韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -2)§1-2お手紙では、古代の事を引用して、言葉の意味は高尚深遠であった、僕を推し進めたり、はげましたりして下さった。足下の旧友に対する在り方はまことに当を得ている。

 
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讀巻03-12 答崔立之書 -2)§1-2》韓愈(韓退之)ID  798年貞元14年 31歳<1256 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5264

韓愈詩-30

 

 

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

§1-1

斯立足下:仆見險不能止,動不得時,

斯立足下、僕にとって仕進の道というものが険阻であるのを見ても止めることができずに、吏部の試験を受けたけれども、動くに適当な時でなかった。

顛頓狼狽,失其所操持,困不知變,

それで、つまずき倒れ、あわてふためいて、平静を守る精神を失っていて、その平素心を取りもどすこともできず、困しんで道を変更することも知らず、

以至辱於再三。

二度、三度と辱めを受けるに至った。

君子小人之所憫笑,天下之所背而馳者也。

それは君子も小人も憐れむ顏をしながら笑ったりする所であり、天下中の人が、僕に背を向けて馳け去り、軽侮する所のものである。

§1-2

足下猶複以為可教。

足下はそれでもまだ教えることができると思っておるようだ。

貶損道德,乃至手筆以問之,

足下の立派な道徳をわざわざ落し損じて、わざわざお手ずから筆を取られて尋ねることまでして下さった。

扳援古昔,辭義高遠,

お手紙では、古代の事を引用して、言葉の意味は高尚深遠であった、

且進且勸,足下之於故舊之道得矣。

僕を推し進めたり、はげましたりして下さった。足下の旧友に対する在り方はまことに当を得ている。

§1-3

雖仆亦固望於吾子,不敢望於他人者耳。

然尚有似不相曉者,非故欲發餘乎?

不然,何子之不以丈夫期我也?

不能默默,聊複自明。

 

§1-1

斯立足下、仆 險を見て止む能わず,動いて時を得ず。

顛頓狼狽して,其の操持する所を失い,困んで變じること知らず。

以て再三に辱めらるるに至る。

君子小人の憫笑する所,天下の背いて馳する所の者なり。

§1-2

足下 猶お複た以て教うる可しと為す。

道德を貶損して,乃ち手筆以て之を問うに至る。

古昔を扳援して,辭義 高遠に,且つ進め且つ勸む。

足下の故舊に於けるの道を得たり。

§1-3

仆と雖も 亦た固より吾子に望む,敢えて他人に望まざる者のみ。

然れども尚お相い曉【さと】らざるに似たる者有り,故【ことさら】に餘を發せんと欲するに非らざるか?

然らずんば,何ぞ子の丈夫を以て我に期せざるや?

默默たる能わず,聊か複た自ら明かにするなり。

華州から秦州同谷成都00汜水関などの地図 

 

『答崔立之書』 現代語訳と訳註解説

(本文) §1-2

足下猶複以為可教。

貶損道德,乃至手筆以問之,

扳援古昔,辭義高遠,

且進且勸,足下之於故舊之道得矣。

 

(下し文) §1-2

足下 猶お複た以て教うる可しと為す。

道德を貶損して,乃ち手筆以て之を問うに至る。

古昔を扳援して,辭義 高遠に,且つ進め且つ勸む。

足下の故舊に於けるの道を得たり。

 

(現代語訳)

足下はそれでもまだ教えることができると思っておるようだ。

足下の立派な道徳をわざわざ落し損じて、わざわざお手ずから筆を取られて尋ねることまでして下さった。

お手紙では、古代の事を引用して、言葉の意味は高尚深遠であった、

僕を推し進めたり、はげましたりして下さった。足下の旧友に対する在り方はまことに当を得ている。

 

(訳注)§1-2

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。

「答崔立之書」

「贈崔立之」

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#1>Ⅱ中唐詩428 紀頌之の漢詩ブログ1363

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#2>Ⅱ中唐詩429 紀頌之の漢詩ブログ1366

 

雖仆亦固望於吾子,不敢望於他人者耳。

仆と雖も 亦た固より吾子に望む,敢えて他人に望まざる者のみ。

それは僕であっても、またもとより足下に望むところであり、他人には決して望まないことであって足下にかぎってのことである。

 

然尚有似不相曉者,非故欲發餘乎?

然れども尚お相い曉【さと】らざるに似たる者有り,故【ことさら】に餘を發せんと欲するに非らざるか?

それでもやはり足下は僕の心を明らかに知っておられないような所があって、ことさらに私の心を啓発されるのは間違いないのではないだろうか。

○暁 あきらかに知る。さとる。

○故 ことさらに。わざと。

○発 啓発。蒙を啓(帥)く。啓き導く。

 

不然,何子之不以丈夫期我也?

然らずんば,何ぞ子の丈夫を以て我に期せざるや?

しそうでなく、私を知っておられるのなら、何故に足下は一人の立派な男子になれと、私に期待されないのか。

○丈夫 立派な男子。ますらお。

 

不能默默,聊複自明。

默默たる能わず,聊か複た自ら明かにするなり。

私はだまっていることができずして、いささか、また、自分の心を明らかにしようと思う。