806-173 先生-15-08上襄陽於相公書   -# 1

 

 

2017119

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

757年 s-71擬古,十二首之六(巻二四(二)一三七七) -#2漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9433

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未編年 s-69擬古,十二首之四(巻二四(二)一三七六) -#1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9420

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-173 先生-巻15-08上襄陽於相公書 -# 1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9371

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806年-集20- 韓昌黎集字解集會合聯句【案:韓愈、張籍、孟郊、張徹】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9310

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-146 峽隘(卷一九(四)一七二六)注(1160) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9265

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767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年-集-20-3 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(3) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9267

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (289)回目 歐陽烱 巻六 《鳳樓春鳳》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9443 (11/09)

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花間集 訳注解説 (238)回目毛文錫【字解集】a.虞美人二首 b.酒泉子 c.喜遷鶯 d.西溪子 e.中興樂 f.更漏子 g.接賢賓 h.贊浦子》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9037 (09/05)

 

 

 

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

臺新詠 巻三  目次  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9437

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玉集-019【字解集】  悼亡詩二首其三  Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9207

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

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●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

八、2.83 薛濤 《送扶煉師 》 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ9452

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806-173 先生-15-08上襄陽於相公書   -# 1 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9371

 

 

韓愈詩-韓愈145-#1

至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1

伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡胡笳辭詩》《移族從》並《與京兆書》。
襄陽から鄧州の北境までの節度府の閣下御制作の文書を讀んだのでこの書を寄せ奉る

伏して閣下御制作の「文武順聖樂辭」文武順聖楽の歌辞)、「天保樂詩」天保楽の詩「讀蔡琰胡笳辭詩」蔡琰が胡茄の辞を読むの詩「移族從」族従に移し)、幷びに「與京兆書」(京兆に与うる書をお示し頂いた。

昌黎先生集15-08

上襄陽於相公書 #1

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9371

 806年貞元22 39

 <173

 全唐文551-11 至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1

伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡胡笳辭詩》《移族從》並《與京兆書》。

自幕府至鄧之北境凡五百餘裏,自庚子至甲辰凡五日,手披目視,口詠其言,心惟其義,且恐且懼,忽若有亡,不知鞍馬之勤,道途之遠也。

夫澗穀之水,深不過咫尺,邱垤之山,高不能逾尋丈,人則狎而玩之。及至臨泰山之懸崖,窺巨海之驚瀾,莫不戰掉悼栗,眩惑而自失。所觀變於前,所守易於,亦其理宜也。

#4

閣下負超卓之奇材,蓄雄剛之俊德,渾然天成,無有畔岸,而又貴窮乎公相,威動乎區極,天子之毗,諸侯之師。故其文章言語,與事相侔,憚赫若雷霆,浩汗若河漢,正聲諧《韶》《》,勁氣沮金石,豐而不餘一言,約而不失一辭,其事信,其理切。孔子之言曰:「有德者必有言。」信乎其有德且有言也!揚子雲曰:「《商書》灝灝爾,《周書》噩噩爾。」信乎其能灝灝而且噩噩也!

7

昔者齊君行而失道,管子請釋老馬而隨之;樊遲請學稼,孔子使問之老農。夫馬之智不賢於夷吾,農之能不聖於尼父,然且雲爾者,聖賢之能多,農馬之知專故也。

今愈雖愚且賤,其從事於文,實專且久,則其讚王公之能,而稱大君子之美,不為僭越也。伏惟詳察。愈恐懼再拜。

 

商山、南陽、襄陽 地図01

 

作時年:

806

貞元22

39

全唐文卷別:

551-11 

文體:

書 啓

昌黎先生集 

15-08

 

 

詩題:

至鄧州北寄上襄陽於相公書 (上襄陽於相公書)

序文

作地點:

長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

 

及地點:

 

 

交遊人物:

 于頔・襄陽相公

 書簡(襄陽節度使)

 

 

 

 

 

 

交遊人物:

 

 

 

至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1襄陽から鄧州の北境までの節度府の閣下御制作の文書を讀んだのでこの書を寄せ奉る

伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡胡笳辭詩》《移族從》並《與京兆書》。
伏して閣下御制作の「文武順聖樂辭」文武順聖楽の歌辞)、「天保樂詩」天保楽の詩「讀蔡琰胡笳辭詩」蔡琰が胡茄の辞を読むの詩「移族從」族従に移し)、幷びに「與京兆書」(京兆に与うる書をお示し頂いた。

 

襄陽一帯 

至鄧州北寄上襄陽於相公書』現代語訳と訳註解説
(
本文)

至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1

伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡胡笳辭詩》《移族從》並《與京兆書》。

(下し文)
(至鄧州の北、襄陽の相公の書に寄せ上る) #1

伏して《文武順聖樂の辭》《天保樂の詩》《蔡胡笳の辭を讀むの詩》《族從に移す》びに《京兆に與うるの書》を示し蒙る。

(現代語訳)
至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1襄陽から鄧州の北境までの節度府の閣下御制作の文書を讀んだのでこの書を寄せ奉る

伏して閣下御制作の「文武順聖樂辭」文武順聖楽の歌辞)、「天保樂詩」天保楽の詩「讀蔡琰胡笳辭詩」蔡琰が胡茄の辞を読むの詩「移族從」族従に移し)、幷びに「與京兆書」(京兆に与うる書をお示し頂いた。


(訳注) 

至鄧州北寄上襄陽於相公書 #1

1.襄陽から鄧州の北境までの節度府の閣下御制作の文書を讀んだのでこの書を寄せ奉る

2 鄧州 鄧州(とうしゅう)は中国にかつて存在した州。魏晋南北朝時代・隋代、隋朝が成立すると当初は荊州が設置され49県を管轄した。587年(開皇7年)に鄧州と改称、607年(大業3年)、郡制施行に伴い鄧州は南陽郡と改称され下部に8県を管轄した。

3 相公 于襄陽公、襄陽大都督となる。驕蹇不法、ついに朝に入る。

《新唐書地理志》「于頔傳,頔為襄陽節度,襄有髹器,天下以為法。至頔驕蹇,故方帥不法者,稱為『襄樣節度』。」(于頔傳に,頔は襄陽節度と為し,襄に髹器有り,天下以て法と為す。頔 驕蹇に至り,故に方に帥 不法者なり,『襄樣節度』と稱為す。

 

伏蒙示《文武順聖樂辭》《天保樂詩》《讀蔡胡笳辭詩》《移族從》並與《京兆書》。

伏して閣下御制作の「文武順聖樂辭」文武順聖楽の歌辞)、「天保樂詩」天保楽の詩「讀蔡琰胡笳辭詩」蔡琰が胡茄の辞を読むの詩「移族從」族従に移し)、幷びに「與京兆書」(京兆に与うる書をお示し頂いた。

4 文武順聖樂辭 干公が献上した楽府(歌曲)の名。唐德宗以後、方鎮多製樂舞以献頔、献順聖樂曲、其曲將半行綴皆伏一人舞于中又令女妓爲佾舞 雄徤壯妙號文武順聖楽。

5 天保樂詩 天宝(玄宗の年号)の音通という。

6 讀蔡胡笳辭詩 後漢の学者蔡邕の娘、琰、字は文姫、博学で才があった。乱に遭って胡騎に捕らえられて、匈奴に十二年住み、二子があった。曹操が買い取って董祀に嫁にやった。「胡茄十八拍詞」は匈奴での苦しみを歌ったものである。

7 移族從 廻状の手紙を移文、または移という。つかわす。廻読させる。・族従 一族や家来。

8 京兆書 ・京兆 京都の長官、京兆尹の李実。804年監察御史に進んだが、京兆尹・李実を弾劾したとして、連州陽山の縣令に貶謫されたこともあって、この文のように異様なまでの襄陽相公を賞賛したのであろう。
納涼 003