中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

宮女 芸妓

無 題(白道縈廻入暮霞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-83

無 題(白道縈廻入暮霞) 李商隠 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集-83


無 題
白道縈廻入暮霞、斑騅嘶断七香車。
この街の白門につづく道がある、女性の体はうね曲がってその中につつまれていく。あでやかななじみの芸妓は七香のなかで呻き、善がり声が響き渡る。
春風自共何人笑、枉破陽城十寓家。

万物が愛をはぐくむお誘いの風はわけもなく誘われるままに誰にたいしても微笑んだりしている、美女の微笑はことさらに陽城の十万家を滅ぼしたりするというのか。



無 題(白道縈廻入暮霞)の訳註と解説

(無題の本文)
白道縈廻入暮霞、斑騅嘶断七香車。
春風自共何人笑、枉破陽城十寓家。


(下し文)

白道廻して暮霞に入る、斑騅噺断す 七香車。

春風 自ら何人と共に笑い、枉げて破らん 陽城十万の家。


(現代訳)
この街の白門につづく道がある、女性の体はうね曲がってその中につつまれていく。あでやかななじみの芸妓は七香のなかで呻き、善がり声が響き渡る。
万物が愛をはぐくむお誘いの風はわけもなく誘われるままに誰にたいしても微笑んだりしている、美女の微笑はことさらに陽城の十万家を滅ぼしたりするというのか。


無題 楚の国にはことさら美女が多い。芸妓の微笑でみんなが夢中になってしまって陽城の十万家を滅ぼしてしまう。この街にある色町には美人が多いから誘われるとのってしまうという洒落の詩である。
 

白道縈廻入暮霞、斑騅嘶断七香車。
この街の白門につづく道がある、女性の体はうね曲がってその中につつまれていく。あでやかななじみの芸妓は七香のなかで呻き、善がり声が響き渡る。
白道 芸妓のいる色町の門は西にあり、白色である。そこへ続く道。李商隠「春雨」 五行思想からくる○縈廻 女性の肢体の曲線をあらわし、くねくね曲がる。○暮霞 「霞」はかすみではなく、朝晩の色鮮やかな雲。ここでは、雲は女性を示す。○斑騅 楚の国項羽の愛馬を「騅馬」という。気に云ったなじみの芸妓。〇七香車 多種の香木で作られた豪著な車。梁・簡文帝「烏棲曲」に「青牛丹戟七香車、憐むべし今夜 侶家に宿る」。



春風自共何人笑、枉破陽城十寓家。
万物が愛をはぐくむお誘いの風はわけもなく誘われるままに誰にたいしても微笑んだりしている、美女の微笑はことさらに陽城の十万家を滅ぼしたりするというのか。
春風 万物が愛をはぐくむお誘いの風。○自共 自然にわけもなく誘われるままに。 ○人笑 宋玉の「登徒子好色の賦」に楚の美女がほほえむと、陽城や下蔡の人々を夢中にさせた。○枉 ことさらに。○陽城 楚の国の地名。宋玉「登徒子好色の賦」(『文選』巻一九)の序に「婿然として一笑すれば、陽城を惑わし、下蔡を迷わす」。楚の美女がほほえむと、陽城や下蔡の人々を夢中にさせたという。 
この詩は、「人笑」と「陽城」の語で宋玉の「登徒子好色の賦」に基づき作られている、洒落の詩である。


○詩型 七言絶句。
○押韻 霞、車、家。



 宋玉 「登徒子好色賦」
 天下の美人は楚国にあり。楚の国のなまめかしくも美しい娘は、我が故郷に多い。
 その中でもとびきりの別嬪は、我が家の東隣の娘だ。その娘の肢体は適(縈廻)である。背は高くもなく低くもなく、表情は愛らしく化粧しなくともほんのり薄紅色。眉毛、膚、縊れた腰、歯並びなにもかも全て申し分ない。彼女がにっこり微笑む時、その美しさは抜群。形容のしようがない。もし洛陽、下蔡の道楽息子が一目見ると、ただそれだけでとろけて、のぼせることは間違いない。
 だが、この『東家之女(東隣の美人)』は、壁によじ登り常に私を盗み見し、既にまる三年になる。が、私は今に至っても彼女の愛情を受けていいない。

 さらに、登徒子について。
 「登徒大夫について言いますと、私と、はっきりと違います。彼の奥さん、髪は乱れ、耳は歪み、三口(ミツクチ)で、歯も欠け腰は曲がってあっちへ行ったりこっちへ来たり、全身、『できもの』でさらに重度の『痔』。しかしながら、登徒大夫は彼女を好み、既に妻との間に五人子供を造っています。」
 最後に宋玉は楚襄王に言う。
 「述べた通りのこれが事実です。一体全体どちらが好色でしょうか?これで明らかでしょう!」
 襄王は宋玉に道理があると認めた。
 これにより、人々は登徒子を好色男の代表とみなし、好色の人を即ち『登徒子』と呼ぶようになった。
 さらにこれから美人のたとえを『東家之子』又は『東家之女』と呼ぶようになった。美女を称して『東隣』とした李白「白紵辭其一」、『美人一笑』については「白紵辭其二」に見える。李商隠もこの詩を参考にしている。

李白81白紵辭其一  82白紵辭其二  83 巴女詞

辛未七夕 李商隠

紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 34 「辛未七夕」李商隠



辛未七夕 
恐是仙家好別離、故教迢逓作佳期。
察するに、朝廷のおかみも、仙界の世界でも別離させることが、お好きらしい。何故といって、こんなに長い間愛しい人と会う約束すらできなく隔てられていたのであるから。
由来碧落銀河畔、可要金風玉露時。
天界においてはもともと、あの高い大空の銀河の河畔で逢瀬をすることなのだから、ことさら同じように、秋風が吹き、星がきらめき露が下りはじめる一夕に限る必要はあるまいに。
清漏漸移相望久、微雲末接過来遅。
水時計は時を刻み、他人の部屋はうまくいっている。次第に夜もふけて、ふたりは長い間、望みをかなえているはずなのに、空は晴れ渡り、銀河を橋渡するはずのほのかな雲はつながらず、織女の渡河はなかなか実現しそうにない。
豈能無意酬烏鵲、惟與蜘蛛乞巧絲。

天上の恋人たちが会う為に、烏鵲が河をうずめて橋をかけてくれるということだが、せっかくの努力に酬いる気もないのであろう。ただ、地上の蜘蛛の五色の糸の七夕の飾り物や果物をお供えさせておくだけというのは、献身して働く者は放っておいて、権力を持ったものには厚遇しょうということなのか。


察するに、朝廷のおかみも、仙界の世界でも別離させることが、お好きらしい。何故といって、こんなに長い間愛しい人と会う約束すらできなく隔てられていたのであるから。
天界においてはもともと、あの高い大空の銀河の河畔で逢瀬をすることなのだから、ことさら同じように、秋風が吹き、星がきらめき露が下りはじめる一夕に限る必要はあるまいに。
水時計は時を刻み、他人の部屋はうまくいっている。次第に夜もふけて、ふたりは長い間、望みをかなえているはずなのに、空は晴れ渡り、銀河を橋渡するはずのほのかな雲はつながらず、織女の渡河はなかなか実現しそうにない。
天上の恋人たちが会う為に、烏鵲が河をうずめて橋をかけてくれるということだが、せっかくの努力に酬いる気もないのであろう。ただ、地上の蜘蛛の五色の糸の七夕の飾り物や果物をお供えさせておくだけというのは、献身して働く者は放っておいて、権力を持ったものには厚遇しょうということなのか。


辛未七夕(しんぴしちせき)
恐らくは是れ 仙家の別離を好むならん、故さらに迢逓(ちょうてい)に佳期を作さしむ。
由来 碧落 銀河の畔、要らず金風玉露の時なる可けんや。
清漏 漸く移って相望むこと久しく、徴雲は未だ接せず過り来ること遅し。
豈に能く鳥鵲(うじゃく)に酬ゆるに意無からんや、惟だ蜘蛛の巧糸を乞うに与す。

○辛未七夕 辛未はかのとひつじの年。851年がそれにあたる。李商隠40歳。徐州幕府で約二年いがそこを罷めて一時気長安に帰った時期であろうか。その年の11月には四川省梓州で書記を務めている。久方ぶりに長安の芸妓の女性に逢うことができるというので約束をしてあろう、ところが先約があったのだろう、自分のところになかなか来てくれない。この詩は力のあるものが横やりを入れてなかなか会えない気持ちを詠う。権力を持ったものの横暴がまかり通った時代であるということを示している。

恐是仙家好別離、故教迢逓作佳期。
察するに、朝廷のおかみも、仙界の世界でも別離させることが、お好きらしい。何故といって、こんなに長い間愛しい人と会う約束すらできなく隔てられていたのであるから。
仙家 天上の人人。○迢逓 迢かに遠いこと。時間的にも空間的にも。○ ことさら、○ ~しむ。使役の助詞。 ○佳期 愛人とあう時間、おうせ。李白「大堤曲」でも、愛人と会う逢瀬を示す。

由来碧落銀河畔、可要金風玉露時。
天界においてはもともと、あの高い大空の銀河の河畔で逢瀬をすることなのだから、ことさら同じように、秋風が吹き、星がきらめき露が下りはじめる一夕に限る必要はあるまいに。
由来 もともと。○碧落 道教でいう天上最高のところ。中唐の詩人白居易(772-846年)の長恨歌に「上は碧落を窮め下は黄泉。」と云うのも、仙界を訪ねてのこと。○金風 秋風。五行思想では、金は時節では秋、方位では西である。
 

清漏漸移相望久、微雲末接過来遅。
水時計は時を刻み、他人の部屋はうまくいっている。次第に夜もふけて、ふたりは長い間、望みをかなえているはずなのに、空は晴れ渡り、銀河を橋渡するはずのほのかな雲はつながらず、織女の渡河はなかなか実現しそうにない。
清漏 水時計の清らかな音。
 

豈能無意酬烏鵲、惟與蜘蛛乞巧絲。
天上の恋人たちが会う為に、烏鵲が河をうずめて橋をかけてくれるということだが、せっかくの努力に酬いる気もないのであろう。ただ、地上の蜘蛛の五色の糸の七夕の飾り物や果物をお供えさせておくだけというのは、献身して働く者は放っておいて、権力を持ったものには厚遇しょうということなのか。
烏鵲 七夕の夜、烏鵲が銀河の橋渡しをするという伝説。○蜘蛛乞巧 中国の七夕の飾りは、五彩の糸を七つの孔のある針に通し、女達は裁縫の上達を天孫すなわち織女星に願う。色色の瓜果を庭に供え、香燭をつけて翌日を待ち、朝に蜘蛛が網をくだものの上に掛けていると、その願いが聞き入れられるとする。その祭りを乞巧奠という。

豫章行苦相篇 傅玄 女のさだめ 六朝時代(3)

 

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豫章行苦相篇 傅玄 女のさだめ

傅玄 217-278 三国魏から晋の初めにかけての思想家、文人。字は休奕。泥陽(陝西省燿県東南)の人。貧困のうちに少年時代をすごしたが、晋の武帝に仕えて、散騎常侍、司隷校尉(首都の警備長官)となり、子爵に封ぜられた。政治哲学の書『傅子』を著わしたといわれ、また社会問題や男女の愛情をうたった楽府体の詩に長ずる。『詩品』が下品におき、息子の傅咸と並べて「繁富嘉す可し」と評するのは、多作であったことへの賛辞らしい。『文選』が一篇、『玉台新詠』が十二篇の詩を収め、『晋書』巻四十七に伝がある。


豫章行苦相篇
【豫章行•苦相篇】晉•傅玄
よしょうこう・くそうへん        しん・ふげん
苦相身為女,卑陋難再陳。
苦しみのもとになる星は、女に生まれたためで、低くて粗末にされること言葉にするのが難しい。
兒男當門戶,墮地自生神。
男子に生まれたものは一家を背負うものとされ、生まれおちた時から備わったものとして人の心がちがうのだ
雄心志四海,萬里望風塵。
志を天下四方の海に雄飛させ、万里のかなたで戦い手柄を立てることを望む
女育無欣愛,不為家所珍。
女に生まれたら育つ時もてもよろこばれず、家では大事にあつかわれはしない
長大逃深室,藏頭羞見人。
大きくなれば 奥の部屋に逃れ、顔をかくして 人にあうのも恥しがる
無淚適他鄉,忽如雨絕雲。
涙もないままに他郷へゆかせられ、たちまちにして雲を離れた雨と同じになってしまう。
低頭和顏色,素齒結硃脣。
頭を下げてきめ顔をつくり、白い歯も朱い唇を結んでかくす。
跪拜無複數,婢妾如嚴賓。
うなずいてお辞儀のしどおし、下女とめかけをこわいお客のように扱う
情合同雲漢,葵藿仰陽春。
交情というものは 天の川で出会う年に一度の七夕のよう、女の本質は 春の陽の慈愛慈恵を仰ぐというもの
心乖甚水火,百惡集其身。
心は水と火よりもちぐはぐ、すべての悪いことがこの身に集まってくる。
玉顏隨年變,丈夫多好新。
若さあふれる美しい顔は年を重ねて老けていく、それにともなう一人前のおとこというものは新しい女を多く作ることが甲斐性なのだ。
昔為形與影,今為胡與秦。
昔は二人の仲は影が姿にそうようにいっていたけど、今は胡異民族と漢民族のように離れてしまった。
胡秦時相見,一絕逾參辰。

でも胡異民族と漢民族なら時に出会うこともあるが、今は一切絶えて参星と辰星よりこえるほどひどい。

苦しみのもとになる星は、女に生まれたためで、低くて粗末にされること言葉にするのが難しい。
男子に生まれたものは一家を背負うものとされ、生まれおちた時から備わったものとして人の心がちがうのだ
志を天下四方の海に雄飛させ、万里のかなたで戦い手柄を立てることを望む
女に生まれたら育つ時もてもよろこばれず、家では大事にあつかわれはしない
大きくなれば 奥の部屋に逃れ、顔をかくして 人にあうのも恥しがる
頭を下げてきめ顔をつくり、白い歯も朱い唇を結んでかくす。
うなずいてお辞儀のしどおし、下女とめかけをこわいお客のように扱う
涙もないままに他郷へゆかせられ、たちまちにして雲を離れた雨と同じになってしまう。頭を下げてきめ顔をつくり、白い歯も朱い唇を結んでかくす。
うなずいてお辞儀のしどおし、下女とめかけをこわいお客のように扱う
交情というものは 天の川で出会う年に一度の七夕のよう、女の本質は 春の陽の慈愛慈恵を仰ぐというもの
心は水と火よりもちぐはぐ、すべての悪いことがこの身に集まってくる。
若さあふれる美しい顔は年を重ねて老けていく、それにともなう一人前のおとこというものは新しい女を多く作ることが甲斐性なのだ。
昔は二人の仲は影が姿にそうようにいっていたけど、今は胡異民族と漢民族のように離れてしまった。
でも胡異民族と漢民族なら時に出会うこともあるが、今は一切絶えて参星と辰星よりこえるほどひどい。


【豫章行•苦相篇】 晉•傅玄

苦相身為女,卑陋難再陳。
苦しみのもとになる星は、女に生まれたためで、低くて粗末にされること言葉にするのが難しい。
卑陋 ひろう 心が賤しく狭い。下品。身分が賤しい。低くて粗末。


兒男當門戶,墮地自生神。
男子に生まれたものは一家を背負うものとされ、生まれおちた時から備わったものとして人の心がちがうのだ
門戶 門と戶。入り口。家。家柄。○墮地 おまれ堕ちたところ  ○ 天の神。人の心。


雄心志四海,萬里望風塵。
志を天下四方の海に雄飛させ、万里のかなたで戦い手柄を立てることを望む
四海 天下の人。大地の四方の果てに海があると意識されていた。○風塵 兵乱、戦争。


女育無欣愛,不為家所珍。
女に生まれたら育つ時もてもよろこばれず、家では大事にあつかわれはしない
欣愛 喜び愛する。愛すること。○家所珍 家の宝物。一族での貴重なもの。


長大逃深室,藏頭羞見人。
大きくなれば 奥の部屋に逃れ、顔をかくして 人にあうのも恥しがる
深室 家の奥まった部屋。 ○見人 出会う人。女として、芸妓に出されるのを恐れるさまをいう。


無淚適他鄉,忽如雨絕雲。
涙もないままに他郷へゆかせられ、たちまちにして雲を離れた雨と同じになってしう。
他鄉 生れたところより違う地方のこと。芸妓の楼のことをいう。 ○雨絕雲 雲を離れた雨。雲は姿態をしめす。


低頭和顏色,素齒結硃脣。
頭を下げてきめ顔をつくり、白い歯も朱い唇を結んでかくす。
○硃脣 紅を塗った唇。硃 赤い顔料。赤い砂。素齒は子供のような笑顔のしぐさのこと。


跪拜無複數,婢妾如嚴賓。
うなずいてお辞儀のしどおし、下女とめかけをこわいお客のように扱う
婢妾 下女とめかけ。○嚴賓 怖いお客。厳格な威厳のある客。


情合同雲漢,葵藿仰陽春。
交情というものは 天の川で出会う年に一度の七夕のよう、女の本質は 春の陽の慈愛慈恵を仰ぐというもの
情合 男女の交わり。 ○雲漢 天の川。 ○葵藿 キカク ひまわり。物性はものの本姓。奪い取ることのできない天性のもの。魏の曹植「親を通ぜんことを求る表」に『葵藿の葉を傾けるがごときは、太陽の之がために光を廻らさずと雖も、終に之に向かう者は誠なり』とあるに基づく。 ○陽春 陽気の満ち満ちた春。春という季節は万物をはぐくみ育てる、それに似た慈愛慈恵。


心乖甚水火,百惡集其身。
心は水と火よりもちぐはぐ、すべての悪いことがこの身に集まってくる。
○乖 カイ さからう。わかれる。はなれる。


玉顏隨年變,丈夫多好新。
若さあふれる美しい顔は年を重ねて老けていく、それにともなう一人前のおとこというものは新しい女を多く作ることが甲斐性なのだ。
○玉顔 キラキラ輝くような顔。美しい顔。若さあふれる顔をいう。○丈夫多好新 一人前のおとこになったら新しい女を多く作ることが甲斐性。


昔為形與影,今為胡與秦。
昔は二人の仲は影が姿にそうようにいっていたけど、今は胡異民族と漢民族のように離れてしまった。
形與影 二人の情愛をしめす。


胡秦時相見,一絕逾參辰。
でも胡異民族と漢民族なら時に出会うこともあるが、今は一切絶えて参星と辰星よりこえるほどひどい。
 ・・・・を超える。 ○參辰 東の星と西の星は交わらないことを示す。參:西に三つ星ならんでから犂のように見える星。三星。辰:天体。東の方。

代白頭吟 劉希夷(劉廷芝)(2) 初唐

代白頭吟 劉希夷(劉廷芝)(2)

初唐の詩人。(651~678)。二十八歳という若さで、命を落とす。字は希夷、或いは廷芝。汝州(現・汝州市)の人。二十四歳で進士に合格するが、仕官せずに巴蜀、江南を遊覧する。その行より帰って後、洛陽の居にて、この作品や『故園置酒』を作った。

劉 希夷(りゅう きい、651年(永徽2年) - 679年(調露元年))は中国唐代の詩人。字は庭芝、廷芝。一説に名が庭芝で字が希夷ともいわれる。汝州(河南省汝州市)の出身。幼くして父を失い、母と共に外祖父のもとに身を寄せ20歳頃まで過ごした。容姿はすぐれており、物事にこだわらない性格なので素行が悪かった。酒と音楽を好み、琵琶の名手であった。675年(上元2年)進士となるが仕官せずに各地を遊覧した。「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」で有名な詩「代悲白頭翁」、貴族の若者を詠った「公子行」が代表作。この二首は唐詩選におさめられている。いずれも楽譜体で、南朝の楽府にヒントを得ている。

ここでは、前回の「公子行」とここに挙げる「代白頭吟」のみとする。

代白頭吟     (代悲白頭翁) 
洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。
洛陽の都の東にさきみだれる桃李の花は。ひらひらと風に舞う花は、誰の家へ落ちていったのか。
洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。』
 洛陽の都の色香を出し惜しみのむすめは、じっと落花をみていて、ふと長いため息を吐く。 
今年花落顏色改,明年花開復誰在。

今年は、(もう)花が散り落ちて、花の色香が改まったが。明年、花が咲き開く時には、誰か(その女(ひと)は)まだ在(い)るだろうか。(もう、いまい)。

已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。』
すでに、年を経た長く繁茂する松や柏の樹木も、切り倒された木々のなるのを見受けられた。更にまた、桑畑が變じて大海原に変わるという故事を聞いているだろう。 
古人無復洛城東,今人還對落花風。
昔の知人は、洛陽の東の郊外にはもう住んではいない。そして今の人は落花の風に舞い散るのを目の当たりにしている。
年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。
毎年、花は同じように色香で咲く。その年ごとにそれを見る人というものは同じではないのだ。
寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。』
私は言葉を寄せたい、もう死のうかというこの白髪の老人を憐れんでください。
此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。
この老人の白髪は、まことに憐れむべきようすだが、それでもこの白髪の老翁が、昔は若々しい美少年であった。 
公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。
貴公子たち公達が香しい大樹の下で。きよらかな歌声や落花の舞をめにしていた。
光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。
その場所は漢の光祿王根のだい庭園にも匹敵する錦を広げたようであった。高官のお屋敷の庭の池の畔の高台では麗しい情景が展開され。後漢順帝のときの梁冀は大将軍で壮麗な邸宅の楼閣に神仙の像を描かせた素晴らしいものであった。
一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。』
ひとたび、病臥してしまったら、交際する知りあいもいなくなってしまい、春三月の行楽は誰のものなのか。
宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。

しなやかな美人の姿も、その若さと美貌を誇れるのは、どれくらいの長さの時間たもてるというのか。つかのまの間に絹絲がもつれたような白髪になったのだ。

但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。』

ただ古来からの歌舞、遊興の地で華であったこの地が、たそがれときに、小鳥や雀の啼き声だけが悲しげに聞こえるだけである。


代白頭吟 (白頭を悲しむ翁に代りて)
洛陽城東桃李の花,飛び來り飛び去りて誰が家にか落つる。
洛陽の女兒 顏色を惜しみ,行(ゆくゆ)く 落花に逢ひて  長歎息す。』
今年花落ちて顏色改まり,明年花開きて 復た 誰か在る。
已(すで)に見る松柏の摧(くだ)かれて薪と爲るを,更に聞く桑田の變じて海と成るを。』
古人復(ま)た洛城の東に無く,今人還(ま)た對す落花の風。
年年歳歳花相(あ)ひ似たれども,歳歳年年人同じからず。
言を寄す全盛の紅顏子,應に憐むべし半死の白頭の翁。』
此の翁白頭眞に憐む可し,伊(こ)れ昔紅顏の美少年。
公子王孫芳樹の下,清歌妙舞 落花の前。
光祿の池臺に錦繍を開き,將軍の樓閣に神仙を畫(ゑが)く。
一朝病ひに臥して人の識る無く,三春の行樂誰が邊にか在る』。
宛轉たる蛾眉能(よ)く幾時ぞ,須臾にして鶴髮亂れて絲の如し。
但(た)だ看る古來歌舞の地,惟(た)だ黄昏に鳥雀の悲しむ有るを。」


代白頭吟
『代悲白頭翁』ともいう。「白頭を悲しむ老翁になり代る」

劉希夷の二つの代表作のうち、女性の一生を歌ったもの。

男性の一生を歌ったものは『公子行』
天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。
馬聲廻合青雲外,人影搖動綠波裏。
綠波蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。
可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。
此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。』

娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。
的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。
花際裴回雙蛺蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。
傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王。』

古來容光人所羨,況復今日遙相見。
願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。
與君相向轉相親,與君雙棲共一身。
願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。
百年同謝西山日,千秋萬古北邙塵。』


 であり、ともに彼の代表作である 。

嘗て歌われていた。なお、この作品を宋之問の作『有所思』ともするが、劉希夷の方が強い。この詩は、時の移ろいの悲しみを歌っている。唐の杜秋娘『金縷曲』(勸君莫惜金縷衣) や、宋の朱熹『偶成詩』(少年易老學難成) のモチーフの元とも謂える。蛇足になるが、我が国でいえば、小野小町の「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに」にでもなろうか。

  ほぼ全篇、対句による構成である。なお、この原詩は日本流布バージョン『唐詩選』のものである。『楽府詩集』などのものとは微妙に出入りがある。

楽府題『白頭吟』 漢・卓文君
皚如山上雪,皎若雲間月。
聞君有兩意,故來相決絶。
今日斗酒會,明旦溝水頭。



代白頭吟

洛陽城東桃李花、飛來飛去落誰家。
洛陽の都の東にさきみだれる桃李の花は。ひらひらと風に舞う花は、誰の家へ落ちていったのか。 
洛陽 唐代の東都。首都・西都たるべき長安とともに、当時のみやこ。 ・ 街。都市。 ・桃李花 モモやスモモの花。春を代表する花。美しいものを指す。 ・~來~去:(…して)行ったり来たり。 ・落誰家 どの辺りに落ちるのか。「家」は、必ずしも建物の「いえ」のみをいっていない。 ・誰家 だれ。どこ。
 

洛陽女兒惜顏色、行逢落花長歎息。
洛陽の都の色香を出し惜しみのむすめは、じっと落花をみていて、ふと長いため息を吐く。 
顏色 顔の色。 ・行 やがて。まさに…しようとする。行将。近い将来のことを表す表現

今年花落顏色改、明年花開復誰在。
今年は、(もう)花が散り落ちて、花の色香が改まったが。明年、花が咲き開く時には、誰か(その女(ひと)は)まだ在(い)るだろうか。(もう、いまい)。

已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。』
すでに、年を経た長く繁茂する松や柏の樹木も、切り倒された木々のなるのを見受けられた。更にまた、桑畑が變じて大海原に変わるという故事を聞いているだろう。 
・「松柏摧爲薪」 松や柏のような千年も長く繁茂する樹木も、伐採されるとマキとなってしまう、ということの言。 
 「桑田變成海」は李白「古風」其第九首109
古風 其九
莊周夢胡蝶。 胡蝶為庄周。
一體更變易。 萬事良悠悠。
乃知蓬萊水。 復作清淺流。
青門種瓜人。 舊日東陵侯。
富貴故如此。 營營何所求。
○蓬莱水 蓬莱というのは、東海の中にあるといわれる仙人の島。麻姑という女の仙人が言った。「東の海が三遍干上って桑畑にかわったのを見たが、先ごろ蓬莱島に行ってみると、水が以前の半分の浅さになってしまっている。またもや陸地になるのだろうか。」王遠という者が嘆いて言った。「聖人はみな言っている、海の中もゆくゆくは砂塵をまきあげるのだと。」「神仙伝」にある話。ここに言う、神仙伝の女の仙人麻姑の言葉を踏まえている。

古人無復洛城東、今人還對落花風。
昔の知人は、洛陽の東の郊外にはもう住んではいない。そして今の人は落花の風に舞い散るのを目の当たりにしている。
古人 古い知り合い。 ・無復 もう居ない。二度とは居ない。再びは、いない。全然…ない。また…なし。「復」は語調を整え、強めるためでもある。・今人:前出「古人」に対応して使っている。 ・ なおも。なおもまた。 ・對:…に対している。…に向かっている。 ・落花風 花を散らし、(ふりゆく年月を暗示する)無常の風。


年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。

毎年、花は同じように色香で咲く。その年ごとにそれを見る人というものは同じではないのだ。
この聯「年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。」は、「花=自然界:営みは不変」と「人=人間界:営みは容易に変遷していく」ということを対比させて展開している。 ・年年歳歳 毎年。

寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。』
私は言葉を寄せたい、もう死のうかというこの白髪の老人を憐れんでください。
寄言 言葉を寄せて人に悟らせる。言づてをする。ここは前者。・全盛:今を盛りとする。・紅顏子 若者。 ・子:人。

此翁白頭眞可憐、伊昔紅顏美少年。
この老人の白髪は、まことに憐れむべきようすだが、それでもこの白髪の老翁が、昔は若々しい美少年であった。 
・伊昔 この昔。


公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前

貴公子たち公達が香しい大樹の下で。きよらかな歌声や落花の舞をめにしていた。
公子王孫 貴公子たち。 


光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。
その場所は漢の光祿王根のだい庭園にも匹敵する錦を広げたようであった。高官のお屋敷の庭の池の畔の高台では麗しい情景が展開され。後漢順帝のときの梁冀は大将軍で壮麗な邸宅の楼閣に神仙の像を描かせた素晴らしいものであった。
光祿 光祿勳(光禄勲)のこと。漢の元帝の外戚王根は、光禄勲という。高官の意で使われている。光祿勲は前漢の官制で、九卿の一。宮殿の掖門を警護する役目。元帝がその邸宅に遊んだ際、大庭園におどろいたという。 ・錦繍 にしきと縫い取りで、美しいものの喩え。 ・將軍 後漢順帝のときの梁冀は大将軍で壮麗な邸宅で壁に、雲や仙人を描いていた。
 

一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。』
ひとたび、病臥してしまったら、交際する知りあいもいなくなってしまい、春三月の行楽は誰のものなのか。
三春 春の三ヶ月で、孟春(陰暦正月)、仲春(陰暦二月)、季春(陰暦三月)のこと。行樂:遊び楽しむ。外出旅行して遊ぶ。 ・在誰邊 どこであるのか。

宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。
しなやかな美人の姿も、その若さと美貌を誇れるのは、どれくらいの長さの時間たもてるというのか。つかのまの間に絹絲がもつれたような白髪になったのだ。
宛轉 えんてん しなやか。なよやかな姿態。本来曲がりくねっていること言う。 ・蛾眉 がび ガの触角のような美しい形の眉をひいた化粧をしている若くて美しい女性。 ・須臾 しゅゆ 忽ち。暫時。しばらく。・鶴髮 白髪。

但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。』
ただ古来からの歌舞、遊興の地で華であったこの地が、たそがれときに、小鳥や雀の啼き声だけが悲しげに聞こえるだけである。
但看 (ここも、現在では、)……を見かけるだけだ。・但:ただ…だけ。 ・惟有 ただ…だけがある。

公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 初唐

公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 
李商隠は女性の側から見た詩をうたっているが、特に 18の無題 (八歳倫照鏡)が女の生きる道を書いた詩であった。劉希夷の詩は男性が女性に対する思いを詠っているので気分転換に取り上げた。閨の詩、恋歌である。

公子行

天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。
洛陽の都の天津橋の下を流れる、暖かな季節春の水が流れている。洛陽の都の天津橋の上を行き交う、世間知らずな若さで青春を謳歌している貴公子たちがいる。
馬聲廻合青雲外,人影搖動綠波裏。
馬の嘶きが交わり合って青空の向こうまで伝わっていく。人の姿が澄んだきよらかな水の波のうえで揺れ動いている。
綠波蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。
澄んだきよらかな波は、揺れ動き漂って、宝石の玉のようである。青空のくもは離れ拡がり、恰も雲の筋が錦のようである。
可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。
憐れんでしまう、楊柳の緑は別れ、傷心の樹。憐れんでしまう、桃李は斷腸の花。
此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。』

この陽春の一日の遊びは美女を迎えるのだ、此の時、歌舞遊興をもとめて妓楼に入り込んだのだ。
娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。
妓楼の美女は、鬱金香の香りがしている、貴公子の側を、いったりきたりしている。

的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。
きらきらと輝く宝玉製のスダレが、昼間の太陽に照り映えている。きれいなきらきらした顔をした女性が、紅(べに)と白粉(おしろい)で、粧(よそお)っている。
花際裴回雙蛺蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。
花の周りをアゲハチョウが行ったり来たりしており、池の畔(ほとり)では、二羽の対(つがい)となったオシドリが左右をふり返りながら歩いている。
傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王。』

国を傾け、城を傾けさせると謂われるほどの絶世の美女(李夫人)を愛した漢の武帝、雲となり、雨となる(神女との契りを結んだ)楚の襄王(の情愛)。 
古來容光人所羨,況復今日遙相見。
昔よりずっと、顔や姿の美しいことは、人々が羨(うらや)ましいと思うところだ、人々は、昔から、美女を羨望の的として思ってきたが、今日はこうやって遙々(はるばる)と会いに来たのだ。
願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。
願うことならば軽やかな薄絹となって、か細い腰にまとわりつきたいものだ。願うことならば、澄んだ鏡となって、可愛い顔を写し取りたいものだ。
與君相向轉相親,與君雙棲共一身。
あなたと向かい合っていると、一層親しさが濃くなってくる、あなたと二人で、一緒になって住むのです。
願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。
願うことならば、貞操を守っていつも葉の色を変えない松のようになって千年も経たいのです、ムクゲのように、毎朝、新たに咲いて、夕方には凋んでしまうようなこと一体誰が考えましょうか。
百年同謝西山日,千秋萬古北邙塵。』
百年、人生も同様に太陽のように西方の山に沈んでいくのだ。永遠の時の後は、北山の陵墓の塵土になっている。

洛陽の都の天津橋の下を流れる、暖かな季節春の水が流れている。洛陽の都の天津橋の上を行き交う、世間知らずな若さで青春を謳歌している貴公子たちがいる。
馬の嘶きが交わり合って青空の向こうまで伝わっていく。人の姿が澄んだきよらかな水の波のうえで揺れ動いている。
澄んだきよらかな波は、揺れ動き漂って、宝石の玉のようである。青空のくもは離れ拡がり、恰も雲の筋が錦のようである。
憐れんでしまう、楊柳の緑は別れ、傷心の樹。憐れんでしまう、桃李は斷腸の花。
この陽春の一日の遊びは美女を迎えるのだ、此の時、歌舞遊興をもとめて妓楼に入り込んだのだ。
妓楼の美女は、鬱金香の香りがしている、貴公子の側を、いったりきたりしている。
きらきらと輝く宝玉製のスダレが、昼間の太陽に照り映えている。きれいなきらきらした顔をした女性が、紅(べに)と白粉(おしろい)で、粧(よそお)っている。
花の周りをアゲハチョウが行ったり来たりしており、池の畔(ほとり)では、二羽の対(つがい)となったオシドリが左右をふり返りながら歩いている。
国を傾け、城を傾けさせると謂われるほどの絶世の美女(李夫人)を愛した漢の武帝、雲となり、雨となる(神女との契りを結んだ)楚の襄王(の情愛)。 
昔よりずっと、顔や姿の美しいことは、人々が羨(うらや)ましいと思うところだ、人々は、昔から、美女を羨望の的として思ってきたが、今日はこうやって遙々(はるばる)と会いに来たのだ。
願うことならば軽やかな薄絹となって、か細い腰にまとわりつきたいものだ。願うことならば、澄んだ鏡となって、可愛い顔を写し取りたいものだ。
あなたと向かい合っていると、一層親しさが濃くなってくる、あなたと二人で、一緒になって住むのです。
願うことならば、貞操を守っていつも葉の色を変えない松のようになって千年も経たいのです、ムクゲのように、毎朝、新たに咲いて、夕方には凋んでしまうようなこと一体誰が考えましょうか。
百年、人生も同様に太陽のように西方の山に沈んでいくのだ。永遠の時の後は、北山の陵墓の塵土になっている。

(下し文)公子行
天津橋下  陽春の水、天津橋上  繁華の子。
馬聲 廻合(くゎいがふ)す  青雲の外,人影 搖動(えうどう)す  綠波の裏。
綠波 蕩漾(たうやう)として  玉を 砂と爲し,青雲 離披(りひ)として  錦を 霞と作す。
憐む可(べ)し 楊柳(やうりう)  傷心の樹,憐む可(べ)し 桃李(たうり)  斷腸の花。
此の日 遨遊(がういう)して  美女を 邀(むか)へ,此の時 歌舞して  娼家(しゃうか)に入る。
娼家の美女  鬱金香(うっこんかう),飛び去り 飛び來(きた)る  公子の傍(かたはら)。
的的たる 珠簾  白日に 映(は)え,娥娥(がが)たる 玉顏  紅粉もて 妝(よそほ)ふ。
花際 裴回(はいくゎい)す  雙 蛺蝶(けふてふ),池邊 顧歩す  兩 鴛鴦(ゑんあう)。
國を傾け 城を傾く  漢の武帝,雲と爲り 雨と爲る  楚の襄王(じゃうわう)。
古來 容光(ようくゎう)は  人の羨(うらや)む所,況(いは)んや復(ま)た 今日  遙かに相ひ見るをや。
願はくは 輕羅(けいら)と作(な)りて  細腰(さいえう)に 著(つ)かん,願はくは 明鏡(めいきゃう)と爲りて  嬌面(けうめん)を 分かたん。
君と 相ひ向ひて  轉(うた)た 相ひ親しみ,君と 雙(なら)び棲(す)みて  一身を共にせん。
願はくは 貞松(ていしょう)と作(な)りて  千歳に古(ふ)りなん,誰(たれ)か論ぜん  芳槿(はうきん) 一朝(いつてう)に新たなるを。
百年 同(おなじ)く 謝す  西山の日,千秋 萬古  北邙(ほくばう)の塵。



公子行
劉希夷の二つの代表作。公子(男性)の一生を歌ったもので、女性の一生を歌った『白頭吟(代悲白頭翁)』「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」とともに「詞調哀苦」で有名である。この『公子行』は、『白頭吟(代悲白頭翁)』同様、全篇の殆どが対句で構成されている見事なものである。

天津橋下陽春水、天津橋上繁華子。
洛陽の都の天津橋の下を流れる、暖かな季節春の水が流れている。洛陽の都の天津橋の上を行き交う、世間知らずな若さで青春を謳歌している貴公子たちがいる。
 ・天津橋 洛陽の都の南にあった橋。隋・煬帝が洛陽に都を遷した時、架した橋で、洛水を天の川に比して「天津」(天の川の渡し場)と名づけた。旧洛陽は洛水を挟んでおり、宮城の南に皇城があり、その正門が「端門」で、更にその真南にあるのが「天津橋」になる。この橋の道というのが、街路中央に御道(天子行幸路)が備えられた御成道であるという洛陽の代表的な道であり、この天津橋は、洛陽を代表的する橋になる ・陽春 陽気の満ちた暖かな春の時節。 ・ ここでは、洛水川の流れのことになる。 ・繁華子 世間知らずな若さで青春を謳歌している貴公子たち。

馬聲廻合青雲外、人影搖動綠波裡。
馬の嘶きが交わり合って青空の向こうまで伝わっていく。人の姿が澄んだきよらかな水の波のうえで揺れ動いている。
 ・馬聲 馬の嘶き。 ・廻合 かいごう 交わり合う。 ・青雲 青みがかった雲。春霞の空。 ・ …の向こうまで。 ・人影 人の姿。 ・搖動 ようどう 揺れ動く。 ・綠波 緑色の波。「 波」とみれば、澄んだきよらかな水の波。 ・ …の内。ここでは、人影が川面に映っているさまをいう。

綠波蕩漾玉爲砂、青雲離披錦作霞。
澄んだきよらかな波は、揺れ動き漂って、宝石の玉のようである。青空のくもは離れ拡がり、恰も雲の筋が錦のようである。
蕩漾 とうよう 水、波などが揺れ動く。漂う。 ・玉爲砂 恰も玉(ぎょく)を砂にしたようである。宝石の玉のようである。 ・離披 りひ 分離するさま。 ・錦作霞 くもがが分かれて、筋状になった久野のある夕やけ。 ・作 なす。なる。 ・ 夕やけや朝やけ。

可憐楊柳傷心樹、可憐桃李斷腸花。
憐れんでしまう、楊柳の緑は別れ、傷心の樹。憐れんでしまう、桃李は斷腸の花。
可憐 強く心に感じたさまを表す。普通では、いじらしく、かわいらしいこと。 ・楊柳 ようりゅう ヤナギの総称。 ・傷心 柳は別れ、心を傷(いた)めること。悲しく思うこと。・桃李 モモの花とスモモの花。 ・斷腸 だんちょう 腸(はらわた)を断ち切られるほどの悲しさ、辛さなどを謂う。嫉妬と焦燥感を示す花のこと。男女を詠うん場合、ほかのもとにいる男性を待っていも来ない状況女性の心境をあらわす。


此日遨遊邀美女、此時歌舞入娼家。
この陽春の一日の遊びは美女を迎えるのだ、此の時、歌舞遊興をもとめて妓楼に入り込んだのだ。
此日 この日。この陽春の一日。 ・遨遊 ごうゆう あそぶ。 ・ よう 迎える。求める。濫(みだり)に受ける。遇(あ)う。待ち受ける。 ・美女 容姿の美しい妓女のこと。・歌舞 歌うことと舞うこと。遊興。 ・娼家 しょうか 遊女を置いて客をとる家。妓楼。青楼。

娼家美女鬱金香、飛去飛來公子傍。
妓楼の美女は、鬱金香の香りがしている、貴公子の側を、いったりきたりしている。
鬱金香 うっこんこう チューリップ。キゾメグサ(鬱金)の香。香草、ハーブの名。西域にあるウッコン草から採った香。女性の性をしめす語。 ・飛去飛來 飛び交う。いったりきたり。 ・公子 諸侯や貴族の子息。・ かたわら。そば。

的的珠簾白日映、娥娥玉顏紅粉妝。
きらきらと輝く宝玉製のスダレが、昼間の太陽に照り映えている。きれいなきらきらした顔をした女性が、紅(べに)と白粉(おしろい)で、粧(よそお)っている。
 ・的的 てきてき 明るく輝くさま。 ・珠簾 玉スダレ。宝玉製のスダレ。 ・白日 照り輝く太陽。昼間の太陽。 ・映 照り映える。映じる。反射する。・娥娥 嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。 ・玉顏 きれいな顔。 ・紅粉 (女性の化粧品の)紅(べに)と白粉(おしろい)。化粧品。 ・ しょう 化粧する。粧(よそお)う。

花際裴徊雙蛺蝶、池邊顧歩兩鴛鴦。
花の周りをアゲハチョウが行ったり来たりしており、池の畔(ほとり)では、二羽の対(つがい)となったオシドリが左右をふり返りながら歩いている。
花際 花の咲いている周り。 ・裴徊 はいかい うろうろするさま。また、うろつく。行ったり来たりする。たちもとおる。孔雀が長い尾を曳きずるさま。衣服の長い裾を曳きずってうろうろするさま。
 つがいの。二匹の。 ・ 蛺蝶 きょうちょう ヒオドシチョウ。アゲハチョウ。 ・池邊 池の畔(ほとり)。池の傍(そば)。 ・顧歩 こほ 左右をふり返りながら歩く。 ・兩:ここでは、二羽の。つがいの。 ・鴛鴦 えんおう オシドリ。オシドリの雌雄が常に離れることがないので、仲のよい夫婦に喩えられる。「鴛」は雄で「鴦」は雌ともする。

傾國傾城漢武帝、爲雲爲雨楚襄王。
国を傾け、城を傾けさせると謂われるほどの絶世の美女(李夫人)を愛した漢の武帝、雲となり、雨となる(神女との契りを結んだ)楚の襄王(の情愛)。 
 ・傾國傾城 国を傾け、城を傾けさせるほどの絶世の美女。漢代、歌手の李延年が武帝に自分の妹を絶讃して薦めた「歌」に基づく。  ・傾國 国を傾けさせるほどの絶世の美女。 ・傾城 城を傾けさせるほどの絶世の美女。 ・漢武帝 漢の武帝。(前156年~前87年)前漢第七代皇帝。劉徹のこと。漢帝国の基礎を確立させ、匈奴勢力を漠北から駆逐した。
 ・爲雲爲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり、夕べには雨になるという故事からきている。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りという風ではなく、もう少し気楽な交わりを謂う。 ・爲雲 (神女は、朝は巫山の)雲となる。 ・爲雨 (神女は、夕べには巫山の)雨になる ・楚襄王 そじょうおう 楚の襄王。宋玉の『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの)があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。婉約の詩歌でよく使われる。「巫山之夢」。李白の『清平調』三首之二に「一枝紅艷露凝香,雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新粧。」 と詠っている。

古來容光人所羨、況復今日遙相見。
昔よりずっと、顔や姿の美しいことは、人々が羨(うらや)ましいと思うところだ、人々は、昔から、美女を羨望の的として思ってきたが、今日はこうやって遙々(はるばる)と会いに来たのだ。 
古來 昔から今に至るまで。昔より。 ・容光 〔ようくゎう〕顔や姿の美しいこと。風采。ようす。俤。 ・人所羨 人々の羨(うらや)むところである。 ・ …するところ(のこと)。・況復 きょうふく その上。それに加えて。 ・ まして。いわんや。いはんや…をや。 ・今日 男性と女性が出会った日。 ・ 遙々(はるばる)と。 ・相見 会う。

願作輕羅著細腰、願爲明鏡分嬌面。
願うことならば軽やかな薄絹となって、か細い腰にまとわりつきたいものだ。願うことならば、澄んだ鏡となって、可愛い顔を写し取りたいものだ。
願作 …になりたい。願望を表し「願爲」と同じ。

漢の烏孫公主・劉細君の『悲愁歌』
吾家嫁我兮天一方,遠託異國兮烏孫王。
穹盧爲室兮氈爲牆,以肉爲食兮酪爲漿。
居常土思兮心内傷,願爲黄鵠兮歸故鄕。
輕羅 軽やかなうすぎぬ。 ・ つく。 ・細腰 さいよう 女性のか細い腰。楚の霊王が細い腰を好んだという。 ・願爲 …になりたい。前出「願作」と同じ。 ・明鏡 澄んだ鏡。  ・嬌面 可愛い顔。愛くるしい顔。艶やかな顔。

與君相向轉相親、與君雙棲共一身。
あなたと向かい合っていると、一層親しさが濃くなってくる、あなたと二人で、一緒になって住むのです
與君 あなたと。 ・相向:向かい合って。 ・ てん ま。一層…となってくる。かえって…となってくる。何となく。うたた。 ・相親 親しくしていき。 ・雙棲 夫婦や、つがいのように両者が一緒になって住む。 ・共一身 我が身と貴男の身を共にして。夫婦として。

願作貞松千歳古、誰論芳槿一朝新。
願うことならば、貞操を守っていつも葉の色を変えない松のようになって千年も経たいのです、ムクゲのように、毎朝、新たに咲いて、夕方には凋んでしまうようなこと一体誰が考えましょうか。
貞松 ていしょう 操の堅い松。節義を守って冬にも葉の色を変えない、常青の松。 ・千歳古 千載不磨の契りを交わす。 ・千歳 千年。 ・誰論 一体誰があげつらおうか。 ・槿 芳(かぐわ)しいムクゲ。花は、アサガオのように朝に開いて、夜には凋(しぼ)む。一朝だけの儚(はかな)い花。色には淡紅・白・淡紫色などがある。木槿。

百年同謝西山日、千秋萬古北邙塵。
百年、人生も同様に太陽のように西方の山に沈んでいくのだ。永遠の時の後は、北山の陵墓の塵土になっている。
百年 人の生の最大値である。 ・同 同じく。同様に。 ・ 辞去する。世を去る。死ぬ。衰える。散る。凋む。 ・西山日 西方の山に沈んでいく太陽。 ・千秋萬古 永遠に。とわに。永久に。 ・北邙塵:北邙山の陵墓の塵土。洛陽の北にある陵墓が集まってある山。墓所をいい表す語である。洛陽の北20キロメートルの所を東西に広がっている。その北側を黄河が流れている。 ・ ぢん 塵土。土に帰ること。

無題(鳳尾香羅薄幾重) 李商隠 20

無題(鳳尾香羅薄幾重) 李商隠 20
ほかの女性のもとにいる男のことをそれでも待っている女の気持ちを詠う。



無題
鳳尾香羅薄幾重、碧文圓頂夜深縫。
あなたのものとなった印に頂いた鳳凰模様の香わしい綾絹があり、それは幾枚重ねてもほとんど厚みの感じられないほどの薄さの極上もの。夜更けの閏でわたしひとり、うすみどりの文絹でいつでも交拝の礼を行なえるよう帳を縫っています。
扇裁月魄羞難掩、車走雷聲語末通。
いま、私は班婕妤のように、月魄に似せたまるい扇をつくったけれど、その扇であなたに送る風を私一人でおこしてもはずかしいだけです。門の前を雷のような音を立てて車が駆けるたびに、私の胸は踊るけれど、あなたの声は届かない。
曾是寂蓼金燼暗、断無消息石榴紅。
以前のあなたの愛が消えてから、豪華なともし火の燃えかすだけで暗くなり、私は寂しい思いで暮しております。今も、あなたからのお便りが途絶えてしまい、あなたのために作って置いた石榴酒が、私の体のほてりと同じように燃えるような紅の色をしているのです。
斑騅只繋垂楊岸、何処西南待好風。

家のそばのしだれ柳の川岸に、まだら毛の馬がひく車もなく繋ぎっぱなしになっています。あなたからおたよりがあったなら、西南の突風のように飛んであなたの腕の中に飛び込みたい。何処にいるの。

あなたのものとなった印に頂いた鳳凰模様の香わしい綾絹があり、それは幾枚重ねてもほとんど厚みの感じられないほどの薄さの極上もの。夜更けの閏でわたしひとり、うすみどりの文絹でいつでも交拝の礼を行なえるよう帳を縫っています。
いま、私は班婕妤のように、月魄に似せたまるい扇をつくったけれど、その扇であなたに送る風を私一人でおこしてもはずかしいだけです。門の前を雷のような音を立てて車が駆けるたびに、私の胸は踊るけれど、あなたの声は届かない。
以前のあなたの愛が消えてから、豪華なともし火の燃えかすだけで暗くなり、私は寂しい思いで暮しております。今も、あなたからのお便りが途絶えてしまい、あなたのために作って置いた石榴酒が、私の体のほてりと同じように燃えるような紅の色をしているのです。
家のそばのしだれ柳の川岸に、まだら毛の馬がひく車もなく繋ぎっぱなしになっています。あなたからおたよりがあったなら、西南の突風のように飛んであなたの腕の中に飛び込みたい。何処にいるの。


(下し文)無題
鳳尾ほうびの香羅こうら 薄きこと幾重ぞ、碧文へきぶんの円頂えんちょう 夜深に縫う
扇は月魄げつはくを裁つも羞はじらいおおい難く、車は雷声を走らすも語末だ通ぜず
曾て是 寂蓼せきりょう 金燼きんじん暗く、断えて消息無く石榴せきりゅう紅なり
斑騅はんすい 只だ繋ぐ 垂楊すいようの岸、何の処か 西南好風を持たん

無題
○芸妓の現実には結ばれぬ関係、待っていてもほかの女性のもとにいる男のこと表に出さない嫉妬心を抱いた女性を、嫁入支度をととのえて待つ女性の焦躁に託して歌ったもの。清の程夢星の評に「古人云う。士は己を知る者の為に死し、女は己れを悦ぶ者の為に容づくる(史記の言葉)。故に女子に仮借して以て詞を為す。」とある。女性をセックスの対象とだけ考えられている時代の詩である。嫁入りを待つ女性と、閨で待つ女性の気持ちが同じというところからこの詩を見なければ理解できないのだ。

鳳尾香羅薄幾重、碧文圓頂夜深縫。
あなたのものとなった印に頂いた鳳凰模様の香わしい綾絹があり、それは幾枚重ねてもほとんど厚みの感じられないほどの薄さの極上もの。夜更けの閏でわたしひとり、うすみどりの文絹でいつでも交拝の礼を行なえるよう帳を縫っております。
鳳尾羅 鳳凰の模様のあるうすぎぬ。六朝時代につくられた道教の経典「黄庭内景経」に「盟(ちか)うに金簡鳳文の羅四十尺を以てす。」とある。○碧文円頂 南宋の程大昌の「演繁露」によると、唐の時代、婚礼の時、長い帳を柳の樹にめぐらせ、青いテントを張って四阿のようにつくり、そこで交拝の礼を行なったという。つまり、婚礼用の式幕をいう。

扇裁月魄羞難掩、車走雷聲語末通。
いま私は班婕妤のように、月魄に似せたまるい扇をつくったけれど、その扇であなたに送る風を私一人でおこしてもはずかしいだけです。門の前を雷のような音を立てて車が駆けるたびに、私の胸は踊るけれど、あなたの声は届かない。
扇裁月魄  漢の成帝劉鷔(紀元前51-7年)の宮人班婕好が趙飛燕のために寵を奪われて作ったという怨歌行に「裁ちて合歓の扇を為る。団として明月に似たり。」とあるのをふまえる。月魄は月の陰の部分。○羞難掩 東晋時代の歌謡、団扇郎歌に「憔悴して復た理むる無し。羞ず郎と相い見ゆるを。」と云う句があるのを利用している。中国の婚礼の儀式のときには、侍童が扇をかざして花嫁の顔を扇ぐものなのである。○雷声 いかずちの響き。それが車輪の音に似ていることをいう。漢の司馬相加(紀元前179-117年)の長門賦に「雷隠隠として響起り、声は君の車の音に象たり。」とある。

曾是寂蓼金燼暗、断無消息石榴紅。
以前のあなたの愛が消えてから、豪華なともしびの燃えかすだけで暗くなり、私は寂しい思いで暮しております。今も、あなたからのお便りが途絶えてしまい、あなたのために作って置いた石榴酒が、私の体のほてりと同じように燃えるような紅の色をしているのです。
金燼 豪華なともし火の燃えかす。○石榴紅 石榴は酒の名。赤ぶどう酒のような色。唐の姚思廉の「梁書」に、扶南国のある国に酒の樹があり、その樹は安石榴に似ている。花汁を数日甕に入れておくだけで酒となるのだという記事が見える。その注記に、石榴酒は合歓に喩えしと。なお程夢星は、梁の元帝蕭繹(未詳―554年)の烏棲曲をひいて石榴裾(婦人のもすそ)のこととしている。

斑騅只繋垂楊岸、何処西南待好風。
家のそばのしだれ柳の川岸に、まだら毛の馬がひく車もなく繋ぎっぱなしになっている。あなたからおたよりがあったなら、西南の突風のように飛んであなたの腕の中に飛び込みたい。何処にいるの。
斑騅 斑ら毛の馬。別の無題詩に「斑騅は嚬断す七香車」という句がある。七香車は七つの香木で作った車。○西南待好風 魏の曹植(192一232年)の七哀詩に「願くは西南の風と為り、長く逝きて君のの懐に人らん。」という一節のあるのを想起すべき句。好風を待つとは、早くたよりを得て、女性が思い人の元に駆けよりたく願っております、ということを意味すると思われる。


同様の趣に 、謝朓の『玉階怨』「夕殿下珠簾,流螢飛復息。長夜縫羅衣,思君此何極。」や、 李白の『怨情』「美人捲珠簾,深坐嚬蛾眉。但見涙痕濕,不知心恨誰。」がある。    

<参考>
怨詩  班婕妤 
新裂齊紈素,皎潔如霜雪。
裁爲合歡扇,團團似明月。
出入君懷袖,動搖微風發。
常恐秋節至,涼風奪炎熱。
棄捐篋笥中,恩情中道絶。

  新たに裂きやぶっているのは斉の国産の白い練り絹、練り絹の穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。
裁断して、合歡の扇を作っている。丸くして明月のようにしたわ。
あなたさまの胸ふところやソデに出たり入ったりしたい。搖動かして、そよ風を起こすの。
でもいつも秋の季節が来ることを恐れているの。涼しい風が、この情熱を奪ってしまうから。
捨てられる、籠の中になげすてられるわ。私への愛が、もう絶えてしまったの。

無題(來是空言去絶蹤) 李商隠 19

 
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無題(來是空言去絶蹤)李商隠 19
七言律詩 六朝時代の謝朓、李白、の閨怨の詩を受け継ぎ李商隠風に発展させた詩である。


無題
題をつけない詩。閨怨の詩。
來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。

劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


題をつけない詩。閨怨の詩

また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。


(下し文)無題
来るとは是れ空言 去って蹤を絶つ
月は斜めなり 楼上 五更の鐘
夢に遠別を為して啼けども喚び難く
書は成すを催されて墨未だ濃からず
蝋照 半ば籠む 金翡翠
麝薫 微かに度る 繍芙蓉
劉郎は己に恨む 蓬山の遠きを
更に隔つ 蓬山 一万重
 
無題
無題 題をつけない詩。閨怨の詩
空閏、とどかぬ思い、胸の痛み、あのお方はなぜ来ない。やり切れぬ思い、女性の側から恋情を歌ったもの。

來是空言去絶蹤、月斜楼上五更鐘。
また来てくれるというお約束でした、それが絵空事になるなんて、その上あなたが何処へ行かれたのかもわからない。月は傾き、ひと夜、二階座敷でまっていたら、はや、午前四時(五更)の鐘が鳴ったのです。
空言 事実に裏付けされない言葉。空約束。絵空事。〇五更鐘 一夜を五分し、その度に夜番の者が更代(交代)する。五更は午前四時。

夢為遠別啼難喚、書被催成墨未濃。
うたたねの中で、あなたと遠く行ってお別れする夢を見ました。あなたを何度も呼ぶのに届かない、悲しくて声をあげて泣いてしまった。
せめてお手紙を差し上げよう思い、筆をとりましたけれど、墨は充分な濃さにすれなくお使いの出る時刻に焦ってしまった。
 声をあげて悲しみ泣く。梁の蕭綸(未詳―551)の秋胡の婦に代って閨怨する詩に「涙は尽く夢啼の中。」とある。○催成 催は催促されて気がせくこと。被催はせかされること。(夜明けが始業時間、朝廷の官僚も暗いうちから出勤した)したがって書被催成とは、夜が白みかけたら人の往来がある四、夜明けの鐘とともに使者が出発するので、それに間に合わないといけないために、早く手紙を書かかなければと焦っている状態を示す。また梁の劉孝威(496~549)の冬暁と題する詩に「妾が家は洛陽に辺す、慣れ知る暁鐘の声。鐘声猶お未だ尽きず、漢使応に行くべきを報ず。天寒くして硯の水凍る、心は悲しむ書の成らざるに。」寒くて墨がすれない。また、薄墨の言伝は心がないこと別れを意味する。だから、紛らわしくない濃い墨でとどけないといけない。

蝋照半籠金翡翠、麝薫微度繍芙蓉。
いま、部屋の蝋燭の明りは、半ばにこもり、金をあしらった翳翠羽の飾りに、麝薫の香りほのかにかおり、蓮花模様の褥の上に漂っているだけで蓮華は開けない。
金翡翠 蝋燭の光で閨に置く羽の飾り物が金色を散らしたようにみえる。翡翠はカワセミの長い綺麗な羽をいう。この翅は節句の飾りつけにつかわれる。○麝薫 麝薫 麝香鹿:中央アジア産の鹿の類 の腹からとった香料のかおり。○繍芙蓉 ぬいとりの蓮花模様。しとねの模様である。杜甫(712-770)の李監の宅の詩に「屏は開く金孔雀、裕は隠す繍芙蓉。」と。

劉郎已恨蓬山遠、更隔蓬山一萬重。
劉郎の喜びというものが、蓬莱山のように遠くて手の到かない気がするとくやんでいたけど、いまのわたしはそれ以上に、距てられている。いまは蓬莱山までの一万里をも重ねたくらい隔てられるている。
劉郎 中唐の詩人李賀(790-817)の「金銅仙人の漢を辞するの歌」に『茂陵の劉郎秋風の客。』から出る言葉。元来は漢の武帝劉徹を指すがそれにひっかけながらここは待っている人という意味で用いられている。○蓬山 東方海上、三仙山の一つ。〇 わたる。渡にひとしい。香りが漂いわたる。


 道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。
これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。

無題 (八歳倫照鏡) 李商隠 18

無題(八歳倫照鏡)李商隠 18
幼い少女が社会に翻弄され成長してゆく。それは女の悲しみを伴って成長しなければならないことなのだ。

無題
八歳倫照鏡、長眉己能畫。
八歳という年齢を隠すため少しでも年上に満たれるため眉を眺め大きめに上手に書きました。
十歳去踏青、芙蓉作裙衩。
十歳で、芸妓としては出れないので、郊外の草むらの上で蓮の花のように衣の裾を開かされたのです。
十二學弾筝、銀甲不曾卸。
十に歳になると芸妓としてお琴にも励み、もうお琴の爪を外せないくらい練習もした。
十四蔵六親、懸知猶未嫁。
十四歳で一切の血縁親族と縁を切り芸妓になった。まだ身請けは早くて無理なのだ。
十五泣春風、背面鍬韆下。

十五になったら芸妓の仕事が多くなって思わず泣いてしまう。ブランコ遊びでもいやな時は顔をををそむけていた。

八歳という年齢を隠すため少しでも年上に満たれるため眉を眺め大きめに上手に書きました。
十歳で、芸妓としては出れないので、郊外の草むらの上で蓮の花のように衣の裾を開かされたのです。
十に歳になると芸妓としてお琴にも励み、もうお琴の爪を外せないくらい練習もした。
十四歳で一切の血縁親族と縁を切り芸妓になった。まだ身請けは早くて無理なのだ。
十五になったら芸妓の仕事が多くなって思わず泣いてしまう。ブランコ遊びでもいやな時は顔をををそむけていた。

(下し文)無題
八歳にして倫かに鏡に照つし、長眉 己に能く画く
十歳にして去きて青を踏み、芙蓉もて裙衩と作す
十二にして筝を弾くを学び、銀甲 曾て卸さず
十四にして六親に蔵る、懸めて知る 猶お未だ嫁がざるを
十五にして春風に泣き、面を背く 鍬韆の下
 
無題 これまでの無題詩とは少し趣きを異にしている。女の悲しみを知りそめる迄の少女の生長を描く。漢末に焦仲卿の妻の為に作る」と題ざれる詠人知らずの歌謡があり、それは、「十三にして能く素を織り、十四にして裁衣を学ぶ(下略)。」と年を追って生長を記すことから始まる。これ儒教の精神で女の成長を述べたものである。李商隠は儒教精神の個人滅私、現実と合わない節度・礼節の強要、これらが支配者にとって有利なように利用され、また、国家の成りたちにも影響し安定国家したものにならなかった、さらに、礼節の裏側におびただしい奢侈がなされて庶民は困窮したのである。

 それを意識していたであろう。謝朓から李白に受け継がれた女の詩、李商隠はそれをさらに具体性を持たせて発展させている。李白10から20にかけて、採連曲、越女詞のイメージをとっている。屈原や、漢時代の詩とは全く異質なものなのでそれでは、李商隠は全く理解できない。女性についても、儒教では女は字も学べません。学問をしてはいけない、圧倒的大多数の女性は文盲であった。社会進出の唯一の手段は芸妓になることしかないのである。貧しい生活から逃れる手段は少女の時代から始まるのであり、少女のうちに稼げるのだ。女性が貧困から逃れる道であった。

八歳倫照鏡、長眉己能畫。
八歳という年齢を隠すため少しでも年上に満たれるため眉を眺め大きめに上手に書きました。
 人目をぬすんでする。○長眉 まゆずみで眉を長く描く化粧。

十歳去踏青、芙蓉作裙衩。
十歳で、芸妓としては出れないので、郊外の草むらの上で蓮の花のように衣の裾を開かされたのです。
 ゆく。(売春にゆく。)俗語的な言い方。〇踏青 青は青草・摘草をすること。春、郊外に出て草の上で売春をしたのである。これをピクニックに行くと訳したら、この少女の悲しみをあらわすことはできない。○芙蓉 蓮の花の異名。可憐な女性を示す言葉。○裙衩 裳すそ。スカートにあたる部分。蓮の花が開くようにすそを開いたのである。

十二學弾筝、銀甲不曾卸。
十に歳になると芸妓としてお琴にも励み、もうお琴の爪を外せないくらい練習もした。
弾筝  筝は十三絃の琴。弾はつまはじく。男性側から見た女性との性行為を示す。○銀甲 鹿の骨で作られた琴の爪。銀甲はその詩語である。○不曾卸 卸ははずす。一向にはずそうとしない。

十四蔵六親、懸知猶未嫁。
十四歳で一切の血縁親族と縁を切り芸妓になった。まだ身請けは早くて無理なのだ。
蔵六親 りくしん 六親眷族のこと。一切の血縁親族と絶縁する。 蔵は身をかくすこと。○懸知 予想し推察する。

十五泣春風、背面鍬韆下。
十五になったら芸妓の仕事が多くなって思わず泣いてしまう。ブランコ遊びでもいやな時は顔をををそむけていた。
背面 顔をそむけること。○鍬韆 ぶらんこ。がんらい春にする楼閣の芸妓の遊戯の具である。宮廷の芸妓の場合鍬千、秋千といった。李煜『蝶恋花』参照。李商隠の特集のあと、李煜特集の予定。白楽天「寒食夜」にもある。春の恋の遊びと考える。裾が乱れ、素足が見える。素足はセックスアピールであった。蛇足であるが、白くて小さい脚、これは唐時代に大流行したもの、素足は纏足の女性を示し、遊びはブランコであった。李白、越女詞其一(屐上足如霜、不着鴉頭襪),其四(東陽素足女)を参照。ちなみに男は蹴鞠。

<儒教的な訳し> 矛盾と意味不明。
八つの頃から、かあさんの、鏡をそっとのぞくようになりました。花嫁の真似をしたりして、黛を塗っみましたら、ちゃんと上手にかけました。
十の時には、郊外へ、摘草に行きました。着物の裾の方には芙蓉のはなが咲いたようでした。
十二のとし、お琴のけいこを始めました。そうしていつでもお琴の爪をはめたままでした。
十四になった頃からは、外に出ないばかりか親族からも視線をさけるようになりました。その頃嫁に行くこと推察できたけどをまだいかなかった。
今年、十五の春になりました。でも、何故か悲しくて、春風吹く庭のブランコの、その下で、顔をそむけて泣いてます。

無題 (聞道閶門萼緑華)李商隠 17

無題(聞道閶門萼緑華) 李商隠 17

無題
聞道閶門萼緑華、昔年相望抵天涯。
よく知られていたことだけど、蘇州閶門のある江南の地には美人が多く、仙女、萼緑華のような絶世の美女もいると私は聞いていた。昔より、それに憧れて、遠く天涯ともいうべき呉の地方、江南のあたりまで行きつきたいと思っていたのだ。
豈知一夜秦棲客、倫看呉王苑内花。
ところが、今、ある人の宴席にまねかれて客となり、江南ならぬ長安で、呉王夫差の宮殿の庭に妖しいをふりまいた西施にも喩(たとえ)られる美人をぬすみ見ることができるなんてうれしい喜びを知った。

よく知られていたことだけど、蘇州閶門のある江南の地には美人が多く、仙女、萼緑華のような絶世の美女もいると私は聞いていた。昔より、それに憧れて、遠く天涯ともいうべき呉の地方、江南のあたりまで行きつきたいと思っていたのだ。
ところが、今、ある人の宴席にまねかれて客となり、江南ならぬ長安で、呉王夫差の宮殿の庭に妖しいをふりまいた西施にも喩(たとえ)られる美人をぬすみ見ることができるなんてうれしい喜びを知った。


無題(聞道閶門萼緑華)
(下し文)
聞道らく 閶門の萼緑華、昔年 相 望んで天涯に抵る
豈に知らんや 一夜 秦楼の客となり、呉王 苑内の花を倫ぬすみ看んとは
 
聞道閶門萼緑華、昔年相望抵天涯。
よく知られていたことだけど、蘇州閶門のある江南の地には美人が多く、仙女、萼緑華のような絶世の美女もいると私は聞いていた。昔より、それに憧れて、遠く天涯ともいうべき呉の地方、江南のあたりまで行きつきたいと思っていたのだ。
閶門 がんらいは閶闔すなわち天宮の門のことだが、古くから蘇州の西の城門を閶門と呼ぶ。この言葉は結句の呉王苑内の花と対応する。○萼緑華  南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、肉体を昇華して昇天する薬をあたえたという。年二十ばかり、青衣を着、素晴らしく美しい容姿であったと、陶弘貴の「真誥」にある逸話に登場する。○抵天涯 抵は行きつく。天涯は地の果て。

豈知一夜秦棲客、倫看呉王苑内花。
ところが、今、ある人の宴席にまねかれて客となり、江南ならぬ長安で、呉王夫差の宮殿の庭に妖しいをふりまいた西施にも喩(たとえ)られる美人をぬすみ見ることができるなんてうれしい喜びを知った。
秦楼 秦は長安の古名。○呉王苑内花 いにしえの越の美女西施のことをいう。呉王夫差及び西施に就いては6/5紀頌之の漢詩ブログ西施ものがたり に詳しくわかる。


七言絶句 韻字 華、涯、

 


萼緑華 関してのこれまでの詩

李商隠 11 中元作
絳節諷颻空国來、中元朝拜上清回。
羊権須得金條脱、温嶠終虚玉鏡臺。
曾省驚眠聞雨過、不知迷路爲花開。
有娀未抵瀛洲遠、青雀如何鴆鳥媒。


李商隠 6 重過聖女詞
白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。

無題 (含情春晼晩) 李商隠 16

無題(含情春晼晩)李商隠 16
李商隠が旅先の南京周辺の家妓であろう女性の部屋にひそかに入り交わったということを詠っている。


無題
題知らずと題して、人目を忍ぶ情交を詠う。
含情春晼晩、暫見夜蘭干。
心に思い浮かべるとたまらない晩春の夕ぐれどき、私は、はやる心を抑えながら、女性のいる部屋へ続く渡り廊下あたりで、様子をうかがった。やがてあたりは暗くなり星のきらめきがはっきりするようになった。(夜はふけてきた。)
樓響將登怯、簾烘欲過難。
高殿の部屋に登ろうとするけれど、階段のきしむ音が意外に大きくて、怖気づいてしまう。女性のもとへ行途中、かがり火、部屋にあかり、簾から光などで、廊下をすり抜けるのがむつかしいけど何とか行きたい。
多羞釵上燕、眞愧鏡中鸞。
浮気心で忍んでする束の間の逢瀬だから、会えた喜びで髪に挿されたかんざしの双燕のように、鏡に彫られた鳳凰が並んで飛ぶように二人は恥じらいの真中であった。
歸去横塘暁、華星送寶鞍。

帰ろうとすると、築堤の上の道は夜明けになろうとしている。私を見送ってくれるのは、東の空の薄明の中に、一番華しく輝く暁の明星が同じようにきらきら光る私の馬の鞍の飾りを送ってくれている。

題知らずと題して、人目を忍ぶ情交を詠う。
心に思い浮かべるとたまらない晩春の夕ぐれどき、私は、はやる心を抑えながら、女性のいる部屋へ続く渡り廊下あたりで、様子をうかがった。やがてあたりは暗くなり星のきらめきがはっきりするようになった。
(夜はふけてきた。)
高殿の部屋に登ろうとするけれど、階段のきしむ音が意外に大きくて、怖気づいてしまう。女性のもとへ行途中、かがり火、部屋にあかり、簾から光などで、廊下をすり抜けるのがむつかしいけど何とか行きたい。
浮気心で忍んでする束の間の逢瀬だから、会えた喜びで髪に挿されたかんざしの双燕のように、鏡に彫られた鳳凰が並んで飛ぶように二人は恥じらいの真中であった。
帰ろうとすると、築堤の上の道は夜明けになろうとしている。私を見送ってくれるのは、東の空の薄明の中に、一番華しく輝く暁の明星が同じようにきらきら光る私の馬の鞍の飾りを送ってくれている。


(下し文)無題
情を含む春晼晩、暫く見る夜の蘭干たるを
楼は響きて将に登らんとして怯じ、簾は烘して過らんと欲するも難し
多に羞ず 釵上の燕、眞に愧ず 鏡中の鸞。
帰り去る横塘の暁、華星 寶鞍を送る。

無題

題知らずと題して、人目を忍ぶ情交を詠う。李商隠の無題詩は地域的に、長安でのものと、節度使
書記官としての任地先、或いは旅さきでのものとに分けられる。これは旅先と思われるもの。

含情春晼晩、暫見夜蘭干。
心に思い浮かべるとたまらない晩春の夕ぐれどき、私は、はやる心を抑えながら、女性のいる部屋へ続く渡り廊下あたりで、様子をうかがった。やがてあたりは暗くなり星のきらめきがはっきりするようになった。
(夜はふけてきた。)
含情 水をロに含むように、思いを心中に籠めること。○晼晩 一日乃至は一つの季節(多く春に用う)が暮れゆくさま。晼は日が西に傾くこと。○暫見 しばらく見る。様子をうかがうこと。○蘭干 縦横に散り乱れる。星または月が輝いてきらきらするさま。涙がとめどなく流れるさま。屋敷内の渡り廊下と掛けことば。

樓響將登怯、簾烘欲過難。
高殿の部屋に登ろうとするけれど、階段のきしむ音が意外に大きくて、怖気づいてしまう。女性のもとへ行途中、かがり火、部屋にあかり、簾から光などで、廊下をすり抜けるのがむつかしいけど何とか行きたい。
簾烘 烘はかがり火。照らす或いは香をたきたてる。途中の部屋の簾が明るくて忍んで行きづらいことをいう。


多羞釵上燕、眞愧鏡中鸞。

浮気心で忍んでする束の間の逢瀬だから、会えた喜びで髪に挿されたかんざしの双燕のように、鏡に彫られた鳳凰が並んで飛ぶように二人は恥じらいの真中であった。
○多羞 ○釵上燕 女性のかんざしについている飾りの彫物とたるに飛んできた燕、旅人、女性が隠れて別の男性と付き合うこと、年上の女が若い男と付き合う、などの意味を含み合わせる。○鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。

歸去横塘暁、華星送寶鞍。
帰ろうとすると、築堤の上の道は夜明けになろうとしている。私を見送ってくれるのは、東の空の薄明の中に、一番華しく輝く暁の明星が同じようにきらきら光る私の馬の鞍の飾りを送ってくれている。
横塘 地名。江蘇省江寧県西南の築堤の名。三国、呉の太帝孫権(182-252)のとき築かれた。なお、盛唐詩人崔顥(未詳-754)の詩に「君家は何処の住す、妾は住みて横塘に在り。」と。あるいは晩唐の詩人許渾に「縁蛾青鬢 横糖に酔う。」等の句があり、その他、晩唐詩人、杜牧(803-852)や温庭筠の詩の用例からみて、このあたりには当時、一種の享楽機関が発達していたらしく思われる。○華星 暁の明星

○韻 晩、干、難、燕、鸞、鞍。

 この詩は、歓楽街とは限らないが、人目を忍んでいる、つまりお金を伴わないで、忍び込んでいる。
貴族、高官、商家などの女性との偲び合いである。
 李商隠は根強く残っている儒教的精神に対して批判的な姿勢をもってこの詩を作っている。
 権力を嵩に横暴を極めている高官に対する批判をこの詩にあらわしているのではなかろうか。



碧城三首其三 李商隠15「恋の無題詩」

碧城三首 李商隠15「恋の無題詩」
「恋する人へ打ち明けた思いの詩」

碧城 其三
七夕来時先有期、洞房簾箔至今垂。
七夕の日、天上で牽牛と織女が一年に一度の情交を楽しむというもの、地上でも古くには漢の武帝が延霊台で西王母と会ったという。それは先に使いの者がおとずれて約束を交していた。この碧き薄絹の帷、金箔玉の簾のある奥座敷、その今も垂れ下がったままにしてあるのは神たる仙女との愛を残していくためだ。
玉輪顧免初生魄、鐡網珊瑚未有枝。
夜空にかかる月も玉の輪のような麗しき初めて上がった閨で処女が待っているのを月に棲む媚薬作りの兎も見ている。鉄の強固な網で、海底に人知れず生育している珊瑚は、まだ幼なくで枝をのばしていなくて、鉄爪にかかってひきあげられるにはいたらないようなあどけない女性なのだ。
検輿神方敎駐景、収将鳳紙写相思。
そう、神仙の秘術、不老の法を探して、太陽をとめ、時間を停止させ夢の世界へ。また、この感情のとこしえに変わることのないよう、道教の聖者が祭文をしるすに用いる金鳳紙をもってきて私の恋情を書きつけておきたい。
武皇内伝分明在、莫道人間総不知。

「演武帝内伝」なる書物には、そうした甘美な交情のことがらがはっきりと書かれてあり、それ故に、人々よ、こうした現実を超える夢幻の世界、そしてその歓びなど、地上の人の知らないことと言ってはならない。私はそれをすべて知っているのだ。



七夕の日、天上で牽牛と織女が一年に一度の情交を楽しむというもの、地上でも古くには漢の武帝が延霊台で西王母と会ったという。それは先に使いの者がおとずれて約束を交していた。この碧き薄絹の帷、金箔玉の簾のある奥座敷、その今も垂れ下がったままにしてあるのは神たる仙女との愛を残していくためだ。
夜空にかかる月も玉の輪のような麗しき初めて上がった閨で処女が待っているのを月に棲む媚薬作りの兎も見ている。鉄の強固な網で、海底に人知れず生育している珊瑚は、まだ幼なくで枝をのばしていなくて、鉄爪にかかってひきあげられるにはいたらないようなあどけない女性なのだ。
そう、神仙の秘術、不老の法を探して、太陽をとめ、時間を停止させ夢の世界へ。また、この感情のとこしえに変わることのないよう、道教の聖者が祭文をしるすに用いる金鳳紙をもってきて私の恋情を書きつけておきたい。
「演武帝内伝」なる書物には、そうした甘美な交情のことがらがはっきりと書かれてあり、それ故に、人々よ、こうした現実を超える夢幻の世界、そしてその歓びなど、地上の人の知らないことと言ってはならない。私はそれをすべて知っているのだ。


碧城 其の三
七夕 来る時先ず期有り
洞房の簾箔今に至るまで垂る
宝輪 顧兎 初めて魄を生じ
鐡網 珊瑚 未だ枝有らず
神方を検し与えて景を駐め敎しめ
鳳紙を収め将って 相思を写す
武皇の内伝 分明に在り
道う莫れ 人間 総て知らずと



七夕来時先有期、洞房簾箔至今垂
七夕の日、天上で牽牛と織女が一年に一度の情交を楽しむというもの、地上でも古くには漢の武帝が延霊台で西王母と会ったという。それは先に使いの者がおとずれて約束を交していた。この碧き薄絹の帷、金箔玉の簾のある奥座敷、その今も垂れ下がったままにしてあるのは神たる仙女との愛を残していくためだ。
七夕有期 「漢武内伝」に見える漢の武帝劉徹(紀元前157-87)と西王母の逢瀬を指す。承華殿に閑居していた武帝の前に、青い鳥の化身の美女が現われ、妾は墉宮の王子登というもの、七月七日に道教西の理想郷の仙女西王母が来ることをお伝えにきましたと言った。武帝は延霊台に登って待ったところ、果して七夕の夜に西王母がやって来たという。期は会う約束。○洞房 奥まった私室。

玉輪顧兎初生魄、鐡網珊瑚未有枝
夜空にかかる月も玉の輪のような麗しき初めて上がった閨で処女が待っているのを月に棲む媚薬作りの兎も見ている。鉄の強固な網で、海底に人知れず生育している珊瑚は、まだ幼なくで枝をのばしていなくて、鉄爪にかかってひきあげられるにはいたらないようなあどけない女性なのだ。
玉輪顧兎 玉輪は月のたとえ。月中には桂の樹があり、また兎がすむと伝説される。兎は、愛の妙薬を臼でついている。前の二句にある洞房には桂が柱や梁がつかわれていることから、ここでの玉輪は女性を示すもの、○生魄 魄は月の影の部分。陰暦の十六日の月。新月前後のかすかな光。既望。処女の女性。初めて閨に入る女性を示す。ここの解釈が違っていて理解できない訳が多い。 ○鉄網珊瑚「神農本草経」に「珊瑚は海底の盤石の上に生ず一歳にして黄、三歳にして赤し。海人先ず鉄網を作りて水底に沈むれば中を貫いて生ず。網を絞りて之を出す。時を失して取らざれは則ち腐る。」とある。な玉輪 鉄網の二句には奥に隠された意味があると思われる。例えば西晋の傅玄(217-278)の雑詩の句「明月常には盈つるあたわず。」という月が女性の容姿の喩えであるように、恐らく「顧免初生魄」は、少くとも、愁いを知りそめた乙女の顔、そしてその瞳への聯想をいざなうように作られている。また、熟せば赤くなる珊瑚、だがまだ枝を生じないから網でひきあげられてはいない。セックスについて未成熟であるというこの一句にはエロティックな意味がある。



検輿神方敎駐景、収将鳳紙写相思
そう、神仙の秘術、不老の法を探して、太陽をとめ、時間を停止させ夢の世界へ。また、この感情のとこしえに変わることのないよう、道教の聖者が祭文をしるすに用いる金鳳紙をもってきて私の恋情を書きつけておきたい。
神方 神秘な不老長寿の法術。道教の神妙道の○駐景 景はひかり。時間をとめる。○鳳紙 道家で祭文をしるすのにこの紙を用いる。ここは後者の場合。

武皇内伝分明在、莫道人間総不知
「演武帝内伝」なる書物には、そうした甘美な交情のことがらがはっきりと書かれてあり、それ故に、人々よ、こうした現実を超える夢幻の世界、そしてその歓びなど、地上の人の知らないことと言ってはならない。私はそれをすべて知っているのだ
武皇内伝 後漢の歴史家班固に偽託される小説雑記。主に武帝後宮のことと武帝が仙を好んだことをしるす。唐の魏徴等の「隋書」経籍志には、「漢武帝内伝」二巻としるす。魏晋時代のの偽書である。○莫道道は云う。莫はしてはならぬ、禁止の詞。○人間 天上世界に対する人間の世界。

李商隠 『嫦娥』 紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集約130首 詩の背景1.道教 2.芸妓 3.嫦娥と李商隠


 

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李商隠 12 嫦娥 裏切られた愛
李商隠の詩は、難解といわれていますが、基礎知識が必要でありそれを理解すると、グッと味わいが深くなります。月の世界とか仙人の世界というのは道教の思想の中にあります。女性と接することができるのは芸妓の女性たちである。簡単な説明としくみについて述べる。

このページの目次
1. 道教の影響
2. 道教について
3. 李商隠 12 嫦娥


1. 道教の影響
道教は老荘の学説と、神仙説と、天師道との三種の要素が混合して成立した宗致である。老荘の教は周知の如く、孔子孟子の儒教に対する反動思想として起ったものである。

 これは仁義・礼節によって修身冶平天下を計る儒教への反動として、虚静、人為的な工作を避け天地の常道に則った生活によって、理想社会の出現を期待する。特に神仙説は、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州、方壷、蓬莱)ならびに西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。ここには神仙が居住し、耕さず努めず、気を吸ひ、霞を食べ、仙薬を服し、金丹を煉(ね)って、身を養って不老長生である、闘争もなければ犯法者もない。かかる神仙との交通によって、同じく神仙と化し延寿を計り得るのであって、これ以外には施すべき手段はなく、これ以外の地上の営みはすべて徒為(むだ)であるとなすに至る。これらのことは、詩人の詩に多く取り上げられた。ここに言う金丹は、ヒ素、水銀などが練りこまれている、常用していくと中毒死するもので、唐の後宮では数々の皇帝が、これにより暗殺されている。李商隠の時代、朝廷では、牛僧儒と李徳裕の両派閥の政争とされているが、道教の政治加入による傀儡同士政争で、これに朝廷内の実質権力は、数千人に膨らんだ宦官の手にあった。

したがって、道教思想を外して李商隠の詩、唐代の詩は語れないのである。そして芸妓である。

2 芸妓について
妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。
もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。
(1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

1 宮妓
皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。
2 家妓
高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。
3営妓
軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。
4官妓
中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。
唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。
5民妓
民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。
6.道妓
道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。
妓女の部屋もまた、趣味がよく風雅であり、文人の書斎風になっているものもあった。李白の作品、李商隠の作品で登場する部隊はここの琴である。

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 李商隠 12 嫦娥 の舞台は妓館である。

嫦娥 
嫦娥のように裏切った恋は後悔の念にきっと苛まれる。
雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。
半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風に、ろうそくの影があやしく映っている。眠られぬ独り寝の床で、その揺らめく焔の影を眺めているうちに、夜はいつしか白らけはじめ、天の川は次第に傾いて光をおとし、薄明の中に暁の明星も沈んで消えてゆく。
嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。
裏切られた心の痛み故に、夜のあけるまで、こうして星や月を眺めているのだ。あなたはいま何処にいるのだろうか。月の精である嫦娥は、夫の不在中に不思議な薬を飲み、その為に空に舞いあがったのだという。そのように、人間の世界を去った嫦娥は、しかしきっと、その薬をぬすみ飲んだ事をくやんでいるだろう。
青青と広がる天空、その極みなる、うすみどりの空の海原、それを眺めつつ、夜ごと、嫦娥は傷心しているに違いない。私を裏切った私の懐しき恋人よ。君もまた新らしい快楽をなめて、身分高い人のもとに身を寄せたことを悔いながら、寒寒とした夜を過しているのではなかろうか。


嫦娥 (下し文)
雲母の屏風、燭影沈む。
長河漸く落ちて、暁星沈む。
嫦娥は応に悔ゆるべし、霊薬を偸みしを、
碧海、青天夜夜の心

嫦娥
 これは裏切られた愛の恨みを古い神話に託した歌。○嫦娥 神話中の女性。神話の英雄、羿(がい)が西方極遠の地に存在する理想国西王母の国の仙女にお願いしてもらった不死の霊薬を、その妻の嫦娥がぬすみ飲み、急に身軽くなって月世界まで飛びあがり月姫となった。漢の劉安の「淮南子」覧冥訓に登場する。なお、魯迅(1881-l936)にこの神話を小説化した「羿月」がいげつと題する小説がある。○長河 あまの川。

雲母屏風燭影深、長河漸落暁星沈。

半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風に、ろうそくの影があやしく映っている。眠られぬ独り寝の床で、その揺らめく焔の影を眺めているうちに、夜はいつしか白らけはじめ、天の川は次第に傾いて光をおとし、薄明の中に暁の明星も沈んで消えてゆく。

嫦娥應悔倫塞薬、碧海青天夜夜心。
裏切られた心の痛み故に、夜のあけるまで、こうして星や月を眺めているのだ。あなたはいま何処にいるのだろうか。月の精である嫦娥は、夫の不在中に不思議な薬を飲み、その為に空に舞いあがったのだという。そのように、人間の世界を去った嫦娥は、しかしきっと、その薬
をぬすみ飲んだ事をくやんでいるだろう。
青青と広がる天空、その極みなる、うすみどりの空の海原、それを眺めつつ、夜ごと、嫦娥は傷心しているに違いない。私を裏切った私の懐しき恋人よ。君もまた新し
い快楽をなめて、身分高い人のもとに身を寄せたことを悔いながら、寒寒とした夜を過しているのではなかろうか。

李商隠 11 中元作 七言律詩

李商隠 11 中元作
お盆に会う約束をしていたのに来てくれなかった。この思いどうやって伝えるの。青い鳥はどうしたの。

中元作
絳節諷颻空国來、中元朝拜上清回。
行列のえび茶色の旗じるし吹き上がる風に舞い、国中がからになったかと思われるほど、女道士や令娘たちが参詣にやって来る。今日はお盆の祭日。女たちは朝早く、やしろの至上天を礼拝にきて、帰ってゆく。
羊権須得金條脱、温嶠終虚玉鏡臺。
東晋時代の羊権の家に天女萼緑華が舞いおり、黄色の腕環を贈ったように、この日にこそ、あなたがあらわれて心の籠った贈物をくれるかも知れない。だが、たとえ会えてもあなたはまた天女のように帰ってゆくだろう。晋の人温嶠を真似て結納を納めようとしても、玉の鏡の話のように結局役には立たず、所詮、私達は 結ばれずむなしい思いをするだろう。
曾省驚眠聞雨過、不知迷路爲花開。
以前、うたたねから醒めて雨の音を聞く、楚の懐王と巫山の神女のような逢瀬が私たちにはあったのだが、「桃花源」は一度行けたのに二度とは行きつけないのは何故だろう。
有娀未抵瀛洲遠、青雀如何鴆鳥媒。

あなたの住む「有娀」というところは世界の外の海中にあるという「瀛洲」のように遠いわけではない。だから、「瀛洲」へでも手紙を持って行ってくれるという恋の使いの青い烏が、むかし屈原の頼みで「有娀」とのなかだちをした鳥より、うまく恋の思いを伝えてくれるかどうかが問題なのだ。



中元に作る
中元の祭日に会う約束をしていた女人と、何かの所要の為に会えなかった事を詠う。


行列のえび茶色の旗じるし吹き上がる風に舞い、国中がからになったかと思われるほど、女道士や令娘たちが参詣にやって来る。今日はお盆の祭日。女たちは朝早く、やしろの至上天を礼拝にきて、帰ってゆく。

東晋時代の羊権の家に天女萼緑華が舞いおり、黄色の腕環を贈ったように、この日にこそ、あなたがあらわれて心の籠った贈物をくれるかも知れない。だが、たとえ会えてもあなたはまた天女のように帰ってゆくだろう。晋の人温嶠を真似て結納を納めようとしても、玉の鏡の話のように結局役には立たず、所詮、私達は 結ばれずむなしい思いをするだろう。

以前、うたたねから醒めて雨の音を聞く、楚の懐王と巫山の神女のような逢瀬が私たちにはあったのだが、「桃花源」は一度行けたのに二度とは行きつけないのは何故だろう。

そこへの途上、路傍に咲き乱れる花の深さゆえに行く道を迷ってしまう住まい、すむ世界を異にするとはいえ、あなたの住む「有娀」というところは世界の外の海中にあるという「瀛洲」のように遠いわけではない。だから、「瀛洲」へでも手紙を持って行ってくれるという恋の使いの青い烏が、むかし屈原の頼みで「有娀」とのなかだちをした鳥より、うまく恋の思いを伝えてくれるかどうかが問題なのだ。

中元に作る(下し分)
絳節こうせつ諷颻 国を空しくして来り、中元に朝拝して上清より回る。
羊権 須らく得べし 金の条脱を、温嶠 終に虚なし 玉の鏡台。
曾て省って 眠を驚かして雨の過るを聞きぬ、知らず 路に迷いしは 花の開くが 為なるを。
有娀ゆうしゅう 未だ瀛洲えいしゅうの遠きに抵いたらず、青雀は如何に 鴆鳥ちんちょうの媒ばいに

中元作
中元 陰暦七月十五日、仏教では仏と僧侶に供養して父母の慈愛に感謝する孟蘭盆の日である。道教では、この日、地官(神仙の職)が降下して人の善悪を審判すると考えられ、道士達は夜まで経文を読誦する。餓鬼囚徒もそれで解脱できるとする。唐代からすでに仏道二数の混淆した祭りがこの日に行われていた。この詩は中元の祭日に会う約束をしていた女人と、何かの所要の為に会えなかった事を怨む。

絳節諷颻空国來、中元朝拜上清回。
行列のえび茶色の旗じるし吹き上がる風に舞い、国中がからになったかと思われるほど、女道士や令娘たちが参詣にやって来る。今日はお盆の祭日。女たちは朝早く、やしろの至上天を礼拝にきて、帰ってゆく。
○絳節 えび茶色の旗じるし。梁の郡陵王粛綸(未詳-551)の魯山神文に「絳節竿を陳ね、満堂に繁く会う。」と。○諷颻 ふうよう ・ 暗誦する。ひにくをいう。・ 吹き上がる風。ふき動かす。○上清 道教の至上神のいるところ。

羊権須得金條脱、温嶠終虚玉鏡臺。
東晋時代の羊権の家に天女萼緑華が舞いおり、黄色の腕環を贈ったように、この日にこそ、あなたがあらわれて心の籠った贈物をくれるかも知れない。だが、たとえ会えてもあなたはまた天女のように帰ってゆくだろう。晋の人温嶠を真似て結納を納めようとしても、玉の鏡の話のように結局役には立たず、所詮、私達は 結ばれずむなしい思いをするだろう。
羊権 東晋時代の泰山南城の人。字は道学。簡文帝司馬昱(321-372)に仕えて黄門郎となった。孫の羊欣(370-442)の伝が「宋書」六十二にある。梁の陶弘景の「実話」によると、仙女萼緑華は升平3年11月10日の夜、羊権の家に下ったが、其の時、詩一篇、石綿で織った手巾一枚、金と玉の跳脱各々一箇を羊権に贈ったという。○萼緑華 (がくりょくか)萼緑華伝説、 南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、仙薬を権にあたえておいて消え去った。この話は梁の陶弘貴の「真誥」にある逸話である。李商隠 6 重過聖女詞
白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。

条脱 跳脱に同じ。腕環のこと。○温嶠 晋の将軍。字は太真(288-329)。元帝司馬睿(277-322)、
明帝司馬昭(299-325)二代に仕え、劉聡の勢力の鎮圧、丹陽の王敦、江州の蘇峻の反乱平定に功あった。劉宋の劉義慶の「世説新語」仮譎篇に、温嶠の従姑の劉氏が乱にあって一族離散し、娘が一人残ったが、その婿の世話を温嶠に依頼した時の話がのっている。その時、妻を失っていた温嶠は、密かに自分が嫁りたく思い、「わたし程度の人物ならどうか。」と言った。従姑は勿論大喜びである。数日後、温橋は、婿が見つかったと言って、結納の品として、昔、劉琨(270-317)の副官として江左に劉聡を討った時の戦利品である硬玉の鏡台を与えた。婚礼の式上花嫁は、侍児が支えて花嫁の顔を隠す扇を手でひらいて、掌をうって笑いながら、「やっぱり私の思った通り、鏡は老奴のものだったのね。」と言ったという。

曾省驚眠聞雨過、不知迷路爲花開。
以前、うたたねから醒めて雨の音を聞く、楚の懐王と巫山の神女のような逢瀬が私たちにはあったのだが、「桃花源」は一度行けたのに二度とは行きつけないのは何故だろう。
曾省 何何したことがある。省はかえりみる。記憶の義。しかし二字で以前に何何したことがあるの意味となる。詩語として曾経の二字に近い用法をもつ。○不知 その事(不知以下の文)の理由をいぶかることば。○迷路 この言葉は、「陶淵明」桃花源記の故事をふまえている。

有娀未抵瀛洲遠、青雀如何鴆鳥媒。
そこへの途上、路傍に咲き乱れる花の深さゆえに行く道を迷ってしまう住まい、すむ世界を異にするとはいえ、あなたの住む「有娀」というところは世界の外の海中にあるという「瀛洲」のように遠いわけではない。だから、「瀛洲」へでも手紙を持って行ってくれるという恋の使いの青い烏が、むかし屈原の頼みで「有娀」とのなかだちをした鳥より、うまく恋の思いを伝えてくれるかどうかが問題なのだ。
有娀 ゆうじゅう伝説的に伝えられる太古の国名。「呂氏春秋」に「有娀氏に二人の佚うつくしき女有り、之に九成台を為る。飲食必ず鼓を以てす。」と見える。国名を借りて、心に思う美女の住まいをいう。○瀛洲 現実世界の一つ外側にある海に聾えるという三仙山(道教神仙説にいう、より具体的な形、東方の海上に存在する三神山(瀛州えいしゅう、方壷(方丈)、蓬莱)、ならびに、西方極遠の地に存在する西王母の国を現在する理想国とした。)○青雀 恋の使者(青鳥 仙界とのなかだちをするという青い鳥、恋の使者である。この島に棲む青い鳥が使者である。仙女西王母の使いの鳥。杜甫「麗人行」にもある。お誘いの手紙を届けるものを指す。)○鴆鳥 ちんちょう悪鳥の名。毒あって人を殺すゆえ、讒言ざんげん者の喩えとなる。屈原(紀元前339-278)の離騒に「瑤台の偃蹇えんけんたるを望み、有娀の佚女しつじょを見る。吾れ鴆をして媒を為さしむ。媒は余に告ぐるに好からざるを以てす。」とあるのをふまえる。

七言律詩
○韻 來、回。臺。開。媒。

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李商隠 10 無題(重幃深下莫愁堂) 題をつけられない詩。

李商隠 10 無題(重幃深下莫愁堂) 題をつけられない詩。
恋していることが辛いこと、どうしようもない恋。

無題
重幃深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
直道相思了無益、未妨啁悵是清狂。

無益な恋に悩む自からを憐れむ歌。
幾重ものとばりを深くおろし、外と遮断された豪華なやしきの奥深いところ、そこには、むかしの洛陽の美女莫愁(ばくしゅう)の奥座敷に匹敵する座敷がある。人が寝静まった、静寂で清々しい夕べの一時がそこに連綿とつづいていく。
楚の懐王と高唐で契った神女の一生、それは夢のうちに過ぎたものであった。それと同じに、あなたと一夜を共にし、それが一生にも感じたことが、すべて夢であったというのか。むかし、小姑のところには男がおりませぬ、と歌って、束の間に姿を消した仙女のように、今はもう、冷たくあしらって私をよせつけなくなった。
風波のはげしさは、庭の池に咲く菱花のひ弱な枝にとって、とうてい凌ぎ切れないものだ。澄んだ空に月光、冴える今宵、一面に降りた露、桂の香もおとろえたものを、誰が芳しく匂わせることができよう。恋しい女のかおりも、私とは無縁に衰えるのだろうか。
このままあなたを恋し続けたとしても、もう無益なことだと分ってきたつもり、いうならいってもいいと思っている。だけど、失われた恋の悲しみにこだわるその嘆きそのものが、清新の心に突き進むことであってもいいわけなのだ。

無題(くだしぶん)
重幃 深く下す 莫慾の堂、臥後清宵 細細として長し
神女の生涯原と是れ夢、小姑の居処本と郎無し
風波は信ぜず菱枝の弱きを
月露 誰か桂葉をして香しからしめん
直え相思了に益無しと遣うも
未だ妨げず 悔恨は是れ晴狂なるを

無題
○無益な恋に悩む自からを憐れむ歌。

重幃深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
幾重ものとばりを深くおろし、外と遮断された豪華なやしきの奥深いところ、そこには、むかしの洛陽の美女莫愁(ばくしゅう)の奥座敷に匹敵する座敷がある。人が寝静まった、静寂で清々しい夕べの一時がそこに連綿とつづいていく。
○重幃 幾重ものとばり。○莫愁 古くから楽府に歌われる郢州(湖北省)石城の美女の名であるが、李商隠は梁の武帝蕭衍(464-549)の楽府によると蘆氏に嫁いだ洛陽の女児のこと。○堂 座敷。○清宵 清々しい宵、秋の夕べ。

紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
楚の懐王と高唐で契った神女の一生、それは夢のうちに過ぎたものであった。それと同じに、あなたと一夜を共にし、それが一生にも感じたことが、すべて夢であったというのか。むかし、小姑のところには男がおりませぬ、と歌って、束の間に姿を消した仙女のように、今はもう、冷たくあしらって私をよせつけなくなった。
○神女 楚の宋玉の高唐の賦及び神女の賦に登場する巫山の神女のこと。昔、楚の懐王が高唐の楼台に遊宴し、その昼寝の夢に神女と会って交わった。その神女は立去る時、「妾は巫山の陽におりますが、あしたには朝雲となり、碁には行雨となって、日夜、陽台の下におりましょう。」と言った。王が朝、眺めてみると、その言葉の通りだったという。○小姑 妹娘のこと。原注に、「古詩に小姑は郎無しの句有り。」という。その古詩とは、楽府神絃歌の青渓小姑曲のことで、ここでは梁の呉均の「続斉諧記」に出てくる齢若い仙女を指す。会稽の超文韶なる者と、つかのまの歌合せをして消え去ったという。○郎 思いをやるきみ。女性が男性を呼ぶ親称。


風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
風波のはげしさは、庭の池に咲く菱花のひ弱な枝にとって、とうてい凌ぎ切れないものだ。澄んだ空に月光、冴える今宵、一面に降りた露、桂の香もおとろえたものを、誰が芳しく匂わせることができよう。恋しい女のかおりも、私とは無縁に衰えるのだろうか。
○不信 まかせず。そのままに放っておかない。○月露桂樹 桂は木犀など香木の総称。月に生えている伝説上の木。優れたものの喩として使われるが、ここは、月の中の桂の葉の香しいであろう匂いも実際にはとどかない。女が自分にて手の到かねものとなったという意味である。

直道相思了無益、未妨啁悵是清狂。
このままあなたを恋し続けたとしても、もう無益なことだと分ってきたつもり、いうならいってもいいと思っている。だけど、失われた恋の悲しみにこだわるその嘆きそのものが、清新の心に突き進むことであってもいいわけなのだ。

○直道 直は詩語としてしばしばたとえ何何であってという仮設の語となる。道はいう。 ○了 ついにとよむが、まったくの意。○清狂 俗世間を「濁」とし、清新社会を「静」とする。狂はもっぱらする。没頭することの意味で使うが、志が大きいけれど、その通りにならないという意味でもある。


 芸妓は宮廷、官妓、民妓、商妓、家妓とあり、また異種的な巫女(神女)も同様に女性の働き場のない時代の唯一の働き場であった。中国にあった纏足もこれらを背景に唐時代からの流行となったものだ。「素足」の女という表現で足にセックスアピールしていたのだ。白く小さな脚ほど喜ばれた。

 李商隠の生きたこの時代は、朝廷内の風紀は乱れ、朝廷も宦官たちの采配でほとんど決まっていた。宦官は道教と結託しており皇帝は全くの飾り物となっていた。
 朝廷の改革などできる状態ではなく、政治批判に近い表現もできるものではなかった。

 李商隠の『無題』シリーズの一首、一首はそれ其れの芸妓が哀れにも吐き捨てられていったことを芸妓の側から、恋歌として表現したものである。
 無益な恋、為さぬ恋、・・・理不尽な、わが身勝手な行為を批判したものなのだ。ただ、自分が経験したものでなく、見聞きしたものから作詩しているのと登場人物を特定できないようにしているため難解になる傾向にある。

李商隠 8 無題 (昨夜星辰昨夜風) 題をつけられない詩。

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恋愛詩人・李商隠 8 無題 (昨夜星辰昨夜風) 題をつけられない詩。

秘められた恋、許されない恋。いつの世も後に残るのはせつない思いか。
七言律詩

無題
昨夜星辰昨夜風、畫樓西畔桂堂東。
昨夜、大空に星が瞬き、そして、昨夜、夜の街に風が吹いていた。美しく彩られた高楼の西の方、微風が吹けば柱や梁からほのかな香りが広がる豪華な座敷の東側でのことであった。
身無綵鳳雙飛翼、心有靈犀一點通。
そこであなたに会えたとはいいながら二人並んで飛び立つつがいの鳥だけどあの鳳凰の彩り鮮やかに見せびらかせることはできな。心は神秘的な媚薬で一点に集中したように通じ合っている。
隔座送鉤春酒暖、分曹射覆蠟燈紅。
宴はたけなわ、やがて余興のお座敷遊びに移った、握っているのを他の人が言い当てる蔵鉤の時、春の花びらを浮かべた紅酒で暖かくなった。組み分けをやりなおして盆下の品物当ての遊びに移るころは明りの蝋燭は、視線を合わせることもふせた隠された恋の焔に赤く揺らめいていた。
嗟余聽鼓應官去、走馬蘭臺類轉蓬。

ああ、それにしても日が変わった時の音が聞こえた、役所仕事のためにここを去らないといけない。馬を走らせ秘書省へ向かう私は、秋風に毬のように転がりまわる草のようなものだ。



題をつけられない詩。
昨夜、大空に星が瞬き、そして、昨夜、夜の街に風が吹いていた。美しく彩られた高楼の西の方、微風が吹けば柱や梁からほのかな香りが広がる豪華な座敷の東側でのことであった。
そこであなたに会えたとはいいながら二人並んで飛び立つつがいの鳥だけどあの鳳凰の彩り鮮やかに見せびらかせることはできな。心は神秘的な媚薬で一点に集中したように通じ合っている。
宴はたけなわ、やがて余興のお座敷遊びに移った、握っているのを他の人が言い当てる蔵鉤の時、春の花びらを浮かべた紅酒で暖かくなった。組み分けをやりなおして盆下の品物当ての遊びに移るころは明りの蝋燭は、視線を合わせることもふせた隠された恋の焔に赤く揺らめいていた。
ああ、それにしても日が変わった時の音が聞こえた、役所仕事のためにここを去らないといけない。馬を走らせ秘書省へ向かう私は、秋風に毬のように転がりまわる草のようなものだ。


 

昨夜星辰昨夜風、畫樓西畔桂堂東。       
昨夜、大空に星が瞬き、そして、昨夜、夜の街に風が吹いていた。美しく彩られた高楼の西の方、微風が吹けば柱や梁からほのかな香りが広がる豪華な座敷の東側でのことであった。
○星辰 星座。ほし。 ○畫樓 美しく彩られた二階建ての建物、高楼。 ○西畔 すべてのものの側辺を畔という。西側に寝台を置くもので、西とか窓が出る場合、男女を連想する。 ○桂堂 その部屋の柱や梁に高価な桂材を使用してある座敷をいう。桂材は香木。李白の「長門怨」其二(桂殿長く愁いて春を記せず。)、桂柱、桂堂、桂香などがある。      

 
身無綵鳳雙飛翼、心有靈犀一點通。
そこであなたに会えたとはいいながら二人並んで飛び立つつがいの鳥だけどあの鳳凰の彩り鮮やかに見せびらかせることはできな。心は神秘的な媚薬で一点に集中したように通じ合っている。
綵鳳 神鳥。鳳凰は美しい綾絹のような羽をもつ。綵は五色に彩られた絹織物。 ○靈犀一點通 靈は神妙な、不思議な、妖しい。犀は大型の哺乳類動物。皮で鎧を作り、角は精力剤とされる。これらにより回春薬ということか。薬剤により、心が一本になる。一点に集中して心が通じ合う。

隔座送鉤春酒暖、分曹射覆蠟燈紅。
宴はたけなわ、やがて余興のお座敷遊びに移った、握っているのを他の人が言い当てる蔵鉤の時、春の花びらを浮かべた紅酒で暖かくなった。グループをやりなおして盆下の品物当ての遊びに移るころは明りの蝋燭は、視線を合わせることもふせた隠された恋の焔に赤く揺らめいていた。
送鉤 鉤は蔵鉤(ぞうこう)という遊戯。二組に分かれて、その一組のものが握り拳を出し、その中の一人がものを握っているのを他の人が言い当てるお座敷ゲーム。 ○分曹 曹はグループ。グループ分けをする。 ○射覆 覆われたものを射あてる。盆の下に品物を隠し置きそれを言い当てる遊び。視線を合わせるのをわからないようにすることとかけている。


嗟余聽鼓應官去、走馬蘭臺類轉蓬。
ああ、それにしても日が変わった時の音が聞こえた、役所仕事のためにここを去らないといけない。馬を走らせ秘書省へ向かう私は、秋風に毬のように転がりまわる草のようなものだ。
 時を告げる太鼓の音。 ○蘭臺 政府の記録局文庫秘書省の雅称。李商隠は839年任じられている。 ○轉蓬 枝が四方に伸びて広がり、飢えで合して毬状になったころ、秋風にあうと根こそぎ吹きちぎられ手すさまじい勢いで転がっていく植物のこと。人が当てもなく流浪することの比喩に使用される。杜甫「野人送朱楼」(この日新しきを嘗めて転蓬に任す。)に使う。また、ここの意味は、秋風に毬のように転がりまわる草と書いたが「役所で一番のプレイボーイだ」ということだ。
 


無題
昨夜の星辰 昨夜の風、画楼の西畔 桂堂の東。
身に綵鳳双飛の翼無きも、心に霊犀一点の通う有り。
座を隔てて送鉤すれば春酒暖かく、曹を分けて射覆すれば蝋燈紅なり。
嗟ああ 余が鼓を聴き官に応じて去り、馬を蘭台に走らせて転蓬に類(にる)を。

恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞

      
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恋愛詩人・李商隠 6 重過聖女詞
この詩も物語のように読む。七言律詩


重過聖女詞
1.白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
2.一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
3.萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
4.玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。


1. 東川より長安に帰る途中、ここ鳳州、秦岡山、懸崖の聖女を祭る祠に再び立ち寄ることとなった。祠の玄関は自然の峻しい巌石でできている。それが扉でもある白い石の門は時代の色に古び、青い蘚が、石の白さに対照して色鮮やかに繁っている。ここに祭られる女神は、過去に何か罪を犯すところあって至上天の楽土から流謫せられ落ちぶれたのだろうが、祠の扉が苔むしてまだ天上に帰ることができないでいるのだろう。


2. ここでは、ひと春のあいだ中、春めく愛を示すような夢のなごり雨が、祠の古びた瓦に飛び散り飄える。そしてまた、何か神秘な風が、かかげたのぼり旗を一杯脹らませることもなく、一日中、柔らかく吹いている。
 
3. もとは宮女、罪あって道観に出だされて、女道士となったと思われる女達の、妖しくもなまめかしい姿が、ここに見られたのだが、
「昔、気紛れに羊権の家に下って不思議な贈物を届けた仙女「萼緑華」のように、彼女らはどこからともしれず、ふと現われたものだった。そしてまた、湘江の岸に捨てられ、漁夫の家に育って成長すると、天上に帰ったという杜蘭香のように、ほんの少し前までは、ここにいたと思うのに、人の愛の心をその気にさせてから、ふと消えてゆく。」

4. 仙界の官位で云えば、まだ「玉郎」に過ぎず、日頃不遇な私のこと、ここでは必ずや仙人世界の名簿に名をつらね、宮殿に自由に出入りできる身分になりたい。かつてここを訪れた時、美女の歓待を受け、夢幻の界なる天の宮殿のきざはしで、その世界にしかない、もしそれを食えば幸福のおとずれるという植物のことについて語り合った、その歓びを私はよく憶えている。


重過聖女詞
聖女詞 鳳州(陝西省鳳翔)の秦岡山の懸崖の側、列壁の上にある祠。その神体は女性で上が赤く下が白
く塗られているという。(856年45歳のころ、東川の幕府からか、陝西省南鄭県)興元の方面から長安に帰る途中の作と推定される。
「重ねて過る」とは以前一度たちよった事があるということである。聖女祠と題する詩は他に二篇ある。
唐代の道教のやしろ、或いはそれに類するいわゆる淫祠の女冠は多分に売春、娼妓的性格をもっていた。それを考え併せてこの詩を読まないとわからない。

1. 白石巌扉碧辞滋、上清淪謫得歸遅。
東川より長安に帰る途中、ここ鳳州、秦岡山、懸崖の聖女を祭る祠に再び立ち寄ることとなった。祠の玄関は自然の峻しい巌石でできている。それが扉でもある白い石の門は時代の色に古び、青い蘚が、石の白さに対照して色鮮やかに繁っている。ここに祭られる女神は、過去に何か罪を犯すところあって至上天の楽土から流謫せられ落ちぶれたのだろうが、祠の扉が苔むしてまだ天上に帰ることができないでいるのだろう。
上清 道教では天を玉清・太清・上清とわける、その至上天。そこに太上宮なる宮殿があり、聖者が住むという。○淪謫 流れものとなっておちぶれる。

2. 一春夢雨常飄瓦、盡日靈風不満旗。
ここでは、ひと春のあいだ中、春めく愛を示すような夢のなごり雨が、祠の古びた瓦に飛び散り飄える。そしてまた、何か神秘な風が、かかげたのぼり旗を一杯脹らませることもなく、一日中、柔らかく吹いている。 
一春 ひと春のあいだ中。○夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。晩唐の杜牧(803-852年)の潤州の詩に「柳は朱横に暗く夢雨多し。」と。○尽日 ひねもす。一日じゅう。

3. 萼緑華來無定所、杜蘭香去未移時。
もとは宮女、罪あって道観に出だされて、女道士となったと思われる女達の、妖しくもなまめかしい姿が、ここに見られたのだが、
「昔、気紛れに羊権の家に下って不思議な贈物を届けた仙女「萼緑華」のように、彼女らはどこからともしれず、ふと現われたものだった。そしてまた、湘江の岸に捨てられ、漁夫の家に育って成長すると、天上に帰ったという杜蘭香のように、ほんの少し前までは、ここにいたと思うのに、人の愛の心をその気にさせてから、ふと消えてゆく。」
萼緑華 (がくりょくか) 南山の仙女の名。青い衣を着て容色絶麗。晋の升平三年(359年)の冬の夜、羊権の家に降下し、仙薬を権にあたえておいて消え去った。この話は梁の陶弘貴の「真誥」にある逸話である。○杜蘭香 (とらんこう) 中国のかぐや姫。昔、一人の漁夫が湘江の岸で泣声をきき、嬰児を拾いそれを養った。その少女「杜蘭香」は成長して天姿奇偉(天女のようで妖しく賢そう)。ある日青い衣の仙界の下僕が空より、その家に下り彼女をつれ去った。昇天の際に、漁夫に言った。「私はもと仙女でございました。あやまちを犯して人間の世界に貶められておりましたが、今、帰ります。」と。後に、洞庭包山(どうていほうざん)の張碩(ちょうせき)の家に下って彼と結婚したと、前蜀の杜光庭の「墉城集仙録」(ようじょうしゅうせんろく)にある。「杜蘭香」は、晋の干宝の「捜神記」や「晋書」曹毗伝(そうひでん)などに登場するが、我が国最初の小説「竹取物語」は恐らく「杜蘭香」伝説にヒントを得ていると思われる。道教の寺院は「観」という。

4. 玉郎会此通仙籍、憶向天階問紫芝。
仙界の官位で云えば、まだ「玉郎」に過ぎず、日頃不遇な私のこと、ここでは必ずや仙人世界の名簿に名をつらね、宮殿に自由に出入りできる身分になりたい。かつてここを訪れた時、美女の歓待を受け、夢幻の界なる天の宮殿のきざはしで、その世界にしかない、もしそれを食えば幸福のおとずれるという植物のことについて語り合った、その歓びを私はよく憶えている。
玉郎 仙界の身分高き仙人に仕える侍従。梁の陶弘景の「登眞隠訣」にある。ここは李商隠みずからをいう。なお別の聖女桐の詩に、「星娥(せいが)ひとたび去りし後、月姊(げつし)更に来りしやいなや。」という、この二句と類似した発想の一聯がある。○通仙籍 宮門に出入を許された者の名をしるす掛札を通籍という。また、仕官することを「籍を通ず」という。○天階 本来は、三台とも呼ばれる星座の名を意味する。「晋書」の天文志によると、この星座は六つの星からなり、太微星(天の中央にある星)に最も近い星を天柱ともいい、人の世界でいえば三公(大司馬、大司徒、大司空)にあたる。以下順位があるのだが、その意味を含みつつ、この詞の最も高く、奥まった部屋のきざはしをいうのであろう。(向)もまた、最上の星に(むかって)であると同時に、この祠の部屋のきざはし〈で〉という意味でもある。○紫芝 天上の宮廷の庭に植えられる紫色の神秘な植物。道教では、それを内服すると仙界の官位が上進してあがめられるという。


○韻 滋、遅、旗、時、芝。

重ねて聖女詞を過る
白石の巌扉(がんぴ) 碧辞(へきじ)滋(しげし)、上清より淪謫(りんたく)せられて帰り得る 遅(おそし)。
一春 夢雨 常に瓦に飄、尽日 霊風 旗に満たず。
萼緑華(がくりょくか)の来る 定所無く、杜蘭香(とこうらん)去って未だ時を移さず。
玉郎 会えず此に仙籍を通ぜん、憶う天の階(きざはし)に向って紫芝(しし)、問いしことを。

李商隠 4 曲江

曲江もものがたりである。おもな舞台は長安である。
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李商隠 4 曲江



人も知る、文京皇帝の痛ましき崩御の後は、楼閣聳え、広い庭園のある遊園地・この曲江の池畔に、かつてはしばしば御出駕あった天子の車、そして寵妃楊賢妃の翡翠で飾った乗物を、いくら見つめても、もう見る事ができなくなった。夜更ともなれば、昔、東晋の世、王氏の家の人が耳にしたような、姿なきものの悲しい歌声を人は聞くばかりである。

 皇帝の金のくるまはもはやここに返らず、帝の行幸には常に付き随った楊賢妃の傾国の美貌もは永遠に帰らない。たとえ、今も宮殿は池畔にくっきりと聳え立ち、その愛妃の骨の埋められしゆえに波立つ、下屋敷の庭池の水に、はっきりと影を落としているとはいえ、失われたものは帰ってはこない。

 かつて、晋の陸機は、冤罪に死を賜って、故郷を思い、あの華亭の鶴の鳴き声をもう二度と聞けぬと辞世した。同じ頃、老いたる索靖は不幸な予感に涙しながら、洛陽門の駱駝の銅像を指さし、いずれお前を、荊(いばら)の生いしげる廃墟の中で見ることとなろうと嘆いたという。今、この乱れんとする世に、とりわけ甘露の変より以後は、いちいち名指さなくても、どれだけの人があの陸機の悲しみに悲しみをかさね、罪なき罪に貶められ、殺されたことだろう。また幾人が力及ばぬ索靖のような憂国の憂いに沈んだままでいたことか。

 だが、たとえ天変地変のようなはげしい革命がこのように続き、心はずだずたに砕けようとも二人の女性の惨死を聞き知り、春にも喩うべきその人の死を傷む心にくらべれば、あい続く動乱にくじける心のかなしみも何ほどのこともないと思えるのだ

曲江 
望断平時翠輦過、空聞子夜鬼悲歌。
望断す 平時 翠輦の過りしを、空しく聞く 子夜 鬼の悲歌するを
金與不返傾城色、玉殿猶分下苑波。
金與(きんよ)は返らず 傾城の色(かんばせ)、宝殿は猶お分つ 下苑の波
死憶華亭聞唳鶴、老憂王室泣銅駝。
死せまりて憶う 華亭に唳鶴を聞きしことを、老いては王室を憂えて銅駝に泣く
天荒地欒心雖折、若比傷春意未多。

天荒れ地変じ心折ると雖も、若し春を傷むに此ぶれば意(こころ)未だ多からじ


曲江
望断す 平時 翠輦の過りしを、空しく聞く 子夜 鬼の悲歌するを
金與(きんよ)は返らず 傾城の色(かんばせ)、宝殿は猶お分つ 下苑の波
死せまりて憶う 華亭に唳鶴を聞きしことを、老いては王室を憂えて銅駝に泣く
天荒れ地変じ心折ると雖も、若し春を傷むに此ぶれば意(こころ)未だ多からじ


曲江
○曲江 古くから長安の南の郊外にある遊園地。唐の玄宗皇帝李隆基(685~752)の時改修して景勝の地とした。楼閣あり、庭園あり、寺社あり、士女官妓遊宴し、毎年三月三日の節句には公式の園遊会がこで催された。詳細は唐の康駢の「劇談録」に見える。唐の文宗皇帝李昂(809~840年)もしばしば寵姫楊賢妃をともなって、ここに遊んだが、甘露の変(835年)の後、補修作業も中止され、行幸も止んだ。詩は文宗の没後、後継争いから楊賢妃殺され、死骸が曲江に葬られた事を感慨する(馮浩の説)。
宦官は、虚勢を施した朝廷の侍従たち755~763安史の乱後の政治的混乱に乗じ権力を増大させ、数も数十人から5・6000にまで膨らんだ。「尚父」と号し大臣級の位まで持った。文宗は即位したときもほとんど実権を握られていた。準備周到に進められた一時は成功すとみられたが(835年)、文宗および官僚が企図した宦官誅殺未遂事件「昨夜、甘露が降りてきた」と偽って宦官を一か所に集め殺そうとしたが、宦官の組織力が強く、失敗した。唐における宦官勢力の権力掌握がさらに強めることとなった事件。甘露の変という。

mapchina003李商隠 4 曲江、5楽遊園を示す

望断平時翠輦過、空聞子夜鬼悲歌。
人も知る、文京皇帝の痛ましき崩御の後は、楼閣聳え、広い庭園のある遊園地・この曲江の池畔に、かつてはしばしば御出駕あった天子の車、そして寵妃楊賢妃の翡翠で飾った乗物を、いくら見つめても、もう見る事ができなくなった。夜更ともなれば、昔、東晋の世、王氏の家の人が耳にしたような、姿なきものの悲しい歌声を人は聞くばかりである。
○望断 望は遠くからみる。断は視界のとどかぬ事だが、ここは、以下の事柄のもう見られなくなったことをいう。○平時 つねきろ。かねがね。○翠輦 翠玉でかざった車、皇后や寵妃の乗る車と思われる。○子夜 第一の意味は真夜中ということだが、南北朝時代の歌謡に子夜歌という、南方から発生した一群の恋愛民歌をも指す。その曲詞は、東晋の時代、子夜なる乙女が初めに作り、東晋の孝武帝司馬曜(362~396年)の太元年間、琅椰の名族王氏の家で、亡霊がこの子夜を歌ったと伝えられ(「末書」楽志)、またその声は哀切に過ぎるものだったとも伝えられる(「唐書」楽志)。李白も呉の国の恋歌としてうたった。李白25子夜呉歌 ○鬼 亡霊。


金與不返傾城色、玉殿猶分下苑波。
皇帝の金のくるまはもはやここに返らず、帝の行幸には常に付き随った楊賢妃の傾国の美貌もは永遠に帰らない。たとえ、今も宮殿は池畔にくっきりと聳え立ち、その愛妃の骨の埋められしゆえに波立つ、下屋敷の庭池の水に、はっきりと影を落としているとはいえ、失われたものは帰ってはこない。
○金輿 天子の車。○傾城色 その妖艶な色香の一瞥で城をも滅ぼすほどの美貌。漢の協律郎<李延年>が妹を武帝劉徹(紀元前157~87年)に薦めて歌った詩の一節、「一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾けん。」からこの語にしている。皇帝の気に入られる事前調査済みの美人が差し向けられる場合、命を受けている。麗しい色気と回春の媚薬とでとりこにして行き、中毒死させていくのである。この役割の一端を宦官が担っていた。○下苑 「漢書」元帝紀に、この語が見え、顔師古の注に、京城東南隅の曲江なりとある。


死憶華亭聞唳鶴、老憂王室泣銅駝。
かつて、晋の陸機は、冤罪に死を賜って、故郷を思い、あの華亭の鶴の鳴き声をもう二度と聞けぬと辞世した。同じ頃、老いたる索靖は不幸な予感に涙しながら、洛陽門の駱駝の銅像を指さし、いずれお前を、荊(いばら)の生いしげる廃墟の中で見ることとなろうと嘆いたという。○華亭唳鶴 華亭は江蘇省松江県西方の渓谷の名。呉の滅亡後、陸機(261~303年)はそこに隠棲した。陸機は呉の貴族、弟の陸雲(262~303年)と、祖国滅亡後、共に上洛して晋朝に仕えたが、乱世のこと、しばしばその主を変えねばならなかった。いわゆる八王の乱の第三クーデターの時、彼は成都王司馬頴の将軍として長沙王司馬乂と戦ったが大敗、宦官孟玖に誹謗され、陣中に殺された。処刑の間際に、「あの華亭鶴の鳴き声をもう二度と聞けぬ。」と嘆いたという=陸士衡集」十巻がある。○王室泣銅駝 西晋の五行学者索靖(239~303三年)の故事。銅駝は洛陽王宮の南、東西に走る街路。王宮から南へ走る路との交叉点に、青銅の駱駝の像が相対して立てられていた。索靖は、天下の混乱を予見し、その銅駝を指さして、「今は宮門に据えられたお前を、そのうち荊の茂る廃墟で見ることとなろう。」と慨嘆したという。事実、やがて いわゆる五胡の晋都侵攻があり、洛陽は半ばが灰燼に帰した。


天荒地欒心雖折、若比傷春意未多
今、この乱れんとする世に、とりわけ甘露の変より以後は、いちいち名指さなくても、どれだけの人があの陸機の悲しみに悲しみをかさね、罪なき罪に貶められ、殺されたことだろう。また幾人が力及ばぬ索靖のような憂国の憂いに沈んだままでいたことか。だが、たとえ天変地変のようなはげしい革命がこのように続き、心はズダズタに砕けようとも二人の女性の惨死を聞き知り、春の花のようなその人の死を傷む心にくらべれば、あい続く動乱に挫ける心の悲しみも何ほどのこともないと思えるのだ
○心折 心が悲しみにくじける。盛唐の詩人杜甫(712~770年)の冬至の詩に「心折れ此の時一寸無し。」と。○傷春 実は文宗の寵妃楊賢妃の死を悼むことば。
甘露の変(かんろのへん)とは、唐の大和9年(835年)、文宗および官僚が企図した宦官誅殺未遂事件だが、失敗した。そのことにより中唐期以降、唐における宦官勢力の権力掌握がほぼ確実となったもの。





 人も知る、文京皇帝の痛ましき崩御の後は、楼閣聳え、広い庭園のある遊園地・この曲江の池畔に、かつてはしばしば御出駕あった天子の車、そして寵妃楊賢妃の翡翠で飾った乗物を、いくら見つめても、もう見る事ができなくなった。夜更ともなれば、昔、東晋の世、王氏の家の人が耳にしたような、姿なきものの悲しい歌声を人は聞くばかりである。

 皇帝の金のくるまはもはやここに返らず、帝の行幸には常に付き随った楊賢妃の傾国の美貌もは永遠に帰らない。たとえ、今も宮殿は池畔にくっきりと聳え立ち、その愛妃の骨の埋められしゆえに波立つ、下屋敷の庭池の水に、はっきりと影を落としているとはいえ、失われたものは帰ってはこない。

 かつて、晋の陸機は、冤罪に死を賜って、故郷を思い、あの華亭の鶴の鳴き声をもう二度と聞けぬと辞世した。同じ頃、老いたる索靖は不幸な予感に涙しながら、洛陽門の駱駝の銅像を指さし、いずれお前を、荊(いばら)の生いしげる廃墟の中で見ることとなろうと嘆いたという。

 今、この乱れんとする世に、とりわけ甘露の変より以後は、いちいち名指さなくても、どれだけの人があの陸機の悲しみに悲しみをかさね、罪なき罪に貶められ、殺されたことだろう。また幾人が力及ばぬ索靖のような憂国の憂いに沈んだままでいたことか。だが、たとえ天変地変のようなはげしい革命がこのように続き、心はズダズタに砕けようとも二人の女性の惨死を聞き知り、春の花のようなその人の死を傷む心にくらべれば、あい続く動乱に挫ける心の悲しみも何ほどのこともないと思えるのだ


李白の詩 連載中 7/12現在 75首

2011・6・30 3000首掲載
漢文委員会 ホームページ それぞれ個性があります。
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李商隠の女詞特集ブログ連載中
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 李白の漢詩特集 連載中
kanshiblog460李白 毎日書いています。

李商隱 3 聞歌 七言律詩(解説編)

李商隱 3 聞歌 七言律詩

聞歌
1 斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
2 銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
3 靑冢路邊南雁盡,細腰宮裏北人過。
4 此聲腸斷非今日,香灺燈光奈爾何。


歌を聞く
1 笑(わらひ)を斂(をさ)め 眸(ひとみ)を凝(こ)らして  意 歌はんと欲し,
高雲 動かず  碧 嵯峨(さが)たり。
2 銅臺 望むを罷めて   何處にか歸り,
玉輦(ぎょくれん) 還(かへ)るを忘るる事 幾多(いくばく)ぞ。
3 靑冢(せいちょう)の路邊  南雁 盡き,
細腰宮 裏  北人 過(よぎ)る。
4 此の聲の腸(はらわた)斷つは  今日のみに 非ず,
香 灺(き)え 燈 光り  爾(なんぢ)を 奈何(いかん)せん。


1 ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった。

2 かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

3 そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。
4 このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひちたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしない、歌っている薄幸の宮女よ。

聞歌
○聞歌 落塊した官女が歌うのを聞いて作った詩。晩唐の詩人杜牧(803-852年)の杜秋娘の詩にも見られるように、落塊してさすらい、流転せぬまでも、仏教寺院、道教の観に寵を得ないまま、移された宮女は、当時はなはだ多かった。作者李商隠は、全国から選りすぐって集められた宮女、後宮女、芸妓(実質同じ意味を持つ)に目を向け、日ごとのやるせない思い、満たされない思い、そしてこの詩のように、別の皇帝が即位する際、これまでの宮女はすべて、寺院、寺観(唐時代国教になった時「観」というようになった)に預けられた。李商隠は唐時代、宦官らによる皇帝の毒殺が多く、被害者ともいえる宮女を詩に取り上げているのも社会批判の一つと考える。


1 
斂笑凝眸意欲歌,高雲不動碧嵯峨。
 ここに薄幸の宮女一人。何を悲しむのか頻をこわばらせ、眼差しを中空の一点にそそいで、いまの思いを歌おうとしている。むかし韓蛾が歌をうたえば、町中が哀哭した。秦青が歌えば、その響きによって行雲を止めたという。見よ、いま不遇の宮女の歌声に高雲も感じとって流れをやめたではないか、あたかも色うす青く、嵯峨たる峻嶽のごとく動かなくなった

○斂 れん おさめる。ひきしめる。かくす。 ○笑:えみ。わらい。笑い顔。名詞。 ○凝 ぎょう こらす。定める。固まる。 ○眸 ぼう ひとみ。目の黒い部分。 ○意 表現されんとする人間の意志。恨みの思いという訳のあたることが多い。 ○欲 ~をしたい。 ○高雲不動 高い空の雲の動きを(歎きで)止(とど)める。 ○碧 へき みどり。李白と李商隠の愛用語。 ○嵯峨 さが 山の嶮しく石のごつごつしているさま。

2 

銅臺罷望歸何處,玉輦忘還事幾多。
 かつて、魏の武帝は銅雀台を築いて芸妓をはべらせ、そしてその臨終の際に、「我れ死せるのちも、月の初めと十五日、我れ在るごとく帷(とばり)に向って妓楽せしめ、また台上から我が墓陵を望ましめよ。」と子に遺言した。だが、武帝の崩御ののちは、後宮を追い出だされたであろう宮女達は、そののち一体どこに身を寄せたのだったろう。いや、皇帝の死後でなくても、隋の煬帝がそうであった。都をうちすてて遠く巡遊に明け暮れる天子の車を、女御達は幾度び空しく待たねばらなかったことか。

○銅台罷望 銅台は規の武帝曹操(155~220年)が河南省臨漳県に建てた宮殿銅雀台をさす。
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西晋の文学者陸機の「弔魏武帝文」によると、298年、陸機は宮中の書庫から曹操が息子たちに与えた遺言を目にする機会を得た。遺言には「生前自分に仕えていた女官たちは、みな銅雀台に置き、8尺の寝台と帳を設け、そこに毎日朝晩供物を捧げよ。月の1日と15日には、かならず帳に向かって歌と舞を捧げよ。息子たちは折にふれて銅雀台に登り、西にある私の陵墓を望め。残っている香は夫人たちに分け与えよ。仕事がない側室たちは履の組み紐の作り方を習い、それを売って生計を立てよ。私が歴任した官の印綬はすべて蔵にしまっておくように。私の残した衣服はまた別の蔵にしまうように。それができない場合は兄弟でそれぞれ分け合えよ」などと細々した指示が書き残されていたという。これを見た陸機は「愾然歎息」し、「徽清絃而獨奏進脯糒而誰嘗(死んだ後に歌や飯を供して誰が喜ぼうか)」「貽塵謗於後王(後の王に醜聞を伝える)」と批評している。李商隠は曹操が没後、宮女たちすべて放遂されていることを述べている。
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 ○歸:本来居るべき所(自宅・故郷・墓地)などへ帰っていく。 ○何處 どこ(に)。
○玉輦 ぎょくれん天子の鳳輦(れん)。天子の乗り物。ここでは、隋・煬帝を指している。煬帝〔ようだい〕569~618年(義寧二年)隋の第二代皇帝。楊広。英。宮殿の造営や大運河の建設、また、外征のため、莫大な国費を費やし、やがては、隋末農民叛乱を招き、軍内の叛乱で縊(くび)り殺された。 ○忘還事 宮廷に帰還することを忘れて遊蕩に耽った出来事。煬帝の悪政と自身の頽廃した生活が史書に残されている。
○幾多(いくばく)どれほど。どれほどの多数。
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『隋書・帝紀・煬帝下』に「六軍不息,百役繁興,行者不歸,居者失業。人飢相食,邑落爲墟,上不之恤也。東西遊幸,靡有定居,毎以供費不給,逆收數年之賦。所至唯與後宮流連耽湎,惟日不足,招迎姥媼,朝夕共肆醜言,又引少年,令與宮人穢亂,不軌不遜,以爲娯樂。」
皇帝の軍隊は、休む閑が無く、数多くの仕事が次から次に起こり、出て行った者は帰ってくることがなく、留まっている者は失業している。(煬帝は)各地を遊び回り、定まった住所が無く、お金を渡すことはなく、逆に数年分の税金を取り立てる。ただ、後宮の女性の所に居続け、それでもの足らないときは、熟年の老女を呼び込み、朝夕に亘って、醜い言葉をほしいままにしていた。その上、若者に対して宮人に穢らわしいことをさせて、むちゃくちゃなことをさせ、それを楽しみとしていた。)とある。
〔煬帝の概要]
即位した煬帝はそれまでの倹約生活から豹変し奢侈を好む生活を送った。また廃止されていた残酷な刑を復活させ、謀反を企てた楊玄感(煬帝を擁立した楊素の息子)は九族に至るまで処刑されている。
洛陽を東都に定めた他、文帝が着手していた国都大興城(長安)の建設を推進し、また100万人の民衆を動員し大運河を建設、華北と江南を連結させ、これを使い江南からの物資の輸送を行うことが出来るようになった。対外的には煬帝は国外遠征を積極的に実施し、高昌に朝貢を求め、吐谷渾、林邑、流求(現在の台湾)などに出兵し版図を拡大した。
更に612年には煬帝は高句麗遠征(麗隋戦争)を実施する。高句麗遠征は3度実施されたが失敗に終わり、これにより隋の権威は失墜した。また国庫に負担を与える遠征は民衆の反発を買い、第2次遠征途中の楊玄感の反乱など各地で反乱が発生、隋国内は大いに乱れた。各地で李密、李淵ら群雄が割拠する中、煬帝は難を避けて江南に逃れた。
煬帝は現実から逃避して酒色にふける生活を送り、皇帝としての統治能力は失われていた。618年、江都で煬帝は故郷への帰還を望む近衛兵を率いた宇文化及兄弟らによって、末子の趙王楊杲(13歳)と共に50歳にして殺害された。
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3 
靑冢路邊南雁盡、細腰宮裏北人過。
 そればかりではない。今を去る漢の元帝の御代、宮女王昭君は政略結婚の犠牲となり、匈奴の王父子に凌辱され、故郷をしのびつつ異郷にひとり死んだ。なま臭い食に飽き、雁の翼をかりて故郷に消息を寄せようとした時、雁は彼女をふりかえらず、いま青塚といわれるその墓のあたりには、雁はその影すら見えぬ。また、楚の霊王が細腰の美女を好んだとき、宮女らは、我こそ寵を得んとして、食をへらし食を断ち、ある者はそのために餓死したという。いまはしかしその離宮のあとを、野暮で無作法な北方の人が通りすぎるに過ぎない。

 ○盡 姿がつきる。無くなる。 ○青冢 〔せいちょう青塚〕青い草の生えている塚で、王昭君の陵墓をいう。王昭君の墓所には、冬でも青々と草が生えていた故事に因る。現・呼和浩特(フホホト)沙爾泌間の呼和浩特の南九キロメートルの大黒河の畔にある。杜甫の『詠懷古跡五首』之三とある。常建の『塞下曲』とある。白楽天も王昭君二首を詠う。李白は三首詠(李白33-35 王昭君を詠う 三首)っている。王昭君自身は、『昭君怨  王昭君 』 詳しくは漢文委員会「王昭君ものがたり」に集約して掲載。 ○路邊 道端の。 ○南雁 南の方の郷里である漢の地に飛んで帰るカリ。故郷への雁信。 ○盡 姿がつきる。無くなる。
 ○細腰宮:(春秋)楚の宮殿。『漢書・馬寥伝』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」からきている。
在位BC614~BC591。楚の穆王(商臣)の子。即位して三年の間、無為に過ごし、奢侈をきわめ、諫める者は死罪にすると触れを出した。激やせした状態の女性を好み、宮女たちは痩せるため、食を減らし、絶食する者もいた。そのため多くの宮女、侍女たちに餓死者が出た。皇帝のわがままによる宮女たちの悲惨な出来事をとらえている。
  ○細腰 温庭には『楊柳枝』「蘇小門前柳萬條,金線拂平橋。黄鶯不語東風起,深閉朱門伴細腰。」と詠われる美女の形容でもある。(紀頌之ブログ7月8日蘇小小) ○北人:北方人。春秋・楚は、長江流域にあった中国南部の大国。漢民族の故地である黄河流域の中原とは、『楚辭』に象徴されるように、異なった文明を持つ。その後漢は黄河流域に栄えるが、三国、五胡十六国、南北朝と、原・漢民族は南下し、その間、前秦北魏などが北方を制し、突厥が北方を伺った。(その後も金(女真人)、元(モンゴル人)清(女真→満洲人)という流れ)。「南風不競」という通り、「北人」には「征服者」という感じが籠もる。現・漢民族の外見的な特徴は、(「南人」と比べてのイメージとしてだが)背が高く、大柄(「南人」は小柄)。目が切れ長でつり上がっている(「南人」はぱっちりとした二重まぶたの目)。南朝の繊細華麗優美な文化に比べ北朝の武骨な文化を野暮なものとしている。 ・過:よぎる。通り過ぎる。

4 

此聲腸斷非今日、香灺燈光奈爾何。
 このように、聞く人の腸をねじれさせる宮女の悲歌は、今日この日に限ってのものではないのだ。
いわば悲運こそ、囲われる者の運命なのだから。ひとたび、消えうせた香炉のかおり、燃えつきた灯火は、再び香らず、再び輝きはしない。それ故に、怨みの歌声のいかに悲しかろうと、一端、寵愛を失えば、もはやそれをどうする術もありはしないのだ、歌っている薄幸の宮女よ。

 ○此聲:元、しかるべき地位にあった女性の淪落後の歌声。 ○腸斷:非常な悲しみを謂う。 ○非今日:今日だけではない。 ○香灺:香が燃え尽きる。 ○灺 しゃ ともしびの燃え残り。蝋燭の余燼。 ・燈光 ともしびが輝く。ここは、「燈殘」ともする。 ○奈爾何 あなたをどうしようか。 ○奈何 どのようにしようか。 ○爾 なんぢ。女性を指すか。香を指すのか。



李白の詩 連載中 7/12現在 75首

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李商隠 2 房中曲

李商隠 2 房中曲 五言律詩

房中曲
薔薇泣幽素、翠帯花銭小。
庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい
嬌郎癡若雲、抱日西簾暁。
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。
枕是龍宮石、割得秋波色。
この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
玉箪失柔膚、但見蒙羅碧。
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。
憶得前年春、未語含悲辛。
思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。
帰来已不見、錦瑟長於人。
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。
今日澗底松、明日山頭檗。
今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
愁到天地翻、相看不相識。
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。


庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。

この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。

思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。

今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。

房中曲
○房中曲 言葉の意味は私室の中の歌ということ。漢の高祖劉邦(紀元前247~195年)の時、その妃唐山夫人が房中詞を作り、また漢の武帝劉傲(紀元前157~87年)の時に房中歌という歌曲があった。それは周の房中楽に基づくのだという。3年で喪が開ける。表だっての派手な行動ははばかられる時期。851年李商隠四十歳頃の作。

薔薇泣幽素、翠帯花銭小。
庭の薔薇の花は人恋しさに寂しさに泣き、秋の露に濡れて細い緑の葉に包まれて咲く花は花びらの銭のように小さい。
○泣幽素 幽素は人知れずひっそりと。素は飾りけのないことであり、色が白いこと。南北朝の劉昼の「春の花は日を見て笑うに似て、秋の露は滋くして泣くが如し。」とみえる。○花銭小 薔薇の花が銅貿のように小さいことをいう。

嬌郎癡若雲、抱日西簾暁。』
若さを保ってる私は恥ずかしながら雲のように、太陽を抱きつつ 西の簾さえ暁にしらむまで抱いている。
○嬌耶 まだまだ若さを保った男。自分のことを言う。○抱日 雲が帆を包み抱く。

枕是龍宮石、割得秋波色。
この枕は龍宮の石、その輝きは 秋の揺らめく波の色をさそう。
○龍宮石 石枕のことを龍宮石というが、この龍宮が水の中の宮殿。龍宮は次の秋波につながる。そして秋波は蒙羅の碧という言葉を呼び起こす。波は男女の行為を言う。
 
玉箪失柔膚、但見蒙羅碧。』
玉の箪(むしろ)のうえに柔肌はないが、いまはただうすぎぬの肌着があるだけだ。
○玉箪 箪はたかむしろ。もと竹で作る。 ○蒙羅 うす絹のかけ布団。あるいは、うすぎぬの机着。

憶得前年春、未語含悲辛。
思い起こせば前年の春だ、旅立つ別れに何にも話さないのに悲しくて辛そうにしていた。

帰来已不見、錦瑟長於人。』
帰ってみればもうお前はいない。錦の絵が描かれている大きな琴は人の背丈がそこにある。
○長於人 大琴の長さが人の背たけほどの長さで、そこにあるということ。


今日澗底松、明日山頭檗。
今日は谷川そこまで生い茂っている松の木、明日には 山頂のミカンの木。
○今日澗底松 澗は谷川。松は、万木枯れてのち松の青きを知るというように、不変なものを象微する樹。○明日山頭檗 明日は山頂のミカンの木。檗はミカンの木。

愁到天地翻、相看不相識。』
愁は天と地のひるがえり、また出逢っても互いにだれかわからなくなるぐらい歳をとるまで続く。




 この詩は約一年半前に別れ旅立っている間に死んだ妻を偲んで詠ったものとされているものですが、人の大きさの琴は、宮廷の芸紀、地方政府の宮廷の芸妓、などが使っていたもの。そして、綺麗な石枕⇔竜宮⇔秋波⇔玉箪⇔柔膚⇔蒙羅 と男女の営みの語字を使い、そして、行為を次々連想させ、広げさせてくれる。 作者の寂しさは誰に向けられたものなのか。

李商隠の詩は、こうした独特の世界を広げてくれます。

○韻 小、暁 /色、碧 /辛、人 /檗、識

四句ごとに韻を変えている、絶句(四句)が四つで、聯は対句をなし、律排詩にに構成されている。それそれを絶句としてみるとこの詩が妻の死を悲しむ歌なんかじゃなくて、巧みに字、語、句を配置させ、四句ごとに転韻させ、それぞれ意味が全く違うもので詩が出来上がったいる。初めrの四句「起」庭の素肌の白い花(女)と太陽(女)小銭のような花びら(女)、翠帯(男)雲(男)という暗号のように、男女を示す。つづく「承」は竜宮城から始まる男女の行為を連想させます。「転」で一転して帰ってみたら女の人はいなかった。「結」で人生はいろいろある。橋だけでも楽しもうよ。後にお互い年を取って誰だかわからないっということでもいいじゃないか。

薔薇 幽素に泣き、翠帯 花銭 小さく。
嬌郎は癡(おろか)なること雲の若く、日を抱く 西簾(せいれん)の暁。』
枕は是 龍宮の石、割き得たり 秋波の色を。
玉箪(ぎょくてん)柔膚を失し、但 見る蒙羅の碧き。』
憶 得る 前年の春、未だ語らずして 悲辛を含む。
帰り来れば 已に見えず、錦瑟 人よりも長し。』
今日 澗底の松、明日 山頭の檗。
愁は到らん天と地の翻(ひるがえり)、相看る相識らざるまでに。』

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