韓愈《讀巻04-14 送孟東野序 -(2)§1-2》 人が歌うのは心に思い求めるものがあるからである。人が声をあげて泣くのは、心に慕わしく思うことがあるからである。およそ口から音声をなすのは、それはみな心に平らかでないものがあるのであろうかと思う。

 

 
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35-(2) 《讀巻04-14 送孟東野序 -(2)§1-2》韓愈(韓退之)ID  801年貞元17 35歳<1308> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5524韓愈詩-35-(2)

 

 

孟郊は、貞元十五年七九九春、汴州をはなれて蘇州各地をめぐり、十六年、五十歳で、はじめて溧陽県の尉に任命され赴任した。溧陽は、いまの江蘇省の南京から約百キロメートル東南のまちで、尉は、警察部長にあたる。県令の季操は官僚肌の男で、孟郊の学問や詩業など眼中になかった。孟郊は、老いた母親まで呼びよせて、しばらく落ちつくつもりだったが、805年永貞元年ついに母を常州の属邑義興にうつし、元和元年、職をもとめて、単身、長安に上って来た。韓愈が帰って来たときには、ほぼ新しい職のめどもついていたのである。

かれらにとっては、四、五年ぶりの再会であった。話題が豊富であった。ほとんど毎晩のように寄り合い、酒をくみ、別れていた間の出来事を語りあい、詩をよせあった。そして、多くの聯句を残した。

 

 

《讀巻04-14 送孟東野序》

送孟東野序   (1)§1-1

(江蘇省の溧陽県の尉となって赴任する孟東野に不平の心があるのを慰めるために、この序を贈った。)

大凡物不得其平則鳴。

およそ物は平常の状態を得ないときには鳴る。

草木之無聲,風撓之鳴;

草木のように声のないものでも、風がこれをたわませると鳴る。

水之無聲,風蕩之鳴。

水のように声の無いものも風がこれをゆり動かせば鳴る。

其躍野,或激之;

水が躍り上がるのは、水が流れゆく、往く手にものがあってこれに打ち当たるためである。

其趨也,或梗之;

水が急にとび出すのは、これを梗(ふさ)ぐものがあるからである。

其沸也,或炙之。

水が沸きたぎるのは、これを火にあぶり熱するものがあるからである。

 (2)§1-2

金石之無聲,或擊之鳴;人之於言也亦然。有不得已者而後言,其謌也有思,其哭也有懷。凡出乎口而為聲者,其皆有弗平者乎?

(3)§1-3

樂也者,鬱於中而泄於外也,擇其善鳴者,而假之鳴。金、石、絲、竹、匏、土、革、木八者,物之善鳴者也。

(4)§1-4

維天之於時也亦然,擇其善鳴者而假之鳴;是故以鳥鳴春,以雷鳴夏,以蟲鳴秋,以風鳴冬。四時之相推,其必有不得其平者乎!

 

(5)§2-1

其於人也亦然,人聲之精者為言;文辭之於言,又其精也,尤擇其善鳴者而假之鳴。

其在唐虞,咎陶、禹其善鳴者也,而假以鳴。夔弗能以文辭鳴,又自假於韶以鳴。

(6)§2-2

夏之時,五子以其歌鳴。伊尹鳴殷,周公鳴周。凡載於詩書六藝,皆鳴之善者也。周之衰,孔子之徒鳴之,其聲大而遠。傳曰:「天將以夫子為木鐸。」其弗信矣以乎!

 

 

(7)§3-1

其末也,莊周以其荒唐之辭鳴。楚大國也,其亡也以屈原鳴。臧孫辰、孟軻、荀卿,以道鳴者也。楊朱、墨翟、管夷吾、晏嬰、老聃、申不害、韓非、慎到、田駢、鄒衍、尸佼、孫武、張儀、蘇秦之屬,皆以其術鳴。

(8)§3-2

秦之興,李斯鳴之。漢之時,司馬遷、相如、揚雄,最其善鳴者也。其下魏晉氏,鳴者不及於古,然亦未嘗也。

(9)§3-3

就其善者,其聲清以浮,其節數以急,其辭淫以哀,其志弛以肆。其為言也,亂雜而無章,將天醜其德,莫之顧耶?何為乎不明其善鳴者也?

 

(10)§4-1

唐之有天下,陳子昂、蘇源明、元結、李白、杜甫、李觀,皆以其所能鳴。其存而在下者,孟郊東野始以其詩鳴。其高出魏晉,不懈而及於古,其他浸淫乎漢氏矣。

(11)§4-2

從吾遊者,李、張籍其尤也。三子者之鳴信善矣,抑不知天將和其聲,而使鳴國家之盛耶?抑將窮餓其身,思愁其心腸,而使自鳴其不幸耶?

(12)§4-3

三子者之命,則懸乎天矣。其在上也,奚以喜?其在下也,奚以悲?

東野之役於江南野,有若不釋然者,故吾道其命於天者以解之。

 

(1)§1-1

大凡そ物其の平を得ざれは則ち鳴る。

草木の聲無きも、風之を撓ませば鳴る。

水の聾無きも、風之を蕩せば鳴る。

其の躍るや之を激す或ればなり。

共の趨るや之を梗ぐ或ればなり。

其の沸くや之を炙る或ればなり。

 

(2)§1-2

金石の聾無きも、之を撃つ或れは鳴る。

人の言に於けるや亦然り。

已むを得ざる者有って而る後に言ふ。

其の歌ふや思ふこと有ればなり。

其の突するや懐ふこと有ればなり。

凡そ口より肝でて聾を馬す者は、其れ皆平かならざる者有るか。

 

(3)§1-3

欒なる者は、中に鬱がつて外に泄るる者なり。

其の善く鳴る者を拝んで、之を慣りて鳴る。

金・石・蘇・竹・鞄・土・草・木の八つの者は、物の善く鳴る者なり。

 

(4)§1-2

維れ天の時に於けるや亦然り。

其の善く鳴る者を揮んで、之を慣りて鳴る。

是の故に鳥を以て春に鳴り、寓を以て夏に鳴り、轟を以て秋に鳴り、風を以て冬に鳴る。

四時の相推勉すること、其れ必ず其の平を得ざる者有るか。

 

汜水関などの地図 

《讀巻04-14 送孟東野序》(2)§1-2

『送孟東野序』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
(2)§1-2

金石之無聲,或擊之鳴;

人之於言也亦然。

有不得已者而後言,

其謌也有思,其哭也有懷。

凡出乎口而為聲者,其皆有弗平者乎?


(下し文) (2)§1-2

金石の聾無きも、之を撃つ或れは鳴る。

人の言に於けるや亦然り。

已むを得ざる者有って而る後に言ふ。

其の歌ふや思ふこと有ればなり。

其の突するや懐ふこと有ればなり。

凡そ口より肝でて聾を馬す者は、其れ皆平かならざる者有るか。

(現代語訳)
金や石の声のないものも、これを打つことあれば鳴るのである。

人間の言語の場合もまたそうである。

心に平常の状態を失って、やめることができないわけがあって、その後、はじめてものをいうのである。

人が歌うのは心に思い求めるものがあるからである。人が声をあげて泣くのは、心に慕わしく思うことがあるからである。

およそ口から音声をなすのは、それはみな心に平らかでないものがあるのであろうかと思う。

韓愈の地図0055
(訳注) (2)§1-2

《讀巻04-14 送孟東野序》

(江蘇省の溧陽県の尉となって赴任する孟東野に不平の心があるのを慰めるために、この序を贈った。)

東野のことは《讀巻03-09 與孟東野書》「孟東野に与ふる書」参照。34 《讀巻03-09 與孟東野書》韓愈(韓退之)ID 800年貞元16年 34歳<1300 Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5484

 

 

金石之無聲,或擊之鳴;

金石の聾無きも、之を撃つ或れは鳴る。

金や石の声のないものも、これを打つことあれば鳴るのである。

 

人之於言也亦然。

人の言に於けるや亦然り。

人間の言語の場合もまたそうである。

 

有不得已者而後言,

已むを得ざる者有って而る後に言ふ。

心に平常の状態を失って、やめることができないわけがあって、その後、はじめてものをいうのである。

 

其謌也有思,其哭也有懷。

其の歌ふや思ふこと有ればなり。其の突するや懐ふこと有ればなり。

人が歌うのは心に思い求めるものがあるからである。人が声をあげて泣くのは、心に慕わしく思うことがあるからである。

○哭 声を出して泣く。

○謌 節をつけて声を出すうた。声に節をつけてうたう。

 

凡出乎口而為聲者,其皆有弗平者乎?

凡そ口より肝でて聾を馬す者は、其れ皆平かならざる者有るか。

およそ口から音声をなすのは、それはみな心に平らかでないものがあるのであろうかと思う。