お前に期待を持っていた黄鶴はおまえが行ってしまったので、そこでただ、ばたばたと羽根を動かしているだけだ。以前におまえが見くだしていた烏どもは、いまでは口々におまえの欠点を言いたてている。

        
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395-4 《南山有高樹行贈李宗閔》韓愈(韓退之) Ⅱ韓昌黎集 巻五 <1039  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4179韓愈詩-395-4

 

初度伐蔡,引宗閔為彰義觀察判官。蔡平,進知制誥。長慶初,錢徽典貢舉,宗閔托所親於徽,德裕及紳、稹共發其事,宗閔坐貶劍州刺史,俄復為中書舍人,由是嫌怨顯結。縉紳之禍,四十餘年不解。此贈詩,宗閔初貶時作也。

(初めて度蔡を伐つ,引いて宗閔 彰義の觀察判官と為す。蔡 平らぐ,進めて知制 誥たり。長慶の初め,錢徽 貢舉を典どる,宗閔 所親を徽に托するや,德裕 及び紳、稹 共に其の事を發し,宗閔 坐して 劍州の刺史に貶され,俄【にわか】に復た中書舍人と為る,是に由って嫌怨【けんえん】顯わに結ぶ。縉紳の禍い,四十餘年解けず。此の贈詩は,宗閔初めて貶せられし時の作なり。)

穆宗の822年長慶元年、韓愈は五十四歳の正月を国子祭酒として長安で迎えた。

この年に行なわれた科挙に不正があると、翰林学士の李紳が同僚の李徳祐・元稹とともに訴えた。この年の科挙は銭徽が知貢挙(試験委員長)で、裴度の息子や中書舎人の李宗閔の婿などが合格した。当時では、受験生の名をあらかじめ試験官に吹きこんでおくのは誰でもやっていたことで、かくべつ違法とも意識されていなかった。李紳も合格させたい受験生があり、名前を錢徽に吹きこんでおいたが、落第した。問題はここにあるわけで、李紳・元稹・李徳裕の三人は穆宗皇帝の前で、銭微と李宗閔たちとが結託して不正をはたらいていると意見を述べた。しかし事実は錢徽に頼みこんでいたのは宗閔だけではなかったわけで、李紳からの依頼の手紙も錢徽の手もとに残っていた。それを皇帝に見せて身の潔白を証明すべきだとすすめる人もあったが、錢徽は、私信はあくまでも公開すべきではないといって焼き捨て、いっさい申し開きをしなかった。結局この年の四月に天子の裁定が下って、銭徽・李宗閔は流罪となり、科挙は最初からやり直しということになって、新しい知貢挙も任命された。

これは一科挙の問題ではなく、当時の政治問題を背景とした事件である。すなわち、科挙によって任官した挙子と父祖の功によって任官した任子との争いがこの時期よりしだいに表面化してくる。李徳裕は任子派、李宗閔は挙子派のそれぞれ中心人物であったが、これが抗争の一つのはしりとなった。

国子監諸学の学生はそれだけで科挙の受験資格はもつものの、国子祭酒は制度上科挙とはかかわりをもたない。

韓愈は直接のかかわりのないものであったが、李宗閔に同情したのである。それは①韓愈自身が挙子の出身であるということ、②宗閔の人格をわかっていた。③李宗閔はかつて淮西の乱のとき、韓愈とともに招かれて裴度の幕下に入ったという仲間意識があったためである。ただ、宗閔は朝廷からお咎めを受けた身であるから、同情を露骨に表わすことはできなかったので、遠まわしな表現の詩を作るほかはなかったということなのだ。贈った先の相手、宗閔には完全に韓愈の思いは理解できればよかったのだ。

 

南山有高樹行贈李宗閔 #1

(終南山にはその花の蕊と葉が見事に曲線美を描いて一面に垂れさがる高樹木がある歌を李宗閔殿におくる。)

南山有高樹,花葉何衰衰【案:考張衡〈南都賦〉,當作蓑蓑。】

南山に高い樹がある。その花の蕊と葉が見事に曲線美を描いて一面に垂れさがることだろうか。

上有鳳皇巢,鳳皇乳且棲。

樹の上には鳳凰が巣をかけ、鳳凰はそこで子を生み、ねぐらとしている。

四旁多長枝,群鳥所托依。

樹の四方には長い枝が多く、そこに素晴らしい鳥が群をなし身を寄せている。

黃鵠據其高,眾鳥接其卑【眾鳥棲其卑】。

なかでも黄鵠は高いところにおり、ほかの鳥どもは低いところにいるわけだ。

#2

不知何山鳥,羽毛有光輝。

どこの山の鳥だろうか、羽根に輝きのある美しい鳥がいる。

飛飛擇所處,正得眾所希。

飛んで来てとまる枝を選び、まさに鳥どもの皆が望むその場所を確保した。

上承鳳皇恩,自期永不衰。

上からうける鳳凰の恩愛と信頼は分け隔てないものと思っていたし、当然それが永久に変わるものではないと信じていたのだ。

中與黃鵠群,不自隱其私。

したがってなかでは黄鶴の群れと仲間になっていることだから、個人的な秘密を隠そうともしなかったのである。

#3

下視眾鳥群,汝徒竟何為。

ところが「上の鳥は下にいる鳥どもの群を見くだしている」と、「おまえらには結局何もできるものではないと思っていた」と思われていた。

不知挾丸子,心默有所規。

弾丸をもっている人がでたのは思いがけないことであった、それは、胸に一物を抱きながらその鳥を狙っている者であった。

彈汝枝葉間,汝翅不覺摧。

その弾丸はおまえたちの鳥を葉のあいだから撃ちこまれたのだ、それでおまえの羽根は知らぬまにくだかれてしまった。

或言由黃鵠,黃鵠豈有之。

黃鵠のせいだという人もあるが、黄鵠がそんなことをするはずがない。

#4

慎勿猜眾鳥,眾鳥不足猜。

ここに至ると、集まっている鳥の群れをよく注視して鳥どもすべてを疑うということをしてはいけない、それらの鳥たちは疑うに足るだけのちからがない存在なのである。

無人語鳳皇,汝屈安得知。

誰も鳳と皇に証拠を出して上告するものはいないのだ、だから、おまえが理由もなくひどい目にあっているのを鳳と皇が知るよしもないということだ。

黃鵠得汝去,婆娑弄毛衣。

お前に期待を持っていた黄鶴はおまえが行ってしまったので、そこでただ、ばたばたと羽根を動かしているだけだ。

前汝下視鳥,各議汝瑕疵。

以前におまえが見くだしていた烏どもは、いまでは口々におまえの欠点を言いたてている。

#5

汝豈無朋匹,有口莫肯開。

汝落蒿艾間,幾時復能飛。

哀哀故山友,中夜思汝悲。

路遠翅翎短,不得持汝歸【不能持汝歸】。

 

(「南山に高樹有る行」李宗閔に贈る) #1

南山に高樹有り,花葉 何んぞ 衰衰たる。

上に鳳皇の巢有り,鳳皇 乳して 且つ棲む。

四旁に 長枝多く,群鳥 托依する所なり。

黃鵠 其の高きところに據り,眾鳥 其の卑きに接す。

#2

知らず何れの山鳥ぞ,羽毛 光輝有り。

飛飛として 所處を擇び,正に眾希【こいねが】う所を得たり。

上は鳳皇の恩を承り,自ら期す 永く衰えざるを。

中は黃鵠と群し,自ら其の私を隱さず。

#3

下は眾鳥の群を視る,汝が徒 竟に何為れぞ。

知らず 挾丸子,心に默して規る所有るを。

汝を枝葉の間に彈ず,汝の翅 摧くを覺えず。

或は言う 「黃鵠に由る」と,黃鵠は豈に之に有らん。

#4

慎んで眾鳥を猜う勿れ,眾鳥を猜うに足らず。

人 鳳皇に語る無く,汝が屈 安んぞ知ることを得ん。

黃鵠 汝が去るを得て,婆娑 毛衣を弄す。

前に汝が下視せし鳥,各の汝が瑕疵を議す。

#5

汝 豈に朋匹無からんや,口有るは肯えて開く莫れ。

汝 蒿艾の間に落ち,幾時か 復た能く飛ばん。

哀哀たり 故山の友,中夜 汝を思い悲しむ。

路 遠く 翅翎短く,汝を持して歸えるを得ず。

幻日環01 

 

『南山有高樹行贈李宗閔』 現代語訳と訳註

(本文) #4

慎勿猜眾鳥,眾鳥不足猜【眾鳥不足疑】。

無人語鳳皇,汝屈安得知。

黃鵠得汝去,婆娑弄毛衣。

前汝下視鳥,各議汝瑕疵。

 

 

(下し文)  #4

慎んで眾鳥を猜う勿れ,眾鳥を猜うに足らず。

人 鳳皇に語る無く,汝が屈 安んぞ知ることを得ん。

黃鵠 汝が去るを得て,婆娑 毛衣を弄す。

前に汝が下視せし鳥,各の汝が瑕疵を議す。

 

(現代語訳)  #4

ここに至ると、集まっている鳥の群れをよく注視して鳥どもすべてを疑うということをしてはいけない、それらの鳥たちは疑うに足るだけのちからがない存在なのである。

誰も鳳と皇に証拠を出して上告するものはいないのだ、だから、おまえが理由もなくひどい目にあっているのを鳳と皇が知るよしもないということだ。

お前に期待を持っていた黄鶴はおまえが行ってしまったので、そこでただ、ばたばたと羽根を動かしているだけだ。

以前におまえが見くだしていた烏どもは、いまでは口々におまえの欠点を言いたてている。

 

(訳注)  #4

(終南山にはその花の蕊と葉が見事に曲線美を描いて一面に垂れさがる高樹木がある歌を李宗閔殿におくる。)

この詩は「鳳凰」を韓愈と宗閔らと幕下に入った裴度公、「挾丸子」を李徳祐・李紳・元稹らの貶せられた者たちに喩えて詠い、この詩を上篇とし南山猛虎行を下篇としてつくった。

 

慎勿猜眾鳥,眾鳥不足猜。

ここに至ると、集まっている鳥の群れをよく注視して鳥どもすべてを疑うということをしてはいけない、それらの鳥たちは疑うに足るだけのちからがない存在なのである。

○猜眾鳥 黃鵠ではない一般的な官僚まで猜疑心をもってうらむことはいけない。

○不足猜 その眾鳥には君を貶めるだけの力量はない。

 

無人語鳳皇,汝屈安得知

誰も鳳と皇に証拠を出して上告するものはいないのだ、だから、おまえが理由もなくひどい目にあっているのを鳳と皇が知るよしもないということだ。

○語鳳皇 錢徽と李宗閔を弁護擁護して、その罪を救うための上申してくれること。

○汝屈 おまえが理由もなくひどい目にあっていること。こういう言い方をする場合、宦官の仕業と言っていると解釈すべきである。この頃絶大な勢力、天子への影響力のみならず、宗教界、商人、あらゆる階層に絶対堤権力を持っていた。

 

黃鵠得汝去,婆娑弄毛衣。

お前に期待を持っていた黄鶴はおまえが行ってしまったので、そこでただ、ばたばたと羽根を動かしているだけだ。

○婆娑 1 舞う人の衣の袖がひるがえるさま。2 物の影などが揺れ動くさま。

 

前汝下視鳥,各議汝瑕疵。

以前におまえが見くだしていた烏どもは、いまでは口々におまえの欠点を言いたてている。

○瑕疵 欠点・欠陥のあることをいう。
終南山03