漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

恋歌・女詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

柳枝五首 其五 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 118

柳枝五首 其五 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 118



其五
畫屏繡步障,物物自成雙。
鮮やかな屏風がある、縫い取りを施した外出用のとばりもある、物と物、すべてのものがみなそれぞれ自然に対と対のそろいになっている。
如何江上望,只是見鴛鴦。
なんとしたことか湖上を眺めてみた、ただそこに見えるはこれまたつがいのおしどりではないか。

其の五
画屏 繍歩障、物物 自ら双を成す。
如何ぞ湖上に望めば、只だ是れ鴛鴦を見る


柳枝五首 其五 現代語訳と訳註
(本文) 其五

畫屏繡步障,物物自成雙。
如何江上望,只是見鴛鴦。

(下し文) 其の五
画屏 繍歩障、物物 自ら双を成す。
如何ぞ湖上に望めば、只だ是れ鴛鴦を見る


(現代語訳)
鮮やかな屏風がある、縫い取りを施した外出用のとばりもある、物と物、すべてのものがみなそれぞれ自然に対と対のそろいになっている。
なんとしたことか湖上を眺めてみた、ただそこに見えるはこれまたつがいのおしどりではないか。


(語訳)
畫屏繡步障,物物自成雙。

鮮やかな屏風がある、縫い取りを施した外出用のとばりもある、物と物、すべてのものがみなそれぞれ自然に対と対のそろいになっている。
画屏 あやどり美しい屏風。○繍歩障 歩障は外出した時に用いるとばり。竹や木の枠に布を張った物。○物物自成雙 「成双」はペアになる。屏風、歩障、いずれも二枚で一揃いになっている。


如何江上望,只是見鴛鴦。
なんとしたことか湖上を眺めてみた、ただそこに見えるはこれまたつがいのおしどりではないか。


○詩型 五言絶句。
○押韻 障,雙。鴦。


自分の詩をきっかけに一人の娘と知り合ったが、自分のミス、旅の支度のもの必要需品を先に送りかえしてしまった。その日に逢えなかったことが、こうして二度と会えないことになってしまった。でも会えたとしても、一介の下級官僚風情ではどうしようもないのだ。詩歌については、広く知れ渡っても、それだけのことなのだ。朝廷内の派閥争いに負けた側の私はもう取り返しがつかないのだ。柳枝も芸妓として連れて行かれたものできょうぐうは私と違いはないのだ。
 世の中のものは何からなにまで二つにそろい、対である。江上の鴛鴦もつがいである。そのつがいになったことも私にとって将来を期待できないものとなったのだ。
 柳枝、丁香、嘉瓜、碧玉、いずれも芸妓を指す語である。美しい、おいしいと表現されれば、その反対語としては、醜い、まずいということになる。芸妓にとっては、歳を重ねることを意味している。芸妓は一度傅くとそのまま一生底で過ごすか、流民となるかであるが、流民は詩を意味する時代である。明日の食のためには我慢しかないのである。


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柳枝五首 其四 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 117

柳枝五首 其四 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 117



其四
柳枝井上蟠,蓮葉浦中乾。
柳の枝々は冬支度を始める井戸端の上で絡まり合って身を縮こまらせている、入り江の中ほどの蓮の葉は枯れている。
錦鱗與繡羽,水陸有傷殘。

錦鱗の鮮やかな魚と繍の模様きわだつ烏がいる。水のなかのものと陸上のもの、だれもみな傷を負ってそれを残したままでいるのだ。


其の四
柳枝井上に煉り、蓬莱酒中に乾く。
錦鱗と繍羽と、水陸 傷残有り。


柳枝五首 其四  現代語訳と訳註
(本文) 其四
柳枝井上蟠,蓮葉浦中乾。
錦鱗與繡羽,水陸有傷殘。

(下し文) 其の四
柳枝井上に煉り、蓬莱酒中に乾く。
錦鱗と繍羽と、水陸 傷残有り。

(現代語訳)
柳の枝々は冬支度を始める井戸端の上で絡まり合って身を縮こまらせている、入り江の中ほどの蓮の葉は枯れている。
錦鱗の鮮やかな魚と繍の模様きわだつ烏がいる。水のなかのものと陸上のもの、だれもみな傷を負ってそれを残したままでいるのだ。 


(語訳)
柳枝井上蟠,蓮葉浦中乾。
柳の枝々は冬支度を始める井戸端の上で絡まり合って身を縮こまらせている、入り江の中ほどの蓮の葉は枯れている。
柳枝 娘の名「柳枝」と柳の木の細枝。○井上 井戸端。冬支度のための砧をたたく場所であり、土手のような場所である。井は、晩秋から、初冬にかけての季語であることから、年齢の経過を連想させる。○ 砧の場所で柳が密集して植えられている情景が浮かんでくる。蛇がとぐろを巻くように太い枝が絡んでいる。細枝の柳の枝が女性を、太枝の柳が男性で絡んでいることを思わせる。○蓮葉・乾 蓮は女性、乾によって年齢の経過となる。○浦中 入り江の水辺の中ほど。


錦鱗與繡羽,水陸有傷殘
錦鱗の鮮やかな魚と繍の模様きわだつ烏がいる。水のなかのものと陸上のもの、だれもみな傷を負ってそれを残したままでいるのだ。 
錦鱗與繡羽 錦のような美しい鱗の魚と、刺繍を施したよぅにきれいな羽の鳥がいた。柳と烏、蓮と魚が関連付けられる。○有傷殘 傷を負ってそれを残したまま。柳の木に冬枯れし、棲む鳥は傷を残したまま、はすの葉は枯れ、遊ぶ鮮やかな魚も傷ついたまま。



○詩型 五言絶句。
○押韻 蟠,乾。殘。

水上の物、陸上の物、誰もみな傷めつけられている。
美しい娘も、いい詩文を作っても、身分が違えばどうしようもない。特に一度傷ついたら直すことはできないのだ。娘は年老いてくればもう相手もされないのである。

柳枝五首其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 116 

柳枝五首其三 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 116 

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柳枝五首 其 三
嘉瓜引蔓長,碧玉冰寒漿。
美しい、美味い瓜は蔓を引き合って長くのびているものだ。碧玉ともいえる実は氷のように冷えて果汁がおいしいのだ。
東陵嵗五色,不忍值牙香。

東陵の瓜は五色のものがとれるというけれど東方の諸侯のところで五年経過している五色の色に染められたのであろう、香しいその実、歯に当てるにはしのびないという美しい娘は見るだけで我が物とはしないものなのだ。


其の三

嘉瓜 蔓を引くこと長し、碧玉 寒漿氷る。

東陵 五色と嵗(さい)するも、牙香に値うに忍びず。



柳枝五首其三 現代語訳と訳註
(本文) 其三

嘉瓜引蔓長,碧玉冰寒漿。
東陵嵗五色,不忍值牙香。

(下し文) 其の三
嘉瓜(かか) 蔓を引くこと長し、碧玉(へきぎょく) 寒漿(かんしょう)氷る。
東陵 五色と嵗(さい)するも、牙香(がこう)に値うに忍びず。


(現代語訳) 其三
美しい、美味い瓜は蔓を引き合って長くのびているものだ。碧玉ともいえる実は氷のように冷えて果汁がおいしいのだ。
東陵の瓜は五色のものがとれるというけれど東方の諸侯のところで五年経過している五色の色に染められたのであろう、香しいその実、歯に当てるにはしのびないという美しい娘は見るだけで我が物とはしないものなのだ。


(訳注)
嘉瓜引蔓長,碧玉冰寒漿。

美しい、美味い瓜は蔓を引き合って長くのびているもの。碧玉ともいえる実は氷のように冷えて果汁がおいしい。
○嘉瓜 「瓜」 は蔓が勢いよく伸びることから生命力あふれた植物とされる。ここでは柳枝の健康な美しさを瓜の実にたとえる。○碧玉 微細な石英の結晶が集まってできた鉱物(潜晶質石英)であり、宝石の一種。酸化鉄や水酸化鉄などの不純物が混入しているため不透明であり、不純物の違いによって、紅色・緑色・黄色・褐色など様々な色や模様のものがある。瓜の実を碧色の玉にたとえる。べつに、恋の歌に登場する少女の名に使用されることは多い。
梁•元帝
碧玉小家女,來嫁汝南王。蓮花亂臉色,荷葉雜衣香。因持薦君子,願襲芙蓉裳。
○寒漿 冷たい飲料。瓜は、現代のように果物としてより、果汁を飲んだものである。
魏・曹丕「朝歌令呉質に与うる書」(『文選』巻四二)に「甘瓜を清泉に浮かべ、朱李を寒水に沈む」と、瓜やスモモを冷やして食べることが記されている。

 

東陵嵗五色,不忍值牙香。
東陵の瓜は五色のものがとれるというけれど東方の諸侯のところで五年経過している五色の色に染められたのであろう、香しいその実、歯に当てるにはしのびないという美しい娘は見るだけで我が物とはしないものなのだ。
東陵嵗五色 東陵では五色のものがとれるという。嵗(作付け)。ここでは、東方の諸侯と東陵をかけているので五年経過して五色の色に染められたという意味になる。
泰の東陵侯に封じられていた卲平は秦が滅びると布衣(庶民)の身となり、長安の門の東で瓜を栽培し、それが美味だったので「東陵の瓜」と称された。
卲平 東陵の瓜は五色
曰:邵平故秦東陵侯,秦滅後,為布衣,種瓜長安城東。種瓜有五色,甚美,故世謂之東陵瓜,又云青門瓜,卲平の訳注は、「古風」 第九首 李白109参照
魏・阮籍も卲平の東陵の瓜は五色をふまえて「詠懐詩」(『文選』巻二三)其六に「昔聞く東陵の瓜、近く青門の外に在りと。……五色 朝日に輝き、嘉賓 四面に会す」とする。
牙香 牙は歯。噛むと香りが立ち上る。美しい娘は見るだけで我が物とはしないという意。


○詩型 五言絶句。
○押韻 長・渠・香。


李商隠はここでも、阮籍や李白と同様に邵平の「東陵の瓜」に基づいているということで大切に作付けられた瓜で、風流に食べるといっている。娘も理不尽につれていき、理不尽を続けているのではないか。権力者は世の道理をわきまえていない

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柳枝五首其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 115

柳枝五首其二 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 115 

柳枝五首 其二
本是丁香樹,春絛結始生。
本来これは丁子の香木、どんなになってもくちをとざしているというもの。柳枝も蕾を閉じていたのだが、春になって伸びた細い枝というのは、蕾のように固く結んでいたのに初めて性を経験したのだ。
玉作彈碁局,中心亦不平。

ここは諸侯の御屋敷、宝玉でこさえられた将棋盤があるのだ、どんなに宝玉で作られていてもその中心はやっぱり盛り上がっていて平らではないのだ。


其の二
本より是れ丁香の樹、春条 結 始めて生ず。
玉もて弾棋の局を作るも、中心 亦た平らかならず。

柳枝五首 其二 現代語訳と訳註 解説
(本文)

本是丁香樹,春絛結始生。
玉作彈碁局,中心亦不平。

(下し文)其の二
本より是れ丁香の樹、春条 結 始めて生ず。
玉もて弾棋の局を作るも、中心 亦た平らかならず。

(現代語訳)
本来これは丁子の香木、どんなになってもくちをとざしているというもの。柳枝も蕾を閉じていたのだが、春になって伸びた細い枝というのは、蕾のように固く結んでいたのに初めて性を経験したのだ。
ここは諸侯の御屋敷、宝玉でこさえられた将棋盤があるのだ、どんなに宝玉で作られていてもその中心はやっぱり盛り上がっていて平らではないのだ。


(訳註)
本是丁香樹,春絛結始生。
本来これは丁子の香木、どんなになってもくちをとざしているというもの。柳枝も蕾を閉じていたのだが、春になって伸びた細い枝というのは、蕾のように固く結んでいたのに初めて性を経験したのだ。
丁香樹 香木の丁子の木。○春条 春になって伸びた細い枝。芽吹く春とはは男女の性交をあらわす季節。○結 つぼみ。少女が恋に目覚めてゆくのとともに、また「代附二首」(代わりて贈る二首)其一代附二首 其一 漢詩ブログ150- 97
樓上黄昏欲望休、玉梯横絶月中鉤。
芭蕉不展丁香結、同向春風各自愁。

というように、つぼみがつくことと心が結ばれることとをも掛ける。

玉作彈碁局,中心亦不平。
ここは諸侯の御屋敷、宝玉でこさえられた将棋盤があるのだ、どんなに宝玉で作られていてもその中心はやっぱり盛り上がっていて平らではないのだ。
弾棋 弾碁ともいう。遊戯の一。 中心が盛り上がった盤で行うおはじきに似たゲーム。四角い中高の盤の両方に6個または8個の白黒の石を並べ、対座した二人が交互にその石をはじいて、相手の石に当たれば取り、当たらなければ取られる。指石。いしはじき。たぎ。・局:その盤。このゲームは、男の客に相手にされなくなり暇を持て余した年増の芸妓の子を連想させるものである。初めて経験したうぶな女を「梁を照らす朝日」を見ていることで表現し、その芸妓が年を取ってきて待っていても思う人が来てくれなくなったという表現につかう。
「無題(梁を照らして)」。
照梁初有情、出水舊知名。
裙衩芙蓉小、釵茸翡翠輕。
錦長書鄭重、眉細恨分明。
莫近彈棋局、中心最不平。
無 題(照梁初有情) 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-90この「無題」の詩では、「いくら男から声がかからなくなったとしても『彈碁』のゲームをしてはますます辛くなるだけだから近付いてはダメだよ。」というもの、中央の朝廷からどんなに声がかからくなったとしても、信念を曲げるなと詠ったものだ。この詩を踏まえて柳枝其二は詠われている。


○詩型 五言絶句。
○押韻 生。平。

諸公とは、勝手なものだ、禊ぎまでさせて、連れてきて、固く閉ざしていたものを初めて開いたのだ。それがどうだ、どこにでもある彈碁局があるではないか。
 楊枝は、若い間だけの慰めものなのか。彈碁局は権力者、富豪がしている理不尽なことを示す、日常茶万事をあらわす材料としているのだ。


芭蕉のツボミ、丁子のツボミ。男と女に、口を閉ざさなければいけないわけがあるのだろうか。春風に同じように向かって各々の心の内にそれぞれ違った愁いというものがあるのだろうか。
 貴公子や、富豪には口を閉ざす理由はない。権力を持たない、体制側でない官僚にはは口を閉ざす理由は山ほどある。妓女になる女性にはいつも違ったわけがある。

柳枝五首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 114

柳枝五首 其一 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 114


柳枝五首 其一
花房與蜜脾,雄蜂蛺蝶雌。
花房に蜜脾あたえる。雄の蜂が蛺蝶の雌に。
同時不同類,哪復更相思。

同じ場所、同じ時であっても、同類ではないのである、どうしてまた、更に思いを寄せるというのか。


其の一 
花房と蜜脾と、蜂の雄と蛺蝶の雌と。
時を同じくするも類を同じくせず、那ぞ復た更に相い思わんや。



柳枝五首 其一 現代語訳と訳註 解説
(本文)

花房與蜜脾,雄蜂蛺蝶雌。
同時不同類,哪復更相思。

(下し文)
花房と蜜脾と、蜂の雄と蛺蝶の雌と。
時を同じくするも類を同じくせず、那ぞ復た更に相い思わんや。

(現代語訳)
花房に蜜脾あたえる。雄の蜂が蛺蝶の雌に。
同じ場所、同じ時であっても、同類ではないのである、どうしてまた、更に思いを寄せるというのか。


(訳註)
花房與蜜脾,雄蜂蛺蝶雌。

花房に蜜脾あたえる。雄の蜂が蛺蝶の雌に。
○花房 花弁で囲まれた空洞の部分。○蜜脾 中国古代からあるブドウの原種。蜜のように甘くおいしく、脾胃(胃腸)にたいへんよいというのが蜜脾(みつひ)の名前の由来という。中国で何千年も前から知られた滋養強壮の果物で、特に胃腸が弱って消化吸収機能が衰えている時によいとされているもの。中国の地方では、血液補給に、必ずこの蜜脾を贈る風習があった。○蛺蝶 鱗翅(りんし)目タテハチョウ科の昆虫の総称。一般に中形のチョウで、活発に飛び、止まると翅(はね)を立て下げする。アカタテハ・クジャクチョウ・オオムラサキなど。
無題

同時不同類,哪復更相思。
同じ場所、同じ時であっても、同類ではないのである、どうしてまた、更に思いを寄せるというのか。




(解説)
○詩型 五言絶句。
○押韻 雌。思。


李商隠はこれが自分を慕ってくれた柳枝が諸侯のもとに連れて行かれ、その身に起こること思い遣ったのである。花ならばいくら花弁房をもっていても、また蜂や蝶にとまられたとしても、体を預けたり、思いを寄せることにはならないのである。
またこの時代、身分階級の違いがすべてのことに違いがあった。貴族以外の女性は、女としてか、子供を産む道具とされていたようだ。柳枝は禊ぎをして連れて行かれているから、おそらく貴族や、富豪のところへ行ったのである。いわゆる家妓という設定とおもわれる。
 李商隠は、単にセックスシンボルを取り上げ、それで「同類でなければ性への思いはかなわない」といっているのではないのである。本来なら、何不充なく一生送れたはずなのに、父の不慮の事故によってもたらされたものが「不遇」ということであった。
これは、李商隠の婚姻によってもたらされたものが自分自身の「不遇」になったことを比喩しているのである。柳枝五首有序はそのためにある。この視点に立ってこの詩を見ていく。この視点に立ってこの詩を見ていく。
DCF00102500

柳枝五首有序 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 113

柳枝五首有序 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集150- 113


 


柳枝五首 有序
柳枝,洛中里孃也。父饒好賈,風波死于湖上。其母不念他兒子,獨念柳枝。生十七年,塗裝綰髻,未嘗竟,已復起去,吹葉嚼蕊,調絲擫管,作天海風濤之曲,幽憶怨斷之音。居其旁,與其家接故往來者,聞十年尚相與,疑其醉眠夢物斷不娉。與從昆讓山,比柳枝居為近。

他日春曾陰,讓山下馬柳枝南柳下,詠余燕臺詩,柳枝驚問:“誰人有此?誰人為是?”讓山謂曰:“此吾里中少年叔耳。”柳枝手斷長帶,結讓山為贈叔乞詩。明日,余比馬出其巷,柳枝丫環畢妝,抱立扇下,風鄣一袖,指曰:“若叔是?後三日,鄰當去濺裙水上,以博山香待,與郎俱過。”

余諾之。會所友偕當詣京師者,戯盜余臥裝以先,不果留。雪中讓山至,且曰:“為東諸侯娶去矣。”明年,讓山復東,相背于戯上,因寓詩以墨其故処云。

 
柳枝五首 有序
柳枝は、洛中の里の娘なり。父饒かにして賈を好くするも、風波に湖上に死す。其の母 他の児子を念わず、独り柳枝を念う。生まれて十七年、塗裝綰髻(としょうわんけい)、末だ嘗て竟らず、巳にして復た起ち去き、葉を吹き蕊を噛む。糸を調え管を擫え、天海風涛の曲、幽憶怨断の音を作る。其の傍に居り、其の家と揖故往来する者聞くこと十年なるも、尚お相い与に其の酔眠夢物かと疑いて断って贈らず。余の従昆譲山、柳枝の居に比びて近しと為す。

他日 春の曾陰に、譲山は馬を柳枝の南柳の下に下り、余の燕台の詩を詠ず。柳枝驚きて問う、誰が人か此れ看る、誰が人か足れを為る、と。譲山謂いて日く、此れ吾が里中の少年叔のみ、と。柳枝手づから長帯を断ち、譲山に結びて為に叔に贈りて詩を乞う。明日、余は馬を比べて其の巷を出ず。柳枝は丫環(あかん)して妝を畢(お)え、抱きて扇下に立ち、風 一袖に障(さえぎ)らる。指して目く、若し 叔 是れなるか、後三日にして隣は当に去きて裙を水上に濺(そそ)ぐべし、博山の香を以て待つ、郎と供に過ぎらん、と。

余 之を諾す。会(たま)たま友とする所の偕に当に京師に詣るべき老有り、戯れに余が臥装を盗みて以て先んじ、留まるを果たせず。雪中に譲山至り、且つ日く、東の諸侯取り去れり、と。明年、譲山復た東し、戯上に相い背にす。困りて詩を寓せて以て其の故の処に墨せしむと云う。 




(現代語訳)
柳枝は洛陽の町のむすめである。父は豊かな商人であったが、嵐に巻き込まれて湖で亡くなった。
母はほかの子供は念頭になく、ただ柳枝だけをかわいがった。
十七歳になっている、おしろいを塗ったり髪をたばねたりしている、そんなふうのままに、そして外に出て行ったのだ、草の葉を吹いたり花蕊を口に噛んだり無邪気に興じている、琴や笛を操って、空の風、海の波のような壮大な曲、あるいはまた忍びやかな、消え入りそうな曲を奏でているのだ。
その住まいのそばにいる、彼女の家とのつきあっているものがいる、十年来うわさを聞いている人たちでも、だれもが酔時の夢のようにつかみどころがない女だと思って、嫁に取ろうとする者はついぞなかった。
わたしのいとこの譲山は、柳枝の家の近くに住んでいた。
ある春の重く曇った日、譲山は柳枝の家の南の柳に馬を繋いだ、わたしの「燕台の詩」を口ずさんでいる。
柳枝がびっくりして尋ねてきた。
「今口ずさんだ詩はどなたのものですか?この詩はどなたが作られたのですか?」と。
譲山は答えた。
「これはわたしの里の若いいとこの作だ」と。
柳枝は自分の手で長い帯を断ち切った、結び目をして、あなたのいとこに贈ってこれに詩を書いてほしいと譲山に頼んだのだ。
明けての日、わたしは譲山と馬を並べて小路を出ると、柳枝は髪を結ってすっかりおめかしし、扉の前で両腕を重ねて、片袖が風に揺れていた。
わたしに向かって言ってきた。
「いとこの方でしょうか。三日後に、隣のもののわたしは水辺に参って禊ぎをいたします。博山の香炉をもってお待ちしますから、あなたもご一緒しましょう」と。
わたしは承諾した。しかしたまたま一緒に都へ行くことになっていた友人がいるのだが、ふざけてわたしの旅の荷物を先にこっそり持っていってしまった、これ以上逗留することができなくなってしまったのだ。
明けて翌年、譲山はまた東都に行くことになったので、戯水のほとりで別れを告げた。そしてこの詩を托して彼女の棲んでいた居宅に書き付けるように頼んだ。
雪の降るなかを譲山がやってきて、こういった
「柳枝は東方の諸侯に連れていかれてしまった」と。




(訳注)

柳枝,洛中里孃也。父饒好賈,風波死于湖上。
柳枝は洛陽の町のむすめである。父は豊かな商人であったが、嵐に巻き込まれて湖で亡くなった。


其母不念他兒子,獨念柳枝。
母はほかの子供は念頭になく、ただ柳枝だけをかわいがった。


生十七年,塗裝綰髻,未嘗竟,已復起去,吹葉嚼蕊,調絲擫管,作天海風濤之曲,幽憶怨斷之音。
十七歳になっている、おしろいを塗ったり髪をたばねたりしている、そんなふうのままに、そして外に出て行ったのだ、草の葉を吹いたり花蕊を口に噛んだり無邪気に興じている、琴や笛を操って、空の風、海の波のような壮大な曲、あるいはまた忍びやかな、消え入りそうな曲を奏でているのだ。
塗裝綰髻 お化粧して髪を結う。・:おしろいを塗る。・:まるく結ぶ。・髻:もとどり。○未嘗責 きちんと最後まで(お化粧を)しない。○吹葉嚼蕊 葉を吹き鳴らし花の蕊を噂むとは、子供の遊びをいうか。年頃になってもおめかしに興味がない少女を描く。○調絲擫管 ・:弦楽器、・:管楽器。・調:調律する、演奏する。・:は穴を指で押さえること。○作天海風涛之曲、幽憶怨断之音 ・天海風涛:「天風海溝」の意。人自然の音を写したような雄大な曲。・幽憶怨断之音:それと反対に、秘やかな思いをこめて消え入るような哀愁に満ちた曲。


居其旁,與其家接故往來者,聞十年尚相與,疑其醉眠夢物斷不娉。
その住まいのそばにいる、彼女の家とのつきあっているものがいる、十年来うわさを聞いている人たちでも、だれもが酔時の夢のようにつかみどころがない女だと思って、嫁に取ろうとする者はついぞなかった。
接故往來 近所づきあいをする。○酔眼夢物 尋常の少女と異なる柳枝は、周囲の人から見ると酔って眠った夢の中のようにわけがわからないことをいうか。


與從昆讓山,比柳枝居為近。
わたしのいとこの譲山は、柳枝の家の近くに住んでいた。 
従昆譲山 ・従昆:いとこ。・譲山:その字名。


他日春曾陰,讓山下馬柳枝南柳下,詠余燕臺詩,
ある春の重く曇った日、譲山は柳枝の家の南の柳に馬を繋いだ、わたしの「燕台の詩」を口ずさんでいる。
曾陰 雲が厚く重なる。「曾」 はかさなる。○余燕台詩 李商隠の「燕台詩四首」(12月10日頃掲載予定)を指す。 
 
柳枝驚問:“誰人有此?誰人為是?”
すると柳枝がびっくりして尋ねてきた。
「今口ずさんだ詩はどなたのものですか?この詩はどなたが作られたのですか?」。と。


讓山謂曰:“此吾里中少年叔耳。”
譲山は答えた。
「これはわたしの里の若いいとこの作だ」と。
少年叔 年少のいとこ。
 
柳枝手斷長帶,結讓山為贈叔乞詩。
柳枝は自分の手で長い帯を断ち切った、結び目をして、あなたのいとこに贈ってこれに詩を書いてほしいと譲山に頼んだのだ。
手断長帯 帯に詩を書いてもらうために手で帯を裂く。○ 帯に結び目を作って約束や願い事をする。


明日,余比馬出其巷,柳枝丫環畢妝,抱立扇下,風鄣一袖,
明けての日、わたしは譲山と馬を並べて小路を出ると、柳枝は髪を結ってすっかりおめかしし、扉の前で両腕を重ねて、片袖が風に揺れていた。
 道路から奥まった小路。○丫環 あげまき。若いむすめの髪型。○畢粧 完全にお化粧する。先にお化粧もろくにしないで外に遊びに出たというのと対比をなす。○抱立扇下 ・抱:抱くように両腕を重ねる。・扇:扉。


指曰:“若叔是?後三日,鄰當去濺裙水上,以博山香待,與郎俱過。”
わたしに向かって言ってきた。
「いとこの方でしょうか。三日後に、隣のもののわたしは水辺に参って禊ぎをいたします。博山の香炉をもってお待ちしますから、あなたもご一緒しましょう」と。
 近所の者、という言い方で、柳枝は自分を称したのだ。○瀬袴水上 水辺で衣服を洗い、清めの酒をそそぎ無病息災を祈る民間行事。女性が外出できる数少ない機会でもあった。○博山香 「博山」という仙山のかたちをした香炉

春雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-77
参照。男女が会うことを暗示する。


余諾之。會所友偕當詣京師者,戯盜余臥裝以先,不果留。
わたしは承諾した。しかしたまたま一緒に都へ行くことになっていた友人がいるのだが、ふざけてわたしの旅の荷物を先にこっそり持っていってしまった、これ以上逗留することができなくなってしまったのだ。
臥装 寝具。旅には寝具も携帯した。


明年,讓山復東,相背于戯上,因寓詩以墨其故処云。
明けて翌年、譲山はまた東都に行くことになったので、戯水のほとりで別れを告げた。そしてこの詩を托して彼女の棲んでいた居宅に書き付けるように頼んだ。
相背 背中を向け合うことから別れることをいう。○戯上 戯水のほとり。戯水は陝西省臨潼県の南、驪山に発し、渭水に流れ込む。長安の東30km位のところ。


雪中讓山至,且曰:“為東諸侯娶去矣。”
雪の降るなかを譲山がやってきて、こういった
「柳枝は東方の諸侯に連れていかれてしまった」と。
長安黄河
                 陝西省臨潼県戯水
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即日 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-89

856年 45歳 長安

即 日
即日にもいろいろある。
一歳林花即日休、江閒亭下悵淹留。
一年思い続けていた、数いる妓女の一人に思いを寄せていたがきょうやっと喜びを感じる日となるのだ。滻水と㶚水の間にある亭にとまって長らく滞在することはがっかりしていたのだ。
重吟細把眞無奈、已落猶開未放愁。
なんども恋歌を吟じ、細腰をだいたのだが、でも本当のところどうしようもないのだ。恋する気持ちは消沈したり、やはりまだ恋しいと花開く気分になる、愁いの気持ちを放つことができないでいるのだ
山色正來銜小苑、春陰只欲傍高樓。
山の緑も本格的なものになり、人の気持ちもその気になって亭の中庭の木々草木の中に男女が横たわっている。ただ男女の情交がしたいと思いつつ高楼の傍らにたたずんでいる。
金鞍忽散銀壷滴、更醉誰家白玉鉤。

黄金の鞍をきらめかせて貴公子や、富豪たちは事を済ませて消えていく、後に残るのは銀の漏刻の水音だけ聞こえてくる。でも、外に出ると次はどこの女のところで酔うことにするかとしている、白玉、宝玉をちらつかせてものにして行くのだ。


即 日

一歳の林花即日に休む、江間 亭下 淹留 悵とす。

重ねて吟じ細を把るも真に奈ともする無く、己に落ち猶お開きて末だ愁いを放たず。

山色 正に来たりて小苑を街み、春陰 只だ高楼に傍わんと欲す。

金鞍 忽ち散じて銀壷滴る、更に誰が家の白玉をして鉤に酔わん。




訳註と解説

(本文)
即 日
一歳林花即日休、江閒亭下悵淹留。
重吟細把眞無奈、已落猶開未放愁。
山色正來銜小苑、春陰只欲傍高樓。
金鞍忽散銀壷滴、更醉誰家白玉鉤。

(下し文)
一歳の林花即日に休む、江間 亭下 淹留 悵とす。
重ねて吟じ細を把るも真に奈ともする無く、己に落ち猶お開きて末だ愁いを放たず。
山色 正に来たりて小苑を街み、春陰 只だ高楼に傍わんと欲す。
金鞍 忽ち散じて銀壷滴る、更に誰が家の白玉をして鉤に酔わん。

(現代語訳)
一年思い続けていた、数いる妓女の一人に思いを寄せていたがきょうやっと喜びを感じる日となるのだ。滻水と㶚水の間にある亭にとまって長らく滞在することはがっかりしていたのだ。
なんども恋歌を吟じ、細腰をだいたのだが、でも本当のところどうしようもないのだ。恋する気持ちは消沈したり、やはりまだ恋しいと花開く気分になる、愁いの気持ちを放つことができないでいるのだ
山の緑も本格的なものになり、人の気持ちもその気になって亭の中庭の木々草木の中に男女が横たわっている。ただ男女の情交がしたいと思いつつ高楼の傍らにたたずんでいる。
黄金の鞍をきらめかせて貴公子や、富豪たちは事を済ませて消えていく、後に残るのは銀の漏刻の水音だけ聞こえてくる。でも、外に出ると次はどこの女のところで酔うことにするかとしている、白玉、宝玉をちらつかせてものにして行くのだ。



(訳註・解説)

即日 高級官僚や富豪はたとえ人妻であろうが何であってもそ日のうちにものにしてしまうが、私は一年かけて思い続けている女さえものにできないという世相批判の詩である。




一歳林花即日休、江閒亭下悵淹留。
一年思い続けていた、数いる妓女の一人に思いを寄せていたがきょうやっと喜びを感じる日となるのだ。滻水と㶚水の間にある亭にとまって長らく滞在することはがっかりしていたのだ。
(一年かかって開いた花もその日のうちに散ってしまう。もの悲しくたたずむ川沿いの亭。)
林花 たくさん生えている花。ここでは妓女がたくさんいること。 ○即日休 当日、その日の内。そのうち、近いうち。休む。止める。良い、美しい。よろこび、幸い。 ○江閒 滻水と㶚水の間の㶚陵亭と考えるとわかりやすい。 ○亭下 亭にいる。 ○ 恨めしい。がっかりする。 ○淹留 長らく滞在する。立ち去りがたくその場に居続ける。

重吟細把眞無奈、已落猶開未放愁。
なんども恋歌を吟じ、細腰をだいたでも本当のところどうしようもないのだ。恋する気持ちは消沈したり、やはりまだ恋しと花開く気分になる、愁いの気持ちを放つことができないでいるのだ
(繰り返し詩を口ずさみ、そっと花を手にしても、やるかたない。はや散った花、まだ咲きのこる花、悲しみは尽きることはない。)
重吟 なんども恋歌を吟じた。○細把 腰の細い部分をつかむ。○眞無奈 ほんとうにどうしようもない。「無奈何」「無可奈何」と同じ。○已落 恋する気持ちは消沈したり、○猶開 やはりまだ恋しい○未放愁 胸中の愁いを外に向かって放つ。



山色正來銜小苑、春陰只欲傍高樓。
山の緑も本格的なものになり、人の気持ちもその気になって亭の中庭の木々草木の中に男女が横たわっている。ただ男女の情交がしたいと思いつつ高楼の傍らにたたずんでいる。
(山の縁は御苑を包みこまんほどに拡がり、春の雲は高楼に寄り添わんかに漂う。)
○銜小苑 亭の中庭に草木が植えられ入っていくと姿が見えないようなところ。木々草木の中に人が横たわると口にくわえられたように見える。○春陰 男女のいとなみ。



金鞍忽散銀壷滴、更醉誰家白玉鉤。
黄金の鞍をきらめかせて貴公子や、富豪たちは事を済ませて消えていく、後に残るのは銀の漏刻の水音だけ聞こえてくる。でも、外に出ると次はどこの女のところで酔うことにするかとしている、白玉、宝玉をちらつかせてものにして行くのだ。
(黄金の鞍をきらめかせて遊客たちはたちまち消え、聞こえるのは銀の漏刻の水音だけ。
さて、これからいずこで今ひとたびの酔いを重ねよう 、白玉の鉤をつけたとばりのもとで。)
金鞍 家書な馬具。富貴の遊客をいう。○銀壷 水時計。○白玉鉤 白玉、宝玉で女をつりあげること。酒家、妓楼の女を金によってものにして行くこと。強姦、暴行ということもある。この時代、行楽というのは、青草踏ということであり、いわゆる野姦をしめす。


○詩型 七言律詩。
○押韻 休・留・愁・楼・鉤。




解説
 いままで、李商隠の詩を紹介するにあたって、川合康三 李商隠選集(岩波文庫)を参考に掲載してきた。かならずしも、そのとおりの順序ではないが、比較しやすいようにしてきた。李商隠は他の作者と違い景色を眺めてそれを詩にしていない。この「即日」についての語訳は特にひどいので明確に指摘しておく。現代語訳のところに()内に同氏の意味不明の語訳をそのまま掲載した。


自分の一年もかかってやっとその日を迎えた「即日」。でも、それをお金に飽かせて横取りしていく、王の王朝は上から下まで、横暴がまかり通っていることを詠っている。李商隠には、根底に権力の横暴に足しての怒りがわいている。しかし、どこに、目があり、耳があるかわからないのである。性の表現でカムフラージュしたのである。
どんな時代でもエロス、頽廃文化は時の権力者に対する批判をあらわすものである。

春雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-77

春雨 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-77
七言律詩


春雨
李商隠は、風景、情景から言葉ができきてそれを味わい深く詩にして行くのではない。思いと言葉をパズルのように組み合わせている。他の詩人のように本文の一部を取って詩題にするということはなく、題にこそ詩全体のイメージがあるのである。
この詩は、春が持つ万物の成長、男女の情交、雨は逢瀬の約束を守ってやってきてくれる女の情念。春の冷たい雨のなかで、恋人への思いをうたうというものではない。男はどこへ行ったか分からない。遠くなのか、近くにいるはずだけど他の女のもとなのか。女は、探し求めることができない条件下にあるのである。そして女盛りを過ぎようとしていく焦りを詠う。
 ここでの「春雨」は何時もかよってきてくれていたころ、男に、「私は春の雨となってあなたといつも一緒にいる」と約束し、情交を交わしていたのだ。芸妓の恋歌である。
 李商隠自身の政治的な関与、朝廷の中枢から遠い存在、期待していた人物からのお呼び出しは一向にない。自己の焦燥感を芸妓に比喩しているのである。しかし、あくまでも詩人として、自分というものを前に出した詩にはしたくないというところであろう。



 雨
悵臥新春白袷衣、白門蓼落意多違。
待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
紅棲隔雨相望冷、珠箔飄燈獨自歸。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
遠路應悲春晼晩、残宵猶得夢依稀。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
玉璫緘札何由達、萬里雲羅一雁飛。

玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。


待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。


春 雨
新春に悵臥す 白袷衣、白門蓼落として意多く違う。
紅楼 雨を隔てて相い望めば冷やかなり、珠箔 燈に飄って独自り帰る。
遠路 応に春の晼晩たるを悲しむべし、残宵 猶お夢の依稀たるを得たり。
玉璫 鍼札 何に由りてか達せん、万里の雲羅一雁飛ぶ。



悵臥新春白袷衣、白門蓼落意多違。
待つ身の女は帳の中で横たわっているよりほかにないのだ、新らしい春を迎えたのに、白い袷をまとったまま、鬱々とした思いを胸に残したままでいる。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。私がどんなに思い焦がれていてもかなわぬことばかりなのだ。
悵臥 愁いを抱いて部屋に閉じこもる。「帳」は失意、憂愁。双声の 「個帳」として用いられることが多い。○白袷衣 「袷衣」あわせ は春秋に着る衣。○白門 五行思想からすれば白色は西を示す。色町の門は西から入るもの。男女の逢瀬の場として南朝の恋の歌に見える。楽府「楊坂児」に「暫く出ず白門の前、楊柳 烏を蔵すべし。歓は沈水香と作り、僕は博山鐘と作らん」。ちなみに公なものには西をあらわすとき金を使う。金門は西の門である。○蓼落 ひっそり寂しいさまをいう双声の語。夕暮れになりざわついていた白門あたりが、今は静まり返ってしまった。李商隠の詩は句の中で時間経過することが多い。



紅棲隔雨相望冷、珠箔飄燈獨自歸。
私のいる紅楼にわたしの思う人のために雨となって行きたいけれどその思いはかなわない。真珠のすだれが灯りにきらめくなかを、わたしの気持ちもひとり帰ってきたのだった。
紅楼 赤く塗られた楼閣。女の居所をあでやかにいう。○珠箔 真珠で編んだすたれ。「紅楼」と同じく、女の居所を華美な言葉でいう。自分自身は出ていくことはできないが気持ちとして巴女のように雨となってあなたのところへ行きたい、冷たく玉すだれの中へ帰ってきた。



遠路應悲春晼晩、残宵猶得夢依稀。
あの人は、遥か遠い旅先であろう私は女の盛りを過ぎようとしているそれを思うと本当に悲しさがこみあげてくる。眠れぬ夜の尽きるころ、ほのかな夢にあらわれてくれただけでよいというのか。
晼晩 春の日、春の季節が暮れていく様子をいう畳韻の語。 一日乃至は一つの季節(多く春に用う)が暮れゆくさま。晼は日が西に傾くこと。ここでは女としての盛りを過ぎてゆくことを言っている。○依稀 おぼろげな様子をいう。



玉璫緘札何由達、萬里雲羅一雁飛。
玉の耳飾りを添えて手紙を送りたい、でもどうしたら届くのか。大空彼方にまで一面にかすみ網のような雲がある、また、一羽の雁がはばたいて飛んでいるだけなのだ。
玉璫 耳飾り。手紙とともに男が女に贈る習慣があった。「夜思」詩に「恨みを寄す一尺の素(手紙)、隋を含む双玉瑠」。○緘札 「鍼」は手紙に封をする。「札」は文字を書くふだ。○雲羅 「羅」は鳥を捕る網。かすみ網のように空一面に広がった雲。〇一雁 漢の武将蘇武は、匈奴にとらわれていたが、旬奴はそれを隠しすでに死んだと伝えた。漢の使者が、武帝の射た脛の足に蘇武の手紙が結ばれていたから生きているはずだと鎌をかけると、匈奴の単于はやむなく認めて蘇武を釈放した(『漢書』蘇武伝)。その故事から「雁」は手紙を届けてくれる鳥。

○韻 衣・違・帰・稀・飛。

初起 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 69

初起 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 69

855年44歳梓州


初 起
おきがけにおもうこと。
想像咸池日欲光、五更鐘後更廻腸。
いつも想像するのは、朝日が水浴びみするという咸池から太陽が光を投げかけている光景である。眠られぬまま夜明け前の五更の鐘を聞き、一層腸がねじれるほどやるせなさが募ってくる。
三年苦霧巴江水、不爲離人照屋梁。

三年もの間、深く重苦しくたちこめた霧に閉ざされ、巴江の水を飲み、この地に居る。旅に出たきり孤独に残されたわたし、この部屋に面影さえも映し出すことはないのだ。


おきがけにおもうこと。
いつも想像するのは、朝日が水浴びみするという咸池から太陽が光を投げかけている光景である。眠られぬまま夜明け前の五更の鐘を聞き、一層腸がねじれるほどやるせなさが募ってくる。
三年もの間、深く重苦しくたちこめた霧に閉ざされ、巴江の水を飲み、この地に居る。旅に出たきり孤独に残されたわたし、この部屋に面影さえも映し出すことはないのだ。





想像す 咸池 日光かんと欲するを、五更の鐘の後 更に腸を廻らす。
三年の苦霧 巴江の水、離人の爲に屋梁を照さず。






初起
おきがけにおもうこと。
初起 起きがけ。初は、~したばかりの意。「初+動詞」。



想像咸池日欲光、五更鐘後更廻腸。
いつも想像するのは、朝日が水浴びみするという咸池から太陽が光を投げかけている光景である。眠られぬまま夜明け前の五更の鐘を聞き、一層腸がねじれるほどやるせなさが募ってくる。
想像 映像が目に浮かぶ。同音の字をならべて、像が浮かびLがるようすをあらわす語。○咸池 太陽が昇る時に水浴びするという天上の池。古代堯帝の時用いた音楽の名。黄帝のさくといわれる。天の神。五穀の事をつかさどる星の名。〇五更 日没から夜明けまでを5分割したその最後の時間、夜明けに近い4時ころ。杜甫「閣夜」李商隠「無題」「蝉」。○廻腸 胸の痛みではなく下半身の痛み、つまり、セックスのできない気持ちをいう。



三年苦霧巴江水、不爲離人照屋梁。
三年もの間、深く重苦しくたちこめた霧に閉ざされ、巴江の水を飲み、この地に居る。旅に出たきり孤独に残されたわたし、この部屋に面影さえも映し出すことはないのだ。
苦霧 深く重苦しくたちこめた心象。○巴江水 巴の地を流れる長江の支流。○離人 思う男性と離ればなれになっている女性を指す。○照屋梁 この語は初句の「咸池日欲光」をうけている。誰も来ない、月明かりも、まして太陽の光さえ届かない部屋を印象づける。夢枕と同じに梁に光が当たるとそれまで陰に隠れていたものが現れる。
太陽の出現を待望しつつ、思う女性に会いたい気持ちを重ねる。李商隠「無題(梁を照らして)」。杜甫「夢李白」二首その一に「落月滿屋樑、 猶疑照顏色。」(落月屋梁に満ち、猶お疑う顔色を照らすかと)とある。李白が夢にあらわれたことを描いている。この句も思う男性が夢にすらあらわれなかった意味を含む。


○詩型 七言絶句。 ○韻 光、腸、梁。


娼屋の女性か、囲われ者の女性が、座敷牢で待つ女性李商隠が、イメージを借りて詩にしている。無題篇と同じである。
一人眠れないまま、重苦しい霧に閉ざされたような毎日、そこには月明かりも、朝日さえ届かない朝を迎え、明るい日の光を切望するかわいそうな女。女性への懇願を詠う。
自分も、都から離れた地の果て、山の中、異土の生活、そうした日々への嫌悪に浸されているが、いつになったら、都に帰れるのか。

陸游 麗わしの人、唐琬。(8)釵頭鳳 唐琬

 
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 上代~隋南北朝・隋の詩人初唐・盛唐・中唐・晩唐 
 
陸游 麗わしの人、唐琬。(8)

離婚して10年二人は偶然に沈園で、みかけたのだ。その時は唐琬の夫とあいさつもした。しかし、後日、人づてに、沈園の壁に書き付けられた詩は唐琬にとって驚きであったのではなかろうか。いや迷惑ではなかったのだろうか。唱和するように詠っている。一般に言われるように、ロマンが続いていたとは思えない。
別れて互いに他の人と一緒になっていて、内容は、「私への思いは、迷惑だ、いい加減にしてよ」と受け取れる詩になっている。唐琬のしに、むしろ礼節を知ることができる。やはり、唐琬は、麗しの女性だったのだ。


釵頭鳳 唐琬

世情薄、 人情悪。
三十年になれば思いはうすくなるもの、人の情けを思うことはよくない
雨送黄昏花易落。      
雨と黄昏はともに花が散りやすくし送ってくれている。
暁風干、 泪痕残、         
風は乾かすことを悟らせ、それでも涙は後を残す。
欲箋心事 独語斜欄。
手紙(詩)を書こうとする、心に思うことを実行する、自分勝手な言葉、正しくない遮り。
難!難!難!

はばかれ、どうして、とがめたい

人成各、 今非昨、
人それぞれ成長するもの、今日は昨日ではない、
病魂常似鞦韆索。
病のような思いというものは何時の世もブランコの縄のようなもの。
角聲寒 夜闌珊。
角笛の音色というものは寒々と響くもの、夜は珊瑚をさかりがすぎてしまった。
怕人詢問 咽泪粧歡。
人は怖いもの、問われ尋ねられること、啼いて涙を流すこと、装った悦楽の言葉。
瞞!瞞!瞞!

あざむく。はじる。はずかしい。



三十年になれば思いはうすくなるもの、人の情けを思うことはよくない
雨と黄昏はともに花が散りやすくし送ってくれている。
風は乾かすことを悟らせ、それでも涙は後を残す。
手紙(詩)を書こうとする、心に思うことを実行する、自分勝手な言葉、正しくない遮り。
はばかれ、どうして、とがめたい


人それぞれ成長するもの、今日は昨日ではない、病のような思いというものは何時の世もブランコの縄のようなもの。
角笛の音色というものは寒々と響くもの、夜は珊瑚をさかりがすぎてしまった。
人は怖いもの、問われ尋ねられること、啼いて涙を流すこと、装った悦楽の言葉。
あざむく。はじる。はずかしい。

釵頭鳳

世 情は薄なり 人 情は悪なり。
雨送り 黄昏、花易落。
暁風は乾かし、 泪痕は残る
箋 心事を欲せん 独語 欄に斜す
難(かた)し 難し 難し

人各々に成り 今は昨に非ず。     
病魂 常に千秋(ブランコ)の索くに似たり。 
角声 寒く 夜にして珊を爛し、
人の尋問を怕れ 咽泪せしも歓を装う
瞞(あざむ)かん 瞞かん 瞞かん


   

釵頭鳳 
唐琬南宋の頃から沈園は江南の有名な私家庭園で、今も残る園内のヒョウタン形の池、石板橋、池辺の築山、井戸はみな南宋時代のもの。
 唐琬は一緒に来ていた夫の許しをえた上で酒肴を陸游のもとにとどけさせる。
その後、唐琬たちが帰ったあと、陸游が庭園の壁に書き付けたのが、「釵頭鳳」(さいとうほう)という詞に対し、返信の如く書き綴ったのが次の詞、同じく「釵頭鳳」である。

 陸游は 20歳で結婚、
      22歳で離婚、唐琬と別れたのち23歳で再婚、
      24歳で第一子、
      26歳第二子、
      27歳で第三子と、三人の子を持っている。
 仲が良すぎて科挙の試験の妨げになるため別れさせたというけれど、子作りだけが上手くいっている。
 陸游は29歳の時、鎖庁試に主席及第した。本来ならば、この及第により、これを踏み台として、洋々の未来が期待できるはずであった。しかし、陸游にとってこの主席が災いし、将来をふさがれるのである。
 当時、南宋の実権は秦檜であった。北の強国、金に対して、強硬策化、和平策化で抗戦派の中心、詩人でもある岳飛を殺してまで和平を成立させた人物が秦檜であったのだ。陸游は抗戦派であった。
 陸游が主席及第した試験に秦檜の孫が受験していたのだ。次席であった。
 翌年30歳進士落第。
 陸游、地方官に任官するのがやっと34歳が初めてのことなのだ。ということからして、31歳のころは、いわばどん底、悶々とした状況にあった。そこで、沈園での出来事、唐琬は、再婚し、安らいだ生活をしていた。別れた夫に対し、許しを得て酒を送っている賢女である。陸游がいかにどん底とはいえ、唐琬にとって、迷惑な詩であったに違いない。二十歳前後の少年ならいざ知らず、また、離婚仕立てならまだしも、三十といえば自分の考えを確立していなければいけない年齢である。陸游の「釵頭鳳」はいただけない。さすが、唐琬の冷静で、陸游をたしなめるような詩は理解できる。唐婉の声が聞える詞です。
(しかし、陸游というのは一言で言って、憎めない人物である。立派な詩人なのにどこか抜けていて、頼りなさそうで、優しそうな雰囲気を感じる。)
 




世情薄、人情惡、 雨送黄昏花易落。
三十年になれば思いはうすくなるもの、人の情けを思うことはよくない
 三十。30歳。○情薄 情は薄くなる ○ 人の情の移り変りをわるくする。だれだれが悪いといっているのではない。

雨送黄昏花易落。
雨と黄昏はともに花が散りやすくし送ってくれている。

曉風乾、涙痕殘。
風は乾かすことを悟らせ、それでも涙は後を残す。
三語、三語の啖呵を切っている。

欲箋心事、獨語斜闌。
手紙(詩)を書こうとする、 心に思うことを実行する、自分勝手な言葉、正しくない遮り。
二語二語、二語二語、というのは、啖呵を切っているので句ではないのである。ここでは、欲箋 心事、獨語 斜闌と文章ではない。・欲箋 手紙(詩)を書こうとする、 ・心事 心に思うことを実行する、・獨語 ひとりごと、自分勝手な言葉、 ・斜闌 正しくない遮り、斜:正しくない。闌:さえぎる、せき止める(唐琬がせっかく落ち着いてきて安定した生活を取り戻したことを遮ったり邪魔をすることはよくない)

難!難!難!
はばかれ、どうして、とがめたい。
(前の啖呵「欲箋 心事、獨語 斜闌」を受けてのことばである)
女子は最初嫁いだ家のために別の家に嫁ぎ最初の家の弾に尽力するということも考えられたが、この場合どうも違いようである。やはり、お母さんが陸游の出世のために唐琬をいいところへ嫁がせたのであろうがうまくいかなかったということか。

人成各、今非昨、 病魂常似鞦韆索。
人それぞれ成長するもの、今日は昨日ではない、病のような思いというものは何時の世もブランコの縄のようなもの。
ここも三語、三語の啖呵。○鞦韆(しゅうせん):秋千、ブランコ。○ ブランコの綱。縄。
   
角聲寒、夜闌珊。
角笛の音色というものは寒々と響くもの、夜は珊瑚をさかりがすぎてしまった。
ここも三語、三語の啖呵。○角聲寒 角笛の音色というものは寒々と響くもの。ときのうつろいをあらわす。 ○闌 さかりがすぎる。さえぎる。おとろえる。  珊 珊瑚、珊瑚の弾。珊瑚は東海の海底で育つもの。時をやり過ごせば枯れてとることはできない。
「神農本草経」に「珊瑚は海底の盤石の上に生ず一歳にして黄、三歳にして赤し。海人先ず鉄網を作りて水底に沈むれば中を貫いて生ず。網を絞りて之を出す。時を失して取らざれは則ち腐る。」とある。な玉輪 鉄網の二句には奥に隠された意味があると思われる。例えば西晋の傅玄(217-278)の雑詩の句「明月常には盈つるあたわず。」という月が女性の容姿の喩えであるように、恐らく「顧免初生魄」は、少くとも、愁いを知りそめた乙女の顔、そしてその瞳への聯想をいざなうように作られている。また、熟せば赤くなる珊瑚、だがまだ枝を生じないから網でひきあげられてはいない。セックスについて未成熟であるというこの一句にはエロティックな意味がある。
その頃は燃えて赤くなっていたがもうそれも衰えてしまった

怕人尋問、咽涙裝歡。
人は怖いもの、問われ尋ねられること、啼いて涙を流すこと、装った悦楽の言葉。
ここも二語二語、二語二語の啖呵。・怕人:人は怖いもの。・尋問:問われ尋ねられること。・咽涙:啼いて涙を流すこと。・裝歡:装った悦楽の言葉
 よそおう。おさめる。ふりをする。 ○ 喜び楽しむ。愛し合う男女が互いに掛け合う喜びの表現。

瞞!瞞!瞞!
あざむく。はじる。はずかしい。
上の啖呵、怕人尋問、咽涙裝歡を受けての言葉である。


麗しき人唐琬。について、手元にはまだまだ掘り下げて見てはいるがこれで終了にしたい。
明日から、また李商隠を中心に書いていくことにする予定。

無題(來是空言去絶蹤) 李商隠 19

 
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無題(來是空言去絶蹤)李商隠 19
七言律詩 六朝時代の謝朓、李白、の閨怨の詩を受け継ぎ李商隠風に発展させた詩である。


無題
題をつけない詩。閨怨の詩。
來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。

劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


題をつけない詩。閨怨の詩

また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


(下し文)無題
来るとは是れ空言 去って蹤を絶つ
月は斜めなり 楼上 五更の鐘
夢に遠別を為して啼けども喚び難く
書は成すを催されて墨未だ濃からず
蝋照 半ば籠む 金翡翠
麝薫 微かに度る 繍芙蓉
劉郎は己に恨む 蓬山の遠きを
更に隔つ 蓬山 一万重
 
無題
無題 題をつけない詩。閨怨の詩
空閏、とどかぬ思い、胸の痛み、あのお方はなぜ来ない。やり切れぬ思い、女性の側から恋情を歌ったもの。

來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
空言 事実に裏付けされない言葉。空約束。絵空事。〇五更鐘 一夜を五分し、その度に夜番の者が更代(交代)する。五更は午前四時。

夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
 声をあげて悲しみ泣く。梁の蕭綸(未詳―551)の秋胡の婦に代って閨怨する詩に「涙は尽く夢啼の中。」とある。○催成 催は催促されて気がせくこと。被催はせかされること。(夜明けが始業時間、朝廷の官僚も暗いうちから出勤した)したがって書被催成とは、夜が白みかけたら人の往来がある四、夜明けの鐘とともに使者が出発するので、それに間に合わないといけないために、早く手紙を書かかなければと焦っている状態を示す。また梁の劉孝威(496~549)の冬暁と題する詩に「妾が家は洛陽に辺す、慣れ知る暁鐘の声。鐘声猶お未だ尽きず、漢使応に行くべきを報ず。天寒くして硯の水凍る、心は悲しむ書の成らざるに。」寒くて墨がすれない。また、薄墨の言伝は心がないこと別れを意味する。だから、紛らわしくない濃い墨でとどけないといけない。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
金翡翠 蝋燭の光で閨に置く羽の飾り物が金色を散らしたようにみえる。翡翠はカワセミの長い綺麗な羽をいう。この翅は節句の飾りつけにつかわれる。○麝薫 麝薫 麝香鹿:中央アジア産の鹿の類 の腹からとった香料のかおり。○繍芙蓉 ぬいとりの蓮花模様。しとねの模様である。杜甫(712-770)の李監の宅の詩に「屏は開く金孔雀、裕は隠す繍芙蓉。」と。

劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。
劉郎 中唐の詩人李賀(790-817)の「金銅仙人の漢を辞するの歌」に『茂陵の劉郎秋風の客。』から出る言葉。元来は漢の武帝劉徹を指すがそれにひっかけながらここは待っている人という意味で用いられている。○蓬山 東方海上、三仙山の一つ。〇 わたる。渡にひとしい。香りが漂いわたる。


 道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。

無題 (八歳倫照鏡) 李商隠 18

無題(八歳倫照鏡)李商隠 18
幼い少女が社会に翻弄され成長してゆく。それは女の悲しみを伴って成長しなければならないことなのだ。

無題
八歳倫照鏡、長眉己能畫。
八歳という年齢を隠すため少しでも年上に満たれるため眉を眺め大きめに上手に書きました。
十歳去踏青、芙蓉作裙衩。
十歳で、芸妓としては出れないので、郊外の草むらの上で蓮の花のように衣の裾を開かされたのです。
十二學弾筝、銀甲不曾卸。
十に歳になると芸妓としてお琴にも励み、もうお琴の爪を外せないくらい練習もした。
十四蔵六親、懸知猶未嫁。
十四歳で一切の血縁親族と縁を切り芸妓になった。まだ身請けは早くて無理なのだ。
十五泣春風、背面鍬韆下。

十五になったら芸妓の仕事が多くなって思わず泣いてしまう。ブランコ遊びでもいやな時は顔をををそむけていた。

八歳という年齢を隠すため少しでも年上に満たれるため眉を眺め大きめに上手に書きました。
十歳で、芸妓としては出れないので、郊外の草むらの上で蓮の花のように衣の裾を開かされたのです。
十に歳になると芸妓としてお琴にも励み、もうお琴の爪を外せないくらい練習もした。
十四歳で一切の血縁親族と縁を切り芸妓になった。まだ身請けは早くて無理なのだ。
十五になったら芸妓の仕事が多くなって思わず泣いてしまう。ブランコ遊びでもいやな時は顔をををそむけていた。

(下し文)無題
八歳にして倫かに鏡に照つし、長眉 己に能く画く
十歳にして去きて青を踏み、芙蓉もて裙衩と作す
十二にして筝を弾くを学び、銀甲 曾て卸さず
十四にして六親に蔵る、懸めて知る 猶お未だ嫁がざるを
十五にして春風に泣き、面を背く 鍬韆の下
 
無題 これまでの無題詩とは少し趣きを異にしている。女の悲しみを知りそめる迄の少女の生長を描く。漢末に焦仲卿の妻の為に作る」と題ざれる詠人知らずの歌謡があり、それは、「十三にして能く素を織り、十四にして裁衣を学ぶ(下略)。」と年を追って生長を記すことから始まる。これ儒教の精神で女の成長を述べたものである。李商隠は儒教精神の個人滅私、現実と合わない節度・礼節の強要、これらが支配者にとって有利なように利用され、また、国家の成りたちにも影響し安定国家したものにならなかった、さらに、礼節の裏側におびただしい奢侈がなされて庶民は困窮したのである。

 それを意識していたであろう。謝朓から李白に受け継がれた女の詩、李商隠はそれをさらに具体性を持たせて発展させている。李白10から20にかけて、採連曲、越女詞のイメージをとっている。屈原や、漢時代の詩とは全く異質なものなのでそれでは、李商隠は全く理解できない。女性についても、儒教では女は字も学べません。学問をしてはいけない、圧倒的大多数の女性は文盲であった。社会進出の唯一の手段は芸妓になることしかないのである。貧しい生活から逃れる手段は少女の時代から始まるのであり、少女のうちに稼げるのだ。女性が貧困から逃れる道であった。

八歳倫照鏡、長眉己能畫。
八歳という年齢を隠すため少しでも年上に満たれるため眉を眺め大きめに上手に書きました。
 人目をぬすんでする。○長眉 まゆずみで眉を長く描く化粧。

十歳去踏青、芙蓉作裙衩。
十歳で、芸妓としては出れないので、郊外の草むらの上で蓮の花のように衣の裾を開かされたのです。
 ゆく。(売春にゆく。)俗語的な言い方。〇踏青 青は青草・摘草をすること。春、郊外に出て草の上で売春をしたのである。これをピクニックに行くと訳したら、この少女の悲しみをあらわすことはできない。○芙蓉 蓮の花の異名。可憐な女性を示す言葉。○裙衩 裳すそ。スカートにあたる部分。蓮の花が開くようにすそを開いたのである。

十二學弾筝、銀甲不曾卸。
十に歳になると芸妓としてお琴にも励み、もうお琴の爪を外せないくらい練習もした。
弾筝  筝は十三絃の琴。弾はつまはじく。男性側から見た女性との性行為を示す。○銀甲 鹿の骨で作られた琴の爪。銀甲はその詩語である。○不曾卸 卸ははずす。一向にはずそうとしない。

十四蔵六親、懸知猶未嫁。
十四歳で一切の血縁親族と縁を切り芸妓になった。まだ身請けは早くて無理なのだ。
蔵六親 りくしん 六親眷族のこと。一切の血縁親族と絶縁する。 蔵は身をかくすこと。○懸知 予想し推察する。

十五泣春風、背面鍬韆下。
十五になったら芸妓の仕事が多くなって思わず泣いてしまう。ブランコ遊びでもいやな時は顔をををそむけていた。
背面 顔をそむけること。○鍬韆 ぶらんこ。がんらい春にする楼閣の芸妓の遊戯の具である。宮廷の芸妓の場合鍬千、秋千といった。李煜『蝶恋花』参照。李商隠の特集のあと、李煜特集の予定。白楽天「寒食夜」にもある。春の恋の遊びと考える。裾が乱れ、素足が見える。素足はセックスアピールであった。蛇足であるが、白くて小さい脚、これは唐時代に大流行したもの、素足は纏足の女性を示し、遊びはブランコであった。李白、越女詞其一(屐上足如霜、不着鴉頭襪),其四(東陽素足女)を参照。ちなみに男は蹴鞠。

<儒教的な訳し> 矛盾と意味不明。
八つの頃から、かあさんの、鏡をそっとのぞくようになりました。花嫁の真似をしたりして、黛を塗っみましたら、ちゃんと上手にかけました。
十の時には、郊外へ、摘草に行きました。着物の裾の方には芙蓉のはなが咲いたようでした。
十二のとし、お琴のけいこを始めました。そうしていつでもお琴の爪をはめたままでした。
十四になった頃からは、外に出ないばかりか親族からも視線をさけるようになりました。その頃嫁に行くこと推察できたけどをまだいかなかった。
今年、十五の春になりました。でも、何故か悲しくて、春風吹く庭のブランコの、その下で、顔をそむけて泣いてます。

無題 (聞道閶門萼緑華)李商隠 17

無題(聞道閶門萼緑華) 李商隠 17

無題
聞道閶門萼緑華、昔年相望抵天涯。
よく知られていたことだけど、蘇州閶門のある江南の地には美人が多く、仙女、萼緑華のような絶世の美女もいると私は聞いていた。昔より、それに憧れて、遠く天涯ともいうべき呉の地方、江南のあたりまで行きつきたいと思っていたのだ。
豈知一夜秦棲客、倫看呉王苑内花。
ところが、今、ある人の宴席にまねかれて客となり、江南ならぬ長安で、呉王夫差の宮殿の庭に妖しいをふりまいた西施にも喩(たとえ)られる美人をぬすみ見ることができるなんてうれしい喜びを知った。

よく知られていたことだけど、蘇州閶門のある江南の地には美人が多く、仙女、萼緑華のような絶世の美女もいると私は聞いていた。昔より、それに憧れて、遠く天涯ともいうべき呉の地方、江南のあたりまで行きつきたいと思っていたのだ。
ところが、今、ある人の宴席にまねかれて客となり、江南ならぬ長安で、呉王夫差の宮殿の庭に妖しいをふりまいた西施にも喩(たとえ)られる美人をぬすみ見ることができるなんてうれしい喜びを知った。


無題(聞道閶門萼緑華)
(下し文)
聞道らく 閶門の萼緑華、昔年 相 望んで天涯に抵る
豈に知らんや 一夜 秦楼の客となり、呉王 苑内の花を倫ぬすみ看んとは
 
聞道閶門萼緑華、昔年相望抵天涯。
よく知られていたことだけど、蘇州閶門のある江南の地には美人が多く、仙女、萼緑華のような絶世の美女もいると私は聞いていた。昔より、それに憧れて、遠く天涯ともいうべき呉の地方、江南のあたりまで行きつきたいと思っていたのだ。
閶門 がんらいは閶闔すなわち天宮の門のことだが、古くから蘇州の西の城門を閶門と呼ぶ。この言葉は結句の呉王苑内の花と対応する。○萼緑華  南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、肉体を昇華して昇天する薬をあたえたという。年二十ばかり、青衣を着、素晴らしく美しい容姿であったと、陶弘貴の「真誥」にある逸話に登場する。○抵天涯 抵は行きつく。天涯は地の果て。

豈知一夜秦棲客、倫看呉王苑内花。
ところが、今、ある人の宴席にまねかれて客となり、江南ならぬ長安で、呉王夫差の宮殿の庭に妖しいをふりまいた西施にも喩(たとえ)られる美人をぬすみ見ることができるなんてうれしい喜びを知った。
秦楼 秦は長安の古名。○呉王苑内花 いにしえの越の美女西施のことをいう。呉王夫差及び西施に就いては6/5紀頌之の漢詩ブログ西施ものがたり に詳しくわかる。


七言絶句 韻字 華、涯、

 


萼緑華 関してのこれまでの詩

李商隠 11 中元作
絳節諷颻空国來、中元朝拜上清回。
羊権須得金條脱、温嶠終虚玉鏡臺。
曾省驚眠聞雨過、不知迷路爲花開。
有娀未抵瀛洲遠、青雀如何鴆鳥媒。


李商隠 6 重過聖女詞
白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。

無題 (含情春晼晩) 李商隠 16

無題(含情春晼晩)李商隠 16
李商隠が旅先の南京周辺の家妓であろう女性の部屋にひそかに入り交わったということを詠っている。


無題
題知らずと題して、人目を忍ぶ情交を詠う。
含情春晼晩、暫見夜蘭干。
心に思い浮かべるとたまらない晩春の夕ぐれどき、私は、はやる心を抑えながら、女性のいる部屋へ続く渡り廊下あたりで、様子をうかがった。やがてあたりは暗くなり星のきらめきがはっきりするようになった。(夜はふけてきた。)
樓響將登怯、簾烘欲過難。
高殿の部屋に登ろうとするけれど、階段のきしむ音が意外に大きくて、怖気づいてしまう。女性のもとへ行途中、かがり火、部屋にあかり、簾から光などで、廊下をすり抜けるのがむつかしいけど何とか行きたい。
多羞釵上燕、眞愧鏡中鸞。
浮気心で忍んでする束の間の逢瀬だから、会えた喜びで髪に挿されたかんざしの双燕のように、鏡に彫られた鳳凰が並んで飛ぶように二人は恥じらいの真中であった。
歸去横塘暁、華星送寶鞍。

帰ろうとすると、築堤の上の道は夜明けになろうとしている。私を見送ってくれるのは、東の空の薄明の中に、一番華しく輝く暁の明星が同じようにきらきら光る私の馬の鞍の飾りを送ってくれている。

題知らずと題して、人目を忍ぶ情交を詠う。
心に思い浮かべるとたまらない晩春の夕ぐれどき、私は、はやる心を抑えながら、女性のいる部屋へ続く渡り廊下あたりで、様子をうかがった。やがてあたりは暗くなり星のきらめきがはっきりするようになった。
(夜はふけてきた。)
高殿の部屋に登ろうとするけれど、階段のきしむ音が意外に大きくて、怖気づいてしまう。女性のもとへ行途中、かがり火、部屋にあかり、簾から光などで、廊下をすり抜けるのがむつかしいけど何とか行きたい。
浮気心で忍んでする束の間の逢瀬だから、会えた喜びで髪に挿されたかんざしの双燕のように、鏡に彫られた鳳凰が並んで飛ぶように二人は恥じらいの真中であった。
帰ろうとすると、築堤の上の道は夜明けになろうとしている。私を見送ってくれるのは、東の空の薄明の中に、一番華しく輝く暁の明星が同じようにきらきら光る私の馬の鞍の飾りを送ってくれている。


(下し文)無題
情を含む春晼晩、暫く見る夜の蘭干たるを
楼は響きて将に登らんとして怯じ、簾は烘して過らんと欲するも難し
多に羞ず 釵上の燕、眞に愧ず 鏡中の鸞。
帰り去る横塘の暁、華星 寶鞍を送る。

無題

題知らずと題して、人目を忍ぶ情交を詠う。李商隠の無題詩は地域的に、長安でのものと、節度使
書記官としての任地先、或いは旅さきでのものとに分けられる。これは旅先と思われるもの。

含情春晼晩、暫見夜蘭干。
心に思い浮かべるとたまらない晩春の夕ぐれどき、私は、はやる心を抑えながら、女性のいる部屋へ続く渡り廊下あたりで、様子をうかがった。やがてあたりは暗くなり星のきらめきがはっきりするようになった。
(夜はふけてきた。)
含情 水をロに含むように、思いを心中に籠めること。○晼晩 一日乃至は一つの季節(多く春に用う)が暮れゆくさま。晼は日が西に傾くこと。○暫見 しばらく見る。様子をうかがうこと。○蘭干 縦横に散り乱れる。星または月が輝いてきらきらするさま。涙がとめどなく流れるさま。屋敷内の渡り廊下と掛けことば。

樓響將登怯、簾烘欲過難。
高殿の部屋に登ろうとするけれど、階段のきしむ音が意外に大きくて、怖気づいてしまう。女性のもとへ行途中、かがり火、部屋にあかり、簾から光などで、廊下をすり抜けるのがむつかしいけど何とか行きたい。
簾烘 烘はかがり火。照らす或いは香をたきたてる。途中の部屋の簾が明るくて忍んで行きづらいことをいう。


多羞釵上燕、眞愧鏡中鸞。

浮気心で忍んでする束の間の逢瀬だから、会えた喜びで髪に挿されたかんざしの双燕のように、鏡に彫られた鳳凰が並んで飛ぶように二人は恥じらいの真中であった。
○多羞 ○釵上燕 女性のかんざしについている飾りの彫物とたるに飛んできた燕、旅人、女性が隠れて別の男性と付き合うこと、年上の女が若い男と付き合う、などの意味を含み合わせる。○鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。

歸去横塘暁、華星送寶鞍。
帰ろうとすると、築堤の上の道は夜明けになろうとしている。私を見送ってくれるのは、東の空の薄明の中に、一番華しく輝く暁の明星が同じようにきらきら光る私の馬の鞍の飾りを送ってくれている。
横塘 地名。江蘇省江寧県西南の築堤の名。三国、呉の太帝孫権(182-252)のとき築かれた。なお、盛唐詩人崔顥(未詳-754)の詩に「君家は何処の住す、妾は住みて横塘に在り。」と。あるいは晩唐の詩人許渾に「縁蛾青鬢 横糖に酔う。」等の句があり、その他、晩唐詩人、杜牧(803-852)や温庭筠の詩の用例からみて、このあたりには当時、一種の享楽機関が発達していたらしく思われる。○華星 暁の明星

○韻 晩、干、難、燕、鸞、鞍。

 この詩は、歓楽街とは限らないが、人目を忍んでいる、つまりお金を伴わないで、忍び込んでいる。
貴族、高官、商家などの女性との偲び合いである。
 李商隠は根強く残っている儒教的精神に対して批判的な姿勢をもってこの詩を作っている。
 権力を嵩に横暴を極めている高官に対する批判をこの詩にあらわしているのではなかろうか。



碧城三首其三 李商隠15「恋の無題詩」

碧城三首 李商隠15「恋の無題詩」
「恋する人へ打ち明けた思いの詩」

碧城 其三
七夕来時先有期、洞房簾箔至今垂。
七夕の日、天上で牽牛と織女が一年に一度の情交を楽しむというもの、地上でも古くには漢の武帝が延霊台で西王母と会ったという。それは先に使いの者がおとずれて約束を交していた。この碧き薄絹の帷、金箔玉の簾のある奥座敷、その今も垂れ下がったままにしてあるのは神たる仙女との愛を残していくためだ。
玉輪顧免初生魄、鐡網珊瑚未有枝。
夜空にかかる月も玉の輪のような麗しき初めて上がった閨で処女が待っているのを月に棲む媚薬作りの兎も見ている。鉄の強固な網で、海底に人知れず生育している珊瑚は、まだ幼なくで枝をのばしていなくて、鉄爪にかかってひきあげられるにはいたらないようなあどけない女性なのだ。
検輿神方敎駐景、収将鳳紙写相思。
そう、神仙の秘術、不老の法を探して、太陽をとめ、時間を停止させ夢の世界へ。また、この感情のとこしえに変わることのないよう、道教の聖者が祭文をしるすに用いる金鳳紙をもってきて私の恋情を書きつけておきたい。
武皇内伝分明在、莫道人間総不知。

「演武帝内伝」なる書物には、そうした甘美な交情のことがらがはっきりと書かれてあり、それ故に、人々よ、こうした現実を超える夢幻の世界、そしてその歓びなど、地上の人の知らないことと言ってはならない。私はそれをすべて知っているのだ。



七夕の日、天上で牽牛と織女が一年に一度の情交を楽しむというもの、地上でも古くには漢の武帝が延霊台で西王母と会ったという。それは先に使いの者がおとずれて約束を交していた。この碧き薄絹の帷、金箔玉の簾のある奥座敷、その今も垂れ下がったままにしてあるのは神たる仙女との愛を残していくためだ。
夜空にかかる月も玉の輪のような麗しき初めて上がった閨で処女が待っているのを月に棲む媚薬作りの兎も見ている。鉄の強固な網で、海底に人知れず生育している珊瑚は、まだ幼なくで枝をのばしていなくて、鉄爪にかかってひきあげられるにはいたらないようなあどけない女性なのだ。
そう、神仙の秘術、不老の法を探して、太陽をとめ、時間を停止させ夢の世界へ。また、この感情のとこしえに変わることのないよう、道教の聖者が祭文をしるすに用いる金鳳紙をもってきて私の恋情を書きつけておきたい。
「演武帝内伝」なる書物には、そうした甘美な交情のことがらがはっきりと書かれてあり、それ故に、人々よ、こうした現実を超える夢幻の世界、そしてその歓びなど、地上の人の知らないことと言ってはならない。私はそれをすべて知っているのだ。


碧城 其の三
七夕 来る時先ず期有り
洞房の簾箔今に至るまで垂る
宝輪 顧兎 初めて魄を生じ
鐡網 珊瑚 未だ枝有らず
神方を検し与えて景を駐め敎しめ
鳳紙を収め将って 相思を写す
武皇の内伝 分明に在り
道う莫れ 人間 総て知らずと



七夕来時先有期、洞房簾箔至今垂
七夕の日、天上で牽牛と織女が一年に一度の情交を楽しむというもの、地上でも古くには漢の武帝が延霊台で西王母と会ったという。それは先に使いの者がおとずれて約束を交していた。この碧き薄絹の帷、金箔玉の簾のある奥座敷、その今も垂れ下がったままにしてあるのは神たる仙女との愛を残していくためだ。
七夕有期 「漢武内伝」に見える漢の武帝劉徹(紀元前157-87)と西王母の逢瀬を指す。承華殿に閑居していた武帝の前に、青い鳥の化身の美女が現われ、妾は墉宮の王子登というもの、七月七日に道教西の理想郷の仙女西王母が来ることをお伝えにきましたと言った。武帝は延霊台に登って待ったところ、果して七夕の夜に西王母がやって来たという。期は会う約束。○洞房 奥まった私室。

玉輪顧兎初生魄、鐡網珊瑚未有枝
夜空にかかる月も玉の輪のような麗しき初めて上がった閨で処女が待っているのを月に棲む媚薬作りの兎も見ている。鉄の強固な網で、海底に人知れず生育している珊瑚は、まだ幼なくで枝をのばしていなくて、鉄爪にかかってひきあげられるにはいたらないようなあどけない女性なのだ。
玉輪顧兎 玉輪は月のたとえ。月中には桂の樹があり、また兎がすむと伝説される。兎は、愛の妙薬を臼でついている。前の二句にある洞房には桂が柱や梁がつかわれていることから、ここでの玉輪は女性を示すもの、○生魄 魄は月の影の部分。陰暦の十六日の月。新月前後のかすかな光。既望。処女の女性。初めて閨に入る女性を示す。ここの解釈が違っていて理解できない訳が多い。 ○鉄網珊瑚「神農本草経」に「珊瑚は海底の盤石の上に生ず一歳にして黄、三歳にして赤し。海人先ず鉄網を作りて水底に沈むれば中を貫いて生ず。網を絞りて之を出す。時を失して取らざれは則ち腐る。」とある。な玉輪 鉄網の二句には奥に隠された意味があると思われる。例えば西晋の傅玄(217-278)の雑詩の句「明月常には盈つるあたわず。」という月が女性の容姿の喩えであるように、恐らく「顧免初生魄」は、少くとも、愁いを知りそめた乙女の顔、そしてその瞳への聯想をいざなうように作られている。また、熟せば赤くなる珊瑚、だがまだ枝を生じないから網でひきあげられてはいない。セックスについて未成熟であるというこの一句にはエロティックな意味がある。



検輿神方敎駐景、収将鳳紙写相思
そう、神仙の秘術、不老の法を探して、太陽をとめ、時間を停止させ夢の世界へ。また、この感情のとこしえに変わることのないよう、道教の聖者が祭文をしるすに用いる金鳳紙をもってきて私の恋情を書きつけておきたい。
神方 神秘な不老長寿の法術。道教の神妙道の○駐景 景はひかり。時間をとめる。○鳳紙 道家で祭文をしるすのにこの紙を用いる。ここは後者の場合。

武皇内伝分明在、莫道人間総不知
「演武帝内伝」なる書物には、そうした甘美な交情のことがらがはっきりと書かれてあり、それ故に、人々よ、こうした現実を超える夢幻の世界、そしてその歓びなど、地上の人の知らないことと言ってはならない。私はそれをすべて知っているのだ
武皇内伝 後漢の歴史家班固に偽託される小説雑記。主に武帝後宮のことと武帝が仙を好んだことをしるす。唐の魏徴等の「隋書」経籍志には、「漢武帝内伝」二巻としるす。魏晋時代のの偽書である。○莫道道は云う。莫はしてはならぬ、禁止の詞。○人間 天上世界に対する人間の世界。

李商隠 14 碧城 其二(届かぬ思いの詩)

李商隠 14 碧城(届かぬ思いの詩)

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碧城其 二
對影聞聲己可憐、玉池荷葉正田田。
逢ってはいけないあなただから、その香、声、気配、窓辺の-簾に映る影、その声を聞くだけで、私の五感は、充分、可憐さを感じている。仙界の玉池には、荷の花が咲き、はすの葉が水面田田といっぱいに重なりあって覆い広がっている様子であなたを思う。
不逢粛史休回首、莫見洪崖又拍肩。
古くからの民謡に恋歌の採蓮曲というのがある。今、その池の蓮も、曲歌の通りに茂っている。むかし秦の穆公の娘を娶った粛史のように私以外の者には,恋しいひとよ、頸をめぐらして色目を使ったりしないでくれ。たとえ洪崖の肩叩きといわれる備わった人があらわれても親しく肩に触れてはいけないよ。
紫鳳放嬌銜楚珮、赤鱗狂舞撥湘絃。
紫色の高貴な鳳が私のいとしい人をもてあそんでいる。まるで、逸話の鄭交甫が漢水のほとりで水の精にあい、佩びだまをもらって誓ったが、彼が十数歩も行かぬうちに、精は消え、約束の晶も懐中から消えたという裏切りがあるのだろうか。淵深く住む赤い鱗の魚のように、あなたは、はじかれる琴の音にあわせて、狂おしい愉楽の舞いを舞うのか。
卾君悵望舟中夜、繍被焚香濁自眠。

楚の卾君は歌を唄って讃えてくれる漕手もいなくてびとり、さびしく、逢いたいと望むだけでその夜を過ごした。
私もあなたに近づけず、わが繍衣の袖で身を被って、あなたが愛用した香を焚き、あなたを思いつつ孤独に眠るのである。

逢ってはいけないあなただから、その香、声、気配、窓辺の-簾に映る影、その声を聞くだけで、私の五感は、充分、可憐さを感じている。仙界の玉池には、荷の花が咲き、はすの葉が水面田田といっぱいに重なりあって覆い広がっている様子であなたを思う。
古くからの民謡に恋歌の採蓮曲というのがある。今、その池の蓮も、曲歌の通りに茂っている。むかし秦の穆公の娘を娶った粛史のように私以外の者には,恋しいひとよ、頸をめぐらして色目を使ったりしないでくれ。たとえ洪崖の肩叩きといわれる備わった人があらわれても親しく肩に触れてはいけないよ。
紫色の高貴な鳳が私のいとしい人をもてあそんでいる。まるで、逸話の鄭交甫が漢水のほとりで水の精にあい、佩びだまをもらって誓ったが、彼が十数歩も行かぬうちに、精は消え、約束の晶も懐中から消えたという裏切りがあるのだろうか。淵深く住む赤い鱗の魚のように、あなたは、はじかれる琴の音にあわせて、狂おしい愉楽の舞いを舞うのか。
楚の卾君は歌を唄って讃えてくれる漕手もいなくてびとり、さびしく、逢いたいと望むだけでその夜を過ごした。
私もあなたに近づけず、わが繍衣の袖で身を被って、あなたが愛用した香を焚き、あなたを思いつつ孤独に眠るのである。

(下し文)碧城其の二
影に対し声を開く 己に憐む可し
玉池の荷葉 正に田田たり
粛史に逢わざれば首を回らすを休めよ
洪崖を見て又た肩を拍つこと莫かれ
紫鳳は嬌を故にして楚珮を銜み
赤鱗は狂舞して湘絃を撥く
顎君 悵望す 舟中の夜
繍被 香を焚いて独り自ら眠る

對影聞聲己可憐、玉池荷葉正田田。
逢ってはいけないあなただから、その香、声、気配、窓辺の-簾に映る影、その声を聞くだけで、私の五感は、充分、可憐さを感じている。仙界の玉池には、荷の花が咲き、はすの葉が水面田田といっぱいに重なりあって覆い広がっている様子であなたを思う。
已可憐 己はそれだけでもすでに。可憐は可愛らしい。○玉池 ため池の名として後漢の張衡(78-139)の南都賦に登場するが、ここは仙界の池として用いられている。なお梁の武帝粛衍(464-549)の王金珠歓聞歌に「豔豔たり金楼の女、心は玉池の蓮の如し。」という句がある。○荷葉正田田 荷は蓮 田田は荷の葉のかっこうをいう擬声語。楽府古辞即ち漢代民謡の江南篇に「江南にては蓮を採る可し、蓮の葉は何ゆえかくも田田たる。」と歌われる。正は、まさしくその通りと言う語調。なお、〈蓮〉は(憐)に通ずる隠し言葉である。

不逢粛史休回首、莫見洪崖又拍肩。
古くからの民謡に恋歌の採蓮曲というのがある。今、その池の蓮も、曲歌の通りに茂っている。むかし秦の穆公の娘を娶った粛史のように私以外の者には恋しいひとよ、頸をめぐらして色目を使ったりしないでくれ。たとえ洪崖の肩叩きといわれる備わった人があらわれても親しく肩に触れてはいけないよ。
粛史 漢の劉向の「列仙伝」中の人物。秦の穆公の娘である弄玉のむこ。○洪崖拍肩 洪崖は東晋の葛洪の神仙伝中の人物。衛叔卿と賭博をしたという。東晋の詩人郭璞(277-324)の游仙詩の左に浮丘(仙人の名)の袖をとり、右に洪涯の肩を拍つ。」の句を利用した表現句。

紫鳳放嬌銜楚珮、赤鱗狂舞撥湘絃。
紫色の高貴な鳳が私のいとしい人をもてあそんでいる。まるで、逸話の鄭交甫が漢水のほとりで水の精にあい、佩びだまをもらって誓ったが、彼が十数歩も行かぬうちに、精は消え、約束の晶も懐中から消えたという裏切りがあるのだろうか。淵深く住む赤い鱗の魚のように、あなたは、はじかれる琴の音にあわせて、狂おしい愉楽の舞いを舞うのか。

銜楚珮 漢水の精である二妃が鄭交甫にあって、佩び玉を説いて彼に与えた。漢の韓嬰の「韓詩内伝」佚文に出てくる話を引き合いに出している。交甫は神女と知らず交わり、十歩ばかり行った時、女の姿は見えなくなり、懐にした女の佩び玉もなくなっていたという。銜は鳳がくちばしにくわえることをいう。○赤鱗 仙界の魚。川の淵にすみ赤い鱗をもつという。梁の江淹(444-505)の別れの賦に「駟馬は仰秣を驚かし淵魚は赤燐を䵷ぐ聳ぐ。」とあり、李善注に、「伯牙瑟を鼓すれば淵魚出でて聴き、弧巴琴を鼓すれば六馬仰いで秣う。」という、漢の韓嬰の「韓詩外伝」の言葉をひいている。瓠巴は上古の楚の琴の名手。伯牙は春秋時代の琴の名手。

卾君悵望舟中夜、繍被焚香濁自眠。
楚の卾君は歌を唄って讃えてくれる漕手もいなくてびとり、さびしく、逢いたいと望むだけでその夜を過ごした。
私もあなたに近づけず、わが繍衣の袖で身を被って、あなたが愛用した香を焚き、あなたを思いつつ孤独に眠るのである。

卾君 楚の貴公子の名。舟遊びして越人の漕手が楫を擁して歌うのを聞き、それを抱擁し繍被もて覆ったという故事。牡丹の詩(7/末か8/初頃掲載予定)参照。その越人の歌は、「(前略)山に木有り木に枝有り、心に君を悦ぶも君知らず。」というのだが、この詩で、卾君が孤独を嘆くことの故事。

  芸妓を恋してしまった。いとおしくて狂いそうだが、高貴な人の宴の席に出ていたら、あなたと過ごした時の繍衣を抱き、あなたの好きなお香を焚いて過ごすよりない。
やはり、私にはあなたしかいない。



李白の詩 96首 7/23現在 酒と女 詩連載       杜甫全詩開始 青年期の詩
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李商隠 『嫦娥』 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集約130首 詩の背景1.道教 2.芸妓 3.嫦娥と李商隠


 

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李商隠 12 嫦娥 裏切られた愛
李商隠の詩は、難解といわれていますが、基礎知識が必要でありそれを理解すると、グッと味わいが深くなります。月の世界とか仙人の世界というのは道教の思想の中にあります。女性と接することができるのは芸妓の女性たちである。簡単な説明としくみについて述べる。

このページの目次
1. 道教の影響
2. 道教について
3. 李商隠 12 嫦娥


1. 道教の影響
道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。

 これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。ここに言う金丹は、ヒ素、水銀などが練りこまれている、常用していくと中毒死するもので、唐の後宮では数々の皇帝が、これにより暗殺されている。李商隠の時代、朝廷では、牛僧儒と李徳裕の両派閥の政争とされているが、道教の政治加入による傀儡同士政争で、これに朝廷内の実質権力は、数千人に膨らんだ宦官の手にあった。

したがって、道教思想を外して李商隠の詩、唐代の詩は語れないのである。そして芸妓である。

2 芸妓について
妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。
2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。
3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。
4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。
5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。
6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。
妓女の部屋もまた、趣味がよく風雅であり、文人の書斎風になっているものもあった。李白の作品、李商隠の作品で登場する部隊はここの琴である。

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 李商隠 12 嫦娥 の舞台は妓館である。

嫦娥 
嫦娥のように裏切った恋は後悔の念にきっと苛まれる。
雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。
半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風に、ろうそくの影があやしく映っている。眠られぬ独り寝の床で、その揺らめく焔の影を眺めているうちに、夜はいつしか白らけはじめ、天の川は次第に傾いて光をおとし、薄明の中に暁の明星も沈んで消えてゆく。
嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。
裏切られた心の痛み故に、夜のあけるまで、こうして星や月を眺めているのだ。あなたはいま何処にいるのだろうか。月の精である嫦娥は、夫の不在中に不思議な薬を飲み、その為に空に舞いあがったのだという。そのように、人間の世界を去った嫦娥は、しかしきっと、その薬をぬすみ飲んだ事をくやんでいるだろう。
青青と広がる天空、その極みなる、うすみどりの空の海原、それを眺めつつ、夜ごと、嫦娥は傷心しているに違いない。私を裏切った私の懐しき恋人よ。君もまた新らしい快楽をなめて、身分高い人のもとに身を寄せたことを悔いながら、寒寒とした夜を過しているのではなかろうか。


嫦娥 (下し文)
雲母の屏風、燭影沈む。
長河漸く落ちて、暁星沈む。
嫦娥は応に悔ゆるべし、霊薬を偸みしを、
碧海、青天夜夜の心

嫦娥
 これは裏切られた愛の恨みを古い神話に託した歌。○嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。○長河 あまの川。

雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。

半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風に、ろうそくの影があやしく映っている。眠られぬ独り寝の床で、その揺らめく焔の影を眺めているうちに、夜はいつしか白らけはじめ、天の川は次第に傾いて光をおとし、薄明の中に暁の明星も沈んで消えてゆく。

嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。
裏切られた心の痛み故に、夜のあけるまで、こうして星や月を眺めているのだ。あなたはいま何処にいるのだろうか。月の精である嫦娥は、夫の不在中に不思議な薬を飲み、その為に空に舞いあがったのだという。そのように、人間の世界を去った嫦娥は、しかしきっと、その薬
をぬすみ飲んだ事をくやんでいるだろう。
青青と広がる天空、その極みなる、うすみどりの空の海原、それを眺めつつ、夜ごと、嫦娥は傷心しているに違いない。私を裏切った私の懐しき恋人よ。君もまた新し
い快楽をなめて、身分高い人のもとに身を寄せたことを悔いながら、寒寒とした夜を過しているのではなかろうか。

李商隠 11 中元作 七言律詩

李商隠 11 中元作
お盆に会う約束をしていたのに来てくれなかった。この思いどうやって伝えるの。青い鳥はどうしたの。

中元作
絳節諷颻空国來、中元朝拜上清回。
行列のえび茶色の旗じるし吹き上がる風に舞い、国中がからになったかと思われるほど、女道士や令娘たちが参詣にやって来る。今日はお盆の祭日。女たちは朝早く、やしろの至上天を礼拝にきて、帰ってゆく。
羊権須得金條脱、温嶠終虚玉鏡臺。
東晋時代の羊権の家に天女萼緑華が舞いおり、黄色の腕環を贈ったように、この日にこそ、あなたがあらわれて心の籠った贈物をくれるかも知れない。だが、たとえ会えてもあなたはまた天女のように帰ってゆくだろう。晋の人温嶠を真似て結納を納めようとしても、玉の鏡の話のように結局役には立たず、所詮、私達は 結ばれずむなしい思いをするだろう。
曾省驚眠聞雨過、不知迷路爲花開。
以前、うたたねから醒めて雨の音を聞く、楚の懐王と巫山の神女のような逢瀬が私たちにはあったのだが、「桃花源」は一度行けたのに二度とは行きつけないのは何故だろう。
有娀未抵瀛洲遠、青雀如何鴆鳥媒。

あなたの住む「有娀」というところは世界の外の海中にあるという「瀛洲」のように遠いわけではない。だから、「瀛洲」へでも手紙を持って行ってくれるという恋の使いの青い烏が、むかし屈原の頼みで「有娀」とのなかだちをした鳥より、うまく恋の思いを伝えてくれるかどうかが問題なのだ。



中元に作る
中元の祭日に会う約束をしていた女人と、何かの所要の為に会えなかった事を詠う。


行列のえび茶色の旗じるし吹き上がる風に舞い、国中がからになったかと思われるほど、女道士や令娘たちが参詣にやって来る。今日はお盆の祭日。女たちは朝早く、やしろの至上天を礼拝にきて、帰ってゆく。

東晋時代の羊権の家に天女萼緑華が舞いおり、黄色の腕環を贈ったように、この日にこそ、あなたがあらわれて心の籠った贈物をくれるかも知れない。だが、たとえ会えてもあなたはまた天女のように帰ってゆくだろう。晋の人温嶠を真似て結納を納めようとしても、玉の鏡の話のように結局役には立たず、所詮、私達は 結ばれずむなしい思いをするだろう。

以前、うたたねから醒めて雨の音を聞く、楚の懐王と巫山の神女のような逢瀬が私たちにはあったのだが、「桃花源」は一度行けたのに二度とは行きつけないのは何故だろう。

そこへの途上、路傍に咲き乱れる花の深さゆえに行く道を迷ってしまう住まい、すむ世界を異にするとはいえ、あなたの住む「有娀」というところは世界の外の海中にあるという「瀛洲」のように遠いわけではない。だから、「瀛洲」へでも手紙を持って行ってくれるという恋の使いの青い烏が、むかし屈原の頼みで「有娀」とのなかだちをした鳥より、うまく恋の思いを伝えてくれるかどうかが問題なのだ。

中元に作る(下し分)
絳節こうせつ諷颻 国を空しくして来り、中元に朝拝して上清より回る。
羊権 須らく得べし 金の条脱を、温嶠 終に虚なし 玉の鏡台。
曾て省って 眠を驚かして雨の過るを聞きぬ、知らず 路に迷いしは 花の開くが 為なるを。
有娀ゆうしゅう 未だ瀛洲えいしゅうの遠きに抵いたらず、青雀は如何に 鴆鳥ちんちょうの媒ばいに

中元作
中元 陰暦七月十五日、仏教では仏と僧侶に供養して父母の慈愛に感謝する孟蘭盆の日である。道教では、この日、地官(神仙の職)が降下して人の善悪を審判すると考えられ、道士達は夜まで経文を読誦する。餓鬼囚徒もそれで解脱できるとする。唐代からすでに仏道二数の混淆した祭りがこの日に行われていた。この詩は中元の祭日に会う約束をしていた女人と、何かの所要の為に会えなかった事を怨む。

絳節諷颻空国來、中元朝拜上清回。
行列のえび茶色の旗じるし吹き上がる風に舞い、国中がからになったかと思われるほど、女道士や令娘たちが参詣にやって来る。今日はお盆の祭日。女たちは朝早く、やしろの至上天を礼拝にきて、帰ってゆく。
○絳節 えび茶色の旗じるし。梁の郡陵王粛綸(未詳-551)の魯山神文に「絳節竿を陳ね、満堂に繁く会う。」と。○諷颻 ふうよう ・ 暗誦する。ひにくをいう。・ 吹き上がる風。ふき動かす。○上清 道教の至上神のいるところ。

羊権須得金條脱、温嶠終虚玉鏡臺。
東晋時代の羊権の家に天女萼緑華が舞いおり、黄色の腕環を贈ったように、この日にこそ、あなたがあらわれて心の籠った贈物をくれるかも知れない。だが、たとえ会えてもあなたはまた天女のように帰ってゆくだろう。晋の人温嶠を真似て結納を納めようとしても、玉の鏡の話のように結局役には立たず、所詮、私達は 結ばれずむなしい思いをするだろう。
羊権 東晋時代の泰山南城の人。字は道学。簡文帝司馬昱(321-372)に仕えて黄門郎となった。孫の羊欣(370-442)の伝が「宋書」六十二にある。梁の陶弘景の「実話」によると、仙女萼緑華は升平3年11月10日の夜、羊権の家に下ったが、其の時、詩一篇、石綿で織った手巾一枚、金と玉の跳脱各々一箇を羊権に贈ったという。○萼緑華 (がくりょくか)萼緑華伝説、 南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、仙薬を権にあたえておいて消え去った。この話は梁の陶弘貴の「真誥」にある逸話である。李商隠 6 重過聖女詞
白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。

条脱 跳脱に同じ。腕環のこと。○温嶠 晋の将軍。字は太真(288-329)。元帝司馬睿(277-322)、
明帝司馬昭(299-325)二代に仕え、劉聡の勢力の鎮圧、丹陽の王敦、江州の蘇峻の反乱平定に功あった。劉宋の劉義慶の「世説新語」仮譎篇に、温嶠の従姑の劉氏が乱にあって一族離散し、娘が一人残ったが、その婿の世話を温嶠に依頼した時の話がのっている。その時、妻を失っていた温嶠は、密かに自分が嫁りたく思い、「わたし程度の人物ならどうか。」と言った。従姑は勿論大喜びである。数日後、温橋は、婿が見つかったと言って、結納の品として、昔、劉琨(270-317)の副官として江左に劉聡を討った時の戦利品である硬玉の鏡台を与えた。婚礼の式上花嫁は、侍児が支えて花嫁の顔を隠す扇を手でひらいて、掌をうって笑いながら、「やっぱり私の思った通り、鏡は老奴のものだったのね。」と言ったという。

曾省驚眠聞雨過、不知迷路爲花開。
以前、うたたねから醒めて雨の音を聞く、楚の懐王と巫山の神女のような逢瀬が私たちにはあったのだが、「桃花源」は一度行けたのに二度とは行きつけないのは何故だろう。
曾省 何何したことがある。省はかえりみる。記憶の義。しかし二字で以前に何何したことがあるの意味となる。詩語として曾経の二字に近い用法をもつ。○不知 その事(不知以下の文)の理由をいぶかることば。○迷路 この言葉は、「陶淵明」桃花源記の故事をふまえている。

有娀未抵瀛洲遠、青雀如何鴆鳥媒。
そこへの途上、路傍に咲き乱れる花の深さゆえに行く道を迷ってしまう住まい、すむ世界を異にするとはいえ、あなたの住む「有娀」というところは世界の外の海中にあるという「瀛洲」のように遠いわけではない。だから、「瀛洲」へでも手紙を持って行ってくれるという恋の使いの青い烏が、むかし屈原の頼みで「有娀」とのなかだちをした鳥より、うまく恋の思いを伝えてくれるかどうかが問題なのだ。
有娀 ゆうじゅう伝説的に伝えられる太古の国名。「呂氏春秋」に「有娀氏に二人の佚うつくしき女有り、之に九成台を為る。飲食必ず鼓を以てす。」と見える。国名を借りて、心に思う美女の住まいをいう。○瀛洲 現実世界の一つ外側にある海に聾えるという三仙山(道教神仙説にいう、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州えいしゅう、方壷(方丈)、蓬莱)、ならびに、西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。)○青雀 恋の使者(青鳥 仙界とのなかだちをするという青い鳥、恋の使者である。この島に棲む青い鳥が使者である。仙女西王母の使いの鳥。杜甫「麗人行」にもある。お誘いの手紙を届けるものを指す。)○鴆鳥 ちんちょう悪鳥の名。毒あって人を殺すゆえ、讒言ざんげん者の喩えとなる。屈原(紀元前339-278)の離騒に「瑤台の偃蹇えんけんたるを望み、有娀の佚女しつじょを見る。吾れ鴆をして媒を為さしむ。媒は余に告ぐるに好からざるを以てす。」とあるのをふまえる。

七言律詩
○韻 來、回。臺。開。媒。

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恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞

      
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恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞
この詩も物語のように読む。七言律詩


重過聖女詞
1.白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
2.一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
3.萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
4.玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。


1. 東川より長安に帰る途中、ここ鳳州、秦岡山、懸崖の聖女を祭る祠に再び立ち寄ることとなった。祠の玄関は自然の峻しい巌石でできている。それが扉でもある白い石の門は時代の色に古び、青い蘚が、石の白さに対照して色鮮やかに繁っている。ここに祭られる女神は、過去に何か罪を犯すところあって至上天の楽土から流謫せられ落ちぶれたのだろうが、祠の扉が苔むしてまだ天上に帰ることができないでいるのだろう。


2. ここでは、ひと春のあいだ中、春めく愛を示すような夢のなごり雨が、祠の古びた瓦に飛び散り飄える。そしてまた、何か神秘な風が、かかげたのぼり旗を一杯脹らませることもなく、一日中、柔らかく吹いている。
 
3. もとは宮女、罪あって道観に出だされて、女道士となったと思われる女達の、妖しくもなまめかしい姿が、ここに見られたのだが、
「昔、気紛れに羊権の家に下って不思議な贈物を届けた仙女「萼緑華」のように、彼女らはどこからともしれず、ふと現われたものだった。そしてまた、湘江の岸に捨てられ、漁夫の家に育って成長すると、天上に帰ったという杜蘭香のように、ほんの少し前までは、ここにいたと思うのに、人の愛の心をその気にさせてから、ふと消えてゆく。」

4. 仙界の官位で云えば、まだ「玉郎」に過ぎず、日頃不遇な私のこと、ここでは必ずや仙人世界の名簿に名をつらね、宮殿に自由に出入りできる身分になりたい。かつてここを訪れた時、美女の歓待を受け、夢幻の界なる天の宮殿のきざはしで、その世界にしかない、もしそれを食えば幸福のおとずれるという植物のことについて語り合った、その歓びを私はよく憶えている。


重過聖女詞
聖女詞 鳳州(陝西省鳳翔)の秦岡山の懸崖の側、列壁の上にある祠。その神体は女性で上が赤く下が白
く塗られているという。(856年45歳のころ、東川の幕府からか、陝西省南鄭県)興元の方面から長安に帰る途中の作と推定される。
「重ねて過る」とは以前一度たちよった事があるということである。聖女祠と題する詩は他に二篇ある。
唐代の道教のやしろ、或いはそれに類するいわゆる淫祠の女冠は多分に売春、娼妓的性格をもっていた。それを考え併せてこの詩を読まないとわからない。

1. 白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
東川より長安に帰る途中、ここ鳳州、秦岡山、懸崖の聖女を祭る祠に再び立ち寄ることとなった。祠の玄関は自然の峻しい巌石でできている。それが扉でもある白い石の門は時代の色に古び、青い蘚が、石の白さに対照して色鮮やかに繁っている。ここに祭られる女神は、過去に何か罪を犯すところあって至上天の楽土から流謫せられ落ちぶれたのだろうが、祠の扉が苔むしてまだ天上に帰ることができないでいるのだろう。
上清 道教では天を玉清・太清・上清とわける、その至上天。そこに太上宮なる宮殿があり、聖者が住むという。○淪謫 流れものとなっておちぶれる。

2. 一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
ここでは、ひと春のあいだ中、春めく愛を示すような夢のなごり雨が、祠の古びた瓦に飛び散り飄える。そしてまた、何か神秘な風が、かかげたのぼり旗を一杯脹らませることもなく、一日中、柔らかく吹いている。 
一春 ひと春のあいだ中。○夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。晩唐の杜牧(803-852年)の潤州の詩に「柳は朱横に暗く夢雨多し。」と。○尽日 ひねもす。一日じゅう。

3. 萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
もとは宮女、罪あって道観に出だされて、女道士となったと思われる女達の、妖しくもなまめかしい姿が、ここに見られたのだが、
「昔、気紛れに羊権の家に下って不思議な贈物を届けた仙女「萼緑華」のように、彼女らはどこからともしれず、ふと現われたものだった。そしてまた、湘江の岸に捨てられ、漁夫の家に育って成長すると、天上に帰ったという杜蘭香のように、ほんの少し前までは、ここにいたと思うのに、人の愛の心をその気にさせてから、ふと消えてゆく。」
萼緑華 (がくりょくか) 南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、仙薬を権にあたえておいて消え去った。この話は梁の陶弘貴の「真誥」にある逸話である。○杜蘭香 (とらんこう) 中国のかぐや姫。昔、一人の漁夫が湘江の岸で泣声をきき、嬰児を拾いそれを養った。その少女「杜蘭香」は成長して天姿奇偉(天女のようで妖しく賢そう)。ある日青い衣の仙界の下僕が空より、その家に下り彼女をつれ去った。昇天の際に、漁夫に言った。「私はもと仙女でございました。あやまちを犯して人間の世界に貶められておりましたが、今、帰ります。」と。後に、洞庭包山(どうていほうざん)の張碩(ちょうせき)の家に下って彼と結婚したと、前蜀の杜光庭の「墉城集仙録」(ようじょうしゅうせんろく)にある。「杜蘭香」は、晋の干宝の「捜神記」や「晋書」曹毗伝(そうひでん)などに登場するが、我が国最初の小説「竹取物語」は恐らく「杜蘭香」伝説にヒントを得ていると思われる。道教の寺院は「観」という。

4. 玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。
仙界の官位で云えば、まだ「玉郎」に過ぎず、日頃不遇な私のこと、ここでは必ずや仙人世界の名簿に名をつらね、宮殿に自由に出入りできる身分になりたい。かつてここを訪れた時、美女の歓待を受け、夢幻の界なる天の宮殿のきざはしで、その世界にしかない、もしそれを食えば幸福のおとずれるという植物のことについて語り合った、その歓びを私はよく憶えている。
玉郎 仙界の身分高き仙人に仕える侍従。梁の陶弘景の「登眞隠訣」にある。ここは李商隠みずからをいう。なお別の聖女桐の詩に、「星娥(せいが)ひとたび去りし後、月姊(げつし)更に来りしやいなや。」という、この二句と類似した発想の一聯がある。○通仙籍 宮門に出入を許された者の名をしるす掛札を通籍という。また、仕官することを「籍を通ず」という。○天階 本来は、三台とも呼ばれる星座の名を意味する。「晋書」の天文志によると、この星座は六つの星からなり、太微星(天の中央にある星)に最も近い星を天柱ともいい、人の世界でいえば三公(大司馬、大司徒、大司空)にあたる。以下順位があるのだが、その意味を含みつつ、この詞の最も高く、奥まった部屋のきざはしをいうのであろう。(向)もまた、最上の星に(むかって)であると同時に、この祠の部屋のきざはし〈で〉という意味でもある。○紫芝 天上の宮廷の庭に植えられる紫色の神秘な植物。道教では、それを内服すると仙界の官位が上進してあがめられるという。


○韻 滋、遅、旗、時、芝。

重ねて聖女詞を過る
白石の巌扉(がんぴ) 碧辞(へきじ)滋(しげし)、上清より淪謫(りんたく)せられて帰り得る 遅(おそし)。
一春 夢雨 常に瓦に飄、尽日 霊風 旗に満たず。
萼緑華(がくりょくか)の来る 定所無く、杜蘭香(とこうらん)去って未だ時を移さず。
玉郎 会えず此に仙籍を通ぜん、憶う天の階(きざはし)に向って紫芝(しし)、問いしことを。

李商隱 3 聞歌 七言律詩(解説編)

李商隱 3 聞歌 七言律詩

聞歌
1 斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
2 銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
3 靑冢路邊南雁盡,細腰宮裏北人過。
4 此聲腸斷非今日,香灺燈光奈爾何。


歌を聞く
1 笑(わらひ)を斂(をさ)め 眸(ひとみ)を凝(こ)らして  意 歌はんと欲し,
高雲 動かず  碧 嵯峨(さが)たり。
2 銅臺 望むを罷めて   何處にか歸り,
玉輦(ぎょくれん) 還(かへ)るを忘るる事 幾多(いくばく)ぞ。
3 靑冢(せいちょう)の路邊  南雁 盡き,
細腰宮 裏  北人 過(よぎ)る。
4 此の聲の腸(はらわた)斷つは  今日のみに 非ず,
香 灺(き)え 燈 光り  爾(なんぢ)を 奈何(いかん)せん。


1 ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった。

2 かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

3 そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。
4 このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひちたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしない、歌っている薄幸の宮女よ。

聞歌
○聞歌 落塊した官女が歌うのを聞いて作った詩。晩唐の詩人杜牧(803-852年)の杜秋娘の詩にも見られるように、落塊してさすらい、流転せぬまでも、仏教寺院、道教の観に寵を得ないまま、移された宮女は、当時はなはだ多かった。作者李商隠は、全国から選りすぐって集められた宮女、後宮女、芸妓(実質同じ意味を持つ)に目を向け、日ごとのやるせない思い、満たされない思い、そしてこの詩のように、別の皇帝が即位する際、これまでの宮女はすべて、寺院、寺観(唐時代国教になった時「観」というようになった)に預けられた。李商隠は唐時代、宦官らによる皇帝の毒殺が多く、被害者ともいえる宮女を詩に取り上げているのも社会批判の一つと考える。


1 
斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
 ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった

○斂 れん おさめる。ひきしめる。かくす。 ○笑:えみ。わらい。笑い顔。名詞。 ○凝 ぎょう こらす。定める。固まる。 ○眸 ぼう ひとみ。目の黒い部分。 ○意 表現されんとする人間の意志。恨みの思いという訳のあたることが多い。 ○欲 ~をしたい。 ○高雲不動 高い空の雲の動きを(歎きで)止(とど)める。 ○碧 へき みどり。李白と李商隠の愛用語。 ○嵯峨 さが 山の嶮しく石のごつごつしているさま。

2 

銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
 かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

○銅台罷望 銅台は規の武帝曹操(155~220年)が河南省臨漳県に建てた宮殿銅雀台をさす。
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西晋の文学者陸機の「弔魏武帝文」によると、298年、陸機は宮中の書庫から曹操が息子たちに与えた遺言を目にする機会を得た。遺言には「生前自分に仕えていた女官たちは、みな銅雀台に置き、8尺の寝台と帳を設け、そこに毎日朝晩供物を捧げよ。月の1日と15日には、かならず帳に向かって歌と舞を捧げよ。息子たちは折にふれて銅雀台に登り、西にある私の陵墓を望め。残っている香は夫人たちに分け与えよ。仕事がない側室たちは履の組み紐の作り方を習い、それを売って生計を立てよ。私が歴任した官の印綬はすべて蔵にしまっておくように。私の残した衣服はまた別の蔵にしまうように。それができない場合は兄弟でそれぞれ分け合えよ」などと細々した指示が書き残されていたという。これを見た陸機は「愾然歎息」し、「徽清絃而獨奏進脯糒而誰嘗(死んだ後に歌や飯を供して誰が喜ぼうか)」「貽塵謗於後王(後の王に醜聞を伝える)」と批評している。李商隠は曹操が没後、宮女たちすべて放遂されていることを述べている。
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 ○歸:本来居るべき所(自宅・故郷・墓地)などへ帰っていく。 ○何處 どこ(に)。
○玉輦 ぎょくれん天子の鳳輦(れん)。天子の乗り物。ここでは、隋・煬帝を指している。煬帝〔ようだい〕569~618年(義寧二年)隋の第二代皇帝。楊広。英。宮殿の造営や大運河の建設、また、外征のため、莫大な国費を費やし、やがては、隋末農民叛乱を招き、軍内の叛乱で縊(くび)り殺された。 ○忘還事 宮廷に帰還することを忘れて遊蕩に耽った出来事。煬帝の悪政と自身の頽廃した生活が史書に残されている。
○幾多(いくばく)どれほど。どれほどの多数。
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『隋書・帝紀・煬帝下』に「六軍不息,百役繁興,行者不歸,居者失業。人飢相食,邑落爲墟,上不之恤也。東西遊幸,靡有定居,毎以供費不給,逆收數年之賦。所至唯與後宮流連耽湎,惟日不足,招迎姥媼,朝夕共肆醜言,又引少年,令與宮人穢亂,不軌不遜,以爲娯樂。」
皇帝の軍隊は、休む閑が無く、数多くの仕事が次から次に起こり、出て行った者は帰ってくることがなく、留まっている者は失業している。(煬帝は)各地を遊び回り、定まった住所が無く、お金を渡すことはなく、逆に数年分の税金を取り立てる。ただ、後宮の女性の所に居続け、それでもの足らないときは、熟年の老女を呼び込み、朝夕に亘って、醜い言葉をほしいままにしていた。その上、若者に対して宮人に穢らわしいことをさせて、むちゃくちゃなことをさせ、それを楽しみとしていた。)とある。
〔煬帝の概要]
即位した煬帝はそれまでの倹約生活から豹変し奢侈を好む生活を送った。また廃止されていた残酷な刑を復活させ、謀反を企てた楊玄感(煬帝を擁立した楊素の息子)は九族に至るまで処刑されている。
洛陽を東都に定めた他、文帝が着手していた国都大興城(長安)の建設を推進し、また100万人の民衆を動員し大運河を建設、華北と江南を連結させ、これを使い江南からの物資の輸送を行うことが出来るようになった。対外的には煬帝は国外遠征を積極的に実施し、高昌に朝貢を求め、吐谷渾、林邑、流求(現在の台湾)などに出兵し版図を拡大した。
更に612年には煬帝は高句麗遠征(麗隋戦争)を実施する。高句麗遠征は3度実施されたが失敗に終わり、これにより隋の権威は失墜した。また国庫に負担を与える遠征は民衆の反発を買い、第2次遠征途中の楊玄感の反乱など各地で反乱が発生、隋国内は大いに乱れた。各地で李密、李淵ら群雄が割拠する中、煬帝は難を避けて江南に逃れた。
煬帝は現実から逃避して酒色にふける生活を送り、皇帝としての統治能力は失われていた。618年、江都で煬帝は故郷への帰還を望む近衛兵を率いた宇文化及兄弟らによって、末子の趙王楊杲(13歳)と共に50歳にして殺害された。
---------- 


3 
靑冢路邊南雁盡、細腰宮裏北人過。
 そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。

 ○盡 姿がつきる。無くなる。 ○青冢 〔せいちょう青塚〕青い草の生えている塚で、王昭君の陵墓をいう。王昭君の墓所には、冬でも青々と草が生えていた故事に因る。現・呼和浩特(フホホト)沙爾泌間の呼和浩特の南九キロメートルの大黒河の畔にある。杜甫の『詠懷古跡五首』之三とある。常建の『塞下曲』とある。白楽天も王昭君二首を詠う。李白は三首詠(李白33-35 王昭君を詠う 三首)っている。王昭君自身は、『昭君怨  王昭君 』 詳しくは漢文委員会「王昭君ものがたり」に集約して掲載。 ○路邊 道端の。 ○南雁 南の方の郷里である漢の地に飛んで帰るカリ。故郷への雁信。 ○盡 姿がつきる。無くなる。
 ○細腰宮:(春秋)楚の宮殿。『漢書・馬寥伝』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」からきている。
在位BC614~BC591。楚の穆王(商臣)の子。即位して三年の間、無為に過ごし、奢侈をきわめ、諫める者は死罪にすると触れを出した。激やせした状態の女性を好み、宮女たちは痩せるため、食を減らし、絶食する者もいた。そのため多くの宮女、侍女たちに餓死者が出た。皇帝のわがままによる宮女たちの悲惨な出来事をとらえている。
  ○細腰 温庭には『楊柳枝』「蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。」と詠われる美女の形容でもある。(紀頌之ブログ7月8日蘇小小) ○北人:北方人。春秋・楚は、長江流域にあった中国南部の大国。漢民族の故地である黄河流域の中原とは、『楚辭』に象徴されるように、異なった文明を持つ。その後漢は黄河流域に栄えるが、三国、五胡十六国、南北朝と、原・漢民族は南下し、その間、前秦北魏などが北方を制し、突厥が北方を伺った。(その後も金(女真人)、元(モンゴル人)清(女真→満洲人)という流れ)。「南風不競」という通り、「北人」には「征服者」という感じが籠もる。現・漢民族の外見的な特徴は、(「南人」と比べてのイメージとしてだが)背が高く、大柄(「南人」は小柄)。目が切れ長でつり上がっている(「南人」はぱっちりとした二重まぶたの目)。南朝の繊細華麗優美な文化に比べ北朝の武骨な文化を野暮なものとしている。 ・過:よぎる。通り過ぎる。

4 

此聲腸斷非今日、香灺燈光奈爾何。
 このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひとたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしないのだ、歌っている薄幸の宮女よ。

 ○此聲:元、しかるべき地位にあった女性の淪落後の歌声。 ○腸斷:非常な悲しみを謂う。 ○非今日:今日だけではない。 ○香灺:香が燃え尽きる。 ○灺 しゃ ともしびの燃え残り。蝋燭の余燼。 ・燈光 ともしびが輝く。ここは、「燈殘」ともする。 ○奈爾何 あなたをどうしようか。 ○奈何 どのようにしようか。 ○爾 なんぢ。女性を指すか。香を指すのか。



李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李商隠 3 聞歌

李商隠 3 聞歌


李商隠の詩は小説である。漢詩ととらえて、言葉だけを並べたのでは何の意味か分からないものになってしまう。これまでの李商隠1,2ではまだ通常の現代訳(kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ)という形でよかったが、それでは、李商隠の詩の良さは分からない。詩商隠の詩は、その語句の背景にある物語を考え併せて読んでいかないと李商隠の素晴らしさが伝わらないのである。
 李商隠は詩を書くのにほとんど自分の部屋で、机のまわりにいろんな書物、故事に関連したものなど並べて書いたそうである。「獺祭魚的方法」で書かれている。したがって、その背景こそ重要なものなのである。
また、密偵、内通などにより、親しい人、官僚の死、流刑、左遷と衰退していく唐朝の中で暗黒の時代でもあった。男女の愛についてもこうした背景で見ていかないと、単に死んだ妻を偲んで詠ったもの的な解釈になるのである。李商隠における「エロ」的表現には社会批判、当時の権力者への批判が込められている。そういう意味で味わい深い詩なのである。 


ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった。

かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。

このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひちたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしない、歌っている薄幸の宮女よ。

聞歌
斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
靑冢路邊南雁盡,細腰宮裏北人過。
此聲腸斷非今日,香灺燈光奈爾何。


歌を聞く
笑を斂 眸(ひとみ)を凝らして意歌わんと欲し,高雲 動かず  碧 嵯峨(さが)たり。
銅臺 望むを罷めて   何處にか歸り,玉輦(ぎょくれん) (かへ)るを忘るる事 幾多(いくばく)ぞ。
靑冢(せいちょう)の路邊  南雁 盡き,細腰宮 裏  北人 過(よぎ)る。
此の聲の腸(はらわた)斷つは  今日のみに 非ず,香 灺(き)え 燈 光り  爾(なんぢ)を 奈何(いかん)せん。

靑冢は王昭君のこと 紀頌之のブログ参照 34 王昭君二首 五言絶句 王昭君二首 雑言古詩 35李白王昭君詠う(3)于巓採花

詩の訳註、解説について長いので、別の機会に漢文委員会HP に掲載することとする。

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