韓愈《過鴻溝》項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

 

 

2013年10月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
司馬相如 《上林賦 》(15)#6-2 文選 賦<110-#6-2>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩920 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3148
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
《過鴻溝》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor《嚴氏溪放歌行》 蜀中転々 杜甫 <571>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3150 杜甫詩1000-571-824/1500 40923
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor感恩多二首 二 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-321-6-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3152
 
 ■最近の人気の文・賦・詩・詞(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
 

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

魚玄機 詩 全首130賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876

薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227

主に花間集から

温庭筠 70『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620

韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617

皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082

牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

 

『花間集』継続中

 
《過鴻溝》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50  

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題: 過鴻溝 

寫作地點: 滎陽(都畿道 / 鄭州 / 滎陽

寫及地點:  鴻溝 (都畿道 鄭州 滎陽)     

 汜水関などの地図

 

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。 

 

 千畳敷0010

『過鴻溝』 現代語訳と訳註

(本文)

過鴻溝

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

 

 

(下し文)

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。

 

 

(現代語訳)

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

 

(訳注)

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

元和十二年八月、蔡州に向かう途中、汴州に入って鴻溝の古址をよぎった時にこの詩を作った。この時絶句のシリーズを六首作っている。今の河南省の賈魯河のことで、そのかみ、秦滅びて天下がまだ統一しない時、楚の項羽と漢の劉邦(後の高祖)がここに一線を画して天下を分有した。詩は当時を追懐したものである。

・過鴻溝

・送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

・贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

・奉和裴相公東征,途經女几山下作

・郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿。李宗閔。二員外:馮李時從裴度東征。〕

・酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

 

龍疲 虎困 川原 ,億萬 蒼生 性命

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

「龍疲 虎困」項羽と漢の高祖とが久しくたたかったことを云う。

「割」。鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結んだこと。

「川原」中原の要地。

「蒼生」人民。

 

 

誰勸 君王 馬首 ,真成 一擲 乾坤

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

「回馬首」いったん帰りかけたのに、また馬の頭を基向いていた戦場の方にむきなおす。

「乾坤一擲」道家語を使ったものであり、李白『経乱離後天恩 流夜郎憶旧遊書懐贈江夏韋太守良宰』「天地賭一擲、未能忘戦争」。に基づいているものである。