平淮西碑 韓愈#16 夏から秋に入るころには、易の復の卦の善に復る運と屯の卦の物の発生の運とが相継いで来るという幸運続きであった。ところがその後、兵の勢いはとどまり励み進まなくて、功を告げるのに時が定まらなかった。


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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#16>Ⅱ中唐詩759 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2779

 

 

13

帝時繼位,顧瞻咨嗟。

皇帝はその時、位を継いで、この状況に顧み仰ぎ溜息をついて嗟かれた。

惟汝文武,孰恤予家。

「これお前たち文武の臣よ。誰がわが唐の王家を憂えるだろうか、」と。

既斬蜀,旋取山東。

やがて呉及び蜀の地を平定し、また山東を取った。

魏將首義,六州降從。

魏の将は大義の先頭として服し、六つの州は降り従った。

淮蔡不順,自以為強。

ところが淮西・蔡州の地は順わなかった、自らが強いと思っていたのだ。

提兵叫讙,欲事故常。

彼は兵を引き連れて叫びさわいだ、そして、古くからの慣わしを固守して朝廷を無視しようとした。

13

帝 時に位を繼いで,顧瞻【こせん】咨嗟【しさ】す。

惟れ汝文武,孰か予が家を恤【うれ】うると。

既に蜀を斬り,旋【ま】た山東を取る。

魏將 義を首【はじ】め,六州【りくしゅう】降從【こうじゅう】す。

淮・蔡 順【したが】わず,自ら以て強と為す。

兵を提げて叫讙【きょうかん】し,故常【こじょう】を事とせんと欲す。

14

始命討之,遂連姦鄰。

そこで、皇帝は命じてこれを討たせられた。追い詰められた彼らはついに邪な近隣の州と連合するのである。

陰遣刺客,來賊相臣。

ひそかに暗殺者を派遣して闇討ちを図るのである。朝廷の重臣宰相武元衡を殺し、裴度を傷害した。

方戰未利,驚京師。

戦いがまだ勝利でない最中に、さっと広まり、長安の都を驚かしたのである。

羣公上言,莫若惠來。

諸侯の公卿は天子に申し上げた、敵に恵んで懐かせるのに越したことはない、と。

帝為不聞,與神為謀。

皇帝はこの非戦論を聞かぬふりをされたのであり、そこで、神霊と討伐の謀をなされたのである。

乃相同德,以訖天誅。

ところが宰相も天子と同じ徳ある人であったから、それ故、天意を以て賊を誅する「天誅の戦い」を遂行したのであった。

14

始めて命じて之を討しめ,遂に姦鄰【かんりん】を連ぬ。

陰に刺客【せきかく】を遣して,來って相臣【そうしん】を賊【そこな】う。

戰は未だ利あらざるに方りて, 京師を驚かす。

羣公 上言して,惠み來すにしくは莫し。

帝 不聞かざる為【まね】して,神と謀を為す。

乃ち相い德を同じうして,以て天誅を訖う。

15

乃敕顏胤,愬武古通,

そこで李光顏・烏重胤・韓公武・李道古鄂岳觀察使・壽州刺史李文通の諸将に勅令された。

咸統於弘,各奏汝功。

すべて都統韓弘に統率させ、おのおの汝らの功を挙げさせた。

三方分攻,五萬其師。

そして三方からわかれて攻めたのは、五万のその軍であった。

大軍北乘,厥數倍之。

そうして大軍が北から攻め込んだのである。その数は三路の軍の倍にもなっていた。

常兵時曲,軍士蠢蠢。

以前にも時曲に戦った時、敵の軍はうごめき動揺するだけであった。

既翦陵雲,蔡卒大窘。

やがてわが師が陵雲を乗り従えるに及んで、蔡の兵卒は大いに苦しむだけになった。

 

始めて命じて之を討しめ,遂に姦鄰【かんりん】を連ぬ。

陰に刺客【せきかく】を遣して,來って相臣【そうしん】を賊【そこな】う。

戰は未だ利あらざるに方りて, 京師を驚かす。

羣公 上言して,惠み來すにしくは莫し。

帝 不聞かざる為【まね】して,神と謀を為す。

乃ち相い德を同じうして,以て天誅を訖う。

 

16

勝之邵陵,郾城來降。

これに邵陵で勝ち、郾城の軍は降参して来た。

自夏入秋,復屯相望。

夏から秋に入るころには、易の復の卦の善に復る運と屯の卦の物の発生の運とが相継いで来るという幸運続きであった。

兵頓不勵,告功不時。

ところがその後、兵の勢いはとどまり励み進まなくて、功を告げるのに時が定まらなかった。

帝哀征夫,命相往釐。

帝は遠征の兵士たちを哀れみ、宰相に命じて往って物を腸せられた。

士飽而歌,馬騰於槽。

士は十分に食って勇み歌い、馬は飼糟の上で躍り上がって元気づいたのである。

之に邵陵に勝ち、郾城【えんじょう】来り降る。

夏より秋に入り、復屯【ふくちゅん】相い望み、

兵頓【とど】まって励まず、功を告ぐるに時あらず。

帝 征夫を哀みて、相に命じて往いて釐【おさ】めしむ。

士 飽いて歌い,馬 槽に騰る。

 

17

試之新城,賊遇敗逃。盡抽其有,聚以防我。

西師躍入,道無留者。頟頟蔡城,其壃千里。

既入而有,莫不順俟。

 
汜水関などの地図

 




















 

『平淮西碑』 現代語訳と訳註

(本文) 16

勝之邵陵,郾城來降。自夏入秋,復屯相望。

兵頓不勵,告功不時。帝哀征夫,命相往釐。

士飽而歌,馬騰於槽。

 

 

(下し文)

之に邵陵に勝ち、郾城【えんじょう】来り降る。

夏より秋に入り、復屯【ふくちゅん】相い望み、

兵頓【とど】まって励まず、功を告ぐるに時あらず。

帝 征夫を哀みて、相に命じて往いて釐【おさ】めしむ。

士 飽いて歌い,馬 槽に騰る。

 

(現代語訳)

これに邵陵で勝ち、郾城の軍は降参して来た。

夏から秋に入るころには、易の復の卦の善に復る運と屯の卦の物の発生の運とが相継いで来るという幸運続きであった。

ところがその後、兵の勢いはとどまり励み進まなくて、功を告げるのに時が定まらなかった。

帝は遠征の兵士たちを哀れみ、宰相に命じて往って物を腸せられた。

士は十分に食って勇み歌い、馬は飼糟の上で躍り上がって元気づいたのである。

 

 

(訳注) 16

勝之邵陵,郾城來降。

これに邵陵で勝ち、郾城の軍は降参して来た。

○郾城來降 鄧懐金が郾城の兵を以て光・顏に降ったこと。

 

自夏入秋,復屯相望。

夏から秋に入るころには、易の復の卦の善に復る運と屯の卦の物の発生の運とが相継いで来るという幸運続きであった。

○復屯相望 復は『易』の卦名。震下坤上、反る意を表す卦。善に帰ることで吉、屯の卦は零下坎上、物の始めて生ずる義。復と屯とが隣り合い相続いているとは、好い運勢が続いているの意。

 

兵頓不勵,告功不時。

ところがその後、兵の勢いはとどまり励み進まなくて、功を告げるのに時が定まらなかった。

○不時 不定時。時が定まらず、不順調。

 

帝哀征夫,命相往釐。

帝は遠征の兵士たちを哀れみ、宰相に命じて往って物を腸せられた。

○釐 賚【たまもの】と同じく衣服食糧を賜う

 

士飽而歌,馬騰於槽。

士は十分に食って勇み歌い、馬は飼糟の上で躍り上がって元気づいたのである。

○士飽而歌 食糧が十分で、元気に歌い、勇気が出たさま。
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