南山詩 韓退之(韓愈)詩<63-#1>Ⅱ中唐詩377 紀頌之の漢詩ブログ1210


南山詩(韓愈 唐詩)(全20回)#1~#20

 第一部(#1~#4)・終南山連峰の概要・四季
#1 
吾聞京城南,茲惟群山囿。
わたしは聞いていた都長安城の南にあり、そこにこそ古代から修業の場として集う所である。
東西兩際海,巨細難悉究。
山も川も東西に連なっており、地の際、海にまで続き、大いなる山小さき山とことごとく調べ尽くすのはむずかしいこと。
山經及地志,茫昧非受授。
山経と地志とがあっても、とりとめなくてよくわからないので直接に伝授されるというものではない。
團辭試提挈,掛一念萬漏。
その地に伝わる言葉を取り集め試みに取り上げようとすれば、一つだけがとりあげられてその他の多くが漏れてしまうのではないかと気づかわしいとおもう。
欲休諒不能,粗叙所經覯。

だがやめようとしてもどうしてもやめられないもので、そこでわたしがこの目で見たところをあらまし書きつらねてみることにする。
南山の詩 #1
吾れ聞く 京城の南、茲【こ】こは維れ群山の囿【ゆう】なりと。
東西 両つながら海に際【まじ】わり
巨細【きょさい】悉【ことごと】くは究【きわ】め難し。
山經【さんきょう】及び地志【ちし】、茫昧【ぼうまい】として受授【じゅじゅ】するに非ず。
團辭【だんじ】して試みに提挈【ていけつ】せんとすれば,一を掛けて萬を漏らさんことを念う。
休めなんと欲すれば諒【まこと】に能【あたわ】ず,粗【ほ】ぼ經覯【へみ】し所を叙【つい】でん。
#2

嚐升崇丘望,戢戢見相湊。
晴明出棱角,縷脈碎分繡。
蒸嵐相澒洞,表里忽通透。
無風自飄簸,融液煦柔茂。
横雲時平凝,點點露數岫。
#3  
天空浮修眉,濃綠畫新就。
孤撑有巉絕,海浴褰鵬噣。
春陽潛沮洳,濯濯吐深秀。
岩巒雖嵂崒,軟弱類含酎。
夏炎百木盛,蔭鬱增埋覆。
#4
神靈日歊歔,雲氣爭結構。
秋霜喜刻轢,磔卓立臒瘦。
參差相叠重,剛耿陵宇宙。
冬行雖幽墨,冰雪工琢鏤。
新曦照危峨,億丈恒高袤。


現代語訳と訳註
(本文)
南山詩 #1 
吾聞京城南,茲惟群山囿。
東西兩際海,巨細難悉究。
山經及地志,茫昧非受授。
團辭試提挈,掛一念萬漏。
欲休諒不能,粗叙所經覯。


(下し文) 南山の詩 #1
吾れ聞く 京城の南、茲【こ】こは維れ群山の囿【ゆう】なりと。
東西 両つながら海に際【まじ】わり
巨細【きょさい】悉【ことごと】くは究【きわ】め難し。
山經【さんきょう】及び地志【ちし】、茫昧【ぼうまい】として受授【じゅじゅ】するに非ず。
團辭【だんじ】して試みに提挈【ていけつ】せんとすれば,一を掛けて萬を漏らさんことを念う。
休めなんと欲すれば諒【まこと】に能【あたわ】ず,粗【ほ】ぼ經覯【へみ】し所を叙【つい】でん。


(現代語訳)
わたしは聞いていた都長安城の南にあり、そこにこそ古代から修業の場として集う所である。
山も川も東西に連なっており、地の際、海にまで続き、大いなる山小さき山とことごとく調べ尽くすのはむずかしいこと。
山経と地志とがあっても、とりとめなくてよくわからないので直接に伝授されるというものではない。
その地に伝わる言葉を取り集め試みに取り上げようとすれば、一つだけがとりあげられてその他の多くが漏れてしまうのではないかと気づかわしいとおもう。
だがやめようとしてもどうしてもやめられないもので、そこでわたしがこの目で見たところをあらまし書きつらねてみることにする。


(訳注) #1 
南山詩
 ○南山詩 南山は、唐の首都長安の南にそびえる終南山。ここでは、終南山や太白山を含め、秦蹴山脈全体を称して南山といっているようである。806年元和元年、江陵(現湖北省)から長安に召還され、権知国子博士となったときの作。韓愈三十九歳。韓愈の詩中、最大の長篇で、一百二韻二百四句を去声「宥」韻一つで押韻するという枝巧をこらし、南山をいろいろの角度から描写しようとした。従来「賦」の文学手法を、詩に用いようとしたもので、韓愈が一番精魂込めた作品である。杜甫の長詩「北征」と、優劣が論ぜられるほど、中国詩の歴史上からも、屈指の力作とされる。長篇であるから、いくつかの#(段)に分けることにする。


終南山は、西岳の太白山376m、と中岳の嵩山1440mのあいだにあり、渭水の南、2000~2900mの山でなる。中国,陝西省南部,秦嶺のうち西安南方の一帯をさす。また秦嶺全体をいう場合もある。その名は西安すなわち長安の南にあたることに由来し,関中盆地では,渭河以北の北山に対し南山とも称する。標高2000~2900m。北側は大断層崖をなし,断層線にそって驪山(りざん)などの温泉が湧出する。渭河と漢水流域とを結ぶ交通の要所で,子午道などの〈桟道(さんどう)〉が開かれ,しばしば抗争の地ともなった。

吾聞京城南,茲惟群山囿。
わたしは聞いていた都長安城の南にあり、そこにこそ古代から修業の場として集う所である。
○吾聞京城南 この最初の一聯は、序にあたる部分である。京城は、みやこ長安。○茲惟 惟は、ことばの調子をととのえるための助辞。○群山太白山、終南山、嵩山 の秦嶺山脈をいう。終南山は古くから道教、仏教の本山がある。儒虚者の隠遁、修行の場である。○ 本来は、動物を飼っておく囲いのあるにわ。そこからものが集まっている所をいう。


東西兩際海,巨細難悉究。
山も川も東西に連なっており、地の際、海にまで続き、大いなる山小さき山とことごとく調べ尽くすのはむずかしいこと。
際海 際は、接していること。海は、四方の地のはてにあると考えられた。


山經及地志,茫昧非受授。
山経と地志とがあっても、とりとめなくてよくわからないので直接に伝授されるというものではない。
山経 山のことを書いた書物。例えば「山海経」など。○地志 土地の状況を書いた書物。○茫昧 ぼんやりとよくわからぬ。○受授 手ずから伝授する。


團辭試提挈,掛一念萬漏。
その地に伝わる言葉を取り集め試みに取り上げようとすれば、一つだけがとりあげられてその他の多くが漏れてしまうのではないかと気づかわしいとおもう。
団辞 団は、団結の意。ことばをいろいろとりあつめる。○提挈 挈も提と同じく、ひっさげること。○掛一 一つだけをとりあげて。掛は、挂と同じ。○方漏 万もあるそのほかの多数をわすれてしまう。漏万とあるべきところを、押韻の都合で、逆の順序にしてある、


欲休諒不能,粗叙所經覯。
だがやめようとしてもどうしてもやめられないもので、そこでわたしがこの目で見たところをあらまし書きつらねてみることにする。
欲休諒不能 やめようとおもうがどうしてもやめられない。諒は、実のところ、心中おくそこでは、の愈。○ 見る。