琴操十首  (6)岐山操  周公為太王作 韓退之(韓愈)詩<72-(6)>Ⅱ中唐詩436 紀頌之の漢詩ブログ1387

     
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琴操十首(6)岐山操 周公為太王作


岐山操 周公為太王作
我家於豳,自我先公。
わたしたちが豳に住みついたのは、御先祖さまの大王九世の祖公劉ときからだ。
伊我承序,敢有不同。
わたしか後継者として世襲しても、同じようにしないといけないのだ。
今狄之人,將土我疆。
ところがいま狄の国の人たちが、わたしの領土を占領しようとしている。
民為我戰,誰使死傷?
人民はわたしのために戦おうとするが、その人たちを死なせたり賜つけたりできるものか。
彼岐有岨,我往獨處。
あの岐山には要害の地がある、わたしはそこへ行。てひとり住むことにしよう。
爾莫余追,無思我悲。

君たちはわたしのあとからついて来てはいけない、わたしのことを思って悲しんでもいけないのだ。


現代語訳と訳註
(本文)
岐山操 周公為太王作
我家於豳,自我先公。
伊我承序,敢有不同。
今狄之人,將土我疆。
民為我戰,誰使死傷?
彼岐有岨,我往獨處。
爾莫余追,無思我悲。


(下し文)
岐山操【ぎざんそう】 (周公 太王の為に作る)
我れ豳【ひん】に家すること,我が先公【せんこう】よりす。
伊【こ】れ我れ序を承【う】けて,敢えて不同じからざること有らんや。
今 狄【てき】の人,將に我が疆【さかい】に土【お】らんとす。
民 我が為に戰い,誰か死傷せ使【し】めん?
彼の岐に岨【そ】有り,我れ往きて獨り處【お】らん。
爾 余【わ】れを追うこと莫れ,我れを思うて悲しむこと無し。


(現代語訳)
わたしたちが豳に住みついたのは、御先祖さまの大王九世の祖公劉ときからだ。
わたしか後継者として世襲しても、同じようにしないといけないのだ。
ところがいま狄の国の人たちが、わたしの領土を占領しようとしている。
人民はわたしのために戦おうとするが、その人たちを死なせたり賜つけたりできるものか。
あの岐山には要害の地がある、わたしはそこへ行。てひとり住むことにしよう。
君たちはわたしのあとからついて来てはいけない、わたしのことを思って悲しんでもいけないのだ。


(訳注)
岐山操
岐山は岐州に在り,現在の陝西省岐山縣であるやまである。
周公為太王作
岐州の陽に居をもっていた。太王といわれるものは,古公【ここう】亶父【たんふ】である。『孟子、梁惠王篇』に太王は豳【ひん】に土地所有の部族長であった,狄【てき】の主族が侵入してそのとき狄の種族が攻撃してきたので、人民は戦おうと望んだが、大王は自分の人民を戦わせるに忍びず、その土地を狄人にゆだねて、豳を去り岐山の南がわ梁山に移住した。
すると、そこの人民たちは、[仁人だ]といって、あとに随って移住したといわれる。
周公が大王にかわってそのときの心持ちをうたったとして作ったのがこの歌である。


我家於豳,自我先公。
わたしたちが豳に住みついたのは、御先祖さまの大王九世の祖公劉ときからだ。
我家於豳自我先公 周の部族が、豳に住むようになったのは、『詩経、大雅、公劉篇』に大王九世の祖公劉のときからである。豳は長安の北、黄河支流渭水の支流涇水の流域で岐山を南に控えた高原地帯である。
公劉のときから古公亶父まで数百年そこに住んだ、農耕部族である。『詩経、豳風』にその生活の様子を歌ものである。


伊我承序,敢有不同
わたしか後継者として世襲しても、同じようにしないといけないのだ。
 ことばのはじめにくる。調子をととのえることば。
承序 伝えられる順序にあたってそれを承けつぐ。
敢有不同 敢は文のはじめに来るとしばしば反語となる。ここも反語である。


今狄之人,將土我疆。
ところがいま狄の国の人たちが、わたしの領土を占領しようとしている。
○狄 北方の異民族を総称するいい方。
○土 その土地を所有する。「土」を動詞として用いた。
 領地。


民為我戰,誰使死傷?
人民はわたしのために戦おうとするが、その人たちを死なせたり賜つけたりできるものか。


彼岐有岨,我往獨處。
あの岐山には要害の地がある、わたしはそこへ行。てひとり住むことにしよう。
 けわしい要害の地。
 住む。居住する


爾莫余追,無思我悲。
君たちはわたしのあとからついて来てはいけない、わたしのことを思って悲しんでもいけないのだ。