漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)-500Ⅶ孟郊(東野)賈島張籍柳宗元韋応物

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

五言古詩

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <967>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3819韓愈詩-260-#3

韓愈《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫》 たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。


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《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <967  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3819韓愈詩-260-#3

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕 

作地點: 潯陽(江南西道 / 江州 / 潯陽

及地點:  江州 (江南西道 江州 江州)     

鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏     

岳州 (江南西道 岳州 岳州) 別名:沅湘     

湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城     

交遊人物: 李程

 

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

不枉故人書,無因帆江水。 

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

#2

別來已三望望長迢遞。 

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

咫尺不相聞,平生那可計。 

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

年皆過半百,來日苦無多。 

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

少年樂新知,衰暮思故友。 

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

#3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。

子犯亦有言,臣猶自知之。 

子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。

公其務貰過,我亦請改事。 

ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。

儻可收,願寄相思字。 

例えば、功を桑楡に収めてくれるようにしてくれて、今後もなお更のご厚情を下し賜るならば、どうか時々、相思の書簡詩文の「文字」をもって私に寄せられたいものである。

 

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

#2

別來 已に三望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。  

楸001 

 

『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』 現代語訳と訳註

(本文) #3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

公其務貰過,我亦請改事。 

儻可收,願寄相思字。 

 

(下し文)#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 儻【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。

 

(現代語訳)

たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。

それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。

子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。

ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。

例えば、功を桑楡に収めてくれるようにしてくれて、今後もなお更のご厚情を下し賜るならば、どうか時々、相思の書簡詩文の「文字」をもって私に寄せられたいものである。

泰山の夕日 

(訳注) #3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

たとえば親身の骨肉のものであっても、とにかく互いに可否し合うということがあるものだ。

相可不 互いに可否し合う。

 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

それに加えて我々は、生来愚鈍であって、人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせることが出来なかったからこのような関係になってしまったのだ。

實愚蠢 生来愚鈍であること。実際には、具屯な虫けらほどの者であること。へりくだった言い方。

降色辭 人並みに顔色を和らげ、言葉を低くして、調子を合わせること。

 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

子犯も行き届かなかったのは、私でさえ知っているといった通りで、私が不束なものであることは十分承知している。

子犯 中国春秋時代の晋の政治家狐偃(こえん)のこと。字は子犯。舅犯、または咎犯(どちらもきゅうはんと読む)と呼ばれる。狐偃は文公の覇業を大いにたすけた。周の襄王が叔帯の乱を避けて鄭に亡命し、諸侯にたすけを求めたが、権威の低下した周王室をあえてたすけようとする諸侯はいなかった。 狐偃は「君は王をたすけて民に義を示すべきです」と文公に進言したので、文公は兵を率いて王室の乱を平定した。

この功により晋は王室から温・原などの中央に近い地を賜り、これがのちの晋の大発展の礎となった。また、諸侯に先駆けて王室をたすけて義を示したことにより、晋の文公の名は天下に轟いた。

 

公其務貰過,我亦請改事。 

ということで、貴公におかれても枉げて(つとめて)、私の過失を許してもらいたいと思う次第で、私もすっかり、事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたいのだ。

務貰過 ・務:枉げて~、つとめて~。・貰過:過失を許してもらう。

請改事 事を改めて、交誼を全うしたいと思うところであるので、貴公にこれまでのことを忘れてもらいたい。

 

儻可收,願寄相思字。 

例えば、功を桑楡に収めてくれるようにしてくれて、今後もなお更のご厚情を下し賜るならば、どうか時々、相思の書簡詩文の「文字」をもって私に寄せられたいものである。

桑楡に収める。桑は東の畑に植え、楡の木の間に日が堕ちる。毎日コツコツと仕事に精を出す人生に喩える。1日の後半(午後遅く日が落ちてから夜まで)夕方 逢魔が時 暮相 夕景・黄昏をいう。

相思・長相思 綿の縁語。綿綿と長く続く意をとる。

『古詩十九首之第十八首』

客從遠方來,遺我一端綺。

相去萬餘里,故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。

著以長相思,緣以結不解。

以膠投漆中,誰能別離此?

古詩十九首之十八 漢の無名氏(18) 漢詩<106>Ⅱ李白に影響を与えた詩540 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1437

 蘇伯玉妻『盤中詩』

北上堂,西入階。急機絞,杼聲催。

長嘆息,當語誰。

君有行,妾念之。出有日,還無期。

結巾帶,長相思。君忘妾,未知之。

妾忘君,罪當治。妾有行,宜知之。

盤中詩 蘇伯玉妻 漢詩<141-#2>古詩源 巻二 女性詩579 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1554
云亭 

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <966>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3814韓愈詩-260-#2

韓愈《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫》君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。


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作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕 

作地點: 潯陽(江南西道 / 江州 / 潯陽

及地點:  江州 (江南西道 江州 江州)     

鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏     

岳州 (江南西道 岳州 岳州) 別名:沅湘     

湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城     

交遊人物: 李程

 

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

不枉故人書,無因帆江水。 

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

#2

別來已三望望長迢遞。 

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

咫尺不相聞,平生那可計。 

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

年皆過半百,來日苦無多。 

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

少年樂新知,衰暮思故友。 

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

詩人李白5x5#3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

公其務貰過,我亦請改事。 

儻可收,願寄相思字。 

 

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

#2

別來 已に三望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。 

洞庭湖鄂州02 

 

『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』 現代語訳と訳註

(本文) ##2

別來已三,望望長迢遞。 

咫尺不相聞,平生那可計。 

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

年皆過半百,來日苦無多。 

少年樂新知,衰暮思故友。 

 

(下し文)

別來 已に三,望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

 

(現代語訳)

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

韓愈の地図00 

(訳注) #2

別來已三望望長迢遞。 

君と別れてからもう三年になるが潮州から兗州と遠方にいた時分これを臨んでいても道程遠く隔てていたのである。

○已三 817年裴度の呉元濟討伐の行軍司馬となってから、819年「佛骨を論ずる表」で貶せらるまでの間、長安にいた。この詩が820年であるから三年であるから817年の交際で、この時言い争いをしている。

○望望 遠くから希望すること。

○長迢遞 道程遠く隔てていた

 

咫尺不相聞,平生那可計。 

こうして今、咫尺の地を通りかかってお目見聞できなかったならば平生の有様を話し合うこともできなかったのである。

○咫尺 1 距離が非常に近いこと。「―の間(かん)2 貴人の前近くに出て拝謁すること。

 

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

さて、会ってみると、君と私は昇進するひとと、罪貶などといろいろ違った環境ではあるが、わたしはは娥だんだん抜けてまさにことごとく抜け落ち、君はというと鬢の白髪が幾分目立つようになった。

 

年皆過半百,來日苦無多。 

お互いに年齢は五十を過ぎて、今後、来るべき日数は少なく、寿命がもう長くなくなって心細い感じなのである。

○過半百 百歳は詩的表現で50を超えれば百ということ。

○來日苦無多 今度、来るべき日ははなはだ少ない。

 

少年樂新知,衰暮思故友。

青年のころというのは、新たに知り合った人を楽しみにするものであるが、こうした老年になれば、昔馴染みの友人を慕わしく思うのが人情で、君との旧懐の念に堪えないのがしごく当たり前のことであった。

樂新知 楚辞九歌「樂莫樂兮新相知」とある。

《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260

韓愈《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〕》 盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。


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《除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <965>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3809韓愈詩-260

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫〔李程也。元和十五年,自袁州詔拜國子祭酒,行次盆城作。〕 

作地點: 潯陽(江南西道 / 江州 / 潯陽

及地點:  江州 (江南西道 江州 江州)     

鄂州 (江南西道 鄂州 鄂州) 別名:江夏     

岳州 (江南西道 岳州 岳州) 別名:沅湘     

湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城     

交遊人物: 李程

 

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

不枉故人書,無因帆江水。 

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

#2

別來已三望望長迢遞。 

咫尺不相聞,平生那可計。 

我齒落且盡,君鬢白幾何。 

年皆過半百,來日苦無多。 

少年樂新知,衰暮思故友。 

#3

譬如親骨肉,寧免相可不。 

我昔實愚蠢,不能降色辭。 

子犯亦有言,臣猶自知之。 

公其務貰過,我亦請改事。 

儻可收,願寄相思字。 

 

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

#2

別來 已に三望望として長く迢遞【ちょうてい】たり。 

咫尺 相い聞かざれば,平生 那んぞ計る可き。 

我が齒 落ち且つ盡き,君の鬢 白きこと幾何ぞ。 

年 皆 半ば百を過ぎ,來日 苦だ多き無し。 

少年には 新知を樂しみ,衰暮には 故友を思う。 

#3

譬【たと】えば親骨 肉の如きも,寧ろ相い可不するをれんや。 

我 昔 實に愚蠢【ぐとう】にして,色辭【しょくじ】を降す能わず。 

子犯【しはん】も亦た言える有り,臣 猶お自ら之を知る。 

公 其れ務めて過【あやま】ちを貰【ゆる】せ,我も亦た請う事を改めん。 

 【も】し收む可くんば,願わくば相思の字を寄せよ。  

 嶺南道圖00

 

『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』 現代語訳と訳註

(本文) #1

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

不枉故人書,無因帆江水。 

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

 

(下し文)

官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す #1

盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。 

故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。 

故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。 

而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。 

 

(現代語訳)

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

洞庭湖鄂州02 

 

(訳注)

除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫 #1

(兗州の刺史を除官して新らしく國子祭酒を拝するために長安に向かう際江州に至って鄂岳刺史観察使の李程にこの詩を寄せる)

この詩は、821年元和十五年九月、韓愈が兗州から召し還されて、國子祭酒に拝せられようとした時、長安に帰るに江州に立ち寄って作ったものである。詩の内容から、李程があらかじめ、韓愈に書を送って、招いたので、韓愈は江州に立ち寄って会見しこの詩を贈った。

除官 故官を除去して新官に就くこと。

鄂岳李大夫 李程のこと。字は表臣。隴西の人。貞元十二年の進士。元和十三年四月禮部侍郎に拝し、六月鄂岳刺史観察使となる。

鄂岳大夫とは鄂岳観察使で「江南西道江州潯陽郡、鄂州江夏郡、岳州巴陵郡 、岳州沅湘郡 」『唐書地理誌』に属すとある。    

    

盆城去鄂渚,風便一日耳。 

盆城といわれている江州は江夏の鄂渚の港から風の都合がよければ一日という極めて便利なところにある。

盆城 湓城 (江南西道 江州 潯陽) 別名:盆城。 

鄂渚 現在の武漢。『楚辞』「九章、渉江」「乗鄂渚而反顧兮、欵秋冬之緒風。」(鄂渚に乗りて反顧すれば、ああ、秋冬の緒風なり。)

 

不枉故人書,無因帆江水。 

ちょっと寄り道にはなるけれど、我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば、舟に帆をかけて江水を渡ることなくそのまま行き過ぎたことだろう。

不枉 ちょっと寄り道にはなるけれど

故人書 我が旧友から前もって書簡を寄せられていなかったならば

 

故人辭禮闈,旌節鎮江圻。 

我が友、李程は近頃、朝廷の禮部省より出でて、旌節を賜って六月鄂岳刺史観察使となり、この江辺の要地を鎮撫することになり、まことに目覚ましい立身である。

禮闈 禮部侍郎に拝し、六月鄂岳刺史観察使となる

旌節 旌節を賜ったこと。

江圻 江辺の要地。江南西道江州潯陽郡、鄂州江夏郡、岳州巴陵郡 、岳州沅湘郡。

 

而我竄逐者,龍鐘初得歸。 

それに引き換え、わたしは、竄逐の身の上で、龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

竄逐者 罪を得て、潮州に貶められ、兗州に量移されたもので、この度朝廷にやっと召されて戻ることになったということを自嘲気味にいったもの。

龍鐘初得歸 龍鐘として、老いさらばえてしまい、この度やっとの思いで召し返されることとなった次第で、その相反することはまことに甚だしいものである。

《別趙子》#4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <951>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3739韓愈詩-246

韓愈《別趙子》#4 人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。


2014年2月12日 の紀頌之5つのブログ
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《別趙子》#4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <951  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3739韓愈詩-246

 

 

作時年: 819  元和十四年  52

卷 別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩 題: 別趙子〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕 

作地點: 揭陽(嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 〔揭陽,漢縣,屬南海郡,至唐為湘州。〕

及地點:  揭陽 (嶺南道東部 潮州 揭陽) ・袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春 【袁州。】    

交遊人物/地點: 趙德當地交遊(嶺南道東部 潮州 揭陽)

 

杏の花0055 

別趙子

(趙德君と別れる)

〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕

(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)

我遷於揭陽,君先揭陽居。

私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。

揭陽去京華,其里萬有餘。

潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。

不謂小郭中,有子可與

そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。

心平而行高,兩通詩與書。

心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。

#2

婆娑海水南,簸弄明月珠。

而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。

及我遷宜春,意欲攜以俱。

ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。

擺頭笑且言,我豈不足歟。

ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」

又奚為於北,往來以紛如。

「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」

(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)

#3

海中諸山中,幽子頗不無。

この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。
相期風濤觀,已久不可渝。

この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。

又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。

それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。

蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。

その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。

#4

識一已忘十,大同細自殊。

これらのことを調べかけたのであるが、一を知った時にはもう十のことを忘れてしまうし、大筋のことが同じであっても、細かい所では全く異なっているのは自ずからわかっているつもりであった。

欲一窮究之,時屢謝除。

だから、ぜひ、いちいち、心行くまで調べたいと思っていたのだが、歳月がしばしば移ってしまったのである。

今子南且北,豈非亦有圖。

しかし、君は一度南下して、この潮州に来られ、まだ一年もたっていないというのに、北に向かい、兗州に遷られるというのである。そのことはご自分にこの潮州の教育水準を揚げたいという意図があって北に行きたくないといわれるのは理解できることである。

人心未嘗同,不可一理區。

なるほど人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。

宜各從所務,未用相賢愚。 

それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。

 

(趙子に別る)

(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)

 

我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。

揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。

謂わざりき小郭の中,子が與にしむ可き有らんとは

心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。

 

海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す

我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。

頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。

又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。

 

海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。

風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。

又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。

蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。

 

一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。

一たび之を窮究せんと欲す,時 【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。

今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。

人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。

宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。 

toujidaimap 

 

『別趙子』 現代語訳と訳註

(本文) #4#4

識一已忘十,大同細自殊。

欲一窮究之,時屢謝除。

今子南且北,豈非亦有圖。

人心未嘗同,不可一理區。

宜各從所務,未用相賢愚。 

 

(下し文)

一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。

一たび之を窮究せんと欲す,時 屢【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。

今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。

人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。

宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。 

 

(現代語訳)

これらのことを調べかけたのであるが、一を知った時にはもう十のことを忘れてしまうし、大筋のことが同じであっても、細かい所では全く異なっているのは自ずからわかっているつもりであった。

だから、ぜひ、いちいち、心行くまで調べたいと思っていたのだが、歳月がしばしば移ってしまったのである。

しかし、君は一度南下して、この潮州に来られ、まだ一年もたっていないというのに、北に向かい、兗州に遷られるというのである。そのことはご自分にこの潮州の教育水準を揚げたいという意図があって北に行きたくないといわれるのは理解できることである。

なるほど人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。

それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。

 

DCF00212 

(訳注) #4

別趙子

(趙德君と別れる)

趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。

 

識一 已忘 ,大同 自殊

これらのことを調べかけたのであるが、一を知った時にはもう十のことを忘れてしまうし、大筋のことが同じであっても、細かい所では全く異なっているのは自ずからわかっているつもりであった。

 

欲一 窮究 之,時 屢謝除

だから、ぜひ、いちいち、心行くまで調べたいと思っていたのだが、歳月がしばしば移ってしまったのである。

 

今子 且北 ,豈非 亦有

しかし、君は一度南下して、この潮州に来られ、まだ一年もたっていないというのに、北に向かい、兗州に遷られるというのである。そのことはご自分にこの潮州の教育水準を揚げたいという意図があって北に行きたくないといわれるのは理解できることである。

「南」南の潮州に来たこと。。

「北」北の兗州に赴任すること

「豈非」是非。

「圖」この潮州の教育水準を揚げたいという意図。 

 

人心 未嘗 同,不可 一理 區。

なるほど人の心は、基より同じものではない、また、一理を以て区割するわけにいかない。

「一理」一つの真理と思える理屈、理論。

 

 宜各從所務,未用 相賢愚

それぞれの持っている志、勤めにしたがって、その天職を全うすればそれでよいのである。何も、互いに賢愚、良し悪しと甲乙を分けてこれを用いることなどないのである。

「賢愚」賢愚、良し悪しとなんでも甲乙に分けること。
韓愈の地図01 

《別趙子》#3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <950>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3734韓愈詩-245

韓愈《別趙子》#3この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。
 

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《別趙子》#3韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <950  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3734韓愈詩-245

 

 

作時年: 819  元和十四年  52

卷 別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩 題: 別趙子〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕 

作地點: 揭陽(嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 【案:揭陽,漢縣,屬南海郡,至唐為湘州。】

及地點:  揭陽 (嶺南道東部 潮州 揭陽) ・袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春 【案:袁州。】    

交遊人物/地點: 趙德當地交遊(嶺南道東部 潮州 揭陽)

 

 

別趙子

(趙德君と別れる)

〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕

(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)

我遷於揭陽,君先揭陽居。

私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。

揭陽去京華,其里萬有餘。

潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。

不謂小郭中,有子可與

そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。

心平而行高,兩通詩與書。

心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。

#2

婆娑海水南,簸弄明月珠。

而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。

及我遷宜春,意欲攜以俱。

ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。

擺頭笑且言,我豈不足歟。

ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」

又奚為於北,往來以紛如。

「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」

(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)

#3

海中諸山中,幽子頗不無。

この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。
相期風濤觀,已久不可渝。

この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。

又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。

それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。

蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。

その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。

#4

識一已忘十,大同細自殊。

欲一窮究之,時屢謝除。

今子南且北,豈非亦有圖。

人心未嘗同,不可一理區。

宜各從所務,未用相賢愚。 

蝦蟇02 

(趙子に別る)

我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。

揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。

謂わざりき小郭の中,子が與にしむ可き有らんとは

心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。

 

海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す

我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。

頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。

又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。

 

海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。

風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。

又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。

蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。

 

一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。

一たび之を窮究せんと欲す,時 【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。

今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。

人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。

宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。 

toujidaimap 

 

『別趙子』 現代語訳と訳註

(本文) #3

海中諸山中,幽子【案:隱士也。】頗不無。

相期風濤觀,已久不可渝。

又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。

蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。

 

(下し文)

海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。

風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。

又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。

蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。

 

(現代語訳)

この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。

この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。

それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。

その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。

 

(訳注) #3

別趙子

(趙德君と別れる)

趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。

 

海中 諸山 中,幽子 頗不無

この大海に面した潮州の近隣の諸山中には高士の隠遁者が随分いるという。

「海中」位置的な意味で、大海に面した潮州の近隣というほどのいみ。。

「幽子」隠遁者のことだが、この頃の隠遁者は奥地に家族とは言って普通の生活をするものが多く、自然の恵みを受ける地域は生活がしやすいという意味で、最高の土地であった。

「頗不無」韓愈の面白くない冗談。否定の否定。

 

相期 風濤 ,已久 不可 渝。

この者たちがここの海上の風濤を見学しようと約束したこともある。それも既久しく歳月を経過したしたのであるが、高士のものとの約束というのは決して反故にすることはないのである。

「期風濤觀」東シナ海の怒涛逆巻く景色を観察しようという約束。

「已久不可渝」ずいぶん時間経過しているけれど、儒者の約束は決して忘れるものではないという意味。。

 

又嘗疑 龍蝦 ,果誰 牙鬚

それから、ここ潮州には、また、様々な海産物があって、その中でも龍蝦は牙鬚の雄大なるを以て、誰もが承知していることなのである。

「龍蝦」龍と蝦。水生兩棲のもたち。

「牙鬚」齒とひげ。食べるものの全てのものというほどの意味。

 

蚌蠃 魚鱉 ,瞿瞿 以狙狙

その他、上は貝類、エビなど虫偏の甲殻類、から魚や亀類に至るものが、ククとして寄り、ソソとして集まっているところなのだ。

「蚌」語義類別:物、生物、動物專名(水生兩棲)、蝦(えび)(しじみ)(つび)(どぶがい)-蝦はカとも読み、エビのことです。

「蠃」蝦、えび。

「魚鱉」ぎょべつ、魚の合稱。

「蟲」語義類別:物、生物、動物指稱(泛稱)、蟲。

『史記・匈奴列伝』「元元萬民下及魚鱉上及飛鳥跂行喙息蠕動之類莫不就安利而辟危殆」【訓読】元元萬民、下は魚鱉に及び、上は飛鳥及ぶ、跂行喙息、蠕動之類にして、安利に就かざるはなく、而して危殆を辟く。【意味】元来すべての民はおろか、下は魚から上は鳥、虫けらやもぞもぞ動くものに至るまで、安心して生活することを望まないものはなく、危険は避けようとするものである。
韓愈の地図01 

《別趙子》#2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <949>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3729韓愈詩-244

《別趙子》#2韓愈「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)


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《別趙子》#2韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <949  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3729韓愈詩-244

 

 

作時年: 819  元和十四年  52

卷 別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩 題: 別趙子〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕 

作地點: 揭陽(嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 【案:揭陽,漢縣,屬南海郡,至唐為湘州。】

及地點:  揭陽 (嶺南道東部 潮州 揭陽) ・袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春 【案:袁州。】    

交遊人物/地點: 趙德當地交遊(嶺南道東部 潮州 揭陽)

 

 

別趙子

(趙德君と別れる)

〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕

(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)

我遷於揭陽,君先揭陽居。

私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。

揭陽去京華,其里萬有餘。

潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。

不謂小郭中,有子可與

そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。

心平而行高,兩通詩與書。

心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。

#2

婆娑海水南,簸弄明月珠。

而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。

及我遷宜春,意欲攜以俱。

ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。

擺頭笑且言,我豈不足歟。

ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」

又奚為於北,往來以紛如。

「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」

(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)

#3

海中諸山中,幽子【案:隱士也。】頗不無。

相期風濤觀,已久不可渝。

又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。

蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。

#4

識一已忘十,大同細自殊。

欲一窮究之,時屢謝除。

今子南且北,豈非亦有圖。

人心未嘗同,不可一理區。

宜各從所務,未用相賢愚。 

 

(趙子に別る)

我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。

揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。

謂わざりき小郭の中,子が與にしむ可き有らんとは

心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。

 

海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す

我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。

頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。

又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。

 

海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。

風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。

又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。

蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。

 

一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。

一たび之を窮究せんと欲す,時 【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。

今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。

人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。

宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。 

韓愈の地図01 

 

 

『別趙子』 現代語訳と訳註

(本文) #2

婆娑海水南,簸弄明月珠。

及我遷宜春,意欲攜以俱。

擺頭笑且言,我豈不足歟。

又奚為於北,往來以紛如。

 

(下し文)

海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す。

我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。

頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。

又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。

 

(現代語訳)

而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。

ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。

ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」

「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」

(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)

 

 

(訳注) #2

別趙子

(趙德君と別れる)

趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。

 

婆娑 海水 ,簸弄 明月

而も大海に面した南の僻地に婆娑としてうろついていて、名月の真珠の様な才徳をただもてあそんでおられる。

「婆娑」1 舞う人の衣の袖がひるがえるさま。「得意の事得意の人に遇えば―として起舞し」〈岡倉天心・狩野芳崖〉

ただ物の影などが揺れ動くさま。

「海水南」大海に面した南の僻地。

「簸弄」もてあそぶこと。

「明月珠」天文、月、月。真珠。趙子に対する誉め言葉。

 

及我 宜春 ,意欲 以俱。

ところが今や、我々は、兗州に量移されたことにより、君を携え、一緒にその地に行こうと思ったのだ。

「宜春」山東省兗州。(g-1)

 

 

擺頭 且言 ,我豈 不足 歟。

ところが君は、首を横に振って笑いながら言ったことは「現在のわれわれの職は格別なものではありません。自分にとっては採るに足らないものでしかないのです。」

「擺頭」首を横に振って。

 

又奚為於北 ,往來 以紛如。

「また、どうして、わざわざ北に向かって往来し、その上、身を粉にするめんどうなことを致さねばならないのか。」

(自分は欲得づくではなく、甘んじてこの地方の教育に従事し、それでこの一生を終えたとしても良いと考えており、他の場所に移ろうとは思わないのです。)

「北」語義類別:地、空間、方向、北。

「往來」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、來往。

朱槿花・佛桑華

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薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
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《別趙子》#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <948  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3724韓愈詩-243

 

 

作時年: 819  元和十四年  52

卷 別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩 題: 別趙子〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕 

作地點: 揭陽(嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 【案:揭陽,漢縣,屬南海郡,至唐為湘州。】

及地點:  揭陽 (嶺南道東部 潮州 揭陽) ・袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春 【案:袁州。】    

交遊人物/地點: 趙德當地交遊(嶺南道東部 潮州 揭陽)

 

 

別趙子

(趙德君と別れる)

〔趙子名德,潮州人。愈刺潮,德攝海陽尉,督州學生徒,愈移袁州,欲與俱,不可,詩以別之。〕

(趙子 名は德,潮州の人。愈 潮の刺たりしとき,德 海陽尉を攝し,州學の生徒を督す。 愈 袁州に移るとき,與に俱せんと欲すも,「可ならず」,詩以て之と別る。)

我遷於揭陽,君先揭陽居。

私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。

揭陽去京華,其里萬有餘。

潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。

不謂小郭中,有子可與

そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。

心平而行高,兩通詩與書。

心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。

#2

婆娑海水南,簸弄明月珠。

及我遷宜春,意欲攜以俱。

擺頭笑且言,我豈不足歟。

又奚為於北,往來以紛如。

#3

海中諸山中,幽子【案:隱士也。】頗不無。

相期風濤觀,已久不可渝。

又嘗疑龍蝦,果誰雄牙鬚。

蚌蠃魚鱉蟲,瞿瞿以狙狙。

#4

識一已忘十,大同細自殊。

欲一窮究之,時屢謝除。

今子南且北,豈非亦有圖。

人心未嘗同,不可一理區。

宜各從所務,未用相賢愚。 

 

(趙子に別る)

我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。

揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。

謂わざりき小郭の中,子が與にしむ可き有らんとは

心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。

 

海水の南に婆娑とし,明月の珠を簸弄【はろう】す

我が宜春【ぎしゅん】に遷るに及び,意 攜えて以って俱にせんと欲す。

頭を擺って笑い且つう言,我 豈に足らざらん歟【や】。

又 奚【なん】ぞ北に為さん,往來 以て紛如【ふんじょ】たり。

 

海中 諸山の中,幽子 頗ぶる無きにあらず。

風濤の觀を相い期し,已に久しくして渝【かわ】る可からず。

又 嘗て疑う 龍蝦【りょうか】,果して誰か牙鬚【がしゅ】に雄なる。

蚌蠃【ぼうら】魚鱉【ぎょべつ】の蟲【ちゅう】,瞿瞿【くく】以て狙狙【そそ】たり。

 

一を識って已に十を忘る,大は同じゅうして細は自ら殊【こと】なれり。

一たび之を窮究せんと欲す,時 【しばし】ば謝除【しゃじょ】す。

今 子 南し且つ北す,豈に亦た圖ること有るに非らざらんや。

人心 未だ嘗て同じからず,一理もて區す可からず。

宜しく各【おのお】の務むる所に從うべく,未だ相い賢愚【けんぐ】するを用いず。  

韓愈の地図01 

『別趙子』 現代語訳と訳註

(本文)

別趙子

我遷於揭陽,君先揭陽居。

揭陽去京華,其里萬有餘。

不謂小郭中,有子可與

心平而行高,兩通詩與書。

 

(下し文)

(趙子に別る)

我れ揭陽【けいよう】に遷り,君は先づ揭陽に居る。

揭陽 京華を去る,其の里 萬有う餘。

謂わざりき小郭の中,子が與にしむ可き有らんとは。

心 平らかにして行い高し,兩つながら詩と書とに通ず。

 

(現代語訳)

(趙德君と別れる)

私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。

潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。

そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。

心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。

 

(訳注)

別趙子

(趙德君と別れる)

趙子 趙德に當たる。蘇東坡『潮州韓文公廟碑』に進士とあるから、郷貢進士であったひと。

紅蓼00 

我遷 於揭陽 ,君先 揭陽

私が初めて潮州に左遷された時、君はそれに先立って、掲揚にいた。

「揭陽」 (嶺南道東部 / 潮州 / 揭陽) 揭陽は漢の縣で,南海郡に屬す,唐に至りて湘州の治と為す。廣州記に言う、「大庚,始安、臨賀、桂陽、揭陽を五嶺と為す。」五嶺(湖南から福建広東にある山、大庚・始安・臨賀・桂陽・掲陽の五嶺山脈)西から東の順に、越城嶺(えつじょうれい)、都龐嶺(とほうれい)、萌渚嶺(ほうしょれい)、騎田嶺(きでんれい)、大庾嶺(だいゆれい)の五つの山並みが組み合わさっているためこの名がある。唐朝の宰相・張九齢が大庾嶺を切り開いて「梅関古道」を築いて以後、嶺南地区の開発がようやく進んできた。また古代以来の中国の統治者たちは南嶺を行政区画を作る上で利用してきており、南嶺は諸省区の境界線および辺縁の地となってきた。

 

揭陽 京華 ,其里 有餘

潮州は長安を去ること、万里以上もあり、まことに僻遠の偏地である。

「揭陽」地名、行政地名、揭陽。

「京華」京師。 都、長安。

「萬有餘」荘子逍遥遊編「衆人皆有餘」に基づく。

 

不謂 小郭 ,有子 可與

そんな小さな城郭の中に、君のごとく共に語るに足る人がいることは、まことに予想せぬことである。

「小郭」小さな城郭。

「可與樂活動、樂。 詩経 鄭風「聊可與」とある。

 

心平 而行 ,兩通 與書

心を平穏にして行いを高くするそして、詩経と書経の両經に精通していて、立派に学問の根底ができている。

「心平而行高」、心神氣力の狀態をいう。

「兩通」両經に精通する。立派に学問の根底ができている。

「詩與書」詩經と尚書(書経)。
2蜀の山00 

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <932>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3644韓愈詩-241-#4

韓愈《答柳柳州食蝦蟆》それなのに君はまたどうしたことだろうか、甘いものを食べるのと高級な肉料理とくらべて喜んで食べているということを。孟子も言っている、「狩猟の獲物をくらべるのでも土地の風俗に同調しょうとつとめるもの」だし、親からもらったこの身を全うするのこそ孝行である。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《東都賦》(17)#9-2 文選 賦<113―17>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1019 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3643
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《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <932>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3644韓愈詩-241-#4
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <932  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3644韓愈詩-241-#4

 

 

三度の嶺南行
一度目は779年12歳のころ。
二度目は803年 36歳陽山の県令に貶められる。
三度目は今回819年潮州刺史に、52歳。
 

 

答柳柳州食蝦蟆 #1

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

蝦蟆雖水居,水特變形貌。 

蝦蟆は水のなかに棲むものだが、水に棲む動物のなかでも特に変わった形をしている。

強號為蛙蛤,於實無所校。 

強いて蛙を水属のなかに入れているが、実際はほかに似たものがないのだ。

雖然兩股長,其奈脊皴皰。 

二本の脚は長いが、背中のいぼいぼはどうしようもない。

跳躑雖云高,意不離濘淖。

跳び上がるのは高いけれども、心はぬかるみから離れてはいないのだ。

#2 

鳴聲相呼和,無理只取鬧。 

鳴き声は呼びあって合唱し、筋みちも何もなく、ただやかましいだけだ。

周公所不堪,灑灰垂典教。 

周公もそのうるさいのに耐えかねたのであろう、灰をかけることをわざわざ教えとして垂れたもうた。

我棄愁海濱,恆願眠不覺。 

私は聖天子から見捨てられ、こうして、潮州の海浜で憂愁の日々を送っている。いつも願うのは、一度眠りこんだら目がさめないことだ。

叵堪朋類多,沸耳作驚爆。

ところがえびばく蝦蟇は同類が多くて、沸きかえるほどに爆竹の音を耳に響かせるような鳴き声をたてるのにはやりきれない。

#3 

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

たしかにこれは妙なる音楽の音色をもだめにしてしまうほどのものであり、しかもうまい具合に学校で読書する声をもかき乱してしまうものだ。

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

越王句践のあいさつ(檄)は受けたけれど、恩返しというほどの働きをした話を聞いていない。

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

漢の元鼎の年に大合戦があったとのことだが、どちらが強くてどちらが負けたのか。

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

それが料理の基本になっている、これは魚をとる道具をけがすものではないか。

#4

余初不下喉,近亦能稍稍。 

私は始めのうちは食べようとしても喉を通らなかったが、近ごろではまた少しずつ慣れてきた。

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

それでもこわいもので蛮夷の風習に染まって、平生の好みを失ってしまうのではないかといつも気がかりなのだ。

而君復何為,甘食比豢豹。 

それなのに君はまたどうしたことだろうか、甘いものを食べるのと高級な肉料理とくらべて喜んで食べているということを。

獵較務同俗,全身斯為孝。 

孟子も言っている、「狩猟の獲物をくらべるのでも土地の風俗に同調しょうとつとめるもの」だし、親からもらったこの身を全うするのこそ孝行である。

哀哉思慮深,未見許回櫂。 

ああ悲しいことに君の思慮は深いのだが、都へと帰る舟に乗りこむことはまだ許されていない。君はまだ帰してもらえない。

(柳柳州の「蝦蟆を食う」に答う)

蝦蟆は水に居ると雖も,水 特に形貌を變ず。 

強いて號すは蛙蛤【あこう】と為す,實に於て校【くら】ぶる所無し。 

兩の股 長しと雖然【いえど】も,其れ脊の皴皰【しゅんぽう】を奈【いか】んせん。 

跳躑【ちょうてき】すること高しと云うと雖も,意は濘淖【ねいとう】を離れず。

 

鳴聲 相い呼びて和し,理 無くして只だ鬧【どう】を取るのみ。 

周公 堪えざる所,灰を灑ぎて典教を垂る。 

我 棄てられて海濱に愁い,恆【つね】に眠り覺めざるを願う。 

堪え叵【がた】し朋類の多くすを,耳に沸いて驚爆を作すに。

 

端【つまびら】かにすれば能く笙磬【しょうけい】を敗り,仍【な】お工みに學校を亂る。 

句踐の禮を蒙むると雖も,竟に報效せしを聞かず。 

大戰あるは元鼎の年なり,孰【いず】れか強く孰れか敗橈【はいとう】せる。 

居然として鼎味に當り,豈に釣罩【ちょうとう】を辱【はずか】しめざらんや。

 

余 初めは喉より下らざるも,近ごろは亦た能く稍稍たり。 

常に懼る 蠻夷に染るを,平生の好樂を失うを。 

而も君 復た何為【なんす】れぞ,甘食 豢豹【かんぴょう】に比ぶれば。 

獵較【りょうこう】 俗に同じきに務め,身を全うする 斯れを孝と為す。 

哀しい哉 思慮深くして,未だ許櫂を回らすをされざること見ん。 

蝦蟇01 

 

『答柳柳州食蝦蟆』 現代語訳と訳註

(本文) #4

余初不下喉,近亦能稍稍。 

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

而君復何為,甘食比豢豹。 

獵較務同俗,全身斯為孝。 

哀哉思慮深,未見許回櫂。 

 

(下し文)

余 初めは喉より下らざるも,近ごろは亦た能く稍稍たり。 

常に懼る 蠻夷に染るを,平生の好樂を失うを。 

而も君 復た何為【なんす】れぞ,甘食 豢豹【かんぴょう】に比ぶれば。 

獵較【りょうこう】 俗に同じきに務め,身を全うする 斯れを孝と為す。 

哀しい哉 思慮深くして,未だ許櫂を回らすをされざること見ん。 

 

(現代語訳)

私は始めのうちは食べようとしても喉を通らなかったが、近ごろではまた少しずつ慣れてきた。

それでもこわいもので蛮夷の風習に染まって、平生の好みを失ってしまうのではないかといつも気がかりなのだ。

それなのに君はまたどうしたことだろうか、甘いものを食べるのと高級な肉料理とくらべて喜んで食べているということを。

孟子も言っている、「狩猟の獲物をくらべるのでも土地の風俗に同調しょうとつとめるもの」だし、親からもらったこの身を全うするのこそ孝行である。

ああ悲しいことに君の思慮は深いのだが、都へと帰る舟に乗りこむことはまだ許されていない。君はまだ帰してもらえない。

sas0002 

 

(訳注) #4

余初不下喉,近亦能稍稍。 

私は始めのうちは食べようとしても暇を通らなかったが、近ごろではまた少しずつ慣れてきた。

 

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

それでもこわいもので蛮夷の風習に染まって、平生の好みを失ってしまうのではないかといつも気がかりなのだ。

蛮夷 蛮夷戎狄。中華思想における支配民族(漢民族、漢人とは限らない)による異民族への蔑称を意味する。戎狄(じゅうてき)や、蛮夷(ばんい)とも呼ばれた。 中華(華の中)に対し、夷狄は外世界(華の外)を指す言葉で【未開・野蛮】を意味する。

 

而君復何為,甘食比豢豹。 

それなのに君はまたどうしたことだろうか、甘いものを食べるのと高級な肉料理とくらべて喜んで食べているということを。

豢豹 めずらしいものを食べるために豹を飼育する。

 

獵較務同俗,全身斯為孝。 

孟子も言っている、「狩猟の獲物をくらべるのでも土地の風俗に同調しょうとつとめるもの」だし、親からもらったこの身を全うするのこそ孝行である。

獵較務同俗 『孟子』に魯の国の風俗で、狩猟の獲物をくらべることが記されており、孔子もその風俗を重んじて獲物を比べたという。『孟子·万章下』「孔子之仕於魯也, 魯人獵較, 孔子亦獵較。」

 

哀哉思慮深,未見許回櫂。 

ああ悲しいことに君の思慮は深いのだが、都へと帰る舟に乗りこむことはまだ許されていない。君はまだ帰してもらえない。
2潮州広東00 

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <931>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3639韓愈詩-241-#3

韓愈《答柳柳州食蝦蟆》#3 たしかにこれは妙なる音楽の音色をもだめにしてしまうほどのものであり、しかもうまい具合に学校で読書する声をもかき乱してしまうものだ。越王句践のあいさつ(檄)は受けたけれど、恩返しというほどの働きをした話を聞いていない。


2014年1月23日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固) 《東都賦》(16)#9(狩りの作法)-1 文選 賦<113―16>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1018 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3638
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《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <931>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3639韓愈詩-241-#3
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 746廣徳2年764年―5-#1 《憶昔,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <655-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3640 杜甫詩1000-655-1-922/1500749-1
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <931  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3639韓愈詩-241-#3

 
三度の嶺南行
一度目は779年12歳のころ。
二度目は803年 36歳陽山の県令に貶められる。
三度目は今回819年潮州刺史に、52歳。
 

 

答柳柳州食蝦蟆 #1

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

蝦蟆雖水居,水特變形貌。 

蝦蟆は水のなかに棲むものだが、水に棲む動物のなかでも特に変わった形をしている。

強號為蛙蛤,於實無所校。 

強いて蛙を水属のなかに入れているが、実際はほかに似たものがないのだ。

雖然兩股長,其奈脊皴皰。 

二本の脚は長いが、背中のいぼいぼはどうしようもない。

跳躑雖云高,意不離濘淖。

跳び上がるのは高いけれども、心はぬかるみから離れてはいないのだ。

#2 

鳴聲相呼和,無理只取鬧。 

鳴き声は呼びあって合唱し、筋みちも何もなく、ただやかましいだけだ。

周公所不堪,灑灰垂典教。 

周公もそのうるさいのに耐えかねたのであろう、灰をかけることをわざわざ教えとして垂れたもうた。

我棄愁海濱,恆願眠不覺。 

私は聖天子から見捨てられ、こうして、潮州の海浜で憂愁の日々を送っている。いつも願うのは、一度眠りこんだら目がさめないことだ。

叵堪朋類多,沸耳作驚爆。

ところがえびばく蝦蟇は同類が多くて、沸きかえるほどに爆竹の音を耳に響かせるような鳴き声をたてるのにはやりきれない。

#3 

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

たしかにこれは妙なる音楽の音色をもだめにしてしまうほどのものであり、しかもうまい具合に学校で読書する声をもかき乱してしまうものだ。

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

越王句践のあいさつ(檄)は受けたけれど、恩返しというほどの働きをした話を聞いていない。

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

漢の元鼎の年に大合戦があったとのことだが、どちらが強くてどちらが負けたのか。

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

それが料理の基本になっている、これは魚をとる道具をけがすものではないか。

#4

余初不下喉,近亦能稍稍。 

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

而君復何為,甘食比豢豹。 

獵較務同俗,全身斯為孝。 

哀哉思慮深,未見許回櫂。 

 

(柳柳州の「蝦蟆を食う」に答う)

蝦蟆は水に居ると雖も,水 特に形貌を變ず。 

強いて號すは蛙蛤【あこう】と為す,實に於て校【くら】ぶる所無し。 

兩の股 長しと雖然【いえど】も,其れ脊の皴皰【しゅんぽう】を奈【いか】んせん。 

跳躑【ちょうてき】すること高しと云うと雖も,意は濘淖【ねいとう】を離れず。

 

鳴聲 相い呼びて和し,理 無くして只だ鬧【どう】を取るのみ。 

周公 堪えざる所,灰を灑ぎて典教を垂る。 

我 棄てられて海濱に愁い,恆【つね】に眠り覺めざるを願う。 

堪え叵【がた】し朋類の多くすを,耳に沸いて驚爆を作すに。

 

端【つまびら】かにすれば能く笙磬【しょうけい】を敗り,仍【な】お工みに學校を亂る。 

句踐の禮を蒙むると雖も,竟に報效せしを聞かず。 

大戰あるは元鼎の年なり,孰【いず】れか強く孰れか敗橈【はいとう】せる。 

居然として鼎味に當り,豈に釣罩【ちょうとう】を辱【はずか】しめざらんや。

 

余 初めは喉より下らざるも,近ごろは亦た能く稍稍たり。 

常に懼る 蠻夷に染るを,平生の好樂を失うを。 

而も君 復た何為【なんす】れぞ,甘食 豢豹【かんぴょう】に比ぶれば。 

獵較【りょうこう】 俗に同じきに務め,身を全うする 斯れを孝と為す。 

哀しい哉 思慮深くして,未だ許櫂を回らすをされざること見ん。 

蝦蟇01 

 

『答柳柳州食蝦蟆』現代語訳と訳註

(本文)

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

 

 

(下し文)

端【つまびら】かにすれば能く笙磬【しょうけい】を敗り,仍【な】お工みに學校を亂る。 

句踐の禮を蒙むると雖も,竟に報效せしを聞かず。 

大戰あるは元鼎の年なり,孰【いず】れか強く孰れか敗橈【はいとう】せる。 

居然として鼎味に當り,豈に釣罩【ちょうとう】を辱【はずか】しめざらんや。

 

(現代語訳)

たしかにこれは妙なる音楽の音色をもだめにしてしまうほどのものであり、しかもうまい具合に学校で読書する声をもかき乱してしまうものだ。

越王句践のあいさつ(檄)は受けたけれど、恩返しというほどの働きをした話を聞いていない。

漢の元鼎の年に大合戦があったとのことだが、どちらが強くてどちらが負けたのか。

それが料理の基本になっている、これは魚をとる道具をけがすものではないか。

 

 

(訳注)

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

たしかにこれは妙なる音楽の音色をもだめにしてしまうほどのものであり、しかもうまい具合に学校で読書する声をもかき乱してしまうものだ。

端 はた、へり、ふち。正しい。初め。偏らない。本源。つまびらか。

笙磬 たくさんの管楽器や打楽器の音が調和しているという意味から、多くの人が心を一つにして仲良くすることの例えにいう。『詩経・小雅・鼓鐘』「鼓鍾欽欽、鼓瑟鼓琴、笙磬同音。以雅以南、以籥不僭」に基づく。「笙」は「ふえ」、「磬」は「うちならし」。鼓も鐘も琴も瑟もみなみな音楽ではそれぞれの楽器が乱れてはいけません。

 

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

越王句践のあいさつ(檄)は受けたけれど、恩返しというほどの働きをした話を聞いていない。

句踐禮 『韓非子』に越王句践が呉との戦争に出かけたとき、怒った蛙がいたのであいさつした。その理由をたずねられたとき、句践は、蛙の勇ましさを尊敬したのだと答えた。これを聞いて、越の兵士はみな奮いたったという

 

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

漢の元鼎の年に大合戦があったとのことだが、どちらが強くてどちらが負けたのか。

元鼎年 『漢書』に武帝の元鼎五年(紀元前112年)、蛙の大合戦があったという記事がある。

 

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

それが料理の基本になっている、これは魚をとる道具をけがすものではないか。

釣罩 釣などで使う魚を捕える円筒形の竹かご。罩:(1) (~儿)覆い,カバー口罩マスク.(2) (~儿)上っ張り.(3) 養鶏用の竹かご.(4) うけ.
蝦蟇02 

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <930>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3634韓愈詩-241-#2

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈 私は聖天子から見捨てられ、こうして、潮州の海浜で憂愁の日々を送っている。いつも願うのは、一度眠りこんだら目がさめないことだ。ところがえびばく蝦蟇は同類が多くて、沸きかえるほどに爆竹の音を耳に響かせるような鳴き声をたてるのにはやりきれない。


2014年1月22日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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《答柳柳州食蝦蟆》韓愈
(韓退之) Ⅱ中唐詩 <930  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3634韓愈詩-241-#2

 

 

答柳柳州食蝦蟆 #1

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

蝦蟆雖水居,水特變形貌。 

蝦蟆は水のなかに棲むものだが、水に棲む動物のなかでも特に変わった形をしている。

強號為蛙蛤,於實無所校。 

強いて蛙を水属のなかに入れているが、実際はほかに似たものがないのだ。

雖然兩股長,其奈脊皴皰。 

二本の脚は長いが、背中のいぼいぼはどうしようもない。

跳躑雖云高,意不離濘淖。

跳び上がるのは高いけれども、心はぬかるみから離れてはいないのだ。

#2 

鳴聲相呼和,無理只取鬧。 

鳴き声は呼びあって合唱し、筋みちも何もなく、ただやかましいだけだ。

周公所不堪,灑灰垂典教。 

周公もそのうるさいのに耐えかねたのであろう、灰をかけることをわざわざ教えとして垂れたもうた。

我棄愁海濱,恆願眠不覺。 

私は聖天子から見捨てられ、こうして、潮州の海浜で憂愁の日々を送っている。いつも願うのは、一度眠りこんだら目がさめないことだ。

叵堪朋類多,沸耳作驚爆。

ところがえびばく蝦蟇は同類が多くて、沸きかえるほどに爆竹の音を耳に響かせるような鳴き声をたてるのにはやりきれない。

#3 

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

#4

余初不下喉,近亦能稍稍。 

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

而君復何為,甘食比豢豹。 

獵較務同俗,全身斯為孝。 

哀哉思慮深,未見許回櫂。 

 

(柳柳州の「蝦蟆を食う」に答う)

蝦蟆は水に居ると雖も,水 特に形貌を變ず。 

強いて號すは蛙蛤【あこう】と為す,實に於て校【くら】ぶる所無し。 

兩の股 長しと雖然【いえど】も,其れ脊の皴皰【しゅんぽう】を奈【いか】んせん。 

跳躑【ちょうてき】すること高しと云うと雖も,意は濘淖【ねいとう】を離れず。

 

鳴聲 相い呼びて和し,理 無くして只だ鬧【どう】を取るのみ。 

周公 堪えざる所,灰を灑ぎて典教を垂る。 

我 棄てられて海濱に愁い,恆【つね】に眠り覺めざるを願う。 

堪え叵【がた】し朋類の多くすを,耳に沸いて驚爆を作すに。

 

【つまびら】かにすれば能く笙磬【しょうけい】を敗り,仍【な】お工みに學校を亂る。 

句踐の禮を蒙むると雖も,竟に報效せしを聞かず。 

大戰あるは元鼎の年なり,孰【いず】れか強く孰れか敗橈【はいとう】せる。 

居然として鼎味に當り,豈に釣罩【ちょうとう】を辱【はずか】しめざらんや。

 

余 初めは喉より下らざるも,近ごろは亦た能く稍稍たり。 

常に懼る 蠻夷に染るを,平生の好樂を失うを。 

而も君 復た何為【なんす】れぞ,甘食 豢豹【かんぴょう】に比ぶれば。 

獵較【りょうこう】 俗に同じきに務め,身を全うする 斯れを孝と為す。 

哀しい哉 思慮深くして,未だ許櫂を回らすをされざること見ん。 

2蜀の山00

 

『答柳柳州食蝦蟆』現代語訳と訳註

(本文)

答柳柳州食蝦蟆 #2 

鳴聲相呼和,無理只取鬧。 

周公所不堪,灑灰垂典教。 

我棄愁海濱,恆願眠不覺。 

叵堪朋類多,沸耳作驚爆。

 

(下し文)

鳴聲 相い呼びて和し,理 無くして只だ鬧【どう】を取るのみ。 

周公 堪えざる所,灰を灑ぎて典教を垂る。 

我 棄てられて海濱に愁い,恆【つね】に眠り覺めざるを願う。 

堪え叵【がた】し朋類の多くすを,耳に沸いて驚爆を作すに。

 

(現代語訳)

鳴き声は呼びあって合唱し、筋みちも何もなく、ただやかましいだけだ。

周公もそのうるさいのに耐えかねたのであろう、灰をかけることをわざわざ教えとして垂れたもうた。

私は聖天子から見捨てられ、こうして、潮州の海浜で憂愁の日々を送っている。いつも願うのは、一度眠りこんだら目がさめないことだ。

ところが蝦幕は同類が多くて、沸きかえるほどに爆竹の音を耳に響かせるような鳴き声をたてるのにはやりきれない。

sas0002 

 

 (訳注)

答柳柳州食蝦蟆#2

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

柳柳州 韓愈の親友の柳宗元のこと。当時は柳州(広西壮族自治区柳州市)刺史となっていたので、こう呼ぶ。柳宗元は王伾・王叔文の一党として永州(湖南省零陵県)へ流されたが、赦免があるというので一時都へ召還されたことがある。しかし、結局都に残ることは許されず、柳州刺史の辞令をもらって赴任したのである。柳宗元は河東(山西省永済県)の人で、韓愈と同じく北方の出身である。それが嶺南へ来たのだから、何かと違った風習にとまどうことが多かったである。

 

鳴聲相呼和,無理只取鬧。 

鳴き声は呼びあって合唱し、筋みちも何もなく、ただやかましいだけだ。

鬧 騒がしいという意味。喧鬧/諠鬧【けんとう】とは。意味や解説。[名・形動]さわがしいこと。また、そのさま。

 

周公所不堪,灑灰垂典教。 

周公もそのうるさいのに耐えかねたのであろう、灰をかけることをわざわざ教えとして垂れたもうた。

周公 周公の定めた制度を記録したと伝えられる『周礼』のなかに、実のつかない菊を焼いた灰をかければ、蛙は退治できるとある

 

我棄愁海濱,恆願眠不覺。 

私は聖天子から見捨てられ、こうして、潮州の海浜で憂愁の日々を送っている。いつも願うのは、一度眠りこんだら目がさめないことだ。

我棄 この度の潮州に左遷されたこと。

眠不覺 一度眠りこんだら目がさめないこと。中王朝手には二度と呼び戻されないのではないかという心配の気持ちを云う。

 

叵堪朋類多,沸耳作驚爆。

ところが蝦幕は同類が多くて、沸きかえるほどに爆竹の音を耳に響かせるような鳴き声をたてるのにはやりきれない。

 

 

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

 

余初不下喉,近亦能稍稍。 

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

而君復何為,甘食比豢豹。 

獵較務同俗,全身斯為孝。 

哀哉思慮深,未見許回櫂。  
2潮州広東00 

《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <929>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3629韓愈詩-241-#1

韓愈《答柳柳州食蝦蟆》 柳宗元は韓愈が潮州に流されたことを知っており、同じ北方人としての共感をこめて、この詩を贈ったわけである。韓愈もやはり蛙を食べさせられて参っていたので、幾分の諧謔はまじえながらも、この詩を作って答えたものである。


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《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <929>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3629韓愈詩-241-#1
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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《答柳柳州食蝦蟆》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <929  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3629韓愈詩-241-#1

 

 

作時年:819  元和十四年  52 

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 答柳柳州食蝦蟆 

及地點:  柳州 (嶺南道東部 柳州 柳州)     

交遊人物 柳宗元

流罪とはいえ形式上は潮札刺史の辞令をもらって赴任したのだから、到着の報告書を送らねばならない。その「潮州刺史謝上表」には、恭順の意がのべられ、死罪になっても文句のないところを流罪になったのはまことにありがたい処置で、自分はここの地方長官として天子の恩徳を住民に告げたというようなことが書かれている一方、哀願の調子もあって、こんな片田舎では生活できないから、一日も早く呼びもどしてほしいと訴えている。北方生まれの韓愈にとって、南での生活はすべてが異様であり、耐えがたいものだったのである。

――予定―― 《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <933  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3649韓愈詩-242-1

 

 

答柳柳州食蝦蟆 #1

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

蝦蟆雖水居,水特變形貌。 

蝦蟆は水のなかに棲むものだが、水に棲む動物のなかでも特に変わった形をしている。

強號為蛙蛤,於實無所校。 

強いて蛙を水属のなかに入れているが、実際はほかに似たものがないのだ。

雖然兩股長,其奈脊皴皰。 

二本の脚は長いが、背中のいぼいぼはどうしようもない。

跳躑雖云高,意不離濘淖。

跳び上がるのは高いけれども、心はぬかるみから離れてはいないのだ。

#2 

鳴聲相呼和,無理只取鬧。 

周公所不堪,灑灰垂典教。 

我棄愁海濱,恆願眠不覺。 

叵堪朋類多,沸耳作驚爆。

#3 

端能敗笙磬,仍工亂學校。 

雖蒙句踐禮,竟不聞報效。 

大戰元鼎年,孰強孰敗橈。 

居然當鼎味,豈不辱釣罩。

#4

余初不下喉,近亦能稍稍。 

常懼染蠻夷,失平生好樂。 

而君復何為,甘食比豢豹。 

獵較務同俗,全身斯為孝。 

哀哉思慮深,未見許回櫂。 

 

(柳柳州の「蝦蟆を食う」に答う)

蝦蟆は水に居ると雖も,水 特に形貌を變ず。 

強いて號すは蛙蛤【あこう】と為す,實に於て校【くら】ぶる所無し。 

兩の股 長しと雖然【いえど】も,其れ脊の皴皰【しゅんぽう】を奈【いか】んせん。 

跳躑【ちょうてき】すること高しと云うと雖も,意は濘淖【ねいとう】を離れず。

 

鳴聲 相い呼びて和し,理 無くして只だ鬧【どう】を取るのみ。 

周公 堪えざる所,灰を灑ぎて典教を垂る。 

我 棄てられて海濱に愁い,恆【つね】に眠り覺めざるを願う。 

堪え叵【がた】し朋類の多くすを,耳に沸いて驚爆を作すに。

 

【つまびら】かにすれば能く笙磬【しょうけい】を敗り,仍【な】お工みに學校を亂る。 

句踐の禮を蒙むると雖も,竟に報效せしを聞かず。 

大戰あるは元鼎の年なり,孰【いず】れか強く孰れか敗橈【はいとう】せる。 

居然として鼎味に當り,豈に釣罩【ちょうとう】を辱【はずか】しめざらんや。

 

余 初めは喉より下らざるも,近ごろは亦た能く稍稍たり。 

常に懼る 蠻夷に染るを,平生の好樂を失うを。 

而も君 復た何為【なんす】れぞ,甘食 豢豹【かんぴょう】に比ぶれば。 

獵較【りょうこう】 俗に同じきに務め,身を全うする 斯れを孝と為す。 

哀しい哉 思慮深くして,未だ許櫂を回らすをされざること見ん。 

くちなしの花DCF00004 

 

『答柳柳州食蝦蟆』現代語訳と訳註

(本文)

答柳柳州食蝦蟆 #1

蝦蟆雖水居,水特變形貌。 

強號為蛙蛤,於實無所校。 

雖然兩股長,其奈脊皴皰。 

跳躑雖云高,意不離濘淖。

 

(下し文)

(柳柳州の「蝦蟆を食う」に答う)

蝦蟆は水に居ると雖も,水 特に形貌を變ず。 

強いて號すは蛙蛤【あこう】と為す,實に於て校【くら】ぶる所無し。 

兩の股 長しと雖然【いえど】も,其れ脊の皴皰【しゅんぽう】を奈【いか】んせん。 

跳躑【ちょうてき】すること高しと云うと雖も,意は濘淖【ねいとう】を離れず。

 

(現代語訳)

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

蝦蟆は水のなかに棲むものだが、水に棲む動物のなかでも特に変わった形をしている。

強いて蛙を水属のなかに入れているが、実際はほかに似たものがないのだ。

二本の脚は長いが、背中のいぼいぼはどうしようもない。

跳び上がるのは高いけれども、心はぬかるみから離れてはいないのだ。

 

(訳注)

答柳柳州食蝦蟆

(柳柳州、柳宗元柳州刺史の「蝦蟆を食う」詩に答える)

柳柳州 韓愈の親友の柳宗元のこと。当時は柳州(広西壮族自治区柳州市)刺史となっていたので、こう呼ぶ。柳宗元は王伾・王叔文の一党として永州(湖南省零陵県)へ流されたが、赦免があるというので一時都へ召還されたことがある。しかし、結局都に残ることは許されず、柳州刺史の辞令をもらって赴任したのである。柳宗元は河東(山西省永済県)の人で、韓愈と同じく北方の出身である。それが嶺南へ来たのだから、何かと違った風習にとまどうことが多かったである。

北にはない蛙を食べる習慣もその一つである。蝦蟆というが、実際には食用蛙のようなもので、嶺南では特に珍しい食物ではなかったが、初めてこれを食べさせられる身になってみれば、たいへんなことであった。柳宗元の「蝦蟆を食う」という詩は現在残っていないが、食卓に蛙が出たのでびっくりしたものの、これも天命としてあきらめて食べたという内容をもつものだったであろう。柳宗元は韓愈が潮州に流されたことを知っており、同じ北方人としての共感をこめて、この詩を贈ったわけである。韓愈もやはり蛙を食べさせられて参っていたので、幾分の諧謔はまじえながらも、この詩を作って答えたものである。

 

蝦蟆雖水居,水特變形貌。 

蝦蟆は水のなかに棲むものだが、水に棲む動物のなかでも特に変わった形をしている。

蝦蟆/蝦蟇 【がまがえる】. ヒキガエルの別名。がま。ここは食用ガエル。

 

強號為蛙蛤,於實無所校。 

強いて蛙を水属のなかに入れているが、実際はほかに似たものがないのだ。

蛙蛤 食用蛙。

校 くらべる。かんがえる。えらぶ。むくいる。

 

雖然兩股長,其奈脊皴皰。 

二本の脚は長いが、背中のいぼいぼはどうしようもない。

脊皴皰 しわ、あかぎれ、みずぶくれ、ニキビなどの肌の様子。

 

跳躑雖云高,意不離濘淖。

跳び上がるのは高いけれども、心はぬかるみから離れてはいないのだ。

跳躑 上下跳躍。

濘淖 濘とは、ぬかるみという意味  淖はどろ。

2潮州広東00 

《宿曾江口示姪孫湘,二首之一〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕》#2 韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <927>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3619韓愈詩-239-2

韓愈《宿曾江口示姪孫湘,二首之一》#2 洪水は毎年のようにあることで、この悲しい様な出来事は、この地方住民の生活状態を極めて貧困にするもので気の毒な事としか思えない。そうしている間に今度は海からの強風が吹き寄せ、この寒空の晴れた部分からの薄明かりで、波しぶきが上がったのが星空の輝く星があつまったように見えてくる。


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《宿曾江口示姪孫湘,二首之一〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕》#2 韓愈
(韓退之) Ⅱ中唐詩 <927  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3619韓愈詩-239-2

 

 

年: 819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 宿曾江口示姪孫湘,二首之一〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕 

及地點:  曾江口 (嶺南道東部 廣州 增城)     

 

 

宿曾江口示姪孫湘,二首之一

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の一)

〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

〔姪孫湘は、韓湘、字は北渚、老成の子、韓愈の兄韓弇【かんえん】の孫である。この詩は潮州に赴く途中で作ったものである。〕
雲昏水奔流,天水漭相圍。 

雲は暗く垂れこみ河口の洪水は凄まじく奔流している。天から降る雨水量は河水と一緒になって氾濫して宅地をとりかこんでいる。

三江滅無口,其誰識涯圻。 

ここで合流する三江はそれぞれの河口は全く消え果てなくなっってしまう。何処が岸なのか、誰であっても全く分からないほどである。

暮宿投民村,高處水半扉。 

暮れかかってきてここにきて、これ以上は動きも取れず、宿を探して、民村を探し当て、そこに行き着くと、そこは随分高い所にあるのに洪水は門扉の中ほどにも及んでいる。

犬雞俱上屋,不復走與飛。

そこに飼っている犬と鶏は難を避けてみんな屋根の上に上がっている。走り回ることも飛び上がることもできないで困ったものである。

 

篙舟入其家,暝聞屋中唏。 

やがて船をまわし、棹さしてその家に入ることが出来たが、夕暮れ時の暗い中で、その家の隅の方で悲しげに人の泣く声が聞こえてくる。

問知常然,哀此為生微。 

どうしたのかと様子を尋ねてみると、こういう洪水は毎年のようにあることで、この悲しい様な出来事は、この地方住民の生活状態を極めて貧困にするもので気の毒な事としか思えない。

海風吹寒晴,波揚眾星輝。 

そうしている間に今度は海からの強風が吹き寄せ、この寒空の晴れた部分からの薄明かりで、波しぶきが上がったのが星空の輝く星があつまったように見えてくる。

仰視北斗高,不知路所歸。 

仰ぎよくよく見つめてみると高い所にあるのが長安の都を示す北斗七星だというものの全くわかりはしないので、これではゆくべき道もわからないものが、帰るべき道までもわからないという痛嘆することしかないというものだ。

 

曾江の口に宿し、姪孫湘に示す,二首の一

〔湘は,字を北渚とし,老成の子であり,愈の兄弇【えん】の孫である。此れは潮州に赴むくときの作なり。〕

雲昏くして 水 流れを奔り,天水 漭【よう】として相い圍む。 

三江 滅して口無く,其れ誰か涯圻【がいき】を識らむ。 

暮れに民村に投じて宿し,高處 水半ばにして扉ず。 

犬雞 俱に屋に上り,復た走と飛とをならず。

 

舟に篙【さお】さして 其の家に入り,暝【くれ】て屋中に唏【な】くを聞く。 

問うて知るは  常然たるを,此れを哀むは 生を為すの微なるを。 

海風 寒晴に吹き,波揚 星輝に眾る。 

仰ぎて 北斗の高きを視,路 歸える所を知らず。

 

広東曾城 

『宿曾江口示姪孫湘,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

篙舟入其家,暝聞屋中唏。 

問知常然,哀此為生微。 

海風吹寒晴,波揚眾星輝。 

仰視北斗高,不知路所歸。

 

(下し文)

舟に篙【さお】さして 其の家に入り,暝【くれ】て屋中に唏【な】くを聞く。 

問うて知るは  常然たるを,此れを哀むは 生を為すの微なるを。 

海風 寒晴に吹き,波揚 星輝に眾る。 

仰ぎて 北斗の高きを視,路 歸える所を知らず。

 

(現代語訳)

やがて船をまわし、棹さしてその家に入ることが出来たが、夕暮れ時の暗い中で、その家の隅の方で悲しげに人の泣く声が聞こえてくる。

どうしたのかと様子を尋ねてみると、こういう洪水は毎年のようにあることで、この悲しい様な出来事は、この地方住民の生活状態を極めて貧困にするもので気の毒な事としか思えない。

そうしている間に今度は海からの強風が吹き寄せ、この寒空の晴れた部分からの薄明かりで、波しぶきが上がったのが星空の輝く星があつまったように見えてくる。

仰ぎよくよく見つめてみると高い所にあるのが長安の都を示す北斗七星だというものの全くわかりはしないので、これではゆくべき道もわからないものが、帰るべき道までもわからないという痛嘆することしかないというものだ。

 

 

(訳注) #2

宿曾江口示姪孫湘,二首之一

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の一)

2潮州広東00 

篙舟 其家 ,暝聞 屋中

やがて船をまわし、棹さしてその家に入ることが出来たが、夕暮れ時の暗い中で、その家の隅の方で悲しげに人の泣く声が聞こえてくる。

「篙」交通工具の棹さし。

 

問知 常然,哀此 為生

どうしたのかと様子を尋ねてみると、こういう洪水は毎年のようにあることで、この悲しい様な出来事は、この地方住民の生活状態を極めて貧困にするもので気の毒な事としか思えない。

歲常然」範圍時間(年)、毎年のようにあること

「為生微」地方住民の生活状態を極めて貧困にするもの。

 

海風 寒晴 ,波揚 眾星輝

そうしている間に今度は海からの強風が吹き寄せ、この寒空の晴れた部分からの薄明かりで、波しぶきが上がったのが星空の輝く星があつまったように見えてくる。

「寒晴」雲の切れ間、冷寒。

「波揚」波に風が吹き付けしぶきを吹きあげる。

「星輝」水しぶきにわずがな光があつまり星屑のように見える。

 

仰視 北斗 ,不知 所歸

仰ぎよくよく見つめてみると高い所にあるのが長安の都を示す北斗七星だというものの全くわかりはしないので、これではゆくべき道もわからないものが、帰るべき道までもわからないという痛嘆することしかないというものだ。

「北斗」北斗七星。北は長安のあるところであるのであり、北斗七星は象徴である。その北斗七星もよくわからないから帰り道がわからない。
sas0002 

《宿曾江口示姪孫湘,二首之一#1〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <926>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3614韓愈詩-239-1

《宿曾江口示姪孫湘,二首之一》#1 韓愈 〔姪孫湘は、韓湘、字は北渚、老成の子、韓愈の兄韓弇【かんえん】の孫である。この詩は潮州に赴く途中で作ったものである。〕
雲は暗く垂れこみ河口の洪水は凄まじく奔流している。天から降る雨水量は河水と一緒になって氾濫して宅地をとりかこんでいる。ここで合流する三江はそれぞれの河口は全く消え果てなくなっってしまう。 何処が岸なのか、誰であっても全く分からないほどである。


2014年1月18日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《宿曾江口示姪孫湘,二首之一#1〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <926  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3614韓愈詩-239-1

 

 

年: 819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 宿曾江口示姪孫湘,二首之一〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕 

及地點:  曾江口 (嶺南道東部 廣州 增城)     

 

 

宿曾江口示姪孫湘,二首之一
(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の一)
〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

〔姪孫湘は、韓湘、字は北渚、老成の子、韓愈の兄韓弇【かんえん】の孫である。この詩は潮州に赴く途中で作ったものである。〕

雲昏水奔流,天水漭相圍。 

雲は暗く垂れこみ河口の洪水は凄まじく奔流している。天から降る雨水量は河水と一緒になって氾濫して宅地をとりかこんでいる。

三江滅無口,其誰識涯圻。 

ここで合流する三江はそれぞれの河口は全く消え果てなくなっってしまう。何処が岸なのか、誰であっても全く分からないほどである。

暮宿投民村,高處水半扉。 

暮れかかってきてここにきて、これ以上は動きも取れず、宿を探して、民村を探し当て、そこに行き着くと、そこは随分高い所にあるのに洪水は門扉の中ほどにも及んでいる。

犬雞俱上屋,不復走與飛。

そこに飼っている犬と鶏は難を避けてみんな屋根の上に上がっている。走り回ることも飛び上がることもできないで困ったものである。 

篙舟入其家,暝聞屋中唏。 

問知常然,哀此為生微。 

海風吹寒晴,波揚眾星輝。 

仰視北斗高,不知路所歸。 

 

曾江の口に宿し、姪孫湘に示す,二首の一

〔湘は,字を北渚とし,老成の子であり,愈の兄弇【えん】の孫である。此れは潮州に赴むくときの作なり。〕

雲昏くして 水 流れを奔り,天水 漭【よう】として相い圍む。 

三江 滅して口無く,其れ誰か涯圻【がいき】を識らむ。 

暮れに民村に投じて宿し,高處 水半ばにして扉ず。 

犬雞 俱に屋に上り,復た走と飛とをならず。

 

舟に篙【さお】さして 其の家に入り,暝【くれ】て屋中に唏【な】くを聞く。 

問うて知るは  常然たるを,此れを哀むは 生を為すの微なるを。 

海風 寒晴に吹き,波揚 星輝に眾る。 

仰ぎて 北斗の高きを視,路 歸える所を知らず。

 

 

『宿曾江口示姪孫湘,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

宿曾江口示姪孫湘,二首之一〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

雲昏水奔流,天水漭相圍。 

三江滅無口,其誰識涯圻。 

暮宿投民村,高處水半扉。 

犬雞俱上屋,不復走與飛。

 

 

(下し文)

曾江の口に宿し、姪孫湘に示す,二首の一

〔湘は,字を北渚とし,老成の子であり,愈の兄弇【えん】の孫である。此れは潮州に赴むくときの作なり。〕

雲昏くして 水 流れを奔り,天水 漭【よう】として相い圍む。 

三江 滅して口無く,其れ誰か涯圻【がいき】を識らむ。 

暮れに民村に投じて宿し,高處 水半ばにして扉ず。 

犬雞 俱に屋に上り,復た走と飛とをならず。

 

(現代語訳)

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の一)

〔姪孫湘は、韓湘、字は北渚、老成の子、韓愈の兄韓弇【かんえん】の孫である。この詩は潮州に赴く途中で作ったものである。〕

雲は暗く垂れこみ河口の洪水は凄まじく奔流している。天から降る雨水量は河水と一緒になって氾濫して宅地をとりかこんでいる。

ここで合流する三江はそれぞれの河口は全く消え果てなくなっってしまう。何処が岸なのか、誰であっても全く分からないほどである。

暮れかかってきてここにきて、これ以上は動きも取れず、宿を探して、民村を探し当て、そこに行き着くと、そこは随分高い所にあるのに洪水は門扉の中ほどにも及んでいる。

そこに飼っている犬と鶏は難を避けてみんな屋根の上に上がっている。走り回ることも飛び上がることもできないで困ったものである。

 

 

(訳注)

宿曾江口示姪孫湘,二首之一

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の一)

〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

〔姪孫湘は、韓湘、字は北渚、老成の子、韓愈の兄韓弇【かんえん】の孫である。この詩は潮州に赴く途中で作ったものである。〕

○曾江 曾江は廣城府増城縣にあって、三江の合流する所である。韓愈がここに来たときは洪水のときで三江混じて一になり、河口もわからないほどであった。

広東曾城 

 

雲昏 奔流 ,天水 相圍

雲は暗く垂れこみ河口の洪水は凄まじく奔流している。天から降る雨水量は河水と一緒になって氾濫して宅地をとりかこんでいる。

「雲昏」雲が厚く低く垂れこんで暗くなる。

「奔流」洪水が濁流として凄まじく。

「天水」天から降る雨水量。

「漭」洪水により広々としている様子。

「圍」洪水が敷地や家を取り囲むこと。 

 

三江 無口 ,其誰 涯圻

ここで合流する三江はそれぞれの河口は全く消え果てなくなっってしまう。何処が岸なのか、誰であっても全く分からないほどである。

「三江」増江、循江、河源水の三江。

「涯」沙洲島嶼、岸。 

 

暮宿 民村 ,高處 半扉

暮れかかってきてここにきて、これ以上は動きも取れず、宿を探して、民村を探し当て、そこに行き着くと、そこは随分高い所にあるのに洪水は門扉の中ほどにも及んでいる。

 

犬雞 俱上屋 ,不復 與飛

そこに飼っている犬と鶏は難を避けてみんな屋根の上に上がっている。走り回ることも飛び上がることもできないで困ったものである。
2潮州広東00 

《初南食貽元十八協律 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <925>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3609韓愈詩-238-3

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《初南食貽元十八協律 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <925  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3609韓愈詩-238-3

 

 

作時年:819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 初南食貽元十八協律 

交遊人物: 元集虛 當地交遊

 

 

初南食貽元十八協律  #1

(初めて南方の料理を食べたことにより、賦して元協律に贈ったもの。)

鱟實如惠文,骨眼相負行。 

兜かには、実際惠文の冠のような形をしており、それが海を泳ぐときは、背上の眼をきらめかし、雌が牡をおうて行くということである。

蠔相黏為山,百十各自生。 

牡蠣は、互いに点着して一塊をなしており、その大きさは山のように幾百幾千というものが、個々別々に生をなしている。

蒲魚尾如蛇,口眼不相營。 

蒲魚には蛇のような尻尾があり、その端っこに口があるというから、目と口とは全く関係がないということである。

蛤即是蝦蟆,同實浪異名。 

山蛤は、すなわち蝦蟇で実は同じではあるが、みだりにその名が異なっているのである。

山蛤は、すなわち蝦蟇で実は同じではあるが、みだりにその名が異なっているのである。

#2

章舉馬甲柱,鬥以怪自呈。 

章舉(たこ)と馬甲柱(かいばしら)は、奇怪なものとしてどちらが勝かその先頭に立つものである。

其餘數十種,莫不可歎驚。 

その種類も数十種をあまるだけあり、一つとして歎驚を値するものはないということはないのだ。

我來禦魑魅,自宜味南烹。 

わたしは魑魅にあたるために、この地に投ぜられた貶謫されたの身であるので、否が応でもこの南方の料理をよろしく味わうのである。

調以鹹與酸,芼以椒與橙。 

その南方の料理は甘酸をもって調理し、胡椒や橙汁で味をつけて喰うようになっている。

腥臊始發越,咀吞面汗騂。 

薬味を加えていない羊肉はひどく嫌なにおいがするだけに始めて南の国を旅立ちたいと思うし、慣れないものはなかなか口にできず、咀嚼して無理に飲み下すと、顔に脂汗が流れるくらいである。

#3

惟蛇舊所識,實憚口眼獰。 

しかし、これらはまだ酔いとして、蛇は従前見て知っているが、その口、目、その獰猛で、邪悪なようすを心に憚っていたのでどうしても喰う気にはなれない。

開籠聽其去,鬱屈尚不平。 

かごをひらいて、その逃れ去るにまかせてみると、そこに依然としてドグロを巻いていて、どうやら捕えられたことを不平に思っているらしい。
賣爾非我罪,不屠豈非情。 

そこでわたしは、へびにむかって「お前をとらえて売ったのは、何も私の罪であるということはないのだ。くわえて、お前を屠らずしてはなったのは情けがあるということではないか。」
不祈靈珠報,幸無嫌怨并。 

こうした恩に報いるため、霊珠を贈り賜うことを望んでいないということか。さいわいにして、わたしを他の者といっしょに嫌怨しないようにしてくれといった。

聊歌以記之,又以告同行。 

南方の料理の品目は、ざっとこれまで述べたとおりであるが、いささかではあるが、これを詩歌にして記して、且つ同行の人々に告げる次第である。

 

(初めて南食し元十八協律に貽【おく】る

鱟【こう】は實に惠文の如く,骨眼 相い負うて行く。 

蠔【ごう】は相い黏【てん】して山と為し,百十 各の自生す。 

蒲魚は尾 蛇の如く,口眼 相い營まず。 

蛤は即ち是れ蝦蟆【かほ】,實を同して浪【みだ】りに名を異にす。 

 

章舉と馬甲柱は,鬥わすに怪を以って自ら呈す。 

其の餘 數十種あり,歎驚【たんけい】す可からざる莫し。 

我來って魑魅【ちみ】に禦る,自ら宜しく南烹【なんぽう】を味わうべし。 

調するに鹹【かん】と酸とを以ってし,芼するに椒と橙とを以ってす。 

腥臊【せいそう】始めて越を發し,咀吞【そとん】すれば 面汗騂【あか】し。 

 

惟だ蛇のみは舊識る所ろ,實に口眼の獰【どう】なるを憚る。 

籠を開いて其の去るを聽【ゆる】せば,鬱屈【うっくつ】して尚お不平なり。 

爾を賣るは我が罪に非らず,屠【ほう】らざるは豈に情非らずや。 

靈珠の報を祈らず,幸いにして嫌怨【けんえん】を并【あわ】す無かれ。 

聊か歌うて以って之を記し,又た以って同行に告ぐ。

2蜀の山00 

 

『初南食貽元十八協律』 現代語訳と訳註

(本文)

惟蛇舊所識,實憚口眼獰。 

開籠聽其去,鬱屈尚不平。 

賣爾非我罪,不屠豈非情。 

不祈靈珠報,幸無嫌怨并。 

聊歌以記之,又以告同行。 

 

(下し文)

惟だ蛇のみは舊識る所ろ,實に口眼の獰【どう】なるを憚る。 

籠を開いて其の去るを聽【ゆる】せば,鬱屈【うっくつ】して尚お不平なり。 

爾を賣るは我が罪に非らず,屠【ほう】らざるは豈に情非らずや。 

靈珠の報を祈らず,幸いにして嫌怨【けんえん】を并【あわ】す無かれ。 

聊か歌うて以って之を記し,又た以って同行に告ぐ。

 

(現代語訳)

しかし、これらはまだ酔いとして、蛇は従前見て知っているが、その口、目、その獰猛で、邪悪なようすを心に憚っていたのでどうしても喰う気にはなれない。

かごをひらいて、その逃れ去るにまかせてみると、そこに依然としてドグロを巻いていて、どうやら捕えられたことを不平に思っているらしい。
そこでわたしは、へびにむかって「お前をとらえて売ったのは、何も私の罪であるということはないのだ。くわえて、お前を屠らずしてはなったのは情けがあるということではないか。」

こうした恩に報いるため、霊珠を贈り賜うことを望んでいないということか。さいわいにして、わたしを他の者といっしょに嫌怨しないようにしてくれといった。

南方の料理の品目は、ざっとこれまで述べたとおりであるが、いささかではあるが、これを詩歌にして記して、且つ同行の人々に告げる次第である。

 

 

(訳注)

初南食貽元十八協律  #3

(初めて南方の料理を食べたことにより、賦して元協律に贈ったもの。)

 

 

惟蛇 所識 ,實憚 口眼

しかし、これらはまだ酔いとして、蛇は従前見て知っているが、その口、目、その獰猛で、邪悪なようすを心に憚っていたのでどうしても喰う気にはなれない。

「獰」獰猛で、邪悪なようす

 

開籠 其去 ,鬱屈 尚不平。

かごをひらいて、その逃れ去るにまかせてみると、そこに依然としてドグロを巻いていて、どうやら捕えられたことを不平に思っているらしい。

「鬱屈」ドグロを巻いている。

 

賣爾 我罪 ,不屠 豈非

そこでわたしは、へびにむかって「お前をとらえて売ったのは、何も私の罪であるということはないのだ。くわえて、お前を屠らずしてはなったのは情けがあるということではないか。」

 

不祈 靈珠 ,幸無 嫌怨 并。

こうした恩に報いるため、霊珠を贈り賜うことを望んでいないということか。さいわいにして、わたしを他の者といっしょに嫌怨しないようにしてくれといった。

「靈珠」恩に報いて贈ってくれる玉石、珠。

 

聊歌 以記之 ,又以告 同行

南方の料理の品目は、ざっとこれまで述べたとおりであるが、いささかではあるが、これを詩歌にして記して、且つ同行の人々に告げる次第である。

「聊歌」謙遜して言う韓愈が作る詩歌。
2潮州広東00 

《初南食貽元十八協律》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <924>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3604韓愈詩-238-2

韓愈《初南食貽元十八協律》#2 その南方の料理は甘酸をもって調理し、胡椒や橙汁で味をつけて喰うようになっている。薬味を加えていない羊肉はひどく嫌なにおいがするだけに始めて南の国を旅立ちたいと思うし、慣れないものはなかなか口にできず、咀嚼して無理に飲み下すと、顔に脂汗が流れるくらいである。


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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《東都賦》(9)#4(知徳兼備の光武帝)-3 文選 賦<113―7>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1011 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3603
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《初南食貽元十八協律》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <924>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3604韓愈詩-238-2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 256 《秋懐詩十一首之六(6)》韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ3606 (01/16)
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《初南食貽元十八協律》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <924  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3604韓愈詩-238-2

 

 

作時年:819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言古詩 

詩題: 初南食貽元十八協律 

交遊人物: 元集虛 當地交遊

 

 

初南食貽元十八協律  #1

(初めて南方の料理を食べたことにより、賦して元協律に贈ったもの。)

鱟實如惠文,骨眼相負行。 

兜かには、実際惠文の冠のような形をしており、それが海を泳ぐときは、背上の眼をきらめかし、雌が牡をおうて行くということである。

蠔相黏為山,百十各自生。 

牡蠣は、互いに点着して一塊をなしており、その大きさは山のように幾百幾千というものが、個々別々に生をなしている。

蒲魚尾如蛇,口眼不相營。 

蒲魚には蛇のような尻尾があり、その端っこに口があるというから、目と口とは全く関係がないということである。

蛤即是蝦蟆,同實浪異名。 

山蛤は、すなわち蝦蟇で実は同じではあるが、みだりにその名が異なっているのである。

山蛤は、すなわち蝦蟇で実は同じではあるが、みだりにその名が異なっているのである。

#2

章舉馬甲柱,鬥以怪自呈。 

章舉(たこ)と馬甲柱(かいばしら)は、奇怪なものとしてどちらが勝かその先頭に立つものである。

其餘數十種,莫不可歎驚。 

その種類も数十種をあまるだけあり、一つとして歎驚を値するものはないということはないのだ。

我來禦魑魅,自宜味南烹。 

わたしは魑魅にあたるために、この地に投ぜられた貶謫されたの身であるので、否が応でもこの南方の料理をよろしく味わうのである。

調以鹹與酸,芼以椒與橙。 

その南方の料理は甘酸をもって調理し、胡椒や橙汁で味をつけて喰うようになっている。

腥臊始發越,咀吞面汗騂。 

薬味を加えていない羊肉はひどく嫌なにおいがするだけに始めて南の国を旅立ちたいと思うし、慣れないものはなかなか口にできず、咀嚼して無理に飲み下すと、顔に脂汗が流れるくらいである。

#3

惟蛇舊所識,實憚口眼獰。 

開籠聽其去,鬱屈尚不平。 

賣爾非我罪,不屠豈非情。 

不祈靈珠報,幸無嫌怨并。 

聊歌以記之,又以告同行。 

 

(初めて南食し元十八協律に貽【おく】る

鱟【こう】は實に惠文の如く,骨眼 相い負うて行く。 

蠔【ごう】は相い黏【てん】して山と為し,百十 各の自生す。 

蒲魚は尾 蛇の如く,口眼 相い營まず。 

蛤は即ち是れ蝦蟆【かほ】,實を同して浪【みだ】りに名を異にす。 

 

章舉と馬甲柱は,鬥わすに怪を以って自ら呈す。 

其の餘 數十種あり,歎驚【たんけい】す可からざる莫し。 

我來って魑魅【ちみ】に禦る,自ら宜しく南烹【なんぽう】を味わうべし。 

調するに鹹【かん】と酸とを以ってし,芼するに椒と橙とを以ってす。 

腥臊【せいそう】始めて越を發し,咀吞【そとん】すれば 面汗騂【あか】し。 

 

惟だ蛇のみは舊識る所ろ,實に口眼の獰【どう】なるを憚る。 

籠を開いて其の去るを聽【ゆる】せば,鬱屈【うっくつ】して尚お不平なり。 

爾を賣るは我が罪に非らず,屠【ほう】らざるは豈に情非らずや。 

靈珠の報を祈らず,幸いにして嫌怨【けんえん】を并【あわ】す無かれ。 

聊か歌うて以って之を記し,又た以って同行に告ぐ。

2潮州広東00 

 

『初南食貽元十八協律』#2 現代語訳と訳註

(本文) #2

章舉馬甲柱,鬥以怪自呈。 

其餘數十種,莫不可歎驚。 

我來禦魑魅,自宜味南烹。 

調以鹹與酸,芼以椒與橙。 

腥臊始發越,咀吞面汗騂。 

 

(下し文)

章舉と馬甲柱は,鬥わすに怪を以って自ら呈す。 

其の餘 數十種あり,歎驚【たんけい】す可からざる莫し。 

我來って魑魅【ちみ】に禦る,自ら宜しく南烹【なんぽう】を味わうべし。 

調するに鹹【かん】と酸とを以ってし,芼するに椒と橙とを以ってす。 

腥臊【せいそう】始めて越を發し,咀吞【そとん】すれば 面汗騂【あか】し。 

 

(現代語訳)

章舉(たこ)と馬甲柱(かいばしら)は、奇怪なものとしてどちらが勝かその先頭に立つものである。

その種類も数十種をあまるだけあり、一つとして歎驚を値するものはないということはないのだ。

わたしは魑魅にあたるために、この地に投ぜられた貶謫されたの身であるので、否が応でもこの南方の料理をよろしく味わうのである。

その南方の料理は甘酸をもって調理し、胡椒や橙汁で味をつけて喰うようになっている。

薬味を加えていない羊肉はひどく嫌なにおいがするだけに始めて南の国を旅立ちたいと思うし、慣れないものはなかなか口にできず、咀嚼して無理に飲み下すと、顔に脂汗が流れるくらいである。

 

杏の花0055 

(訳注)

初南食貽元十八協律  #2

(初めて南方の料理を食べたことにより、賦して元協律に贈ったもの。)

 

章舉 馬甲柱 ,鬥以 自呈。

章舉(たこ)と馬甲柱(かいばしら)は、奇怪なものとしてどちらが勝かその先頭に立つものである。

「章舉」語義類別:物、生物、動物專名(水生兩棲)、章魚。

「馬甲柱」かいばしら、肉柱。

 

其餘 數十 ,莫不 可歎

その種類も数十種をあまるだけあり、一つとして歎驚を値するものはないということはないのだ。

 

我來 魑魅 ,自宜味 南烹

わたしは魑魅にあたるために、この地に投ぜられた貶謫されたの身であるので、否が応でもこの南方の料理をよろしく味わうのである。

「魑魅」魑魅は山の怪、魍魎は川の怪であり、一般には山河すべての怪として魑魅魍魎の名で用いられることが多い。

「南烹」南方の料理。

 

調以 與酸 ,芼以 與橙

その南方の料理は甘酸をもって調理し、胡椒や橙汁で味をつけて喰うようになっている。

「調」語義類別:人、行為動作、一般行為(言部)、調。

「鹹」1 トウガラシ・ワサビなどのように、舌やのどを強く刺激するような味である。「2 (鹹い)塩気が多い。しょっぱい。3 甘みが少なくさっぱりとしていて、ひきしまっている。酒の味などにいう。4 評価の基準などが厳しい。5 つらい。苦しい。6 残酷である。むごい。7 危ない。危うい。8 気にくわない。いやだ。。

「芼」はびこる。

「椒」山椒。胡椒。

「橙」だいだい。

 

腥臊 始發 越,咀吞 面汗

薬味を加えていない羊肉はひどく嫌なにおいがするだけに始めて南の国を旅立ちたいと思うし、慣れないものはなかなか口にできず、咀嚼して無理に飲み下すと、顔に脂汗が流れるくらいである。

「腥臊」(キツネや尿のような)生臭い臭いのする.生臭く小便臭い,むっとするような嫌なにおいがする.薬味を加えていない羊肉はひどく嫌なにおいがする。
泰山の夕日 

《初南食貽元十八協律》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <923>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3599韓愈詩-238-1

韓愈《初南食貽元十八協律  兜かには、実際、惠文の冠のような形をしており、それが海を泳ぐときは、背上の眼をきらめかし、雌が牡をおうて行くということである。牡蠣は、互いに点着して一塊をなしており、その大きさは山のように幾百幾千というものが、個々別々に生をなしている。


2014年1月15日 の紀頌之5つのブログ
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