中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

七言絶句

408 《酬韓侍郎張博士雨後遊曲江見寄》白居易(白楽天) Ⅱ中唐<1094>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4454韓愈詩-408

今日は雨が降って鞍馬隊の後に随って行こうと思うと、泥濘の道をこねてゆかねばならず、それで曲江池に出かけるというのもおっくうであり、つい無精をしてしまったのだ。

 
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《酬韓侍郎張博士雨後遊曲江見寄》白居易(白楽天) Ⅱ中唐<1094>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4454韓愈詩-408

 

 

同水部張員外籍曲江春遊,寄白二十二舍人  ≪韓愈≫

漠漠輕陰晚自開,青天白日映樓臺。 

曲江水滿花千樹,有底忙時不肯來。 

(張籍と共に春日、曲江に遊び、杏花を感賞し、仍て中書舎人の白居易に寄せたのである。)

花が咲き誇り、花霞みに花曇りも、晩方になって、はじめて晴れ渡り、青天白日が樓臺に映し、また一層眺めることを増したのだ。

今しも曲江の池水は、溶溶として満ちていて、そこに咲く千樹の杏花は真っ盛りで、最も感賞に良い時期である。我々二人はここに風流の興をほしいままにしているが、君はどんなに忙しいことがあってこられないのかまことに遺憾の至りである。

 

(水部張員外籍と同じく曲江に春遊し,寄白二十二舍人にす)≪韓愈≫

漠漠たる輕陰 晚に自ら開く,青天 白日 樓臺に映ず。

曲江 水滿ち花千樹,底【なん】の忙しき時有って肯えて來らざる。 

 

 

七言絕句(唐·白居易)

酬韓侍郎張博士雨後遊曲江見寄

小園新種紅櫻樹,閑遶花行便當遊。

何必更隨鞍馬隊,衝泥蹋雨曲江頭。

(韓愈侍郎と張博士が雨がふった後に曲江に遊んでいるからと詩を寄せてきたのを見て それに酬ゆる詩)≪白居易≫

我家の庭園には、近頃、あらたに紅櫻樹を植えた、今が見ごろであるところから、花の下をめぐって歩くのが気に入っておるところ、それでもって出遊の変わりにしているのだ。

今日は雨が降って鞍馬隊の後に随って行こうと思うと、泥濘の道をこねてゆかねばならず、それで曲江池に出かけるというのもおっくうであり、つい無精をしてしまったのだ。

 

(韓侍郎 張博士 雨後に曲江に遊び寄せ見 酬ゆ)

小園 新種 紅櫻樹,閑にして 花行の便 遊ぶに當って遶る。

何ぞ必更 鞍馬隊に隨い,泥に衝いて雨に蹋れ曲江の頭り。

 

長安城郭015 

『酬韓侍郎張博士雨後遊曲江見寄』 現代語訳と訳註

(本文)

酬韓侍郎張博士雨後遊曲江見寄

小園新種紅櫻樹,閑遶花行便當遊。

何必更隨鞍馬隊,衝泥蹋雨曲江頭。

 

(下し文)

(韓侍郎 張博士 雨後に曲江に遊び寄せ見 酬ゆ)

小園 新種 紅櫻樹,閑にして 花行の便 遊ぶに當って遶る。

何ぞ必更 鞍馬隊に隨い,泥に衝いて雨に蹋れ曲江の頭り。

 

(現代語訳)

(韓愈侍郎と張博士が雨がふった後に曲江に遊んでいるからと詩を寄せてきたのを見て それに酬ゆる詩)≪白居易≫

我家の庭園には、近頃、あらたに紅櫻樹を植えた、今が見ごろであるところから、花の下をめぐって歩くのが気に入っておるところ、それでもって出遊の変わりにしているのだ。

今日は雨が降って鞍馬隊の後に随って行こうと思うと、泥濘の道をこねてゆかねばならず、それで曲江池に出かけるというのもおっくうであり、つい無精をしてしまったのだ。

 

 

(訳注)

酬韓侍郎張博士雨後遊曲江見寄

(韓愈侍郎と張博士が雨がふった後に曲江に遊んでいるからと詩を寄せてきたのを見て それに酬ゆる詩)≪白居易≫
 

小園新種紅櫻樹,閑遶花行便當遊。

我家の庭園には、近頃、あらたに紅櫻樹を植えた、今が見ごろであるところから、花の下をめぐって歩くのが気に入っておるところ、それでもって出遊の変わりにしているのだ。

 

何必更隨鞍馬隊,衝泥蹋雨曲江頭。

今日は雨が降って鞍馬隊の後に随って行こうと思うと、泥濘の道をこねてゆかねばならず、それで曲江池に出かけるというのもおっくうであり、つい無精をしてしまったのだ。

必更隨 かならずしも随うことにはならない。(鞍馬隊が路をこねくってどろどろにしていることで)

蹋 ふみつける。あしぶみをする。
辟雍00 
408


000 《和韓侍郎題楊舎人林池見寄》白居易(白楽天) Ⅱ中唐<1089>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4429

(白居易は韓愈の下の詩に対して和したものである。中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたいといったものに答えていったものだ。)楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るがもう春になって氷も解けだしている。やがて風が吹き、太陽も燦々と照りだすことだから、もう凍ることなどないのだ。

 
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和韓侍郎題楊舎人林池見寄  白居易

渠入暗流春凍解。風吹日炙不成凝。

鳳池冷暖君諳在。二月因何更有氷。

(白居易は韓愈の下の詩に対して和したものである。中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたいといったものに答えていったものだ。)

楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るがもう春になって氷も解けだしている。やがて風が吹き、太陽も燦々と照りだすことだから、もう凍ることなどないのだ。

君(韓愈)もかつて中書舎人に官したことがあるから、鳳凰池の冷暖についてよく知っていることだろうから、この二月になって氷などあろうはずもなく、まことに結構なところであるから、自分も今のところ満足しておるのです。

 

(韓侍郎 楊舎人の林池に題す見寄せて和す) ―白居易

渠 暗流に入り 春凍解し。風 日炙に吹き 凝と成らず。

鳳池の冷暖 君諳在り。二月 何に因って更に氷ること有らん。

 

長安城郭015 

『和韓侍郎題楊舎人林池見寄』 現代語訳と訳註

(本文)

和韓侍郎題楊舎人林池見寄  白居易

渠入暗流春凍解。風吹日炙不成凝。

鳳池冷暖君諳在。二月因何更有氷。

 

(下し文)

(韓侍郎 楊舎人の林池に題す見寄せて和す) ―白居易

渠 暗流に入り 春凍解し。風 日炙に吹き 凝と成らず。

鳳池の冷暖 君諳在り。二月 何に因って更に氷ること有らん。

 

(現代語訳)

(白居易は韓愈の下の詩に対して和したものである。中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたいといったものに答えていったものだ。)

楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るがもう春になって氷も解けだしている。やがて風が吹き、太陽も燦々と照りだすことだから、もう凍ることなどないのだ。

君(韓愈)もかつて中書舎人に官したことがあるから、鳳凰池の冷暖についてよく知っていることだろうから、この二月になって氷などあろうはずもなく、まことに結構なところであるから、自分も今のところ満足しておるのです。

 

(訳注)

和韓侍郎題楊舎人林池見寄  

(白居易は韓愈の下の詩に対して和したものである。中書省に務める三人、楊嗣復、白居易、馮宿の三人は朝廷そのものが冬の様なものだけど適材であるし、よく務めている、そのままずっといてもらいたいといったものに答えていったものだ。)

『早春與張十八博士籍遊楊尚書林亭,寄第三閣老兼呈白馮二閣老』韓愈

牆下春渠入禁溝,渠冰初破滿渠浮。

鳳池近日長先暖,流到池時更不流。

早春 張十八博士籍 と楊尚書の林亭に遊び,第三閣老に寄せ兼ねて白馮 二閣老に呈す。

牆下の春渠 禁溝に入り,渠冰 初めて破れて渠に滿ちて浮ぶ。

鳳池 日に近く長く先ず暖かなり,流れて池に到る時に更に 流れず。

 

 

楊嗣復(783年-848年),字繼之,又は字を慶門といい,虢州弘農(今河南省靈寶縣)の人である。

楊於陵の次男で,楊虞卿の一族兄弟である。八歲で能く文をつくる,主考官權 德輿錄の進士と為る,二十歲で博學宏詞科に登り,宰相武元衡に到って賞識を受る。李德裕の政を輔け,湖南觀察使に転じられ。會昌元年(841年)三月被って潮州に貶せられる。唐宣宗の大中の初めに,召されて吏部尚書を為す。卒した諡は孝穆。

白居易 唐の代表的文学者。香山居士と号した。太原(山西省)の人。字により,白楽天とよばれることが多い。家は貧しかったが勉学にはげみ,科挙及第ののち803年(貞元19)に任官した。806年(元和1)厔(ちゆうちつ)県(陝西省)の尉となり,このとき《長恨歌》を作って詩人としての名声を得た。次いで中央政府入りして翰林学士となり,左拾遺に昇進し,当時の天子憲宗に気に入られ,しばしば意見書を呈上,さらに昇進を重ねて太子左賛善大夫に至ったが,815年(元和10)の上奏文が原因で江州(江西省)の司馬に左遷された。

張籍 中唐の詩人。字は文昌。和州烏江(安徽省)あるいは東郡(河南省)の人といわれる。貞元15年(799)の進士で国子司業などをつとめる。韓愈の門下のひとり。とりわけ楽府(がふ)に長じ,僚友の王建の作とともに〈張王楽府〉と並称される。官僚としては不遇だった彼には〈征婦怨〉や〈築城詞〉など民衆の苦痛を訴え,為政者を批判する作品が多く,その点杜甫,元結の詩風を受け継ぎ,同時代の大詩人で友人でもあった白居易が絶賛している。

馮宿 (766年—836年),字は拱之,婺州の人。貞元中、進士の第に登る。張建封,辟して掌書記と為す。長慶の初め刑部郎中を以て知制誥,太和の初め河南尹と為る。工,刑,二部の郎中,東川節度使を歴たり。集,四十巻。今,詩,二首を存す

 

渠入暗流春凍解。風吹日炙不成凝。

楊尚書の別邸にある牆下の溝水は、流れて宮城の濠に入るがもう春になって氷も解けだしている。やがて風が吹き、太陽も燦々と照りだすことだから、もう凍ることなどないのだ。

 

鳳池冷暖君諳在。二月因何更有氷。

君(韓愈)もかつて中書舎人に官したことがあるから、鳳凰池の冷暖についてよく知っていることだろうから、この二月になって氷などあろうはずもなく、まことに結構なところであるから、自分も今のところ満足しておるのです。

長安城皇城図 

《寄隨州周員外》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <974>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3854韓愈詩-267

韓愈《寄隨州周員外》 お互いに董晉の幕客であった陸長源、孟叔度、邱穎、楊凝等の人たちは、いずれも久しい昔に死んでいて、黄塵に化してしまっていて、今日生き残っているものが誰かあるのだろうか。道家の君は、これまで金丹を服餌することを好んでおられたけれど、別後、定めて、その調合法を伝授してもらったおかげで、南方に行ってもこうして病身の身を救って元気で居られたものであると思っております。


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張平子(張衡)《西京賦》(24)(建章宮〔一〕)#10-3 文選 賦<114―(24)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1061 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3853
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《寄隨州周員外》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <974>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3854韓愈詩-267

 

 

年: 820年  元和十五年  53歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 寄隨州周員外 

及地點:  隨州 (山南東道 隨州 隨州) 別名:漢東     

交遊人物: 周愿

 

 

寄隨州周員外

(会いたいと思っていたが会えないのでこのまま長安に向かうので、随州の周君巢刺史に寄せる。)

陸孟丘楊久作塵,同時存者更誰人。 

お互いに董晉の幕客であった陸長源、孟叔度、邱穎、楊凝等の人たちは、いずれも久しい昔に死んでいて、黄塵に化してしまっていて、今日生き残っているものが誰かあるのだろうか。

金丹別後知傳得,乞取刀圭救病身。 

道家の君は、これまで金丹を服餌することを好んでおられたけれど、別後、定めて、その調合法を伝授してもらったおかげで、南方に行ってもこうして病身の身を救って元気で居られたものであると思っております。

 

(隨州周員外に寄す)

陸孟 丘楊 久しく塵と作り,同時に存する者 更に誰人ぞ。 

金丹 別後 知る傳へ得たるを,刀圭を乞取【きつしゅ】して 病身を救う。 

韓愈安陸南陽白水01 

 

『寄隨州周員外』 現代語訳と訳註

(本文)

寄隨州周員外

陸孟丘楊久作塵,同時存者更誰人。 

金丹別後知傳得,乞取刀圭救病身。 

 

(下し文)

(隨州周員外に寄す)

陸、孟、丘、楊 久しく塵と作り,同時に存する者 更に誰人ぞ。 

金丹 別後 知る傳へ得たるを,刀圭を乞取【きつしゅ】して 病身を救う。 

 

(現代語訳)

(会いたいと思っていたが会えないのでこのまま長安に向かうので、随州の周君巢刺史に寄せる。)

お互いに董晉の幕客であった陸長源、孟叔度、邱穎、楊凝等の人たちは、いずれも久しい昔に死んでいて、黄塵に化してしまっていて、今日生き残っているものが誰かあるのだろうか。

道家の君は、これまで金丹を服餌することを好んでおられたけれど、別後、定めて、その調合法を伝授してもらったおかげで、南方に行ってもこうして病身の身を救って元気で居られたものであると思っております。

 

(訳注)

寄隨州周員外

(会いたいと思っていたが会えないのでこのまま長安に向かうので、随州の周君巢刺史に寄せる。)

隨州刺史員外周君巢は下記の詩にも見えた。この詩は途中から彼にあてたもので、会えないので寄せたのだ。

自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕

行行指漢東,暫喜笑言同。 

雨雪離江上,蒹葭出夢中。 

面猶含瘴色,眼已見華風。 

歲暮難相值,酣歌未可終。

(この詩は袁州より召されて京に帰ろうとするとき、途中安陸に宿をしようとあらかじめ随州の周君巢刺史に寄せたものである。)

 

陸孟丘楊久作塵,同時存者更誰人。 

お互いに董晉の幕客であった陸長源、孟叔度、邱穎、楊凝等の人たちは、いずれも久しい昔に死んでいて、黄塵に化してしまっていて、今日生き残っているものが誰かあるのだろうか。

○陸孟丘楊 董晉幕府の陸長源、孟叔度、邱穎、楊凝ということ。董晉は(724年-799年),字を混成という,唐河東虞鄉(今の山西省永濟)万歳里の人。開元十二年(724年)生れ,唐玄宗の後期中明に及第を經て,唐肅宗即位の後,秘書省校書郎に任命され,翰林に供職す。歴任したのは衛尉丞、汾州司馬、淮南節度判官、殿中侍御史、主客員外郎、祠部郎中である。

韓愈は792年進士及第し、793・794年上級の博学宏詞科の落第が続いていたころのあと、董晉に随って汴州の観察推官として幕下についたころの同僚であったり、部下であったもの。

 

金丹別後知傳得,乞取刀圭救病身。 

道家の君は、これまで金丹を服餌することを好んでおられたけれど、別後、定めて、その調合法を伝授してもらったおかげで、南方に行ってもこうして病身の身を救って元気で居られたものであると思っております。

○金丹 道教の道士が金石を砕いて練って作ったという不老不死の薬。現在の見方からすれば、ミネラル接種に役立ち、免疫力を付けたということであろう。
韓愈の地図01 

《題廣昌館》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <973>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3849韓愈詩-266

韓愈《題廣昌館》 このあたりにあった墳墓などは近頃発掘されたものの、様々なものが官道に散らばしているのだ。昔、南陽には、王朝近親者が多くいるのでこの地を検問せず、特別扱いされていたというが、千年後の今日、近親も何もあったものではない。だからこんな有様は、惨澹たるものではないか。


2014年3月6日

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作時年:  820年  元和十五年  53歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 題廣昌館【案:在隨州棗陽縣南。】 

及地點:廣昌館 (山南東道 隨州 棗陽)     

白水 (京畿道 同州 白水)     

南陽 (山南東道 鄧州 南陽) 別名:南都     

 

 

題廣昌館

(山南東道 隨州の廣昌館の漢の旧跡が破滅状態になっていることを歎いて題す。)

白水龍飛已幾春,偶逢遺跡問耕人。 

漢の世祖光武帝が白水の地から龍飛の如く出でて、炎運中興の大業を成し遂げてから幾久しく春を迎えたことか。今、たまたまここを通り、その遺跡たる廣昌館に来たが、とりあえず、畑を耕している農民に呼びかけて、いろいろ問うてみた。

丘墳發掘當官路,何處南陽有近親。 

このあたりにあった墳墓などは近頃発掘されたものの、様々なものが官道に散らばしているのだ。昔、南陽には、王朝近親者が多くいるのでこの地を検問せず、特別扱いされていたというが、千年後の今日、近親も何もあったものではない。だからこんな有様は、惨澹たるものではないか。

 

(廣昌館に題す)

白水 龍 飛んで已に幾春,偶【たまた】ま遺跡に逢うて耕人に問う。

丘墳 發掘して官路に當る,何れの處にか 南陽に近親有る。 

 

韓愈安陸南陽白水01

 

 

『題廣昌館』 現代語訳と訳註

(本文)

白水龍飛已幾春,偶逢遺跡問耕人。 

丘墳發掘當官路,何處南陽有近親。 

(異文)

白水龍飛已幾春,偶逢遺跡問耕人【偶尋遺跡問耕人】。

丘墳發掘當官路【丘墳發掘當官道】,何處南陽有近親。 

 

(下し文)

(廣昌館に題す)

白水 龍 飛んで已に幾春,偶【たまた】ま遺跡に逢うて耕人に問う。

丘墳 發掘して官路に當る,何れの處にか 南陽に近親有る。 

 

(現代語訳)

(山南東道 隨州の廣昌館の漢の旧跡が破滅状態になっていることを歎いて題す。)

漢の世祖光武帝が白水の地から龍飛の如く出でて、炎運中興の大業を成し遂げてから幾久しく春を迎えたことか。今、たまたまここを通り、その遺跡たる廣昌館に来たが、とりあえず、畑を耕している農民に呼びかけて、いろいろ問うてみた。

このあたりにあった墳墓などは近頃発掘されたものの、様々なものが官道に散らばしているのだ。昔、南陽には、王朝近親者が多くいるのでこの地を検問せず、特別扱いされていたというが、千年後の今日、近親も何もあったものではない。だからこんな有様は、惨澹たるものではないか。

(訳注)

題廣昌館

(山南東道 隨州の廣昌館の漢の旧跡が破滅状態になっていることを歎いて題す。)

○廣昌館 地名。山南東道 隨州 棗陽のこと。

韓愈が安陸を過ぎ、隋州、南陽郡をずぎて、棗陽に差し掛かり、漢の旧跡が破滅状態になっていることを歎いて詠ったもの。

 

白水龍飛已幾春,偶逢遺跡問耕人。 

漢の世祖光武帝が白水の地から龍飛の如く出でて、炎運中興の大業を成し遂げてから幾久しく春を迎えたことか。今、たまたまここを通り、その遺跡たる廣昌館に来たが、とりあえず、畑を耕している農民に呼びかけて、いろいろ問うてみた。

○白水 京畿道 同州 白水。漢の世祖光武帝がこの地で生まれた。かつてはこの白水、南陽のあたりは賑やかであったが、韓愈がここを通ると荒れ果てていたが、ところ所、旧趾が発掘されたのを見てこの詩を作った。

○龍飛 漢の世祖光武帝がよにでたことをいう。

○遺跡 楚の昭王廟の遺跡。

 

丘墳發掘當官路,何處南陽有近親。 

このあたりにあった墳墓などは近頃発掘されたものの、様々なものが官道に散らばしているのだ。昔、南陽には、王朝近親者が多くいるのでこの地を検問せず、特別扱いされていたというが、千年後の今日、近親も何もあったものではない。だからこんな有様は、惨澹たるものではないか。

○當官路 発掘したものを道路に投げ出している。

○南陽 山南東道 鄧州 南陽) 別名:南都

○有近親 南陽には王朝近親者が多くいる。だから、吏も充分にこの地を検問せず、特別扱いされたという
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韓愈《遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂》 蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。


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《遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂〔自注:蕭兄有女出家。〕 》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <971>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3839韓愈詩-264

 

年:820年  元和十五年  53歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題:遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂〔自注:蕭兄有女出家。〕

作地點: 廬山(江南西道 / 江州 / 廬山) 

及地點: 西林寺 (江南西道 江州 廬山)     

廬山 (江南西道 江州 廬山) 別名:廬嶽、匡山     

交遊人物: 蕭存

 

 

遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂

(盧山の西林寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があったのでこの詩を作る。)

〔自注:蕭兄有女出家。〕

〔蕭兄中郎には女の子がいたが家を相続していくものがいなかった。〕

中郎有女能傳業,伯道無兒可保家。 

蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。

偶到匡山曾住處,幾行衰淚落煙霞。 

今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。

 

西林寺に遊び蕭二兄郎中舊堂に題す。〔自注:蕭兄は女有り家を出す。〕

中郎 女の能く業を傳うる有り,伯道 兒の家を保つ可き無し。 

偶ま 匡山【きょうざん】曾住の處に到れば,幾行の衰淚 煙霞に落つ。 

 

 

『遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂』 現代語訳と訳註

(本文)

遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂【〔自注:蕭兄有女出家。〕

中郎有女能傳業,伯道無兒可保家。 

偶到匡山曾住處,幾行衰淚落煙霞。 

 

 

(下し文)

西林寺に遊び蕭二兄郎中舊堂に題す。〔自注:蕭兄は女有り家を出す。〕

中郎 女の能く業を傳うる有り,伯道 兒の家を保つ可き無し。 

偶ま 匡山【きょうざん】曾住の處に到れば,幾行の衰淚 煙霞に落つ。 

 

(現代語訳)

(盧山の西林寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があったのでこの詩を作る。)

〔蕭兄中郎には女の子がいたが家を相続していくものがいなかった。〕

蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。

今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。

韓愈の地図01 

 

(訳注)

遊西林寺題蕭二兄郎中舊堂

(盧山の西林寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があったのでこの詩を作る。)

〔自注:蕭兄有女出家。〕

〔蕭兄中郎には女の子がいたが家を相続していくものがいなかった。〕

○西林寺 盧山寺のこと。この寺に立ち寄る際に旧知の蕭兄郎中の旧居があった。

○蕭二兄郎中 蕭存といい、字は伯誠。建中の初め、殿中御史に遷り、四度、比部郎中に遷り、裴延齢の姦を憎疾んで官を去り、風痹によって卒す。

舊堂 故蕭二兄郎中舊堂

 

中郎有女能傳業,伯道無兒可保家。 

蕭兄郎中が没せられて、既に久しいが、よく伝家の業を伝えられ得る才女があるというのは蔡琰中郎のようである。家を相続してゆく男子がないということは、あたかも鄧伯道のように誠に痛ましいことである。

○中郎有女 蔡琰中郎

○鄧伯道 「使鄧伯道無兒。弟子綏服攸喪三年。」(鄧伯道をして兒無かおとずれと。弟の子綏、攸の喪に服すこと三年なり。)天下の者は、自分の子は見苦しいほどに可愛がって甥などは根から構わない。そこで、事から真似ず、古人は子を捨てて甥を養ったと思えばこちらのためになる。

 

偶到匡山曾住處,幾行衰淚落煙霞。 

今、たまたまこの盧山の旧居跡をたづねると、物有って人なし、ここに昔日知遇の恩を思い出でて、追慕自ら禁ぜず、私としても、老衰の身、幾行の涕が煙霞に降り注ぐだけである。

○匡山 盧山のこと。

○曾住處 曾て住居であった所に来ているが、誰もいないこと。後継ぎがいないことをいう。
keikoku00 

《送侯喜》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <968>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3824韓愈詩-261

韓愈《送侯喜》 世の時勢に遅れてしまい、全くの落伍者になってしまったので、都登路の車馬絡駅の塵埃を一人トボトボと歩くというのが億劫になって、今日、賜暇を願い出て長官たる私と別れて何処へ行こうというのか、気分転換、心機一転の作としては大いに結構なことである。正月、一般の業務の始まるころまでにはどうしても帰ってきてもらわねばなるまい。


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《送侯喜》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <968>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3824韓愈詩-261

 

 

年:820年  元和十五年  53歲

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 送侯喜 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) 

交遊人物/地點: 侯喜 當地交遊(京畿道 京兆府 長安)

 

 

送侯喜

(賜暇を願い出た侯喜を許可し見送る)

已作龍鐘後時者,懶於街裡蹋塵埃。 

君はもうすでに衰老という世代になっていて、世の時勢に遅れてしまい、全くの落伍者になってしまったので、都登路の車馬絡駅の間を、塵埃を踏みつつ一人トボトボと歩くというのが億劫になってしまったようだ。

如今便別長官去,直到新年衙日來。 

それももっともな事であろうが、今日、賜暇を願い出て長官たる私と別れて何処へ行こうというのか、気分転換、心機一転の作としては大いに結構なことであるが、しかし、正月、一般の業務の始まるころまでにはどうしても帰ってきてもらわねばなるまい。

 

(侯喜を送る)

已に龍鐘【りょうしょう】時に後るるものと作り,於街裡【がいり】に塵埃【じんあい】を蹋むより懶【ものう】し。 

今の如き 便ち長官に別れて去り,直ちに新年の衙日【がじつ】に到って來【こら】れよ。 

甘粛省-嘉峪関 

 

『送侯喜』 現代語訳と訳註

(本文)

送侯喜

已作龍鐘後時者,懶於街裡蹋塵埃。 

如今便別長官去,直到新年衙日來。 

 

 

(下し文)

(侯喜を送る)

已に龍鐘【りょうしょう】時に後るるものと作り,於街裡【がいり】に塵埃【じんあい】を蹋むより懶【ものう】し。 

今の如き 便ち長官に別れて去り,直ちに新年の衙日【がじつ】に到って來【こら】れよ。 

 

(現代語訳)

(賜暇を願い出た侯喜を許可し見送る)

君はもうすでに衰老という世代になっていて、世の時勢に遅れてしまい、全くの落伍者になってしまったので、都登路の車馬絡駅の間を、塵埃を踏みつつ一人トボトボと歩くというのが億劫になってしまったようだ。

それももっともな事であろうが、今日、賜暇を願い出て長官たる私と別れて何処へ行こうというのか、気分転換、心機一転の作としては大いに結構なことであるが、しかし、正月、一般の業務の始まるころまでにはどうしても帰ってきてもらわねばなるまい。

杏の花0055 

(訳注)

送侯喜

(賜暇を願い出た侯喜を許可し見送る)

別に『喜侯喜至寄張籍張徹』五言古詩というのがあり韓愈の門下性である。また、821年、長慶元年『雨中寄張博士籍、侯主簿喜』の時は韓愈が國子祭酒の大学総長であり、長官であったので、主簿は大学書記官で直属上司であった。

 

已作 龍鐘 後時 者 ,懶於 街裡 蹋 塵埃 。

君はもうすでに衰老という世代になっていて、世の時勢に遅れてしまい、全くの落伍者になってしまったので、都登路の車馬絡駅の間を、塵埃を踏みつつ一人トボトボと歩くというのが億劫になってしまったようだ。

「已作」すでに~と作す。

「龍鐘」衰老という世代になっているころ。生理狀態で、老いてる状況をいう。『除官赴闕至江州寄鄂岳李大夫』「盆城去鄂渚,風便一日耳。不枉故人書,無因帆江水。故人辭禮闈,旌節鎮江圻。而我竄逐者,龍鐘初得歸。 」(官を除せられて闕に赴むいて江州に至り 鄂岳 李大夫に寄す)盆城は、鄂渚を去る,風便 一日 のみ。故人の書を枉げざれば,江水に帆する因無し。故人 禮闈【れいい】を辭し,旌節 江圻【こうさ】を鎮す。而【しか】も我 竄逐【ざんちく】の者,龍鐘【りょうしょう】初めて歸るを得たり。

「後時者」世の時勢に遅れてしまい、全くの落伍者。

「街裡蹋塵埃」都登路の車馬各駅の間を塵埃をふぃみつつつ一人トボトボと歩く。

 

 

如今 便別 長官 去 ,直到 新年 衙日 來 。

それももっともな事であろうが、今日、賜暇を願い出て長官たる私と別れて何処へ行こうというのか、気分転換、心機一転の作としては大いに結構なことであるが、しかし、正月、一般の業務の始まるころまでにはどうしても帰ってきてもらわねばなるまい。

「別長官」賜暇を願い出て長官たる私と別れる。

「去」何処へ行こうということ。

「到」帰ってきてもらわねばなるまい。

「新年衙日來」節慶、新年正月、一般の業務の始まるころまでにはどうしても。

 10risho長安城の図035

《題秀禪師房》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <964>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3804韓愈詩-259

韓愈《題秀禪師房》 両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。


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《題秀禪師房》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <964>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3804韓愈詩-259

 

 

作時年:  820年  元和十五年  53歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 題秀禪師房 

作地點: 目前尚無資料 

交遊人物: 秀禪師

 

 

題秀禪師房

(秀禪師は、宣渓付近に房を構えていて、そこに訪問したもので、そこの壁に題したものである。)

橋夾水松行百步,竹床莞席到僧家。 

両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。

暫拳一手支頭臥,還把魚竿下釣沙。 

そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。

 

秀禪師の房に題す

橋は水松を夾【あわ】せて行くこと百步,竹床 莞席【かんせき】僧家に到る。 

暫く一手を拳げて頭を支えて臥し,還た 魚竿を把って釣沙に下る。

韓愈の地図00 

 

『題秀禪師房』 現代語訳と訳註

(本文)

題秀禪師房

橋夾水松行百步,竹床莞席到僧家。 

暫拳一手支頭臥,還把魚竿下釣沙。 

 

(下し文)

秀禪師の房に題す

橋は水松を夾【あわ】せて行くこと百步,竹床 莞席【かんせき】僧家に到る。 

暫く一手を拳げて頭を支えて臥し,還た 魚竿を把って釣沙に下る。

 

(現代語訳)

(秀禪師は、宣渓付近に房を構えていて、そこに訪問したもので、そこの壁に題したものである。)

両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。

そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。

 泰山の夕日

(訳注)

題秀禪師房

(秀禪師は、宣渓付近に房を構えていて、そこに訪問したもので、そこの壁に題したものである。)

韓愈が潮州に貶められ量移されて、兗州に向かう際に作ったもの。量移とは、唐代に遠方に貶せられ、許されて近い地へ転任させられることをいう。

 

橋夾 水松 行 百步 ,竹牀 莞席 到 僧家 。

両岸には、松が生い茂り、その間には橋が架かっていてその長さは百歩行くだけの長さのものである。それを渡り尽くすと秀禪師の僧房で竹牀 莞席が用意してある。

「竹牀」竹で作ったベッド。

「莞席」器物、生活用品、起居用品、席。

 

暫拳 一手 支頭臥 ,還把 魚竿 下釣 沙 。

そこでしばらくの間、肘を枕に寝そべってみて、それから、起き上がって、今度は、釣り竿を手にして、魚が最も釣れそうな砂浜に降りて行くのである。
2潮州広東00 

《將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <963>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3799韓愈詩-258

韓愈《將至韶州,先寄張端公使君借圖經》韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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杜甫全詩 韓愈全詩 李白全集 文選 古詩源 玉台新詠 花間集

 

《將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <963>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3799韓愈詩-258

 

 

作時年:  820年  元和十五年  53歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕 

及地點:  韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東吳     

曲江 (嶺南道東部 韶州 曲江)     

交遊人物/地點: 張蒙 書信往來(嶺南道東部 韶州 韶州)

 

 

將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕

(韶州に到ろうとするので、まず、刺史の張曙に寄せて、地図を借りようとこの詩を作った)

曲江山水聞來久,恐不知名訪倍難。 

韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。

願借圖經將入界,每逢佳處便開看。 

そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。その道すがら、素晴らしい景色を訪れて、そのたびごとに、その地図を開きさえすれば、すぐに名前がわかって、せっかくの名所を見落とさなくて済むことであろう。

 

(將に韶州に至らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〔將に韶州に入らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〕)

曲江の山水 聞き來ること久し,恐らくは名を知らず 訪うこと倍【ますま】す難からんことを 

願わくば圖經を借りて將に界に入らむとし,佳處に逢う每に便を開いて看ん。 

浮桟橋00 

 

『將至韶州,先寄張端公使君借圖經』 現代語訳と訳註

(本文)

將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕

曲江山水聞來久,恐不知名訪倍難。 

願借圖經將入界,每逢佳處便開看。 

 

(下し文)

(將に韶州に至らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〔將に韶州に入らむとし,先づ張端公使君に寄せて圖經を借る〕)

曲江の山水 聞き來ること久し,恐らくは名を知らず 訪うこと倍【ますま】す難からんことを 

願わくば圖經を借りて將に界に入らむとし,佳處に逢う每に便を開いて看ん。 

 

(現代語訳)

(韶州に到ろうとするので、まず、刺史の張曙に寄せて、地図を借りようとこの詩を作った)

韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。

そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。その道すがら、素晴らしい景色を訪れて、そのたびごとに、その地図を開きさえすれば、すぐに名前がわかって、せっかくの名所を見落とさなくて済むことであろう。

sas0002 

(訳注)

將至韶州,先寄張端公使君借圖經〔將入韶州,先寄張端公使君借圖經〕

(韶州に到ろうとするので、まず、刺史の張曙に寄せて、地図を借りようとこの詩を作った)

韶州に至る際に韶州刺史張曙に地図を借りようとしてこの詩を作った。韓愈はこの地図を借りたので韶州に入り、宣渓に宿泊し、駅路は韶州ではないところを通ったために、張曙似合わずに行くため、刺史から書を寄せられた。

 

曲江山水聞來久,恐不知名訪倍難。 

韶州の曲江の山水を見るにつけ聞くにつけ、十分満足するものであるとするものだが、前もって名前を覚えておかないと、其の地を訪ねても一層難しいという心配があった。

曲江 韶州の曲江(g-23)

 

願借圖經將入界,每逢佳處便開看。 

そこで、君からこの地の地図を拝借し、それを持って、韶州の界に入ろうを思う。その道すがら、素晴らしい景色を訪れて、そのたびごとに、その地図を開きさえすれば、すぐに名前がわかって、せっかくの名所を見落とさなくて済むことであろう。
2潮州広東00 

《過始興江口感懷》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <960>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3784韓愈詩-255

韓愈《過始興江口感懷》 始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。


2014年2月21日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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《過始興江口感懷〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十歲。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <960>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3784韓愈詩-255

 

 

年:819年  元和十四年  52歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 過始興江口感懷〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十歲。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕

地點:  始興江口 (嶺南道東部 韶州 始興)     

2潮州広東00 

過始興江口感懷

(始興江口を過ぎての感懷)

〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十歲。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕

〔韓愈の兄韓會は大曆十に年起居舍人から罪によって韶州刺史に貶められ,韓愈は大曆十四年,韓會に隨って左遷の任地行ったのである,その時歳は十歲であった。是に至って潮州に貶られ,道を始興を過ぎる,感有っての作。(i―23)〕

憶作兒童隨伯氏,南來今只一身存。 

始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。

目前百口還相逐,舊事無人可共論。 

こうして私のこの旅のお供をして面前を行ったり来たり、旅を一緒にする人が大勢いるけれども、昔のことを語り合えるものは誰もいないのだ。

 

(始興江口を過ぎての感懷)

〔大曆十四年,起居舍人韓會は罪を以て貶められ韶刺史とし,愈は會に隨いて遷とす,時に年十歲なり。是に至て潮州に貶れ,道は始興を過ぎて,感有って作る。〕
憶う 兒童たりし作り伯氏に隨いしを,南に來って今 只だ一身存するのみ。 

目前の百口 還た相い逐えども,舊事 人 共に論ず可きもの 無し。


隋堤01

『過始興江口感懷』 現代語訳と訳註

(本文)

過始興江口感懷
〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十歲。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕 

憶作兒童隨伯氏,南來今只一身存。 

目前百口還相逐,舊事無人可共論。 

 

(下し文)

(始興江口を過ぎての感懷)

憶う 兒童たりし作り伯氏に隨いしを,南に來って今 只だ一身存するのみ。 

目前の百口 還た相い逐えども,舊事 人 共に論ず可きもの 無し。 

 

(現代語訳)

(始興江口を過ぎての感懷)

〔韓愈の兄韓會は大曆十に年起居舍人から罪によって韶州刺史に貶められ,韓愈は大曆十四年,韓會に隨って左遷の任地行ったのである,その時歳は十歲であった。是に至って潮州に貶られ,道を始興を過ぎる,感有っての作。(i―23)〕

始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。

こうして私のこの旅のお供をして面前を行ったり来たり、旅を一緒にする人が大勢いるけれども、昔のことを語り合えるものは誰もいないのだ。

 

(訳注)

過始興江口感懷

(始興江口を過ぎての感懷)

〔大曆十四年,起居舍人韓會以罪貶韶刺史,愈隨會而遷,時年十歲。至是貶潮州,道過始興,有感而作。〕

〔韓愈の兄韓會は大曆十に年起居舍人から罪によって韶州刺史に貶められ,韓愈は大曆十四年,韓會に隨って左遷の任地行ったのである,その時歳は十歲であった。是に至って潮州に貶られ,道を始興を過ぎる,感有っての作。(i―23)〕

韓會は大曆十四年三月、罪を以て左遷された。

2潮州広東00 

憶作 兒童 隨 伯氏 ,南來 今只 一身 存 。

始興江口に来て、韶州というところを思い出してみると子供のころ長兄にしたがってこの地に来たのである。今またこうして南に遣って来たのは、その頃のものは誰もいなくてわたし一人だけになっている。

「伯氏」親人眷屬、長兄。

 

 

目前 百口 還 相逐 ,舊事 無人 可共論 。

こうして私のこの旅のお供をして面前を行ったり来たり、旅を一緒にする人が大勢いるけれども、昔のことを語り合えるものは誰もいないのだ。

「目前」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、目前。

「百口」百人。ここでは大勢の人をいう。

「「相逐」追いつ追われつする。ここでは一緒に旅をすること。

「舊事」昔のこと。

「共論」ともに論じあえること。

《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <959>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3779韓愈詩-254

韓愈〔晚次宣溪,二首之二〕貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。


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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <959>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3779韓愈詩-254
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <959>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3779韓愈詩-254

 

 

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詩題: 晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕 

及地點:  宣溪 (嶺南道東部 韶州 韶州)     

韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東吳     

交遊人物: 張蒙

韓愈の地図01 

 

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二〔晚次宣溪,二首之二〕

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)その二
兼金那足比清文,百首相隨愧使君。 

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

俱是嶺南巡管內,莫欺荒僻斷知聞。 

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。 

兼金も那んぞ清文を比するに足らん,百首 相い隨って 使君に愧ず。 

俱に是れ 嶺南巡管の內,荒僻に欺むかれて、知聞を斷つこと莫れ。 

葵00 

『晚次宣溪,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

晚次宣溪,二首之一

韶州南去接宣溪,雲水蒼茫日向西。 

客淚數行先自落,鷓鴣休傍耳邊啼。 

 

(下し文)

(晚に宣溪を次【よぎ】り韶州【しょうしゅう】張端公 使君【しくん】書を惠し別を敘するを【かたじけの】辱うし、絕句二章を以て酬ゆ,二首の一)

韶州 南に去れば 宣溪に接【むか】い,雲水 蒼茫 日 西に向う。 

客の淚 先ず自ら落ちる 數行なり,鷓鴣【しゃこ】耳邊【じへん】に傍うて啼くを休めよ。 

 

(現代語訳)

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)その二

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

 

(訳注)

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之二

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)その二

○宣溪は嶺南道韶州府城の南80里にある。819年  元和十四年  52歲の夏にこの詩を作る。

○張の名は曙 端公は、御史中丞、使君は刺史で、この時、韶州の刺史たる人であった。

○この詩は、韓愈が晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作ったということである。

 

兼金 那足比 清文 ,百首 相隨 愧 使君。

貴方はさながら兼金の様な方であり、その作られる詩文は文彩に飛んでおられる見事なものであります、私と云えば、いつもいつも、百首くらいの詩作しているのでありますが、とても恥ずかしくて張使君には及ぶものではないのです。

「兼金」金の上にさらに黄金で飾ったようなひとである。

 

俱是 嶺南 巡管 內 ,莫欺 荒僻 斷 知聞 。

しかし、潮州も、韶州も同じ嶺南節度使の管轄区域内で,そんなにも隔てているわけでもないから、辺鄙で荒れ果てているということにかまけて折角知り合ったのにそのまま音信不通になることがないようにしましょう。

「嶺南 巡管 內」潮州も、韶州も同じ嶺南節度使の管轄区域内。

「荒僻」辺鄙で荒れ果てているということ。
2潮州広東00 

《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253

韓愈〔晚次宣溪,二首之一〕韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。

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《晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <958>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3774韓愈詩-253

 

 

年:819年  元和十四年  52歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一〔晚次宣溪,二首之一〕

地點:  宣溪 (嶺南道東部 韶州 韶州)  / 韶州 (嶺南道東部 韶州 韶州) 別名:東吳     

交遊人物: 張蒙


 

晚次宣溪,二首之一

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)

韶州南去接宣溪,雲水蒼茫日向西。 

韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。

客淚數行先自落,鷓鴣休傍耳邊啼。 

行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。それは今も、この頬に涙が数行、自然に流れてやまないほどであり、そこへ鷓鴣が耳の傍で鳴いていて、ますます絶えることが出来なくなるので、しばらく休めと言っているのであります。

 

〔晚次宣溪,二首之一〕

(晚に宣溪を次【よぎ】り韶州【しょうしゅう】張端公 使君【しくん】書を惠し別を敘するを【かたじけの】辱うし、絕句二章を以て酬ゆ,二首の一)

韶州 南に去れば 宣溪に接【むか】い,雲水 蒼茫 日 西に向う。 

客の淚 先ず自ら落ちる 數行なり,鷓鴣【しゃこ】耳邊【じへん】に傍うて啼くを休めよ。 

韓愈の地図01 

 

『晚次宣溪,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

晚次宣溪,二首之一

韶州南去接宣溪,雲水蒼茫日向西。 

客淚數行先自落,鷓鴣休傍耳邊啼。 

 

(下し文)

(晚に宣溪を次【よぎ】り韶州【しょうしゅう】張端公 使君【しくん】書を惠し別を敘するを【かたじけの】辱うし、絕句二章を以て酬ゆ,二首の一)

韶州 南に去れば 宣溪に接【むか】い,雲水 蒼茫 日 西に向う。 

客の淚 先ず自ら落ちる 數行なり,鷓鴣【しゃこ】耳邊【じへん】に傍うて啼くを休めよ。 

 

(現代語訳)

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)

韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。

行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。それは今も、この頬に涙が数行、自然に流れてやまないほどであり、そこへ鷓鴣が耳の傍で鳴いていて、ますます絶えることが出来なくなるので、しばらく休めと言っているのであります。

 

(訳注)

晚次宣溪辱韶州張端公使君惠書敘別酬以絕句二章,二首之一

(晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作った)

○宣溪は嶺南道韶州府城の南80里にある。819年  元和十四年  52歲の夏にこの詩を作る。

○張の名は曙 端公は、御史中丞、使君は刺史で、この時、韶州の刺史たる人であった。

○この詩は、韓愈が晩に宣渓に入り宿した時、韶州駐在の張御史から餞別の意を込めた手紙をもらい、これに酬ゆるために絶句二首を作ったということである。

 

韶州 南去 接宣溪 ,雲水 蒼茫 日向 西 。

韶州から南に進んでいけばその地は宣渓に向って接続する。折から、雲と渓谷の水が繋がっているほど蒼茫として、日は西に向かって傾き暮れて行こうとしている。

「韶州」(g-22)韶州。

「宣溪」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、宣溪。

「雲水」茫茫として蒼茫としていて、急流で雲に続く様な渓谷である。天に続くほどではないということ。。

「蒼茫」蒼茫の用語解説 - [ト・タル][文][形動タリ]1 見渡すかぎり青々として広いさま。「―たる大海」2 ほの暗いさま。

 

客淚 數行 先 自落 ,鷓鴣 休傍 耳邊 啼 。

行き行きては八十里ここにお出ましになるのも容易ではないからということでわざわざ書簡をお送りいただいて感謝に堪えない次第であります。それは今も、この頬に涙が数行、自然に流れてやまないほどであり、そこへ鷓鴣が耳の傍で鳴いていて、ますます絶えることが出来なくなるので、しばらく休めと言っているのであります。

「客淚」手紙をもらった客、韓愈。

「數行」手紙をもらったことが嬉しくて流す涙。

「鷓鴣」キジ科シャコ属の鳥の総称。茶褐色の羽毛をもつものが多く、コジュケイに似る。約40種がアフリカ・アジア・ヨーロッパに分布。鈎輈【こうちゅう】 力強く鳴く鷓鴣のなきごえ。『本草鷓鴣』「集解、孔志約曰、鷓鴣生江南、形似る母鷄、鳴けば云う鈎輈格磔亅。」(集解、孔志約曰く、鷓鴣は江南に生ず、形母鷄に似る、鳴けば鈎輈格磔【かくたく】と云う)。
2潮州広東00

《題臨瀧寺》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <957>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3769韓愈詩-252

韓愈(臨瀧寺に題す)長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水(f-23)を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。


2014年2月18日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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張平子(張衡)《西京賦》(7)#2-4 文選 賦<114―(7)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1044 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3768
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《題臨瀧寺》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <957>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3769韓愈詩-252
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-33-1 《 破船ー#1》 ふたたび成都3240 杜甫<664-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3770 杜甫詩1000-664-1-948/1500767
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 289 《遊城南十六首:嘲少年》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3771 (02/18)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 12 -18 柳枝三首  其二 和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-445-12-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3772
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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《題臨瀧寺》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <957>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3769韓愈詩-252

 

 

年:  819年  元和十四年  52歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 題臨瀧寺 

及地點: 臨瀧寺 (嶺南道東部 韶州 韶州)

        潮陽 (嶺南道東部 潮州 潮陽)     

 

 

題臨瀧寺 

(臨瀧寺に題す)

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。 

長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。

潮陽未到吾能說,海氣昏昏水拍天。 

潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水(f-23)を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。

 

臨瀧寺に題す 

覺えず 家を離れて已に五千,仍お衰病を將って瀧船に入る。 

潮陽 未だ到らず 吾れ能く說【よろこ】び,海氣 昏昏として水 天を拍つ。 

 

 

『題臨瀧寺』 現代語訳と訳註

(本文)

題臨瀧寺 

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。 

潮陽未到吾能說,海氣昏昏水拍天。 

 

(下し文)

臨瀧寺に題す 

覺えず 家を離れて已に五千,仍お衰病を將って瀧船に入る。 

潮陽 未だ到らず 吾れ能く說【よろこ】び,海氣 昏昏として水 天を拍つ。 

 

(現代語訳)

(臨瀧寺に題す)

長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。

潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水(f-23)を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。

幻日環01 

 

(訳注)

題臨瀧寺 

臨瀧は韶州にある県名。現在は曲江県に属す。寺のことは見えないが韓愈『隴吏』と同じ時期、同じ場所である。場所名をとった寺であるが、現在までには廃絶されてない。韓愈が韶州を過る際に作ったもの。

 

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。 

長安を離れて知らぬ間に既に五千里の遠き地まで来てしまった。この地のことは『隴吏』に述べたが、旅で疲れ果て、衰病の身を助けて、早瀬を下る船に乗り込んだものだ。

 

潮陽未到吾能說,海氣昏昏水拍天。 

潮州がいかなるところであるか私はまだその地に到着しないものの能くその地の風土がすごしやすいものと希望して喜んでいる。ただここ湊水(f-23)を見渡す限り、海氣昏昏として起ちこめ、逆巻く急流の流れは空を打つばかりのまことにものすごく恐ろしい所である。

2潮州広東00

 

 

 

不覺離家已五千,仍將衰病入瀧船。

潮陽未到吾能說【潮州未到吾能說】【潮陽未到人先說】【潮州未到人先說】,海氣昏昏水拍天。 

 

《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。


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《武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <955> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3759韓愈詩-250

 

 

作時年:  819年  元和十四年  52歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕 

作地點: 武關(山南東道 / 商州 / 武關) 

及地點: 長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

 

 

武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)

嗟爾戎人莫慘然,湖南地近保生全。 

ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。

我今罪重無歸望,直去長安路八千。 

わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。

 

(武關の西に配流の吐蕃に逢う)

〔潮州に謫さるる時の途中作〕

嗟あ、爾じ 戎人 慘然たること莫れ,湖南は地 近くして生を保つことを全からん。

我れ今 罪重うして 歸る望み無し,直ちに長安を去ること路 八千。

toujidaimap 

 

『武關西逢配流吐蕃』 現代語訳と訳註

(本文)

武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕

嗟爾戎人莫慘然,湖南地近保生全。 

我今罪重無歸望,直去長安路八千。 

 

(下し文)

(武關の西に配流の吐蕃に逢う)

〔潮州に謫さるる時の途中作〕

嗟あ、爾じ 戎人 慘然たること莫れ,湖南は地 近くして生を保つことを全からん。

我れ今 罪重うして 歸る望み無し,直ちに長安を去ること路 八千。

 

(現代語訳)

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)

ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。

わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。

 

(訳注)

武關西逢配流吐蕃〔謫潮州時途中作〕

(武関の西で流罪に処津汚れたチベット人に出会ったときの詩)

○武関西逢配流吐蕃 緯愈が潮州へ貶せられて行く途中、武関の西で流罪に処せられたチベット人に出会ったときの詩。韓愈五十一歳、819年元和十四年正月の作。武関は、今の陝西省商許県の西にある関所。配流は、流罪に処せられること。配も、流刑のことである。吐蕃は1チベット人。唐代、安史の乱後、西方の異民族の国家中、最も力のあったのは、回紇と吐蕃で、絶えず唐の領内に侵入して来ていた。吐蕃は、818年前年元和十三月に、今の寧夏省東南部に人馬して来ているから、今配流せられて行くチベット人たちは、その時の捕虜かもしれない。

 

嗟爾 戎人 莫慘然 ,湖南 地近 保生 全。

ああ、お前たち異民族であるチベット人よ そういたましげにするな。お前たちの流される湖南で、それも近い土地だからいのちに別条はないだろうから、そう慘然として歎き悲しむには及ぶまい。。

○戎人 西方の異民族を戎といった。吐蕃は西方の異民族である。

○湖南 今の湖南省。吐蕃の配流される土地である。

○惨然 痛ましげなさま。

 

我今罪重無歸望,直去長安路八千。 

わたしは今罪が重くて、長安を去ってひとすじに行くみちのりは八千里の彼方である潮州に流されるのである。到底長安に召し返される望みは無いくらいなのだ、これにくらべれてみれば、少しは、自ら慰めることにはなるまいか。

○帰望 長安に帰って来る希望。

○直 ずっとまっすぐ。

○八千 潮州は、韓愈の未達された土地。八千は、八千里(1km=0.576m約四千キロメートル)、韓愈はあっちに寄り、こっちに寄るために倍くらいの距離を移動しているもの。唐代の地理を書いた「元和郎県志」にょれは、長安から潮州まで、直線五千六百二十五里(3,240km)で、八千里まではない。旅程を述べる『通典』によれば七千六百六十七里とされていることから、この表示は正確なものであったのである。

『左遷至藍關示姪孫湘』〔湘,愈姪十二郎之子,登長慶三年進士第。〕

一封朝奏九重天,夕貶潮州路八千。 

欲為聖朝除弊事,肯將衰朽惜殘年。  

雲橫秦嶺家何在,雪擁藍關馬不前。 

知汝遠來應有意,好收吾骨瘴江邊。  
2蜀の山00 

《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》115韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <953>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3749韓愈詩-248

《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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《元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什》115韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <953>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3749韓愈詩-248

 

 

作時年:  819年  元和十四年  52歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 元日酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什 

及地點: 豫州 (河南道 豫州 豫州) 別名:蔡州     

交遊人物: 馬總

 

元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什

(この詩は818年元和13年元日に一詩を韓愈に寄せていたものを翌年の819年元日に唱和したもの。)

元日新詩已去年,蔡州遙寄荷相憐。 

君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。

今朝縱有誰人領,自是三峰不敢眠。 

しかし、あの詩が、去年でなく、たとえ今朝ほど到着致したものとしても、だれがその意を領して、御答をしないで居れましょう。ここに今年の元日に至って應酬できることに、やっと心がのびのびできたのであります。

  

(元日 蔡州馬十二尚書の去年の蔡州元日に見寄せられし什に酬ゆ。)

元日の新詩 已に去年のことなり,蔡州より遙かに寄せて相憐を荷う。 

今朝 縱い有りとも誰人か領せん,自ら是れ 三峰 敢えて眠らず。 

 

 

『元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什』 現代語訳と訳註

(本文)

元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什

元日新詩已去年,蔡州遙寄荷相憐。 

今朝縱有誰人領,自是三峰不敢眠。 

 

(下し文)

(元日 蔡州馬十二尚書の去年の蔡州元日に見寄せられし什に酬ゆ。)

元日の新詩 已に去年のことなり,蔡州より遙かに寄せて相憐を荷う。 

今朝 縱い有りとも誰人か領せん,自ら是れ 三峰 敢えて眠らず。 

 

(現代語訳)

(この詩は818年元和13年元日に一詩を韓愈に寄せていたものを翌年の819年元日に唱和したもの。)

君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。

しかし、あの詩が、去年でなく、たとえ今朝ほど到着致したものとしても、だれがその意を領して、御答をしないで居れましょう。ここに今年の元日に至って應酬できることに、やっと心がのびのびできたのであります。

 

 

(訳注)

元日 酬蔡州馬十二尚書去年蔡州元日見寄之什

(この詩は818年元和13年元日に一詩を韓愈に寄せていたものを翌年の819年元日に唱和したもの。)

818年裴度が呉元濟を征伐した。平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)詩がある。

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

為文無出相如右,謀師難居郤縠先。 

歸去雪銷溱洧動,西來旌旆拂晴天。

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

〇民本巻十。卷三四四  文體: 七言絕句呉元済の乱が平定したのち、裴度は現地の事後処理をさせるため副位の馬摠を彰義軍留後としてのこして、他のものはつれて長安に帰ることにした。このとき韓愈が馬摠に贈った詩である。《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210

泰山の夕日 

 

元日新詩已去年,蔡州遙寄荷相憐。 

君が元日の新詩を寄せられたのは去年の元日のことで、はるばる蔡州から、平生のお心くばりのたまもので、私にとってはまことにありがたい幸せな事であり、ご返事を怠っていた私といたしまして慚愧に堪えないものであります。

 

今朝縱有誰人領,自是三峰不敢眠。 

しかし、あの詩が、去年でなく、たとえ今朝ほど到着致したものとしても、だれがその意を領して、御答をしないで居れましょう。ここに今年の元日に至って應酬できることに、やっと心がのびのびできたのであります。

○三峰 諸説あるが、東嶽の泰山、中嶽の嵩山、西嶽の華山を行ったり来たりする忙しさ、信仰に、儒学者として忙しさを示すもの。

 河南郾城05

《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247

韓愈《題楚昭王廟》昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるが、ここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <952>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3744韓愈詩-247

 

 

作時年:  819年  元和十四年  52歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 題楚昭王廟〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕 

(楚の昭王の廟に題す。)〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  楚昭王廟 (山南東道 襄州 率道)     

 

題楚昭王廟

(楚の昭王の廟に題す。)―潮州に左遷されて、長安よりその地に赴く土地に立ち寄り作った。―

〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

〔この襄州宜城県の駅は古の宣城内に有り。駅の東北に井戸有り、これを伝えるは昭王の井戸、霊異あり、今に至ってこれを汲むことはない。井戸の東北、数十歩に昭王の廟がある。〕

丘墳滿目衣冠盡,城闕連雲草樹荒。 

見渡す限り、土饅頭、墳墓、陵墓ばかりで、衣冠のひとは、とっくの昔に死んでしまい、城郭の城門だけは高く雲に連なり、周りはというと草樹により荒れ果てたままなのだ。

猶有國人懷舊德,一間茅屋祭昭王。 

しかし、昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるがここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

 

(楚の昭王の廟に題す。)

〔襄州 宜城縣 驛東の北 井有り,是に王の井を傳う,井は東北へ數十步,昭王の廟有り。〕

丘墳 滿目 衣冠 盡き,城闕 連雲 草樹 荒る。 

猶お國人の舊德を懷う有り,一間の茅屋 昭王を祭る。 

 

 

『題楚昭王廟』 現代語訳と訳註

(本文) 題楚昭王廟

〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

丘墳滿目衣冠盡,城闕連雲草樹荒。 

猶有國人懷舊德,一間茅屋祭昭王。 

 

(下し文)

(楚の昭王の廟に題す。)

〔襄州 宜城縣 驛東の北 井有り,是に王の井を傳う,井は東北へ數十步,昭王の廟有り。〕

丘墳 滿目 衣冠 盡き,城闕 連雲 草樹 荒る。 

猶お國人の舊德を懷う有り,一間の茅屋 昭王を祭る。 

 

(現代語訳)

(楚の昭王の廟に題す。)〔潮州に左遷されて、長安よりその地に赴く土地に立ち寄り作った。〕

見渡す限り、土饅頭、墳墓、陵墓ばかりで、衣冠のひとは、とっくの昔に死んでしまい、城郭の城門だけは高く雲に連なり、周りはというと草樹により荒れ果てたままなのだ。

しかし、昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるがここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

 花瓊

(訳注)

題楚昭王廟

〔襄州宜城縣驛東北有井,傳是王井,井東北數十步,有昭王廟。〕

この襄州宜城県の駅は古の宣城内に有り。駅の東北に井戸有り、これを伝えるは昭王の井戸、霊異あり、今に至ってこれを汲むことはない。井戸の東北、数十歩に昭王の廟がある。旧時には、高木万株あり、多くその名を得ず、歴代あえてこれを剪伐することはなかった。ということで、古松大竹を多くしていた。

もとの廟屋は極めて宏盛であったが、今は草屋一棟のみである。

○元和十四年二月二日、潮州に左遷されて、長安よりその地に赴く土地に立ち寄り作った。以下の作品と同時期のものである。

《路傍堠〔元和十四年出為潮州作〕》―#1 嶺南行(1)-#1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <902>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3494韓愈詩-228

229嶺南行(2)《食曲河驛》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <904>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3504韓愈詩-229 嶺南行(2)

230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230 嶺南行(3) 236

《瀧吏-9分割1回目〔元和十四年出為潮州作。〕》嶺南行(4)韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <906>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3514韓愈詩-231

○昭王(しょうおう、? - 紀元前489年、在位:紀元前515年 - 紀元前489年)は、中国春秋時代の楚の王。姓は羋、氏は熊。諱は珍または軫。平王の子。

 

丘墳 滿目 衣冠 盡,城闕 連雲 草樹 荒 。

見渡す限り、土饅頭、墳墓、陵墓ばかりで、衣冠のひとは、とっくの昔に死んでしまい、城郭の城門だけは高く雲に連なり、周りはというと草樹により荒れ果てたままなのだ。

「丘墳」土饅頭、墳墓、陵墓ばかりである。

「滿目」見渡す限り。

「衣冠」職官爵位、士大夫をいう。

「城」都城、城郭。

「闕」城門。

 

猶有 國人 懷 舊德 ,一間 茅屋 祭 昭王 。

しかし、昭王の清涼に覆われて人をして綃魂せしむるところというべきものであるがここが古の王都とはどうしても思えないう位である。しかしこの地で育った楚の国のものは昭王が国の滅亡の瀬戸際から回復させたその旧徳を忘れずに、わずか一間ほどの茅屋ではあるものの、昭王廟としてこれを祀っていて、王の霊を千秋の後までも絶やさず讃えていっているのである。

「舊德」前506年の柏挙の戦いでは、伍子胥率いる呉の軍勢が楚の都郢に攻め入ったので、昭王は都を脱出して隨に逃れた。楚の臣申包胥は秦を訪れ、哀公に救援を求めたが、哀公は当初これに応じなかった。そのため、申包胥は秦の宮廷の庭で7日7晩にわたって泣き続けた。哀公はその忠誠心に感じ入り、ついに楚に援軍を出した。これにより楚は呉軍の撃退に成功し、昭王は郢に戻ることができた。士太夫、農民にとって、虐殺化、奴隷になるのを防いだ昭王に対する感謝の気持ちが千三、四百年の続いているということ。

「一間」一間巾。
杏の白花01 

《桃林夜賀晉公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218

韓愈《桃林夜賀晉公》裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

 

2013年10月30日 の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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『花間集』継続中 
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《桃林夜賀晉公》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218

 

 

作者: 韓愈 

皇帝紀年: 元和十二年 

寫作時間: 817年 

寫作年紀: 50歲 

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 桃林夜賀晉公 

作地點: 桃林(都畿道 / 陜州 / 桃林)  別名:桃塞

交遊人物: 裴度

唐時代 韓愈関連01 

 

桃林夜賀晉公

(夜、潼関付近の桃林に宿したときに裴度の昇任の報を得たことにより、これを賀して作ったものである。)
西來騎火照山紅,夜宿桃林臘月中。 

西に向かって進む騎士の炬火は山の紅葉を照らしていて、折から十二月の寒さにもかかわらず、今宵はここ桃林に一宿をした。
手把命珪兼相印,一時重疊賞元功。 

裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

 

(桃林の夜 晉公を賀す)

西來りて 騎火 山紅に照らし,夜 桃林 臘月の中に宿す。

手に命珪と兼ねて相印を把り,一時 重疊 元功を賞す。

 

 

『桃林夜賀晉公』 現代語訳と訳註

(本文)

桃林夜賀晉公

西來騎火照山紅,夜宿桃林臘月中。 

手把命珪兼相印,一時重疊賞元功。 

 

 

(下し文)

(桃林の夜 晉公を賀す)

西來りて 騎火 山紅に照らし,夜 桃林 臘月の中に宿す。

手に命珪と兼ねて相印を把り,一時 重疊 元功を賞す。

 

(現代語訳)

(夜、潼関付近の桃林に宿したときに裴度の昇任の報を得たことにより、これを賀して作ったものである。)

西に向かって進む騎士の炬火は山の紅葉を照らしていて、折から十二月の寒さにもかかわらず、今宵はここ桃林に一宿をした。

裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

 

千畳敷0010

 

(訳注)

桃林夜賀晉公

(夜、潼関付近の桃林に宿したときに裴度の昇任の報を得たことにより、これを賀して作ったものである。)

同時期の詩として下記がある。この一連の詩にける韓愈の裴度に関しての評価と「平淮西碑」の経緯等を見るととても興味深いものである。

次潼關先寄張十二閣老使君

荊山已去華山來,日出潼關四扇開。 

刺史莫辭迎候遠,相公親破蔡州迴。 

《次潼關先寄張十二閣老使君》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <844>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3204韓愈詩-216

次潼關上都統相公

暫辭堂印執兵權,盡管諸軍破賊年。 

冠蓋相望催入相,待將功德格皇天。 

《次潼關上都統相公【案:韓弘也。】》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217

 

西來 騎火 照 山紅 ,夜宿 桃林 臘月 中 。

西に向かって進む騎士の炬火は山の紅葉を照らしていて、折から十二月の寒さにもかかわらず、今宵はここ桃林に一宿をした。

「騎火」語義類別:物、器物、交通工具(陸路)、騎。

「山紅」山の紅葉が残っている部分の騎士のかざす炬火が。

「宿」語義類別:人、行為動作、一般行為(宀部)、宿。

「桃」語義類別:物、生物、植物專名(木本)、桃。

「臘月」十二月。

 

 

手把 命珪 兼相印 ,一時 重疊 賞 元功 。

裴度相公は、今次、晉國公を賜り、合わせて、宰相に任ぜられ、命珪と相印とを両つながら此れを手にするはまことにめでたいことで、朝廷においては、早速論功行賞をなし、一時に二つの賜命を重ね合わせて、今次第一の功勲たる相公に賜ったのである。

「命珪」天子から賜った珪玉。

「相印」宰相の印

「賞功」論功行賞。

 

 

元和十二年(817)、韓愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

もっとも、このときの戦争では、韓愈は直接戦闘には加わっていない。彼が買って出たのは根まわしとでもいうべき役まわりなのであって、たとえば、韓愈は裴度の軍と途中で別れて津州(河南省開封市)へと急行し、そこにいた宣武軍節度使の韓弘に了解と協力を取りつけるのに成功している。これは韓弘が朝廷の命によって呉元済討伐の軍を指揮していたためで、それで戦線が膠着し、裴度の出馬となったわけだが、ともかく韓弘にわたりをつけておく必要はあった。韓愈はその役をつとめたのである。

 

 

このたびの従軍における韓愈の詩は、ほとんど残っていないし、残るものもこの詩に見られるような、比較的軽い作品である。たぶん韓愈としては、ここが腕の見せ場と張り切ったのであろうが、あまり張り切りすぎて、詩作のほうは二の次となってしまったのかもしれない。戦闘には参加していないので、詩の題材となるような劇的な事件には乏しかったという事情もあろう。
 

だが、韓愈にも戦闘に参加する機会が全くなかったわけではない。官軍が進撃する途中、呉元済の本拠地である蔡州の様子をさぐらせたところ、元済の軍の精鋭は前線に配置されており、蔡州を守るのは弱卒で、しかも数が少ないことがわかった。そこで韓愈は自分に三千の兵を分けてもらえれば、間道つたいに蔡州を乗っ取ってみせると進言した。
 

このとき同じ情報を手に入れたのが、呉元済討伐には加わっているが裴度の指揮には属さない唐鄧随節度使の李愬という人物であった。彼はさっそく九千の手勢を率いて元和十二年十月の吹雪の夜、強行軍のすえ、察州を攻略して、呉元済を捕虜とした。准西の乱はここに鎮定されたわけで、韓愈としては手柄をたてる機会を人に取られてしまったことになる。
 

だがともかく、官軍は赫々たる戦果をおさめたわけで、韓愈はその年の十二月に長安の都へ凱旋した。そして歳末に論功行賞があり、韓愈は刑部侍郎に昇進した。行政官庁である尚書省は六部(吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部)に分けられ、それぞれの長官が尚書、次官が侍郎である。現在の日本ならば法務省の事務次官とでもいうべきところで、むろん韓愈のこれまでの履歴では最高の地位である。DCF00044

《次潼關上都統相公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217

韓愈《次潼關上都統相公》天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

 (韓退之) Ⅱ中唐詩 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3209韓愈詩-217

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《次潼關上都統相公》韓愈

 

 

作者: 韓愈  817年  元和十二年50歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 次潼關上都統相公

作地點: 目前尚無資料 

及地點: 潼關 (京畿道 華州 潼關)     

交遊人物: 裴度

 

 

次潼關上都統相公

(この詩は潼関に次せしとき、全軍総管の裴度公にたてまつった。)

暫辭堂印執兵權,盡管諸軍破賊年。 

裴度丞相公はしばらく宰相の印を返上して、全軍の権限を握り、淮西の諸軍を統率して、今次、大功を建てられた。

冠蓋相望催入相,待將功德格皇天。 

天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

潼關に次し 都統相公に上【たてまつ】る。

暫く堂印を辭して兵權を執る,盡く諸軍を管す 賊を破るの年。

冠蓋 相い望んで 入って相たるを催す,功德を將って皇天に格【いた】らむことを待つ。 

華州から秦州同谷成都00 

 

『次潼關上都統相公』 現代語訳と訳註

(本文)

次潼關上都統相公

暫辭堂印執兵權,盡管諸軍破賊年。 

冠蓋相望催入相,待將功德格皇天。 

 

 

(下し文)

潼關に次し 都統相公に上【たてまつ】る。

暫く堂印を辭して兵權を執る,盡く諸軍を管す 賊を破るの年。

冠蓋 相い望んで 入って相たるを催す,功德を將って皇天に格【いた】らむことを待つ。 

 

 

(現代語訳)

(この詩は潼関に次せしとき、全軍総管の裴度公にたてまつった。)

裴度丞相公はしばらく宰相の印を返上して、全軍の権限を握り、淮西の諸軍を統率して、今次、大功を建てられた。

天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

 

(訳注)

次潼關上都統相公

(この詩は潼関に次せしとき、全軍総管の裴度公にたてまつった。)

・都統 全軍総管。

 

 

暫辭 堂印 執 兵權 ,盡管 諸軍 破賊 年 。

裴度丞相公はしばらく宰相の印を返上して、全軍の権限を握り、淮西の諸軍を統率して、今次、大功を建てられた。

「辭」宰相の印を返上したこと。

「堂印」廟堂宰相の公印。

「兵權」兵卒の全権。

「賊」淮西の諸軍を統率。

 

 

冠蓋 相望 催 入相 ,待將 功德 格皇天 。

天子は今まで丞相公の功徳、皇天に到達することを待っておられたので、いよいよ凱旋となると、頻りに、使者を遣わして、冠蓋をたがいに望んで、早く帰朝し、再び入って宰相となることを催促されている。裴度公、声望の隆盛なることは大したものである。

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

元和十二年(817)、韓愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

もっとも、このときの戦争では、韓愈は直接戦闘には加わっていない。彼が買って出たのは根まわしとでもいうべき役まわりなのであって、たとえば、韓愈は裴度の軍と途中で別れて津州(河南省開封市)へと急行し、そこにいた宣武軍節度使の韓弘に了解と協力を取りつけるのに成功している。これは韓弘が朝廷の命によって呉元済討伐の軍を指揮していたためで、それで戦線が膠着し、裴度の出馬となったわけだが、ともかく韓弘にわたりをつけておく必要はあった。韓愈はその役をつとめたのである。
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《次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <844>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3204韓愈詩-216

韓愈《次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕》荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

 

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《次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <844>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3204韓愈詩-216

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50歲 

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 次潼關先寄張十二閣老使君〔張賈也。〕 

及地點: 

潼關 (京畿道 華州 潼關)   

荊山 (山南東道 無第二級行政層級 荊山)   

華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳   

豫州 (河南道 豫州 豫州) 別名:蔡州     

交遊人物/地點: 張賈 書信往來(京畿道 華州 華州)

 

 

次潼關先寄張十二閣老使君

(潼関過るとき一時休息の際、張賈華州刺史に寄せる。)

荊山已去華山來,日出潼關四扇開。 

荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

刺史莫辭迎候遠,相公親破蔡州迴。 

刺史たる君が出迎いのために遠く来たることを辞せられざるは、まことに宜しい。裴度相公はこの度、蔡州を平定して帰られる。この絶代の功勲に対しても、ここまで出迎えるくらいは、基より至当のことである。

 

潼關を次【よぎ】り先づ張十二閣老使君に寄す

荊山 已に去って華山來る,日出でて潼關 四扇開く。 

刺史 辭する莫れ 迎候の遠きを,相公 親【みずか】ら蔡州を破って迴る。 

華山000 

 

『次潼關先寄張十二閣老使君』 現代語訳と訳註

(本文)

次潼關先寄張十二閣老使君

荊山已去華山來,日出潼關四扇開。 

刺史莫辭迎候遠,相公親破蔡州迴。 

 

 

(下し文)

潼關を次【よぎ】り先づ張十二閣老使君に寄す

荊山 已に去って華山來る,日出でて潼關 四扇開く。 

刺史 辭する莫れ 迎候の遠きを,相公 親【みずか】ら蔡州を破って迴る。 

 

 

(現代語訳)

(潼関過るとき一時休息の際、張賈華州刺史に寄せる。)

荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

刺史たる君が出迎いのために遠く来たることを辞せられざるは、まことに宜しい。裴度相公はこの度、蔡州を平定して帰られる。この絶代の功勲に対しても、ここまで出迎えるくらいは、基より至当のことである。

 

 

(訳注)

次潼關先寄張十二閣老使君

(潼関過るとき一時休息の際、張賈華州刺史に寄せる。)

張十二閣は原注に張賈とあり、華州刺史であった。この詩は、蔡州より凱旋の途中、潼関で一時休息をとった際に華州刺史張賈に示したのである。

 

 

荊山 已去 華山 來 ,日出 潼關 四扇 開 。

荊山はすでに後ろになり、華山が突兀として前面に見えはじめてきた。今しも、朝日は、高草氏上り、潼関の四枚の大扉も開かれて、凱旋の軍士は、ぞろぞろとその中に入る。

「荊山」陝西省富平縣にある荊山。

「華山」華山(西嶽;2,160m陝西省渭南市華陰市) 華山(かざん、ホワシャン ピンイン Huà Shān)は、中国陝西省華陰市にある険しい山。道教の修道院があり、中国五名山の一つで、西岳と称されている。最高峰となる南峰の標高は2,160m。花崗岩の岩場を削って、無数の石段が作られており、一部には断崖絶壁の上に作られた20cmほどしかない足場や桟道を通って行かねばならない場所があり、宗教聖地として、格段の険しい山として知られる。「潼關」陝西省東端の県。人口14万(1994)。南流した黄河が華山につき当たって東に向かう屈曲点に位置し,また西からは渭水が注いで天下の険をなし,古来中原地方から関中に入る最大の要地として有名である。

 

 

刺史 莫辭 迎 候遠 ,相公 親破蔡州 迴 。

刺史たる君が出迎いのために遠く来たることを辞せられざるは、まことに宜しい。裴度相公はこの度、蔡州を平定して帰られる。この絶代の功勲に対しても、ここまで出迎えるくらいは、基より至当のことである。

「刺史」華州刺史張賈のこと。

「相公」裴度宰相。

「蔡州」「蔡州」 蔡州 (河南省) - 中華人民共和国河南省にかつて設置された州。 蔡州 (湖北省) - 中華人民共和国湖北省にかつて設置された州。 

華山道教000 

《和李司勳過連昌宮》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <843>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3199韓愈詩-215

《和李司勳過連昌宮》韓愈 枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

 

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《和李司勳過連昌宮》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <843>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3199韓愈詩-215

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50歲 

卷別: 卷三四四  文體:七言絕句 

詩題: 和李司勳過連昌宮 

作地點: 壽安(都畿道 / 河南府 / 壽安) 

及地點:  連昌宮 (都畿道 河南府 壽安)     

交遊人物/地點: 李正封 當地交遊(都畿道 河南府 壽安)

 

 

和李司勳過連昌宮

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

夾道疏槐出老根,高甍巨桷壓山原。 

枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

宮前遺老來相問,今是開元幾葉孫。 

その門前の遺老達は時勢の推移を知らず、今の皇帝は開元の治世の玄宗から幾代かの子孫であると問いかけてくるのである。

李司勳【りしくん】連昌宮を過ぐるに和す

道を夾む疏槐【そかい】老根【ろうこん】を出し,高甍【こうぼう】巨桷【きょかく】山原【さんげん】を壓す。 

宮前の遺老來って相い問う,今是れ開元幾葉【いくよう】の孫。 

楠樹03 

 

『和李司勳過連昌宮』 現代語訳と訳註

(本文)

和李司勳過連昌宮

夾道疏槐出老根,高甍巨桷壓山原。 

宮前遺老來相問,今是開元幾葉孫。 

 

 

(下し文)

李司勳【りしくん】連昌宮を過ぐるに和す

道を夾む疏槐【そかい】老根【ろうこん】を出し,高甍【こうぼう】巨桷【きょかく】山原【さんげん】を壓す。 

宮前の遺老來って相い問う,今是れ開元幾葉【いくよう】の孫。 

 

 

(現代語訳)

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

その門前の遺老達は時勢の推移を知らず、今の皇帝は開元の治世の玄宗から幾代かの子孫であると問いかけてくるのである。

 

 

(訳注)

和李司勳過連昌宮

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

・李司勳 別のテクストでは李二十八とある。これは李正封で、司勲外郎であった。

・連昌宮 唐書地理志に洛陽から西南に40里に壽安がある。そこより29里に連昌宮がある。

 

夾道 疏槐 出 老根 ,高甍 巨桷 壓 山原 。

枝葉扶疎たる並木の槐は古い根を露出していて、そこら辺りは人通りが少ないことは言うまでもない。高い大屋根の甍、大きいたるきの大建築物は此の平原を圧するばかり、さすがに連昌宮と感じさせるものである。

「夾道」槐が街道をはさんでいる。槐は大木である。

「老根」植物生命狀態が、老木の根。

「高甍」高い大屋根の甍。

「桷」大きいたるきの大建築物。

 

 

宮前 遺老 來 相問 ,今是 開元 幾葉 孫 。

その門前の遺老達は時勢の推移を知らず、今の皇帝は開元の治世の玄宗から幾代かの子孫であると問いかけてくるのである。

「宮前」門前。

「開元」君王年號の開元。「開元の治世」玄宗。

「幾葉」幾世代。

「孫」子孫。
楠樹01 

《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213

《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

 

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50歲 

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  神龜驛臺 (都畿道 汝州 汝州) 別名:神龜     

交遊人物: 李正封・馮宿 當地交遊(都畿道 汝州 汝州)

 

 

宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕

(神龜驛臺に宿したが李正封と馮宿お招きしたいと思い賦いたした。)

荒山野水照斜暉,啄雪寒鴉趁始飛。 

冬ざれの荒れ果てた山水はゆうひにてらされている。ちじょうにはざんせつがつもりのこる、寒鴉は餌をあさっても得られないままに雪をついばんでいる。人が走り出せば、初めて飛び立つ。

夜宿驛亭愁不睡,幸來相就蓋征衣。 

夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

神龜【しんき】に宿して李二十八、馮十七を招く

〔神龜驛に宿して李二十八と馮十七を招く〕

荒山 野水 斜暉に照らさる,雪を啄むの寒鴉【かんあ】趁【お】うて始めて飛ぶ。

夜 驛亭に宿して愁えて睡ず,幸に來って相い就いて征衣を蓋わん。 

河南郾城05 

 

『宿神龜招李二十八、馮十七』 現代語訳と訳註

(本文)

宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕

荒山野水照斜暉,啄雪寒鴉趁始飛。 

夜宿驛亭愁不睡,幸來相就蓋征衣。 

 

 

(下し文)

神龜【しんき】に宿して李二十八、馮十七を招く

〔神龜驛に宿して李二十八と馮十七を招く〕

荒山 野水 斜暉に照らさる,雪を啄むの寒鴉【かんあ】趁【お】うて始めて飛ぶ。

夜 驛亭に宿して愁えて睡ず,幸に來って相い就いて征衣を蓋わん。 

 

 

(現代語訳)

(神龜驛臺に宿したが李正封と馮宿お招きしたいと思い賦いたした。)

冬ざれの荒れ果てた山水はゆうひにてらされている。ちじょうにはざんせつがつもりのこる、寒鴉は餌をあさっても得られないままに雪をついばんでいる。人が走り出せば、初めて飛び立つ。

夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

 

 

(訳注)

宿神龜招李二十八、馮十七〔宿神龜驛招李二十八、馮十七〕

(神龜驛臺に宿したが李正封と馮宿お招きしたいと思い賦いたした。)

・神龜驛 汝州に神龜驛臺があった。今の河南省陜県、郾城聯句にもみえる。李二十八は李正封、馮十七は馮宿である。韓愈が二人を招く際に賦して贈ったもの。

 

 

荒山 野水 照 斜暉 ,啄雪 寒鴉 趁 始飛 。

冬ざれの荒れ果てた山水はゆうひにてらされている。ちじょうにはざんせつがつもりのこる、寒鴉は餌をあさっても得られないままに雪をついばんでいる。人が走り出せば、初めて飛び立つ。

「寒鴉」(飛禽)、カラス、鳥類スズメ 。

「趁」人がはしること。


 

 

夜宿 驛亭 愁 不睡 ,幸來 相就蓋征衣 。

夜のこの宿亭は、このように宿くしたとしても寒くてとても眠られないと思うので、諸君と共に一酌いたしたいと思う次第です。なにとぞここにおいでくだされたく、征衣の袖を被い合わせて寒さをしのぎつつ盃を傾けようではないですか。

「驛亭」30里(16km)に一か所作られた驛。傳馬のための施設。

「征衣」衣冠腰帶。1 旅に出るときの服装。旅装。2 兵士が戦争に行くときの服装。
隋堤01

《過襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <840>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3184韓愈詩-212

《過襄城》すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

 

2013年10月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor江城子二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-328-6-#15  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3187
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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元和十二年(817)、愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

 

 

作者: 韓愈  817年  元和十二年  50歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 過襄城 

及地點: 襄城 (河南道 許州 襄城)  郾城 (河南道 豫州 郾城)     

嵩山 (都畿道 河南府 嵩山) 別名:嵩高山、嵩、嵩丘、嵩高     

豫州 (河南道 豫州 豫州) 別名:蔡州     

 

 

過襄城

(襄城を過る)

郾城辭罷過襄城,潁水嵩山刮眼明。 

既に郾城を立ち去って襄城にさしかかった。道すがら、穎水の流れは清く、嵩山の緑は濃く、これを見る目さえ拭われてはっきりしたような心持になる。

已去蔡州三百里,家人不用遠來迎。 

すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

 

 

『過襄城』 現代語訳と訳註

(本文)

過襄城

郾城辭罷過襄城,潁水嵩山刮眼明。 

已去蔡州三百里,家人不用遠來迎。 

 

 

(下し文)

過襄城

郾城【えんじょう】辭し 罷んで襄城を過ぐ,潁水【えいすい】嵩山【すうざん】眼を刮【けず】りて明かなり。 

已に蔡州を去ること三百里,家人 遠く來り迎うるを用いず。 

 

 

(現代語訳)

(襄城を過る)

既に郾城を立ち去って襄城にさしかかった。道すがら、穎水の流れは清く、嵩山の緑は濃く、これを見る目さえ拭われてはっきりしたような心持になる。

すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

 

 

(訳注)

過襄城

(襄城を過る)

襄城は河南省襄城県。

同李二十八夜次襄城

周楚仍連接,川原乍屈盤。

雲垂天不暖,塵漲雪猶乾。

印綬歸台室,旌旗別將壇。

欲知迎候盛,騎火萬星攢。

(李正封に同行して襄城に宿する。)

呉元済が謀叛した淮南の地は、古代の周と楚であり、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、たちまち上下左右にうねっているのだ。

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降るが猶おかんきで乾いている。

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

《同李二十八夜次襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <839>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3179韓愈詩-211

 

郾城 辭罷 過 襄城 ,潁水 嵩山 刮眼 明 。

既に郾城を立ち去って襄城にさしかかった。道すがら、穎水の流れは清く、嵩山の緑は濃く、これを見る目さえ拭われてはっきりしたような心持になる。

「郾城」郾城は河南省中南部「晩秋郾城夜會聯句」に、『平淮西碑』「勝之邵陵,郾城來降。」下図で(D-2)

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#16>Ⅱ中唐詩759 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2779 とある。東都洛陽は(B-4・5)地点で東南250里(約150km)○の場所である。


河南郾城05

「襄城」襄城は河南省襄城県。

「潁水」中国河南省臨潁(りんえい)県を流れる川。鄭州(ていしゅう)付近に源を発し、淮河(わいが)に注ぐ。長さ約550キロ。隠士の許由(きょゆう)が帝尭(ぎょう)に召されたが栄達を望まず、その話を耳の汚れとしてこの川で洗い清めたという。潁川(えいせん)。

「嵩山」中国河南省登封市にある山岳群である。五岳の1つの中岳に数えられる。最高峰は標高1440mの太室山である。

  

 

已去 蔡州 三百 里 ,家人 不用 遠 來迎 。

すでに蔡州から三百里も来て、叛乱の賊の旧地を通過し終わり、この先、何らの心配もないから、わが家人もわざわざ遠くに出迎えに來るには及ばない。

「蔡州」 蔡州 (河南省) - 中華人民共和国河南省にかつて設置された州。 蔡州 (湖北省) - 中華人民共和国湖北省にかつて設置された州。 

《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210

韓愈《酬別留後侍郎》平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

 

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《酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <838>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3174韓愈詩-210

 

 

作者: 韓愈    817年元和十二年  50歲 

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕 

作地點: 襄城(河南道 / 許州 / 襄城) 

及地點: 襄城(河南道 許州 襄城)     

交遊人物:馬摠

 

 

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

為文無出相如右,謀師難居郤縠先。 

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

歸去雪銷溱洧動,西來旌旆拂晴天。 

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

 

留後侍郎の別るるに酬ゆ〔蔡 平げて,馬總が命ぜられ留後と為す。〕

文をる為るは相如の右に出づる無く,師【すい】を謀る郤縠【げきこく】の先に居り難し。 

歸り去りて雪銷【き】えて溱洧【しんい】動き,西に來るに旌旆【しょうはい】は晴天を拂わん。  

河南郾城05 

『酬別留後侍郎』 現代語訳と訳註

(本文)

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

為文無出相如右,謀師難居郤縠先。 

歸去雪銷溱洧動,西來旌旆拂晴天。 

 

 

(下し文)

留後侍郎の別るるに酬ゆ〔蔡 平げて,馬總が命ぜられ留後と為す。〕

文をる為るは相如の右に出づる無く,師【すい】を謀る郤縠【げきこく】の先に居り難し。 

歸り去りて雪銷【き】えて溱洧【しんい】動き,西に來るに旌旆【しょうはい】は晴天を拂わん。 

 

 

(現代語訳)

平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

 

 

(訳注)

酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

平定後の事後処理に馬摠に命じたので別れるに際してこの詩を酬いる。(蔡州を平定した、裴度は、その時、副位の馬摠を彰義軍留後としてのこし、現地の事後処理を命じた。)

民本巻十。卷三四四  文體: 七言絕句呉元済の乱が平定したのち、裴度は現地の事後処理をさせるため副位の馬摠を彰義軍留後としてのこして、他のものはつれて長安に帰ることにした。このとき韓愈が馬摠に贈った詩である。

 

 

為文 無出 相如 右,謀師 難居 郤縠 先 。

文をつくったとしても、あの司馬相如の右に出ることなどとても難しいものだ。戦の廟略・戦略については春秋の文公の家臣、郤縠に先んじることはむつかしい。

「文」賦、詩文。

「相如」漢代の文豪司馬相加。この句は、文章家としては相如以上の人はないが、馬摠はその相如のようだ、とたたえているのである。

司馬相如 《子虚賦 》(1)#0-0 文選 賦<109-#0-0>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩880 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2948

司馬相如 《上林賦 》(1)#1-1 文選 賦<110-#1-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩906 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3078

「郤縠」本名、郤縠(春秋晉)。春秋時代の戦略家。春秋晋の文公は19年もの亡命の末、帰国して晋公になった。この長い亡命に付き従った寵臣はみな賢臣であったと言われ、 文公が即位することが出来た一つの大きな要因とされている。この賢臣たちの中で、郤縠は中軍の将となった。

 

 

歸去 雪銷 溱洧 動 ,西來 旌旆 拂 晴天 。

君がその地を去って帰って來る頃には雪は解け消えて溱水・洧水は流れているだろう。隊列の旗は晴天の空にはためいて西に進むのである。

「溱」溱水: 河川名: 1.源於河南省密縣,與洧水會流後注入賈魯河。 2.發源於河南省桐柏縣桐柏山,流至汝南縣注入汝水。 3.發源於湖南省臨武縣,流入廣東。

「洧」洧水:河川名。1.源於河南省密縣,與洧水會流後注入賈魯河。 2.發源於河南省桐柏縣桐柏山,流至汝南縣注入汝水。 3.發源於湖南省臨武縣,流入廣東。
幻日環01 

《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <837>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3169韓愈詩-209

韓愈《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

 

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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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《郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <837>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3169韓愈詩-209

 

 

作者: 韓愈  817年元和十二年  50歲 

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕 

作地點: 郾城(河南道 / 豫州 / 郾城) 

交遊人物: 馬總 ・ 馮宿 ・李宗閔

元和十二年(817)、愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

 

 

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。 

 

送張侍郎

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)


司徒東鎮馳書謁,丞相西來走馬迎。 

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

兩府元臣今轉密,一方逋寇不難平。 

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

 

(張侍郎を送る)

司徒は東に鎮し 書を馳せて謁し,丞相西來走馬迎。 

兩府 元臣 今 轉【うた】た密なり,一方の逋寇【ほこう】平らけ難からず。 

 

奉和裴相公東征,途經女几山下作

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)


旗穿曉日雲霞雜,山倚秋空劍戟明。 

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

敢請相公平賊後,暫攜諸吏上崢嶸。 

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

裴相公「東征の途女几山下を經て作る」に和し奉る。

旗は曉日を穿って雲霞雜わり,山は秋空に倚って劍戟明らかなり。

敢えて請う 相公賊を平らげて後,暫く諸吏を攜えて崢嶸に上りたまへ。

 

 

郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕

行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

城上赤雲呈勝氣,眉間黃色見歸期。

蔡州の城上には、赤い雲が深く立ち込め、味方の戦勝の兆候として知られ、諸君の眉宇の間には、黄色が動きはじめて凱旋の期の遠からざることを示している。

幕中無事惟須飲,即是連鑣向闕時。

行營の陣幕内であるから、格別の事務もないから、ただゆっくりと酒を飲めばよいということで、やがて、轡を並べて、長安の朝廷に向かうようになるであろう。

郾城【えんじょう】晚飲、副使馬侍郎及び馮【ひょう】李二員外に贈り奉る。

城上の赤雲 勝氣を呈し,眉間の黃色 歸期を見る。

幕中 無事 惟だ須【すべか】らく飲むべし,即ち是れ連鑣【れんひょう】闕に向うの時なり。

 

『郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮李二員外』 現代語訳と訳註

(本文)

郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕

城上赤雲呈勝氣,眉間黃色見歸期。

幕中無事惟須飲,即是連鑣向闕時。

 

 

(下し文)

郾城【えんじょう】晚飲、副使馬侍郎及び馮【ひょう】李二員外に贈り奉る。

城上の赤雲 勝氣を呈し,眉間の黃色 歸期を見る。

幕中 無事 惟だ須【すべか】らく飲むべし,即ち是れ連鑣【れんひょう】闕に向うの時なり。

 

 

(現代語訳)

行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

蔡州の城上には、赤い雲が深く立ち込め、味方の戦勝の兆候として知られ、諸君の眉宇の間には、黄色が動きはじめて凱旋の期の遠からざることを示している。

行營の陣幕内であるから、格別の事務もないから、ただゆっくりと酒を飲めばよいということで、やがて、轡を並べて、長安の朝廷に向かうようになるであろう。

 

 

(訳注)

郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿〕・李〔宗閔〕二員外〔馮李時從裴度東征〕

行軍中の郾城での節度使次長刑部侍郎の馬総、都官員外郎の馮宿、禮部員外郎の李宗閔などを両使判官書記として行軍してきて、夕方から飲み始め、そしてこの詩を贈ったものである。(馮と李はこの時、裴度公の東征に従っていたものである)

郾城は河南省中南部「晩秋郾城夜會聯句」に、『平淮西碑』「勝之邵陵,郾城來降。」下図で(D-2)

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#16>Ⅱ中唐詩759 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2779 とある。東都洛陽は(B-4・5)地点で東南250里(約150km)○の場所である。


・侍郎 漢朝の郎官の一種であり、元々は宮廷の近侍であった。東漢(後漢)以後、尚書の属官となり、始めは郎中に任じられ、満一年後に尚書郎’’になり、満三年して侍郎’’となる。以後、尚書台の権利が大きくなるにつれて、侍郎も重要となってきた。隋・唐の時代、首都に、戸礼刑工吏兵の六部が設けられ、国家の政務を司った。その中で、各部に一名の侍郎が置かれ、尚書主管の事務、実際の執行の補佐をした。現在の内閣の次長に相当する。中書省の副官を中書侍郎、門下省の副官を門下侍郎(黄門侍郎)と呼んだ。

行政官庁である尚書省は六部(吏部・戸部・礼部・兵部・刑部・工部)に分けられ、それぞれの長官が尚書、次官が侍郎である。

河南郾城05 

城上 赤雲 呈勝氣 ,眉間 黃色 見 歸期 。

蔡州の城上には、赤い雲が深く立ち込め、味方の戦勝の兆候として知られ、諸君の眉宇の間には、黄色が動きはじめて凱旋の期の遠からざることを示している。

「赤雲」夕方の雲霧煙霞、雲ということでもあるが、ここは味方の軍勢が優勢であることを示す者。

「黃色」原色、黃であるが、安心したものをあらわす。

 

 

幕中 無事 惟須 飲 ,即是 連鑣 向闕 時 。

行營の陣幕内であるから、格別の事務もないから、ただゆっくりと酒を飲めばよいということで、やがて、轡を並べて、長安の朝廷に向かうようになるであろう。

「幕中」行營の陣幕内。

「無事」格別の事務もない。

「須」語義類別:人、狀態、心理能願、須。

「飲」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、飲。

「連鑣」轡を並べること。

「向闕」長安の朝廷に向かう。
hinode0100 

《奉和裴相公東征,途經女几山下作》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <836>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3164韓愈詩-208

《奉和裴相公東征,途經女几山下作》(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

 

2013年10月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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《奉和裴相公東征,途經女几山下作》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <836>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3164韓愈詩-208

 

 

作者: 韓愈  817年  元和十二年50歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 奉和裴相公東征,途經女几山下作 

及地點:  女几山 (都畿道 河南府 福昌)     

 

 

奉和裴相公東征,途經女几山下作

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

旗穿曉日雲霞雜,山倚秋空劍戟明。 

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

敢請相公平賊後,暫攜諸吏上崢嶸。 

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

裴相公「東征の途女几山下を經て作る」に和し奉る。

旗は曉日を穿って雲霞雜わり,山は秋空に倚って劍戟明らかなり。

敢えて請う 相公賊を平らげて後,暫く諸吏を攜えて崢嶸に上りたまへ。

幻日環01

 

『奉和裴相公東征途經女几山下作』 現代語訳と訳註

(本文)

奉和裴相公東征,途經女几山下作

旗穿曉日雲霞雜,山倚秋空劍戟明。

敢請相公平賊後,暫攜諸吏上崢嶸。

 

 

(下し文)

裴相公「東征の途女几山下を經て作る」に和し奉る。

旗は曉日を穿って雲霞雜わり,山は秋空に倚って劍戟明らかなり。

敢えて請う 相公賊を平らげて後,暫く諸吏を攜えて崢嶸に上りたまへ。

 

 

(現代語訳)

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

 

 

(訳注)

奉和裴相公東征,途經女几山下作 

(淮西の呉元濟を討つ東征の本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度公が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した詩)

民本巻十。卷三四四  文體: 七言絕句。元和十二年七月、裴度は門下侍郎同平章事兼彰義節度使となり淮西宜慰招討処置使に充当せられた。つまり呉元済討伐の最高指揮官となったわけである。そうして刑部侍郎の馬総が宜慰副使。韓愈は彰義行軍司馬判官書記、つまり従軍副官を命ぜられた。河南道許州穎川郡の郾城が本営に決定した。この詩はその本営地に向う途中、河南省宜陽県の女几山を通過したとき、裴度が作った「東征途経女几山下」という詩に唱和し、征討軍の必勝を確信した作。この時の裴度の作はのこっていない。

平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#10>Ⅱ中唐詩753 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2749

の前後に詳しく述べる。

 

 

 

旗穿 曉日 雲霞 雜,山倚 秋空 劍戟 明 。

裴度公の東征に就いて、暁の日のひかりの中にうがちはいるのはわが軍旗、雲と霞を交えたようである。秋空にそびゆる女几山は、その乱立した山々は剣戟のごと明らかなのである。

「穿曉日」清晨のひかりの中にうがちいること。・暁の光のさす中を軍旗がすすんでゆくさまをこのように形容している。

「劍戟」剣や戈。

「

 

敢請 相公 平賊 後 ,暫攜 諸吏 上 崢嶸 。

わたしののぞむところを敢て請うとすれば、裴度宰相が蔡州に至り手呉元濟の賊軍を平らげた後その帰途ふたたびこの地に立ち寄りおおくの上下の従官と共に、崢嶸を攀じてこの山の勝景を賞せられたのである。

「相公」裴度宰相。淮西を征するとき、「女几山を過ぎる」詩に和している。

「賊」呉元濟のこと。

「攜」語義類別:人、行為動作、一般行為(手部)、攜。

「諸吏」上下の従官、吏。

「崢嶸」山の嶮しいさま。都畿道、河南府、福昌にある女几山のこと。

 

 

■平淮西碑 (韓碑)に関する韓愈の年譜

815

憲宗

元和

10年

48歳

5月、「淮西の事宜を論ずる状」を上奏し、淮西の乱に断固たる措置を求める。夏、「順宗実録」を撰進。*「盆地五首」*「児に示す」作。

816

11年

49歳

正月20日、中書舎人に転任。緋魚袋を賜わる。5月18日、太子右庶士に降任。*「張籍を調(あざけ)る」作

817

12年

50歳

7月29日、裴度、淮西宣慰招討処置使となるに伴い、兼御史中丞、彰義軍行軍司馬となる。8月、滝関を出、本隊より離れて汴州に急行し、宣武軍節度使韓弘の協力をとりつける。10月、敵の本拠、蔡州を間道づたいに突くことを願うも、唐鄧随節度使李愬に先をこされる。11月28日、蔡州を発して長安へ向かう。12月16日、長安へ帰る。21日、刑部侍郎に転任。*「裴相公の東征して途に女几山の下を経たりの作に和し奉る」作

818

13年

51歳

正月、「淮西を平らぐる碑」 を上るも、李愬の訴えにより、碑文は磨り消される。4月、鄭余慶、詳定礼楽使となり、推薦されて副使をつとめる。*「独り釣る四首」

819

14年

52歳

正月14日、「仏骨を論ずる表」を上り、極刑に処せられるところを、裴度らのとりなしで、潮州刺史に左遷となる。3月25日、潮州に着任。10月24日、兗州刺史に転任。*「左遷せられて藍関に至り姪孫湘に示す」*「滝吏」*「始興江口に過る感懐」*「柳柳州の蝦蟇を食うに答う」*「兗州に量移せらる張端公詩を以て相賀す因って之に酬ゆ」  *二月二日、潮州への旅の途次、四女挐、死没。7月、大赦。

 

 

《贈刑部馬侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <835>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3159韓愈詩-207

韓愈《贈刑部馬侍郎》君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

 

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司馬相如 《上林賦 》(17)#7-1 文選 賦<110-#7-1>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩922 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3158
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《贈刑部馬侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <835>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3159韓愈詩-207
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《贈刑部馬侍郎》韓愈

 

 

作者: 韓愈  817年  元和十二年  50歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 贈刑部馬侍郎【案:馬總,時副晉公東征。】 

交遊人物/地點: 馬總 書信往來(京畿道 京兆府 長安)

・過鴻溝

・送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

・贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

・奉和裴相公東征,途經女几山下作

・郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿。李宗閔。二員外:馮李時從裴度東征。〕

・酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

 

 

贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

(馬総は前に酒を寄せた馬侍郎で、この詩は馬総の従軍東征を送って作ったのである。)

紅旗照海壓南荒,徵入中臺作侍郎。

君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

暫從相公平小寇,便歸天闕致時康。

しかしこの度、丞相裴度公にしたがってかの悪党呉元濟を征伐に出かけられるがあっぱれの功績を挙げられ、やがて凱旋して皇城に入城して,一時の太平を為すようにありたいものである。

 

刑部馬侍郎に贈る〔馬總,時に晉公に副として東征す。〕

紅旗 海を照して南荒を壓し,徵されて中臺に入って侍郎となる。

暫く相公に從って小寇を平らげ,便ち天闕【てんけつ】に歸って時康【じこう】を致す。

sas0009 

 

『贈刑部馬侍郎』 現代語訳と訳註

(本文)

贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

紅旗照海壓南荒,徵入中臺作侍郎。

暫從相公平小寇,便歸天闕致時康。

 

 

(下し文)

刑部馬侍郎に贈る〔馬總,時に晉公に副として東征す。〕

紅旗 海を照して南荒を壓し,徵されて中臺に入って侍郎となる。

暫く相公に從って小寇を平らげ,便ち天闕【てんけつ】に歸って時康【じこう】を致す。

 

 

(現代語訳)

(馬総は前に酒を寄せた馬侍郎で、この詩は馬総の従軍東征を送って作ったのである。)

君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

しかしこの度、丞相裴度公にしたがってかの悪党呉元濟を征伐に出かけられるがあっぱれの功績を挙げられ、やがて凱旋して皇城に入城して,一時の太平を為すようにありたいものである。

 

 

(訳注)

贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

(馬総は前に酒を寄せた馬侍郎で、この詩は馬総の従軍東征を送って作ったのである。)

『酬馬侍郎寄酒』〔馬總也。〕

一壺情所寄,四句意能多。

秋到無詩酒,其如月色何。

(馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送った)

卷三四四、五言絕句。馬侍郎刑部侍郎の馬總。字は會元、扶風の人。馬總が詩を添えて酒を送って来たのに対しお礼の詩を送ったものである。韓愈の詩が五言絶句であったことは馬総の詩が五絶であったということ。  「検校工部尚書蔡州刺史となり、淮西節度使に充てらる」とある。すると、馬總はこの時、刑部侍郎であつたので、元和八年より十年に至るまでの間、長安に居たのである。

 

 

紅旗 照海 壓 南荒 ,徵入 中臺 作 侍郎 。

君は久しく桂宮經略観察使として、紅旗、南海を照らし、南方の未開の地を鎮圧されていたが、徴集されて中央政府に入り刑部侍郎に栄転せられた。

「紅旗」。

「照」語義類別:其他、現象、自然現象、照。

「海」南海。

「壓」鎮圧。

「南荒」南方の未開の地。

「徵」徴集。

「入」入城。

「中臺」内閣、中央政府。

 

 

暫從相公 平小寇 ,便歸 天闕 致時康 。

しかしこの度、丞相裴度公にしたがってかの悪党呉元濟を征伐に出かけられるがあっぱれの功績を挙げられ、やがて凱旋して皇城に入城して,一時の太平を為すようにありたいものである。

「相公」宰相、裴度。

「小寇」盜匪。淮西節度使・呉元済が横暴を極め蔡州を占拠して反抗を続けており、憲宗は軍を派遣したが鎮圧に失敗していた。群臣の多くは撤兵を進言したが、裴度だけは断固討伐すべきであることを論じ、自ら督戦することを請願して許され、817年8月からの裴度の処置により10月には乱が鎮定された。この功績により金紫光禄大夫・弘文館大学士に加えられ、上柱国を賜い晋国公に封ぜられた。韓愈は行軍司馬として、この呉元済の乱を鎮圧する軍に従っていたために、詔を受けて「平淮西碑」の文を撰述し、裴度を称えている。

「天闕」皇城。

「時康」一時的な太平。
nat0010 

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《送張侍郎》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <834>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3154韓愈詩-206

韓愈《送張侍郎》君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

 

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 《送張侍郎》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <834>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3154韓愈詩-206

 

 

元和十二年(817)、愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裳度を宰相と兼任で昭義軍節度使とし、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じた。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。むろん兼官の行軍司馬のほうが、主要な職務なのである。

もっとも、このときの戦争では、韓愈は直接戦闘には加わっていない。彼が買って出たのは根まわしとでもいうべき役まわりなのであって、たとえば、韓愈は装度の軍と途中で別れて津州(河南省開封市)へと急行し、そこにいた宣武軍節度使の韓弘に了解と協力を取りつけるのに成功している。これは韓弘が朝廷の命によって呉元済討伐の軍を指揮していたためで、それで戦線が膠着し、裴度の出馬となったわけだが、ともかく韓弘にわたりをつけておく必要はあった。韓愈はその役をつとめたのである。

 

作者: 韓愈  817年  元和十二年  50歲

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕 

作地點: 汴州(河南道 / 汴州 / 汴州) 

交遊人物/地點: 張正甫 當地交遊(河南道 汴州 汴州)

 

 

送張侍郎

司徒東鎮馳書謁,丞相西來走馬迎。 

兩府元臣今轉密,一方逋寇不難平。 

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

 

(張侍郎を送る)

司徒は東に鎮し 書を馳せて謁し,丞相西來走馬迎。 

兩府 元臣 今 轉【うた】た密なり,一方の逋寇【ほこう】平らけ難からず。 

終南山06 

 

『送張侍郎』 現代語訳と訳註

(本文)

送張侍郎

司徒東鎮馳書謁,丞相西來走馬迎。 

兩府元臣今轉密,一方逋寇不難平。 

 

 

(下し文)

(張侍郎を送る)

司徒は東に鎮し 書を馳せて謁し,丞相西來走馬迎。 

兩府 元臣 今 轉【うた】た密なり,一方の逋寇【ほこう】平らけ難からず。 

 

 

(現代語訳)

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

 

 

(訳注)

送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

(張侍郎は張賈で、そのころ、兵部侍郎から出でて華州刺史となったので、この詩はその赴任をするというのでこれを送った。)

 

司徒 東鎮 馳書 謁 ,丞相 西來 走馬 迎 。

君は先に司徒韓弘が東方において鎮したるに際し、前もって照会して置いてこれに謁見し、また丞相裴度が、西方、長安から出陣されるときにも馬を走らせてこれを迎え、東西の中間に立って、しきりに斡旋された。

「司徒」宜武節度使韓宏を司徒となす。。

「東」東方、東都洛陽より東で乱がおこったので、淮西の乱。

「鎮」邦國都城、鎮する。

「馳書」前もって照会して。

「丞相」職官爵位、裴度のこと。

「西」西方向、長安。

 

 

兩府 元臣 今 轉密 ,一方 逋寇 不難 平。

藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公は交際は愈々親密であって謀略毫も齟齬せず、着々として成功するから、呉元濟のごとき、区々として一方に拠れる逋寇は平定することが困難ではなく、いずれ遠からずして太平の世に復興する、それにつけても、君との倍旧の尽力を希望する次第である。

「兩府元臣」藩鎮幕府の両元老たる韓裴二公。

「轉密」交際は愈々親密であること。

「逋寇」淮西の乱の、盜匪。

《過鴻溝》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205

韓愈《過鴻溝》項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

 

 

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《過鴻溝》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <833>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3149韓愈詩-205

 

 

作者: 韓愈  817年  元和十二年  50歲  

卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 

詩題: 過鴻溝 

寫作地點: 滎陽(都畿道 / 鄭州 / 滎陽) 

寫及地點:  鴻溝 (都畿道 鄭州 滎陽)     

 汜水関などの地図

 

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。 

 

 千畳敷0010

『過鴻溝』 現代語訳と訳註

(本文)

過鴻溝

龍疲虎困割川原,億萬蒼生性命存。

誰勸君王回馬首,真成一擲賭乾坤。

 

 

(下し文)

鴻溝を過【よぎ】る

龍は疲れ 虎は困しんで川原【せんげん】を割く,億萬の蒼生 性命 存す。 

誰が 君王に勸めて馬首を回し,真成 一擲 乾坤を賭す。

 

 

(現代語訳)

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

 

 

(訳注)

過鴻溝

(鴻溝の古址をよぎる際に作った詩)

元和十二年八月、蔡州に向かう途中、汴州に入って鴻溝の古址をよぎった時にこの詩を作った。この時絶句のシリーズを六首作っている。今の河南省の賈魯河のことで、そのかみ、秦滅びて天下がまだ統一しない時、楚の項羽と漢の劉邦(後の高祖)がここに一線を画して天下を分有した。詩は当時を追懐したものである。

・過鴻溝

・送張侍郎〔張賈,時自兵侍為華州。〕

・贈刑部馬侍郎〔馬總,時副晉公東征。〕

・奉和裴相公東征,途經女几山下作

・郾城晚飲奉贈副使馬侍郎及馮〔宿。李宗閔。二員外:馮李時從裴度東征。〕

・酬別留後侍郎〔蔡平,命馬總為留後。〕

 

龍疲 虎困 割 川原 ,億萬 蒼生 性命 存 。

項羽と高祖とは戦争が久しきにわたっていたために共に戦いには倦怠していた、たとえば龍がつかれ、虎が苦しむようなものであり、そこで、鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結び、億万の人民の生命を全うしてやっと安心ということになったのだ。

「龍疲 虎困」項羽と漢の高祖とが久しくたたかったことを云う。

「割」。鴻溝を界とし、中原の要地を分割して和を結んだこと。

「川原」中原の要地。

「蒼生」人民。

 

 

誰勸 君王 回 馬首 ,真成 一擲 賭 乾坤 。

この時、高祖に勧め、不意に馬首を回らして、再び戦場に立ちかえらせた、今度こそ本当に乾坤一擲の壮図を成して、勝負を賭せしめたものは誰であるか。「好機、まことに失うべからず、かくて後にこそ」。高祖は、初めて天下を統一することが出来たのである。

「回馬首」いったん帰りかけたのに、また馬の頭を基向いていた戦場の方にむきなおす。

「乾坤一擲」道家語を使ったものであり、李白『経乱離後天恩 流夜郎憶旧遊書懐贈江夏韋太守良宰』「天地賭一擲、未能忘戦争」。に基づいているものである。

遊城南十六首:遣興 韓愈(韓退之) <184>Ⅱ中唐詩795 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2959

城南十六首:遣興 韓愈人間の一生を洗い流してくれるのはただ酒だけだ。あれこれ、百の考えてみるけれどのんびり過すのが一番いいことなのだ。世間のことも 身の上もくよくよ憂いてもしかたがない。すべて、人間世界も夢の中のことと思えはいいのではないだろうか

 

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遊城南十六首:遣興 韓愈(韓退之) <184>Ⅱ中唐詩795 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2959

 

 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:遣興 

及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 
 

遊城南十六首:遣興

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「自分をなぐさめるための詩」)

斷送一生惟有酒,尋思百計不如閒。 

人間の一生を洗い流してくれるのはただ酒だけだ。あれこれ、百の考えてみるけれどのんびり過すのが一番いいことなのだ。

莫憂世事兼身事,須著人間比夢間。 

世間のことも 身の上もくよくよ憂いてもしかたがない。すべて、人間世界も夢の中のことと思えはいいのではないだろうか

 

(興を遣る)

一生を断迭するに 惟だ酒のみ有り、百計を尋思【じんし】するに 閑【かん】なるに如かず。

憂ふる莫れ 世事と身事とを、須らく人間を著って夢閒【むかん】に比すべし。

 

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『遊城南十六首:遣興』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:遣興

斷送一生惟有酒,尋思百計不如閒。 

莫憂世事兼身事,須著人間比夢間。 

 

 

(下し文)

(興を遣る)

一生を断迭するに 惟だ酒のみ有り、百計を尋思【じんし】するに 閑【かん】なるに如かず。

憂ふる莫れ 世事と身事とを、須らく人間を著って夢閒【むかん】に比すべし。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「自分をなぐさめるための詩」)

人間の一生を洗い流してくれるのはただ酒だけだ。あれこれ、百の考えてみるけれどのんびり過すのが一番いいことなのだ。

世間のことも 身の上もくよくよ憂いてもしかたがない。すべて、人間世界も夢の中のことと思えはいいのではないだろうか

 

 

(訳注)

遊城南十六首:遣興

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「自分をなぐさめるための詩」)

・遣興 自分をなぐさめるための詩。

 

 

斷送 一生 惟有 酒 ,尋思 百計 不如 閒 。

人間の一生を洗い流してくれるのはただ酒だけだ。あれこれ、百の考えてみるけれどのんびり過すのが一番いいことなのだ。

・断送 すぎてゆく。葬る、送る、というほどの意。この句はたいへん有名で、朱の王安石の「酒、酒、破除万事無過、断送一生惟有」はこれをもじったものである。

 

 

莫憂 世事 兼身事 ,須著 人間 比 夢間 。

世間のことも 身の上もくよくよ憂いてもしかたがない。すべて、人間世界も夢の中のことと思えはいいのではないだろうか

aki010 

 

 

<杜甫の遣興について>

長安にあって驥子をおもって作ったものである。製作時、至徳二載。757年46歳 この時遣興のシリーズの先頭である。これが20首も続くとは思っていなかったのである。758年 乾元元年罷諌官後作 ②房琯擁護の後、疎外感を持って勤務したころ「我今日夜憂,諸弟各異方。」ではじまり、③「客子念故宅,三年門巷空。」旅人であれば故郷の家を思うものである。もう三年、私の家の門や門前の小道に家族が集うことはなく、むなしく淋しいものである。④「丈夫貴壯健,慘戚非朱顏。」家族みんなが元気でなければいけないと①~④まで自分の思いを分散している家族に「派遣」するのである。

⑤~⑦については「官を辞して」秦州に来た旨を知らせる内容で、続いて⑧~⑫は杜甫が詩人として生きていくことを決意したこと、過去の詩人たちと隠棲を述べながら家族に知らせるものである。⑬~⑭は杜甫が今まで胸に抑えてきたものをこれから堂々と詩に詠っていくことの決意を示している。⑮~⑲は「官を辞し」た自分は富貴者、官僚に対して決して媚は売らないというものである。こうして、⑳で艱難辛苦の上、成都草堂に来たのだが早く会いたいものだ、と述べている。

遣興 ①756年 反乱軍拘束、長安で軟禁状態であったとき

驥子好男兒,前年學語時﹕問知人客姓,誦得老夫詩。

世亂憐渠小,家貧仰母慈。鹿門攜不遂,雁足系難期。

天地軍麾滿,山河戰角悲。倘歸免相失,見日敢辭遲。

 

遣興 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 151

 

 

遣興詩特集

① 遣興 756年 反乱軍拘束、長安で軟禁状態であったとき

驥子好男兒,前年學語時﹕問知人客姓,誦得老夫詩。

世亂憐渠小,家貧仰母慈。鹿門攜不遂,雁足系難期。

天地軍麾滿,山河戰角悲。倘歸免相失,見日敢辭遲。

遣興 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 151

 

遣興について

 ②③④の三首について、②第一首では「我今日夜憂、諸弟各異方(我今日夜憂ふ、諸弟各方を異にす)」と兄弟と離れていることを愁い、いずれも故郷を離れ、戦乱のために帰れぬ者の視点から、それぞれ自分の弟にたいして。③第二首では「客子念故宅、三年門巷空(客子故宅を念ひ、三年門巷空し)」と故郷の住まいを思い(故郷の故宅)。④第三首は「昔在洛陽時、親友相追単。(昔洛陽に在りし時、親友相追単す)」と洛陽における旧友達との交友を思い起こしており、内容は一定していない。親友たちとの交友の日々を思い、自らの衰えを嘆く。

 

遣興三首 758 乾元元年 房琯擁護の後、疎外感を持って勤務したころ

②

我今日夜憂,諸弟各異方。不知死與生,何況道路長。

避寇一分散,饑寒永相望。豈無柴門歸?欲出畏虎狼。

仰看雲中雁,禽鳥亦有行。

③

蓬生非無根,漂蕩隨高風。天寒落萬裡,不複歸本叢。

客子念故宅,三年門巷空。悵望但烽火,戎車滿關東。

生涯能幾何,常在羈旅中!

④

昔在洛陽時,親友相追攀。送客東郊道,遨遊宿南山。

煙塵阻長河,樹羽成皋間。回首載酒地,豈無一日還?

丈夫貴壯健,慘戚非朱顏。

 

⑤遣興三首 759乾元二年秋在秦州作 

下馬古戰場,四顧但茫然。風悲浮雲去,黃葉墮我前。

朽骨穴螻蟻,又為蔓草纏。故老行嘆息,今人尚開邊。

漢虜互勝負,封疆不常全。安得廉頗將,三軍同晏眠?

遣興三首 其一 <226>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1094 杜甫特集700- 329

⑥

高秋登塞山,南望馬邑州。降虜東擊胡,壯健盡不留。

穹廬莽牢落,上有行雲愁。老弱哭道路,願聞甲兵休。

鄴中事反覆,死人積如丘。諸將已茅土,載驅誰與謀?

遣興三首 其二 <227>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1097 杜甫特集700- 330

⑦

豐年孰雲遲,甘澤不在早。耕田秋雨足,禾黍已映道。

春苗九月交,顏色同日老。勸汝衡門士,忽悲尚枯槁。

時來展才力,先後無醜好。但訝鹿皮翁,忘機對芳草。

遣興三首 其三 <228>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1100 杜甫特集700- 331

 

⑧1033.遣興五首 759乾元二年秋在秦州作

蟄龍三冬臥,老鶴萬裡心。昔時賢俊人,未遇猶視今。

嵇康不得死,孔明有知音。又如隴坻松,用舍在所尋。

大哉霜雪幹,歲久為枯林。

⑨

昔者龐德公,未曾入州府。襄陽耆舊間,處士節獨苦。

豈無濟時策?終竟畏網罟。林茂鳥有歸,水深魚知聚。

舉家隱鹿門,劉表焉得取。

⑩

陶潛避俗翁,未必能達道。觀其著詩集,頗亦恨枯槁。

達生豈是足?默識蓋不早。有子賢與愚,何其掛懷抱?

⑪

賀公雅吳語,在位常清狂。上疏乞骸骨,黃冠歸故鄉。

爽氣不可致,斯人今則亡。山陰一茅宇,江海日淒涼。

⑫

吾憐孟浩然,短褐即長夜。賦詩何必多,往往淩鮑謝。

清江空舊魚。春雨餘甘蔗。每望東南雲,令人幾悲吒。

 

⑬遣興二首   759乾元二年秋在秦州作

天用莫如龍,有時系扶桑。頓轡海徒湧,神人身更長。

性命苟不存,英雄徒自強。吞聲勿複道,真宰意茫茫。

⑭

地用莫如馬,無良複誰記?此日千裡鳴,追風可君意。

君看渥窪種,態與駑駘異。不雜蹄嚙間,逍遙有能事。

 

 

 

「遣興五首」(⑮ ⑯ ⑰ ⑱ ⑲)について、『杜詩詳注』は「此詩梁権道編在乾元二年秦州詩内。今姑但之。(此の詩は梁権道編して乾元二年秦州の詩の内に在り。今姑く之に但る。)」と、乾元二年(七五九)秦州における作にひとまず編年している。

杜甫は、日ごろから、この富貴の者たちの言動が腹に据えかねていた。士官を目指しているときや、官僚の時には言えなかったことが、官を辞して初めて批判できるのである。この二十年の思いをぶっつけるのである。この五首それぞれの思いで、「北里・長陵・蕭京兆・元悪・富家葬」と、いきいきと述べている。このことで、作時を長安時代の作であろうと推測している説もあるが、わたしはやはり旧注の乾元二年とする。杜甫は、言えなかったことが初めて言えるようになった、官を辞して、秦州に来たからこそであり、腹に溜めていた「興」を吐き出すというもので、そう考えると全体が味わい深いものである。この「遣興」というシリーズの存在感はそこにあるというものだ。

 

其一    ⑮

朔風飄胡雁,慘澹帶砂礫。長林何蕭蕭,秋草萋更碧。

北裡富燻天,高樓夜吹笛。焉知南鄰客,九月猶絺綌。

 

其二    ⑯

長陵銳頭兒,出獵待明發。騂弓金爪鏑,白馬蹴微雪。

未知所馳逐,但見暮光滅。歸來懸兩狼,門戶有旌節。

 

其三    ⑰

漆有用而割,膏以明自煎;蘭摧白露下,桂折秋風前。

府中羅舊尹,沙道故依然。赫赫蕭京兆,今為人所憐。

 

其四    ⑱

猛虎憑其威,往往遭急縛。雷吼徒咆哮,枝撐已在腳。

忽看皮寢處,無複睛閃爍。人有甚於斯,足以勸元惡。

 

其五    ⑲

朝逢富家葬,前後皆輝光。共指親戚大,緦麻百夫行。

送者各有死,不須羨其強。君看束縛去,亦得歸山岡。

遊城南十六首:楸樹 韓愈(韓退之) <183>Ⅱ中唐詩794 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2954

韓愈《遊城南十六首:楸樹》 青い旗、ほこが 紫の天蓋のように どうどうと盛んに茂って立っている。こまかな雨がふり、けぶるもやに まるで絵燈籠みたいにみえる。

 

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卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:楸樹 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

詩文:

遊城南十六首:楸樹

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「キササゲの大樹」)

青幢紫蓋立童童,細雨浮煙作綵籠。 

青い旗、ほこが 紫の天蓋のように どうどうと盛んに茂って立っている。こまかな雨がふり、けぶるもやに まるで絵燈籠みたいにみえる。

不得畫師來貌取,定知難見一生中。 

画家がやって来て、写生しておいてくれなかったから、こんな光景はきっと、一生の間、見られるというものではないだろう。

 

城南に遊ぶ十六首:楸樹【しゅうじゅ】

青幢【せいどう】紫蓋【しがい】立って童童,細雨【さいう】浮煙【ふえん】綵籠【さいりゅう】を作す。 

畫師の來って貌取【ばくしゅ】するを得ずんば,定めて知る一生の中【うち】に見難【がた】きを。 

長安付近図00 

 















『遊城南十六首:楸樹』 現代語訳と訳註

(本文)

楸002

遊城南十六首:楸樹

青幢紫蓋立童童,細雨浮煙作綵籠。 

不得畫師來貌取,定知難見一生中。 

 

 

(下し文)

城南に遊ぶ十六首:楸樹【しゅうじゅ】

青幢【せいどう】紫蓋【しがい】立って童童,細雨【さいう】浮煙【ふえん】綵籠【さいりゅう】を作す。 

畫師の來って貌取【ばくしゅ】するを得ずんば,定めて知る一生の中【うち】に見難【がた】きを。 

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「キササゲの大樹」)

青い旗、ほこが 紫の天蓋のように どうどうと盛んに茂って立っている。こまかな雨がふり、けぶるもやに まるで絵燈籠みたいにみえる。

画家がやって来て、写生しておいてくれなかったから、こんな光景はきっと、一生の間、見られるというものではないだろう。

 

 

(訳注)

遊城南十六首:楸樹

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「キササゲの大樹」)

・楸 ひさぎ、また、キササゲという木である。ノウゼンカズラ科の落葉高木。中国中南部原産。葉は大形で、キリの葉に似る。夏、枝先に淡黄色の花を密につける。果実は細長く垂れ、ササゲのさやに似る。果実を食用、また利尿薬にする。花園, 庭園; 庭. 黄蝉を意味する。

韓愈『遊城南十六首:楸樹,二首之一』

幾歲生成為大樹,一朝纏繞困長藤。

誰人與脫青羅帔,看吐高花萬萬層。

遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904

韓愈『遊城南十六首:楸樹,二首之二』

幸自枝條能樹立,可煩蘿蔓作交加。

傍人不解尋根本,卻道新花勝舊花。

遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909

 

 

青幢 紫蓋 立 童童 ,細雨 浮煙 作綵籠 。

青い旗、ほこが 紫の天蓋のように どうどうと盛んに茂って立っている。こまかな雨がふり、けぶるもやに まるで絵燈籠みたいにみえる。

・青幢 紫蓋 青い幕、紫のおおい。ひさぎの姿を形容していのである。『蜀志』の先主伝に「合の東南角の添上に桑樹あり。童童として小車蓋の如し」 の語がみえ、更玲の『李長吉歌詩彙解』に『西京雑記』をひいて「太液池の洲上に樹一株ありて、これを望むに童童として車蓋の如し」という。『西京雑記』にはこの一条はみえないが、別に「終南山に(中略)樹あり、直上す。百尺、枝なし。上は蘘条を結んで車蓋の如し。葉は一は靑、一は赤。これを望めば斑駁して錦繍の如し。長安にはこれを丹青樹といひ、また華蓋樹といふ」なる語がみえる。

・童童 盛んに茂るさま。

・綵籠 乗しく色どったかご。

 

 

不得 畫師 來 貌取、定知難見一生中。

画家がやって来て、写生しておいてくれなかったから、こんな光景はきっと、一生の間、見られるというものではないだろう。

・畫師 職業身份、畫家。

・貌取 写生する。
楸001 

遊城南十六首:出城 韓愈(韓退之) <180>Ⅱ中唐詩791 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2939

遊城南十六首:出城 韓愈 しばらくのあいだ、長安城の門からでて、春の若草をふんで歩いた。遠くに見える渭水の向こうにも林の下に若草がもえる春の山を見るのである。まさに、韋曲や杜曲の友人の家々を訪ねてみるか、娼屋をひやかしてみようかということだが、ただ、こんなに暇なのも今日、朝から一日のあるだけのことなのだ。

 

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遊城南十六首:出城 韓愈(韓退之) <180>Ⅱ中唐詩791 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2939

 

 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:出城 

寫作地點: 目前尚無資料 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:出城

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「長安城を出る」)

暫出城門蹋青草,遠於林下見春山。 

しばらくのあいだ、長安城の門からでて、春の若草をふんで歩いた。遠くに見える渭水の向こうにも林の下に若草がもえる春の山を見るのである。

應須韋杜家家到,祗有今朝一日閒。 

まさに、韋曲や杜曲の友人の家々を訪ねてみるか、娼屋をひやかしてみようかということだが、ただ、こんなに暇なのも今日、朝から一日のあるだけのことなのだ。 

城を出づ

暫く城門を出でて青草を蹋み、遠く林下に於て春山を見る。

應に須く韋杜の家家に到るべし、秖だ今朝一目の閑有るのみ。

 

 

『遊城南十六首:出城』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:出城

暫出城門蹋青草,遠於林下見春山。 

應須韋杜家家到,祗有今朝一日閒。 

 

 

(下し文)

城を出づ

暫く城門を出でて青草を蹋み、遠く林下に於て春山を見る。

應に須く韋杜の家家に到るべし、秖だ今朝一目の閑有るのみ。

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「長安城を出る」)

しばらくのあいだ、長安城の門からでて、春の若草をふんで歩いた。遠くに見える渭水の向こうにも林の下に若草がもえる春の山を見るのである。

まさに、韋曲や杜曲の友人の家々を訪ねてみるか、娼屋をひやかしてみようかということだが、ただ、こんなに暇なのも今日、朝から一日のあるだけのことなのだ。

 

 

(訳注)

遊城南十六首:出城

長安付近図00(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「長安城を出る」)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南(韋曲・杜曲、潏水)に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

 

暫出 城門 蹋 青草 ,遠於 林下 見 春山 。

しばらくのあいだ、長安城の門からでて、春の若草をふんで歩いた。遠くに見える渭水の向こうにも林の下に若草がもえる春の山を見るのである。

・「出城門」長安城を出る。

・「蹋」歩くのに踏むことをいう。『遊城南十六首:晚雨』

廉纖晚雨不能晴,池岸草間蚯蚓鳴。

投竿跨馬蹋歸路,纔到城門打鼓聲。

・「青草」ここでは若草。近くで確認する春草と、遠くに見る若草をいう。

10risho長安城の図・「遠於林」遠くは杜陵から渭水が横たわり、杜の向こうに五陵があり、その景色を見ている。

・「下見」南斜面である遠く五陵の木々の下に見える春景色を云う。

・「春山」春景色の中の遠くに見える山。

 

 

應須 韋杜 家家 到 ,祗有 今朝 一日 閒 。

まさに、韋曲や杜曲の友人の家々を訪ねてみるか、娼屋をひやかしてみようかということだが、ただ、こんなに暇なのも今日、朝から一日のあるだけのことなのだ。

・「韋杜」韋(姓氏)。城南の歓楽街である韋曲があり、潏水をのぼって杜曲がある。

・「家家」友人の家なのか、娼屋なのかどちらとも考えられる。

終南山03 

遊城南十六首:晚雨 韓愈(韓退之) <179>Ⅱ中唐詩790 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2934

遊城南十六首:晚雨 韓愈 細く、こまかな雨がしとしととふり続く夕方、雨は晴れようとしてくれない。だから池の岸辺の草むらにミミズさえ細雨が嬉しくて鳴きだした。竿を投げだし、それから馬にまたがり、急いで帰路を踏むのだ。やっとまにあった、城門についたとき時、閉門をつげる昏鼓のおとが打ち鳴らされた。


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

遊城南十六首:晚雨 韓愈(韓退之) <179>Ⅱ中唐詩790 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2934

 

 

作者: 韓愈  816年  元和十一年  49歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:晚雨 

及地點:城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:晚雨

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「晩方の雨」)

廉纖晚雨不能晴,池岸草間蚯蚓鳴。

細く、こまかな雨がしとしととふり続く夕方、雨は晴れようとしてくれない。だから池の岸辺の草むらにミミズさえ細雨が嬉しくて鳴きだした。

投竿跨馬蹋歸路,纔到城門打鼓聲。

竿を投げだし、それから馬にまたがり、急いで帰路を踏むのだ。やっとまにあった、城門についたとき時、閉門をつげる昏鼓のおとが打ち鳴らされた。 

(城南に遊ぶ十六首:晚の雨)

廉纖【れんせん】晚雨 晴るる能わず,池岸の草間に蚯蚓【きゅういん】鳴く。

竿を投じ馬に跨【またが】って歸路を蹋【ふ】む,纔【わずか】に城門に到れば鼓を打つ聲したり。

 nat0026

 













『遊城南十六首:晚雨』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:晚雨

廉纖晚雨不能晴,池岸草間蚯蚓鳴。

投竿跨馬蹋歸路,纔到城門打鼓聲。

 

 

(下し文)

(城南に遊ぶ十六首:晚の雨)

廉纖【れんせん】晚雨 晴るる能わず,池岸の草間に蚯蚓【きゅういん】鳴く。

竿を投じ馬に跨【またが】って歸路を蹋【ふ】む,纔【わずか】に城門に到れば鼓を打つ聲したり。

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「晩方の雨」)

細く、こまかな雨がしとしととふり続く夕方、雨は晴れようとしてくれない。だから池の岸辺の草むらにミミズさえ細雨が嬉しくて鳴きだした。

竿を投げだし、それから馬にまたがり、急いで帰路を踏むのだ。やっとまにあった、城門についたとき時、閉門をつげる昏鼓のおとが打ち鳴らされた。

 

 

(訳注)

遊城南十六首:晚雨

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「晩方の雨」)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南(韋曲・潏水)に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

 

廉纖 晚雨 不能 晴 ,池岸 草間 蚯蚓 鳴 。

細く、こまかな雨がしとしととふり続く夕方、雨は晴れようとしてくれない。だから池の岸べの草むらにミミズさえ細雨が嬉しくて鳴きだした。

・晩雨 夕がたからふり出す雨。

・廉纖 ほそく、こまかなさま。

・蚯蚓 みみず。

 

 

投竿 跨馬 蹋 歸路 ,纔到 城門 打鼓 聲 。

竿を投げだし、それから馬にまたがり、急いで帰路を踏むのだ。やっとまにあった、城門についたとき時、閉門をつげる昏鼓のおとが打ち鳴らされた。

・投竿ミミズで魚釣りをしていたのをやめること。

・跨馬蹋 馬に跨がり急いで帰路を踏む。

・城門 長安城の南の門。

・打鼓声 時を知らす大鼓の音。城門は一定の時間に閉じるので、それにおくれるとまちの中に入れない。この太鼓はたぶん閉門の時をしらすそれで、『唐六典』

に「城門即は晨昏に鼓を撃つ」という昏鼓にあたる。
魚玄機55021 

遊城南十六首:贈張十八助教 韓愈(韓退之) <177>Ⅱ中唐詩788 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2924

遊城南十六首:贈張十八助教 韓愈 君の眼のまたすっきりと晴れてみえることがとても嬉しいとよろこんでいる。というのもその頃、手をたずさえ城南の丘陵に遊んで歩いたことがあったというのに。

 

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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 木蘭花 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-276-5-#30  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2927 木蓮001
 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 


遊城南十六首:贈張十八助教 韓愈(韓退之
) <177>Ⅱ中唐詩788 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2924

 

 

作者: 韓愈  816年  元和十一年 49歲  

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:贈張十八助教 

及地點:城南 (京畿道 京兆府 長安)     

交遊人物: 張籍 、孟郊 詩文提及

終南山03







 

 

詩文:

遊城南十六首:贈張十八助教

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「張籍排行十八助教に贈る。」)

喜君眸子重清朗,攜手城南歷舊遊。 

君の眼のまたすっきりと晴れてみえることがとても嬉しいとよろこんでいる。というのもその頃、手をたずさえ城南の丘陵に遊んで歩いたことがあったというのに。

忽見孟生題竹處,相看淚落不能收。

ふと目にしたのは孟郊君が竹に詩をしるしたところを見たことだ。ふたりが見あうことができることになったということば涙おちるのをぬぐうことも間に合わないほど落ちるのだ。

 

城南に遊ぶ十六首:張十八助教に贈る

喜君が眸子【まなこ】重ねて清朗なるを,手を攜えて城南に舊遊を歷たり。 

忽ち見る 孟生【もうせい】の竹に題せし處を,相い看て 淚落ちて 收むるに能わず。

 

 

『遊城南十六首:贈張十八助教』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:贈張十八助教

喜君眸子重清朗,攜手城南歷舊遊。

忽見孟生題竹處,相看淚落不能收。

 

 

(下し文)

城南に遊ぶ十六首:張十八助教に贈る

喜君が眸子【まなこ】重ねて清朗なるを,手を攜えて城南に舊遊を歷たり。 

忽ち見る 孟生【もうせい】の竹に題せし處を,相い看て 淚落ちて 收むるに能わず。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「張籍排行十八助教に贈る。」)

君の眼のまたすっきりと晴れてみえることがとても嬉しいとよろこんでいる。というのもその頃、手をたずさえ城南の丘陵に遊んで歩いたことがあったというのに。

ふと目にしたのは孟郊君が竹に詩をしるしたところを見たことだ。ふたりが見あうことができることになったということば涙おちるのをぬぐうことも間に合わないほど落ちるのだ。

 くちなしの花

 




(
訳注)

遊城南十六首:贈張十八助教

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の「張籍排行十八助教に贈る。」)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・張十八助教 張籍のこと。十八は排行。助教は国子監で博士を補佐する官、国立大学の助教授にあたる。

 

喜君眸子重清朗,攜手城南歷舊遊。 

君の眼のまたすっきりと晴れてみえることがとても嬉しいとよろこんでいる。というのもその頃、手をたずさえ城南の丘陵に遊んで歩いたことがあったというのに。

・喜君眸子重清朗 張籍は一時、眼がわるく、ほとんど見えなくなったことがある。かんめぐみ韓愈の「張籍に代って李浙東に与ふる書」 はその張籍のために、就職依宙の手紙を代輩してやったものである。

・眸子 五官顏面、眼。

・旧遊 長安城南の丘陵地を遊山して歩いたところ。急に見えなくなったものを手を引いて歩いて回ったこと。

 

忽見孟生題竹處,相看淚落不能收。

ふと目にしたのは孟郊君が竹に詩をしるしたところを見たことだ。ふたりが見あうことができることになったということば涙おちるのをぬぐうことも間に合わないほど落ちるのだ。

・孟生 孟郭。以前に選びに来たときは孟郊も元気で同行し、竹林の竹に自分の詩を書きつけたのである。ところが、元和九年八月に孟郊は死んだ。
函谷関長安地図座標001 

遊城南十六首:風折花枝 韓愈(韓退之) <175>Ⅱ中唐詩786 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2914

遊城南十六首:風折花枝 韓愈 春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。


2013年8月31日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
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遊城南十六首:風折花枝 韓愈(韓退之) <175>Ⅱ中唐詩786 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2914

 

 

作者: 韓愈  816年  元和十一年  49歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:風折花枝 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:風折花枝

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の風折花枝。)

浮豔侵天難就看,清香撲地只遙聞。

浮き立つようなあでやかさは天を侵して近づけないが、清らな香りは地をおおってはるかにっとくまでにおいはひろがっているのです。

春風也是多情思,故揀繁枝折贈君。

春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。

 

(城南に遊ぶ十六首:風は花枝を折る)

浮豔【ふえん】すは天を侵し 就いて看難し,清香【せいこう】地を撲【おお】い只だ遙かに聞こゆ。

春風は也【ま】た是れ 情思【じょうし】多くし,故【ことさら】に繁枝【はんし】を揀【えら】び 折りて 君に贈る。 

 

 

 

『遊城南十六首:風折花枝』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:風折花枝

浮豔侵天難就看,清香撲地只遙聞。

春風也是多情思,故揀繁枝折贈君。

 

 

(下し文)

(城南に遊ぶ十六首:風は花枝を折る)

浮豔【ふえん】すは天を侵し 就いて看難し,清香【せいこう】地を撲【おお】い只だ遙かに聞こゆ。

春風は也【ま】た是れ 情思【じょうし】多くし,故【ことさら】に繁枝【はんし】を揀【えら】び 折りて 君に贈る。 

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の風折花枝。)

浮き立つようなあでやかさは天を侵して近づけないが、清らな香りは地をおおってはるかにっとくまでにおいはひろがっているのです。

春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。

柳絮01 








 

(訳注)

遊城南十六首:風折花枝 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の風折花枝。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

 

 

浮豔 侵天 難就 看 ,清香 撲地 只遙聞 。

浮き立つようなあでやかさは天を侵して近づけないが、清らな香りは地をおおってはるかにっとくまでにおいはひろがっているのです。

・浮豔 ただようあでやかさ.ここでは、浮き立つようなあでやかさというほどの意であろう。

・侵天 天空、天上にいたる。ここのところは、愛する女性を、貴族かあるいはそれ以上の高い地位の人に奪われて、遠くからそれをしたっている男の恋情をうたったような気味がある。

・撲地 地をおおう。地上に満ちるというほどの意。

 

 

 

春風 也是多情 思 ,故揀 繁枝 折贈 君 。

春風はまた浮気心、思いが多いものであり、粋なことであろうか。私も多情な気持ちになって、故意に若葉が茂っている枝を折ってあなたに贈ってみるのです。

・情思 思いやり、というほどの意。

・繁枝 上句の多情思をうけている。

・折贈君 春風が原因で贈る気になったということ。これで女性が口説けたのだろう。

・この詩は起句に「豔」(女性の色気)を使い、承句に「香」(女性)「撲」(性行為の腰の運動)、転結二句「春風」(性行為)「多情」(浮気心)「繁枝」(浮気心)「折贈」(性行為)と、艶歌に使う言葉を鏤めていて、韓愈にしては珍しいもので、面白いが、良い詩ではない。
魚玄機55021 

遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909

楸樹,二首之二 韓愈 幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

 

2013年8月30日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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揚雄 《甘泉賦 》(19)#6-3 文選 賦<108-#18>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩872 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2908
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

遊城南十六首:楸樹,二首之二 韓愈(韓退之) <174>Ⅱ中唐詩785 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2909

 

作者: 韓愈 元和十一年  816年  49歲  

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:楸樹,二首之二 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:楸樹,二首之二

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の二。)

幸自枝條能樹立,可煩蘿蔓作交加。

幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

傍人不解尋根本,卻道新花勝舊花。

はたの人は 根本のところを見きわめもしないというのに、「こんどの花は前の花よりいい」などといっている。

 

(遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首の二)  

幸【もともと】自ら枝條の能く樹立せしなり,可んぞ蘿蔓【らまん】を煩わして交加【こうか】を作さんや。

傍人は根本を尋ぬるを解せずして,卻って道【い】う「新花は舊花より勝れり」と。

楠樹03 















 

『遊城南十六首:楸樹,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:楸樹,二首之二

幸自枝條能樹立,可煩蘿蔓作交加。

傍人不解尋根本,卻道新花勝舊花。

 

 

(下し文)

(遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首の二)  

幸【もともと】自ら枝條の能く樹立せしなり,可んぞ蘿蔓【らまん】を煩わして交加【こうか】を作さんや。

傍人は根本を尋ぬるを解せずして,卻って道【い】う「新花は舊花より勝れり」と。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の二。)

幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

はたの人は 根本のところを見きわめもしないというのに、「こんどの花は前の花よりいい」などといっている。

 

美女004



(
訳注)

遊城南十六首:楸樹,二首之二 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の二。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・楸 ひさぎ、また、キササゲという木である。ノウゼンカズラ科の落葉高木。中国中南部原産。葉は大形で、キリの葉に似る。夏、枝先に淡黄色の花を密につける。果実は細長く垂れ、ササゲのさやに似る。果実を食用、また利尿薬にする。花園, 庭園; 庭. 黄蝉を意味する。

 

 

幸自 枝條 能 樹立 ,可煩 蘿蔓 作交加。

幸せなところ、じぶんの力で枝々はしっかりと伸びて樹を大きくしているのだ。蔓の蔓なんぞにからんでもらう、わずらわしいことはないのだ。

・蘿蔓 かずらのつる。

・交加 もつれあう。

 

 

傍人 不解 尋 根本 ,卻道 新花 勝 舊花 。

はたの人は 根本のところを見きわめもしないというのに、「こんどの花は前の花よりいい」などといっている。

・幸 盛唐ごろから使われた俗語で、もともと、とか、ちゃんと、とかいうほどの意。杜甫の「除架」に「幸結白花了」

除架 杜甫 <300> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1367 杜甫詩 700- 420

韓愈の「薦士」に「幸当択珉玉」

薦士 韓退之(韓愈)詩<62-#1>Ⅱ中唐詩367 紀頌之の漢詩ブログ1180

温庭筠の『楊柳枝』に「春來幸自長如線」などの例がみえる。

楊柳枝 (之五)

兩兩黃鸝色似色,裊枝啼露動芳音。

春來幸自長如線,可惜牽纏蕩子心。

楊柳枝 之五 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-61-14-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1860
・可 ○可待 何を待とうか。待つまでもないことだ。反語的な語気を含む。李商隠の 

錦瑟

錦瑟無端五十弦、一弦一柱思華年。

莊生曉夢迷蝴蝶、望帝春心托杜鵑。

滄海月明珠有涙、藍田日暖玉生煙。

此情可待成追憶、只是當時已惘然。

錦瑟 李商隠 1 Ⅰ晩唐李商隠詩<1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之漢詩ブログ<64>

遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904

楸樹,二首之一 韓愈 この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるしむこととなる。


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遊城南十六首:楸樹,二首之一 韓愈(韓退之) <173>Ⅱ中唐詩784 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2904

 

 

作 者: 韓愈 元和十一年  816年  49歲 

卷 別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩 題: 遊城南十六首:楸樹,二首之一 

及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:楸樹,二首之一  

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の一。)

幾歲生成為大樹,一朝纏繞困長藤。

この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるしむこととなる。

誰人與脫青羅帔,看吐高花萬萬層。

誰か、あの若くて書生の様な青い上衣を脱がせてやれないものか、そうしたらその枝の高い所にまで、何万という花をつけて咲きはこるのがいやというほど見られることだろう。

 

遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首之一  

幾歲 生成して大樹と為る,一朝 纏繞【てんじょう】せられて長藤に困しむ。

誰人か與【ため】に青羅の帔を脫せば,高花の萬萬【ばんばん】層なるを吐くを看る。

楠樹03 















 

『遊城南十六首:楸樹,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:楸樹,二首之一  

幾歲生成為大樹,一朝纏繞困長藤。

誰人與脫青羅帔,看吐高花萬萬層。

 

 

(下し文)

遊城南十六首:楸【キササゲ】の樹,二首之一  

幾歲 生成して大樹と為る,一朝 纏繞【てんじょう】せられて長藤に困しむ。

誰人か與【ため】に青羅の帔を脫せば,高花の萬萬【ばんばん】層なるを吐くを看る。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の一。)

この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるしむこととなる。

誰か、あの若くて書生の様な青い上衣を脱がせてやれないものか、そうしたらその枝の高い所にまで、何万という花をつけて咲きはこるのがいやというほど見られることだろう。

 

wakaba002

 

(訳注)

遊城南十六首:楸樹,二首之一

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の庭の大樹を詠う二首の一。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・楸 ひさぎ、また、キササゲという木である。ノウゼンカズラ科の落葉高木。中国中南部原産。葉は大形で、キリの葉に似る。夏、枝先に淡黄色の花を密につける。果実は細長く垂れ、ササゲのさやに似る。果実を食用、また利尿薬にする。花園, 庭園; 庭. 黄蝉を意味する。

 

 

幾歲 生成 為大樹 ,一朝 纏繞 困長藤 。

この木は幾年もかかって大木になったのであるが、ある日気が付くとまといつかれたた藤づるにくるむこととなる。

・「幾歲」何年もかけて。数十年。

 

 

誰人 與脫 青 羅帔 ,看吐 高花 萬萬 層 。

誰か、あの若くて書生の様な青い上衣を脱がせてやれないものか、そうしたらその枝の高い所にまで、何万という花をつけて咲きはこるのがいやというほど見られることだろう。

・青羅帔 青い薄絹の肩衣。書生の服装。絲帛服飾(衣冠腰帶)。

・吐 吐くように垂れる。

・高花 背丈の高い木で枝の先端に花をつけるので高い所に咲く。

遊城南十六首:落花 韓愈(韓退之) <172>Ⅱ中唐詩783 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2899

遊城南十六首:落花 韓愈おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

 

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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。   
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

遊城南十六首:落花 韓愈(韓退之) <172>Ⅱ中唐詩783 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2899

 

 

作者: 韓愈  元和十一年  816年  49歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:落花 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

 

遊城南十六首:落花 

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の淫乱で落ちていった女。)

已分將身著地飛,那羞踐踏損光暉。

寂しさのあまりにとった行動は、地について身をひくくしてどこにでも飛ぶことをも己の分と覚悟してはいたのである。それでもどうして、ふみにじられて綺麗な顔を踏みつけられ、汚されて、ここまで恥辱をうけるのでしょうか。

無端又被春風誤,吹落西家不得歸。

おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

 

(遊城南十六首:落花) 

已に 身を將って地に著き 飛を分とす,那んぞ 踐踏【せんとう】光暉を損ずるも羞じあらんや。

端無くも 又 春風に被われ誤ちたり,西家に吹落して 歸るを得ず。
 

美女004 

 


『遊城南十六首:落花』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:落花 

已分將身著地飛,那羞踐踏損光暉。

無端又被春風誤,吹落西家不得歸。

 

 

(下し文)

(遊城南十六首:落花) 

已に 身を將って地に著き 飛を分とす,那んぞ 踐踏【せんとう】光暉を損ずるも羞じあらんや。

端無くも 又 春風に被われ誤ちたり,西家に吹落して 歸るを得ず。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の淫乱で落ちていった女。)

寂しさのあまりにとった行動は、地について身をひくくしてどこにでも飛ぶことをも己の分と覚悟してはいたのである。それでもどうして、ふみにじられて綺麗な顔を踏みつけられ、汚されて、ここまで恥辱をうけるのでしょうか。

おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

 

(訳注)

遊城南十六首:落花 

鬢毛01(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の淫乱で落ちていった女。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。儒家の厳しい目で女性を見たもので、年増になれば、憐れな女性が多かったということであろう。

・落花 語意にむつかしいところはない。美しい未亡人が長らく独り身を通して貞婦といわれていたのに、ふとしたことからつまらぬ男に迷って泥沼の生活におちこんだことを、しみじみとなげいているようなところがある。韓愈が中書舎人から太子右庶子におとされたときの感情を託したのだろう、という批評家もある。東の女は賢くて貞操がある女。西家の女は色気があって浮気者。東家の女とか東隣婦という表現で登場する。『為焦仲卿妻作』-其十一場面「東家有賢女,窈窕豔城郭。」(昔からいうように東の方の家に賢い娘がいます。そのしとやかさ、上品であでやかさは城郭の内でも評判だというのです。)ということである。

西家の女は浮気者で悲惨なことになってしまう。五行思想からいうことでもあるが、西家について、六朝末の鮑照(ほう しょう、414年?(義熙10年) - 466年(泰始2年))は、中国南北朝時代、宋の詩人。字は明遠。本籍地はもと上党郡(現在の山西省長治市)、後に東海郡(現在の江蘇省漣水県、または山東省郯城県)に移る。この鮑照

「擬行路難十八首」之八

中庭五株桃,一株先作花。

陽春妖冶二三月,從風簸盪落西家。

西家思婦見悲惋,零淚沾衣撫心歎。

初送我君出戶時,何言淹留節回換。

床席生塵明鏡垢,纖腰瘦削髮蓬亂。

人生不得恒稱悲,惆悵徙倚至夜半。

中庭五株の桃、一株先づ花を作す。

陽春妖冶二二月、風に従ひ簸盪して西家に落つ。

西家の思婦見て悲惋し、涙を尽し衣を沾し心を撫でて欺く。

初め我が君の戸を出づるを送りし時、何ぞ冒はむ淹留して節廻換せむと。

床席に塵生じ明鏡垢づき、纖腰痩削し髪蓬乱す。

人生恒には意に称ふことを得ず、惆悵徙倚して夜半に至る。

というのがある。『落花』の「吹落西家不得歸。」結句の吹落四家の語からみて、韓愈が鮑照「從風簸盪落西家。」を念頭においたことは明らかだが、夫を思う妻の悲しみを、道を誤った女の欺きと変えているところが妙ではあるが、儒者の単純さは否めない。まだ、この時代では、詩に別れた夫のことを思って生活しなければいけないということは確立されていない。通い婚が基本である。

 

已分 將身 著地 飛 ,那羞 踐踏 損光暉 。

寂しさのあまりにとった行動は、地について身をひくくしてどこにでも飛ぶことをも己の分と覚悟してはいたのである。それでもどうして、ふみにじられて綺麗な顔を踏みつけられ、汚されて、ここまで恥辱をうけるのでしょうか。

・「分」自分の性。

・「羞」恥辱を受ける。

・「踏」踏みにじられる。

・「光暉」女の顔は生き生きしてかがやいていた事。

 

 

無端 又被春風 誤,吹落 西家 不得 歸 。

おもいもかけず、それまで悶々としていたときに、あまい春風に当てられ、あやまちを犯したことから、それまで東家の女といわれていたものが「西家の女」と淫乱な女に落ちてしまった。もうもとへ帰れないのです。

・「無端」はしなくも。おもいもかけず。

・「春風」誰にでも声をかけるほどの浮気心。噂が立って誰も相手をしなくなるほどの淫乱な行動をしたという意味になる。この時代は結構自由な性の環境にあった。1200年頃から、明、清にかけ最頂、清朝末期頃が貞操に厳しいものがあった。

・「西家」東の女は賢くて貞操がある女。西家の女は色気があって浮気者。儒家は東家の女を詠うことが多いが、西家を詠うのは珍しい。
蛺蝶02 

遊城南十六首:晚春 韓愈(韓退之) <171>Ⅱ中唐詩782 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2894

遊城南十六首:晚春 韓愈 白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。

 

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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 送梓州李使君之任 蜀中転々 杜甫 <535-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2895 杜甫詩1000-535-#1-773/1500
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謝靈運詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。   
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
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遊城南十六首:晚春 韓愈(韓退之) <171>Ⅱ中唐詩782 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2894

 

 

作者: 韓愈 

元和十一年  816年  49歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:晚春 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:晚春

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の晩春。)

草樹知春不久歸,百般紅紫鬥芳菲。

草木樹、万物というものは 春がおわるとしてもしばらく帰って来ないのを知っていて、いろんなものは紅や紫、色さまざま 美しさを あらそって見せる。

楊花榆莢無才思,惟解漫天作雪飛。

白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。 

(城南に遊ぶ十六首:晚春)

草樹は春の久しく歸らざるを知り,百般の紅紫【こうし】芳菲【ほうひ】を鬥はしむ。

楊花と榆莢【ゆきょう】才思無く,惟だ天に漫【はびこ】り雪と作って飛ぶを解するのみ。

柳絮01 

 







『遊城南十六首』
(3) 現代語訳と訳註

(本文) 遊城南十六首:晚春

草樹知春不久歸,百般紅紫鬥芳菲。

楊花榆莢無才思,惟解漫天作雪飛。

海棠花021 










 

(下し文)

 (城南に遊ぶ十六首:晚春)

草樹は春の久しく歸らざるを知り,百般の紅紫【こうし】芳菲【ほうひ】を鬥はしむ。

楊花と榆莢【ゆきょう】才思無く,惟だ天に漫【はびこ】り雪と作って飛ぶを解するのみ。

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の晩春。)

草木樹、万物というものは 春がおわるとしてもしばらく帰って来ないのを知っていて、いろんなものは紅や紫、色さまざま 美しさを あらそって見せる。

白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。

 

 

(訳注)

遊城南十六首:晚春  

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の晩春。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

 

 

 

草樹 知春 不久 歸 ,百般 紅紫 鬥 芳菲 。

草木樹、万物というものは 春がおわるとしてもしばらく帰って来ないのを知っていて、いろんなものは紅や紫、色さまざま 美しさを あらそって見せる。

・「春」万物が成長する春。

・「紅紫」花・顏色、間色、紅紫。

・「鬥」あらそって見せる。

・「芳菲」花。

 

 

楊花 榆莢 無才 思 ,惟解 漫天 作雪飛 。

白楊の花がいっぱいで、楡の実のさやはその際うまく使っていないで気がきかない。ただ、この春の終わりに、この空いっぱいに雪のように飛ぶことを知ってるだけだ。

・「楊花」(木本)、白楊の花。

・「榆莢」榆の実のさや。

・「漫天」天空。
杏の花002 

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遊城南十六首:題于賓客莊 韓愈(韓退之) <170>Ⅱ中唐詩781 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2889
 

 

作者: 韓愈  元和十一年  816年  49歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:題于賓客莊 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

于賓客莊 (京畿道 京兆府 萬年)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:題于賓客莊  

榆莢車前蓋地皮,薔薇蘸水筍穿籬。

馬蹄無入朱門跡,縱使春歸可得知。

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の于賓客の莊に立ち寄ってこの詩を題す。)

楡の実の莢【さや】や事前草が 地面を覆っている。薔薇は水にちょこんと浸っており、竹の子は生垣から突き出ている。

あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。

 

(城南に遊ぶ十六首:于【う】賓客【ひんかく】の莊に題す)

榆莢【ゆきょう】車前 地皮を蓋【おお】う,薔薇【しょうび】は水に蘸【ひた】り筍は籬【まがき】を穿つ。

馬蹄 朱門に入る跡無し,縱い春をして歸らしむるも知るを得可けむや。

880ろせ 






 

『遊城南十六首:題于賓客莊』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:題于賓客莊  

榆莢車前蓋地皮,薔薇蘸水筍穿籬。

馬蹄無入朱門跡,縱使春歸可得知。

 

 

(下し文)

(城南に遊ぶ十六首:于【う】賓客【ひんかく】の莊に題す)

榆莢【ゆきょう】車前 地皮を蓋【おお】う,薔薇【しょうび】は水に蘸【ひた】り筍は籬【まがき】を穿つ。

馬蹄 朱門に入る跡無し,縱い春をして歸らしむるも知るを得可けむや。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の于賓客の莊に立ち寄ってこの詩を題す。)

楡の実の莢【さや】や事前草が 地面を覆っている。薔薇は水にちょこんと浸っており、竹の子は生垣から突き出ている。

あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。

くちなしの花 






 

(訳注)

遊城南十六首:題于賓客莊  

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の于賓客の莊に立ち寄ってこの詩を題す。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・于賢客 太子賓客の于顓のこと。干顓は字は允元、貞元十四年、山南東道節度使となり、憲宗が即位して中央に帰り宰相となったが、その豪奢な生活態度がわ

ざわいして元和八年、恩王の傳に貶められ、九月、太子賓客となり、十三年辞表を出したとき、宰相が太子少保にしたらと意見をのべたが、憲宗は許さなかった。その年の八月死んだ。韓愈は青年時代このひとに三度も就職依頼状を出して返事をもらえなかった。ふと歩み入った荒れはてた屋敷が、そのひとのものであり、そのひともすでに亡いことを知って、作ったのかこの詩、諷意がかすかにただようが、それのみではない複雑な感情がある。

 

榆莢車前蓋地皮,薔薇蘸水筍穿籬。

楡の実の莢【さや】や事前草が 地面を覆っている。薔薇は水にちょこんと浸っており、竹の子は生垣から突き出ている。

・車前 車前草=大葉子はオオバコ科オオバコ属の多年草。オオバコの成熟種子、花期の全草を乾燥したものを、それぞれ車前子(しゃぜんし)、車前草(しゃぜんそう)といい、生薬である。

・薔薇 バラ科バラ属の種(しゅ)の総称。 バラ属の植物は、灌木、低木、または木本性のつる植物で、葉や茎に棘があるものが多い。葉は1回奇数羽状複葉。花は5枚の花びらと多数の雄蘂を持つ(ただし、園芸種では大部分が八重咲きである)。

・蘸 液体や粉末に)ちょっとつける蘸点儿墨水ちょっとインクをつける.蘸火焼き入れをする.

 

馬蹄無入朱門跡,縱使春歸可得知。

あれだけ権威を誇った家の朱塗の正門にいまでは馬の蹄の跡もひとつもない。これではたとえ春というのに使いをよこして帰って来てもどうしてそれを知ることが出来るだろう。

・朱門跡 役職に在る時に正門には尋ねる人が多かった。

・縱使 韓愈は度々陳情書を出している。

・春歸 最盛期の春が帰って來る。
百舌鳥03 

遊城南十六首:賽神 韓愈(韓退之) <169>Ⅱ中唐詩780 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2884

遊城南十六首 賽神 韓愈  貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html   
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。   
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。   
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

遊城南十六首:賽神 韓愈(韓退之) <169>Ⅱ中唐詩780 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2884

 

 

作年: 元和十一年  816年  49歲 

卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 

詩題: 遊城南十六首:賽神 

寫及地點:  城南 (京畿道 京兆府 長安)     

 

 

詩文:

遊城南十六首:賽神

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の賽神。)

白布長衫紫領巾,差科未動是閒人。

貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。

麥苗含穟桑生葚,共向田頭樂社神。

冬を越した麦苗は穂をふくみ 桑は実をもうつけている。田圃のほとりにある鎮守さまでご一緒に神楽をあげて神さまをたのしませている。

 

城南に遊ぶ 十六首:賽神【さいしん】

白布【はくふ】長衫【ちょうさん】紫の領巾,差科【さか】にも未だ動かされず是れ閒人。

麥苗【ばくびょう】は穟【すき】を含み桑は葚を生ず,共に田頭に向て社神を樂ましむ。

 花瓊

 












『
遊城南十六首』 現代語訳と訳註

(本文)

遊城南十六首:賽神

白布長衫紫領巾,差科未動是閒人。

麥苗含穟桑生葚,共向田頭樂社神。

 

 

(下し文)

城南に遊ぶ 十六首:賽神【さいしん】

白布【はくふ】長衫【ちょうさん】紫の領巾,差科【さか】にも未だ動かされず是れ閒人。

麥苗【ばくびょう】は穟【すき】を含み桑は葚を生ず,共に田頭に向て社神を樂ましむ。

 

 

(現代語訳)

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の賽神。)

貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。

冬を越した麦苗は穂をふくみ 桑は実をもうつけている。田圃のほとりにある鎮守さまでご一緒に神楽をあげて神さまをたのしませている。

燕麦01









 

 

(訳注)

遊城南十六首:賽神

(長安の南でゆっくりしている時の詩、十六首の賽神。)

・游城南十六首 底本巻九。十六首が一時に作られたものではないのかもしれない。長安城南に遊んで作った詩が、どれも晩春をうたったものである。

・賽神 神さまへのお礼まいりだがこれは村まつりをうたっているのである。鎮守の神様。

 

 

白布長衫紫領巾,差科未動是閒人。

貧しいものか、隠者であろうか白布の長い上着に首に書けた肩巾のものたちがいる。賦役のないものにとってはこんな時にはやることのない閑人となっている。

・白布長衫 白衣は民間人、あるいは卑賤の者のつける着物だが、長衫すなわち長い上着は卑賤のもののつけるものではない。やや隠者ぶった服装である。

・紫領巾 古代に女子が首にかけ,左右に垂らして用いた一条の布。褶,比礼,肩巾とも記す。5尺から2尺5寸の羅や紗などを,一幅または二幅に合わせてつくった。古くは男女ともに着用したもの

・差科 賦役。民間人は税金をおさめ労務に服する義務があり、そのすべてをふくめてこういった。

・未動 士太夫以上は差科の対象として使役されない。

 

 

麥苗含穟桑生葚,共向田頭樂社神。

冬を越した麦苗は穂をふくみ 桑は実をもうつけている。田圃のほとりにある鎮守さまでご一緒に神楽をあげて神さまをたのしませている。

・葚 桑の実。

・田頭 田んぼのほとり。そこにある村社をさす。

・楽社神 神楽をあげて神さまをたのしませる。
 蛺蝶02

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

芍藥〔元和中知制誥寓直禁中作。〕 韓愈(韓退之) <161>Ⅱ中唐詩740 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2684


作年: 元和十年 815年  48歲 
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 芍藥【元和中知制誥寓直禁中作。】 
寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) 
詩文:

芍藥
〔元和中知制誥寓直禁中作。〕
〔芍薬〕〔元和年間、「知制誥」の職にあった時に宮中にたまたま当直している時につくる。〕
浩態狂香昔未逢,紅燈爍爍綠盤籠。 
芍薬の花の姿容優絶、香気芳烈であるのはこれまでより、未だかって逢わないところでしゃくしゃくたる紅燈火の下で青磁の鉢に植えたのを見ると、ひとしおに感じる
覺來獨對情驚恐,身在仙宮第幾重。 
夜中に夢で目が覚めてしまったときに一人この花に対するときに、この身は仙郷の宮殿にある玉の九層の高楼はるか遠く高い所にあるかと疑われて心に思うに自ずから驚き恐れるばかりなのだ。
 

『芍藥』 現代語訳と訳註
(本文)
芍藥【元和中知制誥寓直禁中作。】
浩態狂香昔未逢,紅燈爍爍綠盤籠。 
覺來獨對情驚恐,身在仙宮第幾重。 


(下し文)
芍藥【しゃくやく】〔元和中知制誥寓直禁中作。〕
浩態【こうたい】狂香【きょうこう】昔し未だ逢わず,紅燈 爍爍【しゃくしゃく】として綠盤【りょくばん】籠む。 
覺【さ】め來って獨り對し 情 驚き恐る,身は在り 仙宮【せんきゅう】第【だい】幾重【いくじゅう】。 


(現代語訳)
〔芍薬〕〔元和年間、「知制誥」の職にあった時に宮中にたまたま当直している時につくる。〕
芍薬の花の姿容優絶、香気芳烈であるのはこれまでより、未だかって逢わないところでしゃくしゃくたる紅燈火の下で青磁の鉢に植えたのを見ると、ひとしおに感じる
夜中に夢で目が覚めてしまったときに一人この花に対するときに、この身は仙郷の宮殿にある玉の九層の高楼はるか遠く高い所にあるかと疑われて心に思うに自ずから驚き恐れるばかりなのだ。


(訳注)
芍藥
〔元和中知制誥寓直禁中作。〕
〔元和年間、「知制誥」の職にあった時に宮中にたまたま当直している時につくる。〕
芍薬は仙人の世界にあるべきで、人間の者ではない。そこに居合わせた人でないとこの詩の本当の意味は分からないということなのだろう。何処にスパイが居るかわからない暗黒の時代になっているので意味不明というか、中身がないというか、浅薄庸近というべき詩である。
ボタン科の多年草。学名 Paeonia lactiflora。高さ約60cm。葉は複葉。初夏、大形の紅・白色などのボタンに似た花を開く。アジア大陸北東部の原産。品種も多い。
牡丹が「花王」と呼ばれるのに対し、芍薬は花の宰相、「花相」と呼ばれる。ボタンが樹木であるのに対して、シャクヤクは草本である。そのため、冬には地上部が枯れてしまい休眠する。ボタンの台木として使用されるが、シャクヤク自体の花も美しく、中国の宋代には育種が始まったという。
・知制誥【ちせいこう】天子の命令を起草する官。
・禁中 禁門(禁闕)の内部、すなわち天子が住む宮中。


浩態 狂香 昔 未逢 ,紅燈 爍爍 綠盤 籠 。
芍薬の花の姿容優絶、香気芳烈であるのはこれまでより、未だかって逢わないところでしゃくしゃくたる紅燈火の下で青磁の鉢に植えたのを見ると、ひとしおに感じる
「浩態」植物形態、花の姿容優絶をいう。
「狂香」香気芳烈をいう。 
「紅燈」焔の紅い色を云う。。
「爍爍」現象、光芒、明るく照り輝くさま。。
「綠盤」青磁の鉢。
「籠」裝置籠容器。


覺來 獨對 情 驚恐 ,身在 仙宮 第幾 重 。
夜中に夢で目が覚めてしまったときに一人この花に対するときに、この身は仙郷の宮殿にある玉の九層の高楼はるか遠く高い所にあるかと疑われて心に思うに自ずから驚き恐れるばかりなのだ。
「仙宮」閬苑仙境、閬苑、仙宮。
「第幾」數詞、等級數詞、第幾。
「重」量詞單位、層。
黄金の城壁に囲まれた玉の九層の宮殿に棲む。 宮殿の庭には、食べれば不死になる事が出来る桃(仙桃)が生えている。 この木に実がなるのは3000年に一度のみ。 実が熟すると西王母は1000人達を招いて宴を開き、実を食べさせる。

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
浩態狂香昔未逢,紅燈爍爍綠盤籠。
覺來獨對情驚恐【覺來獨對忽驚恐】,身在仙宮第幾重。 
 

盆池,五首之五 韓愈(韓退之) <160>Ⅱ中唐詩739 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2679

韓愈(韓退之) 《盆池,五首之五》 池の水の色は、そこに映る天の陰と一緒でともに青青としている。わずかな水甕数個分の水をどっと加えても波紋の波が岸に打ち寄せるくらいのものでささやかなものである。


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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盆池,五首之五 韓愈(韓退之) <160>Ⅱ中唐詩739 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2679



作年: 元和十年  815年 48歲 
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 盆池,五首之五 
詩文:

盆池,五首之五
池光天影共青青,拍岸纔添水數瓶。 
且待夜深明月去,試看涵泳幾多星。 
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の五)
池の水の色は、そこに映る天の陰と一緒でともに青青としている。わずかな水甕数個分の水をどっと加えても波紋の波が岸に打ち寄せるくらいのものでささやかなものである。
夜も遅くなって、秋の名月が昇ってくるのを待って、ためしに数あるうちの数個の星を池に浸してみたいとおもっているのだ。

盆池,五首之五
池光 天影 共に青青たり,岸を拍って纔【わずか】に添う 水 數瓶【すうへい】。 
且つ 夜深 明月を待って去り,試みに看る 幾多の星を涵泳するかを。 

DCF00004













『盆池,五首之五』 現代語訳と訳註
(本文)
盆池,五首之五
池光天影共青青,拍岸纔添水數瓶。 
且待夜深明月去,試看涵泳幾多星。 


(下し文)
盆池,五首之五
池光 天影 共に青青たり,岸を拍って纔【わずか】に添う 水 數瓶【すうへい】。 
且つ 夜深 明月を待って去り,試みに看る 幾多の星を涵泳するかを。 


(現代語訳)
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の五)
池の水の色は、そこに映る天の陰と一緒でともに青青としている。わずかな水甕数個分の水をどっと加えても波紋の波が岸に打ち寄せるくらいのものでささやかなものである。
夜も遅くなって、秋の名月が昇ってくるのを待って、ためしに数あるうちの数個の星を池に浸してみたいとおもっているのだ。

(訳注)
盆池,五首之五
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の五)
李白の遊び心のような詩にはなっていない。韓愈の律詩や絶句はあまり優秀な作品ではない。駄作の典型というものである。


池光 天影 共青青 ,拍岸 纔添 水 數瓶 。
池の水の色は、そこに映る天の陰と一緒でともに青青としている。わずかな水甕数個分の水をどっと加えても波紋の波が岸に打ち寄せるくらいのものでささやかなものである。
「池光」水澤湖泊水面がひかること、池の水。
「天影」天文、天空をうつすこと。
「青青」綠の池の色。
「拍岸」岸に波が打ち寄せる。
「纔添」ささやかな行為を云う。
「數瓶」容器の瓶に入れた水を池に加えること。。


且待 夜深 明月 去 ,試看 涵泳 幾多 星 。
夜も遅くなって、秋の名月が昇ってくるのを待って、ためしに数あるうちの数個の星を池に浸してみたいとおもっているのだ。
「涵泳」語義類別:其他、現象、自然現象、沉。
「幾多星」夜空に瞬く多くの星。


--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
池光天影共青青,拍岸纔添水數瓶。
且待夜深明月去【且待夜深乘月去】,試看涵泳幾多星。 


盆池,五首之四 韓愈(韓退之) <159>Ⅱ中唐詩738 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2674

韓愈(韓退之) 《盆池,五首之四》 (庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の四)
盆に水を満たしたところで、きわめて浅く、池ということもできないくらいであるが、青蛙はさといのでここを知って、早くもやって来るのだ。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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盆池,五首之四 韓愈(韓退之) <159>Ⅱ中唐詩738 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2674

作年: 元和十年 815年  48歲 
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 盆池,五首之四 
詩文:
盆池,五首之四 
泥盆淺小詎成池,夜半青蛙聖得知。
一聽暗來將伴侶,不煩鳴喚鬥雄雌。

(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の四)
盆に水を満たしたところで、きわめて浅く、池ということもできないくらいであるが、青蛙はさといのでここを知って、早くもやって来るのだ。
その蛙がこっそりと同類を率いてここに來るのは、差支えないことではあるが、やたら鳴きたてて、雌雄を決する闘いをするようなことは煩わしいことだ。

盆池,五首の四
泥盆 淺小 詎んぞ池を成さむ,夜半 青蛙 聖にして知るを得たり。 
一【ひとた】び 暗に來り 伴侶を將いるを聽く,鳴喚にして雄雌を鬥わすを煩らわさず。 

DCF00004










『盆池,五首之四』 現代語訳と訳註
(本文)
盆池,五首之四 
泥盆淺小詎成池,夜半青蛙聖得知。
一聽暗來將伴侶,不煩鳴喚鬥雄雌。


(下し文)
盆池,五首の四
泥盆 淺小 詎んぞ池を成さむ,夜半 青蛙 聖にして知るを得たり。 
一【ひとた】び 暗に來り 伴侶を將いるを聽く,鳴喚にして雄雌を鬥わすを煩らわさず。 


(現代語訳)
kagaribi00(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の四)
盆に水を満たしたところで、きわめて浅く、池ということもできないくらいであるが、青蛙はさといのでここを知って、早くもやって来るのだ。
その蛙がこっそりと同類を率いてここに來るのは、差支えないことではあるが、やたら鳴きたてて、雌雄を決する闘いをするようなことは煩わしいことだ。


(訳注)
盆池,五首之四
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の四)


泥盆 淺小 詎成池 ,夜半 青蛙 聖 得知 。
盆に水を満たしたところで、きわめて浅く、池ということもできないくらいであるが、青蛙はさといのでここを知って、早くもやって来るのだ。
「青蛙」動物專名(水生兩棲)、蛙。
「聖」尊稱美稱、聖。
「得知心智狀態、知。


一聽 暗來 將伴侶 ,不煩 鳴喚 鬥 雄雌 。
その蛙がこっそりと同類を率いてここに來るのは、差支えないことではあるが、やたら鳴きたてて、雌雄を決する闘いをするようなことは煩わしいことだ。
「一聽」聽覺、聽。こっそりと。
「伴侶」親人眷屬、侶。同類。
「雄雌」雌雄を決する。
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
泥盆淺小詎成池,夜半青蛙聖得知【夜半青蛙聽得知】。
一聽暗來將伴侶,不煩鳴喚鬥雄雌【不煩鳴喚鬥雌雄】。

盆池,五首之三 韓愈(韓退之) <158>Ⅱ中唐詩737 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2669

韓愈(韓退之) 《盆池,五首之三》瓦、盆で埋めて池を作り、朝になると、水が澄んで甚だきれいであるがその中に名もしらぬ小虫が数限りなく、たくさん住んでいる。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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盆池,五首之三 韓愈(韓退之) <158>Ⅱ中唐詩737 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2669


作年: 元和十年  815年  48歲 
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 盆池,五首之三 
詩文:


盆池,五首之三
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の三)
瓦沼晨朝水自清,小蟲無數不知名。 
瓦、盆で埋めて池を作り、朝になると、水が澄んで甚だきれいであるがその中に名もしらぬ小虫が数限りなく、たくさん住んでいる。
忽然分散無蹤影,惟有魚兒作隊行。 
それが忽然分散し、何処へ行ったか跡形もなくなったと思うと魚兒が隊をなし、整然として過ぎてゆくので大かた小虫は魚を避けて、どこぞの隅へ隠れてしまうのであろう。

盆池,五首の三
瓦沼【ごしょう】晨朝【しんちょう】水 自ら清し,小蟲【しょうちゅう】無數 名を知らず。 
忽然【こつぜん】分散して蹤影【しょうえい】無し,惟だ有魚兒【ぎょじ】隊を作して行くのみあり。 


『盆池,五首之三』 現代語訳と訳註
(本文)
瓦沼晨朝水自清,小蟲無數不知名。 
忽然分散無蹤影,惟有魚兒作隊行。 


(下し文)
盆池,五首の三
瓦沼【ごしょう】晨朝【しんちょう】水 自ら清し,小蟲【しょうちゅう】無數 名を知らず。 
忽然【こつぜん】分散して蹤影【しょうえい】無し,惟だ有魚兒【ぎょじ】隊を作して行くのみあり。 


(現代語訳)
茶苑(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の三)
瓦、盆で埋めて池を作り、朝になると、水が澄んで甚だきれいであるがその中に名もしらぬ小虫が数限りなく、たくさん住んでいる。
それが忽然分散し、何処へ行ったか跡形もなくなったと思うと魚兒が隊をなし、整然として過ぎてゆくので大かた小虫は魚を避けて、どこぞの隅へ隠れてしまうのであろう。


(訳注)
盆池,五首之二
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の三)


瓦沼 晨朝 水 自清 ,小蟲 無數 不知 名。
瓦、盆で埋めて池を作り、朝になると、水が澄んで甚だきれいであるがその中に名もしらぬ小虫が数限りなく、たくさん住んでいる。
「瓦沼」瓦、盆で埋めて池を作る。
「小蟲」小さい虫。


忽然 分散 無 蹤影 ,惟有 魚兒 作隊 行 。
それが忽然分散し、何処へ行ったか跡形もなくなったと思うと魚兒が隊をなし、整然として過ぎてゆくので大かた小虫は魚を避けて、どこぞの隅へ隠れてしまうのであろう。
「忽然」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、忽。
「惟有」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(有)。
「魚兒」語義類別:物、生物、動物指稱(泛稱)、魚。

盆池,五首之二 韓愈(韓退之) <157>Ⅱ中唐詩736 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2664

韓愈(韓退之) 《盆池,五首之二》折角、盆の池を作ったのだが、それをうまくできなかったというものではない。この程度出来上がればまずよいとするものだ。その中に蓮を植えたところ、やがて芽が一斉に生じたのだ。

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盆池,五首之二 韓愈(韓退之) <157>Ⅱ中唐詩736 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2664


作者: 韓愈    815年元和十年  48歲
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 盆池,五首之二 
及地點:  方口 (都畿道 河南府 濟源)  


盆池,五首之二
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の二)
莫道盆池作不成,藕稍初種已齊生。 
折角、盆の池を作ったのだが、それをうまくできなかったというものではない。この程度出来上がればまずよいとするものだ。その中に蓮を植えたところ、やがて芽が一斉に生じたのだ。
從今有雨君須記,來聽蕭蕭打葉聲。 
此れより、雨が降ったならば、君よ、道か忘れずに訪れきて、ぱらぱらとから蕭々としてその葉を打つ音を聞くのだ。又一段の風情があってよいものだ。

盆池,五首の二
道う莫れ 盆池作りて成らずとも,藕稍【ぐうしょう】初めて種えて已に齊しく生ず。 
今從り雨有らば君須からく記すべし,來たり聽か 蕭蕭 打葉をつの聲を。 

レンコン00











『盆池,五首之二』 現代語訳と訳註
(本文)
莫道盆池作不成,藕稍初種已齊生。 
從今有雨君須記,來聽蕭蕭打葉聲。

(下し文)
(盆池,五首の二)
道う莫れ 盆池作りて成らずとも,藕稍【ぐうしょう】初めて種えて已に齊しく生ず。 
今從り雨有らば君須からく記すべし,來たり聽か 蕭蕭 打葉をつの聲を。 


(現代語訳)
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の二)
折角、盆の池を作ったのだが、それをうまくできなかったというものではない。この程度出来上がればまずよいとするものだ。その中に蓮を植えたところ、やがて芽が一斉に生じたのだ。
此れより、雨が降ったならば、君よ、道か忘れずに訪れきて、ぱらぱらとから蕭々としてその葉を打つ音を聞くのだ。又一段の風情があってよいものだ。


(訳注)
盆池,五首之二
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の二)


 莫道 盆池 作 不成 ,藕稍 初種 已齊生 。
折角、盆の池を作ったのだが、それをうまくできなかったというものではない。この程度出来上がればまずよいとするものだ。その中に蓮を植えたところ、やがて芽が一斉に生じたのだ。
「莫道」言語動作、謂うなかれ。
「盆池」盆地に池。
「藕」スイレン科の抽水性多年草、園芸植物、れんこん。


從今 有雨 君 須記 ,來聽 蕭蕭 打葉 聲 。
此れより、雨が降ったならば、君よ、道か忘れずに訪れきて、ぱらぱらとから蕭々としてその葉を打つ音を聞くのだ。又一段の風情があってよいものだ。
「從今」ただ今、それより。
「聽」聽覺の聽。
「蕭蕭」葉の上に落ちる雨音。降りはじめはぱらぱらであり、蕭蕭ということに変わっていく。。
「葉」レンコンの葉。
「聲」聽覺の聲(音)。

盆池,五首之一 韓愈(韓退之) <156>Ⅱ中唐詩735 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2659

《盆池,五首之一》わたしのような老翁というものは、つまらないことをして喜んでいるところはまるで童児の様なのである。それは、盆に土を埋めて水をくんで、これに満たして小さい池を作ったのだ。

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


盆池,五首之一 韓愈(韓退之) <156>Ⅱ中唐詩735 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2659



作者: 韓愈    815年元和十年  48歲
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 盆池,五首之一 
及地點:  方口 (都畿道 河南府 濟源)  

『盆池,五首之一』  
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の一)
老翁真個似童兒,汲水埋盆作小池。 
わたしのような老翁というものは、つまらないことをして喜んでいるところはまるで童児の様なのである。それは、盆に土を埋めて水をくんで、これに満たして小さい池を作ったのだ。
一夜青蛙鳴到曉,恰如方口釣魚時。  
 すると、一夜、青蛙がそこに来て暁まで泣き明かし、ちょうど盧仝先生と濟源の方口に釣りに行ったその時のようであった。
 
盆池,五首の一
老翁【ろうおう】真個【しんこ】に童兒に似たり,水を汲み盆を埋めて小池を作る。 
一夜 青蛙【せいあ】鳴いて曉に到る,恰【あたか】も方口【ほうこう】 釣魚【ちょうぎょ】する時の如し。
  
 

『盆池,五首之一』 現代語訳と訳註

nanda019

(本文)
老翁真個似童兒,汲水埋盆作小池。 
一夜青蛙鳴到曉,恰如方口釣魚時。 


(下し文)
盆池,五首の一
老翁【ろうおう】真個【しんこ】に童兒に似たり,水を汲み盆を埋めて小池を作る。 
一夜 青蛙【せいあ】鳴いて曉に到る,恰【あたか】も方口【ほうこう】釣魚【ちょうぎょ】する時の如し。 


(現代語訳)
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の一)
わたしのような老翁というものは、つまらないことをして喜んでいるところはまるで童児の様なのである。それは、盆に土を埋めて水をくんで、これに満たして小さい池を作ったのだ。
すると、一夜、青蛙がそこに来て暁まで泣き明かし、ちょうど盧仝先生と濟源の方口に釣りに行ったその時のようであった。


(訳注)
盆池,五首之一
(庭に盆に土を埋めて小さい池を作った時の五首の詩のうちの其の一)


老翁真個似童兒,汲水埋盆作小池。 
わたしのような老翁というものは、つまらないことをして喜んでいるところはまるで童児の様なのである。それは、盆に土を埋めて水をくんで、これに満たして小さい池を作ったのだ。
・老翁 老人のことであるが、韓愈48歳のことをいう。
・汲水埋盆 順序からすれば「埋盆汲水」とすべきところ、平仄のためであり、(盆を埋め水を汲む)とくんずる。


一夜青蛙鳴到曉,恰如方口釣魚時。 
すると、一夜、青蛙がそこに来て暁まで泣き明かし、ちょうど盧仝先生と濟源の方口に釣りに行ったその時のようであった。
・方口 地名。方口 (都畿道 河南府 濟源)(地図G-4)近くに道教名山王屋山がある。
韓愈44歳の時。長安。同時期の作。盧仝に寄す。石鼓の歌。酔って東野を留む。
七言古詩『盧郎中雲夫寄示送盤谷子詩兩章歌以和之』。
昔尋李愿向盤谷,正見高崖巨壁爭開張。
是時新晴天井溢,誰把長劍倚太行。
衝風吹破落天外,飛雨白日灑洛陽。
東蹈燕川食曠野,有饋木蕨芽滿筐。
馬頭溪深不可厲,借車載過水入箱。
平沙綠浪榜方口,雁鴨飛起穿垂楊。
窮探極覽頗恣橫,物外日月本不忙。
歸來辛苦欲誰為,坐令再往之計墮眇芒。
閉門長安三日雪,推書撲筆歌慨慷。
旁無壯士遣屬和,遠憶盧老詩顛狂。
開緘忽睹送歸作,字向紙上皆軒昂。
又知李侯竟不顧,方冬獨入崔嵬藏。
我今進退幾時決,十年蠢蠢隨朝行。
家請官供不報答,何異雀鼠偷太倉。
行抽手版付丞相,不待彈劾還耕桑。
・釣魚 (都畿道 河南府 濟源)と王屋山と濟源での池、河での魚を釣る。濟源で盧仝が魚を釣る。



--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
老翁真個似童兒,汲水埋盆作小池【汲井埋盆作小池】。
一夜青蛙鳴到曉,恰如方口釣魚時。
長安と洛陽の大地図0048

春雪 韓愈(韓退之) <154>Ⅱ中唐詩733 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2649

韓愈(韓退之) 《春雪》 新年になってもまだまだ寒さは厳しく、何処でも春景色らしいものは未だ変化してはいない。にがつになってはじめてにわかにあたたかくなり、草が一斉に目を出してきたのにはとても驚かされる。

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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

春雪 韓愈(韓退之) <154>Ⅱ中唐詩733 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2649


韓愈 
作年: 元和十年  815年  48歲 

春雪
新年都未有芳華,二月初驚見草芽。
白雪卻嫌春色晚,故穿庭樹作飛花。 
(春雪)
新年になってもまだまだ寒さは厳しく、何処でも春景色らしいものは未だ変化してはいない。にがつになってはじめてにわかにあたたかくなり、草が一斉に目を出してきたのにはとても驚かされる。
しかし雪が春景色になることを嫌ったものと思われ、わざと木々の間を穿つように花びらを行きのように落花させ、散らせている。
 

『春雪』 現代語訳と訳註
(本文)
春雪
新年都未有芳華,二月初驚見草芽。
白雪卻嫌春色晚,故穿庭樹作飛花。 


(下し文)
(春雪)
新年 都【すべ】て未だ芳華【ほうか】有らず,二月初めて驚く草芽【そうが】を見る。
白雪 卻って春色の晚を嫌い,故に庭樹を穿【うが】って飛花と作す。 


(現代語訳)
(春雪)
新年になってもまだまだ寒さは厳しく、何処でも春景色らしいものは未だ変化してはいない。にがつになってはじめてにわかにあたたかくなり、草が一斉に目を出してきたのにはとても驚かされる。
しかし雪が春景色になることを嫌ったものと思われ、わざと木々の間を穿つように花びらを行きのように落花させ、散らせている。


(訳注)
春雪
韓愈がこれまで雪について詠ったものは次の通り挙げてみる。
雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#1>Ⅱ中唐詩703 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2499
雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#2>Ⅱ中唐詩704 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2504
雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#3>Ⅱ中唐詩705 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2509

酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#1>Ⅱ中唐詩707 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2519
酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524
酬王二十舍人雪中見寄 韓愈(韓退之) <148>Ⅱ中唐詩727 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2619

春雪 韓愈(韓退之) <154>Ⅱ中唐詩733 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2649
この詩は、上に見るこれまでの実感ある表現と違って、宴席などで競って作られたものと思われる。この頃から儒者に似合わない作風が多くなるようになる。朝廷内に陰謀が渦巻き、影響力の面からも、露骨な表現が出来なくなってきたのだろう。


新年都未有芳華,二月初驚見草芽。
新年になってもまだまだ寒さは厳しく、何処でも春景色らしいものは未だ変化してはいない。にがつになってはじめてにわかにあたたかくなり、草が一斉に目を出してきたのにはとても驚かされる。
・都 すべて。この場合場所を示すので、どこでもというほどの意味。
・芳華 花が咲き、花の香りが漂ってくる、春の盛りをいう。
・二月初驚 急に暖かくなり春めいて来て一気に満開になり散り始める。遅い春が急速に変化したことを云う。


白雪卻嫌春色晚,故穿庭樹作飛花。 
しかし雪が春景色になることを嫌ったものと思われ、わざと木々の間を穿つように花びらを行きのように落花させ、散らせている。
・白雪卻嫌春色晚 春が遅いことの表現。積雪の期間が長く残像として残っていて、春景色を冬景色にかさねることで、春の喜びを強調している。
・故穿庭樹作飛花 葉が散る様子、このくの表現を孟浩然の「春暁」王維の「田園楽」などと比較してみるのも面白い。


孟浩然(春曉)
春眠不覺曉,處處聞啼鳥。
夜來風雨聲,花落知多少。
春眠 曉を覺えず,處處 啼鳥を聞く。
夜來 風雨の聲, 落つること 知りぬ多少ぞ。
春の眠りは心地よいので、夜が明けるのも分からずに眠ってしまう。ふと目覚めるとあちこちから鳥のさえずりが聞こえてくる。
そういえばゆうべの雨風の音が激しかったが、今朝の庭にはどれほどの花がたくさん散ったことだろう。


王維(田園楽)
桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。  
花落家童未掃、鶯啼山客猶眠。
桃は紅にして、復【ま】た宿雨【しゅくう】を含み、柳は緑にして、更に春煙【しゅんえん】を帯ぶ。
花落ちて 家僮 未【いま】だ掃【は】らわず、鶯啼いて 山客 猶【な】お 眠る。
桃の花は、夕べの雨を含んでつやつやといっそう紅色あざやか、柳は青さを増して、春のかすみにけむる。
花が庭先に散り敷かれている、召使いの少年は掃き清めたりはしない。ウグイスがしきりに鳴くのに山荘のあるじはまだまだ夢うつつの中に有る。


杜甫
絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
腸斷 春江 盡きんと欲するの頭【ほと】り,藜【あかざ】に杖して徐【おもむろ】に步み芳洲に立つ。
顛狂 柳絮 風に隨って去り,輕薄 桃花 水流に逐う。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。


題百葉桃花 韓愈(韓退之) <153>Ⅱ中唐詩732 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2644

韓愈(韓退之) 《題百葉桃花》 百葉桃花は両株並び立ち、日暮れになると、花の色はひとしお赤くなる。窓を覗い、竹にその影を映す。せいそできれいなはなとしていかにも清らかなものである。

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題百葉桃花 韓愈(韓退之) <153>Ⅱ中唐詩732 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2644


作年: 元和十年 815年  48歲 
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 題百葉桃花【案:知制誥時作。】 
詩文:

題百葉桃花
百葉雙桃晚更紅,窺窗映竹見玲瓏。
應知侍史歸天上,故伴仙郎宿禁中。
海棠花011(百葉桃花の風情を詩にする。)
百葉桃花は両株並び立ち、日暮れになると、花の色はひとしお赤くなる。窓を覗い、竹にその影を映す。せいそできれいなはなとしていかにも清らかなものである。
侍史の者たちは、私を送ってきて、やがて内廷に帰ってしまい、まことに寂しい所から、この桃花は郎官の職にあるこの私の相手をしてくれ、長閑に禁中の当直をすることが出来るのである。だからこのような花のしおらしい所が良いのだ。

(百葉桃花に題す
百葉の雙桃 晚 更に紅なり,窗を窺【うかが】い 竹に映じて玲瓏【れいろう】を見る。
應に知るべし 侍史の天上に歸るを,故【ことさ】らに 仙郎を伴って禁中に宿す。


『題百葉桃花』 現代語訳と訳註
(本文)
百葉雙桃晚更紅,窺窗映竹見玲瓏。
應知侍史歸天上,故伴仙郎宿禁中。


(下し文)
(百葉桃花に題す
百葉の雙桃 晚 更に紅なり,窗を窺【うかが】い 竹に映じて玲瓏【れいろう】を見る。
應に知るべし 侍史の天上に歸るを,故【ことさ】らに 仙郎を伴って禁中に宿す。


(現代語訳)
(百葉桃花の風情を詩にする。)
百葉桃花は両株並び立ち、日暮れになると、花の色はひとしお赤くなる。窓を覗い、竹にその影を映す。せいそできれいなはなとしていかにも清らかなものである。
侍史の者たちは、私を送ってきて、やがて内廷に帰ってしまい、まことに寂しい所から、この桃花は郎官の職にあるこの私の相手をしてくれ、長閑に禁中の当直をすることが出来るのである。だからこのような花のしおらしい所が良いのだ。


(訳注)
題百葉桃花
(百葉桃花の風情を詩にする。)
百葉 雙桃 桃の一種で葉が出てそれから花が咲くものである。この詩は韓愈が知制誥であった時に作ったもので宿直部屋近くにある百葉桃花の風情であった。
 

百葉 雙桃 晚 更紅 ,窺窗 映竹 見 玲瓏 。
百葉桃花は両株並び立ち、日暮れになると、花の色はひとしお赤くなる。窓を覗い、竹にその影を映す。せいそできれいなはなとしていかにも清らかなものである。
「雙桃」百葉桃花は両株並び立つをいう。
「晚」ゆうがた。晚。
「玲瓏」きれいなはなとしていかにも清らかなものである


應知 侍史 歸 天上 ,故伴 仙郎 宿 禁中 。
侍史の者たちは、私を送ってきて、やがて内廷に帰ってしまい、まことに寂しい所から、この桃花は郎官の職にあるこの私の相手をしてくれ、長閑に禁中の当直をすることが出来るのである。だからこのような花のしおらしい所が良いのだ。
「侍史」1 貴人のそばに仕える書記。右筆(ゆうひつ)。 2 《直接渡すのを遠慮して、右筆を通じて差し上げる意》手紙の脇付(わきづけ)の一。宛名に添えて敬意を表す。
「歸」行為動作、一般行為(其他部)、歸。
「天上」部門名稱で、內庭のこと。
「仙郎」五位の蔵人(くろうど)の唐名。
「宿」宿直。
「禁中」中国の皇帝が居住する宮殿。

酬王二十舍人雪中見寄 韓愈(韓退之) <148>Ⅱ中唐詩727 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2619

韓愈(韓退之) 《酬王二十舍人雪中見寄》 が降り続いてもう三日目になり、柴門は閉められたままで開けられない。階の高さにまで積雪があり、庭中もう真っ白にみたされてしまった。


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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酬王二十舍人雪中見寄 韓愈(韓退之) <148>Ⅱ中唐詩727 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2619


作年: 元和九年  814年  47歲 
卷別: 卷三四三  文體: 七言絕句 
詩題: 酬王二十舍人雪中見寄 
作地: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安) 
交遊人物/地點: 王涯 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
 

酬王二十舍人雪中見寄
(王二十舍人が雪中に見て詩を寄せたことに酬いてこの詩を贈る。)
三日柴門擁不開,階平庭滿白皚皚。
雪が降り続いてもう三日目になり、柴門は閉められたままで開けられない。階の高さにまで積雪があり、庭中もう真っ白にみたされてしまった。
今朝蹋作瓊瑤跡,為有詩從鳳沼來。
朝になって未踏の雪の上を踏みつけて歩くと、雪の玉があちこちに宝石を散らばせたようである。これでは、この風景を詩にするより、仙郷の鳳凰池に来たとしか思えない。

雪の庭











『酬王二十舍人雪中見寄』 現代語訳と訳註
(本文)
酬王二十舍人雪中見寄
三日柴門擁不開,階平庭滿白皚皚。
今朝蹋作瓊瑤跡,為有詩從鳳沼來。


(下し文)
王二十舍人が雪中に見て寄せるに酬いる。
三日 柴門 擁して開ず,階平 庭滿つ 白皚皚【はくがいがい】。
今朝 蹋作して 瓊瑤【けいよう】の跡,詩 從り 鳳の沼 來るを有るを為す。


(現代語訳)
(王二十舍人が雪中に見て詩を寄せたことに酬いてこの詩を贈る。)
雪が降り続いてもう三日目になり、柴門は閉められたままで開けられない。階の高さにまで積雪があり、庭中もう真っ白にみたされてしまった。
朝になって未踏の雪の上を踏みつけて歩くと、雪の玉があちこちに宝石を散らばせたようである。これでは、この風景を詩にするより、仙郷の鳳凰池に来たとしか思えない。


(訳注)
酬王二十舍人雪中見寄
王二十舍人が雪中に見て詩を寄せたことに酬いてこの詩を贈る。
・王 王涯(765?~835) 字は広津。太原の人。唐の貞元八年(792)、進士に及第した。はじめ藍田尉となり、左拾遺・翰林学士から起居舍人に進んだ。

祖席前字送王涯徙袁州刺史作 韓退之(韓愈)詩<87>Ⅱ中唐詩483 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1528

中唐詩-256 寄盧仝#1 韓愈 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ韓愈詩集-22

・舎人 皇族や貴族に仕え、警備や雑用などに従事していた者。その役職。雪が降ってあまりいい家の庭でなくても、一面が銀世界となって仙人の鳳凰池に来たようだと詠う。


三日 柴門 擁 不開 ,階平 庭滿 白 皚皚 。
雪が降り続いてもう三日目になり、柴門は閉められたままで開けられない。階の高さにまで積雪があり、庭中もう真っ白にみたされてしまった。
「三日」語義類別:時、時間、範圍時間(日)、三日。「窓雪三日」ということわざがあって、窓の縁に雪が積もると、三日間は雪が続くと言われています。
「柴門」柴でつくった門。粗末な家の門。
「擁」1 抱きかかえる。「抱擁」 2 周囲から守り助ける。「擁護・擁立」
「開平」語義類別:人、行為動作、一般行為(其他部)、開。
「階」庭から1・2段の階段があって廊下の部分があって家の扉がある。そこまでゆきがつもった。
「庭滿」柴門、生垣が廻る中の園林院落の庭。その庭一面ということ。
「」語義類別:其他、顏色、原色、白。
「白皚皚」雪や霜などが一面に白く積もっている様を示す言葉。 白皚々たる山々などと使う。 豈は神楽の太鼓をたてた姿を描いた象形文字とされ、にぎやかな軍楽のこと。 ほがらか、明るいといった意味がある。 これに白がついて「皚」となり、「明るくしろい様」の意となる。


今朝 蹋作 瓊瑤 跡 ,為有 詩從 鳳沼 來 。
朝になって未踏の雪の上を踏みつけて歩くと、雪の玉があちこちに宝石を散らばせたようである。これでは、この風景を詩にするより、仙郷の鳳凰池に来たとしか思えない。
「
今朝」けさ。朝一番、庭の雪をだれも踏んでいないことを意識させる。
「蹋作」雪に後踏みつける。
「瓊瑤」語義類別:物、自然資源、玉石、瓊も瑤も玉。瓊は美しい玉。瑤は佩び玉。詩經‧衛風‧ 《木瓜》. 投我以木瓜,報之以瓊琚。 匪報也,永以為好也。 投我以木桃,報之以瓊瑤。
「詩」文藝、詩文。
「鳳沼」仙人の棲む里の河湖地名(湖海池潭)、鳳凰池。


--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
 三日柴門擁不開,階平庭滿白皚皚【階庭平滿白皚皚】。
今朝蹋作瓊瑤跡,為有詩從鳳沼來【為有詩仙鳳沼來】。 

遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604

韓愈(韓退之) 《遊太平公主山莊》太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。


2013年6月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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遊太平公主山莊 韓愈(韓退之) <146>Ⅱ中唐詩724 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2604


作年: 元和八年  813年  46歲 
卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 
詩題: 遊太平公主山莊
〔此首前有〈太安池〉一首,闕不載。洪邁《唐人絕句》,此首題即作〈太安池〉。〕
〔洪邁(こう・まい、1123年 - 1202年)は南宋の政治家、儒学者。字は景廬。諡は文敏。兄の洪适・洪遵も文名が高い。 生涯 [編集]. 鄱陽(現在の江西省鄱陽県)の出身。幼少のころから群書を読破し、二人の兄に先んじて紹興15年(1145年)に博学宏詞科に及第。〕 
地點:  樂遊原 (京畿道 京兆府 長安) 別名:宜春北苑、宜春北院、宜春苑、太平公主山莊、曲江、樂遊苑、樂遊園、江頭     
終南山 (京畿道 無第二級行政層級 終南山) 別名:南山、秦山
 

遊太平公主山莊
(楽遊原にある太平公主の山荘に遊ぶ詩)
公主當年欲占春,故將臺榭押城闉。
太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。
欲知前面花多少,直到南山不屬人。

その前面に女という面を多くだしたり、小出しにしたりしたということを認識してほしいと思う。権謀に長けた太平公主は人民が繋がらないようにし、終南山から謀の指令を出したのだ。
(太平公主の山莊に遊ぶ)
公主 當年 春を占せんと欲す,故に將って臺榭 城闉を押す。
前面 花 多少となるを知らんと欲し,直しに 南山 人の屬せざるを到す。
 

詩文(含異文):
公主當年欲占春,故將臺榭押城闉【故將臺榭壓城闉】。
欲知前面花多少,直到南山不屬人。 

終南山03










『遊太平公主山莊』 現代語訳と訳註
(本文)
遊太平公主山莊
公主當年欲占春,故將臺榭押城闉。
欲知前面花多少,直到南山不屬人。


(下し文)
(太平公主の山莊に遊ぶ)
公主 當年 春を占せんと欲す,故に將って臺榭 城闉を押す。
前面 花 多少となるを知らんと欲し,直しに 南山 人の屬せざるを到す。


(現代語訳)
(楽遊原にある太平公主の山荘に遊ぶ詩)
太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。
その前面に女という面を多くだしたり、小出しにしたりしたということを認識してほしいと思う。権謀に長けた太平公主は人民が繋がらないようにし、終南山から謀の指令を出したのだ。


(訳注)
遊太平公主山莊
楽遊原にある太平公主の山荘に遊ぶ詩
楽遊原:長安の東南にある遊覧の地で、高くなっており、長安を眺め渡すことができる古来からの名勝地で漢の武帝のころからすでにそうだという。唐長安の城郭内の東南に位置し、城内が見渡せた。


公主 當年 欲占春 ,故將臺榭 押城闉 。
太平公主は武則天の死後、わが世の春と独占欲を押し通した。そのため、亭臺樓閣、城璧、それより小高い高台を制覇したのである。
・「公主」語義類別:人、稱謂、皇室稱謂、公主。太平公主(たいへいこうしゅ、665年? - 713年)は、唐の皇帝高宗の娘。母は武則天(則天武后)。公主は皇帝を父に持つ皇女のことを指すが、太平公主の場合、父母ともに皇帝である。712年、睿宗が皇太子・隆基に譲位すると、皇帝(玄宗)と公主の対立は激化した。公主は英明な玄宗の廃立を図るが、陰謀が露顕する。713年、皇帝自ら兵300余を率いて公主一派を倒し、公主に死を賜った。以後、玄宗の独裁体制が確立し、「開元の治」と呼ばれる唐朝の最盛期につながっていく。
・「當年」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、當年。
・「占」独占する。
・「春」四季、春をいい、頽廃した色欲を意味する。。
・「臺榭」語義類別:物、建築物、亭臺樓閣、榭。台榭中国,古代の高台式建築。本来,台は,土をつき固めて築いた方形の高台,榭は高台の上に木造の建物を築いたものをいい,この種の高台式建物を台榭と総称する。
・「城」邦國都城、城郭内。
・「闉」語義類別:物、建築物、建築部件、門。 城壁の高さは5~8mであったから,まず距闉(きよいん)と呼ぶ,城壁より高い土山を作り,城内を俯瞰(ふかん)し,攻撃の指揮をすると同時に,火矢や弩(ど)石をここから発射もする。


欲知 前面 花 多少 ,直到 南山 不屬 人 。
その前面に女という面を多くだしたり、小出しにしたりしたということを認識してほしいと思う。権謀に長けた太平公主は人民が繋がらないようにし、終南山から謀の指令を出したのだ。
・「知」語義類別:人、狀態、心智狀態、知。
・「前面」語義類別:地、空間、位置、前。
・「花」語義類別:物、生物、植物泛稱(花)、花。太平公主は唐高宗、則天皇后腹の皇女であり、『新唐書』には「后愛之傾諸女」と記されている。権謀に長じた太平は、則天皇后、中宗、叡宗に重んじられ、多くの政治事件に関与したことがあり、初唐の政壇に重きをなしていた人物である。
・「多少」語義類別:物、狀態、對比狀態、多少。
・「到」語義類別:人、行為動作、一般行為(刀部)、到。
・「南山」語義類別:地、地名、山嶺地名、終南山。

和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494

韓愈(韓退之) 《和武相公早春聞鶯》
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

和武相公早春聞鶯 韓愈(韓退之) <141>Ⅱ中唐詩702 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2494   


作者: 韓愈 
皇帝紀年: 元和八年 
寫作時間: 813年 
寫作年紀: 46歲 
卷別: 卷三四四  文體: 七言絕句 
詩題: 和武相公早春聞鶯 
寫及地點:  錦城 (劍南道北部 益州 錦城)     
交遊人物/地點: 武元衡 書信往來(京畿道 京兆府 長安)
 
 
詩文:
和武相公早春聞鶯
(早春の夕方に鶯のなくのを聞き武元衡の詩に唱和する)
早晚飛來入錦城,誰人教解百般鳴。 
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない
春風紅樹驚眠處,似妒歌童作豔聲。 
春を運ぶ東から吹く風は花を咲かせた木々に寄せてくる強い風で眠る場所にいても驚く。嫉妬にも似たこの気持ちで孩童の歌声を聞えてくるようで艶っぽい声も一緒になったのだ。
 
(早晩に鶯を聞き武相公に和す)
早晚 飛來して 錦城に入り,誰人か 教解して 百般の鳴。
春風 紅樹 眠處を驚き,妒に似るは 童を歌うて 豔聲を作す。


『和武相公早春聞鶯』 現代語訳と訳註
菖蒲03(本文)
和武相公早春聞鶯
早晚飛來入錦城,誰人教解百般鳴。 
春風紅樹驚眠處,似妒歌童作豔聲。 


(下し文)
(早晩に鶯を聞き武相公に和す)
早晚 飛來して 錦城に入り,誰人か 教解して 百般の鳴。
春風 紅樹 眠處を驚き,妒に似るは 童を歌うて 豔聲を作す。


(現代語訳)
(早春の夕方に鶯のなくのを聞き武元衡の詩に唱和する)
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない
春を運ぶ東から吹く風は花を咲かせた木々に寄せてくる強い風で眠る場所にいても驚く。嫉妬にも似たこの気持ちで孩童の歌声を聞えてくるようで艶っぽい声も一緒になったのだ。


(訳注)
和武相公早春聞鶯
(朝方、春を告げる鶯の声を聞いたが夕刻には艶めかしい声を聞き武元衡の詩に唱和する。)
武元衡
・武元衡(ぶ げんこう、758年 - 815年)は、中国・唐の詩人。河南緱氏(こうし、河南省偃師の南)の出身。字は伯蒼。 徳宗の建中4年(783年)の進士。徳宗に才能を認められ、比部員外郎・右司郎中・御史中丞を歴任。順宗朝では権臣・王叔文に従わなかった為、降職されたが、憲宗の元和2年(807年)には門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)に至った。同年、宰相のまま剣南西河節度使に任ぜられて蜀に赴き、7年間、蜀に滞在した。


早晚 飛來 入 錦城 ,誰人 教解 百般 鳴 。
早春の夕刻、武元衡は飛ぶようにして成都錦官城にはいってくる。この人はだれであろうか、あちらでもこちらでも啼いていて教えてもらうことも聞き分けることもできない
「早晚」早晚。
・「錦城」語義類別:地、地名、行政地名、錦官城。
・「教解」教え理解する。
・「百般」量詞單位、般。
・「鳴」鳴。


春風 紅樹 驚 眠處 ,似妒 歌童 作 豔聲 。
春を運ぶ東から吹く風は花を咲かせた木々に寄せてくる強い風で眠る場所にいても驚く。嫉妬にも似たこの気持ちで孩童の歌声を聞えてくるようで艶っぽい声も一緒になったのだ。
・「春風」四時節氣、四季、春風霜雪露、風。
・「紅樹」植物泛稱(木)、樹。1 紅葉した樹木。もみじ。紅葉。《季 秋》 2 赤い花の咲いている樹木。 3 オヒルギなど、ヒルギ科の常緑樹。マングローブの構成種。
・「驚」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(擔驚受怕)、驚。
・「眠處」語義類別:地、地理、場域概稱、處。
・「似妒」(綜合情感)、負面情感(惱怒怨妒)、妒。
・「歌」語義類別:人、文藝、樂曲泛稱、歌。
・「童」孩童。
・「作」作。いっしょにする。
・ 「豔」 (艷)とは。意味や日本語訳。[形]色あざやかな,あでやかな艳装華やかな服装.(1) うらやむ,あこがれる艳羡うらやむ.(2) 色恋(いろこい)がらみの,情事にまつわる艳情色恋.艳丽 yanli[形]色あざやかな,あでやかな,
「聲」語義類別:人、感官詞、聽覺、聲。
 

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