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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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原道 韓退之(韓愈)詩<115-2>Ⅱ中唐詩574 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1862


原道
1段目
博愛之謂仁,行而宜之之謂義。
分け隔てなく人々を愛すること、これを仁という。そういう行為は適宜におこなうこと、これを義という。
由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。
この仁と義により通って行くこと、これを道という。人が生まれならに得ている性格、また学問や修養によって身つけ得たもの、外から何にもしないで与えられることを待たないものであること、これを徳という。徳は得、自身に得ている人格である
仁與義為定名,道與德為虛位。
この場合、仁と義は具体的に人を愛する情と、適宜という理性をもって行いを宜しくする筋道とであるから、定格した名称である。それに反して、道と徳は由るべき道とか、得ている性格とかいうものであるからそれは内容の虚しいものでしかないのだ。従って各種の内容の入り得る場所、すなわち抽象概念である。
故道有君子小人,而德有凶有吉。
それ故、道には君子のものがあり、小人の道もある。そして徳には悪い不祥な人格もあれば、良い嘉すべき人格もあるということである。


2段目
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。
彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;

彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。
其所謂德,德其所德,非吾所謂德也。
凡吾所謂道德云者,合仁與義言之也,
天下之公言也。老子之所謂道德云者,
去仁與義言之也,一人之私言也。

老子の仁義を小として,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;

其の所謂【いわゆる】德は,其の德とする所を德とし,吾が所謂【いわゆる】德に非ざるなり。
凡そ吾が所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを合せて之を言うなり,天下の公言なり。
老子の所謂【いわゆる】道德と云う者は,仁と義とを去って之を言うなり,一人の私言なり。
原道 韓退之(韓愈)01
 

現代語訳と訳註
(本文)

老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;


(下し文)
老子も仁義をとして,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;


(現代語訳)
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。


(訳注)
老子之小仁義,非毀之也,其見者小也。
老子これを仁義をとして,之を非毀【ひき】するは,其の見る者 小なればなり。
老子がこれまでいう儒家の説く仁義をとるにたらないものとしている、そして仁義をそしるのである、それは彼の視点が小さいことからのものである。
○老子 姓は李、名は耳(前六―前五世紀)字は耼【たん】、あるいは字は伯陽、耼は諡ともいう。《史記》老子列伝によれば,姓は李,名は耳,字は(たん)といい,楚の苦県(こけん)(河南省鹿邑県)の人。かつて周の王室図書館の役人となり,儒家の祖孔子の訪問を受けて礼を問われたこともあるが,周室の衰運を見定めるや西方へと旅立ち,途中関を通った際に,関守の尹喜(いんき)の求めに応じて〈道徳〉に関する書上下2編を書き残し,いずくへともなく立ち去ったといわれる。その思想は、万象の本体は知覚を超えた虚無なものであるが、これを大道と名づけて重んじ、現世の道徳は相対的なものであるから、これを超越し、無為自然を旨として生活することを教える。
○小仁義 人間愛や理性の命ずる当為の行いを、つまらぬものとする。『老子』十八章に「大道廃【すた】れて仁義有り」とある。
○非毀 そしりきずつける。悪口をいう。


坐井而觀天,曰天小者,非天小也。
井に坐して天を觀て,天は小なりと曰う者は,天の小なるに非ざりなり。
その小さい視点というのは井戸の中に座って天を観て、天は小さいというものである。これは天が小さいのではないのであるということである。


彼以煦煦為仁,孑孑為義,其小之也則宜。
彼は煦煦【くく】を以って仁と為し,孑孑【けつけつ】を義と為す,其の之を小としるも則ち宜【うべ】なり。
彼は小さな日光で温められたようなわずかな愛情の様子を見てそれが仁であるとし、孤立して小さく自己を守るのを義であると思ったことであるし、彼が仁義のとらえ方を小さなものであるとするのも、またもっともなことといえるのである。
○煦煦 小さな恵みの形容。わずかな日光で温めること。
○孑孑 小さく孤立する形容。自己を小さく守るさま。


其所謂道,道其所道,非吾所謂道也;
其の所謂【いわゆる】道は,其の道とする所を道とするなり,吾が所謂道に非ざるなり;
彼のいうところの道は、彼が道であるとするところの形而上的、主観的なものを道とするのであり、万物現象の奥にある本体を名づけて道とするのであるから、私のいうところの人間の身に実践で得た道徳性のものをいうのではないのである。
○道其所道 『老子』首章に「道の道とす可きは常の道に非ず」という。これが道だということができるものは、それは常(永遠普遍)の道ではないという。老子は無声無形の形而上の本体を道といった。


老子  ウィキペディアより。
老子(ろうし)は、古代中国の哲学者であり、道教創案の中心人物。「老子」の呼び名は「偉大な人物」を意味する尊称と考えられている。書物『老子』(またの名を『老子道徳経』)を書いたとされるがその履歴については不明な部分が多く、実在が疑問視されたり、生きた時代について激しい議論が行われたりする[2]。道教のほとんどの宗派にて老子は神格(en)として崇拝され、三清の一人である太上老君の神名を持つ。
中国の言い伝えによると、老子は紀元前6世紀の人物とされる。歴史家の評は様々で、彼は神話上の人物とする意見、複数の歴史上の人物を統合させたという説、在命時期を紀元前4世紀とし戦国時代の諸子百家と時期を同じくするという考えなど多様にある[3]。
老子は中国文化の中心を為す人物のひとりで、貴族から平民まで彼の血筋を主張する者は多く李氏の多くが彼の末裔を称する[4]。歴史上、彼は多くの反権威主義的な業績を残したと受け止められている[5][6