韓愈(皇甫湜の公安園池の詩を寄せたのでそれを読んで返したその後の詩)戴晋人は堯と舜を目標とすること、尋常の人に同じく、格別えらいとも思わず、いくら堯舜を誉め立てて話しても、息を吹きかけること位に思っている。



2013年11月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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《讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <875  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3359韓愈詩-221ー#1

 

 

作時: 818  元和十三年  51

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 讀皇甫湜公安園池詩書其後〔一本為二首。〕 

及地點: 公安園池 (山南東道 荊州 公安)     

交遊人: 皇甫湜 (山南東道 襄州 襄陽)

 

221-#1

讀皇甫湜公安園池詩書其後

(皇甫湜の公安園池の詩を寄せたのでそれを読んで返したその後の詩)

晉人目二子,其猶吹一

戴晋人は堯と舜を目標とすること、尋常の人に同じく、格別えらいとも思わず、いくら堯舜を誉め立てて話しても、息を吹きかけること位に思っている。

區區自其下,顧肯掛牙舌。

元来区区として、堯舜のことに甘んずるようでは、到底つまらぬ人で、歯牙にかかるにも足らず、そこ得行くと戴晋人はちょっと奇矯のようではあるが、一面からいえば、最も至極なことである。

《春秋》書王法,不誅其人身。

「春秋」は孔子が王法に基づいて褒貶したもので、はあるが、何もその人の身を誅するがためにしたのではなく、あくまで道にかなったもので、儒教の正義はまさしくここにある。

《爾雅》注蟲魚,定非磊落人。

「爾雅」のごときは、ほんの字書で蟲魚名を注したるにすぎず、そんなことをしているのは、決して、磊落のひとではない。

 

湜也困公安,不自閑窮年。

枉智思掎摭,糞壤穢豈有臧。

誠不如兩忘,但以一概量。

 

我有一池水,蒲葦生其間。 

蟲魚沸相嚼,日夜不得閑。 

我初往觀之,其後益不觀。

 

觀之亂我意,不如不觀完。 

用將濟諸人,捨得業孔顏。 

百年詎幾時,君子不可閑。 

 

(皇甫湜【こうほしょく】公安の園池の詩を讀み、其の後に書す)

晉人 二子を目す,其れ猶お一【いちげつ】をくがごとし

區區として其下よりせば,顧みるに肯えて牙舌【がぜつ】に掛らむや。

《春秋》は王法を書す,其の人の身を誅せず。

《爾雅》は注蟲魚【ちゅうぎょ】をす,定めて磊落【らいらく】の人に非ず。

湜【しょく】や公安に困【くるし】み,不自ら閑に年を窮めず。

智を枉げて掎摭【きしょう】せむことを思う,糞壤【ふんじょう】【おあい】豈に臧【よき】ころらむ

誠に如かず兩つながら忘れ,但だ一概を以って量る。

 

我に一池の水有り,蒲葦【ほい】其の間に生ず。 

蟲魚【ちゅうぎょ】沸いて相い嚼【か】み,日夜 閑なるを得ず。 

我 初め往うて之を觀る,其の後 益【ますま】す觀ず。 

之を觀れば我が意を亂る,如かず 觀ずして完うするに。 

用うるとき將に諸人を濟【すく】わんとす,捨るときは孔顏を業とすつを得む。 

百年 詎【なん】ぞ幾時ぞ,君子 閑なる可からず。 

云亭 

『讀皇甫湜公安園池詩書其後』 現代語訳と訳註

(本文)

讀皇甫湜公安園池詩書其後

晉人目二子,其猶吹一

區區自其下,顧肯掛牙舌。

《春秋》書王法,不誅其人身。

《爾雅》注蟲魚,定非磊落人。

 

(下し文)

晉人 二子を目す,其れ猶お一【いちげつ】を吹くがごとし。

區區として其下よりせば,顧みるに肯えて牙舌【がぜつ】に掛らむや。

《春秋》は王法を書す,其の人の身を誅せず。

《爾雅》は注蟲魚【ちゅうぎょ】をす,定めて磊落【らいらく】の人に非ず。

 

(現代語訳)

(皇甫湜の公安園池の詩を寄せたのでそれを読んで返したその後の詩)

戴晋人は堯と舜を目標とすること、尋常の人に同じく、格別えらいとも思わず、いくら堯舜を誉め立てて話しても、息を吹きかけること位に思っている。

元来区区として、堯舜のことに甘んずるようでは、到底つまらぬ人で、歯牙にかかるにも足らず、そこ得行くと戴晋人はちょっと奇矯のようではあるが、一面からいえば、最も至極なことである。

「春秋」は孔子が王法に基づいて褒貶したもので、はあるが、何もその人の身を誅するがためにしたのではなく、あくまで道にかなったもので、儒教の正義はまさしくここにある。

「爾雅」のごときは、ほんの字書で蟲魚名を注したるにすぎず、そんなことをしているのは、決して、磊落のひとではない。

 

(訳注)

讀皇甫湜公安園池詩書其後

(皇甫湜の公安園池の詩を寄せたのでそれを読んで返したその後の詩)

この詩は皇甫湜が公安縣に赴任し、その地にある園地に遊んで詩を作り、それを韓愈に寄せたのでその詩の後ろに題するために作った。

皇甫湜にこんな詩を作っているようではだめで、もっと儒学を勉強しなさいというものである。

 

晉人 二子 ,其猶吹

戴晋人は堯と舜を目標とすること、尋常の人に同じく、格別えらいとも思わず、いくら堯舜を誉め立てて話しても、息を吹きかけること位に思っている。

「晉人目」晉人。

「二子」堯と舜

「一」小さな音の意)風の吹き過ぎる際の小さな音。荘子‐則陽「恵子曰、夫吹 也、猶有 也。吹 剣首 者、 而已矣。堯 .

 

區區 自其下 ,顧肯 牙舌

元来区区として、堯舜のことに甘んずるようでは、到底つまらぬ人で、歯牙にかかるにも足らず、そこ得行くと戴晋人はちょっと奇矯のようではあるが、一面からいえば、最も至極なことである。

「區區」(1)ばらばらでまとまりのないさま。まちまち。 (2)小さくてとるに足りないさま。

「牙舌」歯牙舌。

 

《春秋 》書 王法 ,不誅 其人

「春秋」は孔子が王法に基づいて褒貶したもので、はあるが、何もその人の身を誅するがためにしたのではなく、あくまで道にかなったもので、儒教の正義はまさしくここにある。

「春秋」春秋時代に関する編年体の歴史書である。儒教では、孔子の手が加わった、もしくは孔子が作ったとされ、その聖典である経書(五経または六経)の一つとされている。

「書」語義類別:人、行為動作、一般行為(宀部)、寫。

「王法」儒者の正義の法をいう。

 

《爾雅 》注 蟲魚 ,定非 磊落

「爾雅」のごときは、ほんの字書で蟲魚名を注したるにすぎず、そんなことをしているのは、決して、磊落のひとではない。

「爾雅」古代の字書。いま伝わる本は全19篇。著者,著作の年代,ともに未詳。ただし周公旦の著作といい,あるいは孔子の作といい,またあるいは孔子の弟子の作というのは,いずれもこの字書を重視し,できるだけ由緒正しいものに仕立てようというためであろう。《爾疋(じが)》とも書くが,いずれも〈爾〉は〈邇〉すなわち〈近〉,〈雅〉もしくは〈疋〉は〈正〉,全体として〈正しきに近づく〉意だとされ,もと《五経》をその正しい意味において読むための字書だとされた。

「蟲魚」むしと魚。

「磊落」度量が広く、小事にこだわらないこと。また、そのさま。
真竹002