韓愈《遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂》 蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。


2014年3月4日

の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂〔自注:蕭兄有女出家。〕 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <971>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3839韓愈詩-264
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログこれまでの杜甫詩 作時年別整理(2)(青年期・就活の詩) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3840-iDex-2
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《遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂〔自注:蕭兄有女出家。〕 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <971>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3839韓愈詩-264

 

年:820  元和十五年  53

卷別: 卷三四四  文體: 七言 

詩題:遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂〔自注:蕭兄有女出家。〕

作地點: 廬山(江南西道 / 江州 / 廬山

及地點: 西林寺 (江南西道 江州 廬山)     

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山     

交遊人物: 蕭存

 

 

遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂

(盧山の西林寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があったのでこの詩を作る。)

〔自注:蕭兄有女出家。〕

〔蕭兄中郎には女の子がいたが家を相続していくものがいなかった。〕

中郎有女能傳業,伯道無兒可保家。 

蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。

偶到匡山曾住處,幾行衰淚落煙霞。 

今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。

 

西林寺に遊び蕭二兄郎中舊堂に題す。〔自注:蕭兄は女有り家を出す。〕

中郎 女の能く業を傳うる有り,伯道 兒の家を保つ可き無し。 

偶ま 匡山【きょうざん】曾住の處に到れば,幾行の衰淚 煙霞に落つ。 

 

 

『遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂』 現代語訳と訳註

(本文)

遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂【〔自注:蕭兄有女出家。〕

中郎有女能傳業,伯道無兒可保家。 

偶到匡山曾住處,幾行衰淚落煙霞。 

 

 

(下し文)

西林寺に遊び蕭二兄郎中舊堂に題す。〔自注:蕭兄は女有り家を出す。〕

中郎 女の能く業を傳うる有り,伯道 兒の家を保つ可き無し。 

偶ま 匡山【きょうざん】曾住の處に到れば,幾行の衰淚 煙霞に落つ。 

 

(現代語訳)

(盧山の西林寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があったのでこの詩を作る。)

〔蕭兄中郎には女の子がいたが家を相続していくものがいなかった。〕

蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。

今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。

韓愈の地図01 

 

(訳注)

遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂

(盧山の西林寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があったのでこの詩を作る。)

〔自注:蕭兄有女出家。〕

〔蕭兄中郎には女の子がいたが家を相続していくものがいなかった。〕

○西林寺 盧山寺のこと。この寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があった。

○蕭二兄郎中 蕭存といい、字は伯誠。建中の初め、殿中御史に遷り、四度、比部郎中に遷り、裴延齢の姦を憎疾んで官を去り、風痹によって卒す。

舊堂 故蕭二兄郎中舊堂

 

中郎有女能傳業,伯道無兒可保家。 

蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。

○中郎有女 蔡琰中郎

○鄧伯道 「使鄧伯道無兒。弟子綏服攸喪三年。」(鄧伯道をして兒無かおとずれと。弟の子綏、攸の喪に服すこと三年なり。)天下の者は、自分の子は見苦しいほどに可愛がって甥などは根から構わない。そこで、事から真似ず、古人は子を捨てて甥を養ったと思えばこちらのためになる。

 

偶到匡山曾住處,幾行衰淚落煙霞。 

今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。

○匡山 盧山のこと。

○曾住處 曾て住居であった所に来ているが、誰もいないこと。後継ぎがいないことをいう。
keikoku00