807-09元和二年40歳《釋言§1-2》〔#02

 

 

2018314

の紀頌之"6"つの校注Blog

送楊燕之東魯

釋言§1-2〔#02

昔遊二首其二-#1 

孫光憲 菩薩蠻五首其一

雜詩九首其一 3.鮑照

4.鴻門の会

李白詩

韓愈詩

杜甫詩

花間集

玉臺新詠

古代史女性論

 

 

2018314

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

747-0ⅴ【字解集】6首・戰城南二首 ・贈丹陽橫山周處士惟長 ・贈崔郎中宗之 ・贈崔諮議 ・崔四侍御 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之の李白詩訳注解説Blog10247

LiveDoo

rBlog

746-【字解集】21.魯東門觀刈蒲 22.魯郡堯祠送五之琅琊 23.魯郡堯祠送張十四遊西北Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集Blog9884

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

807年-06元和二年40歳《5.【字解集】》〔毛頴傳〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10255

LiveDoo

rBlog

807年-05元和二年40歳《【字解集】》〔酬裴十六功曹巡府西驛塗中見寄・記夢〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10066

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-230 昔遊-#1(卷二○(四)一七九五)注(1247)昔謁華蓋君 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10242

LiveDoo

rBlog

767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9366

767年 【字解集】152.課小豎鉏斫舍北果,林枝蔓荒穢淨,訖移床,三首 155.反照 157.向夕 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9645

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (391)回目《孫光憲巻七48河傳四首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10271 (03/09)

  fc2

Blog

花間集 訳注解説 (313)回目和凝【字解集】11柳枝三首  12.漁父一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9639 (12/07)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉臺・巻4•2-2 -#8 秋胡詩一首(有懷誰能己)〔顏延之〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10251

LiveDoo

rBlog

巻三-29 【字解集】雜詩三首其一~其三  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 10077

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

魚玄機関連詩-【字解集】〔孫光憲・辛文房・李郢〕北夢瑣言・唐才子傳  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10245

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

807-09元和二年40歳《釋言§1-2》〔#02〕Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之Blog10254

職務は天子さまにちかく、場所は禁中であったので、お手紙をさしあげなかった。

いま、わたしのためにきみの詩文を清書して一巻にし、持って来てほしい。」

わたしはかしこまってお礼をいい感謝の意を表した。

ひきさがってから詩文若干篇を書き取り、日がらをえらんで献上した。

 

 

 

 

韓昌黎文集校注 巻二 68 (原文 巻十三022

 

 

釋言

作者:韓愈 唐                 

・全唐文/0559-02

・韓愈全集校注〔三〕1701 

・韓昌黎文集校注 巻二 68 (原文 巻十三02

 

§1

元和元年六月十日,愈自江陵法曹詔拜國子博土,始進見今相國鄭公。公賜之坐,且曰:「吾見子某詩,吾時在翰林。

職親而地禁,不敢相聞。今為我寫子詩書為一通以來。」愈再拜謝,退錄詩書若干篇,擇日時以獻。

§2

於後之數月,有來謂愈者曰:「子獻相國詩書乎?」曰:「然。」曰:「有為讒於相國之座者曰:韓愈曰:相國征餘文,餘不敢匿,相國豈知我哉!’子其慎之!」

§3

愈應之曰:「愈為御史,得罪德宗朝,同遷於南者凡三人,獨愈為先收用,相國之賜大矣;百官之進見相國者,或立語以退,而愈辱賜坐語,相國之禮過矣;四海九州之人,自百官以下,欲以其業徹相國左右者多矣,皆憚而莫之敢,獨愈辱先索,相國之知至矣。賜之大,禮之過,知之至,是三者於敵以下受之,宜以何報?況在天子之宰乎!

§4

人莫不自知,凡適於用之謂才,堪其事之謂力,愈於二者,雖日勉焉而不近。束帶執笏,立士大夫之行,不見斥以不肖,幸矣,其何敢敖於言乎?夫敖雖凶德,必有恃而敢行。愈之族親鮮少,無扳聯之勢於今;不善交人,無相先相死之友於朝;無宿資蓄貨以釣聲勢;弱於才而腐於力,不能奔走乘機抵巇以要權利。夫何恃而敖?若夫狂惑喪心之人,蹈河而入火,妄言而罵詈者,則有之矣,而愈人知其無是疾也。雖有讒者百人,相國將不信之矣,愈何懼而慎歟?」

§5

既累月,又有來謂愈曰:「有讒子於翰林舍人李公與裴公者,子其慎歟!」愈曰:「二公者,吾君朝夕訪焉,以為政於天下,而階太平之治。居則與天子為心膂,出則與天子為股肱。四海九州之人,自百官以下,其孰不願忠而望賜?愈也不狂不愚,不蹈河而入火,病風而妄罵,不當有如讒者之也。雖有讒者百人,二公將不信之矣。愈何懼而慎?」

§6

既以語應客,夜歸,私自尤曰:咄!市有虎,而曾參殺人,讒者之效也。《詩》曰:「取彼讒人,投畀豺虎。豺虎不食,投畀有北。有北不受,投畀有昊。」傷於讒,疾而甚之之辭也。又曰:「亂之初生,僭始既涵。亂之又生,君子信讒。」始疑而終信之之謂也。孔子曰:「遠佞人。」夫佞人不能遠,則有時而信之矣。今我恃直而不戒,禍其至哉!

§7

徐又自解之曰:市有虎,聽者庸也;曾參殺人,以愛惑聰也;《巷伯》之傷,亂世是逢也。今三賢方與天子謀所以施政於天下。而階太平之治,聽聰而視明,公正而敦大。夫聰明則聽視不惑,公正則不邇讒邪,敦大則有以容而思。彼讒人者,孰敢進而為讒哉?雖進而為之,亦莫之聽矣!我何懼而慎?

§8

既累月,上命李公相,客謂愈曰:「子前被言於一相,今李公又相,子其危哉!」愈曰:「前之謗我於宰相者,翰林不知也;後之謗我於翰林者,宰相不知也。今二公合處而會,言若及愈,必曰:‘韓愈亦人耳,彼敖宰相,又敖翰林,其將何求?必不然!’吾乃今知免矣。」既而讒言果不行。


 

 

 

 

 

 

韓昌黎文集校注 巻二 68 (原文 巻十三02 

《釋言》(辯明)

 

 

 

 

 

《釋言》(辯明)§1-1

(韓愈は文名が高かくなっていった、一方で、嫉妬、中傷、讒言を受けそうなので、元和二年の春、宰相の鄭絪、翰林學士の李吉甫、中書舍人の裴に対して、弁明の書をつくったものである

元和元年六月十日,愈自江陵法曹詔拜國子博土,

元和元年(806)六月十日、わたしは江陵の法曹参軍から勅命によって国子博士に任ぜられた。

始進見今相國鄭公。

はじめて現在の宰相鄭綱閣下にお目通りした。

公賜之坐,且曰:「吾見子某詩,吾時在翰林。

鄭細閣下は、かけなさいといって、それから、「わたしはきみのなになにの詩を読んだ。わたしはそのとき翰林院にいたのです。

§1-2

職親而地禁,不敢相聞。

職務は天子さまにちかく、場所は禁中であったので、お手紙をさしあげなかった。

今為我寫子詩書為一通以來。」愈再拜謝,

いま、わたしのためにきみの詩文を清書して一巻にし、持って来てほしい。」

わたしはかしこまってお礼をいい感謝の意を表した。

退錄詩書若干篇,擇日時以獻。

ひきさがってから詩文若干篇を書き取り、日がらをえらんで献上した。

 

《釋言》(辯明)§1-2

元和元年六月十日。愈、江陵の法曹より、詔ありて国子博士に拝せらる。

始めて今の相国鄭公に進見す。

公之れに坐を賜う。且つ日わく、吾れ子が某の詩を見る。吾れ時に翰林に在り。

§1-2

職親しくして地禁なり。敢えて相聞せず。

今我が為に子が詩書を写して、一通と為して以て来れ、と。

愈再拝して謝す。退いて詩書若干篇を録して、日時を択んで以て献ず。

 

   釋言

   此元和二年春作宰相鄭絪翰林學士李吉甫中書舍人裴也。 

   國語云驪使奄楚以環釋言註云以言解釋也。退之作釋言取此

元和元年六月十日、或無十日字愈自江陵法曹、詔拜國子博士、

始進見今相國鄭公。公賜之坐、或無下公字且曰、吾見子某詩。

吾時在翰林。職親而地禁。不敢相聞、今為我寫子詩書、為一

通以來。我下或有盡字而無為一通以字或無為我字而有盡字一或作二

愈再拜謝、退録詩書若干篇、擇日時以獻。若干或作著于獻下或有

之字入今按著于篇雖古語然施之於此似不相 且公亦未必特用此語以為竒也。

§-2

於後之數月、有來謂愈者曰、子獻相國詩書乎。

曰、然、曰、有為讒於相國之座者曰或無為字

韓愈曰、相國徴余文。余不敢匿、相國豈知我哉。子其慎之。或無之字

§-3

愈應之曰、愈為御史、得罪德宗朝、同遷於南者凡三人三人謂公及張署李方叔也

獨愈為先收用、相國之賜大矣。百官之進見相國者、或立語以退。

而愈辱賜坐語、相國之禮過矣。以或作巳四海九州之人、

自百官已下、欲以其業徹相國左右者多矣。 

皆憚而莫之敢、獨愈辱先索。相國之知至矣。

賜之大、禮之過、知之至、是三者於敵以下受之、

宜以何報。况在天子之宰乎。

敵以或作敵已國語自敵以下則有讎註敵體也今人多用敵已字者非宰下或有相字

§-4 

人莫不自知、凡適於用之謂才、堪其事之謂力。

愈於二者、雖日勉焉而不近。束帶執笏、立士大夫之行。

不見斥以不肖幸矣。其何敢敖於言乎。或無乎字

夫敖雖凶德、必有恃而敢行。愈之族親鮮少、無扳聯之勢。

於今扳音/不善交人無相先相死之友 

於朝禮記儒有爵位/相先患難相死無宿資蓄貨以釣聲勢宿資蓄貨或/作宿貨蓄資 

弱於才而腐於力。不能奔走乗機、抵巇以要權利。巇許宜反/要平聲

夫何恃而敖。若夫狂惑喪心之人、蹈河而入火、

妄言而罵詈者則有之矣而愈人知其無

是疾也雖有讒者百人、相國將不信之矣。愈何懼而慎歟。相國或作宰/相或無歟字

§-5

既累月、又有來謂愈曰、有讒子於翰林舍人李公與裴公者。

子其慎歟、愈曰、二公者吾君朝夕訪焉、以為政於天下、

而階太平之治、或作/居則與天子為心膂、 

出則與天子為股肱、四海九州之人、自百官已下、 

其孰不願忠而望賜。不下或有/能字非是 愈也不狂不愚、不蹈河而入火

病風而妄罵、不當有如讒者之也。雖有讒者百人、二公將不信之矣。

愈何懼而慎。

§-6

既以語應客。夜歸、私自尤曰、咄、咄字見晉殷浩語當没切 市有虎

而曾參殺人、讒者之效也。市有虎見戰國策蔥語曾參殺人見史記甘茂語

詩曰、取彼讒人、投畀豺虎、豺虎不食、投畀有北、有北不受、

投畀有昊。小雅巷/伯詩 傷於讒、疾而甚之之辭也。

又曰、亂之初生、僭始既涵。亂之又生、君子信讒。小雅巧言/之詩云云

始疑而終信之之謂也。孔子曰、佞人、夫佞人不能則有時而信之矣。

今我恃直而不戒、禍其至哉。

§-7

徐又自解之曰、市有虎、聽者庸也。曾參殺人、以愛惑聰也。

巷伯之傷、亂世是逢也。聰或作聴非是亂世一作世亂

今三賢方與天子、謀所以施政於天下、而階太平之治。

聽聰而視明、公正而敦大。夫聰明則聽視不惑、聴視或作視聴

公正則不邇讒邪、敦大則有以容而思。彼讒人者、孰敢進而為讒哉。進而或/作而進

雖進而為之、亦莫之聽矣。 我何懼而慎。或無而/慎字

§-8

既累月、上命李公相。客謂愈曰、子前被言於一相、今李公又相。

子其危哉、或無/哉字 愈曰、前之謗我於宰相者、翰林不知也。

後之謗我於翰林者、宰相不知也。今二公合處而會。

言若及愈必曰、韓愈亦人耳。彼敖宰相、又敖翰林。

其將何求。必不然。吾乃今知免矣。

既而讒言果不行。宰相或皆作相國乃今或作今乃又無矣字既下或無而字

 

 

 

《釋言》現代語訳と訳註解説

(本文)

§1-2

職親而地禁,不敢相聞。

今為我寫子詩書為一通以來。」愈再拜謝,

退錄詩書若干篇,擇日時以獻。

 

(下し文)

§1-2

職親しくして地禁なり。敢えて相聞せず。

今我が為に子が詩書を写して、一通と為して以て来れ、と。

愈再拝して謝す。退いて詩書若干篇を録して、日時を択んで以て献ず。

 

(現代語訳)

職務は天子さまにちかく、場所は禁中であったので、お手紙をさしあげなかった。

いま、わたしのためにきみの詩文を清書して一巻にし、持って来てほしい。」

わたしはかしこまってお礼をいい感謝の意を表した。

ひきさがってから詩文若干篇を書き取り、日がらをえらんで献上した。

 

(訳注)

《釋言》(辯明)§1-2

1. (韓愈は文名が高かくなっていった、一方で、嫉妬、中傷、讒言を受けそうなので、元和二年の春、宰相の鄭絪、翰林學士の李吉甫、中書舍人の裴に対して、弁明の書をつくったものである

 

§1-2

職親而地禁,不敢相聞。

職務は天子さまにちかく、場所は禁中であったので、お手紙をさしあげなかった。

6. 職親 天子に再接に按する。親は近い。

7. 地禁 勤めの場所、か、普通人の出入を禁ずる宮中である。

 

今為我寫子詩書為一通以來。」愈再拜謝,

いま、わたしのためにきみの詩文を清書して一巻にし、持って来てほしい。」

わたしはかしこまってお礼をいい感謝の意を表した。

 

退錄詩書若干篇,擇日時以獻。

ひきさがってから詩文若干篇を書き取り、日がらをえらんで献上した。

8. 若干 かくのごとき個数という意味で、幾つか。そこぱく。若は「かくのごとき」(このぐらい)、千は個と同じ。一説に「若一若十」の一と十とを合わせて千とする。一から十までのいくつかと解す