中唐詩人選集【Ⅰ李商隠-150】Ⅱ韓退之(韓愈)Ⅶ孟郊(東野)  漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩 訳注解説ブログ

Ⅰ李商隠は難解詩といわれている。約150首紹介済。(晩唐詩人) Ⅱ韓退之(韓愈)-約500首Ⅶ孟郊、中唐の詩人を掲載中。万物の性(さが)をテーマにした哲学的な詩。このブログは基本的に中唐詩人を中心にして掲載する予定。 韓愈詩文のこれまでの掲載分とこれから掲載予定分を時系列で整理した2014.3.29のブログに集約してそこから各年次を見ることができる  kanbuniinkai 検索で、《漢文委員会HP05》サイトあります。漢詩唐詩を理解するための総合サイト:≪漢文委員会 漢詩07≫。

少し、マニアックな晩唐詩人Ⅰ-李商隠150首をまず掲載済み。中唐は盛唐詩人(孟浩然・王維、杜甫、李白)を受け継いだ多様な詩人が出ている。この時代も驚くほど詩が発展している。Ⅱ韓退之(韓愈)500首、Ⅲ柳宗元40首、Ⅳ韋応物、Ⅴ劉長卿、Ⅵ韋荘、Ⅶ孟郊(孟東野)、Ⅷ張籍、Ⅸ賈島、Ⅹ劉禹錫、ほか2012~2020年の予定で気長に進める。同じ中唐ではあるが、白居易のグループについては、李白のブログ350首(2015/6月再開~2018/夏・秋月予定)の後掲載の予定。別に杜甫詩ブログ1500首(2011/7月~2018/8月の予定で)を進行中。詩数につぃては、予定の詩数より多くなる。気まぐれなところがあるのでこの予定が少し変わる場合があり、その節はご容赦ください。                 古詩・謝霊運詩 杜甫詩 韓愈詩 花間集500首全詩 それぞれ毎日ブログしています。 このブログ、索引=語句の「検索」 参考書以上掲載。漢詩力up。

五言律詩

《自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <972>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3844韓愈詩-265

韓愈《自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外》 都に向かう道を行くと、漢東に進んでゆくので、君とお目に書かれれば一緒に談笑することが出来るだろうとそれを当てにしてきた。冬の最中で雨雪寒く振り掛かるころのこと、漢陽から江上の道を離れ、そして、陸路をすすみ、蒹葭が枯れ残ったところを通り、やっとの思いで雲夢澤を抜け出たところである。



2014年3月5日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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《自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <972>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3844韓愈詩-265
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《自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <972>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3844韓愈詩-265

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題:自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕

及地點: 袁州 (江南西道 袁州 袁州) 別名:宜春     

長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都      

安陸 (淮南道 安州 安陸)     

隨州 (山南東道 隨州 隨州) 別名:漢東     

交遊人物:周愿


 

自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外

(この詩は袁州より召されて京に帰ろうとするとき、途中安陸に宿をしようとあらかじめ随州の周君巢刺史に寄せたものである。)

行行指漢東,暫喜笑言同。 

都に向かう道を行くと、漢東に進んでゆくので、君とお目に書かれれば一緒に談笑することが出来るだろうとそれを当てにしてきた。

雨雪離江上,蒹葭出夢中。 

冬の最中で雨雪寒く振り掛かるころのこと、漢陽から江上の道を離れ、そして、陸路をすすみ、蒹葭が枯れ残ったところを通り、やっとの思いで雲夢澤を抜け出たところである。

面猶含瘴色,眼已見華風。 

これから先は道路は平らで大分楽になるが、南方の毒気の所から帰ったもので、私の顔も瘴気の色を含んでいるかもしれない。しかし、眼前に中原の華美な風俗、風光を見るのはまことに嬉しいものである。
暮難相酣歌未可終。 

もっとも、間もなく年も迫ろうかということで、君の方でもご多用で忙しくされているかもしれないのでお逢いすることが出来ないかもしれないと思うので、今夜の酒盛りのたけなわなことに任せて、歌うに任せ、せめてもの心使いとして、ここに一紙にしたためて君に贈るものである。

 

袁州より京に還る,行いて安陸に次し,先づ隨州周員外に寄す〔周君は巢なり,時に隨州刺史を為す。〕

行き行きて漢東を指し,暫く笑言の同じきを喜ぶ。

雨雪 江上を離れ,蒹葭 夢中を出ず。

面 猶お瘴色を含み,眼 已に華風を見る。

暮 相い難く,酣歌 未だ終る可からず。 

葵00

自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外』 現代語訳と訳註

(本文)

自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外〔周君巢也,時為隨州刺史。〕

行行指漢東,暫喜笑言同。 

雨雪離江上,蒹葭出夢中。 

面猶含瘴色,眼已見華風。 

暮難相酣歌未可終。 

 

(下し文)

袁州より京に還る,行いて安陸に次し,先づ隨州周員外に寄す〔周員外は周君巢なり,時に隨州刺史を為す。〕

行き行きて漢東を指し,暫く笑言の同じきを喜ぶ。

雨雪 江上を離れ,蒹葭 夢中を出ず。

面 猶お瘴色を含み,眼 已に華風を見る。

暮 相い難く,酣歌 未だ終る可からず。 

 

(現代語訳)

(この詩は袁州より召されて京に帰ろうとするとき、途中安陸に宿をしようとあらかじめ随州の周君巢刺史に寄せたものである。)

都に向かう道を行くと、漢東に進んでゆくので、君とお目に書かれれば一緒に談笑することが出来るだろうとそれを当てにしてきた。

冬の最中で雨雪寒く振り掛かるころのこと、漢陽から江上の道を離れ、そして、陸路をすすみ、蒹葭が枯れ残ったところを通り、やっとの思いで雲夢澤を抜け出たところである。

これから先は道路は平らで大分楽になるが、南方の毒気の所から帰ったもので、私の顔も瘴気の色を含んでいるかもしれない。しかし、眼前に中原の華美な風俗、風光を見るのはまことに嬉しいものである。

もっとも、間もなく年も迫ろうかということで、君の方でもご多用で忙しくされているかもしれないのでお逢いすることが出来ないかもしれないと思うので、今夜の酒盛りのたけなわなことに任せて、歌うに任せ、せめてもの心使いとして、ここに一紙にしたためて君に贈るものである。

 

(訳注)

自袁州還京,行次安陸,先寄隨州周員外

(この詩は袁州より召されて京に帰ろうとするとき、途中安陸に宿をしようとあらかじめ随州の周君巢刺史に寄せたものである。)

袁州 江南西道 袁州 、別名:宜春(e-4)

安陸 淮南道 安州 安陸(d-3)

隨州 山南東道 隨州、別名:漢東(d-2)

隨州周員外 周君巢のこと。この時、隨州刺史であった。

韓愈の地図01 

行行指漢東,暫喜笑言同。 

都に向かう道を行くと、漢東に進んでゆくので、君とお目に書かれれば一緒に談笑することが出来るだろうとそれを当てにしてきた。

行行 謝霊運(康楽) 『苦寒行』「行行日已遠,人馬同時饑。」(行き行きて日已に遠く 人馬 時を同じくして飢う)

漢東 山南東道 隨州。

 

雨雪離江上,蒹葭出夢中。 

冬の最中で雨雪寒く振り掛かるころのこと、漢陽から江上の道を離れ、そして、陸路をすすみ、蒹葭が枯れ残ったところを通り、やっとの思いで雲夢澤を抜け出たところである。

離江上

蒹葭 『詩経・秦風・蒹葭』「兼葭蒼蒼,白露為霜。所謂伊人,在水一方。溯洄從之,道阻且長;溯游從之,宛在水中央。」とある。枯れ始めた陰暦九月の候をいう。河の向こう岸にすむ美しい娘がいる。訪ねようと上流に行くと道が険しく、川を渡るには水が多い。不遇で志を得られぬ、果たせない男、やるせない気持ちを歌ったものである。

杜甫『蒹葭』

摧折不自守,秋風吹若何?

暫時花戴雪,幾處葉沈波。

體弱春苗早,叢長夜露多。

江湖後搖落,亦恐蹉跎。

夢中 雲夢澤のこと。古代中国で湖北省の漢陽(武漢)一帯にあったとされる大湿地。のち、長江と漢水が沖積して平原となった。武漢付近に散在する湖沼はその跡。

 

面猶含瘴色,眼已見華風。 

これから先は道路は平らで大分楽になるが、南方の毒気の所から帰ったもので、私の顔も瘴気の色を含んでいるかもしれない。しかし、眼前に中原の華美な風俗、風光を見るのはまことに嬉しいものである。

瘴色 瘴:中国南部の熱帯・亜熱帯気候の密林の高温高湿の環境には「瘴气」が充満しており、人間を病気にさせる考えがあったことをいう。

 

暮難相酣歌未可終。 

もっとも、間もなく年も迫ろうかということで、君の方でもご多用で忙しくされているかもしれいのでお逢いすることが出来ないかもしれないと思うので、今夜の酒盛りのたけなわなことに任せて、歌うに任せ、せめてもの心使いとして、ここに一紙にしたためて君に贈るものである。
韓愈安陸南陽白水01 

《次石頭驛寄江西王十中丞閣老〔仲舒也。時為江南西道觀察使,愈自袁還朝作寄。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <970>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3834韓愈詩-263

韓愈《次石頭驛寄江西王十中丞閣老》 高い所に上り、試みに首を回らして、豫章郡城を眺めてみる。心は洗われて清々しい気分になる。私は、君の仁徳を慕い、しかもこの度はお目にかかりたいと思っていた次第で、それはちょうど、馬がその群れを離れてしまって悲しい思いで鳴くような気持ちで居ります。これまで、寒い日がつづき、終日雲に覆われておりましたが、夕方になって初めて空が晴れました。風が強く吹いておりましたが、大江も遠い所からようやく穏やかになってきたようです。

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《次石頭驛寄江西王十中丞閣老〔仲舒也。時為江南西道觀察使,愈自袁還朝作寄。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <970>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3834韓愈詩-263

 

 

作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 次石頭驛寄江西王十中丞閣老

〔註:仲舒也。時為江南西道觀察使,愈自袁還朝作寄。〕 

作地點: 洪州(江南西道 / 洪州 / 洪州

及地點:  石頭驛―江南西道洪州豫章郡    

 

 

次石頭驛寄江西王十中丞閣老

(召されて兗州より帰る際石頭駅を過り、江南西道洪州豫章郡刺史、王仲舒中丞に贈った詩。)

憑高試迴首,一望豫章城。

高い所に上り、試みに首を回らして、豫章郡城を眺めてみる。心は洗われて清々しい気分になる。

人由戀德泣,馬亦別群鳴。

私は、君の仁徳を慕い、しかもこの度はお目にかかりたいと思っていた次第で、それはちょうど、馬がその群れを離れてしまって悲しい思いで鳴くような気持ちで居ります。

寒日夕始照,風江遠漸平。

これまで、寒い日がつづき、終日雲に覆われておりましたが、夕方になって初めて空が晴れました。風が強く吹いておりましたが、大江も遠い所からようやく穏やかになってきたようです。

默然都不語,應識此時情。

口に出して謂うものではないことはお互いわかっていることなので、私の今の気持ちについてお察しいただけるものと思って、ここに一筆したためる次第です。

 

(石頭驛を次ぎり江西王十中丞閣老に寄す。)

高きに憑て試みに首を迴らし,一に 豫章城を望む。 

人は德を戀うて泣くを由とし,馬は亦た群に別れて鳴く。 

寒日 夕始めて照らし,風江 遠く漸【ようや】く平らかなり。 

默然として都【みな】不らず,應に此の時の情を識る。 

洛陽南陽地図002

 

『次石頭驛寄江西王十中丞閣老』 現代語訳と訳註

(本文)

次石頭驛寄江西王十中丞閣老

憑高試迴首,一望豫章城。 

人由戀德泣,馬亦別群鳴。 

寒日夕始照,風江遠漸平。 

默然都不語,應識此時情。 

 

(下し文)

(石頭驛を次ぎり江西王十中丞閣老に寄す。)

高きに憑て試みに首を迴らし,一に 豫章城を望む。 

人は德を戀うて泣くを由とし,馬は亦た群に別れて鳴く。 

寒日 夕始めて照らし,風江 遠く漸【ようや】く平らかなり。 

默然として都【みな】不らず,應に此の時の情を識る。 

 

(現代語訳)

(召されて兗州より帰る際石頭駅を過り、江南西道洪州豫章郡刺史、王仲舒中丞に贈った詩。)

高い所に上り、試みに首を回らして、豫章郡城を眺めてみる。心は洗われて清々しい気分になる。

私は、君の仁徳を慕い、しかもこの度はお目にかかりたいと思っていた次第で、それはちょうど、馬がその群れを離れてしまって悲しい思いで鳴くような気持ちで居ります。

これまで、寒い日がつづき、終日雲に覆われておりましたが、夕方になって初めて空が晴れました。風が強く吹いておりましたが、大江も遠い所からようやく穏やかになってきたようです。

口に出して謂うものではないことはお互いわかっていることなので、私の今の気持ちについてお察しいただけるものと思って、ここに一筆したためる次第です。

 

(訳注)

次石頭驛寄江西王十中丞閣老

(召されて兗州より帰る際石頭駅を過り、江南西道洪州豫章郡刺史、王仲舒中丞に贈った詩。)

〔註:仲舒也。時為江南西道觀察使,愈自袁還朝作寄。〕 

○石頭驛 江南西道洪州豫章郡

○江西王十中丞閣老 仲舒、字は宏中、大原の人。穆宗の即位のとき召され中書舎人となり、出されて洪州刺史中丞江南西道観察使となる。この詩は、820  元和十五年  53の秋、韓愈が召されて兗州より帰る際石頭駅を過り王仲舒に贈った

 

憑高試迴首,一望豫章城。 

高い所に上り、試みに首を回らして、豫章郡城を眺めてみる。心は洗われて清々しい気分になる。

○豫章城 - 地点。
 

人由戀德泣,馬亦別群鳴。 

私は、君の仁徳を慕い、しかもこの度はお目にかかりたいと思っていた次第で、それはちょうど、馬がその群れを離れてしまって悲しい思いで鳴くような気持ちで居ります。

○由戀德泣 君の仁徳に慕うことでやっとなくことが出来るというものだ。

 

寒日夕始照,風江遠漸平。 

これまで、寒い日がつづき、終日雲に覆われておりましたが、夕方になって初めて空が晴れました。風が強く吹いておりましたが、大江も遠い所からようやく穏やかになってきたようです。

○この二句は韓愈のここ最近のおおかれている立場、状況を比喩しているもので、口に出して言えないが推察してくださいというものである。実際には会って話をしたかもしれないが会ってないということにしたのではなかろうか。

 

默然都不語,應識此時情。 

口に出して謂うものではないことはお互いわかっていることなので、私の今の気持ちについてお察しいただけるものと思って、ここに一筆したためる次第です。
DCF00212 

《詠燈花同侯十一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <969>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3829韓愈詩-262

韓愈《詠燈花同侯十一》さらにこの燈火が明るく照らし続けてくれるので、わずらわしいことがおこる。というのはそんな寒い夜明るく照らしてくれるために赤ん坊がおなかに宿るという慶事の出来事がおこることでもって、その家の主人に良い知らせがもたらせるということだ。

2014年3月2日

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作時年:  820  元和十五年  53

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 詠燈花同侯十一 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

交遊人物: 侯喜  

杏の花01 

(燈花を詠ず侯十一と同じゅうす)

今夕 何の夕を知るや,花 然ゆ錦帳の中にら。 

自能く 雪に當って暖く,那ぞ肯えて春の紅なるを待たん。 

黃裡 金粟を排し,釵頭 玉蟲を綴る。 

更に煩わす 喜事を將って,來って主人公に報ぜよ。 

 

詠燈花同侯十一

(侯喜君と同じように「燈花」を詠う。)

今夕知何夕,花然錦帳中。

今日の夕方は何という夕方であろうか、燈火は花のように錦帳の中に燃えている。

自能當雪暖,那肯待春紅。

おりしもこの時、雪が降って来たけれど燈火によって暖かく感じられる。これならどうして春の赤い花さく季節を待たねばならないのか、春の行楽で幔幕の中にいるのと同じではないか。

黃裡排金粟,釵頭綴玉蟲。

傍らにいる女は花鈿の化粧をし、花鈿の黄色の蕊の中には金粟を排しているのかと見ましがえるほどである。カンザシの先には、玉虫の羽をつづっている。そんな様に蚊帳の中ではいろんなものが面白く見えるのだ。

更煩將喜事,來報主人公。 

さらにこの燈火が明るく照らし続けてくれるので、わずらわしいことがおこる。というのはそんな寒い夜明るく照らしてくれるために赤ん坊がおなかに宿るという慶事の出来事がおこることでもって、その家の主人に良い知らせがもたらせるということだ。

 カンナ223

 

『詠燈花同侯十一』 現代語訳と訳註

(本文)

詠燈花同侯十一

今夕知何夕,花然錦帳中。

自能當雪暖,那肯待春紅。

黃裡排金粟,釵頭綴玉蟲。

更煩將喜事,來報主人公。 

 

 

(下し文)

(燈花を詠ず侯十一と同じゅうす)

今夕 何の夕を知るや,花 然ゆ錦帳の中にら。 

自能く 雪に當って暖く,那ぞ肯えて春の紅なるを待たん。 

黃裡 金粟を排し,釵頭 玉蟲を綴る。 

更に煩わす 喜事を將って,來って主人公に報ぜよ。 

 

(現代語訳)

(侯喜君と同じように「燈花」を詠う。)

今日の夕方は何という夕方であろうか、燈火は花のように錦帳の中に燃えている。

おりしもこの時、雪が降って来たけれど燈火によって暖かく感じられる。これならどうして春の赤い花さく季節を待たねばならないのか、春の行楽で幔幕の中にいるのと同じではないか。

傍らにいる女は花鈿の化粧をし、花鈿の黄色の蕊の中には金粟を排しているのかと見ましがえるほどである。カンザシの先には、玉虫の羽をつづっている。そんな様に蚊帳の中ではいろんなものが面白く見えるのだ。

さらにこの燈火が明るく照らし続けてくれるので、わずらわしいことがおこる。というのはそんな寒い夜明るく照らしてくれるために赤ん坊がおなかに宿るという慶事の出来事がおこることでもって、その家の主人に良い知らせがもたらせるということだ。

 

(訳注)

詠燈花同侯十一

(侯喜君と同じように「燈花」を詠う。)

燈花 燈火に丁子ができたものであるが、普通に①. ともした明かり。とうか。ともし。  . 存在・実在などのあかしのたとえ。

同侯十一 『送侯喜』(賜暇を願い出た侯喜を許可し見送る)別に『喜侯喜至寄張籍張徹』五言古詩というのがあり韓愈の門下性である。また、821年、長慶元年『雨中寄張博士籍、侯主簿喜』の時は韓愈が國子祭酒の大学総長であり、長官であったので、主簿は大学書記官で直属上司であった。

○夜長の冬に明かりをともしていると、古女房でも燈火のもとでは花鈿を施し、奇麗なカンザシを付けた美しい妓女にも見えるので、赤ちゃんがおなかにできるという「六福喜事」の報告があるというもの、クソ真面目な韓愈のおやじギャグというところで面白い。玉台新詠や花間集に出て來る用語を使った詩でも韓愈だとこうなるのである。


 

今夕知何夕,花然錦帳中。

今日の夕方は何という夕方であろうか、燈火は花のように錦帳の中に燃えている。

錦帳 冬に暖をとるため部屋の中に衝立、蚊帳のように隙間風を防いだ。春には野外に幔幕を張って遊ぶというこよに喩えたもの。

花鈿02

自能當雪暖,那肯待春紅。
おりしもこの時、雪が降って来たけれど燈火によって暖かく感じられる。これならどうして春の赤い花さく季節を待たねばならないのか、春の行楽で幔幕の中にいるのと同じではないか。

春紅 春には赤い花が咲く。蚊帳の中で燈火を囲んでいることが、春の行楽で、幔幕の中花を囲んで女妓酒を呑み遊ぶことに喩えている。

 

黃裡排金粟,釵頭綴玉蟲。

傍らにいる女は花鈿の化粧をし、花鈿の黄色の蕊の中には金粟を排しているのかと見ましがえるほどである。カンザシの先には、玉虫の羽をつづっている。そんな様に蚊帳の中ではいろんなものが面白く見えるのだ。

金粟 金が米粒のように作ってある髪飾り。ここでは、額の化粧に花の蕊のような形に、黄色が金色に見えていることをいう。

鈿 花鈿の用語解説 - 仏粧は唐代に入ってからさらに中国の特徴的な化粧として完成した。〈的〉は紅で眉間にさまざまな紋様を描く〈花鈿(かでん)・花子(かし)〉に発達し,また唇の両側に黒点や緑点を描く〈靨鈿(ようでん)・粧靨(しようよう)〉がうまれた。さらに女子俑(よう)に見られるように両ほおに紅で華やかな草花模様を描くようになった。

 

更煩將喜事,來報主人公。 

さらにこの燈火が明るく照らし続けてくれるので、わずらわしいことがおこる。というのはそんな寒い夜明るく照らしてくれるために赤ん坊がおなかに宿るという慶事の出来事がおこることでもって、その家の主人に良い知らせがもたらせるということだ。

喜事 (1) めでたいこと,慶事. (2) 結婚,婚礼喜事結婚式を挙げる.カササギの鳴き声を聞くとよいことが起こると一般に言い伝えられている.六福喜事:赤ちゃんができることをいう。男女の結婚は、紅喜事と言い、お葬式は白喜事とされ、人間が生まれてから死後の法事まで、まとめて「白喜事」と言う。

主人公 その家の主人。
 

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《宿曾江口示姪孫湘,二首之二〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <928  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3624韓愈詩-240

 

 

卷別: 卷三四一  文體: 五言律詩 

詩題: 宿曾江口示姪孫湘,二首之二〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

及地點:  曾江口 (嶺南道東部 廣州 增城)     

 

 

宿曾江口示姪孫湘,二首之一

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の一)

〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

〔姪孫湘は、韓湘、字は北渚、老成の子、韓愈の兄韓弇【かんえん】の孫である。この詩は潮州に赴く途中で作ったものである。〕
雲昏水奔流,天水漭相圍。 

雲は暗く垂れこみ河口の洪水は凄まじく奔流している。天から降る雨水量は河水と一緒になって氾濫して宅地をとりかこんでいる。

三江滅無口,其誰識涯圻。 

ここで合流する三江はそれぞれの河口は全く消え果てなくなっってしまう。何処が岸なのか、誰であっても全く分からないほどである。

暮宿投民村,高處水半扉。 

暮れかかってきてここにきて、これ以上は動きも取れず、宿を探して、民村を探し当て、そこに行き着くと、そこは随分高い所にあるのに洪水は門扉の中ほどにも及んでいる。

犬雞俱上屋,不復走與飛。

そこに飼っている犬と鶏は難を避けてみんな屋根の上に上がっている。走り回ることも飛び上がることもできないで困ったものである。

 

篙舟入其家,暝聞屋中唏。 

やがて船をまわし、棹さしてその家に入ることが出来たが、夕暮れ時の暗い中で、その家の隅の方で悲しげに人の泣く声が聞こえてくる。

問知常然,哀此為生微。 

どうしたのかと様子を尋ねてみると、こういう洪水は毎年のようにあることで、この悲しい様な出来事は、この地方住民の生活状態を極めて貧困にするもので気の毒な事としか思えない。

海風吹寒晴,波揚眾星輝。 

そうしている間に今度は海からの強風が吹き寄せ、この寒空の晴れた部分からの薄明かりで、波しぶきが上がったのが星空の輝く星があつまったように見えてくる。

仰視北斗高,不知路所歸。 

仰ぎよくよく見つめてみると高い所にあるのが長安の都を示す北斗七星だというものの全くわかりはしないので、これではゆくべき道もわからないものが、帰るべき道までもわからないという痛嘆することしかないというものだ。

 

宿曾江口示姪孫湘,二首之二〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の二)

舟行忘故道,屈曲高林間。 

今まで通ってきた街道を離れて舟に乗っていくと両岸に高い林の間を折れ曲がって進んでゆく。

林間無所有,奔流但潺潺。 

よく見ると林間には人が住んでいないようだけれど、林間の澗水からさらさらと小川の水が、舟が進むいきおいのはげしい流れに注ぎ込んでいる。

嗟我亦拙謀,致身落南蠻。 

こうした景色を見るにつけても、ああ、私がしでかした「佛骨を論ずる表」は下手を打ってしまったことだろう、その結果が自分の身に降りかかって、こうした南蛮の地に貶められたのだ。

茫然失所詣,無路何能還。 

詣でるところのなくなってしまった今の自分は漠然として、つかみどころのない状態であり、こうして進んでいるけれど長安に帰る道がなくどうして又帰ることが出来るのだろうか。

 

曾江の口に宿し、姪孫湘に示す,二首の一

〔湘は,字を北渚とし,老成の子であり,愈の兄弇【えん】の孫である。此れは潮州に赴むくときの作なり。〕

舟は行く 故ある道を忘れて,屈曲せる 高林の間。 

林間は所有する無し,奔流 但だ潺潺とす。 

嗟あ我は亦た拙謀し,身 南蠻に落つるに致す。 

茫然として 所詣を失い,何ぞ能く還る路無し。

 

2潮州広東00 

『宿曾江口示姪孫湘,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

宿曾江口示姪孫湘,二首之二〔湘,字北渚,老成之子,愈兄弇之孫。此赴潮州作也。〕

舟行忘故道,屈曲高林間。 

林間無所有,奔流但潺潺。 

嗟我亦拙謀,致身落南蠻。 

茫然失所詣,無路何能還。 

 

 

(下し文)

曾江の口に宿し、姪孫湘に示す,二首の一

〔湘は,字を北渚とし,老成の子であり,愈の兄弇【えん】の孫である。此れは潮州に赴むくときの作なり。〕

舟は行く 故ある道を忘れて,屈曲せる 高林の間。 

林間は所有する無し,奔流 但だ潺潺とす。 

嗟あ我は亦た拙謀し,身 南蠻に落つるに致す。 

茫然として 所詣を失い,何ぞ能く還る路無し。 

 

 

(現代語訳)

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の二)

今まで通ってきた街道を離れて舟に乗っていくと両岸に高い林の間を折れ曲がって進んでゆく。

よく見ると林間には人が住んでいないようだけれど、林間の澗水からさらさらと小川の水が、舟が進むいきおいのはげしい流れに注ぎ込んでいる。

こうした景色を見るにつけても、ああ、私がしでかした「佛骨を論ずる表」は下手を打ってしまったことだろう、その結果が自分の身に降りかかって、こうした南蛮の地に貶められたのだ。

詣でるところのなくなってしまった今の自分は漠然として、つかみどころのない状態であり、こうして進んでいるけれど長安に帰る道がなくどうして又帰ることが出来るのだろうか。

 

(訳注)

keikoku00宿曾江口示姪孫湘,二首之二

(この詩は潮州に赴く途中、曾江の合流点近くに投宿し洪水氾濫のようすを見るに及んで、賦して従行の姪孫韓湘に示したもの。二首の二)

 

舟行 故道 ,屈曲 高林

今まで通ってきた街道を離れて舟に乗っていくと両岸に高い林の間を折れ曲がって進んでゆく。

「故道」語義類別:地、地理、街道巷弄、道。

「屈曲」語義類別:物、形容詞彙(物)、景物形態、曲折。

「高林間」語義類別:地、自然景觀、林原莽漠、林。

 

林間 所有 ,奔流 但潺潺

よく見ると林間には人が住んでいないようだけれど、林間の澗水からさらさらと小川の水が、舟が進むいきおいのはげしい流れに注ぎ込んでいる。

「奔流」勢いの激しい流れ。

「潺潺」浅い川などの水がさらさらと流れるさま。

 

嗟我 亦拙謀 ,致身 南蠻

こうした景色を見るにつけても、ああ、私がしでかした「佛骨を論ずる表」は下手を打ってしまったことだろう、その結果が自分の身に降りかかって、こうした南蛮の地に貶められたのだ。

「拙」つたないこと。へた。

「南蠻」、四夷のひとつであり、中国大陸を制した朝廷が南方の帰順しない異民族に対して用いた蔑称である。

 

 

茫然 失所詣 ,無路 何能

詣でるところのなくなってしまった今の自分は漠然として、つかみどころのない状態であり、こうして進んでいるけれど長安に帰る道がなくどうして又帰ることが出来るのだろうか。

「茫然」1 漠然としてつかみどころのないさま。「―とした前途」「必要あることを弁ぜず…―たる論を主張するは」〈鉄腸・花間鶯〉2 1 あっけにとられているさま。「意外な成り行きに―とする」2 気抜けしてぼんやりしているさま。

「詣」1 高い所・境地に行きつく。「造詣」2 社寺にもうでる。天子のもとに詣でていたことを云う。

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韓愈《過南陽》 南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。  この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。
 

 

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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

230 嶺南行(3)《過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <905  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3509韓愈詩-230    嶺南行(3)             236

 

 

本気で韓愈を死刑にしたがっていたわけではない、たてまえであって、裴度たちのとりなしを受け入れた形で韓愈の死刑を免じ、かわりに潮州へ流すこととしたのだ。形式上は潮州刺史に任ずる旨の辞令を出し、都から追ったのである。潮州は今の広東省に属し、福建省との境に近い海岸の町で、当時においては未開野蛮の土地である。

その辞令が出たのは元和十四年正月十四日のことで、実質上は流罪なのだから、とりあっかいも罪人なみとなることは、やむを得ない。韓愈の屋敷へいきなり役人が来て、その場で出発を催促するのであった。そして韓愈が出て行ったあとで、家族も長安から追放の処分を受け、韓愈のあとを追って旅に出た。十二歳になる四女の挐はたまたま病中であったが、これも病床に残ることは許されず、ともに旅へと出たのであった(この娘はついに旅の途中で死んでしまい、韓愈の一行はその遺体を道はたに仮埋葬して、旅を続ける)。杜甫が『三吏三別』、秦州紀行、同谷紀行、成都紀行と綴ったように、韓愈は詠っている。

 

ここでは『嶺南行』として整理、カテゴリーとする

(1)『路傍堠』〔元和十四年出為潮州作〕

(2)『食曲河驛』〔元和十四年出為潮州作〕

(3) 『過南陽』〔元和十四年出為潮州作〕

(4)『瀧吏』〔元和十四年出為潮州作〕

・・・・・。

 菖蒲02

 

嶺南行(3)

作年:  819  元和十四年  52

卷別: 卷三四一  文體: 五言律詩 

詩題: 過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  南陽 (山南東道 鄧州 南陽) 別名:南都    河南省南陽県 

商山 (山南東道 商州 商州) 別名:南山、地肺山、楚山、商顏     

 

 

嶺南行(3)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

(山南東道 鄧州の南陽を通り過ぎる。)

南陽郭門外,桑下麥青青。 

南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。 

行子去未已,春鳩鳴不停。 

この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。

秦商邈既遠,湖海浩將經。 

首を回らせば、秦関商山は邈として既に遠く隔たって,これより先は湖海浩渺たる間を過ぎていかないといけないのだ。 

孰忍生以慼,吾其寄餘齡。 

いっそ一思いに死ねたら却ってよいと思うが、絶えず心に憂戚をいだくということは、誰にしても、忍びかねることであるが、我は、なお爲ある身なるに倚り、余齢を憂戚のなかに寄せる覚悟でさればこそ、従容として、はるかに潮州の謫地に向かうのである。

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

南陽 郭門の外,桑下 麥 青青たり。 

行子【こうし】去って未だ已まず,春鳩【しゅんきょう】鳴いて停【とど】まらず。 

秦商【しんしょう】邈【ばく】として既に遠く,湖海【こかい】浩として將に經んとす。 

孰【たれ】か 忍んで生きて以って慼【うれ】えむ,吾 其れ餘齡【よれい】を寄せむ。 

泰山の夕日 

『過南陽』 現代語訳と訳註

(本文) 嶺南行(3)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

南陽郭門外,桑下麥青青。 

行子去未已,春鳩鳴不停。 

秦商邈既遠,湖海浩將經。 

孰忍生以慼,吾其寄餘齡。 

 

(下し文)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

南陽 郭門の外,桑下 麥 青青たり。 

行子【こうし】去って未だ已まず,春鳩【しゅんきょう】鳴いて停【とど】まらず。 

秦商【しんしょう】邈【ばく】として既に遠く,湖海【こかい】浩として將に經んとす。 

孰【たれ】か 忍んで生きて以って慼【うれ】えむ,吾 其れ餘齡【よれい】を寄せむ。 

 

(現代語訳)

(山南東道 鄧州の南陽を通り過ぎる。)

南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。 

この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。

首を回らせば、秦関商山は邈として既に遠く隔たって,これより先は湖海浩渺たる間を過ぎていかないといけないのだ。 

いっそ一思いに死ねたら却ってよいと思うが、絶えず心に憂戚をいだくということは、誰にしても、忍びかねることであるが、我は、なお爲ある身なるに倚り、余齢を憂戚のなかに寄せる覚悟でさればこそ、従容として、はるかに潮州の謫地に向かうのである。

洛陽南陽地図002 

(訳注)

過南陽〔元和十四年出為潮州作。〕

(山南東道 鄧州の南陽を通り過ぎる。)

藍田関を抜けて商陵に入り、そして鄧州を過ぎようとして作った。

未だ夜が明けないうちに出発し、早朝に曲河驛すぎて鄧州に入ったのだった。山南東道 鄧州 南陽、 別名:南都    河南省南陽県(g6

 

南陽郭門外,桑下麥青青。 

南陽をすぎて、城郭の東門外に出ると,桑の木の下には麥が青青と延びている。 

 

行子去未已,春鳩鳴不停。 

この私の旅もここを去っていって留まることはできないのだし,この春の鳩がのどかに鳴いているのも鳴きやむことはないのだ。 

 

秦商邈既遠,湖海浩將經。 

首を回らせば、秦関商山は邈として既に遠く隔たって,これより先は湖海浩渺たる間を過ぎていかないといけないのだ。 

・秦商 秦は長安、商は商山。商山四皓の用語解説 - 中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。

 

孰忍生以慼,吾其寄餘齡。 

いっそ一思いに死ねたら却ってよいと思うが、絶えず心に憂戚をいだくということは、誰にしても、忍びかねることであるが、我は、なお爲ある身なるに倚り、余齢を憂戚のなかに寄せる覚悟でさればこそ、従容として、はるかに潮州の謫地に向かうのである。
DCF00212 

《獨釣,四首之四》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <883>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3399韓愈詩-226

《獨釣,四首之四》期待していた待つところの人は、とうとう来なかったから、日暮れになって、誰と一緒に帰ろうか、まことに心寂しいことである。


2013年12月6日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
班孟堅(班固)《西都賦》(16)#6(東郊と西郊)-1 文選 賦<112―16>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩970 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3398
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《獨釣,四首之四》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <883>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3399韓愈詩-226
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 711 《西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <618>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3400 杜甫詩1000-618-874/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 215  《贈蘇州韋郎中使君》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3401 (12/06)
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

《獨釣,四首之四》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <883  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3399韓愈詩-226

 

 

『獨釣,四首』元和十三年の作にまちがいなく、四首の連作のうち第一首は、概要、第二首季節は春、夏、第三首に「秋晨」、第四首に「秋半」の語があり、秋である。また通常の隠者は山林に隠棲するものだが、ほんとうの隠者は俗世間のなかにあって、それでも隠逸の心を失わないものだとする観念があり、「吏隠」はその一つで、身分は役人だが精神的には隠者であることをいう。むかし老子が柱下の史という低い身分の役人となったと伝えられるのが、その先例である。刑部侍郎は高官だが、韓愈はここで「吏隠」を気取って見せているのである。

だが韓愈の言うように「太平」だと、どうも力のこもった詩は生まれにくいらしい。この詩にしても、軽く作ったという感じがする。しかしょくしたもので、韓愈が「吏隠」を気取り始めると、彼の生涯における最大の事件が発生するのである。

 

 

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 獨釣,四首之四【獨酌,四首之四】 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

獨釣,四首之一

(子供らに自慢できるだけ獨りでたくさん釣り上げる,四首の内その一) 

侯家林館勝,偶入得垂竿。

侯家の邸宅には林に囲まれた別館があって、景勝に恵まれている。時折りここに来ては釣り糸を垂れるのである。

曲樹行藤角,平池散芡盤。

岸辺に曲った老樹に藤の切り株に連なっており、池冲には水面にミズブキの大きな葉が散布している。羽沈知食駛,緡細覺牽難。

暫くすると、浮子が沈んだので、魚が餌をひくのがはやくするのがわかるが、釣り糸が北手切れそうだから引き上げることは難しい。

聊取夸兒女,條繫從鞍。

何と言っても、たくさん釣りあげて、子らに威張ってみせようというので、從者にもゆっくりと待ってもらうためた馬を楡の枝に繋がせて落ち着いて釣りをすることにしたのだ。

 

(獨り釣る,四首の一) 

侯家 林館 勝たり ,偶【たまた】ま入りて竿を垂るるを得たり

曲樹 藤角に行【つら】なり ,平池 芡盤【けんばん】を散ず。

羽 沈んで 食の駛【はや】きを知り,緡【いと】細くして牽くことの難きを覺ゆ

聊【いささ】か兒女に夸【ほこ】るを取る 【ゆじょう】從鞍【じゅうあん】を繫ぐ

 

獨酌,四首之二

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その二)

一逕向池斜,池塘野草花。 

侯家の林館に入ってみると、一筋の道がある、池に向かって堤を斜めに通じている。堤塘のうえには、野草が花を咲かせている。

雨多添柳耳,水長減蒲芽。 

ちかごろ、雨の日が多くて 柳の樹に茸が生えてくるほどだ。水嵩が著しく増していて、蒲の芽が水中に没していて、おおいに減ってしまったようだ。

坐厭親刑柄,來傍釣車。 

わたしはいま、刑部に奉職して、刑部の枅柄・仕置することではあるが、心の中では、花花だ是を厭なものとしている。したがって、暇を盗んではここにきて、釣り人の残した釣り車に沿うようにして、こうして釣り糸を垂れているのだ。

太平公事少,吏隱詎相 

淮西の乱など征伐されて、太平の御代になっており、公的な仕事もはなはだ少なくなって、さながら、吏隠といってもよいくらい状況である。だからこのような詩を作って精彩を失わないようにしなくてはならないのだ。

獨酌,四首之二

一逕 池に向いて斜なり,池塘は野草の花さく。 

雨多くして柳耳を添【そ】え,水長じて蒲芽を減ず。 

坐ろに刑柄【けいへい】に親しむを厭【いと】い,【ひそか】に來って釣車に傍【そ】う 

太平なれば公事少く,吏隱【りいん】詎【なん】ぞ相い【はるか】ならむ

楊貴妃清華池002 

獨釣,四首之三

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その三) 

獨往南塘上,秋晨景氣醒。 

ひとり池の南側の土手の上に向かって昇ってゆく、秋の朝、放射冷却でかなり冷え込み、せっかく晴れ渡っているものの霜が溶けていない枯れ葉の景色は興醒めになる。

露排四岸草,風約半池萍。 

興醒めは、夜露がおびただしく下って池の四面の岸の草を押さえつけていることであり、風が池の半分にしかも一か所に浮草を束ねてしまっているのだ。

鳥下見人寂,魚來聞餌馨。 

風がやんだら、鳥が空から降りてきて、辺りに人の気配がないことを慶び、魚は餌の匂いを嗅ぎつけて追々集まってくる。

所嗟無可召,不得倒吾瓶。 

こんな景色でもだれかここに招きよせて、せっかく用意した酒瓶を空にするまで一緒に飲み倒すことが出来ないものだろうか。

獨り釣る,四首之三

獨り往く南塘の上,秋晨【しゅうしん】景氣【けいき】醒【さ】む。 

露は排す 四岸の草,風は約す 半池の萍【うきぐさ】。  

鳥は下る 人の寂たるを見て,魚は來る 餌の馨【かんば】しきを聞く。 

嗟する所は召さる可き無くして,吾が瓶【へい】を倒すを得ざるを。

 

yamanoki04獨釣,四首之四

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その四) 

秋半百物變,谿魚去不來。

秋も半ばになって、百物次第に変じて凋落に赴き、渓魚もどこかにかくれて、ひとたびさっていったものは再びここにかえってくることはない。

風能坼芡觜,露亦染梨腮。

西風颯颯として、ミズブキの葉の先端を吹き折り、露にうるおっていて、梨のみの表皮を赤く染めている。

遠岫重疊出,寒花散亂開。

眺め遣れば、遠くの山々の重壘錯出するのがくっきりと見え、ここには寒花が散乱して、あちこちに開いている。

所期終莫至,日暮與誰迴。

期待していた待つところの人は、とうとう来なかったから、日暮れになって、誰と一緒に帰ろうか、まことに心寂しいことである。

秋 半ばして百物 変じ、谿魚 去って来らず。

風は能く芡觜【けんし】を坼【くじ】き、も亦た梨敵【りさい】を染む。

遠咄【えんしゅう】重盛【ちょうじょう】して出で、塞花 散乱として開く。

期する所 終【つい】に至る莫し、日暮 誰と興にか廻らん。   

 

 

『獨釣,四首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

獨釣,四首之四

秋半百物變,谿魚去不來。

風能坼芡觜,露亦染梨腮。

遠岫重疊出,寒花散亂開。

所期終莫至,日暮與誰迴。

 

 

(下し文)

秋 半ばして百物 変じ、谿魚 去って来らず。

風は能く芡觜【けんし】を坼【くじ】き、も亦た梨敵【りさい】を染む。

遠咄【えんしゅう】重盛【ちょうじょう】して出で、塞花 散乱として開く。

期する所 終【つい】に至る莫し、日暮 誰と興にか廻らん。

隋堤01 

(現代語訳)

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その四) 

秋も半ばになって、百物次第に変じて凋落に赴き、渓魚もどこかにかくれて、ひとたびさっていったものは再びここにかえってくることはない。

西風颯颯として、ミズブキの葉の先端を吹き折り、露にうるおっていて、梨のみの表皮を赤く染めている。

眺め遣れば、遠くの山々の重壘錯出するのがくっきりと見え、ここには寒花が散乱して、あちこちに開いている。

期待していた待つところの人は、とうとう来なかったから、日暮れになって、誰と一緒に帰ろうか、まことに心寂しいことである。

 

 

(訳注)

獨酌,四首之三

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その四) 

韓愈長安に刑部侍郎としている時にだれか侯家にあたる邸宅の池で釣りをしたもの。刑務所の役人であることが嫌であった韓愈は時々抜け出して釣りをした。其の

 

秋半百物變,谿魚去不來。

秋も半ばになって、百物次第に変じて凋落に赴き、渓魚もどこかにかくれて、ひとたびさっていったものは再びここにかえってくることはない。

・秋半日物変 この句と第二句あたりには、前の詩の終わりのところの気分が、さらに強められて出ているようである。秋半:陰暦八月をいう。

 

風能坼芡觜,露亦染梨腮。

西風颯颯として、ミズブキの葉の先端を吹き折り、露にうるおっていて、梨のみの表皮を赤く染めている。

・芡觜 みずぶきの葉の先端。

・梨腮 なしのあご。ここは梨の実が色づくことをいっている。律詩、【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】風能以下の頷聯】【頸聯】の四句はことにうつくしく絶妙である。

 

遠岫重疊出,寒花散亂開。

眺め遣れば、遠くの山々の重壘錯出するのがくっきりと見え、ここには寒花が散乱して、あちこちに開いている。

・岫- 1 山の洞穴。2 山の峰。

 

所期終莫至,日暮與誰迴。

期待していた待つところの人は、とうとう来なかったから、日暮れになって、誰と一緒に帰ろうか、まことに心寂しいことである。

・所期 期待したあいて。

・この詩には恋の感情に似たものがある。韓愈はあらわな恋の歌はほとんどつくらなかったが、いまのわれわれからみればそうとれるような詩はかなり多くある。もっとも、その相手が女性なのか男性なのか、恋人であるよりは友人であったのだろう。
nat0010

《獨釣,四首之三》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <882>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3394韓愈詩-225

韓愈《獨釣,四首之三》せっかく晴れ渡っているものの霜が溶けていない枯れ葉の景色は興醒めになる。興醒めは、夜露がおびただしく下って池の四面の岸の草を押さえつけていることであり、風が池の半分にしかも一か所に浮草を束ねてしまっているのだ。風がやんだら、鳥が空から降りてきて、辺りに人の気配がないことを慶び、魚は餌の匂いを嗅ぎつけて追々集まってくる。

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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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《獨釣,四首之三》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <882  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3394韓愈詩-225

  

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 獨釣,四首之三

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

獨釣,四首之三

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その三) 

獨往南塘上,秋晨景氣醒。 

ひとり池の南側の土手の上に向かって昇ってゆく、秋の朝、放射冷却でかなり冷え込み、せっかく晴れ渡っているものの霜が溶けていない枯れ葉の景色は興醒めになる。

露排四岸草,風約半池萍。 

興醒めは、夜露がおびただしく下って池の四面の岸の草を押さえつけていることであり、風が池の半分にしかも一か所に浮草を束ねてしまっているのだ。

鳥下見人寂,魚來聞餌馨。 

風がやんだら、鳥が空から降りてきて、辺りに人の気配がないことを慶び、魚は餌の匂いを嗅ぎつけて追々集まってくる。

所嗟無可召,不得倒吾瓶。 

こんな景色でもだれかここに招きよせて、せっかく用意した酒瓶を空にするまで一緒に飲み倒すことが出来ないものだろうか。

獨り釣る,四首之三

獨り往く南塘の上,秋晨【しゅうしん】景氣【けいき】醒【さ】む。 

露は排す 四岸の草,風は約す 半池の萍【うきぐさ】。 

鳥は下る 人の寂たるを見て,魚は來る 餌の馨【かんば】しきを聞く。 

嗟する所は召さる可き無くして,吾が瓶【へい】を倒すを得ざるを。   

yamanoki04 

『獨釣,四首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

獨釣,四首之三

獨往南塘上,秋晨景氣醒。 

露排四岸草,風約半池萍。 

鳥下見人寂,魚來聞餌馨。 

所嗟無可召,不得倒吾瓶。 

 

 

(下し文)

獨り釣る,四首之三

獨り往く南塘の上,秋晨【しゅうしん】景氣【けいき】醒【さ】む。 

露は排す 四岸の草,風は約す 半池の萍【うきぐさ】。 

鳥は下る 人の寂たるを見て,魚は來る 餌の馨【かんば】しきを聞く。 

嗟する所は召さる可き無くして,吾が瓶【へい】を倒すを得ざるを。 

 

 

(現代語訳)

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その三) 

ひとり池の南側の土手の上に向かって昇ってゆく、秋の朝、放射冷却でかなり冷え込み、せっかく晴れ渡っているものの霜が溶けていない枯れ葉の景色は興醒めになる。

興醒めは、夜露がおびただしく下って池の四面の岸の草を押さえつけていることであり、風が池の半分にしかも一か所に浮草を束ねてしまっているのだ。

風がやんだら、鳥が空から降りてきて、辺りに人の気配がないことを慶び、魚は餌の匂いを嗅ぎつけて追々集まってくる。

こんな景色でもだれかここに招きよせて、せっかく用意した酒瓶を空にするまで一緒に飲み倒すことが出来ないものだろうか。

 

 

(訳注)

獨酌,四首之三

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その三) 

韓愈長安に刑部侍郎としている時にだれか侯家にあたる邸宅の池で釣りをしたもの。刑務所の役人であることが嫌であった韓愈は時々抜け出して釣りをした。其の

 

 

獨往南塘上,秋晨景氣醒。 

ひとり池の南側の土手の上に向かって昇ってゆく、秋の朝、放射冷却でかなり冷え込み、せっかく晴れ渡っているものの霜が溶けていない枯れ葉の景色は興醒めになる。

・南塘上 池の南側の土手、北に向かって斜面を為すため朝早くには霜が溶けていない。

・秋晨 秋の明け方、午前中、放射冷却でかなり冷え込む。

・景氣醒 はれわたっているものの霜が溶けていない枯れ葉の景色を興醒めと云っている。

 

露排四岸草,風約半池萍。 

興醒めは、夜露がおびただしく下って池の四面の岸の草を押さえつけていることであり、風が池の半分にしかも一か所に浮草を束ねてしまっているのだ。

・約 集約する。束ねる。

 

鳥下見人寂,魚來聞餌馨。 

風がやんだら、鳥が空から降りてきて、辺りに人の気配がないことを慶び、魚は餌の匂いを嗅ぎつけて追々集まってくる。

 

所嗟無可召,不得倒吾瓶。 

こんな景色でもだれかここに招きよせて、せっかく用意した酒瓶を空にするまで一緒に飲み倒すことが出来ないものだろうか。

・無可召 だれかここに招きよせたいがいない。

・倒吾瓶 わたしがせっかく用意した酒瓶を空にするまで一緒に飲み倒すこと。
楊貴妃清華池002 

《獨釣,四首之二》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <881>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3389韓愈詩-224

韓愈《獨釣,四首之二》侯家の林館に入ってみると、一筋の道がある、池に向かって堤を斜めに通じている。堤塘のうえには、野草が花を咲かせている。ちかごろ、雨の日が多くて 柳の樹に茸が生えてくるほどだ。水嵩が著しく増していて、蒲の芽が水中に没していて、おおいに減ってしまったようだ。
 

2013年12月4日  の紀頌之5つのブログ
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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《獨釣,四首之二》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <881  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3389韓愈詩-224

 

 

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 獨釣,四首之二

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

獨酌,四首之二

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その二)

一逕向池斜,池塘野草花。 

侯家の林館に入ってみると、一筋の道がある、池に向かって堤を斜めに通じている。堤塘のうえには、野草が花を咲かせている。

雨多添柳耳,水長減蒲芽。 

ちかごろ、雨の日が多くて 柳の樹に茸が生えてくるほどだ。水嵩が著しく増していて、蒲の芽が水中に没していて、おおいに減ってしまったようだ。

坐厭親刑柄,來傍釣車。 

わたしはいま、刑部に奉職して、刑部の枅柄・仕置することではあるが、心の中では、花花だ是を厭なものとしている。したがって、暇を盗んではここにきて、釣り人の残した釣り車に沿うようにして、こうして釣り糸を垂れているのだ。

太平公事少,吏隱詎相 

淮西の乱など征伐されて、太平の御代になっており、公的な仕事もはなはだ少なくなって、さながら、吏隠といってもよいくらい状況である。だからこのような詩を作って精彩を失わないようにしなくてはならないのだ。

獨酌,四首之二

一逕 池に向いて斜なり,池塘は野草の花さく。 

雨多くして柳耳を添【そ】え,水長じて蒲芽を減ず。 

坐ろに刑柄【けいへい】に親しむを厭【いと】い,【ひそか】に來って釣車に傍【そ】う 

太平なれば公事少く,吏隱【りいん】詎【なん】ぞ相い【はるか】ならむ

楊貴妃清華池002 

 

『獨酌,四首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

獨酌,四首之二

一逕向池斜,池塘野草花。 

雨多添柳耳,水長減蒲芽。 

坐厭親刑柄,來傍釣車。 

太平公事少,吏隱詎相 

 

(下し文)

獨酌,四首之二

一逕 池に向いて斜なり,池塘は野草の花さく。 

雨多くして柳耳を添【そ】え,水長じて蒲芽を減ず。 

坐ろに刑柄【けいへい】に親しむを厭【いと】い,【ひそか】に來って釣車に傍【そ】う 

太平なれば公事少く,吏隱【りいん】詎【なん】ぞ相い【はるか】ならむ

 

(現代語訳)

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その二)

侯家の林館に入ってみると、一筋の道がある、池に向かって堤を斜めに通じている。堤塘のうえには、野草が花を咲かせている。

ちかごろ、雨の日が多くて 柳の樹に茸が生えてくるほどだ。水嵩が著しく増していて、蒲の芽が水中に没していて、おおいに減ってしまったようだ。

わたしはいま、刑部に奉職して、刑部の枅柄・仕置することではあるが、心の中では、花花だ是を厭なものとしている。したがって、暇を盗んではここにきて、釣り人の残した釣り車に沿うようにして、こうして釣り糸を垂れているのだ。

淮西の乱など征伐されて、太平の御代になっており、公的な仕事もはなはだ少なくなって、さながら、吏隠といってもよいくらい状況である。だからこのような詩を作って精彩を失わないようにしなくてはならないのだ。

 

(訳注)

獨酌,四首之二

(いやな仕事をさぼって侯家の林館の池で釣りをするが、こうして詩を作るのは精彩を失わないためだ。四首の内その二) 

韓愈長安に刑部侍郎としている時にだれか侯家にあたる邸宅の池で釣りをしたもの。刑務所の役人であることが嫌であった韓愈は時々抜け出して釣りをした。其の二

 

一逕向池斜,池塘野草花。 

侯家の林館に入ってみると、一筋の道がある、池に向かって堤を斜めに通じている。堤塘のうえには、野草が花を咲かせている。

・地塘 池のつつみ。

 

雨多添柳耳,水長減蒲芽。 

ちかごろ、雨の日が多くて 柳の樹に茸が生えてくるほどだ。水嵩が著しく増していて、蒲の芽が水中に没していて、おおいに減ってしまったようだ。

・柳耳 柳の木にはえるきのこ。

・蒲芽 ガマの芽。雨多、水長の二句は実によく日然ん写している。

 

坐厭親刑柄,來傍釣車。 

わたしはいま、刑部に奉職して、刑部の枅柄・仕置することではあるが、心の中では、花花だ是を厭なものとしている。したがって、暇を盗んではここにきて、釣り人の残した釣り車に沿うようにして、こうして釣り糸を垂れているのだ。

・刑柄 刑獄をつかさどる官をいう。このとき掩忠は刑部侍即であった。韓愈はしばしば司法畑にはいっているが、その職をあまり好まなかった。「赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士」「生平企仁義,所學皆孔周。早知大理官,不別三後儔。何況親犴獄,敲搒發奸。懸知失事勢,恐自罹罝罘。湘水清且急,涼風日修修。

中唐詩-290 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #9 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#9

中唐詩-291 赴江陵途中寄贈王二十補闕李十一拾遺李二十六員外翰林三學士 #10 Ⅱ韓退之(韓愈) 紀頌之の漢詩ブログ 韓愈特集-35-#10

・釣車 釣をするために高官、富貴の者がのってきた車。車の陰に隠れていることを云うほどの者華

 

太平公事少,吏隱詎相 

淮西の乱など征伐されて、太平の御代になっており、公的な仕事もはなはだ少なくなって、さながら、吏隠といってもよいくらい状況である。だからこのような詩を作って精彩を失わないようにしなくてはならないのだ。

・吏隱 すぐれた才能をもちながらひくい官職にいる人のことをいう。伯陽は老子のことで、韓愈以前の人も老子を吏隠の典型とみていたようだ。「吏隠」の文字は杜甫の詩にもみえる。『白水崔少府十九翁高齋三十韻』#3「吏隱適情性,茲焉其窟宅。白水見舅氏,諸翁乃仙伯。」

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 123 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-3
云亭 

《獨釣,四首之一》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <880>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3384韓愈詩-223

韓愈《獨釣,四首之一》侯家の邸宅には林に囲まれた別館があって、景勝に恵まれている。時折りここに来ては釣り糸を垂れるのである。岸辺に曲った老樹に藤の切り株に連なっており、池冲には水面にミズブキの大きな葉が散布している。 


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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《獨釣,四首之一》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <880  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3384韓愈詩-223

 

 

年:818  元和十三年  51

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 獨釣,四首之一 

作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

獨釣,四首之一

(子供らに自慢できるだけ獨りでたくさん釣り上げる,四首の内その一) 

侯家林館勝,偶入得垂竿。

侯家の邸宅には林に囲まれた別館があって、景勝に恵まれている。時折りここに来ては釣り糸を垂れるのである。

曲樹行藤角,平池散芡盤。

岸辺に曲った老樹に藤の切り株に連なっており、池冲には水面にミズブキの大きな葉が散布している。羽沈知食駛,緡細覺牽難。

暫くすると、浮子が沈んだので、魚が餌をひくのがはやくするのがわかるが、釣り糸が北手切れそうだから引き上げることは難しい。

聊取夸兒女,條繫從鞍。

何と言っても、たくさん釣りあげて、子らに威張ってみせようというので、從者にもゆっくりと待ってもらうためた馬を楡の枝に繋がせて落ち着いて釣りをすることにしたのだ。

 

(獨り釣る,四首の一) 

侯家 林館 勝たり ,偶【たまた】ま入りて竿を垂るるを得たり

曲樹 藤角に行【つら】なり ,平池 芡盤【けんばん】を散ず。

羽 沈んで 食の駛【はや】きを知り,緡【いと】細くして牽くことの難きを覺ゆ

聊【いささ】か兒女に夸【ほこ】るを取る 【ゆじょう】從鞍【じゅうあん】を繫ぐ

楠樹01 

獨釣,四首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

獨釣,四首之一

侯家林館勝,偶入得垂竿。

曲樹行藤角,平池散芡盤。

羽沈知食駛,緡細覺牽難。

聊取夸兒女,條繫從鞍。

 

(下し文)

(獨り釣る,四首の一) 

侯家 林館 勝たり ,偶【たまた】ま入りて竿を垂るるを得たり

曲樹 藤角に行【つら】なり ,平池 芡盤【けんばん】を散ず。

羽 沈んで 食の駛【はや】きを知り,緡【いと】細くして牽くことの難きを覺ゆ

聊【いささ】か兒女に夸【ほこ】るを取る 【ゆじょう】從鞍【じゅうあん】を繫ぐ

 

(現代語訳)

(子供らに自慢できるだけ獨りでたくさん釣り上げる,四首の内その一) 

侯家の邸宅には林に囲まれた別館があって、景勝に恵まれている。時折りここに来ては釣り糸を垂れるのである。

岸辺に曲った老樹に藤の切り株に連なっており、池冲には水面にミズブキの大きな葉が散布している。 

暫くすると、浮子が沈んだので、魚が餌をひくのがはやくするのがわかるが、釣り糸が北手切れそうだから引き上げることは難しい。

何と言っても、たくさん釣りあげて、子らに威張ってみせようというので、從者にもゆっくりと待ってもらうためた馬を楡の枝に繋がせて落ち着いて釣りをすることにしたのだ。

 

(訳注)

yamanoki04獨釣,四首之一 

(子供らに自慢できるだけ獨りでたくさん釣り上げる,四首の内その一) 

韓愈長安に刑部侍郎としている時にだれか侯家にあたる邸宅の池で釣りをしたもの。刑務所の役人であることが嫌であった韓愈は時々抜け出して釣りをした。

 

侯家 林館 ,偶入 垂竿

侯家の邸宅には林に囲まれた別館があって、景勝に恵まれている。時折りここに来ては釣り糸を垂れるのである。

・侯家 身分の高い人の林園などのある立派な家。

・林館 林泉に富んだ別館。

 

曲樹 藤角 ,平池 芡盤

岸辺に曲った老樹に藤の切り株に連なっており、池冲には水面にミズブキの大きな葉が散布している。 

・曲樹 まがりくねった樹。老木。

・行 つらなる。

・藤角 藤の切り株。

・芡盤 一年生水草のミズブキ丸い大きな葉。

 

羽沈 食駛,緡細 牽難

暫くすると、浮子が沈んだので、魚が餌をひくのがはやくするのがわかるが、釣り糸が北手切れそうだから引き上げることは難しい。

・羽 釣糸につけるウキのこと。

・食駛 魚の食いつくのがはやい。

・緡細 つり糸。

・牽難 いとがきれそうに思われて思い切ってひっばれない。

 

聊取 兒女 繫從

何と言っても、たくさん釣りあげて、子らに威張ってみせようというので、從者にもゆっくりと待ってもらうためた馬を楡の枝に繋がせて落ち着いて釣りをすることにしたのだ。

・夸兒女 こどもたちにこんなに大きいのがとれたぞと自慢する。威張ってみせる。

・從鞍 従者ののっていた馬。それをつなぐとは、腰をおちつけて釣るため′従にもそのつもりでくつろがすのである。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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《送李員外院長分司東都》元和十三年韓愈
(韓退之) Ⅱ中唐詩 <879  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3379韓愈詩-222

 

 

作時年:818  元和十三年  51

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 送李員外院長分司東都 

及地點:東都 (都畿道 河南府 東都) 別名:東京     

交遊人物/地點: 李正封

云亭 

 

送李員外院長分司東都

(李正封司勲外郎図書秘書院長が東都洛陽の留守役、分司として赴任するのを送別する。)

去年秋露下,羈旅逐東征。

去年の秋、白露の降りるころ、あなたは覊旅の身になって、裴度相公の東征に従って出掛けたのである。

春光動,驅馳別上京。

今年は春景色が動きはじめるころ、王事に駆逐し、あらたに洛陽の留守となり、この長安に別れを告げ、赴任することになった。

飲中相顧色,送後獨歸情。

そこでこの別館において酒を呑む間は、互いに見交わし、顧みて、別れの愁いが顔に現れ、君を送って後には、一人帰ろうとしてもその情に耐えきれないだろう。

兩地無千里,因風數寄聲。

洛陽と長安とは、相へだつとはいえ、千里も遠くはないので、時々風の便りに、言伝をして近況を知らせてもらいたい。

函谷関長安地図座標005 

 

『送李員外院長分司東都』 現代語訳と訳註

(本文)

送李員外院長分司東都

去年秋露下,羈旅逐東征。

春光動,驅馳別上京。

飲中相顧色,送後獨歸情。

兩地無千里,因風數寄聲。

 

(下し文)

(李員外院長の東都に分司たるに送る)

去年 秋露下り,羈旅 東征を逐う。

 春光動き,驅馳【くち】上京に別る。

飲中 相い顧みるの色,送後 獨歸の情。

兩地 千里無し,風に因って數しば聲を寄せよ。

 

(現代語訳)

(李正封司勲外郎図書秘書院長が東都洛陽の留守役、分司として赴任するのを送別する。)

去年の秋、白露の降りるころ、あなたは覊旅の身になって、裴度相公の東征に従って出掛けたのである。

今年は春景色が動きはじめるころ、王事に駆逐し、あらたに洛陽の留守となり、この長安に別れを告げ、赴任することになった。

そこでこの別館において酒を呑む間は、互いに見交わし、顧みて、別れの愁いが顔に現れ、君を送って後には、一人帰ろうとしてもその情に耐えきれないだろう。

洛陽と長安とは、相へだつとはいえ、千里も遠くはないので、時々風の便りに、言伝をして近況を知らせてもらいたい。

 

(訳注)

送李員外院長分司東都

(李正封司勲外郎図書秘書院長が東都洛陽の留守役、分司として赴任するのを送別する。)

・李員 李二十八は李正封。やはり裴度の幕下となり従軍し、郾城で韓愈と長い聯句をつくっている。襄城は河南省襄城県。

《晚秋郾城夜會聯句》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <848  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3224韓愈詩-220

(李司勳外郎「連昌宮を過る」詩に唱和する。)

・李司勳 別のテクストでは李二十八とある。これは李正封で、司勲外郎であった。

《和李司勳過連昌宮》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <843  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3199韓愈詩-215

《宿神龜招李二十八、馮十七》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <841  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3189韓愈詩-213

《同李二十八夜次襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <839  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブロ3179韓愈詩-211

・院長 図籍秘書であり、淮西平定の史実を記録するいんちょうである。

・分司 東都洛陽の留守役のこと。

・禦史中丞 前漢以降の官職名。 前漢においては、御史大夫の二人の丞(副官)のうちの一人(秩千石)であるが、御史中丞は殿中の蘭台におり、図籍秘書を掌り、刺史を監督し、侍御史を統率した。

・行軍司馬 安史の乱以降に置かれた元帥府の属官。元帥(天下兵馬元帥)には親王が任命されるので、副元帥が事実上の統率者となる。幕職には、行軍長史、行軍司馬、掌書記、判官、参謀、兵馬使などがある。

 

 

去年 秋露 ,羈旅 東征

去年の秋、白露の降りるころ、あなたは覊旅の身になって、裴度相公の東征に従って出掛けたのである。

「東征」『晚秋郾城夜會聯句』の序文に「元和十二年七月,以裴度守門下侍郎同平章事,充淮西宣慰處置使,以韓愈兼禦史中丞,充行軍司馬,以李正封兼侍禦史,為判官,從度出征。」とある。元和十二年(817)、韓愈が五十歳となった年の七月、憲宗皇帝は裴度を宰相(守門下侍郎同平章事)に任ぜられ、膠着状態と患っている淮西の乱を一挙に解決せよと命じ淮西宣慰處置使とした。裴度はこの命令を受けると、韓愈を自分の部下にいただきたいと朝廷へ願い出た。そこで韓愈を御史中丞に任ずるむねの辞令が下り、兼ねて裴度の軍の行軍司馬を命ぜられた。李正封は兼ねて侍禦史とされ、判官と為さしめられ,裴度に從って出征することになる。

 

春光 ,驅馳 上京

今年は春景色が動きはじめるころ、王事に駆逐し、あらたに洛陽の留守となり、この長安に別れを告げ、赴任することになった。

「今」今年。

「春光動」春景色が動きはじめるころ。早春間もないころ。

「上京」長安のこと。

去年 秋露 羈旅 逐 東征

 春光 驅馳 別 上京

律詩の絶対条件である【頷聯】【頸聯】については対句よりも、【首聯】【頷聯】が隔句対となっている方が強い。

 

飲中 相顧 ,送後 獨歸

そこでこの別館において酒を呑む間は、互いに見交わし、顧みて、別れの愁いが顔に現れ、君を送って後には、一人帰ろうとしてもその情に耐えきれないだろう。

 

兩地 千里 ,因風 寄聲

洛陽と長安とは、相へだつとはいえ、千里も遠くはないので、時々風の便りに、言伝をして近況を知らせてもらいたい。

「無千里」千里も遠くはない。

飲中 相 顧色,送後 獨 歸情。

兩地 無 千里,因風 數 寄聲。

【頸聯】【尾聯】についても隔句対ということで初唐盛唐期の律詩とは若干変化していくことがわかる面白い詩である。この形態は、古詩に見られるものではある。
華州から秦州同谷成都00 

《同李二十八夜次襄城》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <839>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3179韓愈詩-211

《同李二十八夜次襄城》呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。


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司馬相如 《上林賦 》(21)#8-1 文選 賦<110-#8-1>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩926 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3178
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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作者: 韓愈    817年元和十二年  50 

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 同李二十八夜次襄城〔李正封也。〕 

作地點: 襄城(河南道 / 許州 / 襄城

及地點: 襄城(河南道 許州 襄城)     

交遊: 李正封

 

 

同李二十八夜次襄城

(李正封に同行して襄城に宿する。)

周楚仍連接,川原乍屈盤。

呉元済が謀叛した淮南の地は、古代の周と楚であり、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、たちまち上下左右にうねっているのだ。

雲垂天不暖,塵漲雪猶乾。

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降るが猶おかんきで乾いている。

印綬歸台室,旌旗別將壇。

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

欲知迎候盛,騎火萬星攢。

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

 

李二十八と同うし 夜 襄城に次【やど】る。

周・楚 仍お連接し,川原 乍【たちま】ち屈盤す。

雲は垂れ 天 暖【あたたか】ならず,塵は漲って雪猶お乾く。

印綬 台室に歸り,旌旗 將壇【しょうだん】別る。

迎候の盛を知らんと欲す,騎火 萬星 攢【あつま】る。

 

 河南郾城05

『同李二十八夜次襄城』 現代語訳と訳註

(本文)

同李二十八夜次襄城

周楚仍連接,川原乍屈盤。

雲垂天不暖,塵漲雪猶乾。

印綬歸台室,旌旗別將壇。

欲知迎候盛,騎火萬星攢。

 

 

(下し文)

李二十八と同うし 夜 襄城に次【やど】る。

周・楚 仍お連接し,川原 乍【たちま】ち屈盤す。

雲は垂れ 天 暖【あたたか】ならず,塵は漲って雪猶お乾く。

印綬 台室に歸り,旌旗 將壇【しょうだん】別る。

迎候の盛を知らんと欲す,騎火 萬星 攢【あつま】る。

 

 

(現代語訳)

(李正封に同行して襄城に宿する。)

呉元済が謀叛した淮南の地は、古代の周と楚であり、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、たちまち上下左右にうねっているのだ。

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降るが猶おかんきで乾いている。

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に帰ってきた。攻め入る軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

 

 

(訳注)

同李二十八夜次襄城

(李正封に同行して襄城に宿する。)

底本巻十。卷三四四  文體、五言律詩。李二十八は李正封。やはり裴度の幕下となり従軍し、郾城で韓愈と長い聯句をつくっている。襄城は河南省襄城県。

 

周楚 仍連接,川原 屈盤

古代の周の地である長安より、呉元済が謀叛した楚の地であった淮南の地は、そこは隣接し地形も連なっている。川原がひろがり、高原がつづいたらき、ちまち上下左右にうねっているのだ。

「周楚」朝代名號、周。民族邦國名、楚。古の周の地と楚の地、ここでは、長安と、呉元済のいた淮南とをさす。

「川原」河川と原野に阻まれ、攻めるに難しいことを云う。

「乍」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、乍。

「屈盤」うねる。曲折。

 

 

雲垂 不暖 ,塵漲 猶乾

その上、雲はひくく垂れて、天からの暖かくなることが全くないのだ。塵は一帯を覆い尽くし、そこに雪が降ったが猶お寒気で乾いて残っている。

「雲垂」冬の雲が垂れこみ気温が上がらない。。

「塵」空気が乾燥して、冬の風の中、塵が吹きすさぶ。

「雪乾」乾いた雪が横殴りする。

 

 

印綬 台室 ,旌旗 將壇

呉元済が謀叛して印綬を盗み取ったが、平定されて宰相の率いる台室に凱旋して君は帰ってきた。軍のかかげる旌旗がゆれ、將壇に別れをつげるのである。

・台室 台省と同じで、宰相のいる役所。

・迎候 歓迎。

・騎火 騎馬兵の手にもつたいまつ。

「印綬」節度使の公的印。

「台室」亭臺樓閣、臺。

「壇」寺廟道觀、壇。

 

 

欲知 候盛,騎火 萬星

凱旋の道すがら盛んな歓迎され、それに応えようとしている。騎馬の兵士の持つかがり火はまるで萬星があつまったほどにあかるいのだ。

sas0009 

《閒遊,二首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <832>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3144韓愈詩-204

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李商隠詩 
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《閒遊,二首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <832  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3144韓愈詩-204

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 閒遊,二首之一 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

閒遊,二首之一

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

雨後來更好,繞池遍青青。

雨が止んでそこにやってきたら、お天気はさらによくなっていて、池の周り一面に若草が青々としている。

柳花閒度竹,菱葉故穿萍。

柳が花を咲かせ、ひっそりとした竹林に花びらが飛んで行き渡り、菱の葉はくっきりと浮草の間から、わたしに見せようと突き出ている。

獨坐殊未厭,孤斟詎能醒。

春の景色に一人そこに座ってみると、それこそ飽きるということはない、相手が居なくても注ぎ、注ぐ酒がどうして醒めることがあろうか。

持竿至日暮,幽詠欲誰聽。

釣り座をを持ったままでいつの間にか日暮れになるが、一人口遊んで詠う歌は、誰かに聞かせようというものではないのだ。

 

閒遊【かんゆう】,二首の一

雨後に來れば更に好し,池を繞って遍【あまね】く青青。

柳花は閒【しずか】に竹を度【わた】り,菱葉は故【ことさら】に萍【くさ】を穿【うが】つ。

獨坐 殊に未だ厭【あ】かず,孤斟【こじん】詎【なん】ぞ能く醒めん。

竿を持して日暮にる至,幽詠【ゆうえい】誰の聽くを欲するか。

 

 

閒遊,二首之二 

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)二

茲遊苦不數,再到遂經旬。 

しばしばここにきて遊べないのは大変残念に思う。でもまたつぎに来るのは十日くらいしてからのことである。

萍蓋汙池淨,藤籠老樹新。 

十日間で浮き草が泥の沼を奇麗に蔽ってくれている。藤は老木を新しい木のように飾ってくれているのだ。

林烏鳴訝客,岸竹長遮鄰。 

夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

子雲祗自守,奚事九衢塵。 

漢の揚雄は狩猟の賦を書いてただ自らを守るということだけをしたものだが、どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

閒遊【かんゆう】,二首の二

茲の遊び 數【しばし】ばならざるを苦【いた】む,再び到りしとき遂に旬を經たり。

萍【うきくさ】は汙池を蓋【おお】うて淨く,藤は老樹を籠めて新たなり。

林の烏は鳴いて客を訝【いぶか】り,岸べの竹は長くして鄰を遮【さえぎ】る。

子雲は祗だ自らを守る,奚【なん】ぞ九衢【きゅうく】の塵を事とせん。 

隋堤01 

 

『閒遊,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

閒遊,二首之二 

茲遊苦不數,再到遂經旬。 

萍蓋汙池淨,藤籠老樹新。 

林烏鳴訝客,岸竹長遮鄰。 

子雲祗自守,奚事九衢塵。 

 

 

(下し文)

閒遊【かんゆう】,二首の二

茲の遊び 數【しばし】ばならざるを苦【いた】む,再び到りしとき遂に旬を經たり。

萍【うきくさ】は汙池を蓋【おお】うて淨く,藤は老樹を籠めて新たなり。

林の烏は鳴いて客を訝【いぶか】り,岸べの竹は長くして鄰を遮【さえぎ】る。

子雲は祗だ自らを守る,奚【なん】ぞ九衢【きゅうく】の塵を事とせん。 

 

 

(現代語訳)

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)二

しばしばここにきて遊べないのは大変残念に思う。でもまたつぎに来るのは十日くらいしてからのことである。

十日間で浮き草が泥の沼を奇麗に蔽ってくれている。藤は老木を新しい木のように飾ってくれているのだ。

夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

漢の揚雄は狩猟の賦を書いてただ自らを守るということだけをしたものだが、どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

 

 

(訳注)

閒遊,二首之二 

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

卷三四四  文體: 五言律詩

ここの自然は自分のために風流な感じに飾ってくれている。秀作である。

 

 

茲遊 不數 ,再到 遂經旬

しばしばここにきて遊べないのは大変残念に思う。でもまたつぎに来るのは十日くらいしてからのことである。

「遊」この場所にあそびにくること。

「苦」大変残念に思う。

「數」數々回來る。

「經旬」旬:月三分割で、10日間のこと。

 

 

萍蓋 池淨 ,藤籠 老樹

十日で浮き草が泥の沼を奇麗に蔽ってくれている。藤は老木を新しい木のように飾ってくれているのだ。

 

 

林烏 訝客 ,岸竹 遮鄰

夕暮れには烏が林でここを訪れた客にたいして訝って泣いている。岸辺に迫る丈の林にはすっかり伸びて、隣の家へと続く道を遮ってしまっている。

「林烏」烏が巣に帰ってなくことを、林にいる韓愈を訝って泣くという表現をしたのである。

「遮」池の水のほとりに歩道があり、その道を遮ぎる。

「鄰」道が続いている様子を云う。

 

 

子雲 祗自守 ,奚事 九衢

漢の揚雄は狩猟の賦を書いてただ自らを守るということだけをしたものだが、どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

「子雲」・揚 雄(よう ゆう、紀元前53年(宣帝の甘露元年) - 18年(王莽の天鳳五年))は、中国前漢時代末期の文人、学者。現在の四川省に当たる蜀郡成都の人。字は子雲。また楊雄とも表記する。蜀の地に在った若いころは、郷土の先輩司馬相如の影響から辞賦作りに没頭していたが、30歳を過ぎたとき上京する。前漢最末期の都長安で、何とか伝手を頼って官途にありつくと、同僚に王莽、劉歆らの顔があった。郷里では博覧強記を誇った揚雄も、京洛の地で自らの夜郎自大ぶりを悟り、成帝の勅許を得て3年間勉学のために休職すると、その成果を踏まえ「甘泉賦」「長揚賦」「羽猟賦」などを次々とものし、辞賦作家としての名声をほしいままにした。

・奚事九衢塵 衢は四つ辻。長安城は南北の筋路は9筋であった。どうして雑沓するまちなかの塵にまみれるような、俗事についての奔走をしようか。

bamb05176 

《閒遊,二首之一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <831>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3139韓愈詩-203

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 
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『花間集』継続中

 
《閒遊,二首之一》韓愈

(韓退之) Ⅱ中唐詩 <831  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3139韓愈詩-203

 

 

作者: 韓愈  817  元和十二年  50

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 閒遊,二首之一 

寫作地點: 長安(京畿道 / 京兆府 / 長安

 

 

閒遊,二首之一

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

雨後來更好,繞池遍青青。

雨が止んでそこにやってきたら、お天気はさらによくなっていて、池の周り一面に若草が青々としている。

柳花閒度竹,菱葉故穿萍。

柳が花を咲かせ、ひっそりとした竹林に花びらが飛んで行き渡り、菱の葉はくっきりと浮草の間から、わたしに見せようと突き出ている。

獨坐殊未厭,孤斟詎能醒。

春の景色に一人そこに座ってみると、それこそ飽きるということはない、相手が居なくても注ぎ、注ぐ酒がどうして醒めることがあろうか。

持竿至日暮,幽詠欲誰聽。

釣り座をを持ったままでいつの間にか日暮れになるが、一人口遊んで詠う歌は、誰かに聞かせようというものではないのだ。

 

閒遊【かんゆう】,二首の一

雨後に來れば更に好し,池を繞って遍【あまね】く青青。

柳花は閒【しずか】に竹を度【わた】り,菱葉は故【ことさら】に萍【くさ】を穿【うが】つ。

獨坐 殊に未だ厭【あ】かず,孤斟【こじん】詎【なん】ぞ能く醒めん。

竿を持して日暮にる至,幽詠【ゆうえい】誰の聽くを欲するか。

 

 

閒遊,二首之二 

茲遊苦不數,再到遂經旬。 

萍蓋汙池淨,藤籠老樹新。 

林烏鳴訝客,岸竹長遮鄰。 

子雲祗自守,奚事九衢塵。 

閒遊【かんゆう】,二首の二

茲の遊び 數【しばし】ばならざるを苦【いた】む,再び到りしとき遂に旬を經たり。

萍【うきくさ】は汙池を蓋【おお】うて淨く,藤は老樹を籠めて新たなり。

林の烏は鳴いて客を訝【いぶか】り,岸べの竹は長くして鄰を遮【さえぎ】る。

子雲は祗だ自らを守る,奚【なん】ぞ九衢【きゅうく】の塵を事とせん。 

 

レンコン00 

『閒遊,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

閒遊,二首之一

雨後來更好,繞池遍青青。

柳花閒度竹,菱葉故穿萍。

獨坐殊未厭,孤斟詎能醒。

持竿至日暮,幽詠欲誰聽。

 

 

(下し文)

閒遊【かんゆう】,二首の一

雨後に來れば更に好し,池を繞って遍【あまね】く青青。

柳花は閒【しずか】に竹を度【わた】り,菱葉は故【ことさら】に萍【くさ】を穿【うが】つ。

獨坐 殊に未だ厭【あ】かず,孤斟【こじん】詎【なん】ぞ能く醒めん。

竿を持して日暮にる至,幽詠【ゆうえい】誰の聽くを欲するか。

 

 

(現代語訳)

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

雨が止んでそこにやってきたら、お天気はさらによくなっていて、池の周り一面に若草が青々としている。

柳が花を咲かせ、ひっそりとした竹林に花びらが飛んで行き渡り、菱の葉はくっきりと浮草の間から、わたしに見せようと突き出ている。

春の景色に一人そこに座ってみると、それこそ飽きるということはない、相手が居なくても注ぎ、注ぐ酒がどうして醒めることがあろうか。

釣り座をを持ったままでいつの間にか日暮れになるが、一人口遊んで詠う歌は、誰かに聞かせようというものではないのだ。

 

 

(訳注)

閒遊,二首之一 

(ひっそりとした静かなところで一人で遊ぶ)

卷三四四  文體: 五言律詩

理屈っぽい韓愈として秀作と云えるものである。

 

雨後 更好 ,繞池 遍青青

雨が止んでそこにやってきたら、お天気はさらによくなっていて、池の周り一面に若草が青々としている。

・更好 雨が上がって、それにより草木が成長し、晴れた時にくらべてさらによいというもの。

 

 

柳花 度竹 ,菱葉 故穿萍

柳が花を咲かせ、ひっそりとした竹林に花びらが飛んで行き渡り、菱の葉はくっきりと浮草の間から突き出ている。

・柳花 柳絮。

・閒 竹藪はひっそりと、静かなところである。。

・度竹 竹林のあたりを飛んでゆく。

・故 ことさらに。くっきりとつき出たさまが、菱の葉がわざわざ韓愈の顔を見るために「飛び出した」というふうにみえるのでこういった。

・穿萍 うきくさが、池の一面に絨毯をしいたようにおおっているが、それをつきやぶるように、菱の葉が、顔をのぞかせているのである。柳花・菱葉の二句には、誰もが見のがしてしまうような微細な風物をとらえるこまやかな視覚は詩人として當前のことではあるが、この二句は秀逸のものであると言えよう。

 

 

獨坐 殊未厭 ,孤斟 詎能醒

春の景色に一人そこに座ってみると、それこそ飽きるということはない、相手が居なくても注ぎ、注ぐ酒がどうして醒めることがあろうか。

 

 

持竿 至日暮 ,幽詠 欲誰聽

釣り座をを持ったままでいつの間にか日暮れになるが、一人口遊んで詠う歌は、誰かに聞かせようというものではないのだ。
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韓愈《大行皇太后挽歌詞,三首之三》御霊は天上に向かわられるので、雲は仙人の行列にしたがって遠くたなびき、風は冷たく嗣皇の御心の悲哀を増すばかりである。天子が新陵に御参詣の際、ご遺物たる妝奩の類いを暫時開いて観られたならば、またひとしきり感動して、悲泣されるであろう。

 

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

《大行皇太后挽歌詞,三首之三》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <824  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3104韓愈詩-200

 

 

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 大行皇太后挽歌詞,三首之三

 

 

行皇太后挽歌詞 其一

(憲宗の母である莊憲皇后の諡「大行皇太后」の野辺の送り、柩の車を挽きつつうたう歌三首の一。)

一紀尊名正,三時孝養榮。

皇太后はその尊名を正されること十二年の久しきに及び、その間、今の天子は特に孝養を盡されて一日に三度も起居を候せられた。

高居朝聖主,厚德載群生。

こうして、高居には聖主を朝するように命を出され、この世においてこれほどの厚い徳のある施政は多くの人民の者が頭上に載せてあがめる。

武帳虛中禁,玄堂掩太平。

このような状況の中で、崩御され、禁中においては武帳に座する人も出る人もなく、今の太平の世に際して、玄室を覆い、ご葬儀を行うということはまことに哀しいことである。

秋天笳鼓歇,松柏遍山鳴。 

澄み切った秋の空に胡笳と鼓の声音がひびく、葬儀が済むと、満山の松柏を風が抜けて哀鳴するだけなのだ。

 

其二

威儀備吉凶,文物雜軍容。

鹵簿の有様が荘厳であり、吉凶の両端を備えていて、ことに葬儀に関して、礼服の模様、紋章など軍隊の物を混同して、はっきりしない。

配地行新祭,因山託故封。

太后は功徳が高く、それゆえ地祇に配食して、新たに祭儀をおこない、また、山に原因した先帝の陵墓に合葬された。

鳳飛終不返,劍化會相從。

皇太后がこの度崩御されたのはかの弄玉が鳳凰が飛んで後、かえらなかったように、また張華の得た宝剣が二つながら互いに合致し、天子が龍に化して天上に上りっていて、皇太后の霊も天上に上って相いが会うことであろう。

無復臨長樂,空聞報曉鐘。 

長楽宮中に入る人であるだけに、暁を奉ずる鐘が聞えてくるだけで、再び天子の臨御されることもないようになろう。

 

 

大行皇太后挽歌詞,三首之三

(憲宗の母である莊憲皇后の諡「大行皇太后」の野辺の送り、柩の車を挽きつつうたう歌三首の三。)

追攀萬國來,警衛百神陪。

太后の遺徳を慕ってお悔やみをのべるために、万国から使臣が来朝したのである。天神地祇どもが、警衛として陪従した。

畫翣登秋殿,容衣入夜臺。

愈々埋葬が済むと、整列に供えた画翣は拝殿の上に飾られて、秋に淋しく棺にかけた容衣は御遺骸と一緒に御陵に埋められてしまった。

雲隨仙馭遠,風助聖情哀。

御霊は天上に向かわられるので、雲は仙人の行列にしたがって遠くたなびき、風は冷たく嗣皇の御心の悲哀を増すばかりである。

祗有朝陵日,妝奩一暫開。 

天子が新陵に御参詣の際、ご遺物たる妝奩の類いを暫時開いて観られたならば、またひとしきり感動して、悲泣されるであろう。

 

大行皇太后挽歌詞,三首之三

追攀【ついはん】萬國來り,警衛【けいえい】百神陪す。

畫翣【がせい】秋殿に登り,容衣 夜臺【やだい】に入る。

雲は仙馭【せんぎょ】遠くなるに隨い,風は聖情の哀しみを助く。

祗だ陵に朝する日に有り,妝奩【しょうれん】一たび暫く開く。 

 


終南山06『大行皇太后挽歌詞』三首之三 現代語訳と訳註

(本文)

大行皇太后挽歌詞,三首之三

追攀萬國來,警衛百神陪。

畫翣登秋殿,容衣入夜臺。

雲隨仙馭遠,風助聖情哀。

祗有朝陵日,妝奩一暫開。 

 

 

(下し文)

大行皇太后挽歌詞,三首之三

追攀【ついはん】萬國來り,警衛【けいえい】百神陪す。

畫翣【がせい】秋殿に登り,容衣 夜臺【やだい】に入る。

雲は仙馭【せんぎょ】遠くなるに隨い,風は聖情の哀しみを助く。

祗だ陵に朝する日に有り,妝奩【しょうれん】一たび暫く開く。 

 

(現代語訳)

(憲宗の母である莊憲皇后の諡「大行皇太后」の野辺の送り、柩の車を挽きつつうたう歌三首の三。)

太后の遺徳を慕ってお悔やみをのべるために、万国から使臣が来朝したのである。天神地祇どもが、警衛として陪従した。

愈々埋葬が済むと、整列に供えた画翣は拝殿の上に飾られて、秋に淋しく棺にかけた容衣は御遺骸と一緒に御陵に埋められてしまった。

御霊は天上に向かわられるので、雲は仙人の行列にしたがって遠くたなびき、風は冷たく嗣皇の御心の悲哀を増すばかりである。

天子が新陵に御参詣の際、ご遺物たる妝奩の類いを暫時開いて観られたならば、またひとしきり感動して、悲泣されるであろう。

 

 

(訳注)

大行皇太后挽歌詞,三首之三

(憲宗の母である莊憲皇后の諡「大行皇太后」の野辺の送り、柩の車を挽きつつうたう歌三首の三。)

 

 

追攀 萬國 ,警衛 百神

太后の遺徳を慕ってお悔やみをのべるために、万国から使臣が来朝したのである。天神地祇どもが、警衛として陪従した。

「追攀」太后の遺徳を慕うこと。

 

 

畫翣 秋殿 ,容衣 夜臺

愈々埋葬が済むと、整列に供えた画翣は拝殿の上に飾られて、秋に淋しく棺にかけた容衣は御遺骸と一緒に御陵に埋められてしまった。

「畫翣」喪葬祭祀の際に用いる羽鳳扇、棺飾。広さ三尺、高さに尺四寸、白の絹をベースにしたものであったという。

「容衣」棺にかける衣。

「夜臺」墓。東漢末阮瑀《七哀詩》「冥冥九泉室,漫漫長夜臺。」

 

 

雲隨 馭遠 ,風助 聖情

御霊は天上に向かわられるので、雲は仙人の行列にしたがって遠くたなびき、風は冷たく嗣皇の御心の悲哀を増すばかりである。

「雲」語義類別:物、天候氣象、雲霧煙霞、雲。

「仙馭」仙人の行列。

 

 

祗有 朝陵 ,妝奩 暫開

天子が新陵に御参詣の際、ご遺物たる妝奩の類いを暫時開いて観られたならば、またひとしきり感動して、悲泣されるであろう。

「祗有朝陵日」天子が新陵に御参詣の際。

「朝陵」碑塔陵墓、墳墓。

「妝奩」化粧道具を収める箱
秋蘭001 

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《大行皇太后挽歌詞,三首之二》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <823  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3099韓愈詩-199

 

 

卷別: 卷三四四  文體: 五言律詩 

詩題: 大行皇太后挽歌詞,三首之二

 

 

行皇太后挽歌詞 其一

(憲宗の母である莊憲皇后の諡「大行皇太后」の野辺の送り、柩の車を挽きつつうたう歌三首の一。)

一紀尊名正,三時孝養榮。

皇太后はその尊名を正されること十二年の久しきに及び、その間、今の天子は特に孝養を盡されて一日に三度も起居を候せられた。

高居朝聖主,厚德載群生。

こうして、高居には聖主を朝するように命を出され、この世においてこれほどの厚い徳のある施政は多くの人民の者が頭上に載せてあがめる。

武帳虛中禁,玄堂掩太平。

このような状況の中で、崩御され、禁中においては武帳に座する人も出る人もなく、今の太平の世に際して、玄室を覆い、ご葬儀を行うということはまことに哀しいことである。

秋天笳鼓歇,松柏遍山鳴。 

澄み切った秋の空に胡笳と鼓の声音がひびく、葬儀が済むと、満山の松柏を風が抜けて哀鳴するだけなのだ。

 

其二

威儀備吉凶,文物雜軍容。

鹵簿の有様が荘厳であり、吉凶の両端を備えていて、ことに葬儀に関して、礼服の模様、紋章など軍隊の物を混同して、はっきりしない。

配地行新祭,因山託故封。

太后は功徳が高く、それゆえ地祇に配食して、新たに祭儀をおこない、また、山に原因した先帝の陵墓に合葬された。

鳳飛終不返,劍化會相從。

皇太后がこの度崩御されたのはかの弄玉が鳳凰が飛んで後、かえらなかったように、また張華の得た宝剣が二つながら互いに合致し、天子が龍に化して天上に上りっていて、皇太后の霊も天上に上って相いが会うことであろう。

無復臨長樂,空聞報曉鐘。 

長楽宮中に入る人であるだけに、暁を奉ずる鐘が聞えてくるだけで、再び天子の臨御されることもないようになろう。

 

其の二

威儀 吉凶を備へ,文物 軍容を雜う。

地に配して新祭を行い,山に因って故封に託す。

鳳は飛んで終に返らず,劍は化して會【かなら】ず相い從う。

復た長樂に臨むなし,空しく聞く曉を報ずる鐘。 

 

鴛鴦おしどり0022 

 

『大行皇太后挽歌詞』三首之二 現代語訳と訳註

(本文)

其二

威儀備吉凶,文物雜軍容。

配地行新祭,因山託故封。

鳳飛終不返,劍化會相從。

無復臨長樂,空聞報曉鐘。 

 

 

(下し文)

王屋山01其の二

威儀 吉凶を備へ,文物 軍容を雜う。

地に配して新祭を行い,山に因って故封に託す。

鳳は飛んで終に返らず,劍は化して會【かなら】ず相い從う。

復た長樂に臨むなし,空しく聞く曉を報ずる鐘。 

 

 

(現代語訳)

鹵簿の有様が荘厳であり、吉凶の両端を備えていて、ことに葬儀に関して、礼服の模様、紋章など軍隊の物を混同して、はっきりしない。

太后は功徳が高く、それゆえ地祇に配食して、新たに祭儀をおこない、また、山に原因した先帝の陵墓に合葬された。

皇太后がこの度崩御されたのはかの弄玉が鳳凰が飛んで後、かえらなかったように、また張華の得た宝剣が二つながら互いに合致し、天子が龍に化して天上に上りっていて、皇太后の霊も天上に上って相いが会うことであろう。

長楽宮中に入る人であるだけに、暁を奉ずる鐘が聞えてくるだけで、再び天子の臨御されることもないようになろう。

 

 

(訳注)

大行皇太后挽歌詞,三首之二

(憲宗の母である莊憲皇后の諡「大行皇太后」の野辺の送り、柩の車を挽きつつうたう歌三首の二。)

 

 

威儀 備吉 凶,文物 雜軍容

鹵簿の有様が荘厳であり、吉凶の両端を備えていて、ことに葬儀に関して、礼服の模様、紋章など軍隊の物を混同して、はっきりしない。

「威儀」鹵簿の有様が荘厳である。鹵簿:儀仗警衛の隊伍を整えた行幸の列。鹵は盾,簿は列次を書いた帳簿。

「文物」鹵簿の紋章等を云う。

 

配地 新祭 ,因山 託故封

太后は功徳が高く、それゆえ地祇に配食して、新たに祭儀をおこない、また、山に因んで先帝の陵墓に合葬された。

「配地」地祇に配食すること。

「因山 託故封」山に因んで先帝の陵墓に合葬された

 

 

鳳飛 終不返 ,劍化 相從。

皇太后がこの度崩御されたのはかの弄玉が鳳凰が飛んで後、かえらなかったように、また張華の得た宝剣が二つながら互いに合致し、天子が龍に化して天上に上りっていて、皇太后の霊も天上に上って相いが会うことであろう。

「鳳」鳳凰。秦穆公(BC659BC621)は我が娘の弄玉と蕭史を結婚させ、鳳台を建ててやり夫婦して住み、. ある日、二人とも鳳凰について飛び去った故事。

・「龍泉」雷煥と張華が手に入れた二振りの宝剣のうちの一つ。斗牛の間が毎夜紫色に光るので、張華が尋ねると、占星術に長けた雷煥は宝剣の精だと言う。張華は雷煥に宝剣の捜索を依頼。雷煥は二本の宝剣を見つけ、一方を自分で持ち、他方を張華に贈った。

・「太阿」雷煥と張華が手に入れた二振りの宝剣のうちの一つ。張華が没するとその剣は行方不明になるが、雷煥の剣は息子雷華が受け継ぐ。しかし、その剣もある時、 腰からひとりでに飛び出して川に沈む。見ると水底に剣はなく、二匹の龍が見えたという。

 

無復 長樂 ,空聞 報曉

長楽宮中に入る人であるだけに、暁を奉ずる鐘が聞えてくるだけで、再び天子の臨御されることもないようになろう。

「無」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(無)。

「臨」語義類別:地、空間、位置、臨。

「長樂」(宮室屋廬)、長樂宮。長楽宮(ちょうらくきゅう)は、古代中国の前漢の都である長安にあった宮殿である。長楽宮には前殿、鴻台、臨華殿、温室殿、長定殿、長秋殿、永寿殿、永寧殿などの建物があった。王莽は漢を簒奪し皇帝に即位すると、長楽宮を「常楽室」と改称した(『漢書』王莽伝中)。

《大行皇太后挽歌詞,三首之一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <822>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3094韓愈詩-198

《大行皇太后挽歌詞,三首之一》このような状況の中で、崩御され、禁中においては武帳に座する人も出る人もなく、今の太平の世に際して、玄室を覆い、ご葬儀を行うということはまことに哀しいことである。

 

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