韓愈《讀巻03-12 答崔立之書 -14)§6-2一かどの人物、士というものは、もとより自分を真に知ってくれる人に対して心の中を存分に打ちあけ述べるのである。足下が無けれは、私の常識はずれの勝手なこの言葉を発表のしょうがなかったであろう (韓愈再拝いたす)。


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韓愈詩-29-§6-2

 

 

 
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答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

§1-1

斯立足下:仆見險不能止,動不得時,

斯立足下、僕にとって仕進の道というものが険阻であるのを見ても止めることができずに、吏部の試験を受けたけれども、動くに適当な時でなかった。

顛頓狼狽,失其所操持,困不知變,

それで、つまずき倒れ、あわてふためいて、平静を守る精神を失っていて、その平素心を取りもどすこともできず、困しんで道を変更することも知らず、

以至辱於再三。

二度、三度と辱めを受けるに至った。

君子小人之所憫笑,天下之所背而馳者也。

それは君子も小人も憐れむ顏をしながら笑ったりする所であり、天下中の人が、僕に背を向けて馳け去り、軽侮する所のものである。

§1-2

足下猶複以為可教。

足下はそれでもまだ教えることができると思っておるようだ。

貶損道德,乃至手筆以問之,

足下の立派な道徳をわざわざ落し損じて、わざわざお手ずから筆を取られて尋ねることまでして下さった。

扳援古昔,辭義高遠,

お手紙では、古代の事を引用して、言葉の意味は高尚深遠であった、

且進且勸,足下之於故舊之道得矣。

僕を推し進めたり、はげましたりして下さった。足下の旧友に対する在り方はまことに当を得ている。

§1-3

雖仆亦固望於吾子,不敢望於他人者耳。

それは僕であっても、またもとより足下に望むところであり、他人には決して望まないことであって足下にかぎってのことである。

然尚有似不相曉者,非故欲發餘乎?

それでもやはり足下は僕の心を明らかに知っておられないような所があって、ことさらに私の心を啓発されるのは間違いないのではないだろうか。

不然,何子之不以丈夫期我也?

もしそうでなく、私を知っておられるのなら、何故に足下は一人の立派な男子になれと、私に期待されないのか。

不能默默,聊複自明。

私はだまっていることができずして、いささか、また、自分の心を明らかにしようと思う。

 

§1-1

斯立足下、仆 險を見て止む能わず,動いて時を得ず。

顛頓狼狽して,其の操持する所を失い,困んで變じること知らず。

以て再三に辱めらるるに至る。

君子小人の憫笑する所,天下の背いて馳する所の者なり。

§1-2

足下 猶お複た以て教うる可しと為す。

道德を貶損して,乃ち手筆以て之を問うに至る。

古昔を扳援して,辭義 高遠に,且つ進め且つ勸む。

足下の故舊に於けるの道を得たり。

§1-3

仆と雖も 亦た固より吾子に望む,敢えて他人に望まざる者のみ。

然れども尚お相い曉【さと】らざるに似たる者有り,故【ことさら】に餘を發せんと欲するに非らざるか?

然らずんば,何ぞ子の丈夫を以て我に期せざるや?

默默たる能わず,聊か複た自ら明かにするなり。

 

 

§2-1

仆始年十六七時,未知人事。

僕はやっと年十六、七の時に、まだ世間の事を知らなかった。

讀聖人之書,以為人之仕者,皆為人耳,非有利乎己也。

聖人の書を読んで、人が官に仕えるのは皆、人のため、天下のためにするだけで、自分の一身の利益のためではないと思った。

及年二十時,苦家貧,衣食不足,謀於所親。

年が二十の時になって、家が貧しくて、衣食をするにも足りないのに苦しんで、親しい人に相談をした。

然後知仕之不唯為人耳。

そうして後、はじめて官に仕えることはただ世の人のためだけでないことを知った。

§2-2

及來京師,見有舉進士者,人多貴之,仆誠樂之。

都長安に来て、進士に挙げられる老あれば、人々は多くこれを貴ぶのを見るに及んで、僕は誠にこいねがわしく思った。

就求其術,或出禮部所試賦詩策等以相示。

就いてその方法を求めたところ、或る人が礼部の試験した賦や詩、論策等を出して、それを示してくれた。

仆以為可無學而能。

僕は学ばなくともできると思っていたということである。

因詣州縣求舉。

困って州県の役所に行って進士に挙げられることを求めた。

有司者好惡出於其心。

だけど、役人はその心から好き嫌いでもって判定を出すのである。

四舉而後有成,亦未即得仕。

僕は四度挙げられて試験を受けて、はじめて成功したのであるが、それでもまた、すぐには仕えることができなかったのである。

 

§2-1

仆 始めて年十六七の時,未だ人事を知らず。

聖人の書を讀んで,以為【おもえ】らくは人の仕える者は,皆 人の為にするのみ,己に利有るに非ずと。

年二十の時に及び,家貧しゅうして苦み、衣食足らざるに,所親に謀る。

然る後 仕えの之不唯だ人の為のみにならざるを知る。

§2-2

京師に來るに及んで,進士に舉げられる者有れば,人多く之を貴ぶを見て,仆は誠に之を樂【ねが】う。

就いて其の術を求めれば,或いは禮部の試みる所の賦詩策等を出して以て相い示す。

仆は以為【おもえ】らく學ぶ無くして能くす可しと。

因って州縣に詣【いた】って舉げられんことを求む。

有司の者 好惡【こうお】其の心に出でて,四たび舉られて後に成る有りしも,亦た未だ即ち仕うるを得ず。

 

§3-1

聞吏部有以博學宏詞選者,人尤謂之才,

吏部に博学宏辞の科を以て選ばれるものがあり、人々はこれを才子であるという。

且得美仕,就求其術,或出所試文章。

また立沢な仕官を得ると聞いて、行ってその方法を尋ねると、或る人が試験した文章を出して見せた。

亦禮部之類,私怪其故,然猶樂其名,

そこで心中で、何故博学宏辞といって尊重するのかを疑わしく思ったけれども、しかしやはりその博学宏辞の名を欲しいと思った。

因又詣州府求舉,

困ってまた州の役所に行って挙げられて試験に応じたいと求めた。

-2

凡二試於吏部,一既得之,而又黜於中書,

凡そ二度吏部で試験されて、一度はすでに及第したけれども、しかしまたもや中書省で退けられた。

雖不得仕,人或謂之能焉。

仕えることはできなかったのではあるけれども、或る人は、これでも才能ある者というのである。

退因自取所試讀之。

退けられた原因をつかもうとし、自分ひとりになって試験されて書いた文書を取って読んでみたのである。

乃類於俳優者之辭,顏忸怩而心不寧者數月。

俳優などが君主に迎合阿諛する文章、辞に似ているので、顔もはずかしくて心も不安に思うこと数ケ月であった。

-3

既已為之,則欲有所成就,《書》所謂恥過作非者也。

やがて受験をするとなると、成功する所があって欲しいと思った。『書経』にいうところの、過ちを恥じていながら、その間違ったことをするのであった。

因複求舉,亦無幸焉,

因ってまた挙げられるように求めたけれども、また幸いはなかった。

乃複自疑,以為所試與得之者,不同其程度,

そこでまた自分で疑って思った、試験の答案と、及第した者とは、其の程度が同じくなかったのであろうか、と。

及得觀之,餘亦無甚愧焉。

しかし、それを手に入れて観た時には、私もまた甚しくは愧じることなどなかったのである。

 

§3-1

吏部に博學宏詞を以て選ばるる者有りと聞く,人 尤も之を才と謂う。

且つ美仕を得,就いて其の術を求むれば,或いは試みる所の文章を出だす。

亦た禮部の類なり,私【ひそか】に其の故を怪み,然れども猶お其の名を樂【ねが】う,

因って又た 州府に詣【いた】りて舉げられんことを求む。

-2

凡そ二たび吏部に試されて,一たび既に之を得られたが,而も又た中書に黜【しりぞ】けらる。

仕えるを得らざると雖も,人は或いは之を能と謂う。

退いて因自ら試みる所を取って 之れを讀む。

乃ち俳優者の辭に類し,顏 忸怩【じくじ】として 心 寧【やす】んぜざる者數月なり。

-3

既已に之を為せば,則ち成就する所有らんと欲し,《書》に所謂【いわゆる】過【あやまち】を恥じて非を作す者なり。

因って複た舉られんことを求めしも,亦た幸いは無からん,

乃ち複た自ら疑って,以為【おもえ】らく試みる所と之れを得る者と,其の程度を同じくせざるか と。

之れを觀るを得るに及んで,餘も亦た甚だしくは愧ずる無し。

 

§4-1

夫所謂博學者,豈今之所謂者乎?

かのいわゆる五子の儒者の博学とは、どうして今のいうところの博学であろうか。

夫所謂宏詞者,豈今之所謂者乎?

かのいわゆる宏詞辞とは、どうして今のいうところの宏詞辞であろうか。今の博学宏辞というのは有名無実、その実体は誠に低級なものである。

誠使古之豪傑之士,若屈原、孟軻、司馬遷、相如、揚雄之徒,進於是選,必知其懷慚?

誠に古のすぐれひいでた人物である、屈原・孟輌・司馬遷・司馬相加・揚雄らの仲間のような人々を、この博学宏詞辞科の選試験に進み、応じさせるならば、その試験官である博学者たちが恥ずかしい思いをするのは必定である。

乃不自進而已耳。

すなわち、こんな博学者が試験官であれば、自ら進んで受験しないであろうことは必ずわかり切っている。

-2

設使與夫今之善進取者,競於蒙昧之中,仆必知其辱焉。

もし、かの今の試験上手の者と愚かで不明瞭な試験の中で競争させるならば、彼らが落第の辱めを受けるのが、僕には確かにわかっている。

然彼五子者,且使生於今之世,

しかし彼ら五人の古代儒者たちが、仮にもし今の世に生れたとしたら、

其道雖不顯於天下,其自負何如哉!

彼らの抱いていた道は天下に顕れずとも、自ら頼む心のうちは果たしてどうなることであったろうか。

肯與夫鬥筲者決得失於一夫之目,而為之憂樂哉!

かの一斗か一斗二升の小箱のような小度量の人物と、勝敗をつまらない試験官の目にきめられて、それで心配をしたり喜んだりなどすることを承知するであろうか。絶対にそんなことはしないであろう。

 

§4-1

夫の所謂る博學の者は,豈に今の謂う所の者ならんや?

夫の所謂る宏詞の者は,豈に今の謂う所の者ならんや?

誠に古えの豪傑の士,屈原、孟軻、司馬遷、相如、揚雄も徒の若きをして,是の選に進ま使めば,必ず知其の慚を懷かんや?

乃ち自ら進まざるを已のみ。

-2

設し夫の今の善く進取する者と,蒙昧の中に競は使めば,仆 必ず其の辱めらるるを知る。

然れども、彼の五子の者,且りに今の世に於て生れ使む,

其の道 天下に於て顯れずと雖も,其の自負 何如んぞ哉!

肯て夫の鬥筲の者と得失を於一夫の目に決して,而して之が憂樂を為さんや哉!

 

§5

故凡仆之汲汲於進者,其小得蓋欲以具裘葛、養窮孤。

それ故、僕の進士に応ずるのに休むことなくつとめるのは、それで得る地位が小であれは、たぶん、それでもって冬の皮ごろもや夏の蔦織衣を準備し困っているみなし児を養おうと思うであろう。

其大得蓋欲以同吾之所樂於人耳。

その得た地位が大きい場合には、たぶん、それでもって自分の楽しむ所のことを世の人々と共にしたいと思うだけであろう。

其他可否,自計已熟,誠不待人而後知。

その他の可能か否かは、自分で計画したものが、もはや十分に熱しているから、誠に他人から言われるのを待ってはじめて知るのではない。他のさしずを待たないのである。

今足下乃複比之獻玉者,以為必俟工人之剖,然後見知於天下,

今足下は、それなのにまたこれを玉を献じた楚の和氏にたとえて、必ず細工人が荒玉を割って磨くのを待って、はじめて天下に知られるということなのである。

雖兩刖足不為病,且無使者再克。

卞和氏が二度も足を斬られても患いと思わなかったように、二度の失敗ぐらいは忍ばねはならないというもので、また強力な敵をして再び勝たせてはならねと思っておられる。

誠足下相勉之意厚也。

誠に足下が私をはげましてくださる心は厚いことである。

然仕進者,豈舍此而無門哉?

しかし仕官する者には、どうしてこの博学宏辞の科を捨てて、ほかに進む路がないであろうか。

足下謂我必待是而後進者,

足下は、私に必ずこの試験の及第を待って、その後仕官せよといわれる。

尤非相悉之辭也。

しかも、そのことは、私の心をよく知り悉した者の言葉ではない。

仆之玉固未獻。

卞和のように僕の玉は、はじめからお上に献じたことはないのである。

而足固未刖,足下無為為我戚戚也。

足ももとより、未だ斬られたことはないし、僕の最も大切な操守は、まだ誰にも献げてはいないのであり、これまで二度の失敗を足斬りの刑のような大打撃とは考えていない。足下、私のために痛く心配をしないで頂きたい。

 

§5

故に凡そ仆の進むに於て汲汲たる者は,其の小しく得れば蓋し以って裘葛を具、窮孤を養わんと欲す。

其の大いに得れば 蓋し以って吾の樂しむ所を於人に同じゅうせんと欲すすのみ。其の他の可否は,自ら計ること已に熟せり。

誠に人を待って後に知らざるなり。

今 足下 乃ち複た之を玉を獻ずる者に比して,以為【おもえ】らく必ず工人の剖を俟って,然る後に天下に知られん。

 

兩つながら足を刖【らる】と雖も病と為さず。

且つ使者をして再び克たしむること無れと。

誠に足下 相い勉【はげ】ますの意厚きなり。

然れども仕進の者,豈に此れを舍てて門無からんや?

足下 我を必ず是を待って後に進む者と謂えり。

尤も相悉【そうしつ】の辭に非ざるなり。

仆の玉は 固より未だ獻ぜず。

而して足固より未だ刖られず。

足下 我が為に戚戚たるを為し無れ。

 

§6 -1

方今天下風俗尚有未及於古者。

只今の天下の風俗は、まだ古代の淳美なのに及ばないところがある。

邊境尚有被甲執兵者,主上不得怡,而宰相以為憂。

外国との境ではここのところまだ鎧を着て武器を手にして防衛しなければならないので、天子は心安んじてたのしむことができず、宰相はそれを憂いとしている。

仆雖不賢,亦且潛究其得失。

僕は徳の賢というほどの者ではないけれど、また、とにかく、いまは、政治の当を得ているか、失敗か、を考え、きわめなければいけない。

致之乎吾相,薦之乎吾君,上希卿大夫之位,下猶取一障而乘之。

これをわが宰相に申し上げ、これを吾が君に薦めて、その結果、上は卿・大夫の位を希って天下を治め、下は一武夫として城の上の一防壁を取って登り、国のために尽くそうと思うところなのだ。

-2

若都不可得,猶將耕於寬間之野,

もしすべてそれができないならば、それでもやはり広く静かな田野に耕すことになる。

釣於寂寞之濱,求國家之遺事,

あるいは、人気のない淋しい浜辺で釣りをして、世俗を離れた暮らしをしながら、国家の世に表れず見落とされてる事を求めることになる。

考賢人哲士之終始,作唐之一經,垂之於無窮。

賢人や明智の人物の始末を考え、唐代の一つの経典を作って、これを永遠に伝える。

誅奸諛於既死,發潛德之幽光。

それによって横しまで君にへつらう小人共を、その死後においても筆で諌め罰し、世に潜み隠れている人格の幽かな光を世に開き表そうと思う。

二者將必有一可。

仕官か隠栖著述かの二つのうち、一つは可能なものがあるであろう。

足下以為仆之玉凡幾獻,而足凡幾刖也,

足下はそれでも「僕の玉は凡そ幾たび献ぜられて、僕の足は凡そ幾たび斬られたとされるのであるか。」僕の真精神は一度も献じてはいないし、試験に失敗しても足斬りにされたなどとは思っていないことがわかるであろう。

又所謂者果誰哉?

また足下のいわれる強敵とは果たして誰のことか。僕には取るに足らない相手である。

再克之刑信如何也?

再び僕に打ち勝って、僕を足斬りの刑のような苦痛に遇わせるとは、まことにどういうことなのか。僕に打撃を与えて苦しめることなどできないのである。

士固信於知己,微足下無以發吾之狂言。愈再拜。

一かどの人物、士というものは、もとより自分を真に知ってくれる人に対して心の中を存分に打ちあけ述べるのである。足下が無けれは、私の常識はずれの勝手なこの言葉を発表のしょうがなかったであろう (韓愈再拝いたす)。

 

§6 -1

方今 天下の風俗 尚お未だ古えに及ばざる者有り。

邊境 尚お有甲を被むり兵を執る者,主上 怡ぶことを得ず,而して宰相 以て憂を為す。

仆 賢ならずと雖も,亦た且つ潛かに其の得失を究む。

之を吾が相に致し,之を吾が君に薦めて,上は卿大夫の位を希い,下は猶お一障を取って之に乘ぜん。

-2

若し都【すべ】て得可からずんば,猶お將に寬間の野を耕し,寂寞の濱に釣り,國家の遺事を求め,賢人哲士の終始を考え,唐の一經を作って,之を無窮に垂れ,奸諛【かんゆ】を既に死せるに誅し,潛德の幽光を發せんとす。

二者 將に必ず 一可 有らんとす。

足下 以て仆の玉 凡そ幾たび獻じて,而して足 凡そ幾たび刖【き】らるると為すや,

又た 所謂ゆる勍なる者は果して誰れぞや?

再克の刑は信に如何んぞや?

士 固より知己に信ぶ,足下 微かりせば以て吾の狂言を發する無し。愈再拜。

 

 

『答崔立之書』 現代語訳と訳註解説

(本文) (14)- §6 -2

若都不可得,猶將耕於寬間之野,

釣於寂寞之濱,求國家之遺事,

考賢人哲士之終始,作唐之一經,垂之於無窮。

誅奸諛於既死,發潛德之幽光。

二者將必有一可。

足下以為仆之玉凡幾獻,而足凡幾刖也,

又所謂者果誰哉?

再克之刑信如何也?

士固信於知己,微足下無以發吾之狂言。愈再拜。

 

(下し文) -2

若し都【すべ】て得可からずんば,猶お將に寬間の野を耕し,寂寞の濱に釣り,國家の遺事を求め,賢人哲士の終始を考え,唐の一經を作って,之を無窮に垂れ,奸諛【かんゆ】を既に死せるに誅し,潛德の幽光を發せんとす。

二者 將に必ず 一可 有らんとす。

足下 以て仆の玉 凡そ幾たび獻じて,而して足 凡そ幾たび刖【き】らるると為すや,

又た 所謂ゆる勍なる者は果して誰れぞや?

再克の刑は信に如何んぞや?

士 固より知己に信ぶ,足下 微かりせば以て吾の狂言を發する無し。愈再拜。

 

(現代語訳)

もしすべてそれができないならば、それでもやはり広く静かな田野に耕すことになる。

あるいは、人気のない淋しい浜辺で釣りをして、世俗を離れた暮らしをしながら、国家の世に表れず見落とされてる事を求めることになる。

賢人や明智の人物の始末を考え、唐代の一つの経典を作って、これを永遠に伝える。

それによって横しまで君にへつらう小人共を、その死後においても筆で諌め罰し、世に潜み隠れている人格の幽かな光を世に開き表そうと思う。

仕官か隠栖著述かの二つのうち、一つは可能なものがあるであろう。

足下はそれでも「僕の玉は凡そ幾たび献ぜられて、僕の足は凡そ幾たび斬られたとされるのであるか。」僕の真精神は一度も献じてはいないし、試験に失敗しても足斬りにされたなどとは思っていないことがわかるであろう。

また足下のいわれる強敵とは果たして誰のことか。僕には取るに足らない相手である。

再び僕に打ち勝って、僕を足斬りの刑のような苦痛に遇わせるとは、まことにどういうことなのか。僕に打撃を与えて苦しめることなどできないのである。

一かどの人物、士というものは、もとより自分を真に知ってくれる人に対して心の中を存分に打ちあけ述べるのである。足下が無けれは、私の常識はずれの勝手なこの言葉を発表のしょうがなかったであろう (韓愈再拝いたす)。

 

(訳注) -2

答崔立之書

(韓愈が三度吏部の試験に及第せず、立之が書を与えて激励した。それに対する.返書である。試験に合格しなくとも、男子の本質には変化はないことを述べて、不屈の精神を表示した文章である。)

崔立之、名は斯立、立之はその字である。博陵の人で元和元年には大理評事、すなわち裁判所の下級判事であった。韓愈の詩にはこの人に贈るものが頗る多い。ずいぶん親しい調子で、からかったりもしているから、弟子のひとりだったのであろう。

「答崔立之書」

「贈崔立之」

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#1>Ⅱ中唐詩428 紀頌之の漢詩ブログ1363

贈崔立之 韓退之(韓愈)詩<65-#2>Ⅱ中唐詩429 紀頌之の漢詩ブログ1366

 

若都不可得,猶將耕於寬間之野,

若し都【すべ】て得可からずんば,猶お將に寬間の野を耕し,

もしすべてそれができないならば、それでもやはり広く静かな田野に耕すことになる。

 

釣於寂寞之濱,求國家之遺事,

寂寞の濱に釣り,國家の遺事を求め,

あるいは、人気のない淋しい浜辺で釣りをして、世俗を離れた暮らしをしながら、国家の世に表れず見落とされてる事を求めることになる。

○遺事 世に見落とされて知られない事件。

 

考賢人哲士之終始,作唐之一經,垂之於無窮。

賢人哲士の終始を考え,唐の一經を作って,之を無窮に垂れ,

賢人や明智の人物の始末を考え、唐代の一つの経典を作って、これを永遠に伝える。

 

誅奸諛於既死,發潛德之幽光。

奸諛【かんゆ】を既に死せるに誅し,潛德の幽光を發せんとす。

それによって横しまで君にへつらう小人共を、その死後においても筆で諌め罰し、

世に潜み隠れている人格の幽かな光を世に開き表そうと思う。

○奸諛 奸は邪横、諛は言葉上手に取り入る。

○潛德 ひそみ隠れている人格。隠れた道徳行為。

 

二者將必有一可。

二者 將に必ず 一可 有らんとす。

仕官か隠栖著述かの二つのうち、一つは可能なものがあるであろう。

 

足下以為仆之玉凡幾獻,而足凡幾刖也,

足下 以て仆の玉 凡そ幾たび獻じて,而して足 凡そ幾たび刖【き】らるると為すや,

足下はそれでも「僕の玉は凡そ幾たび献ぜられて、僕の足は凡そ幾たび斬られたとされるのであるか。」僕の真精神は一度も献じてはいないし、試験に失敗しても足斬りにされたなどとは思っていないことがわかるであろう。

 

又所謂者果誰哉?

又た 所謂ゆる勍なる者は果して誰れぞや?

また足下のいわれる強敵とは果たして誰のことか。僕には取るに足らない相手である。

 

再克之刑信如何也?

再克の刑は信に如何んぞや?

再び僕に打ち勝って、僕を足斬りの刑のような苦痛に遇わせるとは、まことにどういうことなのか。僕に打撃を与えて苦しめることなどできないのである。

○再剋之刑 崔立之の書に 「勍者をして再び剋たしむ無かれ」とあり、また 「両ながら足を刖らる」とある。別は足斬りの刑であるから、この両句をあわせて「再剋之刑」といったのである。また強い相手を克たせて、足斬りの刑罰のような苦しみをするという。

 

士固信於知己,微足下無以發吾之狂言。愈再拜。

士 固より知己に信ぶ,足下 微かりせば以て吾の狂言を發する無し。愈再拜。

一かどの人物、士というものは、もとより自分を真に知ってくれる人に対して心の中を存分に打ちあけ述べるのである。足下が無けれは、私の常識はずれの勝手なこの言葉を発表のしょうがなかったであろう (韓愈再拝いたす)。

○信何如也 沈徳潜読本には「何如」となっていて、「信にいかんぞやしと読んでいるが、本集には「如何」となっている。まことにどういうことなのか。一向平気だの意。

○信於知己己を知る人に心中を伸べ打ちあける。信は仲(聖と読む。太集注に、一に伸に作るとある。

○狂言 常覿をはずれた言。たわれごと。本集にはこの後に「愈再拝」の三字がある。書体としてはあるべきである。

再拜 ① 二度礼拝すること。 手紙の末尾に添えて敬意を表す語。「敬具」より敬意の度合が強い。 「頓首再拜」