全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017215

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-051卷180_9 登太白峰(卷二一(二)一二一九)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8177

 

 

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744年-集07字解集 a相逢行-b陌上贈美人-c古風其八-d秋夜獨坐懷-e怨歌行-f望終南山寄紫閣隱者Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8159

 

 

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李白詩

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曹植詩65

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李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-29 全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -#3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8178

 

 

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806年-集06- 送許郢州序・寒食日出游 【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8160

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-73#2 秋行官張望督促東渚耗(一作刈)稻向畢清晨遣女奴阿稽豎子阿段往問#2 杜詩詳注(卷一九(四)一六五五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8185

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a灩澦・ b七月一日題終明府水樓・c行官張望補稻畦水歸 字解集 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8173

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

 

 

 

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91)回目皇甫松十一首 《天仙子/浪濤沙/楊栁枝/摘得新/夢江南/採蓮子 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8108 (02/03)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉集-07 秦嘉妻答詩・飲馬長城窟行・飲馬長城窟行 【字解集】   Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8133

 

 

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806-29 全唐詩338_26 #3憶昨行和張十一 -3 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8178
こうして自分が病床を訪れた時に、危辭苦語の君の言葉は 耳にするにつけいたましく遺言かと思え、感じられて、はらはら落ちる涙を掩いもしないで、流すだけであった。少し前のことを思い出すと、きみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて夜舟を勧めた、 その時、高いマストのあるりっぱな舟でも危険な状態におちいった。その後、自分は陽山に、君は臨武におり、その両所を共に去ること、その両所は遠くはないのに中間には険阻な山脈があって、鳥だけが通れる一筋道しかなく、駅馬もこの地をいやがって、むりに走らせようとしても、しきりにつまずき倒れて進まなかったのである。

29-0全唐詩338_26 #3

憶昨行和張十一 -3

昌黎先生集 巻三-29#3

韓昌黎文集巻三-29#3

806年貞元2239 (29)

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8178

 

『贈韓退之』    張署

九疑峰畔二江前,戀闕思日抵年。

白簡趨朝曾竝命,蒼梧左宦一聊翩。

鮫人遠泛漁舟水,鵩鳥閑飛露裏天。

渙汗幾時流率土,扁舟西下共歸田。

(韓退之に贈る)
九疑峰の畔 二江の前,闕を戀ひ を思うて 自ら年に抵る。
白簡 朝に趨く曾て竝びに命ぜられ,蒼梧に宦を左せらるるも一聊翩たり。 
鮫人遠く泛ぶ漁舟の水,鵩鳥 閑に飛ぶ 露裏の天。
渙汗 幾時か 率土に流べば,扁舟 西下して 共に歸田せむ。

 

憶昨行和張十一 1

憶昨夾鐘之呂初吹灰,上公禮罷元侯迴。 

車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。 

腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。 

青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。 

2

張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。 

宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。 

自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。 

3

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。 

念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。 

陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。 

4

踐蛇茹蠱不擇死,忽有飛詔從天來。 

伾文未揃崖州熾,雖得赦宥恆愁猜。 

近者三姦悉破碎,羽窟無底幽黃能。 

5

眼中了了見國,知有歸日眉方開。 

今君縱署天涯吏,投檄北去何難哉。 

無妄之憂勿藥喜,一善自足禳千災。 

6

頭輕目朗肌骨健,古劍新斸磨塵埃。 

殃消禍散百福併,從此直至耇與鮐。 

嵩山東頭伊洛岸,勝事不假須穿栽。 

君當先行我待滿沮溺可繼窮年推。 
 

城郭のデッサン001韓昌黎集タイトル01 


作時年:

806

貞元22

39

全唐詩卷別:

巻三-29#3

文體:

 雜言古詩 

昌黎先生集 

巻三-29#3

韓昌黎集巻三-29#3

詩題:

憶昨行和張十一 -3

序文

 江陵(山南東道 / 荊州 / 江陵)

作地點:

  陽山 (江南西道 連州 陽山)

 

及地點:

臨武 (江南西道 郴州 臨武)     

 

崖州 (嶺南道東部 崖州 崖州)     

 

羽窟 (河南道 沂州 羽山)     

 

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

交遊人物:

 張署

 張署 當地交遊(江南西道 郴州 郴州)

 

 

88 憶昨行和張十一
(かねて過ぎ去ったころの歌、張十一署に和す。)

憶昨夾鍾之呂初吹灰,上公禮罷元侯回。
かねて過ぎ去ったころのこと、季節の変わり目に吹く爽鐘の呂のはじめて灰を吹いた日のことであった、上代の聖人を祭りをしおえてこの江陵の節度使裴均長官がお帰りになられた
車載牲牢甕舁酒,並召賓客延鄒枚。
車に神に供える牛・羊・豚をの、神酒の甕を担がせている、宴に召された賓客に漢代の枚乗と鄒陽のような文豪たちが居並んだ。
腰金首翠光照耀,絲竹迥發清以哀。
腰には金の佩び玉をつけ、翡翠の羽飾りはきらきら輝いている、遠くからわき起こる管絃楽は清らにも哀れであった。
青天白日花草麗,玉斝屢舉傾金罍。
空は青く晴れ渡り、真昼の太陽は白くふりそそぐ、 花も草もうるわしく広がる、宝玉のさかずきはしばしば飲み干し、黄金色の真鍮の酒壷は傾けられた。
#2
張君名聲座所屬,起舞先醉長松摧。

その時、張君を召し出されたが、張君の名声は我々左遷や不遇の一座のものの注目するところとなっているので、よってたかって酒を勧めたものだから、酔っぱらってしまう、そして立ち起きて舞い、また酔うてしまい、松の巨木が、さながらくずれてしまうようなものであった。
宿酲未解舊痁作,深室靜臥聞風雷。
ところが、二日酔いのさめないうちに前からのマラリヤが持病となってしまい、発作が起こってくる、奥の間で絶対安静にしていると高熱に耳鳴りがして大風雷鳴を聞いているようだ。
自期殞命在春序,屈指數日憐嬰孩。

こうして、寒熱の繰り返しに苦しんで、容易に治りそうもないところから、自分の命も最後となる時期かと春の季節のあと追い 命も尽きてしまうものと思っている、もう幾日と指折り数え、赤子を不憫に思うようである。
3

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。

こうして自分が病床を訪れた時に、危辭苦語の君の言葉は 耳にするにつけいたましく遺言かと思え、感じられて、はらはら落ちる涙を掩いもしないで、流すだけであった。
念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。

少し前のことを思い出すと、きみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて夜舟を勧めた、 その時、高いマストのあるりっぱな舟でも危険な状態におちいった。
陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。

その後、自分は陽山に、君は臨武におり、その両所を共に去ること、その両所は遠くはないのに中間には険阻な山脈があって、鳥だけが通れる一筋道しかなく、駅馬もこの地をいやがって、むりに走らせようとしても、しきりにつまずき倒れて進まなかったのである。

(憶昨行【おくさくこう】張十一に和す
憶ふ昨に夾鍾【きょうしょう】の呂【りょ】の初めて灰【はい】を吹きしとき,上公の禮 罷【おわ】って元侯【げんこう】回【かえ】る。
車には牲牢【せいろう】を載せ甕【かめ】には酒を舁【か】く,賓客を並び召して鄒枚【すうばい】を延【ひ】く。
腰金【ようきん】と首翠【しゅすい】と光照【こうしょう】耀【よう】す,絲竹【しちく】迥【はるか】に發す清にして哀。
青天【せいてん】白日【はくじつ】花草麗【うるわ】し,玉斝【ぎょくか】屢ば舉げて金罍【きんらい】を傾く。
#2
張君の名聲は座の所する屬,起って舞ひ先ず醉いて長松の摧くるごとし。
宿酲【しゅくてい】の未だ解けざるに舊痁【きゅうせん】作【おこ】る,深室【しんしつ】に靜臥【せいが】して風雷を聞く。
自ら期す命を殞【おと】すは春序【しゅんじょ】に在りと,指を屈り日を数へて嬰孩【えんがい】を憐む。
#3
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。

念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。
陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。
#4
蛇を踐み蠱【こ】茹【くち】いて死を擇【えら】ばず,忽【たちま】ち有飛詔【ひしょう】の天より来る有りしも。
伾文【ひぶん】は未だ揃【き】られずして崖州【がいしゅう】も熾【さかん】なり,赦宥【しゃゆう】を得たりと雖も恒に愁猜【しゅうせい】す。

近者【ちかごろ】三奸【さんかん】の悉【ことごと】く破碎【はさい】せられ,羽窟【はくつ】の底無きに黃能【こうたい】を幽す。
#5

眼中に了了として國を見,歸る日有を知って眉【まゆ】方【まさ】に開かむとす。
今は君の縱【たとい】天涯の吏に署せらるるとも,檄を投じて北に去る何ぞ難からむや。
無妄の憂は藥することなくして喜ぶ,一善は自ら千災を禳【はら】うに足る。

#6

頭は軽く目の朗かに肌骨は健かなり,古劍【】新に劚【けず】って塵埃【じんあい】を磨【はら】う。
殃【わざわい】は消え 禍【まがつみ】は散じ 百福 【ひゃくふく】並す,此從より直ちに耇【こう】と鮐【たい】とに至らむ。
嵩山の東頭 伊洛の岸,勝事 穿栽【せんさい】を須【もち】うるを假らず。
君よ當に先行すべし我は満つるを得たむ,沮溺【そでき】繼ぐべし年を窮るまで推【たがや】さむ。

 

《憶昨行和張十一》現代語訳と訳註

(本文) 
3

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。 

念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。 

陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。 

 

 

(下し文)
危辭【きじ】苦語【くご】我が耳に感ず,淚落ちて掩はず何ぞ漼漼【さいさい】。

念う昔ごろ君に従って湘水を渡りしが,大帆 夜に割けて 高桅【こうき】窮りき。

陽山の鳥路【ちょうろ】は臨武【りんぶ】に出づるも,驛馬【えきば】地を拒みて驅れども頻りに隤【つまず】く。

 

(現代語訳)

こうして自分が病床を訪れた時に、危辭苦語の君の言葉は 耳にするにつけいたましく遺言かと思え、感じられて、はらはら落ちる涙を掩いもしないで、流すだけであった。
少し前のことを思い出すと、きみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて夜舟を勧めた、 その時、高いマストのあるりっぱな舟でも危険な状態におちいった。
その後、自分は陽山に、君は臨武におり、その両所を共に去ること、その両所は遠くはないのに中間には険阻な山脈があって、鳥だけが通れる一筋道しかなく、駅馬もこの地をいやがって、むりに走らせようとしても、しきりにつまずき倒れて進まなかったのである。


(訳注) 
3

憶昨行和張十一

1. (かねて過ぎ去ったころの歌、張十一署に和す。)
2. ・憶昨行和張十一底本巻三。江陵での作。憶昨は初句の二字をとった。張十一は張署。
3.
 ・ 昔と同じで過ぎ去った日。

 

危辭苦語感我耳,淚落不掩何漼漼。
こうして自分が病床を訪れた時に、危辭苦語の君の言葉は 耳にするにつけいたましく遺言かと思え、感じられて、はらはら落ちる涙を掩いもしないで、流すだけであった。
22.危辭苦語 あやぶみおそれることば。
23.
漼漼 さめざめ涙を流すさま。集韻に云う「漼雪霜積聚貌。」とある。文選陸機の祭、魏文帝の文に「指季豹而漼焉。」とあって、その注に「漼涕泣垂貌。」とある。

 

念昔從君渡湘水,大帆夜劃窮高桅。
少し前のことを思い出すと、きみと一緒に湘水を渡ったときのことだが、大きな帆を夜中に袈けて夜舟を勧めた、 その時、高いマストのあるりっぱな舟でも危険な状態におちいった。
24. ・従君 韓愈は陽山と張署は郴州臨武と、同時に南方に流され、同じ舟で湘水を渡った。
25.
 ・ さける。船の帆を張り上げる。
26.
 ・窮高桅 桅はマスト。高いマストのあるりっぱな舟でも危険な状態におちいった。


陽山鳥路出臨武,驛馬拒地驅頻隤。
その後、自分は陽山に、君は臨武におり、その両所を共に去ること、その両所は遠くはないのに中間には険阻な山脈があって、鳥だけが通れる一筋道しかなく、駅馬もこの地をいやがって、むりに走らせようとしても、しきりにつまずき倒れて進まなかったのである。
27.
 ・鳥路 鳥だけが通れる道。地上を歩くものはどんな動物でも通れないような峻路。
28.
 ・臨武 張署の貶謫地、郴州にある。現在、臨武県は中華人民共和国湖南省郴州市に位置する県。

驛馬 勅令や文章を地方に配布、傳令するため、駅に置かれた替え馬を言う。駅伝制は、長安を中心とした各地方につながる道路、水路を整備した。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、達した。

29. ・拒地 地を歩くことを嫌がる。
30.
 ・驅頻隤 むりに走らせると、しきりにつまずきたおれた。

 

危辭苦語感我耳,淚落不揜何漼漼。

集韻云「漼雪霜積聚貌。」選「指季豹而漼焉。」注「漼涕泣垂貌。」 切漼七回。

念昔從君渡湘水,大帆夜划窮高桅。云帆船上檣竿切劃忽麥切桅五回

陽山鳥路出臨武、公責連之陽山、今張為彬之臨武郴。在江南連則廣南也。

驛馬拒地驅頻隤。三館本作槌方云博雅槌□也。亦有義。今按方義暗僻不可曉此但言當謫官時馳驛發遣而山路險惡故羸馬拒地不進被驅而屢至傾隤耳隤或取詩我馬虺隤字然其義但為不能升髙之病又似未必然也。 隤杜回切

 

 

危辭苦語感我耳、淚落不揜何漼漼。徂回切選指季豹而/漼焉注涕泣垂皃

念昔從君渡湘水、湘或/作湖大帆夜劃窮髙桅。吾回切/檣竿

陽山鳥路出臨武、驛馬拒地驅頻隤。三館本作槌方云雅槌椎也。亦有義

今按/方義暗僻不可曉此但言當謫官時馳驛發遣而山路險惡故羸馬拒博地不進𬒳驅而屡至傾隤耳隤或/取虺隤字然其義但爲不能升髙之病又似未必然也。