薦士 韓退之(韓愈)詩<62-#8>Ⅱ中唐詩375 紀頌之の漢詩ブログ1204

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薦士(薦孟郊于鄭餘慶也) #1
周詩三百篇,雅麗理訓誥。
『詩経』は三百篇の詩からなり、風雅にして麗わしく、聖天子の教えの道・理を保持している。
曾經聖人手,議論安敢到。
それは一度聖人の手による編纂を経ているので(長い間『詩経』は孔子が編集してものと伝えられてきた)、したがって、軽々に議論できるような安易なものでは到底ない。
五言出漢時,蘇李首更號。
五言詩は漢代から現われ、蘇武・李陵が新しい創始者となった。
東都漸瀰漫,派別百川導。
後漢ではしだいにひろまり、流派が多く分かれてそれぞれに系統を作った。
建安能者七,卓犖變風操。 
建安で詩をよくする者が七人いたが、彼らは人よりすぐれた才能によって、『詩経』や「琴操」の詩風を一変させた。
#1
周詩 三百篇、雅麗 訓誥【くんこう】を理【おさ】む。
曾て聖人の手を経たれば、議論 安【いず】くんぞ敢て到らん。
五言は漢時より出で、蘇・李 首【はじ】めて号を更【あらた】む。
東都 漸【ようや】く瀰漫【びまん】し、派別して百川導かる。
建安の能くする者 七。卓犖【たくらく】として風操を変ず。

#2
逶迤抵晉宋,氣象日凋耗。
それからも詩の流れはずるずると晋・宋まで続き、性格は日ましに衰えていった。
中間數鮑謝,比近最清奧。
そのあいだでは鮑照・謝霊運・謝誂が挙げられ、おくれて出た詩人たちにくらべればとりわけ清新で奥深いものをもっている。
齊梁及陳隋,眾作等蟬噪。
しかし斉・宋から陳・隋となれば、多くの詩は作られているが蝉の鳴くのにひとしく、ただやかましいだけだ。
搜春摘花卉,沿襲傷剽盜。
六朝からの詩は春の息吹を搜して花を摘みとるように、美しい言葉ばかりを求めたあげく、続々と同じ表現が続いて剽窃という欠陥さえ見られ、妖艶、華美なものが文学に傷をつけた。
朝盛文章,子昂始高蹈。
わが唐王朝では中國の歴史上最高に文学が栄え、初唐、陳子昂は始めて六朝の華美秀麗の詩風を一変し、高らかな第一歩を踏み出したのだ。
#2
逶迤【いい】として晋・宋に抵【いた】り。気象 日に凋耗【ちょうこう】す。
中間 鮑・謝【ほうしゃ】を数う、近に比すれば最も清奥【せいおう】なり。
斉・梁【せいりょう】と陳・隋【ちんずい】と、衆作 蝉噪【ぜんそう】に等し。
春を捜【さぐ】って花舟を摘み、沿襲【えんしゅう】して剽盗【ひょうとう】に傷つく。
国朝 文章盛んなり、子昂【すこう】 始めて高踏す。


#3
勃興得李杜,萬類困陵暴。
詩風はさらに興起して李白・杜甫が現われ、おおよそ詩文に関するあらゆる表現をしつくされてしまった。
後來相繼生,亦各臻閫奧。
それからは後を継ぐ詩人たちが続々と生まれたが、それぞれに李白・杜甫の詩文学の奥義までとどく詩(李白・杜甫の詩の、少なくとも一面は正しく継承した詩)を作った。
有窮者孟郊,受材實雄驁。
そのなかに儒者で文学一圖で困窮してはいるが孟郊というものがあるが、この人は勇壮な名馬のようでまことにすぐれた才能をもっている。
冥觀洞古今,象外逐幽好。
暗くて見えないところを見る洞察力は古今を貫通し、現実の世界を超越したところの奥深い美を発見する力を備えているのだ。
#3
勃興して李・杜を得たり、万類 陵暴【りょうぼう】に困しむ。
後来 相継ぎて生じ、亦各【おのお】の閫奧【こんおく】に臻【いた】る。
窮せる者に孟郊有り、材を受くること実に雄驁【ゆうごう】なり。
冥観【めいかん】古今を洞【つらぬ】き、象外 幽好【ゆうこう】を逐う。

#4
橫空盤硬語,妥帖力排奡。
天空に横たわるほど硬質な言葉を自在にあやつり並べ立てる、穏やかに見える表現でも筆力は扉、古代神話に出てくるカ持ちをもしのぐほどだ。
敷柔肆紆餘,奮猛卷海潦。
柔軟な表現では紆餘曲折をつくし、ふるい立ったところでは海の水をも巻き上げるほどの力を出す。
榮華肖天秀,捷疾逾響報。
つややかな言葉は天然に咲き出た花のよう、詩を作る速さはこだまの聞こえてくるにもまさる。
行身踐規矩,甘辱恥媚灶。
また彼の行動にはきちんとした規則正しくされており、権力者のごぎげんをとるのは恥とし、低い地位に甘んじている。
#4
空に横たわって硬語【こうご】を盤まらしめ、妥帖【だちょう】して力 孫を排す。
敷柔【ふじゅう】紆余【うよ】を肆【ほしい】ままにし、奮猛【ふんもう】海潦【かいりょう】を巻く。
栄華は天秀に肖【に】たり、捷疾【かいりょう】は響報【きょうほう】に逾【こ】ゆ。
身を行なうこと規矩【きく】を践み、辱しめに甘んじて竃に媚【こ】ぶるを恥ず。


#5
孟軻分邪正,眸子看了眊。
むかし孟子は人柄の正邪を見分けようとして、『論語、雍也篇』に見えるその人のひとみを決め手としたものだが、孟郊のひとみは明らか「正」であるのだ。
杳然粹而清,可以鎮浮躁,
その人物の奥深さははっきりしないのではあるが確かなことは純粋で清らかであり、そして、浮ついた気風を鎮静させることができる。
酸寒溧陽尉,五十幾何耄。
彼は溧陽の尉としてうだつのあがらぬ貧乏暮らしをしていたが、五十代で耄という年、八十歳または九十歳にはまだどれほどの間があることか。
孜孜營甘旨,辛苦久所冒。
しかもこつこつと母親の世話を熱心に努め励んできたし、長いことさまざまの苦労をなめてきた。世の俗物どもで彼の真価を知っている者がどれだけあることか。みなうしろ指をさし、われがちにあざわらっている。

#5
孟軻【もうか】は邪正を分かち、眸子【ぼうし】了眊【りょうもう】を看る。
杳然【ようぜん】として粋にして清し、以て浮躁【ふそう】を鎮【しず】む可し。
酸寒【さんかん】たり溧陽【りつよう】の尉、五十 幾何【いくばく】か耄【ぼう】せる。
孜孜【しし】として甘旨【かんし】を営み、辛苦【しんく】久しく冒す所。


#6
俗流知者誰,指注競嘲傲。
世の俗物どもで彼の真価を知っている者がどれだけあることか。みなうしろ指をさし、われがちにあざわらっている。
聖皇索遺逸,髦士日登造。
憲宗皇帝は野に埋もれた才智鋭敏で賢者を求められている、すぐれた人材が日ごとに登用されている。
廟堂有賢相,愛遇均覆燾。
廟堂には賢臣の鄭余慶宰相があり、その人材を愛して重く見る恵みは、天地の徳にひとしい。
況承歸與張,二公迭嗟悼。
いわんや、孟郊は帰公と張公のお二人からことばをかけられた、ふたりの諸公は「才智があるのにどうして認められ、登用されないのか」と哀傷悲嘆された人物である。
青冥送吹噓,強箭射魯縞。
また二公は孟郊を青空の上である朝廷に推挙してくれたが、強い弓で射た矢も末は薄絹をとおす力もないという『漢書、韓安国伝』や『史記、韓長孺伝』に見える故事のとおりに、効力がはっきされなかった。
#6
俗流 知る者は誰ぞ、指注して競って嘲傲【ちょうごう】す。
聖皇 遺逸を索【もと】め、髦士【ぼうし】 日に登造す。
廟堂【びょうどう】に賢相有り、愛遇【あいぐう】覆燾【ふとう】に均し。
況んや帰と張と、二公迭【たが】いに嵯悼【さとう】するを承【う】くるをや。
青冥に吹嘘【すいきょ】を送り、強箭【きょうせん】魯縞【ろこう】を射る。


#7
胡為久無成,使以歸期告。

どうしていつまでもうだつがあがらず、このたび郷里へと帰る日を報告させるような羽目になってしまったのか。
霜風破佳菊,嘉節迫吹帽。
東晋の孟嘉の故事にいう「冷たい風が美しい菊を吹き、帽子を風に吹き落とされた」めでたい重陽の節句も迫ってくる。
念將決焉去,感物增戀嫪。
孟郊は決然として出発しようとしているわが身の上を思い、ものごとに感じて心残りのたねが増すばかりなのだ。
彼微水中荇,尚煩左右芼。
『詩経』「周南、関雎」にうたわれているあの水中の朽菜(水草の一種)のようなつまらぬものでさえ、孟郊はあれこれと丹念に選んで摘む手数を要する礼儀正しさで接するのだ。
魯侯國至小,廟鼎猶納郜。
春秋時代の魯侯は至って小さな国を領有していたが、それでも『左伝、桓公二年』によれば、太廟の鼎は宋国の郜から運んできた。
胡【なん】為れぞ久しく成る無くして、帰期【きき】を以て告げしむる。
霜風 佳菊【かきく】を破り、嘉節【かせつ】吹帽に迫る。
将に決焉【けつぇん】として去らんとするを念えば、物に感じて恋謬【れんびゅう】を増す。
彼の微なる水中の抒も、尚左右の尾るを煩わす。
魯侯は国 至って小なるも、廟鼎【びょうてい】猶郜【こく】より納る。

#8
幸當擇瑉玉,寧有棄珪瑁。
幸いにもあなたが美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、有能な人材をきりすてるかどうか、その点によく心をとめてほしい。
悠悠我之思,擾擾風中纛。
私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものなのだ。
上言愧無路,日夜惟心禱。
意見を上奏しようにも恥ずかしながら道がないのだ、日夜心の内でただ祈るばかりなのだ。
鶴翎不天生,變化在啄菢

鶴の羽根は生えていることが飛べることではない。それが空を自在に飛べるよう之なるための変化は親鳥がえさをついばんでくれたり、巣で温めてくれたり飛ぶ訓練をして育んでくれるからなのだ。それは同様に、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないのだ。
#8
幸いに瑉玉【みんぎょく】を択ぶに当たり、寧くんぞ珪瑁【けいぼう】を棄つること有らんや。
悠悠たり 我の思い、擾擾【じょうじょう】たり 風中の纛【はた】。
上言【じょうごん】路無きを愧じ、日夜 惟だ心に蒔るのみ。
鶴翎【かくれい】天生ぜず、変化 啄菢【たくほう】に在り。

#9
通波非難圖,尺地易可漕。善善不汲汲,後時徒悔懊。
救死具八珍,不如一簞犒。微詩公勿誚,愷悌神所勞。
通波 図り難きに非ず、尺地 漕ぐ可きこと易し。
善を善として汲汲たらずんば、後時 徒らに悔懊【かいおう】せん。
死を救うに八珍を具【そな】うるは、一箪【いったん】の犒に如かず。
微詩【びし】云 誚【そし】る勿かれ、愷悌【がいてい】は神の労【ねぎら】う所なり。


現代語訳と訳註
(本文)
#8
幸當擇瑉玉,寧有棄珪瑁。悠悠我之思,擾擾風中纛。
上言愧無路,日夜惟心禱。鶴翎不天生,變化在啄菢。


(下し文) #8
幸いに瑉玉【みんぎょく】を択ぶに当たり、寧くんぞ珪瑁【けいぼう】を棄つること有らんや。
悠悠たり 我の思い、擾擾【じょうじょう】たり 風中の纛【はた】。
上言【じょうごん】路無きを愧じ、日夜 惟だ心に蒔るのみ。
鶴翎【かくれい】天生ぜず、変化 啄菢【たくほう】に在り。


(現代語訳)
幸いにもあなたが美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、有能な人材をきりすてるかどうか、その点によく心をとめてほしい。
私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものなのだ。
意見を上奏しようにも恥ずかしながら道がないのだ、日夜心の内でただ祈るばかりなのだ。
鶴の羽根は生えていることが飛べることではない。それが空を自在に飛べるよう之なるための変化は親鳥がえさをついばんでくれたり、巣で温めてくれたり飛ぶ訓練をして育んでくれるからなのだ。それは同様に、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないのだ。


(訳注) #8
幸當擇瑉玉,寧有棄珪瑁。
幸いにもあなたが美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、有能な人材をきりすてるかどうか、その点によく心をとめてほしい。
瑉玉 瑉:玉に似た美石。瑉玉三采。・珪瑁 能力知才を持ち合わせていることの喩えで用いる。


悠悠我之思,擾擾風中纛。
私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものなのだ。
悠悠 1 はるかに遠いさま。限りなく続くさま。2 ゆったりと落ち着いたさま。3 十分に余裕のあるさま。・擾擾 乱れて落ち着かないさま。ごたごたするさま。・ ヤクの尾などで飾った大旗》さおの先に象牙の飾りのある、天子や大将軍の旗。馬の尾の黒毛を束ねた飾り。竜像などの幡(はた)をかけ、即位式・大嘗祭(だいじょうさい)などに用いる。


上言愧無路,日夜惟心禱。
意見を上奏しようにも恥ずかしながら道がないのだ、日夜心の内でただ祈るばかりなのだ。


鶴翎不天生,變化在啄菢。
鶴の羽根は生えていることが飛べることではない。それが空を自在に飛べるよう之なるための変化は親鳥がえさをついばんでくれたり、巣で温めてくれたり飛ぶ訓練をして育んでくれるからなのだ。それは同様に、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないのだ。
鶴翎【かくれい】つるのはね。・啄菢 ・:ついばむくちばしでつつく。ついばむ。:卵を抱いて孵化させること。


幸いに瑉玉【みんぎょく】を択ぶに当たり、寧くんぞ珪瑁【けいぼう】を棄つること有らんや。
悠悠たり 我の思い、擾擾【じょうじょう】たり 風中の纛【はた】。
上言【じょうごん】路無きを愧じ、日夜 惟だ心に蒔るのみ。
鶴翎【かくれい】天生ぜず、変化 啄菢【たくほう】に在り。