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新竹 韓退之(韓愈)詩<90>#2Ⅱ中唐詩488 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1543


新竹#1 
筍添南階竹,日日成清閟。
たけのこはのびて御陵の南側の階段に竹を添えている。日日に伸び、清らかな静けさと閉じられた中の静かさを加えてゆく。
縹節已儲霜,黄苞猶掩翠。
青竹の節はすでに霜のように白い粉をふきはじめているが、黄色のたけのこの皮はいまだにその翠の肌をおおいかくしている。
出欄抽五六,當戶羅三四。
五、六本はすでに欄干をこえて抜きん出ているし、三、四本は戸口にならんでいる。
高標陵秋嚴,貞色奪春媚。
高く抜きん出ている姿は、秋のきびしさを凌ぐものであり、季節が変わっても変わらぬ靑色は春のなまめかしさをひとりじめにする。

#2
稀生巧補林,並出疑爭地。
すこしだけ生えたのが竹林のすきまをうまくふさいでいる、ならび出たところは縄張り争いをしているのかと疑いたくなる。
縱横乍依行,爛熳忽無次。
縦横に伸びており、たちまち列をつくりだしている、さかんであふれひろがり、やがて順序もなにも なくなってしまう。
風枝未飄吹,露粉先涵淚。
風にあたって枝はいまだひるがえすほどの葉がでてはいない、青竹の露と粉ふく幹はしとどに涙をながしているようだ。
何人可擕玩,清景空瞪視。
いったいどんな人が、どれだけのひとが、たずさえて もてあそぶことになるのだろう、清らかなこの景色を むなしくまじまじと見つめるはかりである。

筍【じゅん】は添へ南階の竹、日日 清閟【せいひ】を成す。
縹節【ひょうせつ】は己に霜を儲【たくわ】へ、黄苞【こうほう】は猶お翠を掩【おお】う。
欄を出でて五六を抽【ぬ】き、戸に当たって三四を羅【つら】ぬ。
高標【こうひょう】秋を陵【しの】いで厳たり、貞色 【ていしょく】春を奪って媚【こ】ぶ。
稀に生じたるは巧に林を補ひ、併せ出でたるは地を爭ふかと疑ふ。
縦横 乍【たちま】ち行に依り、爛漫【らんまん】 忽【たちま】ち次無し。
風枝は未だ吹を飄【ひるがえ】さず、露粉【ろふん】は先づ涙を涵【うるお】す。
何人か擕【たずさ】へ 翫【もてあそ】ぶべき、清景 空しく瞪視【とうし】す。

真竹002

現代語訳と訳註
(本文)
#2
稀生巧補林,並出疑爭地。
縱横乍依行,爛熳忽無次。
風枝未飄吹,露粉先涵淚。
何人可擕玩,清景空瞪視。


(下し文)
稀に生じたるは巧に林を補ひ、併せ出でたるは地を爭ふかと疑ふ。
縦横 乍【たちま】ち行に依り、爛漫【らんまん】 忽【たちま】ち次無し。
風枝は未だ吹を飄【ひるがえ】さず、露粉【ろふん】は先づ涙を涵【うるお】す。
何人か擕【たずさ】へ 翫【もてあそ】ぶべき、清景 空しく瞪視【とうし】す。


(現代語訳)
すこしだけ生えたのが竹林のすきまをうまくふさいでいる、ならび出たところは縄張り争いをしているのかと疑いたくなる。
縦横に伸びており、たちまち列をつくりだしている、さかんであふれひろがり、やがて順序もなにも なくなってしまう。
風にあたって枝はいまだひるがえすほどの葉がでてはいない、青竹の露と粉ふく幹はしとどに涙をながしているようだ。
いったいどんな人が、どれだけのひとが、たずさえて もてあそぶことになるのだろう、清らかなこの景色を むなしくまじまじと見つめるはかりである。


(訳注) #2
稀生巧補林,並出疑爭地。

すこしだけ生えたのが竹林のすきまをうまくふさいでいる、ならび出たところは縄張り争いをしているのかと疑いたくなる。


縱横乍依行,爛熳忽無次。
縦横に伸びており、たちまち列をつくりだしている、さかんであふれひろがり、やがて順序もなにも なくなってしまう。
爛熳 繁茂した, うっそうとしたさま。光り輝くさま。さかんであふれるさま。きえちらばるさま。


風枝未飄吹,露粉先涵淚。
風にあたって枝はいまだひるがえすほどの葉がでてはいない、青竹の露と粉ふく幹はしとどに涙をながしているようだ。


何人可擕玩,清景空瞪視。
いったいどんな人が、どれだけのひとが、たずさえて もてあそぶことになるのだろう、清らかなこの景色を むなしくまじまじと見つめるはかりである。