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琴操十首  (4)越裳操  周公作



越裳操
雨之施,物以孳。
雨が天下にあまねくふって、万物はそのために発育する。
我何意於彼為?
自分が意図を以て彼らのために何かをするというのか、そうではなくて、むこうの成果がどうであろうが徳が自ずから及んでそうさせることとするのである。
自周之先,其艱其勤。
周の先王たちのむかしから、徳について苦労を、しまた徳について勤勉であった。
以有疆宇,私我後人。
そして国家ができ土地を保ったのであり、われわれ子孫に伝えられ、今の自分たちがあるのである。
我祖在上,四方在下。
そうしてわれわれの大祖達は天上に有って見守り、四方の民草は下にいるのである。
厥臨孔威,敢戲以侮。
その監視はとてもきびしく威厳を保っているし、あえて戯れでもって外国(越裳)を下にみてあなどったりしてはいけはない。
孰荒於門?孰治於田?
誰かの家門で荒淫していないだろうか、田畑では懸命に耕作したりしているだろうか。
四海既均,越裳是臣。
四方の天下がひとしく治まっていればこそ、越裳の国までが我が臣民となったのである。


現代語訳と訳註
(本文)
越裳操 周公作
雨之施,物以孳。
我何意於彼為?
自周之先,其艱其勤。
以有疆宇,私我後人。
我祖在上,四方在下。
厥臨孔威,敢戲以侮。
孰荒於門?孰治於田?
四海既均,越裳是臣。


(下し文)
越裳操【しょうそう】周公作る
雨の施し、物ここを以て孳【しげ】し。
我れ何ぞ彼れの為【しわざ】に意あらん?
周の先より、其れ艱【なや】み其れ勤【つと】めん。
以て疆宇【きょうう】を有【たも】ちて、我が後人に私【のこ】す。
我が祖 上に在す、四方 下に在り。
厥【そ】の臨【のぞ】むや孔【はなは】だ威【い】あり、敢えて戯むれて以て侮【あなど】らんや。
執【たれ】か門に荒【すさ】びて、執【たれ】か田に治【おさ】めん。
四海 既に均し、越裳【えつしょう】是れ臣たり。


(現代語訳)
雨が天下にあまねくふって、万物はそのために発育する。
自分が意図を以て彼らのために何かをするというのか、そうではなくて、むこうの成果がどうであろうが徳が自ずから及んでそうさせることとするのである。
周の先王たちのむかしから、徳について苦労を、しまた徳について勤勉であった。
そして国家ができ土地を保ったのであり、われわれ子孫に伝えられ、今の自分たちがあるのである。
そうしてわれわれの大祖達は天上に有って見守り、四方の民草は下にいるのである。
その監視はとてもきびしく威厳を保っているし、あえて戯れでもって外国(越裳)を下にみてあなどったりしてはいけはない。
誰かの家門で荒淫していないだろうか、田畑では懸命に耕作したりしているだろうか。
四方の天下がひとしく治まっていればこそ、越裳の国までが我が臣民となったのである。


(訳注)
越裳操 周公作

越裳【えつしょう】のうた。越裳は、今の越南(ヴェトナム)よりもっと南にあった国。『韓詩外傳』「周成王之時,越裳氏重九譯而至,獻白雉於周公,曰:‘吾受命國之黃發言曰:久矣,天不迅雷疾雨也,海不波溢,三年於茲矣。意者中國有聖人乎,盍往朝之?於是乃來。’”韓本註引《後漢•南蠻誌》,事同而文少異。《古琴操》曰:“於戲嗟嗟,非旦之力,乃文王之德。”
周の成王の時、越裳氏、九譯を重ねて至り,白雉を周公に獻じて,曰く:吾れ命を受く、國の黃髪を言いて曰く:久し、天迅雷疾雨せず也,海波 溢れず、ここ三年に於てをや。おもうに、中國に聖人あるか?,盍んぞ往いて朝せざると。ここにおいて乃ち來る。’と。”蔡邕の琴操十二首では「曰:戲れに嗟嗟,旦だ之の力に非ざり,乃ち文王の德なり。」
周の成王の時、越裳の国がはるばるとやって来て、周王にいった。「わが国では、長いあいだひどい雷もはげしい雨もございませんし、海が津浪をおこすことも、三年ばかりございません。中国に聖人がいらっしゃるからではないだろうか、往って御機嫌うかがいいたしましょう、というわけでまいりました。」と。そこで
周公が作った歌に擬して作られた。


雨之施,物以孳。
雨が天下にあまねくふって、万物はそのために発育する。
雨之施 雨が降ること。雲が空に流れ動いて雨が降り、万物をうるおして恩恵を施すこと。また、天子の恩恵が広く行き渡るたとえ。天下が太平であることのたとえ。『易経、乾卦』「彖曰.大哉乾元.萬物資始.乃統天.雲行雨施.品物流形.大明終始.六位時成.時乘六龍以御天.乾道變化.各正性命.保合大和.乃利貞.首出庶物.萬國咸寧.」〔彖(たん)に曰く、大なるかな乾元。万物資(と)りて始む、乃(すなわ)ち天を統ぶ。雲行き雨施し、品物、形を流(し)く。大いに終始を明らかにし、六位時に成る。時に六龍に乗りて、以って天を御す。乾道変化して、各性命を正す。大和を保合して、乃ち利貞なり。首として庶物を出でて、万国咸(ことごと)く寧(やす)し。〕
 繁殖する。


我何意於彼為?
自分が意図を以て彼らのために何かをするというのか、そうではなくて、むこうの成果がどうであろうが徳が自ずから及んでそうさせることとするのである。
我何意於彼為 向こうがそうすることを、こちらが糸としていたわけではない。雨は万物を生育し、繁殖させるために降ったわけではない。越裳の国が來貢したのも、周公が意図した結果としてやって来たのではないこと、徳が自ずから及んでそうさせたということである。


自周之先,其艱其勤。
周の先王たちのむかしから、徳について苦労をし、また徳について勤勉であった。
周之先 周の国の先祖は、古代の聖天子なる堯舜に仕えて農業を司どった后禝であり、その子孫は代代農業につとめた。また、韓愈『琴操十首、⑥岐山操』にあるように、異民族になやまされつつも、その民を大切にしたといわれる。それらのことを、「自周之先,其艱其勤。」(周の先より、其れ難み其れ勤しむ。)というのである。
 徳。


以有疆宇,私我後人。
そして国家ができ土地を保ったのであり、われわれ子孫に伝えられ、今の自分たちがあるのである。
疆宇 土地、国家。
 私有とする。


我祖在上,四方在下。
そうしてわれわれの大祖達は天上に有って見守り、四方の民草は下にいるのである。
 非常に。「甚だしい」という意味の古いことば。


厥臨孔威,敢戲以侮。
その監視はとてもきびしく威厳を保っているし、あえて戯れでもって外国(越裳)を下にみてあなどったりしてはいけはない。


孰荒於門?孰治於田?
誰かの家門で荒淫していないだろうか、田畑では懸命に耕作したりしているだろうか。
○荒 めちゃくちゃな遊びをする。荒淫、淫乱、頽廃的な遊び。


四海既均,越裳是臣。
四方の天下がひとしく治まっていればこそ、越裳の国までが我が臣民となったのである。