韓愈《送張道士》 上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

 

2013年9月22日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩
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五言古詩《送張道士》 韓愈(韓退之) <188-#6>Ⅱ中唐詩808 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ3024     

 

送張道士幷序 #1

張道士。嵩高之隠者。通古今學。有文武長材。

張道士は、濡高山に住む隠者で、古今の学問に精通し、文武の両道にすぐれた人材である。

寄跡老子法中。爲道士。以養其親。九年。

老子の法に身をゆだね、道士となり、九年間、その親族を養ってきた。

聞朝廷將治東方貢賦之不如法者。三猷書不報。

ちかごろ朝廷で、法則通りに税金などを上納しない東方の潘鎮を処分される計画がある、と聞き、三たび上書して、この問題の処理法を具陳したけれども、お取り上げにはならなかった。

長揖而去。京師士大夫多爲詩以贈。而屬愈爲序。

詩日。

そこでみきりをつけて、帰ることにした。長安の紳士たちは、詩をつくってこれに贈るものが多く、あたくし韓愈がその序文をつくることになった。その詩で次のように言う。

 

送張道士 #2

大匠無棄材,尋尺各有施。 

すぐれた大工の棟梁というものは棄てる材木などだしはし無いのだ。一尋であれ一尺であれ、それぞれに使いどころがあるものだ。

況當營都邑,杞梓用不疑。 

まして、都の街並みを造営するにあたっては、器物を作るに用いる良材といわれるオオチもアズサもよい棟梁に用いられること疑いない。

張侯嵩高來,面有熊豹姿。 

張君は嵩山からやって来たのである、そのため、熊か豹かというような面構えだ。

開口論利害,劍鋒白差差。 

そして口を開いて政策の良し悪し得失を論じると、論調が剣のキッ先が白い剣の切つ尖のように鋭いのだ。

#3

恨無一尺捶,為國笞羌夷。 

残念ながら打つべき一尺のむちもなく、わずかばかりの権力をもつ地位がないので、国家のために羌夷の異民族どもを鞭うつこともできないのだ。

詣闕三上書,臣非黃冠師。 

朝廷にもうでて三たびたてまつった上奏書にいわく

「家臣たる者で、もとより黄なる冠いただく道士の身にあらず」

臣有膽與氣,不忍死茅茨。 

「家臣たる者で、肝もすわり、やる気、向かう気は十分あり、このまま隠者の家に世話になるままで一生を終わるわけにはいかないのです。」
又不媚笑語,不能伴兒嬉。 

「そして 人の冗談に調子合わせ、こびることなどしないし、子供じみたるたわむれのお相手をすることなどするわけもないことです。」

#4

乃著道士服,眾人莫臣知。 

それで、よんどころなく道士の服をつけたわけですけれど、それが衆人の家臣でありたいわたしの心をさとる者がいないのである。

臣有平賊策,狂童不難治。 

わたしには、賊を平げる秘策をもっています。気の狂ったという小僧たちといっても治めるのは難からず。

其言簡且要,陛下幸聽之。 

そうはいっても、それが簡単なことで、かつそれを要求するので、陛下、このような幸いにあずかって、このうえはどうぞこれをお聴ききください。」と。

天空日月高,下照理不遺。 

そしていう「天子は心をむなしくし、日月と共に高くす。それで、下々を照したもうて、あますところ無くことわりを遣わされなくてもよいのです。
或是章奏繁,裁擇未及斯。 

あるいは奏上のあまりに繁多なるがゆえにあきらかにし、決裁選択はいまだここまで及んでいることはないのです。
 

張道士を送る #2

大匠に棄材無し,尋尺も各の施す有り。 

況んや都邑を營むに當って,杞梓【きじ】用いられんことを疑わず。 

張侯は嵩高より來り,面に熊豹【ゆうひょう】の姿有り。 

口を開いて利害を論ずれば,劍鋒 白くして差差たり。 

#3

恨むらくは一尺の捶【すき】の,國の為に羌夷【きょうい】笞【むちう】つ無し。 

闕に詣【いた】って三たび上書す,臣は黃冠の師に非ず。 

臣に膽と氣と有り,茅茨【ばくじ】に死するに忍びず。 

又た笑語に媚びず,兒嬉に伴う能わず。 

#4

乃ち道士の服を著く,眾人 臣を知る莫し。 

臣に賊を平らぐる策有り,狂童 治め難からず。 

其の言 簡にして要,陛下 幸に「之を聽け」と。 

天は空しくして日月高し,下に照して理遺【のこ】さず。 

或いは是れ章奏【しょうそう】繁くして,裁擇【さいたく】未だ斯【ここ】に及ばざるならん。 

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#5

寧當不俟報,歸袖風披披。 

どうしてそんなにお返事も下さらぬうちに、はたはたと帰り支度の風を起こされるのか。」

答我事不爾,吾親屬吾思。 

わたしに答えていう「そういうことではないのだが、わたしの親がわたしのことを頼りにしていて、帰りを心配しているのです。

昨宵夢倚門,手取連環持。 

きのうの夜も 夢の中にあらわれ、門に倚りかかってたっていたのです。無事帰るおまじないの円い輪を手にもっていたのです。

今日有書至,又言歸何時。 

今日になって、手紙が届いたのですが、そこにもやっぱり書いてあるのが「何時になったら帰るのか」ということ。

霜天熟柿栗,收拾不可遲。

そして、「霜がつづいて 柿も粟も熟したゆえ、とりいれが遅うなってもなるまい」と。

#6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

嵩高連峯の北山にそろそろ梁をかけるべきである。冬の絞まった魚が伊水の清い流れを下りはじめた。

既非公家用,且復還其私。 

上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

從容進退間,無一不合宜。 

出処進退については、素直であるということにしているし、一も無ければそれで合致することもないでもそれでよろしいというものである。

時有利不利,雖賢欲奚為。 

時には利があり、時には不利があるというもの、賢者といわれる人であってもこの状態というのは、やりようがないというものだ。

但當勵前操,富貴非公誰。 

ただ、これまでつとめて節操をまもっていることは励まされることであるし、富貴と地位というものはお上の仕事というものではあろうはずもない、それなら君ならぬ誰ということであろうか。

 

#5

「寧【なん】ぞ當【まさに】報を俟【ま】たずして,歸袖【きしゅう】の風 披披【ひひ】たらましむか」 と。 

我に答え 「事 爾【しか】らず,吾が親 吾に思いを屬す。 

昨宵【さくしょう】夢に門に倚り,手に連環を取り持す。 

今日 書に至る有,又た言う 歸るは 何時ぞ。 

霜天 柿栗【しりつ】を熟し,收拾 遲れるべからず。

#6 

嶺北 梁 構う可く,寒魚 清伊を下らむとす。」と。 

「既に公家の用に非ず,且【しばら】く復た其の私に還らん。」と。 

從容たり進退の間,一として不宜しきに合わざる無し。 

時に利と不利と有り,賢と雖も奚為【いかんせん】と欲する。 

但だ當に前の操を勵【はげま】すべし,富貴 公に非ずしては誰ぞ。  

 

 

『送張道士』 現代語訳と訳註

(本文)#6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

既非公家用,且復還其私。 

從容進退間,無一不合宜。 

時有利不利,雖賢欲奚為。 

但當勵前操,富貴非公誰。 

 

 

(下し文) #6 

嶺北 梁 構う可く,寒魚 清伊を下らむとす。」と。 

「既に公家の用に非ず,且【しばら】く復た其の私に還らん。」と。 

從容たり進退の間,一として不宜しきに合わざる無し。 

時に利と不利と有り,賢と雖も奚為【いかんせん】と欲する。 

但だ當に前の操を勵【はげま】すべし,富貴 公に非ずしては誰ぞ。 

 

 

(現代語訳)

嵩高連峯の北山にそろそろ梁をかけるべきである。冬の絞まった魚が伊水の清い流れを下りはじめた。

上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

出処進退については、素直であるということにしているし、一も無ければそれで合致することもないでもそれでよろしいというものである。

時には利があり、時には不利があるというもの、賢者といわれる人であってもこの状態というのは、やりようがないというものだ。

ただ、これまでつとめて節操をまもっていることは励まされることであるし、富貴と地位というものはお上の仕事というものではあろうはずもない、それなら君ならぬ誰ということであろうか。

 

 

(訳注) #6 

嶺北梁可構,寒魚下清伊。 

嵩高連峯の北山にそろそろ梁をかけるべきである。冬の絞まった魚が伊水の清い流れを下りはじめた。

・嶺北 張道士のすんでいたのは嵩高連峯の中の少室山であったから、この嶺北は、少室山の北側を流れる川である。

・清伊 清らかな伊水の流れ。

 

 

既非公家用,且復還其私。 

上書がとりあげられるわけはないので、お上の御用があるというわけでもない。だから、しばらく帰って家の採りいれの用をするつもりだ。」と。

・既非公家用 いまここに滞在するのもすでにお上の御用のためではない。上書がとりあげられた上でならば、お上の御用といえるが、まだとりあげられていないのだから、私用の域を出ないわけである。

 

 

從容進退間,無一不合宜。 

出処進退については、素直であるということにしているし、一も無ければそれで合致することもないでもそれでよろしいというものである。

 

 

時有利不利,雖賢欲奚為。 

時には利があり、時には不利があるというもの、賢者といわれる人であってもこの状態というのは、やりようがないというものだ。

 

 

但當勵前操,富貴非公誰。 

ただ、これまでつとめて節操をまもっていることは励まされることであるし、富貴と地位というものはお上の仕事というものではあろうはずもない、それなら君ならぬ誰ということであろうか。

・前操 前からもっていたような節操。
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