以上、閣下の尊厳をおかしけがす失礼なことを申し上げました。地に伏してその罪のおとがめを待ちます。わたくし、韓愈はこうして頭を下げてお願い申し上げる。

 
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20-(22)§11-2 《上宰相書  -(22)》韓愈(韓退之)ID  793年貞元9 26歳<1200> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4984韓愈詩-20-(22)§11-2

 

 

§

(この書状は、796年貞元十二年正月二十七日の上書である。)§

正月二十七月,前貢進士韓愈謹伏光範門下,

正月二十七日、前の郷貢進士韓愈、謹んで光範門のもとに伏しいたします。

再拜獻書相公閣下:《詩》之《序》曰:

再拝して書を宰相公閣下に献じます。『詩経』小雅菁菁者莪我篇の序に次のようにいう。

「《菁菁者莪》,樂育材也。

「菁菁者莪篇は材を育するを楽しむなり。

君子能長育人材,則天下喜樂之矣。」

君子(在上の人)能く人材を長育すれば、則ち天下之を喜楽す」といっている。

(宰相に上【たてまつ】る書)

正月二十七日、前の郷貢の進士韓愈、謹んで光範門下に伏して、

再拜して書を相公閣下に獻ず。《詩》の《序》に日く、

「菁菁たる者莪は、材を育するを欒むなり。

君子能く人材を長育すれば、則ち天下之を喜樂す」と。

§-2

其詩曰:「菁菁者莪,在彼中阿。

その詩の本文第一章に「青々として盛んに茂っている莪は、あの大きな岡の曲がった隈の中に生えている。(被教育者たる人材が、教育者たる賢者に育成されて、その才徳を  成すことに比した。)

既見君子,樂且有儀。」

此の人材を育成する賢者を見れば、その徳に化せられて、この人材も、皆楽しく和らぎ且つ令儀を守るりっぱな人物となっている。」という。

者曰:「菁菁」者,盛也;

説く者はいう、育育たる者とは、盛んなことをいい、詩句の意味は、青青と盛んに生育する、ということである。

「莪」,微草也;「阿」,大陵也。

莪(あざみ)はよもぎの類ではあるが、わずかに生えている草である、しかもそれは、あの大陵の中にある。

言君子之長育人材,若大陵之長育微草,能使之菁菁然盛也。

そのいうこころは、君子が人材を長じ育てるのは、大陵が微草を長育して、そののように学才の成長した人物が、やがて在上の人、天子にまみえて用いられれば、天下の人はそれを楽しみ、その上立派な礼儀を以て過せられるといぅのである。

「既見君子,樂且有儀」雲者,天下美之之辭也。

すでに君子、即ち天子におまみえして用いられると、楽しんで、その上その処遇に礼儀があるとは、天下の者がこれを立派なこととして褒める辞句である、と。

其の詩に曰く:「菁菁たる者 莪,彼の中阿に在り。

既に君子を見れば,樂んで且つ儀有り。」と

く者曰く:「菁菁」たる者とは,盛んなる也;

「莪」とは,微草なり;「阿」とは,大陵なり。

言うところは君子の人材を長育するは,大陵の微草を長育し,能く之をして菁菁然として盛んなら使むるが若く也。

「既に君子を見れば,樂んで且つ儀有り」と雲う者は,天下 之れを美とするの辭なり、と。

 

 (3) §-1

其三章曰:「既見君子,錫我百朋,」

詩経《小雅蓼莪篇 菁菁者莪》の第三章にいう、「既に君子(天子)を見れば、我に百朋を錫う」と、

教者曰:「百朋」,多之之辭也,言君子既長育人材,

これを説く者はいう、「有朋(百の宝貝)とは褒美を多くするという言葉である。その意味は、天子がすでに人材を長じ育てることを大切にしており

又當爵命之,賜之厚祿以寵貴之雲爾。

また当然これに爵位を任命し、これに手厚い俸緑を賜をて、それで以てこの人材に栄誉を与え身分を貴くすべきであると」そういうのである。

其卒章曰:「泛泛楊舟,載沉載浮。既見君子,我心則休。」

詩経《小雅蓼莪篇 菁菁者莪》の最後(四章)の章にいう、「汎汎(浮かんでいる)たる楊舟(楊の舟)、沈むを載せ、浮かぶを載す。既に君子を見れば、我が心は則ち休す」と。其三章に曰く:「既に君子を見れば,我に百朋を錫う,」と。

教の者曰く:「百朋」は,之を多とするの辭なり,言うところは君子 既に人材を長育す,

又た 當に之に爵命し,之に厚祿を賜いて以て之を寵貴すべし、としか云う。

其の卒章に曰く:「泛泛たる楊舟,沉むを載せ浮ぶを載す。既に君子を見れば,我が心則ち休す。」

 (4)  §-2

者曰:「載」,載也;「沉」「浮」者,物也。

説く者はいう、載は「のせる」である。沈浮は物である。

言君子之於人才,無所不取,

その意味は、君子、すなわち天子が人材に対する場合、取らない者はない。

若舟之於物,浮沉皆載之雲爾。

舟の物に対する場合、軽(浮)いものも、重(沈)いものも皆これを載せるのと同様であると、そういうのである。

「既見君子,我心則休」雲者,言若此則天下之心美之也。

「既に君子(天子)を見れば、わが心は休す」というのは、いう心は、このようであれば、天下の心がこれを美(よい)とするとのことである。

 

く者曰く:「載」は,載せるなり;「沉」「浮」は,物なり。

言言うところは君子の人才に於ける,取らざる所無し,

舟の物に於ける,浮沉 皆之を載せるが若しと爾云う。

「既に君子を見れば,我が心則ち休す」と云うは,言うところは此の若んば則ち天下の心 之を美とすとなり。

 

 

(5)§3-1

君子之於人也,既長育之,又當爵命寵貴之,而於其才無所遺焉。

民を治める君子が人に対する場合、すでにこれを助け育て、また当然、爵位を任命してこれに光栄を与え身分高くもてなし、そしてその才能で見落としたところがないようにするのがよいのである。

孟子曰:「君子有三樂,王天下不與存焉。」

孟子はいっている、君子に三つの楽しみがあるが、天下に王となることは、その中にはいっていない。

其一曰:「樂得天下之英才而教育之。」

その一つにいう、天下のひいでた人材を得て、これを教育するのを楽しむ、と。

此皆聖人賢士之所極言至論,古今之所宜法者也。

これは皆、聖人賢士の口をきわめて言い、十分に論ずるところのことで、古今を通じて手本として従うが宜しいことである。

君子の人に於けるや,既に之を長育し,又、當に爵命して 之を寵貴し,而して其の才に於いて遺す所無かるべし。

孟子曰く:「君子に三樂有り,天下に王たるは與【あずか】り存せず。」

其の一に曰く:「天下の英才を得て之を教育するを樂しむ。」と。

此れ皆 聖人賢士の極言至論する所なり,古今の宜しく法【のっと】る所の者なり。

(6)§3-2

然則孰能長育天下之人才,將非吾君與吾相乎?

それならば、誰が天下の人材を育てることがでぎるのであろうか。またわが君とわが宰相とではないか。

孰能教育天下之英才,將非吾君與吾相乎?

誰が天下の芙才を教育することができるのか。またわが君とわが宰相とではないか。

幸今天下無事,小大之官各守其職,

幸いに今は、天下は無事で、小大の官は、各々自分の職を守っているだけである。

錢穀甲兵之問不至於廟堂,

金銭、穀物、鎧、武器。財政や食糧税米、軍備の問題が朝廷にまでやって来ないという危機管理体制なのだ。

論道經邦之暇,舍此宜無大者焉。

政治の道を論じ、国家を治める暇に、この有能な人材教育を捨ておいて、ほかに大きなことは無いとしてよいであろう。

然らば則ち孰か能く 天下の人才を長育する,將 吾が君と吾が相とに非らずや?

孰か能く天下の英才を教育する,將 吾が君と吾が相とに非らずや?

幸にして 今 天下無事,小大の官各【おのお】の其の職を守る,

錢穀【せんこく】甲兵の問い廟堂に至らず,

道を論じ 邦を經するの暇,此を舍【す】て宜しく大なるもの無かるべし。

 

(7)§-1

今有人生二十八年矣,名不着於農工商賈之版。

今ここに人があり、生まれて二十八年である。その名は農・工・行商・店舗人の籍に属しない。

其業則讀書着文,歌頌堯舜之道,

その仕事は、書を読み文を 著し、堯・舜の聖王の伝えた道を歌いたたえることである。

雞鳴而起,孜孜焉亦不爲利;

鶏が鳴いてまだ明けないうちから起き出て、休みなく勉強していても、それは道義のためで、利益を得るためではない。

其所讀皆聖人之書,楊墨釋老之學,無所入於其心;

その人の読むものは聖人の書物で、楊朱・墨瞿・仏・老の学問は、その人の心に入る所がない。

 

今 人有り生れて二十八年なり,名は農工商賈の版に着かず。

其の業は則ち書を讀み文を着す,堯舜の道を歌頌す,

雞鳴いて起き,孜孜【しし】焉【えん】として亦た利を爲さず;

其の讀む所は皆 聖人の書なり,楊墨釋老の學は,其の心に入る所無し;

 

(8)§-2

其所着皆約六經之旨而成文,抑邪與正,辨時俗之所惑。

其の著す所は皆、詩・書・礼・易・春秋・楽の六経の旨を要約して文章を作り上げ、横しまな事をとどめ防ぎ、正しいことにくみし、時の人々の習わしか感い間違っているのをわきまえ明らかにした。

居窮守約,亦時有感激怨懟奇怪之辭,

そのうえで、窮乏に身をおき、約(つつ)ましい生活を守り、また時には恩恵に感激し、冷遇を怨み、奇妙で怪しい言辞があるものだ。

以求知於天下,亦不悖於教化,

それによって天下に自分を知られることを求めるけれども、それでもまた人民を教え感化することにもとらない。

妖淫諛佞譸張之無所出於其中。

世に禍いするようなあやしく、みだらで、言葉上手にへつらい、大げさなことをいって人をあざむく言説を、その文中から出すことがないのである。

其の着す所は皆 六經の旨を約して文を成す,邪を抑え正に與【くみ】し,時俗の惑う所を辨し。

窮に居り約を守り,亦た時に感激 怨懟 奇怪の辭有り,

以って知られんことを天下に求むるも,亦た教化に悖【もと】らず,

妖淫 諛佞【ゆねい】譸張【ちゅうちょう】の 其の中より出す所無し。

 

 

(9)§-1

四擧於禮部乃一得,三選於吏部卒無成;

四たび礼部の試験を受け、そこで一たび及第し、三たび吏部に選ばれて、とうとう不成功に終わった。

九品之位其可望,一畝之宮其可懷。

九品の最低の位すらも望むことができようか。面積一畝(百坪)の家邸すらも欲しがることができようか。

遑遑乎四海無所歸;恤恤乎饑不得食,

うろうろとして、四海の内に落ち着く所もなく、心配そうにして、飢えても食が得られず、寒くても衣が得られない。

寒不得衣;濱於死而益固,得其所者爭笑之。

死に瀕しても志は益々固いのである。地位を得たものは、我先に争って、こんな人間を笑うのである。

四たび禮部に擧げられて乃ち一たび得る,三たび吏部に選らばれて卒【つい】に成すこと無し。

九品の位 其れ望む可けんや,一畝の宮 其れ懷う可けんや。

遑遑【こうこう】乎【こ】として 四海に歸する所無く;恤恤【じゅつじゅつ】乎として饑えて 食を得ず。

寒えて 衣を得ず;死に濱して 益す固く,其の所を得る者 爭って之を笑う。

 

(10)§-2

忽將棄其舊而新是圖,求老農老圃而爲師。

これまで生き方を棄てて、新しい道を図り 考え、経験の深い農夫や畑作りを求めて師として学ぼうと思う。

悼本志之變化,中夜涕泗交頤。

心の中の志が変化したことを悲しみ、夜中に鼻汁と涙が 交わり流れて順を伝わるのである。

雖不足當詩人孟子之謂,

私は前述の『詩経』の詩人や孟子のいうところの人材には当たらないけれども、

抑長育之使成材,其亦可矣,

それはともかく、これを育てて役に立つ人材と成り遂げさせることは、それもまたできるであろう。

教育之使成才,其亦可矣。

これを教え育てて才能を完成させることも、それもまたできるであろう。

 

忽ち 將に 其の舊を棄て 新を是れ圖り,老農老圃を求めて師と爲さんとす。

本志の變化を悼【いた】み,中夜に 涕泗 頤【おとがい】に交わる。

詩人孟子の謂に當るに足らずと雖も,

抑【そもそ】も之を長育して材を成さ使むる,其れも亦た可ならん矣,

之を教育して才を成さ使むる,其れも亦た可ならん矣。



 

 

(11)§-1

抑又聞古之君子相其君也,

それはともかくまたこういうことを聞いている、古の君子がその君に宰相となるときのことである。

一夫不穫其所,若己推而内之溝中。

その国で、一人の男でもその適当な立場を得ないで不幸であれば、自分がこの人を推して溝の中に落としこんだように思うものである、と。

今有人生七年而學聖人之道以修其身,

今ここに人があって、生まれて七年になると聖人の道を学び、それでもって身の行いを善くする。

積二十年,不得已一朝而之,是亦不穫其所矣。

二十年の歳月を積み重ねて修行の結果、自分の生活上やむを得ずに、ある朝急にこの道をやぶり棄てることになったとすれば、これもまたその人の居るべき適当な立場を得ないことである。

(11)§-1

抑【そもそ】も又た聞く 古えの君子の其の君に相たるや,

一夫も其の所を穫【え】ざれば,己は推して 之を溝中に内るるが若し。

今 人有り生れて七年にして聖人の道を學び 以って其の身を修む,

積ること二十年,已むを得ず一朝にして之を【やぶ】らば,是れも亦た 其の所を穫【え】ざるなり。

 

(12)§-2

伏念今有仁人在上位,若不往告之而遂行,

伏して思うには、今、仁愛の人である閣下が、上の宰相の位に居られるのであるから、若し、宰相の所に往って告げずに去って行くとしましょう。

是果於自棄,而不以古之君子之道待吾相也,

これはその人が、自分自身を棄てるのに思い切りがよすぎるのであって、前述の古えの君子で宰相であった人の道をもって、わが宰相もそういう人であろうと思って、これに対処しないということなのである。

其可乎?寧往告焉,

それで善いのでしょうか。それよりもいっそ、心中の思いを告げて採用を求めるに越したことはない。

若不得志,則命也,其亦行矣。

若しそれでも志を得なければ、それは天命である。それこそ去って行くだけである。

 (12)§-2

伏して念うに今仁人上位に在る有り,若し往きて之を告げずして遂に行【さ】る,

是れ自棄に果して,古えの之君子の道を以って吾が相を待たざるなり,

其れ可ならんや?寧ろ往きて告げん,

若し志を得ざれば,則ち命なり,其れ亦た行【さ】らん。

 

(13)§-3

《洪範》曰:「凡厥庶民,有猷有爲、有守,

『書経』洪範篇にいう、「凡そ、その国の一般人民で、はかりごとがあり、行為能力があり、自ら守る節操徳行があるものがいる。

汝則念之,不協於極,

武王よ、汝はその人々のことをよく考えよ。最高の標準法則の道にそぐわないというもの、

不罹於咎,皇則受之,

罪にからない者は、天子はこれを受け入れよ。

而康而色。曰予攸好德,

汝は、汝の顔色を安らかにして、わが好むところのものは徳であるというものがあれば、

汝則錫之福。」是皆與善之辭也。

汝はこれに福、すなわち爵位と封禄を与えよ」と。これは、皆、善に味方をする言葉である。

 (13)§-3

《洪範》に曰く:「凡そ厥【そ】の庶民,有猷【はか】る爲す有り、守る有り,

汝 則ち之を念へ,極に協【かな】わざる,

咎に罹【かか】らずんば,皇 則ち之を受けよ,

而【なんじ】而【なんじ】の色を康くす。

予が好む攸【ところ】は德なりと曰わん,

汝 則ち之に福を錫え。」と。是れ皆 善に與【くみ】するの辭なり。

 

20-(14)§-1

抑又聞古之人有自進者,而君子不逆之矣,

それはともかく、私はまた聞いている、いにしえの人に自分自身を進めて用いられようとしたものがあるが、在上の君子はこれにさからわないという。

曰「予攸好德,汝則錫之福」之謂也。

それはともかく、私はまた聞いている、いにしえの人に自分自身を進めて用いられようとしたものがあるが、在上の君子はこれにさからわないという。

抑又聞上之設官制祿,必求其人而授之者,非苟慕其才而富貴其身也,

それはともかく、またわたしはきいている。上が官を設け、禄を定めるのに、必ずそれに適任の人を求めて、これに授けるのは、かりにもぞの才能を慕って、その人の身を富貴にするためではないのである。

蓋將用其能理不能,用其明理不明者耳;

それはその才能を用いて才能のない人を治め、その明らかな智恵を用いて愚かな人々を治めようとするのにすぎないのである。

 20-(14)§-1

抑【そもそ】も又た聞く 古えの人 自ら進む者有り,而して君子之に逆わず。と。

曰く「予が好む攸【ところ】は德なり,汝は則ち之に福を錫え」との謂うなり。

抑【そもそ】も又た聞く 上の官を設け祿を制する,必ず其の人を求めて之を授くる者は,苟しくも其の才を慕うて其の身を 富貴にする非ざるなり,

蓋し 將に其の能を用い不能を理る,其の明を用んとし 不明を理らんとする者のみ。

 (15)§7-2

下之修已立誠,必求其位而居之者,非苟沒於利而榮於名也,

また下の己の身を修め、誠を表して、必ずその地 位を求めてこれに居るのは、かりそめにも利益に溺れて名誉を光栄とするのではないのである。
蓋將推己之所餘以濟其不足者耳。

それは、自分に有りあまる才智を推し及ぼして、それの足りないものを救うとするだけである。
然則上之於求人,下之於求位,交相求而一其致焉耳。

そうであるならば、上が人を求める場合、上と下とが互いに相求めて、その趣を一つにするにすぎないのである。

苟以是而爲心,則上之道不必難其下,下之道不必難其上。

かりそめにもこれを以て心とするならば、上の人物採用の道は必ずしも、下に困難ではなく、下の求める仕官の道は、必ずしも上にとって困難なものではない。

可擧而擧焉,不必讓其自擧也;

挙げ用いるがよいものを挙げて、必ずしもその自ら推挙するのを責めず、

可進而進焉,不必廉於自進也。

進んで地位を求めるべき者は、進み用いられ、必ずしも自ら進んで仕えることをひかえめにしないのであると。

 下の已を修め誠を立て,必ず其の位を求めて之も居る者は,苟しくも利に沒して名を榮とするに非ざるなり。

蓋し將に己の餘る所を推して以って其の足らざる者を濟【すく】わんとするのみ。

然らば則ち上の人を求むるに於ける,下の位を求むるに於ける,交【こもご】も相い求めて其の致を一にするのみ。

苟くも是を以ってして心と爲さば,則ち上の道 必ずしも其の下に難からず,下の道必ずしも其の上に難からず。

擧ぐ可くして擧げ,必ずしも其の自ら擧ぐるを讓【せ】めざるなり。

擧ぐ可くして進み,必ずしも其の自ら進むに廉【れん】ならざるなり。

 

§-1

抑又聞上之化下,得其道,

それはともかく、またこういうことを聞いている、上の下を感化するのには、その道が適当であるのだ。

則勸賞不必遍加乎天下,而天下從焉,

すなわち、勧め賞めることを、必ずしもあまねく天下に加えなくても、天下は従うということを聞いている。

因人之所欲爲而遂推之之謂也。

これは、人々の為そうと思う所にしたがって、そのままこれを推し広めるという意味である。

今天下不由吏部而仕進者幾希矣,

今天下は、吏部省の試験を通らずに仕進する者は、ほとんど稀である。

主上感傷山林之士有逸遺者,

主上は、山林に隠居する人物に取り落とし忘れられている者があるのを、心を動かし、傷ましく思われる。

 §-1

抑【そもそ】も又た聞く 上の下を化する,其の道を得,

則ち勸賞 必ずしも 遍ねく天下に加えざるも,而も天下に從う,と。

人の爲さんと欲する所に因って 遂に之を推すの謂いなり。

今 天下 吏部に由らずして 仕進する者 幾【ほとん】ど希なり,

主上 山林の士に逸遺する者有るを感傷す。

 

§-2

屢詔内外之臣旁求於四海,而其至者蓋闕焉。

しばしば、朝廷内外の下臣に詔を下されて、あまねく四海の内、全国に求められたが、しかも、そうやって朝廷に来る者は、それは物の闕けているようではあるが、全くそうでは無いのである。

豈其無人乎哉?

いったいどうして人がいないであろうか。

亦見國家不以非常之道禮之而不來耳。

そうではなく、人はいるのであるが、また、国家が常ならぬ特別の方法で、その人を礼遇しないのを見て、それで来ないというだけなのだ。

彼之處隱就間者亦人耳,

かの隠れたところに居り、しずかな暮らしをしている者も、また同じ人間である以上登用されたいと思っている人間にすぎない。

其耳目鼻口之所欲,其心之所樂、

人間である以上、その耳目鼻口など五官の欲する所や、その心の楽しむ所がまちがいなくある。

其體之所安,豈有異於人乎哉?

またその身体の安らぐ所は、どうして他の人と異なることがあろうか。皆、誰でも同じであるように、それ故皆仕官は望むものである。

 §-2

屢しば 内外の臣に詔して旁【あまね】く四海を求む,而も其の至る者、蓋し闕焉【けつえん】たり。

豈に其れ人無からんや?

亦た國家 非常の道を以って之を禮せざるを見て 來たらずのみ。

彼の隱に處り 間に就く者も亦た人のみ,

其の耳目 鼻口の欲する所,其の心の樂しむ所、

其の體の安んずる所,豈に人に異なる有らんや?

 

(18)§1

今所以惡衣食、窮體膚,

今衣食か粗悪で、身体は貧乏生活に苦しんでいる、

糜鹿之與處、猨狖之與居,

山林の大鹿や鹿とそこに住み、猿の類とそこで暮らしている、

固自以其身不能與時從俯仰,

そのわけは、まことに自分自身で時代とすなおに従って生活することができないためであり、

故甘心自而不悔焉。

心に甘んじて自分の方から朝廷との関係を絶って悔いないのである。

而方聞國家之仕進者,必擧於州縣,

そして只今聞くに、国家に仕えて官に進むものは、必ず州や県から推挙されなければならず、

然後升於禮部、吏部,試之以繡繪雕琢之文,

そうした後に、都の礼部や吏部の役所に昇せられて試験を受けるが、その試験には、刺繍や絵のように美しく飾り、彫刻や玉細工のように技巧を加えた文章をもってするのである。

(18)§1

今 衣食を惡しくし、體膚を窮し,

糜鹿 之と處り、猨狖【えんゆう】之と居る所以は,

固【まこと】に自ら其の身 時と從順 俯仰する能わざるを以って,

故に甘心して自らって悔いざるなり。

而して方に聞く 國家の仕進する者,必ず州縣に於いて擧げられて,

然る後 禮部、吏部に升せられ,之を試むるに繡繪【しゅうかい】雕琢【ちょうたく】の文を以ってす,

 (19)§2

考之以聲勢之逆、章句之短長,

それを考えしらべるには、音声語勢語調の順逆をみて、文章字句の短長をみる、

中其程式者,然後得從下士之列。

その規定の方式に中っていることをもってし、そうした後にはじめて最下級の士の列に従うことができるのである。

雖有化俗之方,安邊之畫,

たとえ風俗を感化する方法、辺境の地を安定する策略があったとしても、

不由是而稍進,萬不有一得焉。

この科挙の試験を通って進まなければ、万に一つもうまく行かないのである。

彼惟恐入山之不深,入林之不密,

それ故、彼、山林の士は、ただ入る山が深くなく、隠れる林が密でないことを恐れるばかりである。

其影響昧昧,惟恐聞於人也。

その人の影も響きも、暗くて見えず明らかでなく、ただ世人に聞こえて、召し出されることを恐れるだけである。

  (19)§2

之を考えるに聲勢の逆順、章句の短長,

其の程式に中【あた】る者を以って,然る後 下士の列に從うを得。

化俗をするの方,邊を安ずるの畫有りと雖も,

是に由りて而稍【ようや】く進まずんば,萬に一得有らず。

彼 惟 山に入るのを深らず,林に入るのを密ならざるを恐るるのみ,

其の影響は昧昧にして,惟だ 人に聞えんことを恐るるのみなり。

 

(20)§10

今若聞有以書進宰相而求仕者,

今、もし書状をもって宰相に自身を進めて、仕官を求める者がここにあるとする。

而宰相不辱焉,而薦之天子而爵命之,

宰相はこれをはずかしめずに、この人を天子に薦めて、これに爵位を与えて任命するとするのである。

而布其書於四方,枯槁沉溺魁閎寬通之士,必且洋洋焉動其心,

しかも、その書状を四方に広く示し、それをひろく聞いたならば、枯れ木のように生気を失っているもの、深く世上から沈み没しているものではあるが、すぐれて心広く物の道理に通じ達している人物が、必ず水の盛んにひろがるようにその心を動かすことになる。

峨峨焉纓其冠,於於焉而來矣。

そうすれば、山の高くそびえるように高い冠の紐を結び、足取り軽く朝廷に来るであろう。

此所謂勸賞不必遍加乎天下,而天下從焉者也,

これがさきにいうところの勧め、賞めることであり、必ずしもあまねく天下に加えないのに、しかも天下の人々が従うことになるのである。

因人之所欲爲而遂推之之謂者也。

また人々の為そうと欲する心に因って、そのままこれを世に推し広めるという意味のことである。

 (20)§10

今 若し聞書を以って宰相に進めて仕を求むる者有りて,

而して 宰相 辱めずして,之を天子に薦めて 之に爵命して,

而して 其の書を四方に布くと,枯槁【ここう】沉溺【ちんでき】魁閎【かいこう】寬通の士,必ず且【まさ】に洋洋焉【えん】として其の心を動かし,

峨峨【がが】焉として其の冠に纓し,於於【うう】として來らんとす。

此れ所謂【いわゆる】勸賞 必ずしも遍く天下に加えざるも,而も天下に從う者なり,

人の爲さんと欲する所に因って 遂に之を推の謂いなる者なり。

 

-(21)§11-1

伏惟覽《詩》《書》《孟子》之所指,念育才錫福之所以。

考古之君子相其君之道,而忘自進自擧之罪。

思設官制祿之故,以誘致山林逸遺之士。

庶天下之行道者知所歸焉。

伏して思うに、前述の『詩経』『書経』『孟子』の指し示す所を御覧になり、人材を育ててそれに俸縁を賜るわけをわすれてはいけない。

古の君子がその君に宰相として行った道を考え、自分自身を進め、自分を推挙する者の罪を忘れている。

官を設け俸縁を制定するわけを思慮して、山林中に見落とされ忘れられている人物を誘い招くのである。

天下中の正しい道を行う者たちが、行き従うべき所を知って、皆朝廷に仕えるようになるに近いであろう。

(22)§11-2

小子不敢自幸,其所着文,

輒采其可者若幹首,錄在異卷,冀辱賜觀焉。

幹黷尊嚴,伏地待罪。

愈再拜。

 

伏して惟うに《詩》《書》《孟子》の指す所を覽,才を育し福を錫うの所以を念う。

古の君子の其の君に相たるの道を考え,而して自ら進み自ら擧ぐるの罪を忘れる。

官を設け祿を制するの故を思い,以って山林逸遺の士を誘致せる。

庶わくば天下の道を行う者 歸する所を知らん。

 

小子 敢えて自ら幸いとせず,其の【かつ】て着【あら】わす所の文を,

【すなわ】ち其の可なる者 若幹【じゃくかん】首を采り,錄して異卷に在り,冀【こいねが】わくば【かたじけな】く觀を賜へ。

尊嚴を幹黷【かんとく】し,地に伏して待罪をつ。

愈 再拜【さいはい】す

 

 

『上宰相書』 現代語訳と訳註

(本文) (22)§11-2

小子不敢自幸,其所着文,

輒采其可者若幹首,錄在異卷,冀辱賜觀焉。

幹黷尊嚴,伏地待罪。

愈再拜。

 

(下し文)

小子 敢えて自ら幸いとせず,其の【かつ】て着【あら】わす所の文を,

輒【すなわ】ち其の可なる者 若幹【じゃくかん】首を采り,錄して異卷に在り,冀【こいねが】わくば辱【かたじけな】く觀を賜へ。

尊嚴を幹黷【かんとく】し,地に伏して待罪をつ。

愈 再拜【さいはい】す。

 

(現代語訳)

取るに足らぬ私か推し切って自分ひとり幸せになろうとするのではないということであり、私がこれまで著した所の文にのべている。

その都度その善いもの幾篇かを採って、別巻に書きしるしてある。どうか有り難くも御目を通し下さるようにこいねがいます。

以上、閣下の尊厳をおかしけがす失礼なことを申し上げました。地に伏してその罪のおとがめを待ちます。

わたくし、韓愈はこうして頭を下げてお願い申し上げる。。

 

 

(訳注)

上宰相書 (22)§11-2

(この書状は、796年貞元十二年正月二十七日の上書である。)

時の宰相は趙憬【ちょうけい】・賈耽【かたん】・盧邁【ろまい】らである。宰相に人才の育成を求め、自分がその育成に値する者であることを言ったものである。

その後また第二書『後十九日複上書』を二月十六日、第三書『後廿九日複上書』を三月十一日に上(たてまつ)っている。

 

小子不敢自幸,其所着文,

取るに足らぬ私か推し切って自分ひとり幸せになろうとするのではないということであり、私がこれまで著した所の文にのべている。

○不敢自幸 椎し切、て自分が幸せになろうとはしない。自分だけが幸せに採用されようとするのではない。

 

輒采其可者若幹首,錄在異卷,冀辱賜觀焉。

その都度その善いもの幾篇かを採って、別巻に書きしるしてある。どうか有り難くも御目を通し下さるようにこいねがいます。

 

幹黷尊嚴,伏地待罪。

以上、閣下の尊厳をおかしけがす失社なことを申し上げました。地に伏してその罪のおとがめを待ちます。

幹黷 犯しけがす。 本集には「干誦」に作る。漬も誦も同じくけかす。

 

愈再拜。

わたくし、韓愈はこうして頭を下げてお願い申し上げる。。