琴操十首  (3)龜山操  孔子以季桓子受齊女樂,諫不從,望龜山而作。 韓退之(韓愈)詩<69-(3)>Ⅱ中唐詩433 紀頌之の漢詩ブログ1378

     
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   2012/1/11 唐宋 Ⅰ李商隠187 行次西郊作一百韻  白文/現代語訳 (全文) 
     

琴操十首(3)龜山操 
(孔子以季桓子受齊女樂,諫不從,望龜山而作。)
魯の国の司法長官であったとき、孔子が家老の季桓子が斉の国から贈られた樂女たちにうつつを抜かしたことを諌めたが、いっこうに従わない。この国を去るにあたって亀山を眺めて作った。
龜山操
龜之氛兮,不能雲雨。
亀山のもっている気は、雲となり雨となることができない。
龜之橛兮,不中梁柱。
亀山のひこばえの木は、梁や柱にすることができるものではない。
龜之大兮,祗以奄魯。
亀山はその大きさが、ただ魯の国をおおいかくすだけのことである。
知將隳兮,哀莫余伍。
いまに国が崩壊するとわかっていても、かなしいことにわたしの同志となるものがないのだ。
周公有鬼兮,嗟余歸輔。

周公の神霊がいまもいますなら、ああ、わたしを祖国を輔けるために、もう一度祖国へ帰らせてほしいのだ。


現代語訳と訳註
(本文)

(孔子以季桓子受齊女樂,諫不從,望龜山而作。)
龜山操
龜之氛兮,不能雲雨。
龜之橛兮,不中梁柱。
龜之大兮,祗以奄魯。
知將隳兮,哀莫余伍。
周公有鬼兮,嗟余歸輔。


(下し文)
(孔子 季桓子が齊の女樂を受け,諫むるも不從わざるを以って,龜山を望みて作る。)
龜山操
龜の氛【ふん】は,雲雨【うんう】する能わず。
龜の橛【けつ】は,梁柱【りょうちゅう】に中【あた】らず。
龜の大なるは,祗【た】だ以って魯を奄【おお】う。
將【まさ】に隳【やぶ】れむとするを知も,余【われ】と伍する莫きを哀【かな】しむ。
周公 鬼 有らば,嗟【ああ】余【われ】をして歸り輔【たす】けしめよ。


(現代語訳)
魯の国の司法長官であったとき、孔子が家老の季桓子が斉の国から贈られた樂女たちにうつつを抜かしたことを諌めたが、いっこうに従わない。この国を去るにあたって亀山を眺めて作った。
亀山のもっている気は、雲となり雨となることができない。
亀山のひこばえの木は、梁や柱にすることができるものではない。
亀山はその大きさが、ただ魯の国をおおいかくすだけのことである。
いまに国が崩壊するとわかっていても、かなしいことにわたしの同志となるものがないのだ。
周公の神霊がいまもいますなら、ああ、わたしを祖国を輔けるために、もう一度祖国へ帰らせてほしいのだ。


(訳注)
琴操十首(3)龜山操 
(孔子以季桓子受齊女樂,諫不從,望龜山而作。)
魯の国の司法長官であったとき、孔子が家老の季桓子が斉の国から贈られた樂女たちにうつつを抜かしたことを諌めたが、いっこうに従わない。この国を去るにあたって亀山を眺めて作った。
いまに国が崩壊するとわかっていても、かなしいことにわたしの同志となるものがないのだ。


龜山操
○亀山操「亀山」のうた。亀山は、今の山東省泗水県の東北にある山。孔子が魯の国の司法長官であったとき、家老の季桓子が斉の国からわいろとしで贈られた踊り子たちを受け入れて、いっこう政治を顧りみなかったので、孔子はそれを諌めたが、季桓子は聞き入れない、そこで魯の国に希望を失しない、国を離れようとするとき、亀山をながめたとして作った歌である。亀山は、季氏を象徴する。
『史記』に「桓子、卒に斉の女楽を受け、三日政を聴かず、郊するに又膰爼を大夫に致さず。孔子遂に行く」とある。桓子は魯の国の家老季氏、女楽とは女の楽人歌手。当時、孔子は魯の大司寇すなわち司法長官であった。郊はまつり、祭にはおそなえした焼肉などのお下りを家老たちにわけるのが礼儀とされた。
季桓子は、対抗國の策略にのって女の歌手にうつつをぬかし、政治を怠り、礼儀をかえりみなかりたので、孔子はこの国を去った。
季氏受齊女樂,三日不聽政,郊又不致燔俎於大夫。孔子時為魯大司寇,遂行,宿於屯。而師己送曰:‘夫子則非罪。’孔子曰:‘吾歌可夫?’曰:‘彼婦之口,可以出走。彼婦之謁,可以死敗。蓋優哉遊哉,維以卒歲。’師己反,季子曰:‘孔子亦何言’,師己以實告。季氏喟然嘆曰:‘夫子罪我以群婢也。’”又《古操》雲:“予欲望魯兮,龜山蔽之。手無斧柯,奈龜山何?”譬季氏於龜山,托勢利於斧柯也。亀山は山東省泗水県の東にある。『太平御覧』には『水経注』をひいて「亀山は博県十五里に在り。昔、夫子、政道の陵遅を傷む。故に山を望んで操を懐ふ。故に琴操に斉の亀山操あり。山北は即ち亀陰の田なり。春秋の定公十年、斉人、亀陰の田に來帰する、これなり」という。


龜之氛兮,不能雲雨
亀山のもっている気は、雲となり雨となることができない。
 気。山の包蔵する気が石にふれて雲となると考えられた。
雲雨 農業を主産業とする古代中国では、雨は大切なもので、雲雨をおこすことは、人民に恩恵を与えることを象徴する。


龜之橛兮,不中梁柱。
亀山のひこばえの木は、梁や柱にすることができるものではない。
 ひこばえ。
不中 その役目をしない。
梁柱 家のはりとはしら。国家の支えを比喩する。


龜之大兮,祗以奄魯。
亀山はその大きさが、ただ魯の国をおおいかくすだけのことである。
 おおう。掩うと同じ。


知將隳兮,哀莫余伍。
いまに国が崩壊するとわかっていても、かなしいことにわたしの同志となるものがないのだ。
 くずれる。
 同志。


周公有鬼兮,嗟余歸輔。
周公の神霊がいまもいますなら、ああ、わたしを祖国を輔けるために、もう一度祖国へ帰らせてほしいのだ。
○周公魯の国に大名として初じめて封ぜられた人。名は且、周の武王の弟で、且つ武王の子成王の摂政として諸制度を定め、周の国家の基礎を築いた。古来聖人の一人とされる。
 神霊。