漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

悲恋

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

陸游 麗わしの人、唐琬。(2) 釵頭鳳

陸游 麗わしの人、唐琬。(2)


われわれは、麗しの人、唐琬(1)で陸游たちの離婚は「政略結婚を推し進められたもの」とういう仮説を立てた。それに基づいて陸游の詩7編を見ていくことにしたのである。(1)ではここに立てた仮説の方が分かりやすいという結果になった。
詩題の結び、「凄然として感有り」は、①若き日を回想して甘い感傷にふけっているのではなく、②無惨な破局に終わったことを思い出す胸の痛みを表わしているのでもなく、③特に其一には、性と情交、閨に関した語句でつづられている、無理やり引きはがされたとしても仲が良すぎて引き離すのは理屈に合わない。これでは、本人陸游は意外とさばさばしている感がする。したがって、これまでの「母の唐氏はどういうわけか自分の姪でもあるこの嫁が気に入らなかった。一説によれば、あまり仲がよすぎて、科挙受験を目ざしている陸游が勉学をおろそかにしたため、などともいうが、さだかではない。とにかく諸書の記載の一致するところ、母夫人の気に入らず離縁されてしまった。陸游は、はじめのころ別宅に隠れてしのび逢いをしていたが、それも見つかってしまい、とうとう断絶してしまった。やがて陸游は王氏と再婚し、唐琬は宋の皇室と縁つづきの趙士程なる人物にあらためてとついだが、二人はたがいに忘れることができず、思いを胸のうちにひそめていた。そして、十年ほどを経たある日、二人は偶然再会することになる。」(中国詩人⑫村上哲見著P48)とされているが、我々はこれでは別れた原因に疑問が残り、十分な説明にはならないとした。この原因を、母親を巻き込んだ関係者の政略と仮説した。


紹興の東南隅、禹跡寺の隣に、沈氏の庭園があった。唐宋のころ、仏寺・通観(道教の教会)や富豪の庭園は、花見のシーズンになると士族らに開放されるのが習わしであった。ある春の日、陸游はこの庭園に花見に出かけ、思いがけず別れた妻と出逢ったのだ。唐氏の夫は、陸游に酒肴を贈ったのだ。

唐氏らが去ったあと、陸游は庭園の壁に詞をしたためた。

釵頭鳳
紅酥手,黄縢酒,滿城春色宮牆柳。
紅色に染まった柔らかい部分に手をやる、黄色のわきでる酒、城郭一面が春景色で、宮殿の壁沿いの柳にも春が訪れた。
東風惡,歡情薄。
春風は、その時を思い浮かばせるからわるいし、歓びの思いが薄かった。
一懷愁緒,幾年離索。
思うことは一つ断ち切れない思いのさびしさ、幾年も、もとめあうことがなくなってる。
錯,錯,錯。

まじりあいたい。かわるがわるしたい。間違がったのか。

春如舊,人空痩,涙痕紅浥鮫綃透。
春の訪れは旧来のままである。人は空しく痩せてしまった。ひとのこころは、 空しくやせ衰えてしまった。
桃花落,閑池閣,山盟雖在,錦書難託,
桃の花が散る。静かな池の畔の建物。男女の深い契りあるとはいえ、思いをしたためた手紙は、もはや手渡すわけにはいかない。
莫,莫,莫。

あってはならない、やめよう、終わりにした

紅色に染まった柔らかい部分に手をやる、黄色のわきでる酒、城郭一面が春景色で、宮殿の壁沿いの柳にも春が訪れた。
春風は、その時を思い浮かばせるからわるいし、歓びの思いが薄かった。
思うことは一つ断ち切れない思いのさびしさ、幾年も、もとめあうことがなくなってる。
まじりあいたい。かわるがわるしたい。間違がったのか。

春の訪れは旧来のままである。人は空しく痩せてしまった。ひとのこころは、 空しくやせ衰えてしまった。
桃の花が散る。静かな池の畔の建物。男女の深い契りあるとはいえ、思いをしたためた手紙は、もはや手渡すわけにはいかない。
あってはならない、やめよう、終わりにした



紅く 酥(やはら)かき手,
黄縢の酒,
滿城の春色  宮牆の柳。
東風 惡しく,歡情 薄し。
一懷の愁緒,幾年の離索。
錯,錯,錯。


春 舊の如く,
人 空しく 痩す,
涙痕 紅(あか)く 鮫綃  して 透る。
桃花 落ち,
閑かなる池閣,
山盟 在りと雖も,
錦書 托し難し,
莫,莫,莫!


酥手,黄縢酒,滿城春色宮牆
紅色に染まった柔らかい部分に手をやる、黄色のわきでる酒、城郭一面が春景色で、宮殿の壁沿いの柳にも春が訪れた。
紅酥手 ピンク色に染まった柔らかい手。  ・ ふっくらとして柔らかい。名詞;バター、チーズ等の乳脂肪を固めたもの。女性の局部。黄縢酒 黄色の酒。 ・縢 わく。わきでる。 ・滿城春色 城内一面が春景色。 ・宮牆柳 宮殿の壁沿いの柳。宮、牆、柳。この語は性交渉を暗示する語。 ・  壁。


風惡,情薄。

春風は、その時を思い浮かばせるからわるいし、歓びの思いが薄かった。
東風惡 春風がわるい。 ・東風 春風。思いを起させる風。 ・ わるい。春風は、その時を思い浮かばせるからわるい。だれだれを憎むとかいうのではない。
歡情薄 歓びの思いが薄かった。二人が夫婦として楽しく過ごした期間は短かった。


一懷愁緒,幾年離索。
思うことは一つ断ち切れない思いのさびしさ、幾年も、もとめあうことがなくなってる。 
一懷 思うことは一つ。 ・愁緒 さびしい(離別の)心情。緒 情緒。断ち切れない思い。幾年離索 どれだけ逢わずにいたことだろう。 ・離索 離別。別居。・索 なわ。もとめる。よめをもらう。さみしい。


錯,錯,錯。

まじりあいたい。かわるがわるしたい。間違がったのか。
・錯 まじりあう。かわるがわる。間違がった。



春如舊,人空痩,涙痕紅浥鮫綃透。
春の訪れは旧来のままである。人は空しく痩せてしまった。ひとのこころは、 空しくやせ衰えてしまった。
涙が頬紅を流して、薄絹までもに紅く滲み出てきた。 

涙痕 涙のあとがで流れて紅く。 ・紅浥 ひたす。うるおす。滲み(透り)。 ・鮫綃 肌着。 ・透 にじみ出る。


桃花
落,閑池閣,山盟雖在,錦書難託,

桃の花が散る。静かな池の畔の建物。男女の深い契りあるとはいえ、思いをしたためた手紙は、もはや手渡すわけにはいかない。
・山盟 男女の深い契り ・雖在 …が存在しているとはいても。・錦書 思いをしたためた文、手紙。 ・難托 託し難い。委託しにくい。手渡しにくい。


莫,莫,莫

あってはならない、やめよう、終わりにした
・莫 ・・・・・・なかれ。


「錯,錯,錯。」とか「莫,莫,莫」。の受け止め方、顔借により、この詩はかなり異なった解釈になるだろう。これまでの解釈は大前提に、①陸游が無理やり引き離された、②親がすべて決めてきた、③陸游には一途な思いがあった、④礼節の美徳、⑤貞操、⑤陸游は儒教の教えを守っていた、⑥母親の姪の唐琬、母親は自分の兄弟との子であるから自分の兄弟親戚関係が無茶な離婚をさせてもおかしくならないなどの前提条件があるから決めつけた解釈となっている。
 あるにはあったろうがそれほど強くはなかったのではないか。この詩の通りの気持ちであれば、別の手段はなかったのか疑問は残る。

 思い焦がれた気持ちで他の女性と一緒になり、他の男性と一緒になったのか。仲が良いだけで離婚させて何のメリットがあったのか。怒るのならその矛先が、なぜ、別れさせた母親に向かわないのか、なぜ10年も音信不通なのか、当事者でない場合なら、いくらでも恋しい思い、せつない思いを表現している。中国の詩で思いを表現する場合、他人のこころを借りて表現するはずである。
 この詩は「艶歌」であるから、艶を借りて、表現しているといえるが、艶=「遊び」であると考えれば、理解できる。後世、悲恋に仕立て上げられたものと考える。

 しかしはっきりしたことがある。それは、唐琬という女性は「麗しい人」であったということである。この庭園に来た人々に女性の「麗しさ」感じさせることが第一であったものと考える。


( 3)68歳の作につづく)

無題(鳳尾香羅薄幾重) 李商隠 20

無題(鳳尾香羅薄幾重) 李商隠 20
ほかの女性のもとにいる男のことをそれでも待っている女の気持ちを詠う。



無題
鳳尾香羅薄幾重、碧文圓頂夜深縫。
あなたのものとなった印に頂いた鳳凰模様の香わしい綾絹があり、それは幾枚重ねてもほとんど厚みの感じられないほどの薄さの極上もの。夜更けの閏でわたしひとり、うすみどりの文絹でいつでも交拝の礼を行なえるよう帳を縫っています。
扇裁月魄羞難掩、車走雷聲語末通。
いま、私は班婕妤のように、月魄に似せたまるい扇をつくったけれど、その扇であなたに送る風を私一人でおこしてもはずかしいだけです。門の前を雷のような音を立てて車が駆けるたびに、私の胸は踊るけれど、あなたの声は届かない。
曾是寂蓼金燼暗、断無消息石榴紅。
以前のあなたの愛が消えてから、豪華なともし火の燃えかすだけで暗くなり、私は寂しい思いで暮しております。今も、あなたからのお便りが途絶えてしまい、あなたのために作って置いた石榴酒が、私の体のほてりと同じように燃えるような紅の色をしているのです。
斑騅只繋垂楊岸、何処西南待好風。

家のそばのしだれ柳の川岸に、まだら毛の馬がひく車もなく繋ぎっぱなしになっています。あなたからおたよりがあったなら、西南の突風のように飛んであなたの腕の中に飛び込みたい。何処にいるの。

あなたのものとなった印に頂いた鳳凰模様の香わしい綾絹があり、それは幾枚重ねてもほとんど厚みの感じられないほどの薄さの極上もの。夜更けの閏でわたしひとり、うすみどりの文絹でいつでも交拝の礼を行なえるよう帳を縫っています。
いま、私は班婕妤のように、月魄に似せたまるい扇をつくったけれど、その扇であなたに送る風を私一人でおこしてもはずかしいだけです。門の前を雷のような音を立てて車が駆けるたびに、私の胸は踊るけれど、あなたの声は届かない。
以前のあなたの愛が消えてから、豪華なともし火の燃えかすだけで暗くなり、私は寂しい思いで暮しております。今も、あなたからのお便りが途絶えてしまい、あなたのために作って置いた石榴酒が、私の体のほてりと同じように燃えるような紅の色をしているのです。
家のそばのしだれ柳の川岸に、まだら毛の馬がひく車もなく繋ぎっぱなしになっています。あなたからおたよりがあったなら、西南の突風のように飛んであなたの腕の中に飛び込みたい。何処にいるの。


(下し文)無題
鳳尾ほうびの香羅こうら 薄きこと幾重ぞ、碧文へきぶんの円頂えんちょう 夜深に縫う
扇は月魄げつはくを裁つも羞はじらいおおい難く、車は雷声を走らすも語末だ通ぜず
曾て是 寂蓼せきりょう 金燼きんじん暗く、断えて消息無く石榴せきりゅう紅なり
斑騅はんすい 只だ繋ぐ 垂楊すいようの岸、何の処か 西南好風を持たん

無題
○芸妓の現実には結ばれぬ関係、待っていてもほかの女性のもとにいる男のこと表に出さない嫉妬心を抱いた女性を、嫁入支度をととのえて待つ女性の焦躁に託して歌ったもの。清の程夢星の評に「古人云う。士は己を知る者の為に死し、女は己れを悦ぶ者の為に容づくる(史記の言葉)。故に女子に仮借して以て詞を為す。」とある。女性をセックスの対象とだけ考えられている時代の詩である。嫁入りを待つ女性と、閨で待つ女性の気持ちが同じというところからこの詩を見なければ理解できないのだ。

鳳尾香羅薄幾重、碧文圓頂夜深縫。
あなたのものとなった印に頂いた鳳凰模様の香わしい綾絹があり、それは幾枚重ねてもほとんど厚みの感じられないほどの薄さの極上もの。夜更けの閏でわたしひとり、うすみどりの文絹でいつでも交拝の礼を行なえるよう帳を縫っております。
鳳尾羅 鳳凰の模様のあるうすぎぬ。六朝時代につくられた道教の経典「黄庭内景経」に「盟(ちか)うに金簡鳳文の羅四十尺を以てす。」とある。○碧文円頂 南宋の程大昌の「演繁露」によると、唐の時代、婚礼の時、長い帳を柳の樹にめぐらせ、青いテントを張って四阿のようにつくり、そこで交拝の礼を行なったという。つまり、婚礼用の式幕をいう。

扇裁月魄羞難掩、車走雷聲語末通。
いま私は班婕妤のように、月魄に似せたまるい扇をつくったけれど、その扇であなたに送る風を私一人でおこしてもはずかしいだけです。門の前を雷のような音を立てて車が駆けるたびに、私の胸は踊るけれど、あなたの声は届かない。
扇裁月魄  漢の成帝劉鷔(紀元前51-7年)の宮人班婕好が趙飛燕のために寵を奪われて作ったという怨歌行に「裁ちて合歓の扇を為る。団として明月に似たり。」とあるのをふまえる。月魄は月の陰の部分。○羞難掩 東晋時代の歌謡、団扇郎歌に「憔悴して復た理むる無し。羞ず郎と相い見ゆるを。」と云う句があるのを利用している。中国の婚礼の儀式のときには、侍童が扇をかざして花嫁の顔を扇ぐものなのである。○雷声 いかずちの響き。それが車輪の音に似ていることをいう。漢の司馬相加(紀元前179-117年)の長門賦に「雷隠隠として響起り、声は君の車の音に象たり。」とある。

曾是寂蓼金燼暗、断無消息石榴紅。
以前のあなたの愛が消えてから、豪華なともしびの燃えかすだけで暗くなり、私は寂しい思いで暮しております。今も、あなたからのお便りが途絶えてしまい、あなたのために作って置いた石榴酒が、私の体のほてりと同じように燃えるような紅の色をしているのです。
金燼 豪華なともし火の燃えかす。○石榴紅 石榴は酒の名。赤ぶどう酒のような色。唐の姚思廉の「梁書」に、扶南国のある国に酒の樹があり、その樹は安石榴に似ている。花汁を数日甕に入れておくだけで酒となるのだという記事が見える。その注記に、石榴酒は合歓に喩えしと。なお程夢星は、梁の元帝蕭繹(未詳―554年)の烏棲曲をひいて石榴裾(婦人のもすそ)のこととしている。

斑騅只繋垂楊岸、何処西南待好風。
家のそばのしだれ柳の川岸に、まだら毛の馬がひく車もなく繋ぎっぱなしになっている。あなたからおたよりがあったなら、西南の突風のように飛んであなたの腕の中に飛び込みたい。何処にいるの。
斑騅 斑ら毛の馬。別の無題詩に「斑騅は嚬断す七香車」という句がある。七香車は七つの香木で作った車。○西南待好風 魏の曹植(192一232年)の七哀詩に「願くは西南の風と為り、長く逝きて君のの懐に人らん。」という一節のあるのを想起すべき句。好風を待つとは、早くたよりを得て、女性が思い人の元に駆けよりたく願っております、ということを意味すると思われる。


同様の趣に 、謝朓の『玉階怨』「夕殿下珠簾,流螢飛復息。長夜縫羅衣,思君此何極。」や、 李白の『怨情』「美人捲珠簾,深坐嚬蛾眉。但見涙痕濕,不知心恨誰。」がある。    

<参考>
怨詩  班婕妤 
新裂齊紈素,皎潔如霜雪。
裁爲合歡扇,團團似明月。
出入君懷袖,動搖微風發。
常恐秋節至,涼風奪炎熱。
棄捐篋笥中,恩情中道絶。

  新たに裂きやぶっているのは斉の国産の白い練り絹、練り絹の穢れない清い白さは、霜や雪のようだ。
裁断して、合歡の扇を作っている。丸くして明月のようにしたわ。
あなたさまの胸ふところやソデに出たり入ったりしたい。搖動かして、そよ風を起こすの。
でもいつも秋の季節が来ることを恐れているの。涼しい風が、この情熱を奪ってしまうから。
捨てられる、籠の中になげすてられるわ。私への愛が、もう絶えてしまったの。

李商隠 10 無題(重幃深下莫愁堂) 題をつけられない詩。

李商隠 10 無題(重幃深下莫愁堂) 題をつけられない詩。
恋していることが辛いこと、どうしようもない恋。

無題
重幃深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
直道相思了無益、未妨啁悵是清狂。

無益な恋に悩む自からを憐れむ歌。
幾重ものとばりを深くおろし、外と遮断された豪華なやしきの奥深いところ、そこには、むかしの洛陽の美女莫愁(ばくしゅう)の奥座敷に匹敵する座敷がある。人が寝静まった、静寂で清々しい夕べの一時がそこに連綿とつづいていく。
楚の懐王と高唐で契った神女の一生、それは夢のうちに過ぎたものであった。それと同じに、あなたと一夜を共にし、それが一生にも感じたことが、すべて夢であったというのか。むかし、小姑のところには男がおりませぬ、と歌って、束の間に姿を消した仙女のように、今はもう、冷たくあしらって私をよせつけなくなった。
風波のはげしさは、庭の池に咲く菱花のひ弱な枝にとって、とうてい凌ぎ切れないものだ。澄んだ空に月光、冴える今宵、一面に降りた露、桂の香もおとろえたものを、誰が芳しく匂わせることができよう。恋しい女のかおりも、私とは無縁に衰えるのだろうか。
このままあなたを恋し続けたとしても、もう無益なことだと分ってきたつもり、いうならいってもいいと思っている。だけど、失われた恋の悲しみにこだわるその嘆きそのものが、清新の心に突き進むことであってもいいわけなのだ。

無題(くだしぶん)
重幃 深く下す 莫慾の堂、臥後清宵 細細として長し
神女の生涯原と是れ夢、小姑の居処本と郎無し
風波は信ぜず菱枝の弱きを
月露 誰か桂葉をして香しからしめん
直え相思了に益無しと遣うも
未だ妨げず 悔恨は是れ晴狂なるを

無題
○無益な恋に悩む自からを憐れむ歌。

重幃深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
幾重ものとばりを深くおろし、外と遮断された豪華なやしきの奥深いところ、そこには、むかしの洛陽の美女莫愁(ばくしゅう)の奥座敷に匹敵する座敷がある。人が寝静まった、静寂で清々しい夕べの一時がそこに連綿とつづいていく。
○重幃 幾重ものとばり。○莫愁 古くから楽府に歌われる郢州(湖北省)石城の美女の名であるが、李商隠は梁の武帝蕭衍(464-549)の楽府によると蘆氏に嫁いだ洛陽の女児のこと。○堂 座敷。○清宵 清々しい宵、秋の夕べ。

紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
楚の懐王と高唐で契った神女の一生、それは夢のうちに過ぎたものであった。それと同じに、あなたと一夜を共にし、それが一生にも感じたことが、すべて夢であったというのか。むかし、小姑のところには男がおりませぬ、と歌って、束の間に姿を消した仙女のように、今はもう、冷たくあしらって私をよせつけなくなった。
○神女 楚の宋玉の高唐の賦及び神女の賦に登場する巫山の神女のこと。昔、楚の懐王が高唐の楼台に遊宴し、その昼寝の夢に神女と会って交わった。その神女は立去る時、「妾は巫山の陽におりますが、あしたには朝雲となり、碁には行雨となって、日夜、陽台の下におりましょう。」と言った。王が朝、眺めてみると、その言葉の通りだったという。○小姑 妹娘のこと。原注に、「古詩に小姑は郎無しの句有り。」という。その古詩とは、楽府神絃歌の青渓小姑曲のことで、ここでは梁の呉均の「続斉諧記」に出てくる齢若い仙女を指す。会稽の超文韶なる者と、つかのまの歌合せをして消え去ったという。○郎 思いをやるきみ。女性が男性を呼ぶ親称。


風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
風波のはげしさは、庭の池に咲く菱花のひ弱な枝にとって、とうてい凌ぎ切れないものだ。澄んだ空に月光、冴える今宵、一面に降りた露、桂の香もおとろえたものを、誰が芳しく匂わせることができよう。恋しい女のかおりも、私とは無縁に衰えるのだろうか。
○不信 まかせず。そのままに放っておかない。○月露桂樹 桂は木犀など香木の総称。月に生えている伝説上の木。優れたものの喩として使われるが、ここは、月の中の桂の葉の香しいであろう匂いも実際にはとどかない。女が自分にて手の到かねものとなったという意味である。

直道相思了無益、未妨啁悵是清狂。
このままあなたを恋し続けたとしても、もう無益なことだと分ってきたつもり、いうならいってもいいと思っている。だけど、失われた恋の悲しみにこだわるその嘆きそのものが、清新の心に突き進むことであってもいいわけなのだ。

○直道 直は詩語としてしばしばたとえ何何であってという仮設の語となる。道はいう。 ○了 ついにとよむが、まったくの意。○清狂 俗世間を「濁」とし、清新社会を「静」とする。狂はもっぱらする。没頭することの意味で使うが、志が大きいけれど、その通りにならないという意味でもある。


 芸妓は宮廷、官妓、民妓、商妓、家妓とあり、また異種的な巫女(神女)も同様に女性の働き場のない時代の唯一の働き場であった。中国にあった纏足もこれらを背景に唐時代からの流行となったものだ。「素足」の女という表現で足にセックスアピールしていたのだ。白く小さな脚ほど喜ばれた。

 李商隠の生きたこの時代は、朝廷内の風紀は乱れ、朝廷も宦官たちの采配でほとんど決まっていた。宦官は道教と結託しており皇帝は全くの飾り物となっていた。
 朝廷の改革などできる状態ではなく、政治批判に近い表現もできるものではなかった。

 李商隠の『無題』シリーズの一首、一首はそれ其れの芸妓が哀れにも吐き捨てられていったことを芸妓の側から、恋歌として表現したものである。
 無益な恋、為さぬ恋、・・・理不尽な、わが身勝手な行為を批判したものなのだ。ただ、自分が経験したものでなく、見聞きしたものから作詩しているのと登場人物を特定できないようにしているため難解になる傾向にある。

李商隠 9 無題(相見時難別亦難) 題をつけられない詩。

悲恋を詠う詩人・李商隠 9 無題(相見時難別亦難) 題をつけられない詩。
誰からも祝福されない、二人の恋を支え応援してくれる人のいない悲恋を詠う。
七言律詩





無題
相見時難別亦難、東風無力百花残。
顔をあわせる機会も容易にもつことのできない間柄、会えば別れが一層つらい。だけど、どんなに別れ難いけど、やはり別れることになる。春の風は力無く、けだるく吹き、どの花すべてが、盛りをすぎてきて、形骸をとどめるだけだ。恋の終末にふさわしい風景なのだろう。
春蚕到死絲方盡、蝋炬成灰涙始乾。
春の蚕が死ぬその時まで細く美しい絹糸を吐き続けるように、私の思いはいつまでも細細と続いている、たらたらと雫を垂れる蝋燭が、燃え尽きてすっかり灰になりきるまで、蝋の涙を流しつづけるように、別れの悲しみはこの身の果てるまで続けてく。
暁鏡但愁雲鬢改、夜吟應覚月光寒。
あなたはどうしているのか? 朝の化粧をしようとして、鏡に姿をうつしながら、雲鬢の黒髪をきちんと整える。夜には、私の贈った詩を吟じながら、月光の寒々とした景色に、秋を感じて悲しむことだろう。
蓬山此去無多路、青鳥殷勤為探看。


蓬莱山の仙人の住む至楽の園は、私のいまいる所から、何ほどの距離もない。別れねばならぬとはいえ、あなたは同じ都の中にいる。恋の使いをするという青い鳥よ。せめて彼女と情を交わしたい、どうか誰にもきづかれず看さだめてきてくれないか。

(無題)
相見る時難く別わかれるも亦難し、東風は力無く百花 残(そこな) う。
春蚕 死に到たりて、糸方に尽き、蝋炬 灰と成り、涙 始めて乾く。
暁鏡に 但 愁 雲鬢を改め、夜に吟ず 応に覚える、月光の寒
蓬山 此より去ること多路無し、青鳥 殷勤 探り看ることう為さん。

海棠花021


『無題』 現代語訳と訳註
(本文)

無題

相見時難別亦難、東風無力百花残。

春蚕到死絲方盡、蝋炬成灰涙始乾。

暁鏡但愁雲鬢改、夜吟應覚月光寒。

蓬山此去無多路、青鳥殷勤為探看。


(下し文)

無題
相見る時難く別わかれるも亦難し、東風は力無く百花 残(そこな) う。
春蚕 死に到たりて、糸方に尽き、蝋炬 灰と成り、涙 始めて乾く。
暁鏡に 但 愁 雲鬢を改め、夜に吟ず 応に覚える、月光の寒
蓬山 此より去ること多路無し、青鳥 殷勤 探り看ることう為さん。


(現代語訳)

祝福されぬ恋の悲しみを歌う。

顔をあわせる機会も容易にもつことのできない間柄、会えば別れが一層つらい。だけど、どんなに別れ難いけど、やはり別れることになる。春の風は力無く、けだるく吹き、どの花すべてが、盛りをすぎてきて、形骸をとどめるだけだ。恋の終末にふさわしい風景なのだろう。

春の蚕が死ぬその時まで細く美しい絹糸を吐き続けるように、私の思いはいつまでも細細と続いている、たらたらと雫を垂れる蝋燭が、燃え尽きてすっかり灰になりきるまで、蝋の涙を流しつづけるように、別れの悲しみはこの身の果てるまで続けてく。

あなたはどうしているのか? 朝の化粧をしようとして、鏡に姿をうつしながら、雲鬢の黒髪をきちんと整える。夜には、私の贈った詩を吟じながら、月光の寒々とした景色に、秋を感じて悲しむことだろう。

蓬莱山の仙人の住む至楽の園は、私のいまいる所から、何ほどの距離もない。別れねばならぬとはいえ、あなたは同じ都の中にいる。恋の使いをするという青い鳥よ。せめて彼女と情を交わしたい、どうか誰にもきづかれず看さだめてきてくれないか。
朱槿花・佛桑華

(訳注)

○無題 題知らずと題して、祝福されぬ恋の悲しみを歌う。

相見時難別亦難、東風無力百花残。
顔をあわせる機会も容易にもつことのできない間柄、会えば別れが一層つらい。だけど、どんなに別れ難いけど、やはり別れることになる。春の風は力無く、けだるく吹き、どの花すべてが、盛りをすぎてきて、形骸をとどめるだけだ。恋の終末にふさわしい風景なのだろう。
東風 春の風。李商隠「無題」颯颯東風細雨來﹐芙蓉塘外有輕雷。参照。李白「早春寄王漢陽」昨夜東風入武昌とつかう。
百花残 残は衰え滅ぼす。そこなう。


春蚕到死絲方盡、蝋炬成灰涙始乾。

春の蚕が死ぬその時まで細く美しい絹糸を吐き続けるように、私の思いはいつまでも細細と続いている、たらたらと雫を垂れる蝋燭が、燃え尽きてすっかり灰になりきるまで、蝋の涙を流しつづけるように、別れの悲しみはこの身の果てるまで続けてく。
春蚕 春の蚕。カイコは4回脱皮しさなぎとなり、絹糸をはき繭を作るが春に孵化して娥となり、産卵して死ぬ。死ぬ間際の時期ととらえる。
絲方盡 方は、その時になってはじめての意味。(絲)は(思)と同音の掛けことばである
○蝋炬
 ろうそくのこと。なお蝋のしずくを涙にたとえ、悶え悲しむ涙、とか、故郷を憶涙を誘うものとして使用する。ここでは、蝋燭の燃えるのは、恋の思い、蝋の立たれたしずくはやるせない恋の涙となる。


暁鏡但愁雲鬢改、夜吟應覚月光寒。
あなたはどうしているのか? 朝の化粧をしようとして、鏡に姿をうつしながら、雲鬢の黒髪をきちんと整える。夜には、私の贈った詩を吟じながら、月光の寒々とした景色に、秋を感じて悲しむことだろう。
暁鏡 昨夜もやるせない思いに眠れぬ夜を過ごして明けた朝、鏡は思いを示す。
雲鬢 美女の黒髪。雲は毛の美しくゆたかなこと。鬢はびんの毛。ぼこぼことして大きな髪型にするほど高貴な女性であった。
 あらためる。きちんとしてあらため整える。


蓬山此去無多路、青鳥殷勤為探看。
蓬莱山の仙人の住む至楽の園は、私のいまいる所から、何ほどの距離もない。別れねばならぬとはいえ、あなたは同じ都の中にいる。恋の使いをするという青い鳥よ。せめて彼女と情を交わしたい、どうか誰にもきづかれず看さだめてきてくれないか。
蓬山 東方はるか海中にある三仙山の一つ蓬莱山(瀛州山、方丈山)。仙人のすまいのこと。
青鳥 仙界とのなかだちをするという青い鳥、恋の使者である。仙女西王母の使いの鳥。杜甫「麗人行」にもある。お誘いの手紙を届けるものを指す。
殷勤 丁寧に、ねんごろに。男女の情交。
探看 探はさぐる、肴は気をつけてみること。


○悲恋を表す言葉。百花残 春蚕 蝋炬 暁鏡 殷勤 
○韻  難、残、乾 寒、看。
蛺蝶02
(無題)
相見る時難く別わかれるも亦難し、東風は力無く百花 残(そこな) う。
春蚕 死に到たりて、糸方に尽き、蝋炬 灰と成り、涙 始めて乾く。
暁鏡に 但 愁 雲鬢を改め、夜に吟ず 応に覚える、月光の寒
蓬山 此より去ること多路無し、青鳥 殷勤 探り看ることう為さん。



続きを読む
記事検索
livedoor 天気
記事検索
プロフィール

紀 頌之

Twitter プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ