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殘形操(曾子夢見一貍,不見其首作)
そこなわれた形のうた。
(曾子が夢で見た一匹の貍,其の首がみえないのでこの歌を作る。)
有獸維貍兮,我夢得之;
けだものがいた。それはたぬきだった、それをみたのはわたしの夢で見たことだ。
其身孔明兮,而頭不知。
そのからだは大変はっきりしていた、それなのにあたまが分からなかった。
吉兇何為兮,覺坐而思。
吉なのか凶なのか、どちらなのだろうか、ゆめから目ざめて起きあがって考えてみた。
巫鹹上天兮,識者其誰?

吉凶を予言したみこの巫咸は天上にのぼった、いまそれを知っている者は誰だろうか。

現代語訳と訳註
(本文)
殘形操(曾子夢見一貍,不見其首作)
有獸維貍兮,我夢得之;
其身孔明兮,而頭不知。
吉兇何為兮,覺坐而思。
巫鹹上天兮,識者其誰?


(下し文)
殘形操【ざんけいそう】(残【そこな】われた形のうた)
(曾子【そうし】夢に一の貍を見るも,其の首を見ずして作る。)
獣有り 維【こ】れ狸なり、我れ夢に之を得たり。
其の身 孔【はなは】だ明きらかにして、而も頭は知らず。
吉凶 何為ぞや、覚めて坐して思う。
巫鹹【ふかん】天に上ぼれり、識れる者は其れ誰ぞや。


(現代語訳)
そこなわれた形のうた。
(曾子が夢で見た一匹の貍,其の首がみえないのでこの歌を作る。)
けだものがいた。それはたぬきだった、それをみたのはわたしの夢で見たことだ。
そのからだは大変はっきりしていた、それなのにあたまが分からなかった。
吉なのか凶なのか、どちらなのだろうか、ゆめから目ざめて起きあがって考えてみた。
吉凶を予言したみこの巫咸は天上にのぼった、いまそれを知っている者は誰だろうか。


(訳注)
殘形操(曾子夢見一貍,不見其首作)

残形操 (残【そこな】われた形のうた)。
(曾子が夢で見た一匹の貍,其の首がみえないのでこの歌を作る。)
・孔子の高弟である曾子(紀元前506-?年)は、ある日の昼寝のゆめに一匹のたぬきを見たが、からだだけが見えて、あたまが見えなかったので、この歌を作った。
曾子は、孔子および左丘明の弟子で、儒教黎明期の重要人物である。諱は参(しん)。字は子與(しよ)。父は曾皙、子に曾申。十三経の一つ『孝経』は、曾子の門人が孔子の言動をしるしたと称されるものである。


有獸維貍兮,我夢得之;
けだものがいた。それはたぬきだった、それをみたのはわたしの夢で見たことだ。


其身孔明兮,而頭不知。
そのからだは大変はっきりしていた、それなのにあたまが分からなかった。
 非常に。たいへん。甚しいという意味の古語。


吉兇何為兮,覺坐而思。
吉なのか凶なのか、どちらなのだろうか、ゆめから目ざめて起きあがって考えてみた。
吉兇 古代、夢の内容によって吉凶を占うのが巫女であった。○何為 どちらだろうか。


巫鹹上天兮,識者其誰?
吉凶を予言したみこの巫咸は天上にのぼった、いまそれを知っている者は誰だろうか。
巫咸 古代の巫女。未来の吉凶を予言したといわれる。この名で称される巫女は、ひとりでなく、すぐれた予言の能力者に対して、ひろく与えられる普通名詞化した呼び名である。屈原『離騒』十三段「巫咸將夕降兮,懷椒糈而要{陰平}之」○巫咸 神巫の名。天から降ると信ぜられていた。『山海経』征大荒西経に「大荒の中に霊山有り、巫咸・巫圓∵巫扮・巫彭・巫姑・巫真・巫礼・巫抵・巫謝・巫扁、十巫比より升降す。百薬ここに在りとある。
この時代を批判的に詠ったものである。まず、宦官勢力が増大したこと、皇帝が不審死が続いたこと、朝廷内の権力闘争、道教の朝廷への権力癒着、など韓愈はこの詩で、狸を比喩として、これを批判的に述べたものとするとはじめて味わいのある詩となるのである。