宋玉《九辯、第九段》―#6 
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。


2013年4月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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#5
篠竹0004願沈滯而不見兮,尚欲布名乎天下 。
俗世間の底に沈みとどまって現われないでいたいと思うけれど、それでもやはり、わが名を天下中に広めたいと思う気持ちがあるのだ。
然潢洋而不遇兮,直怐愚而自苦。
というのも、そのように広々ととりとめのない世では、自分を知る人にも遭遇しないので、ただ愚かにも自分を苦しめているだけなのである。
莽洋洋而無極兮,忽翱翔之焉薄?
草木が茂り、広々とはてしない原野があり、そこで急に飛びまわってもどこまで行こうかと、四方の他国にも行くべきところがないのである。
國有驥而不知乘兮,焉皇皇而更索?
この国に、千里の馬がいるのに、それを用いて乗ることを知らないでいる。どうして右往左往して落ち着かないで、改めて駿馬をさがし求めようとするのか。
#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。

心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。

#7
亂曰:願賜不肖之軀而別離兮,放遊志乎雲中。
乘精氣之摶摶兮,騖諸神之湛湛。
驂白霓之習習兮,歷群靈之豐豐。
左朱雀之茇茇兮,右蒼龍之躣 躣。



『九辯』 現代語訳と訳註
(本文)
#6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。
無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。


(下し文)
甯戚【ねいせき】車下に謳ひて、桓公【かんこう】聞きて之を知る。
伯楽の善く相する無し。今誰にか之を譽らしめん。
罔として流涕して以て聊慮【れんりょ】し、意を著はして之を得んと惟ふ。
紛として純純として之れ忠を願へども、妒被【とひ】離として之を鄣【さえぎ】る。


(現代語訳)
昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。


(訳注) #6
甯戚謳於車下兮,桓公聞而知之。

昔斉の甯戚は車の下で飯牛の歌をうたっていたら、桓公は聞いて勝れた人物であると知って用いた。
○甯戚 甯恵子; 甯戚(ネイセキ)【宰相】: 斉の宰相。衛の人。 斉桓公に用いられようと思い、斉に赴き、牛飼をして牛に飯を食わせる歌を歌った。桓公はこれを聞いて、 甯戚を見出して登用した。


無伯樂之善相兮,今誰使乎譽之。
よく馬の良し悪しを見わけた伯楽がいないとすれば、今は誰に品定めをさせればよいのか。
○伯楽 「九章」懐沙篇にある。馬相を見る名人。臣を見分ける名君に喩える。
○今誰使乎挙之 品定めをする。自分が千里の馬であることをはかり定めて貰う意。


罔流涕以聊慮兮,惟著意而得之。
心もむなしく、涕を流して深く思えば、意を明らかに志を立て堅持してこそ、それができるのだと考えた。
○罔 心が憂愁のためにぼんやりとしたこと。
○聊慮 王注に深思とあるのがこの語の意味か。。精心とは心をこめる。沈思に近い。
○惟著意両得之 唯はおもう。ただと読んでも通ずる。著意は「九章」悲回風篇の「心調度而弗去兮, 刻著志之無適」(心調度して去らず、志を刻著して適く無からん」の刻著志と同じ。意を固く明らかにしてこれを得るのだと気がつくの意。


紛純純之願忠兮,妒被離而鄣之。
心をくだき、純粋に、ただ、真心を尽くしたいと願っているのであるが、私をねたむ者どもが立ち並んでこれをさまたげるのである。
○被離 分散、ここでは立ち並ぶ、押しかけるというほどの意味。
○鄣之 これをさまたげる。