原道  韓愈 (韓退之)  #18 10段目-2

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原道 韓退之(韓愈)詩10段目-2<115-18>Ⅱ中唐詩590 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1934


10段目-1
傳曰:「古之欲明明德於天下者,先治其國。
古人の言説を伝えた書『礼記』大学篇にいう、「古人の中で、人間の光輝ある徳性を天下に明らかに示して施政、教化しょうとする者は、先ずその諸侯としての国を治めるものでなくてはならない。
欲治其國者,先齊其家。
自分の国を治めようとする諸侯は、まずその家族を過不及なく整え治めるものでなければならない。
欲齊其家者,先修其身。
そして、自分の家族を整え治めようと思う者は、まず自分の身の行いを善くするのである。
欲修其身者,先正其心。
わが身の行いを善くしようと思うものは、まず自分の心の判断を正しく安定させることにある。
欲正其心者,先誠其意。」
自分の心を安定し正しくしようと思う者は、先ずその心の動きを誠実にすること、そのことが真実にてらすことで矛盾のないものであることである。」と。

#2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。
今也欲 治其心,而外天下國家,
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。
滅其天常;子焉而不父其父,
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。

#1
傳に日く、古の明徳を天下に明かにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。
其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊ふ。
其の家を斉へんと欲する者は、先づ其の身を修む。
其の身を修めんと欲する者は、先づ其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は、先づ其の意を誠にすと。
#2
然らば則ち古の所謂心を正しうして意を誠にする者は、將に以て爲す有らんとするなり。
今や其の心を治めんと欲して、而も天下国家を外にし、
其の天常を滅ぼし、子として其の父を父とせず。
臣として其の君を君とせず。民として其の事を事とせず。

原道 韓退之(韓愈)01

『原道』10段目の#1 現代語訳と訳註

(本文) #2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。今也欲 治其心,而外天下國家,滅其天常;子焉而不父其父,臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。


(下し文)#2
然らば則ち古の所謂心を正しうして意を誠にする者は、將に以て爲す有らんとするなり。
今や其の心を治めんと欲して、而も天下国家を外にし、
其の天常を滅ぼし、子として其の父を父とせず。
臣として其の君を君とせず。民として其の事を事とせず。


(現代語訳)
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。

mugi880

(訳注) #2
然則古之所謂正心而誠意者,將以有為也。
自分自身に誠実であるならば、古人のいうところの心を正しくし目的意識を誠実にすることにより、窮極において、天下国家にたいして教化を為すということになるのである。


今也欲 治其心,而外天下國家,
ところがいま、老荘思想、仏教思想においては、それを心の問題として、その心を治めようとしているのだ、だから天下国家についての考えは論の外においているのだ。


滅其天常;子焉而不父其父,
人間が天然に持って生まれ、どこでも、いつでも妥当な道徳性の五常と五倫、すなわち君臣の義、父子の親、夫婦の一別、長幼の序、朋友の信などの道を滅ぼし棄て、家を出、国を捨て、家業をやめて出家して山にはいる。そして、子が自分の父を父として孝行,扶養しないで捨て去るのである。
○天常 天から与えられた人間の不変な遣徳性。常は、どこでも、いつでも妥当なもの。儒家の説く五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを。仁・義・礼・知・信の五常をさす。


臣焉而不君其君,民焉而不事 其事。
それが、臣下でありながら自分の君主を君主として忠節を尽くすことを放棄し、人民でありながら、自分の仕事を仕事として努力しない、人民としての義務を果たさない考えが支配するようになるということなのだ。