韓愈《遠遊聯句〔韓愈、李、孟郊〕》君の名声は、四海を照らすほどに知れ渡り、道徳・人格についてのよい評判というものは日常的に止むことはないのである。

 
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24-9 《遠遊聯句〔韓愈、李、孟郊〕》韓愈(韓退之)ID  798年貞元14年 31歳<1223 Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5099韓愈詩-24-9

 


遠遊聯句 #1

(江南に赴任する孟郊と韓愈・李翺の送別の聯句。)

別腸車輪轉,一日一萬周。 〔孟郊。〕

別離に際して、我がはらわたは心と体も離れ車輪のように回転し、それも一日で、一万回転もするほどである。

離思春冰泮,瀾漫不可收。 〔韓愈。〕

離愁は、春冰が溶けだして、春水があふれることの様に瀾漫として収拾がつかないほどである。

馳光忽以迫,飛轡誰能留。 〔孟郊。〕

日陰は、頻りに馳せていて、暫くすると日はくれてきて、馬を乗り出しても誰も止めることができない。

取之詎灼灼,此去信悠悠。 〔李。〕

ここに、別離を為すことは灼灼として明白であり、ここを去れば、万里の先、悠悠として尽きることが無い。

(遠遊聯句)#1

別腸 車輪轉じ,一日 一萬周。 〔孟郊。〕

離思 春冰泮け,瀾漫 收む可からず。〔韓愈。〕

馳光 忽ち以て迫る,飛轡 誰か能く留めん。〔孟郊。〕

之を取ること詎ぞ灼灼たる,此を去って 信に悠悠たり〔李。〕

 

〔孟郊〕:#2

楚客宿江上,夜魂棲浪頭。

自分は楚地の客として長江のほとりに宿をとったとすれば、旅人としての寂しい気持ちは、夜の思いは特に強く、長江の波の中に住んでいるかのように思うことだろう。

曉日生遠岸,水芳綴孤舟。

やがて、暁の日差しが照らされて長江の遠い対岸から日が昇ってくる。岸の水辺に咲く水草の花は、孤舟に連なって風情を作っている。

村飲泊好木,野蔬拾新柔。

水辺の村で飲食をしようと舟を都合の良い木を選んで繋いで停泊した。そこでは新しい野菜を採って軟らかく煮こんでいる。

獨含悽悽別,中結鬱鬱愁。

ひとり、悽悽たる離別の愁いを含んでいて、心の中は鬱鬱とした愁いが鬱血してそれを絶えることができない。

人憶舊行樂,鳥吟新得儔 【孟郊。】

人として思うのは、悵然とした昔の行楽での思い出のことであるし、鳥は新たに友を得て、歓んで啼くことだろうと思うところで、旅の有様はおおよそこんなもんだろう。〔ここまで孟郊〕

楚客 江上に宿せば,夜魂 浪頭に棲む。

曉日 遠岸に生じ,水芳 孤舟を綴る。

村飲 好木に泊し,野蔬 新柔を拾う。

獨り悽悽の別を含んで,中に鬱鬱の愁を結ぶ。

人は舊行の樂を憶い,鳥は新たに得儔をたるを吟ず。 〔孟郊。〕

 

〔韓愈〕:#3

靈瑟時窅窅,猿夜啾啾。

江南には、懐古の情を催す遺跡が数多くあるので、時には湘夫人の霊が弾ずる瑟琴の音色が微かに聞こえてきて、雲間の峡樹に棲んでいる猿はより悲しげに啼くという。

濤氣尚盛,恨竹淚空幽。

伍子胥の余憤は怒涛となって、その恨みの気風が今なお盛んであるというし、二妃嬪の恨みで染まった班竹には涙の痕が残っている。

長懷無已,多感良自尤。

これらの故事をつぎつぎに思い浮かべていれば、決してやむことなく続くのであるが、本来君は多感であるから、まことに、自分で自分を歎き傷つけてしまうだろう。

即路涉獻,歸期眇涼秋。

乃ち、それは、赴任する道中で、まず、新年に遭い、そして、帰る時期としては、清々しい秋であろうが、何年先かわからないのである。

兩歡日牢落,孤悲坐綢繆。 【韓愈。】

こうして二人が互いに会って歓激し合うことは、日に日に牢落として、その後寂しくなるのであり、一人悲しい心でいると日々そのことが付きまとってくることだろう。〔ここまで韓愈〕

靈瑟 時に窅窅たり,猿【いんえん】夜に啾啾たり。

憤濤  氣 尚お盛んに,恨竹 淚 空しく幽なり。

長懷 【はなは】だ已む無く,多感 良に自ら尤む。

路に即いて獻を涉り,歸期 涼秋に眇たり。

兩歡 日に牢落し,孤悲 坐に綢繆す。 【韓愈。】

#4

觀怪忽蕩漾,叩奇獨冥搜。

江南は、随所にめずらしいものがたくさんあるから、これを見ては心を蕩漾せしめ、そして、更に冥搜をついやすのである。

海鯨吞明月,浪島沒大漚。

海中にいる長鯨の目はキラキラとして明月を呑んだかと疑われるほどで、波間に没する島は、泡のようである。

我有一寸鉤,欲釣千丈流。

我々は一寸もある大きい釣針を持っているから、千丈の深い流れに臨んで、釣り糸を垂れようと思うのである。

良知忽然遠,壯志鬱無抽【孟郊。】。

しかし、この都を離れること既に遠く、さしもの壮心、空しく鬱結して、抽出できないのは誠に残念なのである。〔ここまで孟郊〕

〔孟郊。〕:

怪を觀て 忽ち 蕩漾,奇を叩て 獨り 冥搜。

海鯨 明月を吞み,浪島 大漚を沒す。

我に一寸の鉤有り,千丈の流に釣んと欲す。

良に知る 忽然として遠きを,壯志 鬱として抽くなし。 〔孟郊。〕

#5

魍魅暫出沒,蛟螭互蟠蟉。

魑魅魍魎の類いは、しばしば出没し、蛟龍はたがいに巻き付きあっている。

昌言拜舜禹,舉颿凌斗牛。

そこには舜と禹の古跡があって、これらの聖王が昌言を拝したことを思い出し、自分で一身を修めたいと思っていて、やがて、また、帆を上げて、呉楚の地を過ぎて、北歸することもあるであろうと、ただそれを頼みとする。

懷糈饋賢屈,乘桴追聖丘。

賢者である屈原が身を投じたところを過ぎれば竹筒に容れたコメを水中に投じてこれを弔い、また、長江の渺茫たるを見て、筏に乗って、遠き昔の聖人の後を追いかけようと思うのである。

飄然天外步,豈肯區中囚。 〔韓愈。〕

このようにして、飄然として、天涯に歩くのは、いささか愉快であって、どうして区中の小人同様、狭い所に跼蹐しておるべきであおう。〔ここまで韓愈。〕

魍魅【もうみ】暫く出沒し,蛟螭【こうち】互いに蟠蟉【はんりゅう】す。

昌言 舜禹を拜し,舉颿【きょはん】斗牛を凌ぐ。

糈【しょ】を懷いて賢屈に饋【おく】り,桴【いかだに】乘じて聖丘を追う。

飄然として天外に步し,豈に肯えて區中に囚われん。 〔韓愈。〕 

#6

楚些待誰弔,賈辭緘恨投。

しかし、江南は瘴癘の地で、決して永住すべきところではなく、魂魄の離散するのを弔ってあげるのに誰が楚辞の「楚些」のうたを作るのであろうか。そういう人もいないので、死後において、賈誼が屈原を弔ったように恨みを竹簡に包みこんでくれたところで、何の役にも立たない。

翳明弗可曉,祕魂安所求。

自分たちもまた、屈原のように、自らその明を掩うてしまえば、人を諭すどころではなく、魂が一たび幽暗のなかに秘められたなら、それでおしまいであり、その上何を求めるということもできないのである。

氣毒放逐域,蓼雜芳菲疇。

どうせ放逐された人の行く区域であるから、瘴癘の毒気が蔓延していて、蛮人の群がる中でに、自分が一人行くのは、蓼が、芳しい花畑の中交じっているように思われて、無論他人扱いされるに相違ないのである。

當春忽淒涼,不枯亦颼

その地は気候の激変する常としており、春にあたって、忽ち凄涼の様相となり満願の草木、未だに枯れてはいない中に、風は颼の響きを成している。

#7

貉謠眾猥款,巴語相咿

貉族の歌は何やら頻りに悲しむことが多く集まったようで、巴国の言葉は、その場所場所において違っていて、どれが正しいのかわからないのである。

默誓去外俗,嘉願還中州。

自分は黙然として、心に誓い、ここの地方の風俗に同化されることなく、そうして、この国の中心に帰りたいと願うことを喜びとしているのである。

江生行既樂,躬輦自相戮。

その時、長江に春水が生じたならば、舟で旅を進めるのが楽しいものだし、何も自分で力を合わせて輦車をおしていくことはないのである。

飲醇趣明代,味腥謝荒陬〔孟郊。〕

そんなことで行き、まじりけがなく,濃くのある酒を飲み、聖明の時代に対してもてはやされることであるが、このような蛮族の生臭い食事を味わうようなことはご容赦願いたいものと願っているところである。〔ここまで#6・#7孟郊〕#6

楚些【そさ】誰が弔いを待たん,賈辭 恨を緘みて投ず。

明を翳【かざ】して曉【さと】す可からず,祕魂【ひこん】安んぞ求むる所あらん。

氣は放逐の域に毒し,蓼は芳菲の疇に雜わる。

春に當って忽ち淒涼し,枯れずして 亦た颼【しゅうりゅう】す

#7

貉謠【はくよう】眾く猥款【わいあい】し,巴語 相い咿【いゆう】す

默誓【もくせい】外俗を去り,嘉願 中州に還る。

江生 行 既に樂み,輦を躬【みずから】して自ら相い戮【あ】わす。

醇を飲んで明代に趣き,腥を味うて荒陬【こうしゅ】を謝す。:〔孟郊。〕 

#8

馳深鼓利楫,趨險驚蜚輶。

水位の深みを馳せてゆくには、便利にできた楫を鼓する他にはなく、道の険しい所に差し掛かると輕車でさえも辟易するもので、何分にも、その生涯もなく万事願のままにありたいとおもうのである。

繫石沈靳尚,開弓射鴅吺

かの屈原を讒言した靳尚の様な賊臣の者には、石をおもりに着けて、水中に沈め、葉、舜の時に逆賊と為したものであるから、弓を開いてこれを射て、これと同じようなものが二度と悪逆を為し得ぬようにしたなら実に愉快であろう。

路暗執屏翳,波驚戮陽侯。

また、路が暗くても、屏翳という、自ら天使を名乗った悪者を取り押さえ、波立ち騒ぎ立つ間に入って、陽侯という水神を殺してしまい、江南の僻處に旅をするとき、朝から晩まで水陸の全てに人に害をするもの根絶するように致したい。

廣泛信縹緲,高行恣浮游。

広大な水の上に、泛んでも煙浪縹緲の中にあり、高い山に登っても、かってに遊賞することができる。

#9

外患蕭蕭去,中悒稍稍瘳。

そういう風にして、外患が蕭々として無くなれば、心の中の憂いも段々と平穏になっていくことだろう

振衣造雲闕,跪坐陳清猷。

その後、衣を振るって朝廷に帰参し、丹階の前にひざまずいて自分の嘉謀を奏上するのである。
德風變讒巧,仁氣銷戈矛。

そうすれば、君の徳風を以て讒言功勲を事とする末世の風俗を変革し、仁気をもって辺境の兵戈をなくして、再び騒乱を無くするようにすることもできるだろう。

名聲照西海,淑問無時休。

君の名声は、四海を照らすほどに知れ渡り、道徳・人格についてのよい評判というものは日常的に止むことはないのである。

歸哉孟夫子,歸去無夷猶。 〔韓愈。〕

このようにきっとなるのであって、そうなれば、孟夫子よ、早速この地に帰って来るのである、しかも変えるにあたっては、少しの猶予があってはならないのである。(そのために今回の赴任を心して行かれることである。)〔ここまで#8#9韓愈。〕

 

#8

深きに馳せて利楫【りしゅう】を鼓し,險に趨って蜚輶【ひいう】に驚く。

石を繫いで靳尚【きんしょう】を沈めんとし,弓を開いて鴅吺【かんとう】を射ん

路 暗くして屏翳【へいえい】を【とら】え,波驚いて陽侯を戮す。

廣泛 信に縹緲たり,高行 恣【ほしいまま】に浮游す。

#9

外患 蕭蕭として去り,中悒 稍稍として瘳【い】えん。

衣を振って 雲闕に造り,跪坐して 清猷を陳ぶ。

德風 讒巧を變じ,仁氣 戈矛【かぼう】を銷さん。

名聲 西海を照らし,淑問 時に休む無し。

歸れ哉 孟夫子,歸り去って夷猶する無し。 〔韓愈。〕

 

 

『遠遊聯句』 現代語訳と訳註解説

(本文)#9

外患蕭蕭去,中悒稍稍瘳。

振衣造雲闕,跪坐陳清猷。

德風變讒巧,仁氣銷戈矛。

名聲照西海,淑問無時休。

歸哉孟夫子,歸去無夷猶。 〔韓愈。〕

 

(下し文) #9

外患 蕭蕭として去り,中悒 稍稍として瘳【い】えん。

衣を振って 雲闕に造り,跪坐して 清猷を陳ぶ。

德風 讒巧を變じ,仁氣 戈矛【かぼう】を銷さん。

名聲 西海を照らし,淑問 時に休む無し。

歸れ哉 孟夫子,歸り去って夷猶する無し。 〔韓愈。〕

 

(現代語訳)

そういう風にして、外患が蕭々として無くなれば、心の中の憂いも段々と平穏になっていくことだろう

その後、衣を振るって朝廷に帰参し、丹階の前にひざまずいて自分の嘉謀を奏上するのである。

そうすれば、君の徳風を以て讒言功勲を事とする末世の風俗を変革し、仁気をもって辺境の兵戈をなくして、再び騒乱を無くするようにすることもできるだろう。

君の名声は、四海を照らすほどに知れ渡り、道徳・人格についてのよい評判というものは日常的に止むことはないのである。

このようにきっとなるのであって、そうなれば、孟夫子よ、早速この地に帰って来るのである、しかも変えるにあたっては、少しの猶予があってはならないのである。(そのために今回の赴任を心して行かれることである。)〔ここまで#8#9韓愈。〕

 

 

(訳注) #9

(遠遊聯句)

(江南に赴任する孟郊と韓愈・李翺の送別の聯句。)

○遠遊 元和三年、孟郊が溧陽尉に任ぜられて、江南に赴任するということで、孟郊20韻を中心にして、韓愈19韻、李翺1韻を聯句とした。孟郊が遠方にしか赴任する所がなく、ふてくされているのを慰めるための聯句ということである。

 

外患蕭蕭去,中悒稍稍瘳。

そういう風にして、外患が蕭々として無くなれば、心の中の憂いも段々と平穏になっていくことだろう

中悒 心の中の憂い。

 

振衣造雲闕,跪坐陳清猷。

その後、衣を振るって朝廷に帰参し、丹階の前にひざまずいて自分の嘉謀を奏上するのである。

 

德風變讒巧,仁氣銷戈矛。

そうすれば、君の徳風を以て讒言功勲を事とする末世の風俗を変革し、仁気をもって辺境の兵戈をなくして、再び騒乱を無くするようにすることもできるだろう。

讒巧 讒言功勲を事とする末世の風俗。

仁氣 仁義を旨とする施策施政。

 

名聲照西海,淑問無時休。

君の名声は、四海を照らすほどに知れ渡り、道徳・人格についてのよい評判というものは日常的に止むことはないのである。

淑問 道徳・人格についてのよい評判。

 

歸哉孟夫子,歸去無夷猶。 〔韓愈。〕

このようにきっとなるのであって、そうなれば、孟夫子よ、早速この地に帰って来るのである、しかも変えるにあたっては、少しの猶予があってはならないのである。(そのために今回の赴任を心して行かれることである。)〔ここまで#8#9韓愈。〕

夷猶 猶予。『楚辞九歌』「君不行兮夷猶、蹇誰留兮中洲。」(君行かずして夷猶す。蹇【ああ】、誰か中洲に留まれる。)

韓愈『赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 』「胡為首歸路,旅泊尚夷猶?」(胡為【なんす】れぞ帰路に首【むか】いて、旅泊 尚夷猶【いゆう】する。)

夷猶/猶予。ためらう。ぐずぐずする。王維『汎前陂』「此夜任孤棹、夷猶殊未還。」(此の夜孤棹に任せて、夷猶殊に未だ還らず)という心境にあり、もっといえば、宋玉『九辨』にみられる心境そのものであった。

九辨

悲哉秋之為氣也!

蕭瑟兮草木搖落而變衰,

憭慄兮若在遠行,

登山臨水兮送將歸,

泬寥兮天高而氣清,

寂寥兮收潦而水清,

悽欷兮薄寒之中人,

愴怳懭悢兮去故而就新,

坎廩兮貧士失職而志不平,

廓落兮羇旅而無友生。

惆悵兮而私自憐。

燕翩翩其辭歸兮,蝉寂漠而無聲。

鴈廱廱而南遊兮,鶤雞啁哳而悲鳴。

獨申旦而不寐兮,哀蟋蟀之宵征。

時亹亹而過中兮,蹇淹留而無成。