽翼,指摘困瑕玷。

珥貂藩維重,政化類分陝。

禮賢道何優,奉己事苦儉。

椒蘭【しょうらん】 爭ひて妒忌【とき】し、絳灌【こうかん】 共に讒諂【ざんてん】す。
誰か悲をして腸に生ぜしめ、坐【そぞろ】に涙をして臉【ほほ】に盈【み】てしむる。
翻飛【はんひ】せむとするも羽翼【うよく】に乏しく、指摘【してき】して瑕玷【かてん】に困【くるし】めらる。
貂【ちょう】を珥【さしはさ】んで藩維【はんい】重く、政化は陝【せん】を分ちしに類【に】たり。
賢を礼して 道 何ぞ優【ゆう】なる、己【おのれ】を奉ずるに 事 苦【はなは】だ倹【けん】なり。
#5 
大廈棟方隆,巨川楫行剡。

經營誠少暇,遊宴固已歉。

旅程愧淹留,徂
嗟荏苒。

平生每多感,柔翰遇頻染。

輾轉嶺猿鳴,曙燈青睒睒。
大廈【たいか】棟 方【まさ】に隆【たか】く、巨川【きょせん】楫【かじ】行く削【けず】る。
経営【けいえい】して誠に暇【いとま】少く、遊宴【ゆうえん】は固【もと】より己【すで】に歉【あきた】りず。
旅程【りょてい】 淹留【えんりゅう】を愧【は】ぢ、徂
【そさい】 荏苒【じんぜん】を嗟【さ】す
平生【へいぜい】毎【つね】に感ずること多く、柔翰【じゅうかん】遇【たまた】ま頻【しきり】に染む。