櫻桃は古くから珍重されてきた、漢の帝室ではこれを明光殿の前に植えたという、その前、炎帝は本草經をあらわし、櫻桃のことが書かれている。いまや満朝の臣下、官僚らが同じく雨露の恵みを受けていることに喩えようもなく、こうして、賜を拝して、宮中から退潮する。

 
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《和水部張員外宣政衙,賜百官櫻桃詩》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ韓昌黎集<1094  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4454韓愈詩-408

 

 

製作年:822  長慶二年  55

卷別: 卷三四四  文體: 七言律詩 

詩題: 和水部張員外宣政衙,賜百官櫻桃詩 

及地點:  宣政殿 (京畿道 京兆府 長安)     

明光殿 (京畿道 京兆府 長安)     

交遊人物: 張籍 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

 

 

和水部張員外宣政衙,賜百官櫻桃詩  

漢家舊種明光殿,炎帝還書本草經。 

豈似滿朝承雨露,共看傳賜出青冥。 

香隨翠籠擎初到,色映銀盤寫未停。 

食罷自知無所報,空然慚汗仰皇扃。 

(水部張員外郎の張籍が宣政院の衙詰め所で,百官に櫻桃を賜割り、自分も頂戴した。そのことで、詩を一首作ったのでこれに韓愈が和した。)

櫻桃は古くから珍重されてきた、漢の帝室ではこれを明光殿の前に植えたという、その前、炎帝は本草經をあらわし、櫻桃のことが書かれている。

いまや満朝の臣下、官僚らが同じく雨露の恵みを受けていることに喩えようもなく、こうして、賜を拝して、宮中から退潮する。

その桜桃の実は、緑の竹かごに持ってあって、奉げて持ち出して来たときは、普通でない香りがするし、やがてこれを銀盤に入れる時は、その色が互いに映じあってまことに見事でなかなか移動することはできない。

それからこれを食し終わってから、よくよく考えてみれば天子の恩に報いるに由なく、つくねんとして慙汗を流し、嶷峩たる宮闕をのみ仰いでいるのは、我ながら、まことに不甲斐ないことである。

 

水部張員外の宣政衙に,百官櫻桃を賜うの詩に和す  

漢家 舊と明光殿に種うる,炎帝 還た 本草經に書す。 

豈に似んや 滿朝 雨露を承るに,共に看る傳賜の青冥を出づるに。 

香は翠籠に隨って 擎げて初めて到り,色は銀盤に映じて 寫して未だ停まらず。 

食して罷んで 自ら知る 報ずる所無きを,空然 慚汗 皇扃を仰ぐ。 

 

玄武門 

『和水部張員外宣政衙,賜百官櫻桃詩』 現代語訳と訳註

(本文)

和水部張員外宣政衙,賜百官櫻桃詩  

漢家舊種明光殿,炎帝還書本草經。 

豈似滿朝承雨露,共看傳賜出青冥。 

香隨翠籠擎初到,色映銀盤寫未停。 

食罷自知無所報,空然慚汗仰皇扃。 

 

 (含異文)

漢家舊種明光殿,炎帝還書本草經。

豈似滿朝承雨露,共看傳賜出青冥。

香隨翠籠擎初到【香隨翠籠擎初重】,色映銀盤寫未停【色照銀盤寫未停】【色映銀盤瀉未停】【色照銀盤瀉未停】。

食罷自知無所報,空然慚汗仰皇扃。 

 

(下し文)

水部張員外の宣政衙に,百官櫻桃を賜うの詩に和す 

漢家 舊と明光殿に種うる,炎帝 還た 本草經に書す。 

豈に似んや 滿朝 雨露を承るに,共に看る傳賜の青冥を出づるに。 

香は翠籠に隨って 擎げて初めて到り,色は銀盤に映じて 寫して未だ停まらず。 

食して罷んで 自ら知る 報ずる所無きを,空然 慚汗 皇扃を仰ぐ。 

 

(現代語訳)

(水部張員外郎の張籍が宣政院の衙詰め所で,百官に櫻桃を賜割り、自分も頂戴した。そのことで、詩を一首作ったのでこれに韓愈が和した。)

櫻桃は古くから珍重されてきた、漢の帝室ではこれを明光殿の前に植えたという、その前、炎帝は本草經をあらわし、櫻桃のことが書かれている。

いまや満朝の臣下、官僚らが同じく雨露の恵みを受けていることに喩えようもなく、こうして、賜を拝して、宮中から退潮する。

その桜桃の実は、緑の竹かごに持ってあって、奉げて持ち出して来たときは、普通でない香りがするし、やがてこれを銀盤に入れる時は、その色が互いに映じあってまことに見事でなかなか移動することはできない。

それからこれを食し終わってから、よくよく考えてみれば天子の恩に報いるに由なく、つくねんとして慙汗を流し、嶷峩たる宮闕をのみ仰いでいるのは、我ながら、まことに不甲斐ないことである。

 

 

(訳注)

和水部張員外宣政衙,賜百官櫻桃詩  

(水部張員外郎の張籍が宣政院の衙詰め所で,百官に櫻桃を賜割り、自分も頂戴した。そのことで、詩を一首作ったのでこれに韓愈が和した。)

「朝日敕百官櫻桃」詩  張籍

仙果人間都未有,今朝忽見下天門。

捧盤小吏初宣勅,當殿羣臣共拜恩。

日色遙分門下坐,露香才出禁中園。

每年重此先偏待,願得千春奉至尊。

 

漢家舊種明光殿,炎帝還書本草經。 

櫻桃は古くから珍重されてきた、漢の帝室ではこれを明光殿の前に植えたという、その前、炎帝は本草經をあらわし、櫻桃のことが書かれている。

○明光殿 漢長安城、明光殿の名。「未央官の漸台の北西に桂官あり。中に明光殿あり。皆金玉珠璣もて簾箔を為り、処処明月の珠あり、金階玉階、昼夜光明あり」(『三秦記』)。「漢の武帝故事に天子明光宮、桂宮、長楽官を起し、皆輦道(行幸路)相属き、懸棟(宙づりの棟木あり)、飛閣(かけはし)もて北に度り、宮中より西のかた城に上り、神明台(未央宮の西南上林苑中の建章宮にあり)に至る」(漢唐長安位置図参照)。明光宮の宵は殿のこと。華道は右の文によると吊った置舎やかけはしがある。閣道のこと。これで閣道の大体を知ることができる。

張平子(張衡)《西京賦》(18)(閣道)

於是鉤陳之外,閣道穹隆。

屬長樂與明光,徑北通乎桂宮。

命般爾之巧匠,盡變態乎其中。

於是後宮不移,樂不徙懸。

是に於て鉤陳の外、閣道穹隆とす。

長樂と明光とに屬き、径に北のかた桂官に通す。

般爾の巧匠に命じ、變態を其の中に盡せり。

是に於て後宮移さず、欒、懸を徙さず。

(閣道) さて、未央宮の外には、閣道が空に長く弧を画いてできている。

長楽官と明光殿とは閣道によって連接し、まっすぐ正殿の北のかた、桂官に通ずるのである。

古の魯般・王爾のようなすぐれた名工に命じ、絶妙な工夫の限りをこらし、豪華な細工物で閣道内はつくられた。

こうして、後宮の宮人も移らず、楽器もそのつり台、支持台などを動かさずにすんだのだ。

張平子(張衡)《西京(18)(閣道)#8-1 文選 賦<114―(18)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1055 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3823

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本草經 。365種の薬物を上品・中品・下品の三品に分類して記述している。上品は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品は毒にもなり得る養性薬、下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている[3][4]

 

500年(永元2年)、南朝の陶弘景は本書を底本に『神農本草経注』3巻を撰し、さらに『本草経集注』7巻を撰した。陶弘景は内容を730種余りの薬物に増広(ぞうこう)している。

 

豈似滿朝承雨露,共看傳賜出青冥。 

いまや満朝の臣下、官僚らが同じく雨露の恵みを受けていることに喩えようもなく、こうして、賜を拝して、宮中から退潮する。

○出青冥 朝廷、宮殿を天上に喩えて青冥といったので中から退潮することをいう。

 

香隨翠籠擎初到,色映銀盤寫未停。 

その桜桃の実は、緑の竹かごに持ってあって、奉げて持ち出して来たときは、普通でない香りがするし、やがてこれを銀盤に入れる時は、その色が互いに映じあってまことに見事でなかなか移動することはできない。

○翠籠擎初到 緑の竹かごに持ってあって、奉げて持ち出して来たことをいう。

○銀盤寫未停 銀盤に入れる時は、その色が互いに映じあってまことに見事でなかなか移動することはできない。

 

食罷自知無所報,空然慚汗仰皇扃。 

それからこれを食し終わってから、よくよく考えてみれば天子の恩に報いるに由なく、つくねんとして慙汗を流し、嶷峩たる宮闕をのみ仰いでいるのは、我ながら、まことに不甲斐ないことである。

○慚汗 恥じ入って汗が出ること。

○皇扃 嶷峩たる宮闕のこと。
唐長安城図02