807年元和二年40- 巻一-01元和聖德詩 #7

98.

 

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807年元和二年40- 巻一-01元和聖德詩 #7 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9735

「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」
劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。

 

 

 

 

韓昌黎集 巻一《元和聖徳詩》

 

 

 

 

 

説文 s11-1

此詩元和二年作。《憲宗紀》:永貞元年八月即位,明年正月改元元和。楊惠琳據夏州叛。三月辛巳,夏州兵馬使周承全斬惠琳,傳首以獻。九月辛亥,高崇文奏收成都,擒劉辟以獻。

21-2

十月壬午,淄青李師道,十一月戊申,武寧張皆受命。二年正月己丑朔,上親獻太清宮太廟。辛卯,祀昊天上帝於郊丘。還宮,大赦天下。公時為國子博士,分教東都,此詩所以作也。

31-3

穆伯長曰:“退之《元和聖德詩》、《淮西碑》,柳《雅章》之類,皆辭嚴義偉,制作如經,能然聳唐德於盛漢之表。”《筆墨閑錄》云:“此序乃司馬遷之文,非相如文也。”

 

説文 (2) s4
元和聖德詩(並序。初憲宗即位,劍南劉闢自稱留後以叛。元和元年正月,以高崇文為左神策行營節度使討闢。九月,克成都,十月,闢伏誅。二年正月己丑,朝獻於大清宮。庚寅,朝享於太廟。辛卯,祀昊天上帝於郊丘,還宮,大赦天下。) 韓愈


元和聖德詩並序。 s5 (序-1
臣愈頓首再拜言。臣伏見皇帝陛下即位已來,誅流姦臣,朝廷清明、無有欺蔽。

外斬楊惠琳・劉闢,以收夏蜀,東定青徐積年之叛,海怖駭,不敢違越,郊天告廟,神靈歡喜,風雨晦明,無不從順。

6 (序-2

太平之期,適當今日。臣蒙被恩澤,日與群臣序立紫宸殿陛下,親望穆穆之光。

而其職業,又在以經籍教導國子。誠宜率先作歌詩以稱道盛德,不可以辭語淺薄不足以自效為解。

7(序-3

輒依古作四言元和聖德詩一篇。

凡千有二十四字,指事實錄,具載明天子文武神聖,以警動百姓耳目,傳示無極,其詩曰。


元和聖德詩  (七大段)一段20句 #1§1-1
皇帝即阼,物無違拒。曰暘而暘,曰雨而雨。
維是元年,有盜在夏。欲覆其州,以踵近武。

#2   1-2
皇帝曰嘻,豈不在我。負鄙為艱,縱則不可。
出師征之,其眾十旅。
#3
   1-3
軍其城下,告以福禍。腹敗枝披,不敢保聚。

擲首陴外,降幡夜豎。

 

二段36句  #4  §2-1

疆外之險,莫過蜀土。韋皋去鎮,劉辟守後。
血人於牙,不肯吐口。開庫啖士,曰隨所取。
#5
    2-2
汝張汝弓,汝鼓汝鼓。汝為表書,求我帥汝。

事始上聞,在列鹹怒。皇帝曰然,嗟遠士女。
#6
    2-3

苟附而安,則且付與。讀命於庭,出節少府。

朝發京師,夕至其部。辟喜謂黨,汝振而伍。

#7    2-4
蜀可全有,此不當受。萬牛臠炙,萬甕行酒。

以錦纏股,以紅帕首。

#8    2-5

有恇其凶,有餌其誘。其出穰穰,隊以萬數。

遂劫東川,遂據城阻。

三段30句   #9  §3-1

皇帝曰嗟,其又可許。爰命崇文,分卒禁禦。
有安其驅,無暴我野。日行三十,徐壁其右。
#10
    3-2
辟黨聚謀,鹿頭是守。崇文奉詔,進退規矩。
戰不貪殺,擒不濫數。四方節度,整兵頓馬。
#11
    3-3

上章請討,俟命起坐。皇帝曰嘻,無汝煩苦。
荊並洎梁,在國門
。出師三千,各選爾醜。
#12
    3-4
四軍齊作,殷其如阜。或拔其角,或
其距。
長驅洋洋,無有齟齬。

 

四段34句  #13  §4-1

八月壬午,辟棄城走。載妻與妾,包裹稚乳。

是日崇文,入處其宇。分散逐捕,搜原剔藪。

#14    4-2

辟窮見窘,無地自處。俯視大江,不見洲渚。

遂自顛倒,若杵投臼。取之江中,枷脰械手。

#15    4-3

婦女累累,啼哭拜叩。來獻闕下,以告廟社。

周示城市,鹹使觀睹。

#16    4-4

攣索,夾以砧斧。婉婉弱子,赤立傴僂。

牽頭曳足,先斷腰膂。
#17
    4-5

次及其徒,體骸撐拄。末乃取辟,駭汗如寫。

揮刀紛紜,爭膾脯。


五段28句  #18  §5-1 

優賞將吏,扶珪綴組。帛堆其家,粟塞其庾。
哀憐陣沒,廩給孤寡。贈官封墓,周匝宏溥。
#19
    5-2
經戰伐地,寬免租簿。施令酬功,急疾如火。
天地中間,莫不順序。幽恒青魏,東盡海浦。

#20    5-3

南至徐蔡,區外雜虜。怛威赧德,踧踖蹈舞。

掉棄兵革,私習簋簠。

#21    5-4

來請來覲,十百其耦。皇帝曰籲,伯父叔舅。

各安爾位,訓厥甿畝。


 

六段56句  #22   §6-1
正月元日,初見宗祖。躬執百禮,登降拜俯。

薦于新宮,視瞻梁梠.。戚見容色,淚落入俎。
#23
     6-2

侍祠之臣,助我惻楚。乃以上辛,於郊用牡。
除于國南,鱗筍毛簴。廬幕周施,開揭磊砢,

#24    6-3

獸盾騰拏,圓壇帖妥。天兵四羅,旂常婀娜。

駕龍十二,魚魚雅雅。宵升於丘,奠璧獻斝。
#25
  §6-4

眾樂驚作,轟豗融冶。紫焰噓呵,高靈下墮。
群星從坐,錯落侈哆。日君月妃,煥赫婐梔。

#26   6-5

瀆鬼濛鴻,嶽祗峨。飫沃膻薌,祥降嘏。
鳳凰應奏,舒翼自拊。赤麟黃龍,逶陀結糾。
#27
   6-6

卿士庶人,黃童白叟。踴躍歡呀,失喜噎歐。
乾清坤夷,境落褰舉。帝車回來,日正當午。
#29
    §6-7

幸丹鳳門,大赦天下。滌濯剗,磨滅瑕垢。

續功臣嗣,拔賢任耇,孩養無告,仁滂施厚。

七段52句   #30  §7-1

皇帝神聖,通達今古。聽聰視明,一似堯禹。
生知法式,動得理所。天錫皇帝,為天下主。
#31
    7-2

並包畜養,無異細。億載萬年,敢有違者?

皇帝儉勤,盥濯陶瓦。斥遣浮華,好此綈紵。
#32
    7-3

敕戒四方,侈則有咎。天錫皇帝,多麥與黍。
無召水旱,耗於雀鼠。億載萬年,有富無窶。
#33
    7-4

皇帝正直,別白善否。擅命而狂,既翦既去。

盡逐群奸,靡有遺侶。天錫皇帝,厖臣碩輔。

#34    7-5

博問遐觀,以置左右。億載萬年,無敢餘侮。
皇帝大孝,慈祥悌友。怡怡愉愉,奉太皇后。

#35    7-7

浹於族親,濡及九有。天錫皇帝,與天齊壽。
登茲太平,無怠永久。

36    7-8

億載萬年,為父為母。博士臣愈,職是訓詁。

作為歌詩,以配吉甫。

 

807年元和二年40

元和聖德詩((七大段)二段36句 #5 §2-2

昌黎先生集 巻一-01

全唐文/0551

807年元和二年40

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9721

807年元和二年40巻一-01元和聖德詩 #5 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9721

二段36句  #5  §2-2

 

元和聖德詩  (七大段)一段20句 #1§1-1
(即位された、今生天子は元和という年号にされ、天晴な英主として、唐室中興の望みとして嘱され、韓愈は、憲宗の神武を讃頌するとともに、それとともに、その「知」を得んがためにこの詩を作った)

皇帝即阼,物無違拒。

皇帝が即位されました、万物これに違背したり拒絶したりするものがまったくなかった。

曰暘而暘,曰雨而雨。
そうした中、即位元年、叛逆の盗賊、楊恵琳が蜀・夏州に起こし、その州をおのれの所有にし、

維是元年,有盜在夏。

従来大逆を企てた李錡烈・朱玼などの先例を継続し、真似をした意味でも盗賊と呼んだ。
欲覆其州,以踵近武。

それらの州で反乱を起こしたのである、それは近頃の李希烈や朱沘などの叛乱をみならっておこしたということなのである。

#2   1-2
皇帝曰嘻,豈不在我。

その叛逆の事は、朝廷に伝わり、皇帝陛下は詔を下し、『ああ、』という声に続き、「そのような叛乱の誅戮処理についての責任は、天子の職分ではないといえようか。」と皇帝自ら反省の言葉をいわれた。
負鄙為艱,縱則不可。
この楊惠琳は、華州などという辺鄙の要害の地であり、時局の艱難の時期に乗じて、叛乱をおこした、これをそのまま放置してゆくことはできない、徹底的に懲らしめなければならないのである。
出師征之,其眾十旅。

軍隊を出動させてこの叛乱を征伐することになり、その師団には十旅団5000人であった。
#3   1-3
軍其城下,告以福禍。

その両軍は揚恵琳の根拠地の城を包囲した。そして、直ちに降伏すれば、このような恩恵が与えられ、もし、反抗すれば、このような罰をうけなければならない、と叛乱軍将兵に通告したのである。
腹敗枝披,不敢保聚。

そもそも、この地は都から遠く離れた辺境の地であり、その間に峻道がある、そのために蜀の国の管理を見過ごしていたのである。
擲首陴外,降幡夜豎。

西川節度使南康忠武王韋皋が死んでからは別の節度使が任命されたが劉闢はこれに従わず軍隊で蜀を固めた。
(元和の聖德の詩)

皇帝 阼【そ】に即き、物に違拒【いきょ】無し。
暘【ひで】れと日へは賜り、雨ふれと日へは雨ふる。
維れ是れ 元年、盜有り 夏に在り。
其の州を覆【くつがえ】して、近武【きんぶ】を踵【つ】がむと欲す
#2

皇帝日く 嘻【ああ】、豈に我に在らざらむや。
鄙【ひ】を負【たの】みて艱【かん】を為す、縱【ゆる】さば不可 と。
師を出して之を征す、其の衆 十旅【じゅうりょ】。
#3

其の城下に軍し、告ぐるに福禍【ふくか】を以てす。

腹敗れ 枝披け、敢て保宋せず。
首を陣の外に榔ち、降幡 夜 竪つ。

 

二段36句  #4  §2-1

疆外之險,莫過蜀土。

そもそも、この地は都から遠く離れた辺境の地であり、その間に峻道がある、そのために蜀の国の管理を見過ごしていたのである。
韋皋去鎮,劉辟守後。
西川節度使南康忠武王韋皋が死んでからは別の節度使が任命されたが劉闢はこれに従わず軍隊で蜀を固めた。
血人於牙,不肯吐口。

人を牙にかけて血まみれにする。人民の膏血をすすって、搾りつくすだけ絞り、収奪したのである。
開庫啖士,曰隨所取。

天子に上納すべき税金などをおさめた倉庫をひらいて、自分の部下に好きなだけ与えることもした。
#5    2-2
汝張汝弓,汝鼓汝鼓。
そして「お前たちはお前たちの弓に絃を張れ」、「お前らはお前らの軍太鼓を打ち鳴らして集まるのだ。」と。
汝為表書,求我帥汝。
そうした後に「お前たちは上表文を書くのだ」。そしてそれは「わたしを、おまえたちの将帥とするよう、請求せよ。」ということであった。
事始上聞,在列鹹怒。
事件の報告を、天子がはじめて聞かれたときのことである。朝廷にいならぶ朝臣たちはそのことを聞いて、ことごとくみな激怒した。
皇帝曰然,嗟遠士女。
憲宗皇帝は「しかり」といわれたことにつづいて「ああ、遠い辺境のよわき民たちよ」。
#6    2-3

苟附而安,則且付與。

「もし、劉闢に附き随って、それで安らかに暮らせるならば、それならば、まあしばらくの間、劉闢に、おまえたちを治める権限を与えてみてみるか。」
讀命於庭,出節少府。

大臣の任命には、朝廷で、中書舎人が任命書を読みあげ、節度使を任命するさいの割符を朝廷の倉庫からださせた。
朝發京師,夕至其部。

ある朝都を出発し、幾日もかけてある日の夕刻に劉闢の所在地であるその場所についた。
辟喜謂黨,汝振而伍。

劉闢は喜びかえり、その使者に謂ったのだ、「使者よ君は君の五人の兵卒をしっかりとととのえなさい。」

#7    2-4
蜀可全有,此不當受。

「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
萬牛臠炙,萬甕行酒。

「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」
以錦纏股,以紅帕首。

劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。
#8    2-5

有恇其凶,有餌其誘。

其出穰穰,隊以萬數。

遂劫東川,遂據城阻。

#4

疆外の険は、筍土に過ぐる莫し。
貴幸 鏡を去り、劉関 守後たり。
人を牙に血ぬり、育て口より吐かず。
庫を開いて士に唱はしめ、日く 取る所の随にせむ。
#5

汝は汝の弓を張れ、汝は汝の鼓を鼓て。
汝は表書を為り、我を求めて汝に帥たらしめよ と。

事 始めて上聞せしとき、在列 鹹【ことごと】く怒る。

皇帝日く 然り、嗟 遠き士女。

#6

苛【いやし】くも附きて安んぜば、則ち且く付與【ふよ】せむ と

命を庭に読み、節を少府より出す。

朝に京師【けいし】を發し、夕に其の部に至る。

闢【へき】は喜びて黨【とう】に謂ふ、汝 而の伍を振【ととの】へよ

#7

蜀は全く有【たも】つ可し、此れ 當【まさ】に受くべからず と。

萬牛【ばんぎゅう】臠炙【しんしゃ】し,萬甕【ばんろう】酒を行【や】る。

錦を以て股に纏ひ、紅を以て首に帽く。

#8

悟れて其れ兇となれる有り、餌もて其れ誘はれたる有り。

其の出づること 穣穣、除 寓を以て数ふ。

遂に東川を劫し、蓬に城阻に操る。

 

 

《元和聖德詩》現代語訳と訳註解説

 (本文)

#7    2-4

蜀可全有,此不當受。

萬牛臠炙,萬甕行酒。

以錦纏股,以紅帕首。

 

(下し文)
#7

蜀は全く有【たも】つ可し、此れ 當【まさ】に受くべからず と。

萬牛【ばんぎゅう】臠炙【しんしゃ】し,萬甕【ばんろう】酒を行【や】る。

錦を以て股に纏ひ、紅を以て首に帽く。

 

(現代語訳)

「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」
劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。

(訳注)

元和聖德詩
50.
 (即位された、今生天子は元和という年号にされ、天晴な英主として、唐室中興の望みとして嘱され、韓愈は、憲宗の神武を讃頌するとともに、それとともに、その「知」を得んがためにこの詩を作った)


蜀可全有,此不當受。
「この蜀の全土はすべて私が守るのであり、こんな狭い場所の節度使の任命は受けるにあたらない。」と。
98. ・ この任命書。蜀の一部の地域の節度使の任命書という意味。
99.
 ・不当受 受けとるべきでない。


萬牛臠炙,萬甕行酒。
「ありったけの牛を出して焼肉にせよ、そしてありったけの酒甕を出してお酌をしてやれ。」
100. ・臠炙 肉を火にあぶる。
101.
 ・行酒 酒の酌をする。ここでは宴会をするという意。

 

以錦纏股,以紅帕首。
劉闢の贅沢は錦のパンツを着衣するほどのもので、そのうえ赤い絹を鉢巻をするのである。
102. ・以錦繹股 錦の布をパソツにしてはく。むちゃくちゃなぜいたくをすることを、このように表現しているのである。
103.
 ・ 紅い絹布。絹もこの時代には貨幣の代用とされた貴重なもの。
104.
 ・帕首 鉢巻をする。