韓愈《巻02-21 駑驥 -#1》(この詩は、別に〔駑驥吟示歐陽詹〕としていて、世間一般の人たちが駑駘、駄馬であるなか、欧陽詹は騏驥の良馬であるといって贈ったものである。)やくざ馬は、まことにこせこせして詰まらぬものであるが、これを市場で買うものは、極めて多いものだ。

 
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37-1 《巻02-21 駑驥 -#1》韓愈(韓退之)ID  799年貞元15 32歳<1321 Ⅱ韓昌黎集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5589韓愈詩-37-1

 

 

年:       799年元十五年32

卷別:    卷三三七              文體:    五言古詩

詩題:    駑驥【駑驥吟示歐陽詹】【詹與愈同第進士,愈以徐州從事朝正於京,詹時為國子鹽四門助教。】

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高      

交遊人物:歐陽詹 書信でやりとり(京畿道 京兆府 長安)

 

 

駑驥#1

駑駘誠齷齪,市者何其稠。

力小若易制,價微良易酬。

渴飲一斗水,飢食一束芻。

嘶鳴當大路,志氣若有餘。

(この詩は、別に〔駑驥吟示歐陽詹〕としていて、世間一般の人たちが駑駘、駄馬であるなか、欧陽詹は騏驥の良馬であるといって贈ったものである。)

やくざ馬は、まことにこせこせして詰まらぬものであるが、これを市場で買うものは、極めて多いものだ。

それは何故かといえば、力乏しきが故に、暴ばれることがなくで、極めて制し易く、価格のやすくして、たやすく買い取ることが出きるからである。

又、これを飼うにしても、格別費用がかかるわけでもなく、のどが渇けば一斗の水を飲ませ、飢えておれば一束の藁を食わせればよいだけのことだ。

そこで、駑駘は大流行となり、高い声に嘶いて、長安の大道を歩くときなど、志気がありあまって、自分ほど偉いものは無いといふ様に威張って居る。

(駑驥【きき】)

駑駘【どたい】誠に齷齪【あくさく】たり、市ふもの何ぞ其れ稠【おお】き。

力 小なれば 制し易しがごとし、價 微なれば良に酬い易し。

しては一斗の水を飲み、飢えては」一束の芻を食ふ。

嘶鳴して大路に当たり、志気、余りあるが若し。

 #2

騏驥生域,自矜無匹儔。

牽驅入市門,行者不為留。

借問價幾何,黃金比嵩丘。

借問行幾何,咫尺視九州。

 #3

飢食玉山禾,渴飲醴泉流。

問誰能為御,曠世不可求。

惟昔穆天子,乘之極遐遊。

王良執其轡,造父挾其輈。

 #4

因言天外事,茫惚使人愁。

駑駘謂騏驥,餓死余爾羞。

有能必見用,有德必見收。

孰云時與命,通塞皆自由。

 #5

騏驥不敢言,低徊但垂頭。

人皆劣騏驥,共以駑駘優。

喟余獨興歎,才命不同謀。

寄詩同心子,為我商聲謳。

Ta唐 長安近郊圖  新02洛陽 函谷関002 

 

 

『駑驥』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

駑驥#1

駑駘誠齷齪,市者何其稠。

力小若易制,價微良易酬。

渴飲一斗水,飢食一束芻。

嘶鳴當大路,志氣若有餘。


(下し文)
(駑驥【きき】)

駑駘【どたい】誠に齷齪【あくさく】たり、市ふもの何ぞ其れ稠【おお】き。

力 小なれば 制し易しがごとし、價 微なれば良に酬い易し。

しては一斗の水を飲み、飢えては」一束の芻を食ふ。

嘶鳴して大路に当たり、志気、余りあるが若し。


(現代語訳)
(この詩は、別に〔駑驥吟示歐陽詹〕としていて、世間一般の人たちが駑駘、駄馬であるなか、欧陽詹は騏驥の良馬であるといって贈ったものである。)

やくざ馬は、まことにこせこせして詰まらぬものであるが、これを市場で買うものは、極めて多いものだ。

それは何故かといえば、力乏しきが故に、暴ばれることがなくで、極めて制し易く、価格のやすくして、たやすく買い取ることが出きるからである。

又、これを飼うにしても、格別費用がかかるわけでもなく、のどが渇けば一斗の水を飲ませ、飢えておれば一束の藁を食わせればよいだけのことだ。

そこで、駑駘は大流行となり、高い声に嘶いて、長安の大道を歩くときなど、志気がありあまって、自分ほど偉いものは無いといふ様に威張って居る。


(訳注)

駑驥#1

駑駘と騏驥

(この詩は、別に〔駑驥吟示歐陽詹〕としていて、世間一般の人たちが駑駘、駄馬であるなか、欧陽詹は騏驥の良馬であるといって贈ったものである。)

〔詹與愈同第進士,愈以徐州從事朝正於京,詹時為國子鹽四門助教。】

欧陽唐 中唐における才人のひとりである。798年貞元八年、韓愈・李観・李翺・崔羣・王涯・憑宿・庚承宣と同時に、進士に及第し、その時、龍虎榜と称せられた。「799年貞元十五年の冬、徐州徒事を以て、京に朝す。欧陽詹、時に国子監四門助敦たり、その徒を将卒し、闕下に伏し、韓愈公を挙げて博士となす、この詩、殆んど斯時作るところか」とある。

 

駑駘誠齷齪,市者何其稠。

やくざ馬は、まことにこせこせして詰まらぬものであるが、これを市場で買うものは、極めて多いものだ。

駑駘 やくざ馬。

齷齪 【あくせく】こせこせして詰まらないこと。《「あくさく」の音変化》細かいことを気にして、落ち着かないさま。目先のことにとらわれて、気持ちがせかせかするさま。

 

力小若易制,價微良易酬。

それは何故かといえば、力乏しきが故に、暴ばれることがなくで、極めて制し易く、価格のやすくして、たやすく買い取ることが出来るからである。

價微良易酬 市場での価格が安価であるから求めやすい。

 

渴飲一斗水,飢食一束芻。

又、これを飼うにしても、格別費用がかかるわけでもなく、のどが渇けば一斗の水を飲ませ、飢えておれば一束の藁を食わせればよいだけのことだ。

 

嘶鳴當大路,志氣若有餘。

そこで、駑駘は大流行となり、高い声に嘶いて、長安の大道を歩くときなど、志気がありあまって、自分ほど偉いものは無いといふ様に威張って居る。

當大路 長安の大道。