韓愈詩-韓愈143-薦士 #9

幸當擇玉,寧有棄珪瑁。悠悠我之思,擾擾風中纛。

上言愧無路,日夜惟心禱。鶴翎不天生,變化在啄

人を持ちうるには、宰相の鑑識がじゅうようで、「貴玉而賤珉」を泛然と見分けなければならない、貴鄭殿は美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、幸いにも孟郊は珪瑁という天子の礼に用いられるほどの有能な人材であるから、よもやこれを切り捨てるという理由はないのである。孟郊は、貧窮の底に沈んでいるから、私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものである。そうかといって、自分も、ぎりぎりの生活であって、天子に意見を上奏しようにも恥ずかしながら術がないのである、したがって、これまで、日夜心の内でただ祈るばかりであったのであるから、此処にこの詩を作ったのである。鶴は、品格の良い鳥であるが、天然、自然に成長するものではなく、親鳥が抱いてふ化させ、餌を啄んでこれを与え続けた結果、やっと成長し、飛べることができるのである。それは孟郊にしてみても、上位にいる人が啄抱の労をとって、世話をしてやらないと、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないということなのである。

韓昌黎集02-18

薦  士 #8

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7541 

 806年貞元22 39-16)#8

16) #8

 <1712

 

 

 

 
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  卷337_18 《薦士(薦孟郊于鄭餘慶也)》韓愈 

作時年:

806

貞元22

39

全唐詩卷別:

338 18 

文體:

 五言古詩

韓昌黎集 

18-41

 

 

詩題:

薦  士

序文

作地點:

長安、京師、

 

及地點:

河南 

洛陽 

 

凓陽

 

交遊人物:

鄭餘慶宰相 

張建封 

孟東野

張籍

 

 


薦士9

#9

幸當擇珉玉、寧有棄珪瑁。《周禮》:“天子執瑁四寸,以朝諸侯。”瑁,天子圭也。瑁音冒。

悠悠我之思、擾擾風中纛。

纛以氂牛尾為之,大如鬥,系於左馬軛上。《選》:“黃屋左纛。”楚王曰:“寡人之心,搖搖然如懸旌。”詩意取此。纛音道。

上言愧無路、日夜惟心禱。鶴翎不天生、變化在啄鳥伏卵謂之,薄報切。

 

#6
酸寒溧陽尉,五十幾何耄。

彼は溧陽の尉といえば、酸寒の極みともいえるもので、貧乏この上ない上に、出世栄達を夢見る望みも薄い五十代という最早老耄にちかく、これから先の寿命がどれほどのこされていようか。
孜孜營甘旨,辛苦久所冒。
しかも、一家を背負い、孜孜として勉励し、母親の世話を熱心に努め、長いことさまざまな辛苦をなめてきた。

俗流知者誰,指注競嘲傲。

世の俗物どもで彼の真価を知っている者がどれだけあることか。みなうしろ指をさし、われがちにあざわらっている。
聖皇索遺逸,髦士日登造。

聖天子、憲宗皇帝は野に埋もれた才智鋭敏で賢者を求められている、すぐれた人材が日ごとに登用されている。
#6
酸寒【さんかん】たり溧陽【りつよう】の尉、五十 幾何【いくばく】か耄【ぼう】せる。
孜孜【しし】として甘旨【かんし】を営み、辛苦【しんく】久しく冒す所。俗流 知る者は誰ぞ、指注して競って嘲傲【ちょうごう】す。
聖皇 遺逸を索【もと】め、髦士【ぼうし】 日に登造す。

#7
廟堂有賢相,愛遇均覆燾。

孔子のように人の施政をされる廟堂には賢相の鄭余慶宰相があり、才のある人材を愛遇し、重く見る恵みは、天の地をおおう徳にひとしい。
況承歸與張,二公迭嗟悼。
いわんや、承れば、歸登、張建封などという有力者も、孟郊の不遇について、痛く同情し、「才智があるのにどうして認められ、登用されないのか」と哀傷悲嘆された人物であるから、どうにかしてくださるとは思っている。
青冥送吹噓,強箭射魯縞。

物が青空の上に上がるには,大風によって吹き上げられるように朝廷に推挙を待たねばならないし、強い弓で射た矢も末は薄絹をとおす力もないという『漢書、韓安国伝』に見える故事のとおりに、効力がはっきされなかった。

胡為久無成,使以歸期告。

おまけに、孟郊は、久しくしてなすことなく、幕府を任期が満ちそうで、そうなると、免官して郷里へと帰るような羽目になってしまう。
7

廟堂【びょうどう】に賢相有り、愛遇【あいぐう】覆燾【ふとう】に均し。
況んや帰と張と、二公迭【たが】いに嵯悼【さとう】するを承【う】くるをや。
青冥に吹嘘【すいきょ】を送り、強箭【きょうせん】魯縞【ろこう】を射る。胡【なん】為れぞ久しく成る無くして、帰期【きき】を以て告げしむる。

8
霜風破佳菊,嘉節迫吹帽。

今、仲秋になろうとして、東晋の孟嘉の故事にいう「冷たい風が美しい菊を吹き、帽子を風に吹き落とされた」めでたい重陽の節句も迫ってくる。
念將決焉去,感物增戀嫪。

この時、孟郊は、免官になれば、そのまま、決然としてここを去るつもりであろうが、我々としては、孟郊の身の上を思い、ものごとに感じて心残りがあるので何とか引き止めたいと思っている。
彼微水中荇,尚煩左右芼。

『詩経』「周南、関雎」にうたわれているあの水中の朽菜(水草の一種)は、宮女たちが、左右から后妃を助けてえり分けたうえで、お祀りのお供えものにするのと同じよう孟郊のためにあれこれと選んでくれる人があれば初めて廟堂の上に立つことができる。
魯侯國至小,廟鼎猶納郜。

春秋時代の魯侯は至って小さな国を領有していたが、それでも『左伝、桓公二年』によれば、太廟の鼎は宋国の郜から運んできたという、鼎に等しい孟郊を選ばれないわけはないと思うのである。
8
霜風 佳菊【かきく】を破り、嘉節【かせつ】吹帽に迫る。
将に決焉【けつぇん】として去らんとするを念えば、物に感じて恋謬【れんびゅう】を増す。
彼の微なる水中の抒も、尚左右の尾るを煩わす。
魯侯は国 至って小なるも、廟鼎【びょうてい】猶郜【こく】より納る。

#9
幸當擇玉,寧有棄珪瑁。

人を持ちうるには、宰相の鑑識がじゅうようで、「貴玉而賤珉」を泛然と見分けなければならない、貴鄭殿は美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、幸いにも孟郊は珪瑁という天子の礼に用いられるほどの有能な人材であるから、よもやこれを切り捨てるという理由はないのである。
悠悠我之思,擾擾風中纛。
孟郊は、貧窮の底に沈んでいるから、私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものである。
上言愧無路,日夜惟心禱。

そうかといって、自分も、ぎりぎりの生活であって、天子に意見を上奏しようにも恥ずかしながら術がないのである、したがって、これまで、日夜心の内でただ祈るばかりであったのであるから、此処にこの詩を作ったのである。

鶴翎不天生,變化在啄

鶴は、品格の良い鳥であるが、天然、自然に成長するものではなく、親鳥が抱いてふ化させ、餌を啄んでこれを与え続けた結果、やっと成長し、飛べることができるのである。それは孟郊にしてみても、上位にいる人が啄抱の労をとって、世話をしてやらないと、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないということなのである。
幸いに玉【みんぎょく】を択ぶに当たり、寧くんぞ珪瑁【けいぼう】を棄つること有らんや。
悠悠たり 我の思い、擾擾【じょうじょう】たり 風中の纛【はた】。
上言【じょうごん】路無きを愧じ、日夜 惟だ心に蒔るのみ。
鶴翎【かくれい】天生ぜず、変化 啄【たくほう】に在り。

10
通波非難圖,尺地易可漕。善善不汲汲,後時徒悔懊。
救死具八珍,不如一簞犒。微詩公勿誚,愷悌神所勞。
通波 図り難きに非ず、尺地 漕ぐ可きこと易し。
善を善として汲汲たらずんば、後時 徒らに悔懊【かいおう】せん。
死を救うに八珍を具【そな】うるは、一箪【いったん】の犒に如かず。
微詩【びし】云 誚【そし】る勿かれ、愷悌【がいてい】は神の労【ねぎら】う所なり。


京兆地域図002

『薦士』現代語訳と訳註解説
(
本文)

#9

幸當擇玉,寧有棄珪瑁。

悠悠我之思,擾擾風中纛。

上言愧無路,日夜惟心禱。

鶴翎不天生,變化在啄

(下し文)
#9

幸いに玉【みんぎょく】を択ぶに当たり、寧くんぞ珪瑁【けいぼう】を棄つること有らんや。

悠悠たり 我の思い、擾擾【じょうじょう】たり 風中の纛【はた】。

上言【じょうごん】路無きを愧じ、日夜 惟だ心に蒔るのみ。

鶴翎【かくれい】天生ぜず、変化 啄【たくほう】に在り

(現代語訳)
#9

人を持ちうるには、宰相の鑑識がじゅうようで、「貴玉而賤珉」を泛然と見分けなければならない、貴鄭殿は美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、幸いにも孟郊は珪瑁という天子の礼に用いられるほどの有能な人材であるから、よもやこれを切り捨てるという理由はないのである。
孟郊は、貧窮の底に沈んでいるから、私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものである。
そうかといって、自分も、ぎりぎりの生活であって、天子に意見を上奏しようにも恥ずかしながら術がないのである、したがって、これまで、日夜心の内でただ祈るばかりであったのであるから、此処にこの詩を作ったのである。

鶴は、品格の良い鳥であるが、天然、自然に成長するものではなく、親鳥が抱いてふ化させ、餌を啄んでこれを与え続けた結果、やっと成長し、飛べることができるのである。それは孟郊にしてみても、上位にいる人が啄抱の労をとって、世話をしてやらないと、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないということなのである。
杏の花01
(訳注) 9

薦士(薦孟郊于鄭餘慶也) (#1)
(東野は、ひとまず凓陽に赴任したが、遠地の一卑官でもあり、到底、栄転もなければ、家族を呼び寄せて生活もできないことから、一門を大事に思う韓愈は、ひどく之を気の毒に思い、汴州から、この詩を鄭餘慶にたてまつって、吸引の恵を垂れむこと嘱望したのである。)


幸當擇玉,寧有棄珪瑁。
人を持ちうるには、宰相の鑑識がじゅうようで、「貴玉而賤珉」を泛然と見分けなければならない、貴鄭殿は美しい石と宝玉とを選び分けるにあたり、天子の用いる宝玉を捨てることはないかどうか、幸いにも孟郊は珪瑁という天子の礼に用いられるほどの有能な人材であるから、よもやこれを切り捨てるという理由はないのである。
57 擇玉 擇はえり分ける。選りすぐることを言う。《《孔子家語?問玉第三十六》「敢問君子貴玉而賤珉,何也?為玉之寡而珉之多歟?」孔子曰:「非為玉之寡,故貴之;珉之多,故賤之。」似て非なる珉戸を全く判別することなく、つまらぬものを大切にし、貴きものを打ち棄てるということが、間間あるのである。まことに慨嘆に堪えぬ次第である。 ・玉與珉 礼記に「君子、玉を貴んで、珉を賤む。珉は石、玉に似て非なり。」とある。

58  :玉に似た美石。玉三采。

59 珪瑁 能力知才を持ち合わせていることの喩えで用いる。《周禮》に「天子執瑁四寸,以朝諸侯。瑁,天子圭也。」(天子四寸を執瑁し,以て諸侯に朝す。瑁は,天子の圭なり。)


悠悠我之思,擾擾風中纛。
孟郊は、貧窮の底に沈んでいるから、私の孟郊に対する思いは、はてもなく、限りなく続くのである、そして天子や将軍の旗のように立派な旗であっても風のなかに立てた旗は乱れて落ち着かないでしきりに動くものである。
60 悠悠 1 はるかに遠いさま。限りなく続くさま。2 ゆったりと落ち着いたさま。3 十分に余裕のあるさま。

61 擾擾 乱れて落ち着かないさま。ごたごたするさま。

62  ヤクの尾などで飾った大旗》さおの先に象牙の飾りのある、天子や大将軍の旗。馬の尾の黒毛を束ねた飾り。竜像などの幡(はた)をかけ、即位式・大嘗祭(だいじょうさい)などに用いる。纛とは氂牛の尾を以て之を為り,大、鬥の如く,左騑馬軛の上に繋ぐ。

風中纛 「楚王曰寡人之心,搖搖然如懸旌。」詩意取此。纛音道。(楚王、曰く寡人の心,搖搖然しとて旌を懸るが如し。”詩意は此を取ったもの。纛音道)


上言愧無路,日夜惟心禱。
そうかといって、自分も、ぎりぎりの生活であって、天子に意見を上奏しようにも恥ずかしながら術がないのである、したがって、これまで、日夜心の内でただ祈るばかりであったのであるから、此処にこの詩を作ったのである。


鶴翎不天生,變化在啄
鶴は、品格の良い鳥であるが、天然、自然に成長するものではなく、親鳥が抱いてふ化させ、餌を啄んでこれを与え続けた結果、やっと成長し、飛べることができるのである。それは孟郊にしてみても、上位にいる人が啄抱の労をとって、世話をしてやらないと、才能ある者も誰かの推挙がなければ、能力を発拝できないということなのである。
63 鶴翎【かくれい】つるのはね。

64  ・:ついばむくちばしでつつく。ついばむ。:卵を抱いて孵化させること。

 

 

10
通波非難圖,尺地易可漕。
広い大海原へ切り開いて進み行くのは、できない計画ということではない。ただの一尺ほどのわずかなものでも動かし勢いが付けば、漕ぎだすことが容易にできる。(そのように、あなたのちよっとした推挙がほしい。)
通波 波を切り開いて進むこと。・ はかりごと。計画。・尺地 一尺ほどのわずかな土地。


善善不汲汲,後時徒悔懊。
人の善を善として採用する努力をおこたったとしたら、あとになっていたずらに後悔して残念に思い、どれほど憂えもだえても役には立たないだろう。
善善不汲汲 人の善意を信じ、善意に頼ることとその及ぼす力を及ぼす力として頼りにしないこと。
悔懊 後悔して残念に思い、憂えもだえる。・:悔悟・悔恨・悔悛(かいしゅん)/後悔・追悔。:深く思い悩む。憂えもだえる。「懊悩」


救死具八珍,不如一簞犒。
餓死寸前の人を救おうとして八珍の料理をそろえることというけれども、瓢箪にたった一杯の飲み物を供給するということには及ばないというではないか。
・八珍 品数の多い、上等の料理。


微詩公勿誚,愷悌神所勞。
そういうことで、このつまらぬ詩といわれるかもしれないが悪く謗ることのないようしてほしい。私と孟郊の友情に篤いのを『詩経』にあるように、神が民を父母の情で見るようにしてほしいのだ。
詩 ここでいう詩は韓愈のこの「薦士」をいう。・公勿誚 悪く考えないでほしい。:せめる。そしる。・愷悌 安らぎを楽しむ。「教以臣、所以敬天下之爲人君者也。詩云、愷悌君子、民之父母。(教うるに臣をもってするは、天下の人の 君 たる者を敬するゆえんなり。 詩に云く: 愷悌 【がいてい】の君子は民の父母なり。):『詩経』大雅・泂酌【けいしゃく】の章。