韓愈(韓退之) 《桃源圖》 その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。


2013年6月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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桃源圖 韓愈(韓退之) <145-#4>Ⅱ中唐詩722 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2594


桃源圖
(桃源郷の図について)
神仙有無何渺茫,桃源之說誠荒唐。
神仙の郷が有るのか無いのか、このことはじつに漠然としたことではなかろうか。それも桃源郷の説を詩文書画などあらわされているが、荒唐無稽なことだ。
流水盤迴山百轉,生綃數幅垂中堂。
流れる川水は、盤のように廻り、山は百転し、うねりつづく‥…・。そんな図柄の絵が数幅、この奥座敷にかけられている。
武陵太守好事者,題封遠寄南宮下。
武陵の太守が風流好きということで、この箱書きなんぞをはるばる礼部に頼んで来たということなのだ
#2
南宮先生忻得之,波濤入筆驅文辭。
南宮礼部の先生はこの図を手にして、大よろこびである。波濤逆巻くほどの文章を筆に入魂して書き上げる。
文工畫妙各臻極,異境恍惚移於斯。
文はとても巧みで、画派というと巧妙なのであり、それらが相互に申し分ものとなっている。そこには、ふしぎな世界がひろがり、恍惚にうっとりとして、この画の中にはいりこんでいくようである。
架巖鑿谷開宮室,接屋連牆千萬日。
大岩に橋かけ、谷を穿ちひらいて、その奥に御殿を建てている。家は接近してならべられ、囲う垣根はつらねて守ること一千万日過ぎたという。
嬴顛劉蹶了不聞,地坼天分非所恤。
秦の始皇帝の瀛氏と漢を再興させるはずの劉家などが滅亡したことを聞くことはなかったという。そこでは天がさけ、地がくだけても、いっさいかかわりもたなかったという。
#3
種桃處處惟開花,川原近遠蒸紅霞。
桃の木をいっぱいに植えており、あちらにもこちらにも、ただ花は咲きほこる。河原、高原、近くから遠くまで、真紅にかすんでいる。
初來猶自念鄉邑,歲久此地還成家。
はじめ来たころはやっぱり故郷が恋しかったのだが、ながらく住むうちここも我が家という気になった。
漁舟之子來何所,物色相猜更問語。
舟の上の漁師の方はいったい何処からここへこられたのでしょう。互いに観察して、猜疑心の顔つきをした後互いに問答をしている。
大蛇中斷喪前王,群馬南渡開新主。
「大蛇が斬られたために前の王様はほろびました」といい。「馬のむれは南に渡ってしまい、新しいお領主ができたのです。」と話した。
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。
#5
夜半金雞啁哳鳴,火輪飛出客心驚。
人間有累不可住,依然離別難為情。
船開櫂進一迴顧,萬里蒼蒼煙水暮。
世俗寧知偽與真,至今傳者武陵人。

桃源の圖
神仙の有無 何ぞ渺茫【びゅうぼう】,桃源の說 誠に荒唐。
流水 盤迴 山 百轉,生綃 數幅 中堂に垂る。
武陵の太守は 好事の者,題封 遠く寄す南宮の下。
 
#2
南宮先生 之を得たるを忻び,波濤 筆に入って文辭を驅る。
文は工【たくみ】に畫は妙に各の極に臻【いた】る,異境 恍惚として 斯に移る。
巖に架け 谷を鑿って宮室を開き,屋を接し 牆を連ぬる 千萬日。
嬴の顛【くつがえ】り 劉の蹶【つまづ】きしこと 了に聞かず,地は坼【くじ】け天は分るるも恤【あわれ】む所に非らず。
#3
桃を種えて處處 惟だ花を開かせ,川原 近遠 紅霞蒸す。
初めて來りしとき 猶お鄉邑を念いしを,歲久しくして 此の地も還た家と成れり。
漁舟の子よ 何れの所より來りしや,物色し相い猜し更に問語す。
大蛇 中斷せられて 前王 喪び,群馬 南渡して 新主開く。
#4
聽き終って辭絕え 共に悽然,自ら說く 今に經る六百年。
當時の萬事 皆 眼に見る,知らず幾許【いくばく】か猶お流傳する。
爭うて酒食を持し來って相い饋【おく】る,禮數【れいすう】同じからず樽俎【そんそ】異れり。
月明に伴いて宿すれば玉堂空し,骨 冷かに 魂 清く 夢寐【むび】無し。


『桃源圖』 現代語訳と訳註
海棠花011(本文)
#4
聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
爭持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。


(下し文) #4
聽き終って辭絕え 共に悽然,自ら說く 今に經る六百年。
當時の萬事 皆 眼に見る,知らず幾許【いくばく】か猶お流傳する。
爭うて酒食を持し來って相い饋【おく】る,禮數【れいすう】同じからず樽俎【そんそ】異れり。
月明に伴いて宿すれば玉堂空し,骨 冷かに 魂 清く 夢寐【むび】無し。


(現代語訳)
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。


(訳注) 桃源圖#4
・桃源図 この詩は陶淵明が「桃花源の詩」とその序でえがいた理想郷が、当時のひとびとに実在のものと考えられ、それが絵に描かれたり語りつたえたりされていた。たまたま武陵の太守の某なる人がかかせた絵を見せられたとき、その絵にちなんで桃花源伝説の虚罔性を批判したものである。陶淵明の詩以後、王維が「桃源行」をつくっているが、韓愈は、この詩で陶・王の二氏を兼ねて批判したもの


聽終辭絕共悽然,自說經今六百年。
その話を聞き終わったがだれも言葉も出ないままに、 みんなしんみりとしたままだ。そして、ひとりごとをつぶやいた。もう「六百年もたっていたのか」と。
・悽然 しんみりとしたまま

當時萬事皆眼見,不知幾許猶流傳。
その当時のすべての事についてこの画の中、みな目の前にあるみたいだがよくわからない。
そのどれだけが まだ世の中に伝わってるか」


持酒食來相饋,禮數不同樽俎異。
それからみんな争うように酒とさかな持って来てすすめてくれるが、膳立てもちがっているし、諸事しきたりも 同じではない。


月明伴宿玉堂空,骨冷魂清無夢寐。
月が明るく照らされた道を同伴して宿った家は人気はまったくなく、骨はひんやりとしていて、魂はさえきって、夢うつつともいかないのである。
海棠花021